2008年02月27日

イングランド・フットボールへの誘い。

近年、イングランド・プレミアシップのクラブは巨額の投資や大富豪により引き入られることが多くなっている。ゆえに多額の移籍金を払うことが可能となり、有能な選手がイングランドの地へ集まり、結果、世界1人気のあるリーグといわれるようになった。最近はその人気ゆえ、莫大な放送権料を手にし、ますます豊かになっている。これからもアラブの石油王やらアメリカのビジネスマンやらが興味を示すであろうことは間違いないといえるだろう。

そのため、イングランドのアイデンティティーを危惧する声が多く上がっており、これはイングランドのみならず、世界中で議論の的となっている。

個人的にはイングランドのフットボールに関心が集まることは好ましいこと“だった”。日本人が興味を持てばプレミアシップを日本にいながらにしてみることができるし、多くの情報が伝わってくるのだから。事実、今ではスカパーどころかNHKでも見ることができる環境になっている。(筆者はまだ後者の放送を見たことがないので番組のクオリティー云々はわからないが。)

ただ、少なからず考えが変わってきたというのが最近の心境だろうか。いや、もっと前から思っていたことなのだが気づかない振りをしていただけなのかもしれない。少なくとも最近になってもう見て見ぬ振りはできないほどにこの考えが頭を占める割合は大きくなってきたといえるのだろう。

“必ずしもプレミアシップではイングランド・フットボールの魅力を堪能できない”

それが率直な意見である。すなわちそれは前述したイングランドのアイデンティティーが失われかけているということであり、これから改善していかなければならない問題ということだ。

なぜそう思うようになったのか。

ピッチ上の問題ももちろんだが、私はピッチ外の、もっと言えば観客層の変化が問題なのではないかと考えている。簡単に言えば、昔はフットボールを見に来る者のほとんどは、自分のチームを熱狂的に応援するコアなサポーターばかりだったのが、近年のグローバル化と人気の向上により、有名選手の名前しかしらないようなライトなファンが増えたということである。例えばいまだにアンリがバルセロナへと去ったということを知らずにアーセナルを彼目当てに観に行く者もいるぐらいだ。

勘違いしてほしくないのだが必ずしもこの現象に苦言を呈しているのではない。ライトなファンを取り込むことがビジネスにとって…もう少し押し進めていえばそのクラブにとって重要なことなのだから、現状は良好であるとの見方もできる。

ただ、他の記事でも何度も書いているが特にイングランド・フットボールの魅力はサポーターたちが作り出す独自の雰囲気にあると私は思っている。彼らがいない試合など私には価値を見出すことはできないし(そう、だからプレミアの海外公式戦など失笑ものである)、彼らの中に混じり(できればチャントを歌って)初めてイングランドのフットボールを体験できた、といえると思うのだ。

ゆえにそういった観点から見れば観光客に囲まれて試合を観なければならない現状が好ましいとはいえない。


だから私は以下のことをお勧めしようと思う。

ミーハー気分を味わいたいなら、もしくはそれらのチームのファンならばアーセナルやマンチェスター・Uの試合を観に行けばいいが、イングランドのフットボールが好きなのであれば、是非とも下部リーグの試合を観に行くべきだ、ということを。

先日、レイトン・オリエントというリーグ1(実質3部)に所属するチームを観に行ったのだがそこで痛感させられた。

確かに下部リーグの試合が満員になることは少ないし、チャントの声量やフットボールの内容ではプレミア上位のチームには到底かなわないだろう。ただ、下部リーグにはコアなファンが多い。観客は少なくとも密度は濃い。だから本当の雰囲気が味わえるのだ。

不甲斐ないプレーに頭を抱え、空振りした選手を笑い飛ばし、不可解な判定に激怒し、ゴールに歓喜する。

こんなことを幼稚園生から白髪の老人まで、皆が行っているのだ。私にはこの光景が素敵で素敵でたまらない。過去に下部のチームを見に行った経験はまだ10回前後ほどだがほとんどのスタジアムでこのような密度の濃い光景を目にすることができた。

だから日本に住んでいる方たちより少しだけイングランド・フットボールに触れられている者としてオススメしたい。フットボール観戦旅行の予定を立てるときには、是非下部リーグの日程もチェックしてほしい、ということを。きっと貴重な体験ができるはずだから。

