2008年06月20日
昨日、スウェーデンの首都・ストックホルムを仕事で訪れた。何人かのスウェーデン人の方々と幾つかのミーティングを持ち、それらが終わる度に、私は出席者の人々と握手をしながら、別れ際に一言、彼らに言い残す事を意識していた。
「今晩の試合は、スウェーデンのみなさんにとって、大事な試合になりますね。グッド・ラック!」
人間とは、つくづく面白い生き物だと思う。それまで難しい仕事の話を難しい顔で聞いていた人達が、この一言で満面の笑みを浮かべ、青い目をキラキラと輝かせ、声に張りが出て言葉も弾み、音程も半オクターブは高くなる。
「まだ試合開始まで6時間以上ありますが、今晩のロシアとの試合の事を考えるだけで、(両手で左胸を押さえながら)ほら、心臓がもう、こんなにドキドキしています。」
この日、私には、スウェーデンの人達に配慮する余裕があった。「死のグループ」でダントツの勢いを見せたオランダと、決定的なPKを失敗したルーマニアのエース、ムトゥと、土壇場で運に見放されたフランスのお陰で。ストックホルムで仕事をする前日、我がイタリアは、土俵際で何とか踏み止まってくれた。どう踏み止まったか、という事は、私にとってはさほど重要ではない。踏み止まった、という事実だけが、この日の私には重要だったようだ。それにしても、イタリアは、いつになったら、ソファーの上で寝そべりながら、頬杖をついて見られるチームになってくれるのだろうか。イタリアがオランダに負けるのは30年ぶり。イタリアが90分でフランスに勝ったのも、30年ぶり。30年前、78年アルゼンチンW杯の時のイタリアが頭の中で蘇る。個人的には、あのイタリアの方が、今のイタリアよりもはるかに魅力的なサッカーをやっていたと思うが、アッズーリは、昔も、今も、私にとって、アッズーリだ。日本代表以外にも、この世でもう1チーム、どんな時でも夢中になれる代表チームがある事を、私は神様に感謝している。
しかし、昨晩のロシア対スウェーデン戦の結果を受けて、昨日の昼間にストックホルムで出会った人達は今、どうしているのだろう、と思うと、少々胸が痛む。熱狂の後の「静寂」を、私も何度かミラノで体験した事があるが、あの「静寂」の中で、凹んだ己と向き合いながら、普段の自分を取り戻す、というのは、辛い。とても辛い。ストックホルムという、この時期、日照時間がとても長くなる北欧の美しい街を、今頃、包み込んでいるであろう、白夜の中に染み込む白い闇のような「静寂」の風景を想像してみる。こういう時は、ただただ素直に、誰もが子供のように純粋に、悔しさを噛み締めながらも、これまで自身の中に、街中に、国中に宿っていた「熱狂」を、まるでブラックホールのように跡形もなく呑み込み始める「静寂」の前では、人々は降伏するしかないのだろうか、と、考え込む。たかが、サッカー。されど、サッカーなのだ。2002年日韓W杯で日本がトルコに負けた時も、2006年ドイツW杯で日本がグループステージで姿を消した時も、日本中の人々は熱狂から醒め、落胆した。だが、この「静寂」が日本中を包み込む事はなかった。この「静寂」が東京や大阪を、日本列島そのものを支配する日は、訪れるのだろうか。そうなれば、真の「熱狂」もまた、そこに在るはずなのだが。
「お祭り」。私は、誰もが楽しめる催事、イベントを、つい、想起してしまうが、ユーロは、そんな、サッカーの「お祭り」とは違う。「サッカーの祭典」等と気安く呼べるようなものではない。欧州の歴史は、国家間や民族間、宗教間や思想間の因縁や怨恨や血痕が、長い時間の流れの中で、積もり積もって堆積し、それでいて、それぞれの国が、民族が、宗教が、思想が、有機的に関係しあいながら、今日に至っている歴史だ。その、複雑で多様な堆積物によって形成された大地の上で、今、ユーロの本大会は行われている。これもまた、れっきとした欧州の歴史の一部分だ。W杯本大会と比べると、ユーロ本大会には、スポーツとしてのサッカーの枠内には収まりきれない、割り切れない、ヨーロッパならではの、何とも形容しがたい「わだかまり」のようなものが、どんな対戦カードにも潜んでいる。甘くて見栄えも良くて美味しいが、長い、長い時間のゆったりとした流れが熟成した、ほんのりとビターな味が、実は旨味を引き立ててくれる洋菓子の詰め合わせのような、そんなところが、私が感じている、W杯本大会には無い、ユーロ本大会の魅力なのかもしれない。
勝った方には「熱狂」が待っている。そして、負けた方には「静寂」が待っている。それも、国、国家単位で。欧州の人々は、「静寂」を嫌い、恐れる。静けさが嫌な訳ではない。自分の心臓の鼓動が聞こえなくなってしまう程、自身の中が「静寂」に支配されてしまう事を、彼らは極端に恐れる。まるで、本当の「死」を恐れるかのように。
The winner takes it all
The looser standing small
Beside the victory That's her destiny ...
