2008年05月25日
チャンピオンズ・リーグ決勝戦、コッパ・イタリア決勝戦も終わった事だし、そろそろ書いてみようと思う。1週間前、16個目のスクデットを獲得したインテルについて。今シーズン終了まで5試合を残していた時点で、スクデット獲得の可能性をインテル75%、ローマ25%と予想した時、正直、ローマに対しては寛大すぎたと思ったが、これほどまでインテルが最後の最後まで苦しめられるとは予想していなかった。
首位インテルと2位ローマの勝点差、僅か「1」で迎えた2008年5月18日、セリエA最終節。この日、世界中のインテリスタ達は、前半8分が過ぎた頃から心肺停止状態に陥った。去年の9月30日からずっと守ってきたセリエA首位の座を、カターニャで先制したローマにあけ渡した瞬間。ローマ、勝点84。インテル、勝点83。この時点で、私は、パルマ対インテル戦の90分間が、できるだけ長く続きますように、と、神に祈るしかなかった。いつもの情けない、不甲斐ないインテルの現実を、笑って受け止める為には、自分の心の奥底にまで潜入して、散乱した感情の破片をかき集めて再び一つにするには、試合終了まで残されていた時間は、あまりにも短かかった。息苦しい時間が静かな日曜日の午後を刻んでいた。
救世主は、突如雨が降りしきるタルディーニに降り立った。イスラム教ではイブラーヒーム(Ibrāhīm) と呼ばれる、ノア、モーセ、イエス、ムハンマドと共に五大預言者のうちの一人とされる聖人の名を継承したこの男。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を信じる「聖典の民」の始祖で、ノアの洪水後、神による人類救済の出発点として選ばれ祝福された最初の預言者に由来する名前を持つ男。左膝の腱の故障で40日以上も試合から遠ざかっていたこの男は、後半6分にベンチから姿を現し、パルマのDF陣を、タルディーニの水溜りを伸びやかにまたぎながら、後半17分、右足でグラウンダーのミドルシュートを放った。そのシュートが水飛沫をあげながらパルマのゴール右隅に吸い込まれた瞬間、我々インテリスタ達は54分間にも及んだ心肺停止状態から解放された。息を吹き返し、血液が再び体中を潤しはじめ、体温がゆっくりと指先から戻ってくるあの感触は、ユヴェンティーノやミラニスタの輩達には、とうてい解りようが無い感触だ。インテルというチームを信仰している者でなければ絶対に味わえない、「救われた」という感触。カターニャやレッジーナ、カリアリのファンなら、少し、解ってくれるかもしれない。
この最終節、パルマ戦を迎える前、インテルは、ミラノダービー、そして、マテラッツィ劇場でもめたシエナ戦と、ミラノで2度もマッチポイントを逃していた。インテリスタ達が、もう今年の正月あけには信じて疑っていなかった今シーズンのスクデット。なのに、いざシーズン終盤を迎えると、手を伸ばしても、なかなか届かない。次第に「まさか・・・」と不安が募り始め、インテルの情けない数々の過去の事件と共に生きて来た熱心な信者ほど、頭を抱え始めた、今シーズンの終盤。最終節に、ボスニア人を父に、クロアチア人を母に持つこのスウェーデン人の救世主の到来が、今シーズンのセリエAのクライマックスを描いたシナリオに予め書かれていたのであれば、我々インテリスタ達は何もこの数週間、ここまで苦しむことは無かった。そこを、あえて最後まで苦しめるのが神様だ。神は、インテリスタ達の、実はマゾッ気たっぷりの気質を、良くご存知のようだ。救世主イブラは後半34分にも追加点をあげ、カターニャで1点リードを守りながら逆転優勝に望みをつないでいたローマ・イレブンの気力を根元からへし折った。ローマがカターニャを下しても、インテルが引き分け以下の戦績でパルマ戦を終えなければ、ローマの念願の逆転優勝の夢はかなわなかったのだ。結局、インテルはイブラの2得点でパルマに快勝し、ローマの方はタルディーニの試合展開に意気消沈して試合終盤にカターニャに追いつかれ、引き分けた。インテル、勝点85。ローマ、勝点82。ローマの天下は、54分間で終わった。
