2008年03月31日
アーセナルが奇跡的な逆転劇を演じ、ユナイテッドがビラを一蹴し、チェルシーがフラフラしながらもバーに救われ、優勝争いに踏みとどまっている今日この頃。ボトム3…いわゆる降格争いも白熱しており、北部のライバルがいずれも勝点3を積み上げ、残留に向けて大きく踏み出した今週。
だが、今回はプレミアシップのひとつ下に位置するチャンピオンシップにスポットを当ててみよう。以下が現時点での順位表である。
(左から順位、クラブ名、試合数、勝点)
1 Bristol City 41 70
2 Stoke 41 69
- - - - - - - - - - - - - - - -(自動昇格圏内)
3 Hull 41 68
4 West Brom 39 66
5 Watford 40 65
6 Wolverhampton 40 61
- - - - - - - - - - - - - - - -(プレーオフ圏内)
7 Ipswich 40 60
8 Plymouth 41 59
9 Crystal Palace 41 59
10 Burnley 41 58
11 Charlton 41 57
12 Cardiff 39 55
13 Sheff Utd 40 53
14 QPR 41 53
15 Preston 41 53
16 Blackpool 41 50
17 Norwich 41 49
18 Coventry 40 48
19 Leicester 41 47
20 Barnsley 40 46
21 Southampton 41 46
- - - - - - - - - - - - - - - -(残留圏内)
22 Sheff Wed 39 45
23 Scunthorpe 41 38
24 Colchester 41 33
より詳しいTableはこちらへ。
■混戦のプレーオフ進出争い
見てお分かりのように、非常に混戦である。特に上位3位~6位までに与えられるプレーオフ出場権獲得争いが熱い。6位以内に位置しているチームはもちろんのこと、試合の消化が2試合少ない12位カーディフまではチャンスがあると見ていいだろう。
個人的にはロンドンに住んでいるだけに、チャールトンやクリスタルパレスといったクラブに注目しているのだが、後者はなかなか中位を抜け出せず、前者はつい最近までプレーオフ進出圏内に位置していたにもかかわらず調子を崩して今ではこの争いから脱落しかねないまでになっている。
チャールトンの試合は先日、リーグ4位でFAカップでもセミファイナルに進出したWBAとのプレーオフ圏内をかけた決戦を見てきたのだがあまり状態がいいとはいえなかった。攻撃力抜群のWBA…とりわけ元プレミアシップ得点王のケビン・フィリップスの巧みな動きを前にディフェンスが混乱し、ホームでありながら押される展開となってしまっていた。結局、引き分けには持ち込んだものの、ライバルとの直接対決を制せないのでは今後厳しいといえる。冬にサンダーランドへと移籍したリードの穴が大きいのだろうか。
ちなみに稲本選手が所属していたことでお馴染みのウエストブロムはなかなかいいチームだった。先に紹介したケビン・フィリップスを筆頭に、ゾルタン・ゲラ、グリーニング、ロビンソンなどプレミア経験のある選手(というより降格してもチームに残留した選手)が多く、経験値やチームの完成度はなかなかのものといえる。来期、プレミアシップに昇格できたとして、どこまでできるのか。それをポーツマス戦で計ってほしいところだ。
話は戻って、同じくロンドンのクリスタルパレスにしても残念ながら安定した戦いができていないようだ。例えば土曜日のブラックプール戦、スタメンにはシーズン終了までのローン契約で獲得したばかりのシンクレアとアシュトンの名前があった。確かに期待をこめて獲得したのはわかるがいきなりスタメンでの出場というのは厳しい台所事情が伺える。試合内容もシンクレアや、後半から出場した同じくローンで獲得したカエル・リードの個人技に頼りがちで、守備陣はヨレヨレ。辛くも引き分けに持ち込んだが、勝点2を失ったというより1を得たといった方が適切な試合内容だっただけに、今後も厳しい戦いが予想される。
■得失点“2”の首位
さて、首位争いを見てみるとトップに立っているのはブリストル・シティ。ちょっとした驚きは、詳細の順位表を見ていただければ分かると思うが得失点差わずかに2で首位に立っていることだろうか。いかに勝負強いチームかが伺える。2位のストークは昨シーズンに続いて安定した戦いを続けている。昨シーズンは惜しくも昇格を逃しているだけに、今期にかける思いは強いのだろう。
■後がない名門セインツ
そして残留争いだが…モウリーニョが印象に残るスタジアムとして名前を挙げたセント・メリーズに本拠地を構えるセインツことサウサンプトンにお尻に火がついている。ウエストハムからリチャード・ライトを獲得するなど残留に向けて動いてはいるが…逃れることができるだろうか。個人的にも足を運んだことのあるクラブだけに、なんとかリーグ1行きは回避してほしいものだが…。また、降格の危機に瀕していたコベントリーの監督を引き継いだクリス・コールマンだが、見事にチームを残留圏内に導いている。伊達に若くしてプレミアシップのクラブを率いていただけあり、その実力は本物といったところか。
■プレミア復帰の難しさ
それにしても昨シーズンはプレミアを戦っていて、戦力的には他よりも充実していると思われたシェフィールド・U、チャールトン、そしてワトフォードだったのだが、最高順位はワトフォードの6位というのだから、やはりこのリーグにも独自の難しさがあることが伺える。
これから佳境に入るチャンピオンシップ。プレミアシップの影に隠れながらも必死に日の目が当たることを夢見てプレーする選手たちの奮闘をお見逃しなく!