(スウェーデンが生んだ男女4人グループ、 1970年代半ばから80年代初頭にかけて世界を舞台に大活躍したアバの名曲、The winner takes it allより)
今朝、車で通勤中にカーステレオから交通情報の合間に流れてきた曲だが、スウェーデンのラジオ局には、この曲を電波に乗せて欲しくない。せめて、あと3日ぐらいは。
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2008年06月05日
今回はあまり気が進まない、邪道な投稿です(Eurosport、6月4日付けWEB記事(伊語)の意訳です)。でも、面白い内容だったので、皆様にご紹介します。
【私がスペシャルだって?いや、インテルがスペシャルなんだよ】
モゥリーニョのアッピアーノ・ジェンティーレでの初の記者会見は、終始、流暢なイタリア語による「モゥリーニョ・ショー」と相成った。
「私を、モゥリーニョ、と、呼んで頂きたい。とてもスペシャルなクラブに来た。私自身、偉大な監督であると思っているが、でも、私は常に「私」だ。私の高いモチベーションは、変らぬままだ。そして、それは、私の大好きなこの仕事に反映されて行く。イタリアで監督になる事を以前から望んでいた。そして、インテルはその機会を与えてくれた。マルコ(ブランカ氏、インテルのテクニカル・ディレクター)をはじめ、私をここに望んでくれた全ての人達に感謝したい。」
こうして、モゥリーニョは「スペシャル・ワン」という呼称を、いきなり返上した。スペシャルなのはインテルだけ、という事を強調しながら。
モゥリーニョのイタリア語はとても流暢で、会場の記者達に、英語、ポルトガル語で質問をしないよう、促していた。
「モラッティ会長が私に何と言ったか・・・ね。私は彼に「モゥリーニョであれ」と言われた。つまり、労を惜しまず徹底的に仕事に尽力し、チームの目標、クラブ、ファン達と「結婚」する人間であれ、という事だ。私は、ロベルト(マンチーニ氏)という、私自身も大変リスペクトしている人物の後を任された。私は彼とは違う。彼とはやり方が違う。でも、これが、私の新しい挑戦だ。今から、やらなければならない事はたくさんある。選手達とは、良い、表裏の無いフランクな関係を築きたいと願っている。多くの仕事を皆でしっかりとこなして行く事でのみ、良い結果は得られる。そして、私は、私のやり方、方法論に、自信を持っている。」
モゥリーニョは、これに、インテルからコンタクトを受けた時の裏話も少し付け加えた。
「インテルと私が初めて話をしたのは、インテルがリヴァプールに敗れてチャンピオンズ・リーグから敗退したその翌日の事だった。あの頃は、まだ何も決まっていなかったが、とりあえず、私はイタリア語の勉強を始めた。」
今後のチーム編成の話に質問が移ると、モゥリーニョは、このテーマでも、かなり明確な考えを持っている事を披露した。
「美味しいオムレツを作る為には、良質の卵がいる。現在のインテルの「卵」達の質は、どうだろう?新しい卵は必要か?私は、21人の選手達+3人のゴールキーパー達と仕事がしたい。でも、新聞を読んでいると、選手達は皆、インテルに来たがっていて、クラブ経営者達は皆、インテルに自分の選手達を売りたがっているような事が書いてあるが、そんな事はない。既存のメンバーを抜本的に見直す必要はない。インテルの選手達は皆、素晴らしい選手達だ。インテルがさらに良くなる為には、2、3人程度の補強で十分。そこから先は、私がチーム(チームの哲学)を変えて行く事になる。私があたかもヨーロッパ中から優秀な選手達を集めようとしているような事が報道されているようだが、それは真実ではない。インテルのゲームを、私は数多く見て来た。このチームのメンタリティーは好きだし、このグループを、私は信頼している。7月14日の「始動日」が待ち遠しい。一刻も早く選手達と共に仕事にとりかかりたいので、すぐにでも始動したい。」
ビッグイヤー獲得、チャンピオンズ・リーグ優勝が、来シーズンの目標の中に入って来るインテル。ここでも、モゥリーニョは言葉を選ばなかった。
「チャンピオンズ・リーグ優勝は、誰もが夢見る事だ。私の考えでは、11チーム(イタリア3チーム、イギリス4チーム、スペイン3チーム、ドイツ1チーム)が、このタイトルを来シーズン、狙ってくると思う。私はチャンピオンズ・リーグを「ディテールのコンペティション」と呼んでいる。繊細なディテールの部分が、違いを生み、勝負を決める。ポルトでは、マンチェスター・ユナイテッドを相手に、試合終了間際の得点で勝った。だが、チェルシーでは、2度も、このディテールの部分によってチャンピオンズ・リーグから敗退する事になった。私はチャンピオンズ・リーグで一度優勝し、二度、準決勝まで駒を進めている。チャンピオンズ・リーグとは、相性は悪くないと思うし、それをチームに伝える自信と経験はある。私は欧州各地で様々なサッカー経験を積んできているので、それらを私の選手達に教えられる。チャンピオンズ・リーグは、「ディテールのコンペティション」であると同時に、「異なる文化が競い合うコンペティション」でもあるのだ。」
モゥリーニョは、この記者会見で、笑いをとる事も忘れていなかったようだ。「チェルシーからエッシェンとランパードを獲るのか?」という記者からの質問に答えなかったモゥリーニョに(彼は、チェルシーの選手達に絡んだ質問には「ノーコメント」を貫いていた)、あるイギリス人記者が、同様の質問を続けざまにした時の、モゥリーニョの返答は、会場に集まった記者達や関係者達の爆笑を誘った。
モ「どうして、またチェルシーの選手達に関する質問をするのか?」
記「答えを頂けなかった前の方の質問を、もう一度繰り返すのは、賢いやり方だと思いますが。」
モ「そうかもしれないが、私はそんなにアホではないぞ。」
問題児・アドリアーノについては、「まずは直接この目で見てみてから」という慎重な姿勢の中に、期待と信頼を示唆する意志も垣間見れた。
「アルゼンチン、ブラジルには、私の選手達を視察する為にも、そして、アドリアーノを直接観る為にも、足を運ぶつもりだ。アドリアーノがインテルに復帰する事を望んでいるのは、私も知っているが、まずは彼と話さなければならない。その後で、一緒に決めたいと思う。」
「インテルは、いい感じで、今シーズン、セリエA優勝を成し遂げた。今シーズン前半のインテルは良かったが、シーズン最後の数ヶ月間は調子を落とした。でも、チームの結束力がスクデット獲得にインテルを導いたと思う。2、3人の新しい選手達を加えて、私はインテルの新しい時代を創って行きたい。このチームは、すでに強力だ。私は、メディアには、(欲しい)選手達の名前は絶対に明かさない。マルコ(ブランカ氏)とモラッティ会長は、私が誰を欲しがっているか、良く解っている。だが、彼らは、私が、結果に対して柔軟に対応出来る人間である事も知っている。彼らからの朗報を待ちたいと思う。私はただ、私のアイデアをインテルに持ち込むだけだ。そのアイデアは、当然ながら、ロベルト(マンチーニ氏)のそれとは違う。私は強くて、表裏の無いフランクな選手達との絆を望んでいる。私は自分に、自分のやり方に自信がある。だから、現時点で、もう、すでに、「このチームは世界最強のチームである」と言い切る事が出来る。もっと小さなチームの監督をしていた頃に言っていた事だ。インテルに対しても、今、言えないことはないだろう。」
以上、モゥリーニョの所信表明でした。 《意訳、sinfonia/黒青鬼》
