2008年05月09日

フーリガンに関する報告書 【プレミアF】

“イングランド=フーリガン”

そんなイメージを抱く方がいまだに多いかと思います。ですが実際に現地で80試合近くを観戦している私ですが1度としてフーリガンと遭遇したことはありません。

フーリガンとは何なのか。イングランドは誤解されていないか。

イングランドを愛する者として、これは皆さんに伝えておかなければならない情報だと思っています。なので、今回は以前あるサイトに掲載したコラムを再掲載という形で、皆さんに読んでいただきたいと考えております。

いつも以上に堅苦しい文章ですが、よろしければお付き合いのほどを。


■フーリガンに関する報告書

私が知る限り、日本に“フーリガン”というワードが浸透した背景にはフットボールが存在した。「フーリガンと呼ばれた少年たち―子供たちの大英帝国―」のあとがきにはこのような一節がある。

「本書(1992年1月発行)が世に出てから七年あまり。―――その間をふりかえって気づく最大の変化は、「フーリガン」という言葉のこの浸透度ではないだろうか」

1990年に終止符が打たれたサッチャー政権における負の遺産として残された格差社会や現在もなお色濃く残る階級問題が当時の英国フーリガンに何らかの影響を及ぼしていたとも考えられるが1992年といえばプレミアシップが開幕し、フットボールを観戦するために必要な環境が整えられた年である。事実、ヘイゼルの悲劇(1985年)やヒルズボロの悲劇(1989年)を越える惨劇はこれ以降起こっていない。

では1992年以前には世間であまり認知されていなかった“フーリガン”という言葉がなぜ日本で浸透したのか。これは容易に説明がつく。

1992年は日本初のプロサッカーリーグであるJリーグが開幕した年であり、翌年の1993年は日本サッカー史における最大の“事件”として語り継がれているドーハの悲劇が起こっている。つまり、日本においてサッカーという競技が、歴史上最も注目されていた年のひとつだったといっても過言ではないのだ。

後のアメリカW杯、フランスW杯におけるサッカーへの注目度も含めて、この時期に“フーリガン”という言葉が急激に日本へ輸入され、定着したと考えても不思議はないだろう。そして2002年日本にW杯を招聘するに辺り、“フーリガン”の一般名詞化は決定的となった。私自身、フーリガンという言葉を意識するようになったのはこの頃からである。やはりフーリガンが浸透した背景にはフットボールが存在していたのだ。

しかし多くの者はフーリガンという言葉は知っていてもその成り立ちやフットボールとの関わりについては知らない。近年、イタリアやアルゼンチンなどでフーリガン問題が表面化し、全世界に危険は潜んでいることが明るみになったものの、依然として“フットボール・フーリガン=イングランド”と認識する者が多い。(個人的にはこれが大きな問題だと考えている。)

ゆえに今回は、フーリガンとはどのようなものなのか?フーリガン問題を考える上で何が重要なのか?について触れてみたいと思う。


■“フーリガン”の起源は?

まず“フーリガン”という言葉について触れておく必要がある。今でこそ辞書などでも“フーリガン=熱狂のあまり騒動を起こすサッカーファン”という表記がされ、世間でもこのように認識されているが厳密に言えばこれは正しくない。

第一に、正確にはフットボールの試合で暴れる者は“フットボール・フーリガン”であり、フーリガンという言葉自体はフットボールと混ぜて考えるべきものではない。もともとのフーリガンの意味は「暴れ者、ごろつき、不良」であり「フットボールにおいての…」などの注釈はない。

では第二の理由を挙げる前に、ここでは少しフットボールとは離れ、改めてフーリガンという言葉の意味とこの言葉が生まれた背景である19世紀のイギリスについて振り返ってみることにする。


■19世紀イギリスの栄光ある孤立

言葉の意味を知る上で重要な要素となるのが、その言葉の起源を知ることであろう。ただ実は“フーリガン”の起源は明確には分かっておらず、今なおこれに関する議論がなされ、諸説入り乱れている。いくつかある説の中で共通していることといえば「当時のロンドンの特定地域に縄張りを持つ不良のリーダーの名前」であること。あるいは「悪党として名を知られたアイルランド人の名」であるということ。つまり現在最もポピュラーな説として考えられているのが「アイルランド人の悪党・不良の名」がフーリガンという言葉と結びつくのではないか?というものなのだ。事実、もともと“フーリガン”は英語ではなく、アイルランド語である。

ここで疑問なのは、なぜ英語が絶対的公用語のイギリスにおいてアイルランド語の“フーリガン”が当てられたのか。ここが面白いところ。実は“フーリガン”という言葉には当時のイギリスが抱えていた問題が凝縮されている。

「栄光ある孤立」

義務教育の社会科の授業を受けたものなら間違いなく一度は目にした事のある言葉だろう。言うまでもなく、19世紀のイギリスが非同盟政策を敷いて国際的に孤立していたことを象徴する言葉である。

これが“フーリガン”と何の関係があるのか?感の良い方ならお分かりの方もいるだろう。

“フーリガン”という言葉がイギリス中に知れ渡ったのは1898年だったといわれている。栄光ある孤立を放棄したのが1902年なわけだから、政策が続きながらも確実に時代の流れに取り残されつつある現状に揺れていた頃なのだ。そんな時勢を象徴するように、イギリス中の都市では(とりわけ労働者階級の)若者集団による暴動問題が深刻化していた…。