今シーズンのセリエAの優勝争いは、1974年の西ドイツW杯のような後味を残してくれた。インテルが西ドイツなら、ローマはオランダだ。優勝したのは、大会を通して一番強かったのは、ベッケンバウアー、G.ミューラーらを擁した西ドイツ。でも、クロル、ハーン、ヤンセン、レップ、ニースケンス、レンセンブリンク、クライフらのオランダの想い出を、あの大会で最も心地良く、最も魅力的なチームの想い出として、今でも大切にしているサッカーファンは多い。「そのチームだけ」を応援している人達だけが喜べる「強いサッカー」と、サッカーを愛する人なら誰もが喜べる「美しいサッカー」は、両立は極めて難しい事を、今シーズン、インテルとローマは物語ってくれた。インテルは、もう10年以上も前から「美しいサッカー」を放棄し、「強いサッカー」を目指してきたチームだ。ローマのようなエレガントなサッカーは、仮にインテルが真似をしようと頑張ってみたところで、簡単に真似出来るものではない。一方、ローマの選手層では、シーズン中に多くの人々を魅了するプレーを何度か披露する事は出来ても、ビッグタイトルを、大きな結果を最終的に得る事は難しい。それでも、あの戦力で、トッティ抜きで、インテルを最後の最後まで追い詰めた実力は見事だが。
インテルは、所詮、大枚をはたいて世界中から集めてきたスーパースター達一人一人の先天的な「本能」でもっているチーム。このチームに後天的に「11人が連動してプレーをするチーム」の要素が備わることは、まず無い。パスをつないで皆で攻めて、皆で守るような、点が線になり、線が面になって、有機的にチームが機能するようなサッカーを期待する方には、絶対にお薦め出来ないチームだ。私がマンチーニ監督の「コーチ」としての手腕を昔から評価していない/評価できないのは、インテルがマンチーニ監督の独自のサッカー理論を選手一人一人が忠実に実践しながら勝負に挑むチームではないからだ。だから、救世主イブラの出現を最終節の試合後半まで待つ以外に、このスクデット争いに終止符を打つ方法は無かったのだと思う。インテルに「11人が連動してプレーをするチーム」の要素が備わっていれば、今シーズンのスクデット獲得は、最終節を待たずに、もっと前に楽に決める事が出来たはずだ。
私が選んだ今シーズンのインテルのMVPは、カンビアッソ。シーズンを通して、彼がインテルの中盤の実質的なリーダーだった。卓越した運動量、敵のパスを中盤でカットする読みの鋭さと、中盤で奪ったボールをインテルの攻撃に素早く綺麗につなぐセンスの良さが輝いていた。ミラン戦、フィオレンティーナ戦で彼が入れた重たい得点も忘れられない。次点はGKのジュリオ・セーザル。インテルのDF陣が怪我で苦しみ続けた今シーズン、それでも実現できた、インテルのセリエAシーズン最少失点数(38試合で26失点)は、彼の安定感に依存するところが大きい。エンポリ戦でのPKセーブ、大雨の中で行われたトリノ戦でのスーパーセーブは、昨シーズンには見られなかった彼の内面的な強さ、勝つ事への「執念」を感じた場面でもあった。そして、次点にもう一人。千両役者のイブラに、拍手。今シーズンの終盤は左膝の怪我に苦しんだ。昨日のコッパ・イタリア決勝戦ではベンチにも入っていなかったが、来月に迫っているユーロ本大会への出場は大丈夫だろうか。今シーズン前半に快進撃を見せたインテルと、スクデット獲得を決定づけたパルマ戦でのインテルは、誰が見ても、「イブラのインテル」だった。
来シーズンのセリエAは、今までのように「インテルのスクデットは、インテルにしか逃すことは出来ない」という展開には、もうならないだろう。スパッレッティ監督が昨日、ローマのオリンピコ・スタジアムでインテルを2-1で破りコッパ・イタリアを手にした後、そのコッパ・イタリアを「コッペッタ(小さなトロフィー)」と表現していたのが印象的だった。ローマがイタリア・チャンピオンの座をあと一歩のところで逸したこの悔しさは、来シーズン、ローマを爆発させるかもしれない。そうなると、また、インテルにとっては脅威だ。そのローマに加え、スクデットに再び照準を合わせる事になるミランも、「ヴェッキア・シニョーラ」復活計画が進むユヴェントスも、準一流のチームから一流のチームにステップアップしつつあるフィオレンティーナも、インテルの4連覇を阻止しにかかってくる。救世主がイブラだけでは、もうスクデットは勝ち取れない。