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2008年06月03日
1997年の今頃だっただろうか。ラツィオのエリクソン監督(当時)のラブコールに応えて、彼が長い間在籍していたサンプドリアを去ったその翌日に発刊されたジェノバのローカル紙には、サンプドリアのファンやジェノバ市民に対する、彼からの感謝のメッセージが大きく掲載されていた。そういう粋な事が出来る男が、自身の社会的イメージに配慮する事を忘れない男が、この度、インテルからあっさりと解任された。その彼は今、彼の弁護士を通じて、インテルを名誉毀損で訴えようとしている。
彼の名誉とは何だったのか。
マンチーニはあと4年、2012年までインテルとの契約期間が残っている。マンチーニが黙ってインテルを去ったとしても、インテルは契約が切れるまで巨額の給料(毎年600万ユーロ×4年間)をマンチーニに支払わなければならない。
それでも、マンチーニは名誉にこだわる。きっと、カネだけでは割り切れない、世界中で、ロベルト・マンチーニにしかわからない、守るべき何かがあるのだろう。
2004-05シーズン: コッパ・イタリア(イタリア杯)優勝
2005-06シーズン: (カルチョポリ・スキャンダルの勃発により)セリエA繰上げ優勝、コッパ・イタリア(イタリア杯)優勝、イタリア・スーパーカップ優勝
2006-07シーズン: セリエA優勝、イタリア・スーパーカップ優勝
2007-08シーズン: セリエA優勝
3年連続でも、2年連続でも、どちらでも良いが、今シーズン、マンチーニのインテルはセリエA連覇を達成。彼のこの4年間のインテルでの功績は、監督としては60年代半ばに欧州最強、世界最強だったグランデ・インテルを率いた「魔術師」、HH(エレーニオ・エレーラ)に次ぐ功績である。18年間もイタリア・チャンピオンの座から遠ざかっていたミラノの「悲しい半分」の方の市民に歓喜と開放をもたらした功績の大きさは、例えようが無い。カルチョポリ・スキャンダルというアブノーマルなエピソードが大きく関係したとはいえ、長い間、頭が上がらなかったライバル、ミランとユヴェントスに対する我々インテリスタ達の精神的優位性を取り戻してくれたインテル(精神的健全性はまだ取り戻せていないが・・・)。マンチーニのインテルの4年間は、ミニ黄金時代であったと言っても過言ではない。
この数々の成功への道のりは、マンチーニにとって、決して簡単な道のりではなかった。たとえ、インテルというクラブが金に糸目をつけない、セリエA屈指の資金力にバックアップされたクラブであっても。否、彼のコミットメントの対象がインテルというクラブであったからこそ、他のクラブでは簡単に済む事も極めて難しくなってしまう局面に遭遇した事も、多々あったはずだ。
彼は、ピッチの上ではインテルと敵対する相手のチームと、ロッカールームでは世界屈指のスーパースター達一人一人のパンパンに膨らんだ自意識と、そして、インテルのフロントの実権を握るオーナーのマッシモ・モラッティ会長と、常に戦わなければならなかった。これほど孤独な仕事が、他にインテルにあっただろうか。マンチーニが袖をまくって、自身がラツィオから引っ張ってきたミハイロビッチやヴェロン、スタンコビッチと共にインテルで自分のサッカーをやってみようと試みたのは、彼がインテルの監督に就任して迎えた最初のシーズンだけだったような気がする。それ以降の彼は、モラッティ会長の思惑通りのサッカーに合わせるような采配へと変化していったように思える。それにつけ込むかのように、常に全試合スタメン・フル出場を望む選手達からは非難され、そんな選手達を懸命になだめ続け、また、特に今シーズンは度重なる主力選手達の故障によって開いた「穴」を何とかやりくりして埋め続け、チームドクターと故障した選手達の戦列復帰の時期を巡って対立し、彼は次第にインテルの中で孤立して行った。孤立する事が、彼のプライドを守る唯一の方法だったのかもしれない。
そんな中でも、あのモラッティ会長との均衡を取り続けたマンチーニだが、一見紳士的でインテルの選手や監督やファン達に慈悲深いモラッティ会長の、節操の無い、仁義と信頼を欠いた、結局最後は全てカネで解決してしまう数々の不条理な行動に、彼も耐えなければならなかった。2005-06年シーズン、モラッティ会長が現イングランド代表監督で、当時ユヴェントスの監督だったカペッロとシーズン中にコンタクトを取り、2006-07年シーズンからのインテルの監督はカペッロに決まりかけていた話は有名だ(この話は、カルチョポリ・スキャンダルの勃発によって実現しなかったが)。そして、今シーズンもモラッティ会長はシーズン中にモゥリーニョとコンタクトをとっては、ポスト・マンチーニの最有力候補としてモゥリーニョ招聘に、かなり前から動いていた。モゥリーニョはもう5ヶ月も前からイタリア語の勉強をしているそうだ。明日、アッピアーノ・ジェンティーレで予定されているインテル監督就任発表の席上で、「スペシャル・ワン」は流暢なイタリア語で所信表明をする事になるだろう。また、モウリーニョは、自分のスタッフを早々と北イタリアにあるインテルの夏季練習場に送り込み、こっそりと設備を視察させている。
こうした不憫な一連の動きがマンチーニの耳に届いていなかったはずは無い。それが、あの3月11日のCLリヴァプール戦の後の記者会見の席上での爆弾発言につながったのではないだろうか。
「私は、今シーズン限りで、インテルの監督を辞任する。」
あれは、孤独と重責と背信に耐え切れなくなった男の、堪忍袋の緒が切れた瞬間だったのではないだろうか。あれは、彼の、彼なりの、理不尽なインテルのフロントに対する、精一杯の抵抗だったのではないだろうか。
このマンチーニの監督辞任騒動はマンチーニ自身によって撤回され、インテルのフロントも今シーズンの終盤にさしかかる前までは「来シーズンもマンチーニで行く。彼との契約は2012年まで残っている」と、マスコミの前では主張し続けていた。だが、マンチーニ解任の空気は、この頃にはイタリアのマスコミも嗅ぎつけており、インテリスタ達の間でも噂されるようになっていた。モラッティ会長も、インテルが負けたミラノ・ダービーの直後辺りから、「マンチーニとはシーズン終了後、一度会ってじっくり話し合い、お互いを確かめ合う必要がある」と、それまでの「来シーズンもマンチーニで行く」というスタンスとは違うニュアンスを、言葉を選びながらマスコミに伝え始めている。「マンチーニ、解任か?!」という憶測は今シーズン終了間際になって、イタリアの新聞やテレビで大々的に取り上げられるようになったが、それも最終節にまでもつれ込んだ今シーズンのスクデット争いやローマ対インテルのコッパ・イタリアの決勝戦等もあって、白黒はっきりしない状態が数日前まで続いていた。
ところが、皮肉にも、数日前、マンチーニとモラッティ会長の短い会談が数回行われた後、あのリヴァプール戦直後のマンチーニの爆弾発言を、インテルのフロントは、マンチーニ解任という結論にクラブが至った大義名分として位置付け、それを公表してしまった。「人道的にはこのクラブの決定をマンチーニに伝えなければならなかった事は残念だ。離縁とは辛いものだ。勝者としてインテルを去る事が、マンチーニにとっても、一番良いと思う。この4年間、マンチーニは良くやってくれたと思う」と、味気ないモラッティ会長のコメントと共に、ついにインテルはマンチーニ監督の解任を正式に認めた。そして、マンチーニのプライドは踏みにじられた。