posted by so-ma |08:20 |
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2008年03月25日
■Chelsea 2-1 Arsenal
4強対決で注目を集めた今週末だったが、気分良く来週を迎えられるのは首位ユナイテッドと、この試合前まで3位につけていたチェルシーという結果になった。リバプール、そしてアーセナルのファンたちはイースター(日本で言う春休みだろうか)を失望や怒り、愚痴と共に過ごすことを余儀なくされたといえるだろう。
■ロンドン、春の乱
このところ、ロンドンの天候は狂う一方だ。3月も終わりに近づいているというのに、明らかに冬場よりも寒く、ここ3日は連続して雪(霙)が降っている。スタジアムでフットボールを観戦するものにとってはたまったものではない。この日も狂ったように寒く、体感温度はマイナス2度だったとか。何か混沌としている首位争いや残留争いが反映されたような先の見えない、よく分からない天候である。
ただ、だからといってユナイテッドを追う2チームの直接対決、そして近年ライバルとしての意識が徐々に高まっている両者の対決を見逃すわけにはいかない。迷うことなくスタンフォード・ブリッジへと足を運んだ。
■本領発揮のドログバと試合を難しくしたサニャの負傷
試合内容に関してはあまり書く気にはなれない…というか他に書きたいことが沢山あるので見解だけ述べるが、アーセナルはドログバへの対応に梃子摺ったというのが全てだった。チェルシーの得点は2点共にロングボールからうまれた。得点の少し前にアネルカを投入し、2トップにしたことによりドログバへの負担が減ったことが大きな要因のひとつといえるだろう。同時にピッチへ入った右サイドバック、ベレッチの存在も大きかった。先日のスパーズ戦で株を落としたブラントだったがこの試合では交代策が効いたといえるだろう。
そしてこの試合のキーパーソンは先制点をあげたサニャであり、ターニングポイントは彼の負傷であると私は考えている。これからはタラレバのオンパレードであるが、少々言わせてほしい。1対0とリードした時点でサニャが負傷し、ディアビがピッチに入った。しかし、直後に失点。もしサニャが負傷していなかったら守備のバランスを崩すこともなく、リードを守りきれていたかもしれない。
さらに、ヴェンゲルにはディアビではなくウォルコット投入という策もあったように思うがリードしていたために守備を重視し、ディアビを選んだ。ただこれは結果的に効力をなさなかったのだが…。この辺りは層の薄さというか、監督自身認めていた「レギュラーとサブのコンディションの差」だろう。
そして逆転されてからも難しい選択を迫られた。当然、攻める他に選択肢はないのだがディアビというカードを切ってしまったために、中盤の構成が難しくなってしまったように思う。というのもセスク、フラミニ、フレブ、ファンペルシーにディアビという並びを見て僕が最も得点の匂いを感じないのがディアビであって、現にこの試合でもほとんど仕事ができていなかった。次に守備的なのはフラミニだが、中盤を支えていた彼を下げては中盤の構成力が一気に低下してしまうため、逆に自分たちのリズムを崩しかねない。結局ヴェンゲルの選んだ選択はファンペルシーOUTウォルコットINというもの。だが攻撃の一端を担ったといっても過言ではない右翼のティーンネイジャーはA・コールの絶妙なポジショニングと1対1の強さを前に仕事をできず。ファンペルシーのいなくなった逆サイドは…既に翼を失った鳥のあがきのごとき攻撃が繰り広げられるだけだった。
やはりサニャの負傷が状況を難しくし、自分たちを追い込んでしまう結果になってしまった。
■Its so quiet!!
さて、ここからが私の本当に書きたいことである。
私はこの試合に、本当に失望した。この試合は残念ながら失望に値した。
試合のパフォーマンスを言っているのではない。選手たちの闘志、試合にかける想いは感じ取ることができたし、彼らのパフォーマンスは素晴らしかった。今までに見たどの試合よりも緊迫していて、やはり4強対決というか優勝争いは凄まじいのだなぁと思い知らせてくれた。
ただ私がどうにも我慢できなかったのがスタンフォード・ブリッジの静けさである。
“It’s so quiet”
アーセナルファンがチェルシーファンを冷やかし歌ったチャントの一部だが、これが何度スタジアムに響き渡ったことか。しかも普通ならこれに腹を立ててアーセナルを皮肉るチャントのひとつでも歌うのだが”It’s so quiet”を歌い終わると案の定スタジアムはシーンと波打ったように静かなのだ。
この時、私は悟った。彼らは歌わない。いや、歌えないのである。
もう十数回足を運んだスタンフォード・ブリッジ。普通の方よりこのスタジアムを知っているし、知っているつもりになっていることを自覚した上で言わせてもらうが、彼らは本当に歌わない。大半は格下との対戦であるため、チェルシーファンたちは歌うまでもなく、チームを鼓舞するまでもなく、優秀なプレイヤーたちが勝利を得てくれると考え、余裕を持って観戦しているのだと思い込んでいた。
だが現実は違った。今日は優勝争いを展開しているアーセナルとの首位決戦だったのだ。近年、実力が拮抗してきて次第にライバル意識が高まっているロンドンに本拠地を構えるライバルでもある。しかも試合前にもうひとつの注目カードであるユナイテッド対リバプールで前者が勝利を収めたことにより、絶対に負けることの許されない、勝たなければならない試合だった。
にもかかわらず、彼らは歌わなかった。選手たちを鼓舞しなかった。アーセナルのサポーターたちが精一杯彼らのチームへ魂の歌を送っていたのに対して、チェルシーサイドはいつもと同じように座ってチャンスになると少し声援や野次を飛ばしたりするだけだった。これを見ていて私は現実に直面してしまった。「ああ、彼らはチャントを歌えないのだなぁ」と。失望以外のなにものでもなかった。
■消えゆくチャント
アブラモビッチがチェルシーを買収し、有名選手を集め、結果を出すにつれてクラブは有名になり、今では世界最高峰のクラブのひとつと認知されてきている。事実、モウリーニョ監督の下、過去2度プレミアシップを制覇し、CLでは多くの名勝負を演じてきた。
だが、その反面、高騰するチケット代によってフットボールに命をかける労働者階級のサポーターは、愛するチームの試合をパブで見ざるを得ない状況に追い込まれ、お金を持ったVisitorが優先されるという事態におちいっている。結果的に、伝統であり、アイデンティティーといえるチャントが消えていってしまっているのだ。
