2009年02月05日

栗山太樹独占インタビューその2

ご無沙汰してしまいました、すごい長きにわたり・・・

栗山太樹(ひろき)さんのインタビューのつづき、になります。

病気のリハビリがきっかけでスキーに親しむようになった栗山さんが、オーストリアにスキー留学へ! なんでしょう、この流れは・・・・ 水をえた魚のよう・・・・すばらしいスキーの感性が、ムクムクと現れてしまったのでしょうねぇ。

「スキー漬けの生活から、オーストリアへスキー留学とのことですが。」
小・中・高校と部活はスキー部に入り、ほとんど毎日午後からスキーをしていましたね。スキー漬けの毎日を送る中、オリンピックに行くためにはどうしたらいいか、ということを考え始めるようになって、レーシングキャンプによく参加していました。高校時代に誘われてヨーロッパへトレーニングに行く機会があり、本場でしっかりトレーニングしたいという気持ちが強くなって、高校3年からオーストリアにスキー留学をしました。中学生の頃から一貫してコーチでお世話になっていた、小田島賢さんには3年で帰って来いと言われていましたが、結果が伴わず、もう少しがんばりたい、という意思を通してしまい、結局6年間オーストリアにいました。全日本のコーチを務めたこともあるペーター・プロディンガー氏のもとでスキートレーニングを積み、オフトレーニングはヘルマン・マイヤーなど有名な選手とも一緒に練習していました。彼らの滑りを実際に見ながらのトレーニングはやはり違いましたね。留学中、ヨーロッパのFIS(国際スキー連盟)主催のレースには、210戦出場しました。その間オーストリアのスキー理論を徹底的に習いました。

「今シーズンからブリザードを履いていますね。」
他のメーカーも調子は良かったのですが、ブリザードの板は、前から履きたいと思っていたので、昨年夏に、自分からブリザードが履きたい!と申し込んじゃいました。留学2年目の頃から、オーストリア女子チームが大勢ブリザードを履いているのを見て、自分の体型を考えるとブリザードが自分にも合っているんじゃないか、とずっと思っていたんです。でもオーストリアでは1回も履いたことがなくて・・・・ずっと片思い状態でしたけど。

これで「インタビューその2」はおわりです。次は日本の技術選(全日本スキー技術選手権大会)へ舞台を移され、その意気込みをうかがいます。では。

【写真】ヨーロッパの町並みって、どこを写真で撮っても、絵になりやすねぇ~
ヨーロッパ町


posted by snowcan |20:24 | 栗山太樹の210戦記 | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加