私は、インテルで4年間を過ごしたマンチーニを監督として評価していない。否、「評価していない」のではなく、「評価できない」と言った方が正しいかもしれない。考えてみれば、モラッティ・インテルの指揮を執ってきた歴代監督も、自分の中でしっかりと評価出来たためしがないが、特にマンチーニは評価出来ない。インテルの監督のミッションは、他のセリエAのチームの監督のそれとは違う。インテルというクラブは、勝たなければダメ。でも、勝っても、ダメな時はダメなのだ。モラッティ会長に従えば従うほど、選手達の我侭を通せば通すほど、自分のカラーは出せなくなる。そして、責任を取らされるのは、どんな時でも、監督。フロントは絶対に責任を取らない。そんな中でインテルの監督を続ける為には、就任当初はチヤホヤされても、時間の問題で必ず押し寄せてくる【孤独】を背負って、敵、味方を問わず、全方位を相手に戦い続けなければならない。
マンチーニは、それを4年間、常に結果を求められる、インテルならではのプレッシャーに耐えながら、続けてきた。そんなマンチーニに同情する声も少なく無い。「巨額の富をなし、イタリアの経済界に大きな影響力を持つモラッティ財閥は、温室育ちで世間知らずの御曹司、マッシモを財閥の本業である石油関係の事業の重要ポストに就かせる訳には行かず、インテルを彼の玩具として買い与え、何とかモラッティ財閥はこの問題児を本業から遠ざけている、と、ミラノでは囁かれている。玩具は、マッシモ・モラッティの言う通りにならなければ、玩具ではなくなってしまう。インテルの監督は、誰がやっても、気の毒な仕事なんだよ」と、ミラノ在住のあるイタリア人の知人は、数日前に私を諭すように話していた。
マンチーニには、是非、新天地で、インテル時代には制約が多すぎて披露できなかった「マンチーニのサッカー」、「マンチーニが作ったチーム」を披露してもらいたいと思う。彼はまだ若い。まだ、自身の思い描いているサッカーに何度もチャレンジ出来るはずだ。モゥリーニョには、インテルがどんなクラブなのか、その特殊性を事前に十分に理解した上で、モラッティ会長と握手をしてもらいたい。彼がインテルの監督になってから「こんなはずではなかった・・・!」と、頭を抱える展開になるのは、何としても避けて欲しい。インテルは今、イタリアで一番強いチームかもしれないが、同時に、イタリアで一番厄介なクラブである事も、頭の片隅で絶えず理解していて欲しい。いくら「スペシャル・ワン」でも、このインテルを無事に栄光に導く事は簡単ではないはず。一方、モラッティ会長は、モゥリーニョがインテルの監督になったからといって、いきなりビッグイヤーを持ち上げられると思わない方が、モゥリーニョにとっても、チームにとっても、インテリスタ達にとっても良いだろう。ビッグイヤーは、カネだけでは、手に入れることは出来ない。高価で希少価値がある玩具をピッチの上に好きなように並べるだけで勝ち取れるタイトルでは無い。
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2008年05月25日
チャンピオンズ・リーグ決勝戦、コッパ・イタリア決勝戦も終わった事だし、そろそろ書いてみようと思う。1週間前、16個目のスクデットを獲得したインテルについて。今シーズン終了まで5試合を残していた時点で、スクデット獲得の可能性をインテル75%、ローマ25%と予想した時、正直、ローマに対しては寛大すぎたと思ったが、これほどまでインテルが最後の最後まで苦しめられるとは予想していなかった。
首位インテルと2位ローマの勝点差、僅か「1」で迎えた2008年5月18日、セリエA最終節。この日、世界中のインテリスタ達は、前半8分が過ぎた頃から心肺停止状態に陥った。去年の9月30日からずっと守ってきたセリエA首位の座を、カターニャで先制したローマにあけ渡した瞬間。ローマ、勝点84。インテル、勝点83。この時点で、私は、パルマ対インテル戦の90分間が、できるだけ長く続きますように、と、神に祈るしかなかった。いつもの情けない、不甲斐ないインテルの現実を、笑って受け止める為には、自分の心の奥底にまで潜入して、散乱した感情の破片をかき集めて再び一つにするには、試合終了まで残されていた時間は、あまりにも短かかった。息苦しい時間が静かな日曜日の午後を刻んでいた。
救世主は、突如雨が降りしきるタルディーニに降り立った。イスラム教ではイブラーヒーム(Ibrāhīm) と呼ばれる、ノア、モーセ、イエス、ムハンマドと共に五大預言者のうちの一人とされる聖人の名を継承したこの男。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を信じる「聖典の民」の始祖で、ノアの洪水後、神による人類救済の出発点として選ばれ祝福された最初の預言者に由来する名前を持つ男。左膝の腱の故障で40日以上も試合から遠ざかっていたこの男は、後半6分にベンチから姿を現し、パルマのDF陣を、タルディーニの水溜りを伸びやかにまたぎながら、後半17分、右足でグラウンダーのミドルシュートを放った。そのシュートが水飛沫をあげながらパルマのゴール右隅に吸い込まれた瞬間、我々インテリスタ達は54分間にも及んだ心肺停止状態から解放された。息を吹き返し、血液が再び体中を潤しはじめ、体温がゆっくりと指先から戻ってくるあの感触は、ユヴェンティーノやミラニスタの輩達には、とうてい解りようが無い感触だ。インテルというチームを信仰している者でなければ絶対に味わえない、「救われた」という感触。カターニャやレッジーナ、カリアリのファンなら、少し、解ってくれるかもしれない。
この最終節、パルマ戦を迎える前、インテルは、ミラノダービー、そして、マテラッツィ劇場でもめたシエナ戦と、ミラノで2度もマッチポイントを逃していた。インテリスタ達が、もう今年の正月あけには信じて疑っていなかった今シーズンのスクデット。なのに、いざシーズン終盤を迎えると、手を伸ばしても、なかなか届かない。次第に「まさか・・・」と不安が募り始め、インテルの情けない数々の過去の事件と共に生きて来た熱心な信者ほど、頭を抱え始めた、今シーズンの終盤。最終節に、ボスニア人を父に、クロアチア人を母に持つこのスウェーデン人の救世主の到来が、今シーズンのセリエAのクライマックスを描いたシナリオに予め書かれていたのであれば、我々インテリスタ達は何もこの数週間、ここまで苦しむことは無かった。そこを、あえて最後まで苦しめるのが神様だ。神は、インテリスタ達の、実はマゾッ気たっぷりの気質を、良くご存知のようだ。救世主イブラは後半34分にも追加点をあげ、カターニャで1点リードを守りながら逆転優勝に望みをつないでいたローマ・イレブンの気力を根元からへし折った。ローマがカターニャを下しても、インテルが引き分け以下の戦績でパルマ戦を終えなければ、ローマの念願の逆転優勝の夢はかなわなかったのだ。結局、インテルはイブラの2得点でパルマに快勝し、ローマの方はタルディーニの試合展開に意気消沈して試合終盤にカターニャに追いつかれ、引き分けた。インテル、勝点85。ローマ、勝点82。ローマの天下は、54分間で終わった。