私は最近のフットボールの内容だとか近年の成績だとかよりもフットボールの歴史だとか伝統だとかを重視するし、うるさく指摘する。そういうスタンスでフットボールを見てきている。それらは忘れてはならない最も素敵な要素だと思っている。だからその判断ができるようになるために曲がりなりにも勉強してきたし、わざわざイングランドにやってきた。その点に関しては普通の人より多くの判断基準を持っているという自信もある。
だから言わせてもらうが、今日の試合は本当に失望に値した。
繰り返すが、いつもは格下相手だから余裕を持っており、歌わない者も多いのだと持っていたが、違うのだ。
彼らはやはり歌えない。雰囲気を作れないのだ。
人気クラブになれば密度が薄くなるのは仕方ないが、アーセナルもユナイテッドもリバプールもそれなりの雰囲気を、クオリティーを保っている。チェルシーが遅れをとっていることは明らかである。
そして何が残念かといえば、初めてイングランドでフットボールを見る人はきっとこれがイングランドの雰囲気だと感じてしまう。アプトンパークにもセントジェームズパークにもグディソンパークにも素晴らしい雰囲気があるのに、彼らはそれに劣るスタンフォード・ブリッジの雰囲気をイングランドの、世界最高峰の雰囲気だと勘違いしてしまうのだ。
私にはそれが悔しくてしかたない。
■あとがき…のようなもの
優勝争いはユナイテッドが一歩抜け出した。リバプールはこれで完全に脱落し、アーセナルとチェルシーも厳しいことに変わりはない。これからの日程を見るとユナイテッドにとって少々厳しいものになっているが、彼らはそれを乗り切るだけに経験と自信を持っているだろう。ユナイテッドの優位に揺るぎはない。ただ、この日のパフォーマンスは決して悪くなかったアーセナルの復調にも期待である。
そして、チェルシーファンの皆様、大変腹立たしい記事でしょうが、これが今日、私が感じた私の中での真実であり、素直な見解です。「何様だ、お前」そんな風に思うなら思ってください。結構です。
嘘だとお思いならいつかスタンフォード・ブリッジを訪ねてみてください。できれば近いうちに。そして他のスタジアム、ホワイトハートレインかアプトンパークにでも足を運んでみてください。
声援の大きさに度肝を抜かれると思います。
posted by so-ma |16:50 |
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2008年03月14日
スポーツは肌で感じることに意義がある。会場で視覚を駆使し、聴覚を張り巡らせ、感覚で空気を読み取る。それが本来のスポーツを見て楽しむということだと私は思っている。
しかし科学技術の発達により、スポーツが数字で表すことのできるようになってきている現代では、その感覚が人々に欠如してきているような気がしてならない。
最もわかりやすい例えは野球だろうか。
リーグ最速の男、クルーンがマウンドに上がり、振りかぶる。指先から放たれたボールは空気を切り裂き、バッターの手が出るはずもなく、キャッチャーのミットに納まる。判定はストライクで見逃しの三振。その刹那、スタンドから歓声が上がる。これが本来の姿であると私は思う。だが、ここで奇妙な現象が起こることがある。時々、少し遅れて気持ちが空振りしたかのような吐息が漏れるのだ。
またある時、クルーンがマウンドに上がり、同じように振りかぶる。放たれたボールは切れがいまひとつでバットに当たり、弾き返される。ファールとなり、アウトは取れていない。ゆえに歓声が上がるはずもない。だが、奇妙なことに少し遅れたタイミングで統制の取れない合唱団のような歓声が上がることがある。
この2つの現象の理由はつまりこういうことだ。
『クルーンが三振を奪った。その瞬間、ボールの迫力と勢いの前に思わず「凄い」と思ってしまった。しかし、球速は149キロだったから、その三振はとりわけ凄くない。』
『クルーンが投げたにしては速いボールには見えなかった。バットにも当てられ、ファールにされた。「大したボールではない」と思った。しかし、球速が160キロだったから、そのボールは凄かった。』
こう思う方が非常に多いのではないか。
しかしどうしても私はこの現象に疑問を覚えてしまう。個人的には数字が肌感覚に勝ることは、スポーツを見る上では有り得ないのではないかと思っているからである。
確かに数字とはスポーツを楽しむことに加わった新たな要素であるし、楽しみ方なんて人それぞれだ。完全に間違っているとは思わない。だがいうならば、数字とは肌感覚に上塗りされたワックスのようなもの。その床を際立たせるためにワックスを塗るのだが、床の種類によってはワックスが意味を成さないこともある。逆に床を傷めてしまうことさえある。だから必ずしも床にワックスを塗ることが有意義なことだとは思わない。また、ワックスによって平凡な床が綺麗に見えてしまうことが好ましいことだとも思わない。
MAX162キロを誇るクルーンが投げた149キロのボールは凄くないのか。サッカーにおける0-0の試合はゴールが生まれなかったから面白くないのか。オリンピックでメダルを取れなかったからその選手は駄目だったのか。私はそうは思わない。数字がどうあれ、凄いものは凄い、凄くないものは凄くないと思うし、本当に凄いものは数字で計れないところに差があるからだと思っているからである。
例えば昨夏日本中を賑わせ、鳴り物入りでヤクルトに入団した佐藤投手だが、甲子園では自慢の真っ直ぐを弾き返され、早々に大会を去った。プロに入団してからも順風満帆とは行かず、結果を出せない日々が続き、開幕2軍スタートが決まった。
157キロのストレートを持っていても打者を抑えられるとは限らないのである。もし157キロという数字で打者をねじ伏せられるのであればチーム随一のスピードを誇る彼の右腕が開幕ローテーションに残らないはずはない。だが現実は違う。
高校時代はスピードが評価されていたかもしれないが、プロになってからはむしろ数字ではかれない部分、そう、球のキレの方がよほど重要だからである。今の彼は、数字で計れる部分を評価することはできるが、数字ではかれない部分に足りないものがある、ということなのだ。
だからプロだけではなく、観る側の人間も“目に見えない部分”をもっと評価し、重要視すべきではないか。
確かに議論の場で、主観の混じる肌感覚によって相手を納得させることは難しいだろう。数字的な要素の必要性は避けられない。しかし、数字とは結果であって、内容ではない。数字とは頭で考えた後付の評価であって、肌で感じられるその刹那の人間的な感覚ではない。