何でもそうだ。有名な高級レストランより個人が経営している小さな店の料理の方が美味しかったりする。食材が高級でなかったとしてもそれを補う店の雰囲気やオーナーのキャラクター性、何より親しみやすさに我々は惹かれてしまうことが多い。

騙されたと思って行ってみてほしい。他人には自慢できないかもしれないが、自分だけの貴重な思い出を作ることができるはずだから。



PS:最近、数人の方からイングランド・フットボール観戦に関しての質問をいただいたのですが、観戦方法やチケットの手配等まで質問がある方は是非メールいただければと思います。ひとりでも多くの方がイングランド・フットボールを味わってくだされば、と思い、お手伝いしたいと思っている次第です。

posted by so-ma |23:38 | ■渾身コラム | コメント(8) | トラックバック(0)
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2008年02月27日

カーリング・カップ決勝 ~スタジアムの外で~

「今回はカーリングカップ決勝を観にウェンブリーへ行ってきた」

…と書きたいところだが、今回は断念せざるを得なかった。ウェンブリーに行った。だがスタジアムには入れなかったのだ。

自分で言うのもなんだが、もうこちらの事情は普通の日本人よりも…いや普通の英国人よりも熟知しているつもりでいた。実際、多くの試合に足を運び、チケットの入手方法もそれなりに知っているし、ダフ屋との交渉経験も少なくない。

だから今回もいつもの手法でいけると考えた。そう考えて高をくくっていた。

例を挙げて説明していこう。通常、チェルシーやマンチェスター・U、リバプールなど人気チームのチケットをダフ屋から購入しようとした場合、座席に関わらず、まず彼らは3倍や5倍の値をこちらに要求してくる。例えばチェルシーのチケットは£50前後だから、ダフ屋は「150」とか「120」とか酷い時になると「£200」なんて時もある。

それを通常は交渉にて2桁や定価近くまで下げて購入する。リーグ戦であれば£70あればまず購入できるし、先日ウェンブリーで行われたイングランド対スイス戦ははじめ「£200」と言われたのを£60まで落として購入することができた。

最近はチェルシー対リバプールなどのビッグカードですら正規のルートから定価で購入できているのでダフ屋を利用する機会はほとんどなかったが、前回旅行で来たときなどにも経験しており、カーリングカップ決勝のチケットも彼らから購入できるだろうと思っていたのだ。

だが、これが間違いだった。いつもならダフ屋がいるはずのスタジアムへの道には「I need ticket」というプラカードを持った人で溢れていたし、やっとダフ屋を見つけても彼らが提示してきた値段はなんと「£400」だったのである。しかも値下げ交渉には全く応じる気なし。

試合開始まで粘ってみたが値段は1ポンドも下がらず。これではもうお手上げである。おとなしくパブで決勝を観戦することにした。

ただ試合を観ていて、正直この2チームのファンならば£400という大金を出してでも購入していただろうと思ってしまった。それほどに試合内容は濃く、激しく、情熱的で、決勝戦のあるべき姿が画面には映し出されていたのだから。日本から来るための飛行機代を考えれば…なんて。

何より、試合前の、駅からスタジアムへ続く道を通るサポーターたちの熱気は通常のリーグ戦のそれとは比べ物にならないものだった。あれを優勝のかかったスタジアムの中で味わえるのかと思うと正直、本当に胸が踊るどころの騒ぎではない。


まだFAカップ決勝が残っている。


今度はなんとか正規ルートでの購入に全力を尽くしてみようと思うが、もしも手に入らなかった際には………。1度でいいから決勝戦の雰囲気を味わってみたい。それほどの価値があると思わせてくれたのがカーリングカップ決勝をスタジアムの外より眺めていた者の率直な感想である。

posted by so-ma |09:10 | ■07-08 英国フットボール | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年02月07日

憧れのウェンブリーへ ~イングランド対スイス戦~

wembley


夢がひとつ、達成された。

イングランドに来た意味を昨晩、感じることが出来た。


2008年2月6日。“あの事件”から丁度50年の時が過ぎたこと日、イングランド代表対スイス代表戦が行われた。舞台はそう、あのウェンブリースタジアム。他でもない“聖地”に、フットボールの聖域に足を踏み入れることができたのである。

イングランド・フットボールの聖地、ウェンブリースタジアムで大観衆が見守る中、イングランド代表の試合を見守ること。いや、それよりも9万人の「God Save The Queen」を聞くことが、その中のひとりとしてイングランド国歌を歌うこと。