今シーズンのセリエAの優勝争いは、1974年の西ドイツW杯のような後味を残してくれた。インテルが西ドイツなら、ローマはオランダだ。優勝したのは、大会を通して一番強かったのは、ベッケンバウアー、G.ミューラーらを擁した西ドイツ。でも、クロル、ハーン、ヤンセン、レップ、ニースケンス、レンセンブリンク、クライフらのオランダの想い出を、あの大会で最も心地良く、最も魅力的なチームの想い出として、今でも大切にしているサッカーファンは多い。「そのチームだけ」を応援している人達だけが喜べる「強いサッカー」と、サッカーを愛する人なら誰もが喜べる「美しいサッカー」は、両立は極めて難しい事を、今シーズン、インテルとローマは物語ってくれた。インテルは、もう10年以上も前から「美しいサッカー」を放棄し、「強いサッカー」を目指してきたチームだ。ローマのようなエレガントなサッカーは、仮にインテルが真似をしようと頑張ってみたところで、簡単に真似出来るものではない。一方、ローマの選手層では、シーズン中に多くの人々を魅了するプレーを何度か披露する事は出来ても、ビッグタイトルを、大きな結果を最終的に得る事は難しい。それでも、あの戦力で、トッティ抜きで、インテルを最後の最後まで追い詰めた実力は見事だが。
インテルは、所詮、大枚をはたいて世界中から集めてきたスーパースター達一人一人の先天的な「本能」でもっているチーム。このチームに後天的に「11人が連動してプレーをするチーム」の要素が備わることは、まず無い。パスをつないで皆で攻めて、皆で守るような、点が線になり、線が面になって、有機的にチームが機能するようなサッカーを期待する方には、絶対にお薦め出来ないチームだ。私がマンチーニ監督の「コーチ」としての手腕を昔から評価していない/評価できないのは、インテルがマンチーニ監督の独自のサッカー理論を選手一人一人が忠実に実践しながら勝負に挑むチームではないからだ。だから、救世主イブラの出現を最終節の試合後半まで待つ以外に、このスクデット争いに終止符を打つ方法は無かったのだと思う。インテルに「11人が連動してプレーをするチーム」の要素が備わっていれば、今シーズンのスクデット獲得は、最終節を待たずに、もっと前に楽に決める事が出来たはずだ。
私が選んだ今シーズンのインテルのMVPは、カンビアッソ。シーズンを通して、彼がインテルの中盤の実質的なリーダーだった。卓越した運動量、敵のパスを中盤でカットする読みの鋭さと、中盤で奪ったボールをインテルの攻撃に素早く綺麗につなぐセンスの良さが輝いていた。ミラン戦、フィオレンティーナ戦で彼が入れた重たい得点も忘れられない。次点はGKのジュリオ・セーザル。インテルのDF陣が怪我で苦しみ続けた今シーズン、それでも実現できた、インテルのセリエAシーズン最少失点数(38試合で26失点)は、彼の安定感に依存するところが大きい。エンポリ戦でのPKセーブ、大雨の中で行われたトリノ戦でのスーパーセーブは、昨シーズンには見られなかった彼の内面的な強さ、勝つ事への「執念」を感じた場面でもあった。そして、次点にもう一人。千両役者のイブラに、拍手。今シーズンの終盤は左膝の怪我に苦しんだ。昨日のコッパ・イタリア決勝戦ではベンチにも入っていなかったが、来月に迫っているユーロ本大会への出場は大丈夫だろうか。今シーズン前半に快進撃を見せたインテルと、スクデット獲得を決定づけたパルマ戦でのインテルは、誰が見ても、「イブラのインテル」だった。
来シーズンのセリエAは、今までのように「インテルのスクデットは、インテルにしか逃すことは出来ない」という展開には、もうならないだろう。スパッレッティ監督が昨日、ローマのオリンピコ・スタジアムでインテルを2-1で破りコッパ・イタリアを手にした後、そのコッパ・イタリアを「コッペッタ(小さなトロフィー)」と表現していたのが印象的だった。ローマがイタリア・チャンピオンの座をあと一歩のところで逸したこの悔しさは、来シーズン、ローマを爆発させるかもしれない。そうなると、また、インテルにとっては脅威だ。そのローマに加え、スクデットに再び照準を合わせる事になるミランも、「ヴェッキア・シニョーラ」復活計画が進むユヴェントスも、準一流のチームから一流のチームにステップアップしつつあるフィオレンティーナも、インテルの4連覇を阻止しにかかってくる。救世主がイブラだけでは、もうスクデットは勝ち取れない。
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2008年05月12日
今日はまさか真面目?なブログ記事を書く日になるとは、夢にも思っていなかった。昨日の試合の結果、今シーズンのスクデットがどちらの手に渡るのか、あと90分待たなければならない事になった。インテリスタにとっては【非常事態】を迎えた今、お祭りムードの助けを借りて、いろいろ鬱積していた事も水に流そうとしていた私の計画も頓挫してしまった。さて、今宵の黒青鬼は、かなりご立腹のようなので、これからどんな記事が展開されることやら・・・。
昨日のシエナ戦で、インテルはチームとして崩壊してしまっている事が見事に世間に暴露されてしまった。後半、2対2のスコアの場面でインテルが得たPK。キッカーはマテラッツィ。マテラッツィ?インテルのPKキッカーは、クルスのはず。なのに、ペナルティ・スポットにボールを置いたのはマテラッツィ。これにはベンチにいたマンチーニ監督も、スタンドで観戦していたモラッティ会長も、驚き、そして、激怒した。
自分が倒された、という悔しさもあっただろう(リプレイを見た限りでは、あのPKの判定には疑問符が付く。マテラッツィも倒されながら、シエナのプレーヤーの首にしっかりと腕をかけて相手を引き倒そうとしていたが・・・)。昨シーズン、シエナでインテルがスクデットを決めるPKを自分の左足で決めた残像が頭を過ったのかもしれない。あのPKを沈めていれば、試合翌日のイタリア中のスポーツ新聞には、彼がスクデットを決めるPKをゴールの奥底に沈めた写真が掲載されていた事だろう。
スクデットが、チームとファン達の今シーズンがかかった大事なPKを、チームオーダーを無視してでも『俺が決めてやる!』と、自ら進んで蹴ろうとする姿勢は、非難される事ではない、むしろ立派な事だ、という考え方もあるかもしれない。自信がある者にPKを蹴らせた方が成功する確率は高くなる、という考え方もある。私も高校時代、ペナルティーエリア内で相手DFに倒されて頭に血が上り、予め決められていたチームのPKキッカーからボールを奪い取って自分でそのPKを蹴った事がある。だが、それは草サッカーレベルでの話。インテルは、プロ中のプロのクラブだ。昨日、サンシーロで起こった出来事は、少し視点を変えて考えてみると、とんでもない、あってはならない事だと、私は思う。
マテラッツィがPKを失敗した事を責めるつもりはない。イブラだって、クルスだって、外す時は外す。そんな事よりも問題なのは、スクデット獲得を決めるか決めないかの大一番で、インテルのチームオーダーが守られなかった、という事実だ。あの時、クルスにマテラッツィが歩み寄ってPKキッカーの座を譲れと話していた時、ベンチの前で立っていたマンチーニ監督は、そのシーンから一瞬、背を向けて目を逸らしていたようにも見えた。あそこでマンチーニ監督が『マトリックス、お前、何やってんだ!お前じゃないだろ、蹴るのは!!バカヤロウ!!』と叫んでいたら、どうなっていただろう。マンチーニ監督が必死の形相で両手を振り回しながら慌ててベンチの前で何かを叫んでいた時は、もう、マテラッツィはPKを蹴るための助走に入っていた。