ゆえに全てのことを数字で計ろうとすることが懸命なことだとは思えない。
149キロだとしても、自分が「凄い」と思ったなら自分の感覚を疑う必要はないのだから。0-0だとしても、自分の見方に間違いを感じることはないのだから。メダルを取れなかったとしても、その選手に何かを感じることが出来たなら、選手自身が何かを感じられたなら、それは素晴らしいことなのだから。
肌で感じ、その刹那を楽しむことが、スポーツの醍醐味だと私は信じている。
posted by so-ma |20:09 |
渾身コラム |
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2008年03月11日
■失意のハンマーズ
落胆、失望、激高。こんな言葉では片付けられないほどウエストハムのサポーターたちはストレスを溜め込んでいる。それもそのはず。ご存知のとおり、このロンドン第4のクラブは現在3連敗中…しかも3戦して得点はゼロ、失点はなんと12に上っている。
対Chelsea戦 0-4
対Liverpool戦 0-4
対Spurs戦 0-4
ここまで来ると、もはや呆れて笑がこみ上げてくる。まさに泥沼と表現するに相応しい事態といえるだろう。そもそも前兆はあった。攻撃に関してはフレディー・リュングベリの突破や前線への放り込みを多用するなど、個人単位での踏ん張りや運に頼るしかなく、チームとしての形を持っていないのだから。
事実、年が明けてからの12試合で6点しか挙げておらず、しかも私の覚えているかぎり、その内の3点はセットプレー絡み、そして1点はファールだった。つまり、流れからのクリーンな得点は2点のみ。さらに言えばその2点にしても1点はリュングベリの突破からディーン・アシュトンのヘディング、そしてもう1点もカールトン・コールのオーバーヘッドという個人の力に依存した得点といえるだろう。つまりチームとして相手の守備陣を崩して奪った得点は(あくまでも私の主観ではあるが)まだない。
前線が停滞すれば、守備にしわ寄せが来るのは至極当然だ。ここ3試合を除けば9試合中、3試合をシャットアウト、5試合を1失点に抑えるという素晴らしい成果を挙げていただけに悔やまれる。
■問題点
問題がどこにあるのか突き止めることは非常に難しいが私は以下の3つが問題であると思っている。
1.怪我人の続出~攻撃の連携面を確立できず~
序盤戦から怪我人が続出し、新加入メンバーも多い中、連携を確立できなかったというのが大きな痛手だった。次に挙げるが、カービッシュリー監督は戦術練習をほとんど行わず、トレーニングは紅白戦が中心となる。にもかかわらず、ボビー・ザモラ、ジュリアン・フォベールをはじめ、スコット・パーカー、フレディー・リュングベリ、クレイブ・ベラミー、ディーン・アシュトンといった主力級の選手たちが相次いで離脱し、戻ってきてもちょくちょく怪我をしてトップチームに合流できない状態が続いた。これでは攻撃の連携が確立できるはずなく、現在に至っているわけだ。
2.戦術なきカービッシュリー
少し前、ジュリアン・フォベールが「戦術練習をほとんど行わない」と監督批判とも取れる発言をしていたが、これが大きな問題となっていることは明らかだろう。戦術練習を行わないということは、選手の能力に依存する面が大きくなってくる。ある程度の決まりごとがなければ選手がイメージを共有することは難しい。紅白戦でそのイメージを掴めれば別だが、上記したように怪我人が続出し、同じメンバーで長い時間練習を行えない状態なのだから、それは難しいだろう。
カービッシュリー監督といえば、弱小クラブのチャールトンをプレミアシップに定着させた名将である。だが、一方でチャールトンの特徴はシーズン中(そう、時期的には今頃だ)必ずどこかで調子を大きく崩すことだった。チャールトンに比べれば戦力が充実しているウエストハムにおいても同じような現象が起きているということは彼のやり方に問題があると言わざるを得ないだろう。この辺りがイングランド監督の限界といわれてしまうゆえんか。残留で満足するならば別だが、クラブの方針や現戦力を考えればヨーロッパを視界に入れなければならない。そういう意味において、カービッシュリーの手腕にはやや疑問符が付く。
3.守備陣の疲労とリーダーの欠如
これが現在最も問題となっていることだろうか。基本的に今期、ウエストハムの4バックは左からジョージ・マッカートニー、マシュー・アプソン、アントン・ファーディナンド、ルーカス・ニールで固定されている。特にマッカートニーは出ずっぱりで、ニールやアプソン(リバプール戦で負傷)にしても疲労がたまってくる時期だろう。しかも守備に負担がかかっている今期なのだから余計に。
加えて、真のリーダーといえるプレイヤーの不在がこの負のスパイラルを止められずにいる原因となっている。どんなに疲労していてもある程度は精神面で補えるもの。連敗したところで、そのムードを払拭してくれるリーダーが強いチームに入る。だが精神面を支える者がウエストハムにはいない。キャプテンのニールは誰よりもやる気を失っており、最近の軽さは批判されてしかるべきである。アプソンやグリーン、アントンは実力者だがそういったタイプの選手ではなく、生え抜きの熱血漢ノーブルにしてもまだ荷が重い。現在はリーダーのいない船で、フラフラと漂う航海が続いているのである。
■今後へ向けて…
怪我人が戻ってきたことは明るい材料だが、根本的な問題が解消されるわけではない。正直な話、もはやヨーロッパ行きの可能性は消えたに等しく、降格争いとも縁がない位置にいるだけに、のらりくらりのままシーズンが幕を閉じてしまうのではないかと危惧している。だが、まずは上記した3つの問題がどのような変化を見せていくのかに注目したい。ただ、もし…特に2つ目と3つ目の問題解消が難しいのであれば…早めに手を打ってしまったほうが来期のためはないか。
今後の判断に注目したい。そして次節、ブラックバーン戦に全力を注いでくれることを祈る。
posted by so-ma |03:40 |
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2008年03月07日
結果的に言えばこの試合はグッドマッチだった。
ファーストレグがスコアレスドローとなったカードだけに、セカンドレグのウェイトが全てとなってくる。戦前の予想ではチェルシー有利が揺るぎなかったものの、先制点がオリンピアコスに入ろうものならたちまちチェルシーは敗退の危機にさらされる、といった状況だった。ゆえにこのロンドンの青いチームの指揮官は慎重な試合運びを選択するというのが、スタンフォード・ブリッジのゲートをくぐる時点での私の予想だった。だが…
