2008年03月02日
先に言っておくが、完全にボヤキである。まさに完敗という他ない試合であった。今シーズンはこれほどの大敗をホームで経験したことはないし、正直あまり思い出したくない。
出だしは悪くなかった。ボールは回せていたし、圧倒されているわけではなかったのだから。フレディーの裏を狙う動きはいつも通り活発で、いつも通りパスが出なかったことは非常に歯がゆかったが、フレディーはいつも以上に怒っていた。この試合に対する気持ちの入れようが感じ取れたシーンである。
ただ個々の能力に差のある両チームだけに、強い方のチームがはまってしまったときはどうしようもない。
PKのシーンは仕方ないとして(憎きフランク・ランパードにまたしてもゴールを許してしまったのはしゃくだが)2点目が非常に痛かった。J・コールがパスを右足でトラップした後、浮いたボールをハーフボレー気味で叩いたのだが、これはどうしようもなく素晴らしいゴールでグリーンになす術はなかった。このトラップが狙いであったのかは定かではないが、さすがウエストハムのユース出なだけある、とひたすら感心する以外、ちょっと心の行き先が見当たらなかった。
そして3点目。またしてもグリーンのどうすることもできないようなクリーンなゴールを決められてしまった。左サイドからのクロスに、バラックがこれまたハーフボレー気味のシュートを放ち、ゴールに吸い込まれたのだ。
この時点でどうしようもない敗北感に襲われてしまった。
何か、ポンポンとあまりにも簡単に点が入ってしまったので悔やむにも悔やみきれずにただただ力の差に愕然とさせられるような、本当に屈辱的な展開となってしまったのだから。
そしてそれは私だけではなかったようで、この時点で席を立ち、帰路につく人もいたようだった。0-3で負けているとはいえまだ前半20分そこそこ。自分のチームの敗北シーンを見たくはないが、それにしても早すぎるのでは…と。ただ、その心情が全くわからないわけではなかったことに、自分自身プレミアシップというかこの国の色に少しは馴染んできたのかな、と敗戦濃厚な試合の中、そんなことを考えていた。そんなことを考えて心中を落ち着かせるより他なかった。
一時はランパードの退場劇により、スタジアムは沸いたがその後は締まりのない展開が続いたので詳細は省くことにする。ただ、私はこの試合ほど静かなアプトンパークを経験したことがなかったから少しショックだった。イングランドのスタジアムではないのではないか、と思えてくるほど誰もが上唇を噛み、口を閉ざしてチャントを歌うものも本当に少なかった。それほど絶望感に浸っていたということなのだろう。
ある意味、いい機会なのでどれだけこの試合がハマーズサポーターを失望させたかを見てもらいたいと思う。
この試合のアテンダンスは34,969人と超満員だった。だが後半2、30分の時点でこれほどの空席ができてしまったのだ。
これは35分ほどだっただろうか。下段(アウェイ側=チェルシーサポーター)と上段(ハマーズサポーター)を比較していただければ、どれほどの空席があるか、どれほどの人がこの時点で帰路についたかお分かりになるだろう。試合開始時は、もちろん上段もシートが見えないほど人がいたのだから…。
課題は多い。怪我人も多い。困ったものである。ただそれにしても最近の不満は攻撃面だと私は思っている。攻撃の形が見えないのだ。フレディの個人技や空中戦などで打開するほかないのが現状となってしまっている。チームとして連携した攻撃であったり、得点シーンは久しく見ていない。
攻撃のコマが乏しいのはわかるが、もうC・コールの1トップは止めてもらいたい。ディーノを使ってくれ。後、最近リザーブリーグなどでその才能の片鱗を見せているSEARSなどを思い切って使ってくれはしない…よね、カービッシュリーは。
少し前、ジュリアン・フォベールが「戦術練習がない」という発言をしていたが、確かに確固たる攻撃のスタイルを持っているとは思えない。このあたりはその監督のやり方次第なので、どうしようもないことかもしれないが…なんとかならないものかね、カービッシュリー殿。
posted by so-ma |19:12 |
■07-08 英国フットボール |
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2008年03月02日
現在、日本ではゼロックス・スーパーカップにおける審判問題が大きく取り上げられているようなので、これを機にJリーグの審判問題について触れておきたいと思う。
■フットボールを知っているレフェリーと知らないレフェリー
日本にいた頃の週末の過ごし方といえば、昼過ぎから行動圏内にあるスタジアムで行われるJの試合を観戦しに出かけ、帰宅後、海外サッカーを見て就寝…というのが定番の流れだった。サッカー好きとしてはたまらない一日である。
ただ、土曜日の夜、海外サッカーを観戦し、翌日Jリーグを見てがっかりした経験は数え切れないほどあるのが残念でならない。
なぜ“がっかり”してしまったのか。
このようなことを書くと“選手のレベルが低いから”Jを観ていない偽サッカーファンだと勘違いされてしまうのだが、決してそんなことが要因となっているわけではない。JにはJの良さがあり、頭ごなしに「レベルが低いから」とJリーグを馬鹿にするような輩などサッカーを愛するものではないと私は思っている。もちろん自身が不届き者であるはずもない。
では、何に“がっかり”だったのかといえば…そう、それが今回取り上げる“審判”についてである。
