2007年01月12日

「スポーツ・ビジネス知的武装講座」第10回

質問者:福井盛太(『SMR』編集長)
【Q】ニューヨーク・メッツに続き、ニューヨーク・ヤンキースも新スタジアムの建築を決定しました。
 他にもNFLのサンフランシスコ49ersやニューヨーク・ジェッツなど複数のプロスポーツチームが新スタジアム建設構想を明確化しています。一般的に米国は、プロスポーツチーム(特に4大スポーツの場合)に対する自治体の協力姿勢が強いと言われていますが、なぜ莫大な費用が必要とされる新スタジアムの建設が、これほどの短期間に、しかも複数個、可能となっているのでしょう。
 また各チームが、本拠地移転をしてでも新スタジアムの建設に拘る理由は何なのでしょう。

回答者:藤本淳也
(助教授・大阪体育大学)

 北米でのスタジアム建設ラッシュは、1990年代に始まりました。日本から見ると簡単に新しいスタジアムが建設されているように見えます。これは北米のプロスポーツチームがお金を持っているからでしょうか? それとも土地が安いからでしょうか? もちろん北米プロスポーツチームの資金力と、土地の広さは承知の事実ですが、もっと重要なポイントがあります。

チームはなぜ新スタジアムやアリーナをほしがるのでしょうか?

 答えは、「収益性の向上」です。新しいスタジアムやアリーナが収益を押し上げる主な構造は、1.観戦室やシートの販売収入の増加と、2.スタジアム関連のスポンサー収入の増加です。
 まず、観戦室やシートの販売に関しては、新しいスタジアムにすると人が増える、という単純な話ではありません。古いスタジアムと新しいスタジアムを比較すると、チームの増収へ向けての戦略がわかります。
 例えば、フィラデルフィア・イーグルス(NFL)のホームスタジアムで2002年に誕生した「Lincoln Financial Field」の例で見ると、それまで使用していた「Veterans Stadium(1971年建築)」の一般座席数は65,352。一方、Lincoln Financial Fieldの一般座席数は68,532で3000席弱しか増えていません。ところが、特別観戦室(Luxury suites)が89室から172室に、特別観戦席(Luxury suite seats)が1,210席から3,040席に、そして専用ラウンジなどが利用できるクラブシート(club seats)を10,828席新設しています。
シカゴ・ベアーズ(NFL)とシカゴ・ファイヤー(MLS)が利用する「Soldier Field」の場合も、2003年の改装終了後に一般座席を66,944から61,500に減らし、その一方で特別観戦室を17室増やして、クラブシートを8,657席新設しています。つまり、グレードの高い観戦室やシートを増設・新設することによって、ビジネスや関係者のホスピタリティのために利用したいという企業や、パーティを兼ねて観戦したいというグループ、より快適に試合を観戦したいという個人などのニーズを持つマーケットを獲得しているのです。
 さらに、近年注目を集めているのがPSL(Personal Seat License)です。特定のシートをオールシーズン占有できる座席指定のシーズンシートのようなものですが、基本的に本人が手放す意思表示をしない限り、永久に持ち続けることができます。特に、NFLのように試合数の少なく、当日券の購入が難しい場合は多くのウェイティングが出るほど売れているようですから、少ない機会を逃さずに確実に観戦したいというニーズも満たしているわけです。
 これらの特別観戦室、特別観戦席、クラブシート、PSLの値段はグレードや利用条件によって様々ですが、一般に特別観戦室の場合は年間で数百万円から数千万円、クラブシートは年間で数万円から数十万円です。例えば、Solder Fieldの場合は特別観戦室が$70,000から$300,000、クラブシートが$195から$315、PSLが$765から$8,500ですので、これに増えた観戦室やシートの数から年間の収益増が見込めます。また、新しいスタジアムでは、グッズや飲食物を販売する売店の数も増え、利用の快適性も高まっていますので、スタジアム全体での収入は大幅にアップするのです。

 次に、増加が見込めるのがスタジアムやアリーナ関連のスポンサー収入です。
 ネーミングライツ(命名権)については後述しますので、ここではスタジアムやアリーナ内外の看板スポンサーについてお話しします。1990年代後半に入ると、スタジアムやアリーナの看板は「Bigger and Simpler is Better」と言われてきました。ここでのBetterには、広告効果とスポンサー料の二つの意味があります。つまり、大きくてシンプルな看板の方が広告効果が高く、スポンサー料も高くなるのです。また、同時に観客の注目度の高い大型スクリーンや電子広告の導入もスポンサー料収入を増やす手法として発展してきました。このような広告効果の高いツールを導入することでスポンサー収入の増加が見込めたことも、チームが新しいスタジアムやアリーナをほしがったひとつの理由といえるでしょう。

建設や改築のお金はどこから確保しているのでしょうか?