予想は外れた。というよりオリンピアコスを過大評価しすぎていたといったほうが正しいだろうか。試合開始序盤から圧倒的な力をチェルシーが示して見せた。一人ひとりの技術の高さと役割分担の明確さ、そしてチームとしての成熟度…。明らかな差が両チームの間にはあった。
それがスコアに反映されるにはさほど時間はかからず、試合開始早々にランパードのクロスを最近好調のバラックが頭で叩き、あっさり先制点を奪い、試合の体勢を決める。ボールを支配し、スムーズに展開し続けるチェルシーは25分にもバラックのシュートのこぼれ球をランパードが押し込み、ほぼこの時点でクオーターファイナル進出クラブがどちらであるかは決まった。どちらが勝者に相応しいか、も。
結局後半にも追加点を入れたチェルシーがあっさりと、そして強さを見せ付けて準々決勝進出の権利を勝ち取った。
試合はチェルシーの圧勝劇に終わった。ただスタジアムで観戦していたものとしてひとつ言わせてもらえば“サポーターの声援ではオリンピアコスの圧勝だった”ということである。
確かに力の差があり、チェルシーのサポーターたちは余裕を持っていたのかもしれない。あるいはこの試合に高い値段を出してスタジアムで見ることよりもパブを選択したファンも少なくないのだろう。そのため多くの観光客も難なくチケットを購入できていたのだから。
ただ、それにしてもこの日のスタンフォードブリッジは静か過ぎた。どのくらい静かだったかといえば、先日、アップトンパークに来ていた一握りのアウェイサポーターの声量の方がよほど大きかったぐらいだ。また、この日でイングランド・フットボール観戦2試合目となる友人は「ここは静かだね」「この前(トッテナム対スラビア・プラハ)の方が迫力があった」「(声援に関しては)ちょっともの足りない」と漏らしていたほどである。単純に考えてスタンフォードブリッジとホワイトハートレインのキャパが1万近く違うことを考えれば、どれほど静かだったかお分かりいただけるだろう。
ネームバリューと実力のあるクラブが揃うクオーターファイナルではこのようなことはないだろうが、それにしても欧州ナンバー1を狙うクラブのスタジアムがこんな雰囲気でいいのだろうか、と考えてしまう。観光客やライトなファンを取り込むことはビジネスとしては非常に重要なことではあるが、そのせいでスタジアムにチャントが響かないことになればチームの成績にも影響しかねない。この試合が仮に拮抗した展開になっていたら、ファンたちは選手を助けることができただろうか。大いなる支えになれただろうか。正直、私には疑問だ。
そんなことを思い、まだまだ冷えるロンドンの夜に凍えながらスタジアムを後にした。
posted by so-ma |19:26 |
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2008年03月05日
昨日はCLをパブにて堪能してきた。
同日、チャールトンにてチャンピオンシップがあり、迷いに迷ったのだが、チャールトンには今週末足を運ぶ予定であったため、結局世界最高峰の舞台を見ることに。
試合前、友人とどの試合を観戦するか、議論した後、“負けてもショックはない”セルティック対バルセロナをまず見ることにした。ミラン対アーセナルでプレミア首位のチームが負けようことなら、決して少なくないショックに襲われるだろうとも考えての決断だった。ただセルティックが1失点喫したらアーセナル対ミランに乗り換えよう、との条件付で。
そしてパブへ。1階ではミラン対アーセナルが、2回ではユナイテッド対リヨンが、そして3階にてバルセロナ対セルティックが放送されていたので、まずは3階へ。セルティックが「リスクを犯して」攻めに行き、文字通り“奇跡”の可能性を探ってくれることを期待してビールを買い、席についた。だが…。
■絶対的な実力差
Barcelona 1-0 Celtic (agg: 4-2)
結論から書けばご存知のとおり、前半3分にバルセロナが先制点を挙げ、早々に試合を決めた。しかも悔しいが得点シーンの流れも華麗の一言に尽きる。ロナウジーニョが溜めを作り、シウビーニョが怒涛のオーバーラップでウィルソンを振り切り、完璧なクロスでシャビが流し込む…。我々だけでなくセルティックの選手も含めて、唖然とする他なかった。
その後もバルセロナはセルティックを翻弄し、攻めては素早く正確なパス回しでボールを触らせず、守っては前線からの積極的なプレスで縦パスを入れさせず。記憶は曖昧だがおそらく前半、セルティックは1本もシュートを打てなかったのではなかっただろうか。
私たちは3分で席を立つことも考えたが、あまりにもあっけなさ過ぎる幕切れにきょとんとしてしまい、そのまま前半終了まで見続けた。本当に、切なくなるほどバルセロナは強かった。セルティックが不甲斐なさ過ぎたといった方が正確だろうか。どちらにしても絶対的な力の差に、少なくない落胆を感じながら、前半終了の(そしてセルティック戦観戦終了を告げる)笛をただじっと待った。
■若き力の躍動
AC Milan 0-2 Arsenal (agg 0-2)
3階にて見た速報ではスコアレスのまま。前半が終了してもこのスコアは変わっていなかった。自分たちが来る前に試合が動かなかったことに少し喜びを感じたが、ハイライトを見るかぎり、アーセナルの決定機の方が多かったため、あるいはミランペースで試合が進んでいるのかと少なからず危惧していた。
実際のところ、どちらのペースだったかは知らないが、例えアーセナルペースで試合が進んでいたところで、老獪なミランの選手たちはあっさり試合を決める力を持っている。経験に裏づけされた自信もあるだろう。ゆえに後半が始まってアーセナルの選手たちがボールを回しているところを見て、アーセナルペースだと確信したところで、徐々に時間が過ぎるにつれて頭をよぎる「もしかしてミランのペースでは?」との邪念を拭うことは難しかった。事実、アーセナルファンの中にも「まずいなぁ」と口にするものがいた。
しかし………本当にただただセスク・ファブレガスには驚嘆するしかない。アンリが抜けたアーセナルに対する評価はさまざまで、どのようにチームが回っているか様々な見方があるだろう。超人と化したアデバイヨール、成長著しく闘志溢れるフラミニの存在など軸となりうる選手は多いからだ。だが、やはりこの日のパフォーマンスを、このシュートを目の当たりにしてしまうと、ヤング・ガナーズを動かしているのがこの若きスペイン人ミッドフィルダーであることを疑う要素はどこにもないと思ってしまう。