この事態に監督が、ベンチが気づくのが遅かったのも問題だが、マテラッツィにチームオーダーを無視する事を許し、あの状況を静観したチームメイト達、特にキャプテンのサネッティと、自分の役目を簡単にマテラッツィに譲ってしまったPKキッカーのクルスの責任は重い(←クルスの名誉を守るためにも、訂正。試合の時は気づかなかったが、クルスはマテラッツィにPKキッカーの座を横取りされた時、実はこのマテラッツィのスタンドプレーにかなり困惑し、憤慨していた。そのクルスをピッチ上でなだめるチームメイト達の姿をカメラがしっかりと捉えていた。マテラッツィも、このシエナ戦の直後に、怒っていたクルスに謝罪している)。カピターノ。キャプテン。監督の目が、声が十分に届かないピッチの上で、彼はチーム内のバランスを保ち、チームオーダーをチームメイト達に守らせる役割を担うはずなのだが、あの時の彼の存在感はゼロに近かった。彼の昔からの真面目で献身的なプレーには頭が下がるが、あのPKのエピソードは、サネッティがインテルのキャプテンにふさわしい胆力を持った人物ではない事を再認識させてくれた一幕でもあった。数々の過去の成功体験に支えられた、自意識過剰な肉食系の選手達が肩を並べるインテルの中で、最も草食系の大人しい男に「献身的で真面目な汗かき役だから」という理由だけで長い間キャプテンを任せているから、肝心な時にピッチ上で的確で力強いキャプテンシーが発揮されない。私が今のインテルに対し、不満に思う事の一つ。それは、彼には悪いが、彼がキャプテンであり続ける事だ。
それにしても、マテラッツィは、これで『世界のヒール&インテルの英雄』から、『世界のヒール&インテルの地雷踏みまくり男』にインテリスタ達からも格を下げられそうな勢いだ。アンフィールドでのレッドカードといい、昨日のPKを巡るスタンドプレーといい、過去に起こした数え切れない彼のケアレスで幼稚なプレーといい、百歩譲って昨シーズンまでの過去の事は許しても、今シーズンの彼は、前半は怪我でチームに貢献できず、後半は勝負どころで一人、闘志(?!)を空回りさせてはチームに迷惑をかてきた。インテルが大事な局面を迎えている時でさえ、その大事さを全く理解せずに個人最適路線を突っ走り、同様のミスを何度も何度も繰り返す。学習効果ゼロのこの選手を、モラッティ会長が(たまには心を鬼にして下さいな)インテルから早急に追い出してくれる事を、今はせつに願うばかりだ。
昨日のインテルは、あのPKだけではない。一時は完璧に近かった、ピッチ上でのプレーのオートマティズムは、どこかに吹き飛んでしまっていた。後半、クルスが絶好の位置からシュートを放った時、シエナのゴール前で勢いあまって倒れ込んだインテルの選手にそのシュートが当たり、インテルは得点のチャンスを潰した。倒れていたのは・・・マテラッツィだった。何故、シエナのペナルティーエリア内でシュートを放ったFWクルスよりも前にCBの彼が倒れていたのか。『お前は、そんなところで何をやってるんだ!!』と、ベンチの前で怒りを爆発させていたマンチーニ監督の前を、涼しい顔で走りながら持ち場に戻るマテラッツィ。シエナの1点目も、ブルディッソが寝ぼけていたとしか言いようが無いし、シエナの2点目は、マイコンが敵のシュートコースを潰しに行っていない。試合中、いつだったかは忘れたが、DF陣全員が上がってしまっていた時にシエナのカウンター攻撃を受け、その危険の芽を必死に摘もうとしていたのは、何と中盤から一人インテル陣営に戻ったヒメネスだった。インテルの2得点も、セットプレーからの得点だ。パスを3~4本つないで得点するシーンが、最近のインテルには見られなくなった。もう、こうなると、インテルはチームとして機能しているとは言い難い。メンタルとか、フィジカルとか、テクニカルうんぬんの話しではなくなってくる。こんなチームの指揮を執れ、と、監督に命じるのも、酷な話かもしれない。
リヴァプールにサンシーロでも敗れ、チャンピオンズリーグから敗退が決まった時、マンチーニ監督は辞任未遂事件をおこしたが、あの時、彼はインテルの監督をきっぱりとに辞めておくべきだった。もう、あの時点で、彼とインテルの関係は壊れていたと思う。以前、このブログでもとり上げたが、彼とインテルのチームドクター達との確執も、今、思い返せば、マンチーニ監督とインテルの間に入り始めていた、無数の小さな亀裂のうちの一つだったのかもしれない。度重なる主力選手達との衝突の報道や、モラッティ会長との間に度々生じた価値観のズレについては、常に速やかに当事者同士が話し合い、その結果和解が成立し、チーム内のムードは良好、と、幾度と無くインテル側は強調してきているが、マンチーニ監督は、もうかなり前からインテルでは孤立していたはずだ。彼について行こうとしたのは、ミハイロビッチとスタンコビッチ、彼がインテルに引っ張ったラツィオ閥の面々ぐらいではなかろうか。イブラも、フィーゴも、ヴィエラも、クレスポも、クルスも、マテラッツィも、所詮、彼の手には負えない荒馬達であることは、誰もが前から気付いていた事だ。16歳の青年がボローニャでセリエAデビューを飾った時から私は彼を知っているが、プレーヤー、ロベルト・マンチーニは、確かに若くして開花した、才能溢れる優れた選手だった。だが、その一方で、若い頃から周囲にチヤホヤされ、スター街道を邁進してきたナルシストでもあり、おまけにシャイでナイーブで気難しい性格の持ち主でもあった。監督としても、下積みで苦労した時期は短く、現役引退から僅か数年で、いきなりインテルの監督になってしまったようなものだ。この辺が彼にとってのインテルでの旅の終着駅になっても良しとすべきだろう。
マンチーニ監督の首は、最終節のパルマ戦の結果がどうであれ、飛ぶ事になるだろう。また、彼は彼で、来シーズンもインテルの指揮を執るつもりは無いだろう。彼の後任人事で名前が出ているのがモゥリーニョとベニテスだ。個人的には、モラッティ会長とベニテスの関係の方が長続きしそうなので、ベニテスに期待している。彼がカリスマ・モゥリーニョよりも長けているのは、フロントとのバランス感覚だけではない。世界中に幅広いネットワークを持ち、アッガーやスクルテル等、誰もマークしていなかった若手有望戦力を自分で掘り当てて来る才能は、カネにモノを言わせて誰でも獲りに行こうとする「スペシャル・ワン」よりも上。クラブ経営とチーム編成のバランスの取り方には長けている。相手の戦力や戦況に応じてチームをいじる(いじり過ぎる、という声もあるが)、研究熱心でタクティカルな側面はイタリアのサッカーにもフィットするはず。リヴァプールで勝ち取った、特にチャンピオンズリーグでの数々の成功体験もインテルにとっては魅力だ。願わくば、私が大好きなリヴァプールの背番号8番も一緒に連れてきてくれると、もっと嬉しいのだが。その為なら、それが来シーズンから実現するのであれば、個人的にはインテルが今シーズンのスクデットを最後の90分で逃しても、いっこうに構わないのだが・・・。
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2008年05月11日