正直な話、私が愛しているイングランドのフットボール界…とりわけ世界最高峰のリーグといわれるプレミアシップですら誤審は少なくない。そのせいで勝敗が変わってしまう試合などいくらでもある。そして両リーグを実際見ている者としては、絶望的な差がイングランドと日本のレフェリーの間にあるとは思えない。
にもかかわらず、それでも私がイングランドのフットボールを愛し、イングランドのレフェリーを好むのは、彼らがフットボールを知っているからである。逆にいえば日本のレフェリーはサッカーを理解しきれていないように映るのだ。
■試合のコントロール
“知っている”とはどういうことか。
フットボールはスポーツである。ゆえに勝敗が全て…ではあるのだが、安くない料金を払い、チケットを買って、スタジアムへ足を運ぶファンがいるのだから、プロのクラブとして、あるいはクラブを統括するリーグとして、ファンを少しでも楽しませて帰路につかせることはある種の義務となっている。そこで重要になってくるのが試合内容であり、面白い試合になるか否かがレフェリーのジャッジにかかっている比重は決して小さくないのである。
例えばフットボールの要素として“流れ”というものがある。“流れ”が重要なスポーツであるフットボールで必要以上に笛を吹くことは試合を遮断する行為であり、試合の熱自体を奪ってしまう危険性がある。逆にファールを流しすぎて荒れた試合になることもあり、このあたりの加減、つまりジャッジの基準は難しいところなのだが“知っている”レフェリーはどの程度の基準で笛を吹けば試合の流れがスムーズになるか、面白い試合になるか、ある程度把握しているように思う。
言い換えればこういうことだ。イングランドとJリーグのレフェリーの大きな違いは“試合をコントロールする能力に長けているか否か”なのである。正直なところ、多くのJリーグの審判には試合をコントロールする意識があるのか疑いたくなるのが現状だ。
試合開始直後になんでもないファールに対しイエローカードを提示し、流れを読まずに試合を遮断し、レッドカードで試合を壊す。ファールの基準に達していれば状況に関係なく笛を吹き、目の前で起こった事態を機械的に捌いているのが現状といえるだろう。これでは試合が落ち着くことはない。そういう意味では日本の多くのレフェリーには応用力が欠けているといわざるを得ない。
例えばゼロックス・スーパーカップで岩政選手に退場を命じらた家本主審について。岩政のプレーは既に1枚イエローカードをもらっているにしてはあまりに軽率だったといわざるを得ない。だが悪質なプレーだったわけではないし、タイトルマッチの、しかもまだ前半12分ということを考えれば、注意にとどめておける場面だった。もし残り70分近く残っている状況で11人対10人のゲームになったなら試合が壊れることは目に見えているのだから。タイトルマッチに意義を持たせるためにも、このジャッジは重要だった。だが彼の判断は…ご存知のとおりである。
海外にいる関係で、断片的にしか試合を見れずにいるが、話を聞く限り、あのレッドカードで少なからず試合は変わったようだし、選手の心理状態にも変化が生まれ、後のプレーに影響したことは間違いないだろう。もしかしたら審判自身の心理にも、負い目というかネガティブな意味で変化が生まれたかもしれない。それはつまり、あの判定がまさしく“試合を壊す行為”であり、レフェリー自身にレッドカードが提示されてもおかしくない場面だったかということである。
■魅力的なリーグを作るために…
また日本サッカーにおける審判の判定基準にも一言いわせてもらいたい。
これは私がプレミアシップを見ているせいかもしれないが、Jリーグは審判の判定の甘さによって試合自体が面白みを失ってしまいかねないと思っている。ファールを極力抑えているプレミアシップは確かに誤審も多いが、試合の“流れ”を審判が壊すということは誤審ほど多くはない。
しかし、Jリーグはどうだろう。なんでもない行為に笛は簡単に吹かれ、試合の流れはそのたびに切れている。
せっかく相手選手を振り切り、カウンターのチャンスを作ったのに、笛が吹かれてチャンスがふいになる。自分のファールならまだしも相手のファールで自分の利益を失う笛を吹かれる。相手ではなく審判にボールを奪われチャンスを潰される。当然選手は怒るだろう。その選手のなんでもない抗議、異議申し立てに対してイエローカードは出され、またフラストレーションは溜まる……。この悪循環の繰り返しが多くの試合で見受けられるのが現状といえるのではないだろうか。
日本ではこのようなカードを乱発させる審判を(特にマスコミは)「厳格なジャッジ」たる言葉でかくまう傾向にあるが、本当にそれでよいのだろうか。
これは全く個人的な見解だと最初に断っておくが、判定を人間が行う以上、誤審が生まれてしまうのは仕方がない。だが誤審により勝ち星を落とすチームもあれば拾うチームもある。1試合の勝ち負けではなく、シーズン通してのポイントで判断すればプラスマイナスはほとんど生まれないのではないだろうか。なのだからせめて試合が面白くなるような基準を作り、リーグに魅力を持たせ、ファンが納得するだけの組織を作り上げる必要があるように思う。
つまりそれは判定基準の再考であり、試合を作ることのできるレフェリーの選出、ということである。
“審判が目立つ試合に好ゲームなし”
この格言が胸に響く。繰り返すがJリーグを見ていると試合ではなく、審判にフラストレーションが溜まることが少なくない。試合のコントロール技術とファールの基準。現在、日本サッカーに求められるのはこの2つであると私は常々思っている。
posted by so-ma |05:08 |
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