前半にクロスバーを叩くシュートを打って以降、バイタルエリアでもパス出しに徹していたセスクが突如として鋭く前を向き、シュートを叩き込んだ姿は………古い話だがジョホールバルでの中田のシュートに重なった。(中田のシュートはGKにセーブされたが。)つまりセスクにも“王”としての風格を感じたということである。
その後、すぐに転び時間を使うイタリアのスタイルとは対照的なウォルコットの頑張りにより、追加点を奪い、後にミランの選手たちも認めたようなアーセナルの完勝劇は幕を閉じた。
最近、リーグ1、リザーブリーグなどの試合を多く見てきたため、久々の世界最高峰のレベルに震えてしまった。改めてレベルの高さに驚嘆したし、これだけの熱気を周囲に作り出させる彼らの力には本当に恐れ入るといったところだ。
最近調子を落とし気味だったヤング・ガナーズだがここ一番に最高のパフォーマンスを披露した。彼らと、それに導いたアルセーヌ・ヴェンゲル監督に最大限の賛辞を送りたいと思う。
今日はこれからチェルシー対オリンピアコス戦に足を運ぶ予定だが、この試合も我々を魅惑の世界に導いてくれることを祈る。
posted by so-ma |21:09 |
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2008年03月04日
英国に来たにもかかわらず、昨年末はフットボールをほとんど見ずに生活してきた。そんな生活もありなのかな、なんて思っていたが最近は「ああ、なんて自分は馬鹿なことをしていたんだろう」と思うこともある。
なぜなら、最近の生活がやっと自分らしいライフスタイルになってきたからだ。
土曜の3時にはスタジアムへ足を運び、日曜にももちろん緑の芝生を眺め、月曜にはリザーブリーグを観戦し、ミッドウィークにはチャンピオンシップ、あるいはCLやUEFAカップに興じ、再び土曜日を迎える。そんな、自分で言うのもなんだが大変頭のおかしい馬鹿な生活が、自分の水には合っている。
先週末、土曜日は前回書いたようにアプトンパークで粉砕されてしまったウエストハムを観に行ったわけだが、日曜日はロンドン第7(?)のクラブ、クイーン・パーク・レンジャーズのホームスタジアム、ロフタス・ロードへと足を運んできた。
まだ稲本選手が籍を置いていた頃のフラムが、ホームとして使用しているクレイブン・コテージの改装工事中のため、このロフタス・ロードを借り、ホームとして使用していたため、日本でも馴染みのあるスタジアムのひとつかと思う。
シェパーズ・ブッシュ駅を出て徒歩10分ほどで青と銀色のスタジアムが見えてくる。住宅街にポツンと佇む姿は何とも英国のスタジアムらしい姿である。
この日は相手が現在リーグで2位につけるストークだったこともあり(QPRは半分より下)、せっかく観に着たのにボコボコにやられるのでは…と危惧していたが以外や以外、一方的な展開でQPRが勝利を飾った。
先制点は12分、PA付近からLeigertwoodの素晴らしいハーフボレーが決まり、すぐさま21分には追加点が決まる。右サイドのBuzsakyが素晴らしいクロスを供給し、FWが落としたところに走りこんだLeigertwoodがまたしてもまたしてもゴールをあげる。まさに理想的な形でリードを奪い、試合のペースも完全にホームチームが握った。試合全体を通してもストークに流れが来たのは1回あったかどうかという感じ。54分にはカウンターから最後はBuzsakyが決めて、試合に終止符を打った。
チャンピオンシップの魅力を感じた試合でもある。上記したようにストークは首位と勝点2差の2位につけていたチームだった。だがアウェイとはいえ、0-3の完敗を喫してしまったのである。ひとつ上のリーグの首位であるアーセナルが同じように敗れる姿などちょっと想像しにくいがチャンピオンシップでは力が拮抗しているため、こういった番狂わせが起こりやすいのだ。
そして、中途半端にレベルの高い守備的で退屈な試合を見せられるよりよほどエンターテイメント性があり、楽しめたというのが実際である。両チームとも荒があり、逆にいえばそこが魅力でもあるのだ。
「あのCB、足元不安定なくせにボール持ちすぎだけど、大丈夫なのかな?」
こんな心配をした直後、FWにプレッシャーをかけられ苦し紛れに蹴ったボールが相手に渡り、ピンチを招いたりする。決してレベルが高いとはいえないが、ある意味味わいがあって人間味があるというものではないか。
やはりプレミアだけに気を取られず、下部に目を通すのも面白い。そう実感させられた貴重な時間だった。
posted by so-ma |08:58 |
07-08 英国フットボール |
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2008年03月03日
元記事
■改めて、レフェリー問題に物申す
たくさんのご観覧およびコメントを下さったTOMEさん、マコさん、平八さん、少年レベル審判さん、なおんさん、solさん、kenさん、てつさん、旅人さん、ジェロさん、名無氏さん、haTshさん、審判さん、シラネギさん、ろっくくんさん、でぃなもみんすくさん、クンさん、siroutoDESUさん他、誠にありがとうございます。多くの方にご意見をいただいたので、コメント欄ではなく、こちらに改めて大筋の見解およびコメントに対する返事を記したいと思います。
この“改めて、レフェリー問題に物申す”ですが、この記事で触れたことは先日のゼロックス・スーパーカップに限ったことではない。
当事者である家本レフェリーは“その筋”では有名な方であり、そのせいもあって家本レフェリーへの批判が大半をしめているようだが、残念なことになにも彼に限ったことではないということをご理解いただきたいと思う。
もちろん、家本氏の経歴を考えれば、正直なところSR(=スペシャル・レフェリーの略だが、私は常々Special Rubbishの訳だろうか?と思ってしまう)どころかプロの試合を吹くに値するとは私には思えないし、香港研修などを行ってなお、改善が見られないところを見ると彼のレフェリー資質に疑問を向けざるを得ないというのが率直な意見だ。ゼロックスにしても、私は1試合を通してみていないので、彼のジャッジを総評することはできないが、少なくとも上記したようにこれまでの経歴が今回の騒動に繋がっていることは間違いなく、非難されても仕方ない現状になってしまったのは彼自身の未熟さといえる。
ただ、繰り返すが本質はそこではない。1試合の、1審判のレフェリングを批判しているのではなく、レフェリー陣全体の現状を、そして彼らを半ば放置して使い続けるJリーグ側に向けて書いたのが“改めて~”なのである。