金曜日。不覚にも会社を休んでしまった。朝、崩れそうな身体中の筋肉に鞭を打ちながらベッドから這い出し、朦朧としながらシャワーを浴び、着替えてコーヒーを温め、靴を履いて車に乗り込むまでは気力を振り絞って、出勤前の毅然とした己を何とか演出しようとしていたのだが・・・・、車のキーを回した瞬間、【駄目だ、こりゃ】と頭の中で誰かが呟き、その一言でそれまでの一連の努力は跡形も無く吹っ飛び、玄関口から吸い込まれるように家の中に戻って体温計を脇に挟みながらソファーにドサッと倒れこむと、ピピッという音と共に萎えた精神を更に萎えさせる表示が小さな液晶の窓に現れ、それがダメ押しの強烈な一撃と相成りKO。薬剤師の弟からもらった解熱剤を飲んではいるが、まだ、熱は下がりきっていない。
そんな時に、我がインテルが、16回目のセリエA優勝に王手をかけた事について、何か久し振りに書いてみようとしたのだが、火照った頭の中に浮かんだのは、次節のシエナ戦でインテルが勝とうが、負けようが、スクデットなんか、勝ったら勝ったで嬉しいかもしれないが、【実はどうでも良い】という事。昔から、そうなのだ。結果がどうであれ、どうせインテルからは離れられない己の性。インテスタの道とは、何故こうまで屈折してしまっているのか・・・・・・あ~、アブナイ、危ない。こんな絶不調の時にPCのキーボードを叩くものではない。
私の今シーズンは、2月にインテルがアンフィールドでリヴァプールに敗れた時点で、終わっている。それは間違いないと思う。私が今シーズンのインテルに一喜一憂していたのは、あの試合までだった。それで良い。私も、もう若くはない。インテルに注ぐエネルギー配分も、毎シーズン、事前に計画的に決めておかなければならない。勝って欲しい時に、勝てないチームを応援し続ける場合は、時には期間限定でぞっこん惚れ込んだ後、期待を裏切られたその瞬間から、遠慮なく突き放すことも大切だ。それが、末永く苦楽を共にしながら、何十年も変わらずにつながっている為の、この何とも形容しがたい情熱を維持する為の秘訣なのかもしれない。
数日前、イタリア人のインテリスタの友人からメールをもらった。ミラノダービーでみっともない負け方をしたインテルに私がずっと凹んでいると思ったらしく、そんな私を元気づける為に送られてきたそのメールには、大丈夫だ、去年の今頃を思い出せ、シエナはインテルをスクデットに導くラッキーチームだ、シエナはきっとインテルに幸運をもたらすから俺を信じろ、ビリーブ・ミー、等、いろいろ並べられてはいたが、どれも論理的根拠が完全に欠落したヨタメッセージだった。何を隠そう、彼はシエナ生まれでシエナ育ち、コテコテのシエナっ子である。インテル命を宣言しつつも、実はシエナの事がいつも気になって気になって仕方が無い男だ。でも、シエナがセリエB降格を免れた今となっては、さすがはイタリア人、自分の街のチームをインテルの為に生け贄に差し出しても良いと平気で言って来る。考え方が姑息というか、調子が良いと言うか。そういうところが、イタリア人の憎めないところだ。
私は、凹んではいない。これは、負け惜しみではない。惜しむものが見つからないのだ。ミランには、負けるべくして負けた(らしい)。私は、あの日はテレビで試合も見ず、スポーツニュースでダイジェスト版をチェックする事もなく、翌日の新聞も読まず、試合から3日は過ぎていた頃に、ネットで、どうでも良くなってきているコッパ・イタリア準決勝の試合結果と一緒にミラノダービーの結果をチラッと見て、ふ~ん、と、一言漏らして、それで終わり。本当に、それで終わりだった。最初から、インテルがあのミラノダービーで、勝点に飢えた従兄弟達を撃破してセリエA優勝を飾れるとは、1%も期待していなかったらしい。情けない話だが、インテルはそんなに格好良く最後を決められるようなチームではない。私の本能が、今もそう叫んでいる。何と言うリアリズムだろうか。伊達に30年以上もこのチームと付き合ってきた訳ではない。インテリスタの美学は、その、何ともいえない情けなさと共存する事にあると気付くまで、早い人でも5年はかかると思われる。
さて。明日は、どうなる事やら。インテルがどうなるか、よりも、私がどんな一日を送るのかの方が大切だ。もちろん、そんな病人の日曜日にアクセントを添えるのは、インテルだが・・・金曜日に、フィーゴがインテルの練習場・アッピアーノ・ジェンティーレで黒猫を自分の車で故意に轢いた時から今シーズンのインテルの不振が始まった、という、くだらない記事が出て、これに動物愛護団体が反応してちょっとした騒ぎになったらしく、殺猫の容疑をかけられたフィーゴが法的措置を取って、『俺は黒猫を殺していない!』と、名誉と無実を守ると息巻いている他には、これといったニュースはない。いくら黒猫が目の前をつっきる事が【不吉】とされるイタリアでも、まさか、フィーゴが・・・。まぁ、こんな間抜けな空気がアッピアーノ・ジェンティーレで流れていたのであれば、明日、超満員に膨れ上がったサンシーロが、勝たせてくれるでしょう、このインテルを。
P.S.スクデットを万が一、逃すような事になったら・・・それは、黒猫の祟り、という事になるのか・・・・(笑)。
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2008年04月14日
驕りというか、傲慢というか・・・。今シーズンのセリエA開幕時に、私は昨シーズンに続くインテルのブッチギリでのポール・トゥ・フィニッシュを予想していた。当時から、今シーズン、インテルとスクデットを争えるチームがあるとすれば、それはCWCとチャンピオンズリーグに照準を絞る事が見えていたミランではなく、セリエBから上がってきたばかりで、チームの再建には時間を必要とするユヴェントスでもなく、ローマである事は明らかだった。ローマは、昨シーズンに比べ、選手層が厚くなり、スパッレッティ監督が目指すゼロトップ・サッカーも最高潮の域に達するシーズンになると読んではいたが、インテルの岩石をも砕く圧倒的な戦力を脅かせるようなチームになるとは、正直、思えなかった。今となっては、昨シーズン、1強19弱の図式を作って記録づくしでセリエA優勝を飾ったインテルの残像が、私の中に隙をつくっていたとしか言いようが無い。
今シーズンのセリエA・前半戦が終了した第19節の時点で、首位インテルは2位ローマに7ポイント、第23節終了時点では今シーズン最大となる11ポイントの勝点差をつけていたが、チャンピオンズリーグでリヴァプールに負けた辺りから主力選手の故障、不調が相次ぎ、また、タイトなゲームカレンダーによって選手達のフィジカル面を整備、回復する時間が不足した結果、インテルの持ち前のフィジカル面での強さが鈍り、チームの勢いは失速した。そして、第30節で、ローマがホームでエンポリを下し、インテルがユヴェントスにホームで敗れて以来、第33節を終了した現時点まで、僅か4ポイントの勝点差が、両チームを分けている。16個目のスクデット獲得に向けて、ローマの追撃から身を守る為に必要なインテルのシールドは、ここに来て薄いものになってきた。
一方のローマは、チャンピオンズリーグ準々決勝、マンチェスターユナイテッドとの過酷な2試合を間に挟みながら、インテル追撃に向けてラストスパートを切る事になった。前節のウディネーゼとのアウェー戦は、チャンピオンズリーグから敗退したばかりのローマが、インテル追撃に向けて、どれだけエネルギーを残しているか、気持ちの切り替えがどこまで出来ているかを見定める上で、極めて重要な試合だった。ウディネーゼは侮れないチームだ。この試合でローマがウディネーゼの壁を越えられなかった場合は、今シーズンのスクデット争いもそこで終ってしまう事は、誰の目にも明らかだった。同日、ナイトゲームで、インテル対フィオレンティーナの試合がサンシーロで予定されていたが、先週木曜日のUEFAカップ準々決勝でPSVをアウェーで破った快挙と引き換えに、体力的なハンディを背負ったフィオレンティーナを相手に、調子が上向いてきているインテルが、ホームで取りこぼすはずはないと思っていた。それもあってか、私の関心の矛先は、ウディネーゼ対ローマの一試合に向いていた。