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2008年05月12日
今日はまさか真面目?なブログ記事を書く日になるとは、夢にも思っていなかった。昨日の試合の結果、今シーズンのスクデットがどちらの手に渡るのか、あと90分待たなければならない事になった。インテリスタにとっては【非常事態】を迎えた今、お祭りムードの助けを借りて、いろいろ鬱積していた事も水に流そうとしていた私の計画も頓挫してしまった。さて、今宵の黒青鬼は、かなりご立腹のようなので、これからどんな記事が展開されることやら・・・。
昨日のシエナ戦で、インテルはチームとして崩壊してしまっている事が見事に世間に暴露されてしまった。後半、2対2のスコアの場面でインテルが得たPK。キッカーはマテラッツィ。マテラッツィ?インテルのPKキッカーは、クルスのはず。なのに、ペナルティ・スポットにボールを置いたのはマテラッツィ。これにはベンチにいたマンチーニ監督も、スタンドで観戦していたモラッティ会長も、驚き、そして、激怒した。
自分が倒された、という悔しさもあっただろう(リプレイを見た限りでは、あのPKの判定には疑問符が付く。マテラッツィも倒されながら、シエナのプレーヤーの首にしっかりと腕をかけて相手を引き倒そうとしていたが・・・)。昨シーズン、シエナでインテルがスクデットを決めるPKを自分の左足で決めた残像が頭を過ったのかもしれない。あのPKを沈めていれば、試合翌日のイタリア中のスポーツ新聞には、彼がスクデットを決めるPKをゴールの奥底に沈めた写真が掲載されていた事だろう。
スクデットが、チームとファン達の今シーズンがかかった大事なPKを、チームオーダーを無視してでも『俺が決めてやる!』と、自ら進んで蹴ろうとする姿勢は、非難される事ではない、むしろ立派な事だ、という考え方もあるかもしれない。自信がある者にPKを蹴らせた方が成功する確率は高くなる、という考え方もある。私も高校時代、ペナルティーエリア内で相手DFに倒されて頭に血が上り、予め決められていたチームのPKキッカーからボールを奪い取って自分でそのPKを蹴った事がある。だが、それは草サッカーレベルでの話。インテルは、プロ中のプロのクラブだ。昨日、サンシーロで起こった出来事は、少し視点を変えて考えてみると、とんでもない、あってはならない事だと、私は思う。
マテラッツィがPKを失敗した事を責めるつもりはない。イブラだって、クルスだって、外す時は外す。そんな事よりも問題なのは、スクデット獲得を決めるか決めないかの大一番で、インテルのチームオーダーが守られなかった、という事実だ。あの時、クルスにマテラッツィが歩み寄ってPKキッカーの座を譲れと話していた時、ベンチの前で立っていたマンチーニ監督は、そのシーンから一瞬、背を向けて目を逸らしていたようにも見えた。あそこでマンチーニ監督が『マトリックス、お前、何やってんだ!お前じゃないだろ、蹴るのは!!バカヤロウ!!』と叫んでいたら、どうなっていただろう。マンチーニ監督が必死の形相で両手を振り回しながら慌ててベンチの前で何かを叫んでいた時は、もう、マテラッツィはPKを蹴るための助走に入っていた。