彼のような問題を起こすレフェリーは少なくない。しかもなぜか決まってそのレフェリーはSRだったりする。つまり、試合の流れやエンターテイメントの場を壊してもルールブックには則っているから一定の評価を得てしまうということだ。問題を起こすがSRになっているという矛盾が日本サッカー界の現状なのである。
そしてレフェリーの模範であるべきSRのリストに問題を起こすレフェリーの名前が載っているということは、つまりJリーグ側の審判評価基準や根本的な体制の不備を映し出しているのに他ならないのだ。
オリベイラ監督は判定に対する不満やファンも含めて誤審に半ば泣き寝入りしている現状に対して苦言を呈したが、返す言葉もないほど彼の言葉は適格だと私は思う。
Jリーグはミスを続けるレフェリーをかばい続け、彼らを匿おうとバリケードを張っている(監督、選手などへのレフェリーに対する発言の制限等)がこんなことが有益に働くのだろうか。ミスを犯しても罰が与えられなければ彼らが同じことを繰り返すことは目に見えているし、実際、繰り返してしまっている。自分で自分の首を絞めかねない。
その後、スポーツニュースやサッカー番組等でどのような報道がなされたのか(誤審らしきシーンや審判問題を取り上げたのか)は海外に住んでいる関係で知ることはできないが、今回の騒動が少しでもレフェリーの質の向上やJリーグ側の姿勢の改善に繋がることを祈る。特にマスコミの方々、これからはレフェリーに関してのコメントも公共の電波に乗せてください。いいことも、もちろん、悪いことも。
以上、この記事をもってコメントへの返事に変えさせていただきます。
最後に、昨年のベストメンバー規定騒動を皮肉って締めくくることにしよう。
“鬼武さん、我々は裏切られています”
誰にかは………言わずともわかってください。
posted by so-ma |02:27 |
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2008年03月02日
先に言っておくが、完全にボヤキである。まさに完敗という他ない試合であった。今シーズンはこれほどの大敗をホームで経験したことはないし、正直あまり思い出したくない。
出だしは悪くなかった。ボールは回せていたし、圧倒されているわけではなかったのだから。フレディーの裏を狙う動きはいつも通り活発で、いつも通りパスが出なかったことは非常に歯がゆかったが、フレディーはいつも以上に怒っていた。この試合に対する気持ちの入れようが感じ取れたシーンである。
ただ個々の能力に差のある両チームだけに、強い方のチームがはまってしまったときはどうしようもない。
PKのシーンは仕方ないとして(憎きフランク・ランパードにまたしてもゴールを許してしまったのはしゃくだが)2点目が非常に痛かった。J・コールがパスを右足でトラップした後、浮いたボールをハーフボレー気味で叩いたのだが、これはどうしようもなく素晴らしいゴールでグリーンになす術はなかった。このトラップが狙いであったのかは定かではないが、さすがウエストハムのユース出なだけある、とひたすら感心する以外、ちょっと心の行き先が見当たらなかった。
そして3点目。またしてもグリーンのどうすることもできないようなクリーンなゴールを決められてしまった。左サイドからのクロスに、バラックがこれまたハーフボレー気味のシュートを放ち、ゴールに吸い込まれたのだ。
この時点でどうしようもない敗北感に襲われてしまった。
何か、ポンポンとあまりにも簡単に点が入ってしまったので悔やむにも悔やみきれずにただただ力の差に愕然とさせられるような、本当に屈辱的な展開となってしまったのだから。
そしてそれは私だけではなかったようで、この時点で席を立ち、帰路につく人もいたようだった。0-3で負けているとはいえまだ前半20分そこそこ。自分のチームの敗北シーンを見たくはないが、それにしても早すぎるのでは…と。ただ、その心情が全くわからないわけではなかったことに、自分自身プレミアシップというかこの国の色に少しは馴染んできたのかな、と敗戦濃厚な試合の中、そんなことを考えていた。そんなことを考えて心中を落ち着かせるより他なかった。
一時はランパードの退場劇により、スタジアムは沸いたがその後は締まりのない展開が続いたので詳細は省くことにする。ただ、私はこの試合ほど静かなアプトンパークを経験したことがなかったから少しショックだった。イングランドのスタジアムではないのではないか、と思えてくるほど誰もが上唇を噛み、口を閉ざしてチャントを歌うものも本当に少なかった。それほど絶望感に浸っていたということなのだろう。
ある意味、いい機会なのでどれだけこの試合がハマーズサポーターを失望させたかを見てもらいたいと思う。
この試合のアテンダンスは34,969人と超満員だった。だが後半2、30分の時点でこれほどの空席ができてしまったのだ。
これは35分ほどだっただろうか。下段(アウェイ側=チェルシーサポーター)と上段(ハマーズサポーター)を比較していただければ、どれほどの空席があるか、どれほどの人がこの時点で帰路についたかお分かりになるだろう。試合開始時は、もちろん上段もシートが見えないほど人がいたのだから…。
課題は多い。怪我人も多い。困ったものである。ただそれにしても最近の不満は攻撃面だと私は思っている。攻撃の形が見えないのだ。フレディの個人技や空中戦などで打開するほかないのが現状となってしまっている。チームとして連携した攻撃であったり、得点シーンは久しく見ていない。
攻撃のコマが乏しいのはわかるが、もうC・コールの1トップは止めてもらいたい。ディーノを使ってくれ。後、最近リザーブリーグなどでその才能の片鱗を見せているSEARSなどを思い切って使ってくれはしない…よね、カービッシュリーは。
少し前、ジュリアン・フォベールが「戦術練習がない」という発言をしていたが、確かに確固たる攻撃のスタイルを持っているとは思えない。このあたりはその監督のやり方次第なので、どうしようもないことかもしれないが…なんとかならないものかね、カービッシュリー殿。
posted by so-ma |19:12 |
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2008年03月02日
現在、日本ではゼロックス・スーパーカップにおける審判問題が大きく取り上げられているようなので、これを機にJリーグの審判問題について触れておきたいと思う。
■フットボールを知っているレフェリーと知らないレフェリー