これが夢のひとつだった。

皆さんご承知の通りわたしは日本人である。ゆえにそんな私がイングランド国歌を歌いたいなどと思うことに疑問を感じる方は少なくないかと思う。

ただこれだけは譲れない。わたしをサッカーに目覚めさせたのは間違いなく三浦知良であり、日本代表だったが本当の意味でフットボールを深く知りたいと感じさせてくれたのは、深く関わって生きたいと考えるようになったのはイングランドのフットボールを知ったときからだった。

歴史、文化、伝統としてのフットボールに憧れ、イングランドに渡り、そして現在は一時的にではあるが住み着いてしまっている。

スタジアムにも多く足を運んだ。北はグラスゴーのセルティックパークやレンジャーズパーク、南はポーツマスのフラットンパークやセインツのセントメリーズまで、大小さまざまな、歴史や伝統の香りを感じさせてくれるスタジアムの数々を目の当たりにし、感慨に浸ったことも少なくない。

そんな私や、イングランドフットボールに興じているものにとって、1966年ワールドカップでイングランドが優勝に輝き、伝統あるFAカップの決勝が行われてきた地を訪れることは一種の憧れであり、夢なのである。少なくとも私は層思っている。

だからこそ、この日の経験は忘れられない。目に焼きついて離れることは、おそらくこれからも一生、ないだろう。


チューブを駆け出し、闇に囲まれながらも輝きを放ち、観衆たちを正しき方向に導いてくれる大きなアーチを目指し歩を進める。近づくにつれて巨大さを増すスタジアムの全景に圧倒されつつ、少し肌寒い英国の夜に喜びを感じた。これは一種の武者震いであり、本能の疼きといいかえられるかもしれない。

外観だけみるだけでも相当の満足度を得られており、「これを見るためにイングランドへやってきた」と既に思い始めていた。周りには父親に手を引かれた少年やフェイスペイントを施すカップル、仲良く寄り添う年配のご夫婦etc…。こちらでは当たり前の見慣れた光景であり、特別なことであるはずもないのだが、こういった何気ない場面で伝統を感じさせるところが歴史ある国の凄みである。

この瞬間、この一瞬を記憶に残そうと必死になりながらも、待ちきれずにチケットを取り出し、内部へ。

入り口を抜け、スタンドへと繋がるゲートの先には…照明に照らされた赤いシートと緑のピッチが壮大な雰囲気を醸し出していた。

「これが聖地か」

新しく改装されたとはいえ、そこには圧倒されそうな何かがあった。記事を書いておいてなんだが、この感覚と空気を言葉で表現するのは至極困難である。来たものにしかわからない、そこにしか流れていない空気を吸ったものだけが得られる感情、とだけ記しておくことにしようか。もう少し時間がたったら、もう一度考えてみようと思う。

そしてこの日は私にとってだけではなく、全ての人にとって特別な日だった。50年前の2月6日、この日起きた悲劇は語り継がれ、いまなお悲しみと敬意に包まれている。そう、いわゆる世に言うところの“ミュウヘンの悲劇”が起きた日なのだ。

スクリーンに犠牲者や事件のことが映し出され、皆が敬意を持ってそれに見入っている。悲しそうな顔をする人もいた。当然、私は生まれてすらいなかったが、その時代に生き、事件をリアルタイムで見て知っている人もいるのだ。彼らにとっては私など比べ物にならないほど傷が痛むのだろう。それはつまり、戦争を経験した人にしかわからない戦争の恐ろしさに似ていて、私にはどう頑張っても同じように理解することは出来ないのだ。

ただ、だからこそ事件を知らない現代に生きる私たちはこれに敬意を持って、受け止める必要がある。改めて心からお悼み申し上げる。


そんなことを考えて、夢の時間は過ぎていった。選手入場、国歌斉唱、キックオフ。貴重な体験だった。試合内容は座席の関係もあってよく分からなかったし、あまり良く覚えていない。ベントリーが良かったこと、我がチームのマシュー・アプソンがスタメンに名を連ねたこと、ルーニーが違いを見せていたことぐらいだろうか。

ただ、今日に限って言えば、私に限って言えば、試合はさほど重要ではなかったからいいのだ。この日に、ウェンブリーへこられたこと。この事実がなによりも私の宝であり、一生忘れることのない思い出となったのだから。


wembley3



posted by so-ma |18:36 | ■07-08 英国フットボール | コメント(2) | トラックバック(1)
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