この事態に監督が、ベンチが気づくのが遅かったのも問題だが、マテラッツィにチームオーダーを無視する事を許し、あの状況を静観したチームメイト達、特にキャプテンのサネッティと、自分の役目を簡単にマテラッツィに譲ってしまったPKキッカーのクルスの責任は重い(←クルスの名誉を守るためにも、訂正。試合の時は気づかなかったが、クルスはマテラッツィにPKキッカーの座を横取りされた時、実はこのマテラッツィのスタンドプレーにかなり困惑し、憤慨していた。そのクルスをピッチ上でなだめるチームメイト達の姿をカメラがしっかりと捉えていた。マテラッツィも、このシエナ戦の直後に、怒っていたクルスに謝罪している)。カピターノ。キャプテン。監督の目が、声が十分に届かないピッチの上で、彼はチーム内のバランスを保ち、チームオーダーをチームメイト達に守らせる役割を担うはずなのだが、あの時の彼の存在感はゼロに近かった。彼の昔からの真面目で献身的なプレーには頭が下がるが、あのPKのエピソードは、サネッティがインテルのキャプテンにふさわしい胆力を持った人物ではない事を再認識させてくれた一幕でもあった。数々の過去の成功体験に支えられた、自意識過剰な肉食系の選手達が肩を並べるインテルの中で、最も草食系の大人しい男に「献身的で真面目な汗かき役だから」という理由だけで長い間キャプテンを任せているから、肝心な時にピッチ上で的確で力強いキャプテンシーが発揮されない。私が今のインテルに対し、不満に思う事の一つ。それは、彼には悪いが、彼がキャプテンであり続ける事だ。
それにしても、マテラッツィは、これで『世界のヒール&インテルの英雄』から、『世界のヒール&インテルの地雷踏みまくり男』にインテリスタ達からも格を下げられそうな勢いだ。アンフィールドでのレッドカードといい、昨日のPKを巡るスタンドプレーといい、過去に起こした数え切れない彼のケアレスで幼稚なプレーといい、百歩譲って昨シーズンまでの過去の事は許しても、今シーズンの彼は、前半は怪我でチームに貢献できず、後半は勝負どころで一人、闘志(?!)を空回りさせてはチームに迷惑をかてきた。インテルが大事な局面を迎えている時でさえ、その大事さを全く理解せずに個人最適路線を突っ走り、同様のミスを何度も何度も繰り返す。学習効果ゼロのこの選手を、モラッティ会長が(たまには心を鬼にして下さいな)インテルから早急に追い出してくれる事を、今はせつに願うばかりだ。
昨日のインテルは、あのPKだけではない。一時は完璧に近かった、ピッチ上でのプレーのオートマティズムは、どこかに吹き飛んでしまっていた。後半、クルスが絶好の位置からシュートを放った時、シエナのゴール前で勢いあまって倒れ込んだインテルの選手にそのシュートが当たり、インテルは得点のチャンスを潰した。倒れていたのは・・・マテラッツィだった。何故、シエナのペナルティーエリア内でシュートを放ったFWクルスよりも前にCBの彼が倒れていたのか。『お前は、そんなところで何をやってるんだ!!』と、ベンチの前で怒りを爆発させていたマンチーニ監督の前を、涼しい顔で走りながら持ち場に戻るマテラッツィ。シエナの1点目も、ブルディッソが寝ぼけていたとしか言いようが無いし、シエナの2点目は、マイコンが敵のシュートコースを潰しに行っていない。試合中、いつだったかは忘れたが、DF陣全員が上がってしまっていた時にシエナのカウンター攻撃を受け、その危険の芽を必死に摘もうとしていたのは、何と中盤から一人インテル陣営に戻ったヒメネスだった。インテルの2得点も、セットプレーからの得点だ。パスを3~4本つないで得点するシーンが、最近のインテルには見られなくなった。もう、こうなると、インテルはチームとして機能しているとは言い難い。メンタルとか、フィジカルとか、テクニカルうんぬんの話しではなくなってくる。こんなチームの指揮を執れ、と、監督に命じるのも、酷な話かもしれない。