日本にいた頃の週末の過ごし方といえば、昼過ぎから行動圏内にあるスタジアムで行われるJの試合を観戦しに出かけ、帰宅後、海外サッカーを見て就寝…というのが定番の流れだった。サッカー好きとしてはたまらない一日である。
ただ、土曜日の夜、海外サッカーを観戦し、翌日Jリーグを見てがっかりした経験は数え切れないほどあるのが残念でならない。
なぜ“がっかり”してしまったのか。
このようなことを書くと“選手のレベルが低いから”Jを観ていない偽サッカーファンだと勘違いされてしまうのだが、決してそんなことが要因となっているわけではない。JにはJの良さがあり、頭ごなしに「レベルが低いから」とJリーグを馬鹿にするような輩などサッカーを愛するものではないと私は思っている。もちろん自身が不届き者であるはずもない。
では、何に“がっかり”だったのかといえば…そう、それが今回取り上げる“審判”についてである。
正直な話、私が愛しているイングランドのフットボール界…とりわけ世界最高峰のリーグといわれるプレミアシップですら誤審は少なくない。そのせいで勝敗が変わってしまう試合などいくらでもある。そして両リーグを実際見ている者としては、絶望的な差がイングランドと日本のレフェリーの間にあるとは思えない。
にもかかわらず、それでも私がイングランドのフットボールを愛し、イングランドのレフェリーを好むのは、彼らがフットボールを知っているからである。逆にいえば日本のレフェリーはサッカーを理解しきれていないように映るのだ。
■試合のコントロール
“知っている”とはどういうことか。
フットボールはスポーツである。ゆえに勝敗が全て…ではあるのだが、安くない料金を払い、チケットを買って、スタジアムへ足を運ぶファンがいるのだから、プロのクラブとして、あるいはクラブを統括するリーグとして、ファンを少しでも楽しませて帰路につかせることはある種の義務となっている。そこで重要になってくるのが試合内容であり、面白い試合になるか否かがレフェリーのジャッジにかかっている比重は決して小さくないのである。
例えばフットボールの要素として“流れ”というものがある。“流れ”が重要なスポーツであるフットボールで必要以上に笛を吹くことは試合を遮断する行為であり、試合の熱自体を奪ってしまう危険性がある。逆にファールを流しすぎて荒れた試合になることもあり、このあたりの加減、つまりジャッジの基準は難しいところなのだが“知っている”レフェリーはどの程度の基準で笛を吹けば試合の流れがスムーズになるか、面白い試合になるか、ある程度把握しているように思う。
言い換えればこういうことだ。イングランドとJリーグのレフェリーの大きな違いは“試合をコントロールする能力に長けているか否か”なのである。正直なところ、多くのJリーグの審判には試合をコントロールする意識があるのか疑いたくなるのが現状だ。
試合開始直後になんでもないファールに対しイエローカードを提示し、流れを読まずに試合を遮断し、レッドカードで試合を壊す。ファールの基準に達していれば状況に関係なく笛を吹き、目の前で起こった事態を機械的に捌いているのが現状といえるだろう。これでは試合が落ち着くことはない。そういう意味では日本の多くのレフェリーには応用力が欠けているといわざるを得ない。
例えばゼロックス・スーパーカップで岩政選手に退場を命じらた家本主審について。岩政のプレーは既に1枚イエローカードをもらっているにしてはあまりに軽率だったといわざるを得ない。だが悪質なプレーだったわけではないし、タイトルマッチの、しかもまだ前半12分ということを考えれば、注意にとどめておける場面だった。もし残り70分近く残っている状況で11人対10人のゲームになったなら試合が壊れることは目に見えているのだから。タイトルマッチに意義を持たせるためにも、このジャッジは重要だった。だが彼の判断は…ご存知のとおりである。
海外にいる関係で、断片的にしか試合を見れずにいるが、話を聞く限り、あのレッドカードで少なからず試合は変わったようだし、選手の心理状態にも変化が生まれ、後のプレーに影響したことは間違いないだろう。もしかしたら審判自身の心理にも、負い目というかネガティブな意味で変化が生まれたかもしれない。それはつまり、あの判定がまさしく“試合を壊す行為”であり、レフェリー自身にレッドカードが提示されてもおかしくない場面だったかということである。
■魅力的なリーグを作るために…
また日本サッカーにおける審判の判定基準にも一言いわせてもらいたい。
これは私がプレミアシップを見ているせいかもしれないが、Jリーグは審判の判定の甘さによって試合自体が面白みを失ってしまいかねないと思っている。ファールを極力抑えているプレミアシップは確かに誤審も多いが、試合の“流れ”を審判が壊すということは誤審ほど多くはない。
しかし、Jリーグはどうだろう。なんでもない行為に笛は簡単に吹かれ、試合の流れはそのたびに切れている。
せっかく相手選手を振り切り、カウンターのチャンスを作ったのに、笛が吹かれてチャンスがふいになる。自分のファールならまだしも相手のファールで自分の利益を失う笛を吹かれる。相手ではなく審判にボールを奪われチャンスを潰される。当然選手は怒るだろう。その選手のなんでもない抗議、異議申し立てに対してイエローカードは出され、またフラストレーションは溜まる……。この悪循環の繰り返しが多くの試合で見受けられるのが現状といえるのではないだろうか。
日本ではこのようなカードを乱発させる審判を(特にマスコミは)「厳格なジャッジ」たる言葉でかくまう傾向にあるが、本当にそれでよいのだろうか。
これは全く個人的な見解だと最初に断っておくが、判定を人間が行う以上、誤審が生まれてしまうのは仕方がない。だが誤審により勝ち星を落とすチームもあれば拾うチームもある。1試合の勝ち負けではなく、シーズン通してのポイントで判断すればプラスマイナスはほとんど生まれないのではないだろうか。なのだからせめて試合が面白くなるような基準を作り、リーグに魅力を持たせ、ファンが納得するだけの組織を作り上げる必要があるように思う。
つまりそれは判定基準の再考であり、試合を作ることのできるレフェリーの選出、ということである。
“審判が目立つ試合に好ゲームなし”
この格言が胸に響く。繰り返すがJリーグを見ていると試合ではなく、審判にフラストレーションが溜まることが少なくない。試合のコントロール技術とファールの基準。現在、日本サッカーに求められるのはこの2つであると私は常々思っている。
posted by so-ma |05:08 |
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