つまりだ。
当時の(中産階級の)イギリス人たちの間ではイギリス国内で起こるこれらの現象から目を背けたいという、イギリスとは関係のない“非イギリス的現象”として見たいという心情が働いていたのである。

ゆえに外来語(アイルランド)に起源を求め、「暴れ者、ごろつき、不良」の意味を持つ“フーリガン”という新語が英語として誕生したのだ。

確かにフットボールとフーリガンは共にイギリスで起こった(生まれた)。これは事実だ。だが上記したように、“フーリガン”はフットボールが原因で出来た言葉ではなければ、フットボールに限定した行為でもない。根本的なフーリガン問題の理解を深めるためにもこの事実は是非覚えておいてほしい。


■フーリガンはフットボールに“熱狂”しているのか

さて、長くなったが第二の理由に移ることにしよう。
第二に、必ずしも「熱狂のあまり」暴れるとは限らないという点が挙げられる。

確かに酔った勢いだとかサポーター同士で対立しあう険悪なムードが暴力に発展することは多々ある。そして残念ながら手を上げてもこの“非日常的行為”が決してめずらしい光景ではない環境がスタジアム等にはあった。

しかし多くのフーリガンの自伝やフーリガンに関するレポートなどに目を通すと、フーリガンたちはフットボールに熱狂するのではなく、暴力に熱狂していることが分かる。つまりフットボールを目的としてスタジアムやパブへ行くのではなく、最初から騒ぎを起こすためにそれらの場所へ足を運ぶ“確信犯”が大多数をしめていたのだ。例えば、フーリガンたちの行動を綴った「フーリガン戦記」には次のような“事実”が記されている。

「そいつを、ここ、サッカーの試合でやらなかったら、どっか別のとこでやるだけだ。……そいつはおれたちのなかにある。」

ここでいう“そいつ”とは暴力のことである。つまり「暴力をフットボール・スタジアムで振るうことが出来なければ、どこか別のところで……」というわけだ。現代的に言うならば、本来歌を歌うことが目的であるはずのカラオケボックスに、ストレスを発散するために行く…といった感覚だろうか。少し違うかもしれないがニュアンスはお分かりいただけるかと思う。今でこそ人々の興味が多様化し、行動の選択肢が大いに増えているが当時はそういった場が限定されており、数少ないストレス発散の場がスタジアムだったと考えられる。

このことからもフットボールへの熱狂と暴力が必ずしも結びついていないことが分かる。問題はフーリガンたちの介入を許してしまうスタジアムやシステムにもあるのだ。

確かにフットボールの歴史を紐解けばフットボールと暴力との関連性は否定できない。フットボールはもともと村同士で競われる遊び(宗教行事)だったが勝利に固執するあまり、お互いを妨害し小競り合いが多発し、最悪の場合死者が出るケースも少なくなかった。

だがフットボールのルールが確立され、戦いではなくスポーツとして行われた時点でこの2つは切り離して考えるべきでだろう。上記したとおり、フーリガンという言葉の起源がフットボールに関係しているわけでもない。


■フーリガンを考える上で…

・フーリガン=フットボールでとらえないこと

・所謂フーリガン行為は、フットボールとは関係のない場面でも起こりえるということ
(ギリシャのバレーボールの試合で起こった事件は記憶に新しい)

・フーリガン=イギリス(イングランド)というイメージがスケープゴートになってしまっているが、フーリガン行為は世界中のどんなところでも発生する可能性を秘めているということ

・フーリガン行為という名称がつかなくとも似たような現象は各地で起こっていること


フットボールが“フーリガン”を広めてしまったことは事実であるが、これらの真実を念頭に置き、問題を考えていかなければならないと思う。

「責任転嫁じゃないか?」こう思われる方もいるだろうが私はそう思わない。事実、現状はフーリガンという言葉に全てを押し付け、問題の本質を隠している節があるからだ。

完全に、とは言わないがイングランド国内のフーリガン問題はスタジアムの整備(立見席の廃止、全席指定制)でほぼ解決した。今では日本人女性が一人で安心して観戦できるほどで、欧州一安全との評判もある。つまりスタジアムが「そいつ」を振るう場所ではなくなったということだ。環境の整備により、フーリガン問題は改善できることをフーリガン発祥の地イングランドは世界に示して見せたといってよい。

逆に06-07シーズン、CLローマ対マンチェスター・U戦でのフーリガン問題は警備面の不備が指摘されていると同時に、問題を起こしたのがイングランド人(=フーリガン)という固定観念が原因の根源ではないか。イタリア国内でフーリガン行為が起きたのも、以前から指摘されていたスタジアムの整備(警備面も含む)が不十分で「そいつ」を振るう場所を与えてしまったところに問題があったことは明らかである。

スケープゴートに惑わされては的確な議論はできない。問題も解決できない。フーリガン問題は思っている以上にデリケートな問題だ。今後もどこかでフーリガン行為が発生してしまうだろうが、その度に本質を見て議論を重ねてほしいものである。

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引用、および参考文献

フーリガンと呼ばれた少年たち(井野瀬久美恵著)
フーリガンの社会学(ドミニック・ボダン著)
フーリガン戦記(ビル・ビュフォード著)

posted by so-ma |02:46 | ■渾身コラム | コメント(2) | トラックバック(0)
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