リヴァプールにサンシーロでも敗れ、チャンピオンズリーグから敗退が決まった時、マンチーニ監督は辞任未遂事件をおこしたが、あの時、彼はインテルの監督をきっぱりとに辞めておくべきだった。もう、あの時点で、彼とインテルの関係は壊れていたと思う。以前、このブログでもとり上げたが、彼とインテルのチームドクター達との確執も、今、思い返せば、マンチーニ監督とインテルの間に入り始めていた、無数の小さな亀裂のうちの一つだったのかもしれない。度重なる主力選手達との衝突の報道や、モラッティ会長との間に度々生じた価値観のズレについては、常に速やかに当事者同士が話し合い、その結果和解が成立し、チーム内のムードは良好、と、幾度と無くインテル側は強調してきているが、マンチーニ監督は、もうかなり前からインテルでは孤立していたはずだ。彼について行こうとしたのは、ミハイロビッチとスタンコビッチ、彼がインテルに引っ張ったラツィオ閥の面々ぐらいではなかろうか。イブラも、フィーゴも、ヴィエラも、クレスポも、クルスも、マテラッツィも、所詮、彼の手には負えない荒馬達であることは、誰もが前から気付いていた事だ。16歳の青年がボローニャでセリエAデビューを飾った時から私は彼を知っているが、プレーヤー、ロベルト・マンチーニは、確かに若くして開花した、才能溢れる優れた選手だった。だが、その一方で、若い頃から周囲にチヤホヤされ、スター街道を邁進してきたナルシストでもあり、おまけにシャイでナイーブで気難しい性格の持ち主でもあった。監督としても、下積みで苦労した時期は短く、現役引退から僅か数年で、いきなりインテルの監督になってしまったようなものだ。この辺が彼にとってのインテルでの旅の終着駅になっても良しとすべきだろう。
マンチーニ監督の首は、最終節のパルマ戦の結果がどうであれ、飛ぶ事になるだろう。また、彼は彼で、来シーズンもインテルの指揮を執るつもりは無いだろう。彼の後任人事で名前が出ているのがモゥリーニョとベニテスだ。個人的には、モラッティ会長とベニテスの関係の方が長続きしそうなので、ベニテスに期待している。彼がカリスマ・モゥリーニョよりも長けているのは、フロントとのバランス感覚だけではない。世界中に幅広いネットワークを持ち、アッガーやスクルテル等、誰もマークしていなかった若手有望戦力を自分で掘り当てて来る才能は、カネにモノを言わせて誰でも獲りに行こうとする「スペシャル・ワン」よりも上。クラブ経営とチーム編成のバランスの取り方には長けている。相手の戦力や戦況に応じてチームをいじる(いじり過ぎる、という声もあるが)、研究熱心でタクティカルな側面はイタリアのサッカーにもフィットするはず。リヴァプールで勝ち取った、特にチャンピオンズリーグでの数々の成功体験もインテルにとっては魅力だ。願わくば、私が大好きなリヴァプールの背番号8番も一緒に連れてきてくれると、もっと嬉しいのだが。その為なら、それが来シーズンから実現するのであれば、個人的にはインテルが今シーズンのスクデットを最後の90分で逃しても、いっこうに構わないのだが・・・。
posted by sinfonia |11:41 |
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2008年05月11日
金曜日。不覚にも会社を休んでしまった。朝、崩れそうな身体中の筋肉に鞭を打ちながらベッドから這い出し、朦朧としながらシャワーを浴び、着替えてコーヒーを温め、靴を履いて車に乗り込むまでは気力を振り絞って、出勤前の毅然とした己を何とか演出しようとしていたのだが・・・・、車のキーを回した瞬間、【駄目だ、こりゃ】と頭の中で誰かが呟き、その一言でそれまでの一連の努力は跡形も無く吹っ飛び、玄関口から吸い込まれるように家の中に戻って体温計を脇に挟みながらソファーにドサッと倒れこむと、ピピッという音と共に萎えた精神を更に萎えさせる表示が小さな液晶の窓に現れ、それがダメ押しの強烈な一撃と相成りKO。薬剤師の弟からもらった解熱剤を飲んではいるが、まだ、熱は下がりきっていない。
そんな時に、我がインテルが、16回目のセリエA優勝に王手をかけた事について、何か久し振りに書いてみようとしたのだが、火照った頭の中に浮かんだのは、次節のシエナ戦でインテルが勝とうが、負けようが、スクデットなんか、勝ったら勝ったで嬉しいかもしれないが、【実はどうでも良い】という事。昔から、そうなのだ。結果がどうであれ、どうせインテルからは離れられない己の性。インテスタの道とは、何故こうまで屈折してしまっているのか・・・・・・あ~、アブナイ、危ない。こんな絶不調の時にPCのキーボードを叩くものではない。
