2007年12月18日

さよなら…怪物ワシントン

わずか3年だけであったがその実力を遺憾なく発揮し、歴代のJリーグ助っ人外国人と比較しても彼の残した功績は光り輝いている。

衝撃が走ったのは忘れもしない2005年ゼロックス・スーパーカップ。

一応はタイトルマッチという名目だが、実際にはJリーグ開幕前の“前座”試合という意味合いが強い試合で、当時横浜国際総合競技場に足を運んだ私も多くを期待してはいなかった。

だがここで得たものは大きかった。というよりあるひとりの男によって、忘れられない試合のひとつにカウントさせられた。彼は前年度Jの覇者であるマリノスの堅い守備陣をもろともせず、2回ゴールをこじ開け、なによりパワー、テクニックそして決定力の面において“違い”を示すには十分すぎるほどの活躍を見せた。当時、日本最高DFの名を得ていた中澤を相手に、だ。信じられない圧倒的な実力を見せてくれたのが言うまでもなくワシントンである。

この試合でのパフォーマンスは決してフロックなどではなかった。それは所属していた東京V、浦和レッズのサポーターのみならず、ライトなファンですら彼の名前を覚え、脅威を感じるほどに。

ブラジル全国選手権38試合34ゴール(最多ゴール記録)。
その年、降格した東京Vにおける22ゴール。
そしてレッズのJリーグ制覇に大きく貢献した26ゴール(シーズン得点王)。
今シーズンも16ゴールとACL、CWCで活躍。

プレースタイルの好みはあるにせよ、これら一番目で見えやすい得点という実績を見れば彼の力がいかに絶大なものか認めざるを得ないだろう。そして彼のプレーを同じく空間で観たことのある者ならば余計に彼の力を感じずにはいられない。

「浦和に残りたい」

こう主張しながらもオジェック監督との衝突から退団という結果になってしまったが彼がレッズに残したもの、日本サッカーに残したものは少なくないと思う。ワシントン抜きでは、Jリーグ制覇、ACL優勝、世界クラブ選手権3位というレッズの功績も考えられなかったように思う。

それに一流のストライカーを前にした日本人DFは少なくない世界との差を肌で感じられただろうし、同じポジションに身を置くものたちの手本にもなったはずだ。

正直、彼のプレーを生で見る機会がもうないのかと思うと残念でならない。
ただ、今は「さようなら。ありがとう」といってブラジルへ去る常人より二周り大きな体を持つ心優しい男を送りたいと思う。

そして彼のような…“世界”を感じさせてくれるような外国人プレイヤーが日本へ訪れてくれることを切に願う。

posted by so-ma |23:31 | ■Jリーグ | コメント(0) | トラックバック(0)
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