 Lincoln Financial Fieldの場合、スタジアム建設にかかった費用は総額$512millionです。内訳は、チームがPSLの売上金と併せて$207millon、NFL’s Stadium Loanから$125millon、ペンシルバニア州が$85millon、フィラデルフィア市が$95millonとなっています。つまり、チームや自治体が中心となって費用を負担しているのです。
 チームは、金融機関からのローンも組んでいるようですが、その大きな資金源となっているのがネーミングライツ(命名権)です。
 ご存じの通り、ネーミングライツとはスタジアムやアリーナの名前に企業名を入れる権利のことです。その金額は様々で、Lincoln Financial Fieldは$139.6millon(20年契約)です。契約金は高額になると、ワシントン・レッドスキンズ(NFL)のホームスタジアムの「FedEx Field」が$205million(27年契約)、ダラス・マーベリックス(NBA)やダラス・スターズ(NHL)がプレーする「American Airlines Center」が$195million(30年契約)、アトランタ・ホークス(NBA)とアトランタ・スラッシャーズ(NHL)がプレーする「Philips Arena」が$185million(20年契約)など、年間平均金額が$6millionを超える契約も少なくありません。マイナーリーグでもネーミングライツの獲得は盛んで、2003年の時点でマイナーリーグの約80のスタジアムやアリーナがネーミングライツ契約を結んでいたので、今では100は超えていることでしょう。
 チームが新しいスタジアムやアリーナを建設するためにはそれなりの資金が必要ですが、前述のようにスタジアム関連の収入の増加が見込めることと共に、ネーミングライツの販売や地元企業と自治体からの投資によって建設や改装資金が確保できているのです。

自治体が新しいスタジアムやアリーナの建設費用を負担するのはなぜでしょうか?

 自治体は、地元チームの活躍によって多くの人が動き、地元企業がチームに投資することで地域経済が活性化すること狙っています。そのために、自治体が負担をしてでも新しい施設の建設をサポートするのです。
一方で、自治体の資金調達先を見ると、そのしたたかな戦略がみえてきます。Lincoln Financial Field建設にフィラデルフィア市が支払った$95millonは、2%のレンタカー税から徴収され、Soldier Fieldの場合は2%のダウンタウンのホテル税から徴収されています。つまり、住民に負担を強いるのではなく、市外から訪れた人たちが落としていくお金でまかなっているのです。これは、新しい施設建築に対する住民の反対をさけるためだけではありません。自治体によるスポーツ産業と観光産業のコラボレーション戦略です。地元チームをサポートすることによって都市イメージが改善し、観光やビジネスによる訪問者が増加すれば、投資資金の早期回収も見込めます。
 また、都市イメージが改善されることは、住民の地域へのアイデンティティの向上や犯罪率の低下も期待できるといわれています。面白い例は、テネシー州メンフィスにある「FedEx Forum」です。2001年にメンフィスに移転してきたNBAグリズリーズの本拠地で、ダウンタウンのほぼ真ん中に建っています。コンコースには多くの有名人の写真が飾ってあるのですが、全てがミュージシャンでグリズリーズの選手はいません。壁に描かれている絵や売店の看板はギター、クラブシートのラウンジ名はブルーノート、男女トイレの区別を示す人物の絵はマイクを持って踊りながら歌っています。エルビス・プレスリーの故郷で音楽の町として知られる都市イメージとのコラボレーションです。
 FedEx Forumの隣には、セントルイス・カーディナルスの傘下にあるレッドバーズのスタジアムもあります。かつては、全米で非常に高い犯罪率であったダウンタウンの再生活動の一環としてアリーナとスタジアムを作り、都市イメージの改善、住民のアイデンティティの向上、犯罪率の低下、そして地域活性化に取り組んだ例といえるでしょう。

 新しいスタジアムやアリーナの建設は、スタジアム関連収入増加を狙うチームと地域活性化を狙う自治体、そして、有効なビジネスチャンスとしてチームや施設に投資する企業の存在によって実現しているのです。もちろん、快適に楽しく観戦できる環境が整備されることは、チームのファンにとっても喜ばしいことなのです。

【回答者プロフィール】
藤本淳也
1965年宮崎県生まれ。鹿屋体育大学卒業、同大学大学院体育学研究科修了。現在、大阪体育大学体育学部、健康・スポーツマネジメント学科助教授。専門はスポーツマーケティング。 現在、IAAF世界陸上2007大阪大会ボランティア推進委員会委員、Jリーグオフィシャル観戦者調査西日本担当、堺市スポーツ振興審議会委員、大阪市パークマネジメント構想検討委員会委員、大阪府広域スポーツセンターアドバイザー、NPO法人障害者スポーツ支援センター(ASSC)監事などを努める。著書に「スポーツマーケティング」(共著)大修館書店、「スポーツ産業論入門第3版」(共著)杏林書院、「スポーツの社会科学3:スポーツ経営学」(共著)杏林書院、「生涯スポーツの社会経済学」(共著)杏林書院、「生涯スポーツ実践論」(共著)大修館書店など。

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posted by 「SMR」編集部 |23:16 | トラックバック(0)
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