私の今シーズンは、2月にインテルがアンフィールドでリヴァプールに敗れた時点で、終わっている。それは間違いないと思う。私が今シーズンのインテルに一喜一憂していたのは、あの試合までだった。それで良い。私も、もう若くはない。インテルに注ぐエネルギー配分も、毎シーズン、事前に計画的に決めておかなければならない。勝って欲しい時に、勝てないチームを応援し続ける場合は、時には期間限定でぞっこん惚れ込んだ後、期待を裏切られたその瞬間から、遠慮なく突き放すことも大切だ。それが、末永く苦楽を共にしながら、何十年も変わらずにつながっている為の、この何とも形容しがたい情熱を維持する為の秘訣なのかもしれない。
数日前、イタリア人のインテリスタの友人からメールをもらった。ミラノダービーでみっともない負け方をしたインテルに私がずっと凹んでいると思ったらしく、そんな私を元気づける為に送られてきたそのメールには、大丈夫だ、去年の今頃を思い出せ、シエナはインテルをスクデットに導くラッキーチームだ、シエナはきっとインテルに幸運をもたらすから俺を信じろ、ビリーブ・ミー、等、いろいろ並べられてはいたが、どれも論理的根拠が完全に欠落したヨタメッセージだった。何を隠そう、彼はシエナ生まれでシエナ育ち、コテコテのシエナっ子である。インテル命を宣言しつつも、実はシエナの事がいつも気になって気になって仕方が無い男だ。でも、シエナがセリエB降格を免れた今となっては、さすがはイタリア人、自分の街のチームをインテルの為に生け贄に差し出しても良いと平気で言って来る。考え方が姑息というか、調子が良いと言うか。そういうところが、イタリア人の憎めないところだ。
私は、凹んではいない。これは、負け惜しみではない。惜しむものが見つからないのだ。ミランには、負けるべくして負けた(らしい)。私は、あの日はテレビで試合も見ず、スポーツニュースでダイジェスト版をチェックする事もなく、翌日の新聞も読まず、試合から3日は過ぎていた頃に、ネットで、どうでも良くなってきているコッパ・イタリア準決勝の試合結果と一緒にミラノダービーの結果をチラッと見て、ふ~ん、と、一言漏らして、それで終わり。本当に、それで終わりだった。最初から、インテルがあのミラノダービーで、勝点に飢えた従兄弟達を撃破してセリエA優勝を飾れるとは、1%も期待していなかったらしい。情けない話だが、インテルはそんなに格好良くスクデットを決められるようなチームではない。私の本能が、今もそう叫んでいる。何と言うリアリズムだろうか。伊達に30年以上もこのチームと付き合ってきた訳ではない。インテリスタの美学は、その、何ともいえない情けなさと共存する事にあると気付くまで、早い人でも5年はかかると思われる。
さて。明日は、どうなる事やら。インテルがどうなるか、よりも、私がどんな一日を送るのかの方が大切だ。もちろん、そんな病人の日曜日にアクセントを添えるのは、インテルだが・・・金曜日に、フィーゴがインテルの練習場・アッピアーノ・ジェンティーレで黒猫を自分の車で故意に轢いた時から今シーズンのインテルの不振が始まった、という、くだらない記事が出て、これに動物愛護団体が反応してちょっとした騒ぎになったらしく、殺猫の容疑をかけられたフィーゴが法的措置を取って、『俺は黒猫を殺していない!』と、名誉と無実を守ると息巻いている他には、これといったニュースはない。いくら黒猫が目の前をつっきる事が【不吉】とされるイタリアでも、まさか、フィーゴが・・・。まぁ、こんな間抜けな空気がアッピアーノ・ジェンティーレで流れていたのであれば、明日、超満員に膨れ上がったサンシーロが、勝たせてくれるでしょう、このインテルを。
P.S.スクデットを万が一、逃すような事になったら・・・それは、黒猫の祟り、という事になるのか・・・・(笑)。
posted by sinfonia |08:40 |
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