先制したのはウディネーゼだった。後半6分、左サイドからのクロスボールを、ディ・ナターレがヘッドでローマのゴールに押し込んだ。この時、珍しい光景がテレビ画面に映し出された。ローマのGK、ドーニと、ローマのDF、パヌッチの、ディ・ナターレのゴールを巡る、一触触発の激しい口論のシーンを、テレビカメラは捉えていた。決して上背がある方ではないディ・ナターレをゴール前でフリーにしたパヌッチがドーニから責められてもしかたがないプレーだったが、それ以上に、この味方同士の珍しく派手な口論に、私は「熱いもの」を感じていた。さらに、もう一つ、興味深いエピソードがあった。ウディネーゼの1点リードを追うローマのキャプテン、トッティに、絶好のシュートチャンスが訪れた。だが、トッティはボールを蹴る瞬間に、主審の立ち位置に邪魔され、ウディネーゼのゴールマウスを捉える事が出来なかった。この時、トッティは、苛立ちを隠せずに、立て続けに3度も主審に向かって暴言を吐いた。彼の口の動きからすぐに読み取れたその暴言は、一度でも選手が審判に吐けば即、退場になる内容の言葉だったが、トッティの処分は警告に止まった。主審の方にも罪悪感があったのだろう。だが、そこにも、私は「熱いもの」を感じた。結局、この試合は、ヴチニッチ、タッデイ、ジュリーのゴールでローマがあっさりと逆転し、貴重な「勝点3」を上乗せする結果になったが、私は、ドーニが、パヌッチが、トッティが見せた「熱いもの」に、スクデットを最後まで諦めない、インテルに最後の最後まで喰らいついて行く覚悟を決めたローマの選手達の中で、火花を散らしながらメラメラと燃えあがる「執念」を重ねていた。彼らは、本気だ。
ローマの追撃を受けるインテルは、アタランタ戦に続き、前節のフィオレンティーナ戦でも復調の兆しを見せてくれた。累積警告で次節のトリノ戦には出場できないヴィエラは、確実に彼本来のコンディションに近づきつつある。彼だけではない。週に1試合のペースになって、選手達のフィジカル面の整備、回復に使える時間が出来てきたからなのか、インテルの選手達のフィジカル・コンディションは、数週間前に比べ、かなり良くなっている。相手をフィジカル面で終始圧倒するサッカーが出来ているかどうかが、インテルの調子をはかるバロメーターになるが、今シーズン前半のコンディションが明らかに戻りつつある。それでも、あと5試合、その一戦一戦が、インテルにとっても「決勝戦」になる。追われる事によって生じるプレッシャーを、プラス・エネルギーに転化して、5月4日のミラノダービーを乗り切れれば、今シーズンのスクデットに手が届くだろう。エース、イブラヒモビッチはまだ戦列に戻って来ていないが、弱冠17歳のFW、「スーペル・マリオ」バロテッリの活躍が、インテルに活力を注入してくれている。彼の大人びた、冷静な決定力も凄いと思うが、それ以上に、インテルのような百戦錬磨の超一流選手達の集団の中で、すでにフリーキックのキッカーをチームから任されているという事実には驚いた。楽しみな選手が出てきてくれたものだ。
セリエAでは最近、時間的にローマの試合が先で、インテルの試合が後になるケースが続いている。先手を打つローマと、ローマの試合結果を知ってから、試合に臨むインテル。ローマにとってはぶ厚い「勝点4差」の壁。インテルにとっては薄すぎる「勝点4差」の壁。残るラスト5試合は、対戦チームの顔ぶれから、エネルギーの消耗度が他の試合に比べ高いミラノダービーを残すインテルよりも、ローマの方に分があると見る事も出来るが、シーズン終盤は、降格争いで崖っぷちに追い込まれたチームが、スクデットを争う強豪を相手に牙をむく時でもある。両チームとも、これから先は、一試合たりとも取りこぼしは許されない。今シーズンのスクデットの行方は、現時点ではインテル75%、ローマ25%といったところか。「予定外」の展開となった、今シーズンのスクデット争い。でも、最後の最後まで目が離せなくなる展開になってくれるのであれば、シーズン開幕時に描いていたシナリオから外れるのも、悪くは無い。もちろん、どちらに優勝して欲しいかは、心情的には、もう何十年も前から決まっているが・・・。
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23:02
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2008年04月05日
夏時間になり、ようやく春めいてきた欧州では、いよいよサッカーシーズンも終盤の、最も盛り上がるステージにさしかかってきた。
先日、出張先のダブリンでASローマがマンUにやられた試合のハイライトをテレビで見た。スコールズのクロスボールをクリスティアーノ・ロナウドがヘディングでASローマのゴールに突き刺した1点目は圧巻だったが、彼はそのゴールを覚えていないと言う。ヘディングの後、彼は勢い余って地面に落下し、倒れたままなかなか起き上がれなかった。あれだけ遠くからゴールエリア内にトップスピードで突入し、ASローマのカッセッティと競り合いながら放った打点の高いヘディングシュートともなれば、地面に落下した時の衝撃で脳震盪を起こしていたとしても不思議ではない。それにしても、クリスティアーノ・ロナウドは、凄い選手に育ったと思う。まだ、弱冠23歳というのが、これまた末恐ろしい。
今シーズンのチャンピオンズリーグでのイタリア勢対イギリス勢の戦績を振り返ると、露骨なまでに明暗がはっきりしてしまっている。インテルがリヴァプールに、ミランがアーセナルに敗れ、イタリア勢では唯一準々決勝に勝ち進んだASローマもホームでマンUにあっさりと沈められてしまった。私は、イタリア勢がイギリス勢に勝ると思ったことはここ数年間、一度も無いが、ここに来て、伊-英の間ですでに存在していた「格差」が、さらに広がったような気がする。あるイタリアのサッカージャーナリストが最近、「イギリス・プレミアリーグの方がイタリア・セリエAに比べ、外国人選手達の年俸にかかる税率が低く、球団が支払う選手達の移籍金にかかる税負担も軽いので、こうした税制面での違いも、良い選手達が世界中からプレミアリーグに流れる図式を作っているのではないか」と指摘していた。そういう側面も確かに考慮されるべきだろう。だが、この格差の原因は、やはり、ピッチの上での90分間にあると、私は思う。
スピード。運動量。テクニック。どれを取っても、私はプレミアリーグが今は欧州では頭一つ、あるいは二つ、抜けていると認めざるを得ない。スピードの無さ、運動量の無さ、テクニックの無さを、基本で劣っている部分を補う為に本来ある「戦術」は、イタリア勢が欧州の強豪を相手にする際に盾にしてきた「十八番」だったが、それも最近では全く通用しなくなってしまった。この「十八番」が通用しなくなればなるほど、イタリア勢は、イタリア勢ならではの、大事な勝負を前にした時のナイーブさを露呈してしまっている。欧州サッカーの資本主義化、ボーダーレス化は、欧州の主要クラブにおいて、テクニックの部分の平準化には仮に寄与しているとしても、その一方で、サッカーの基本中の基本であるスピードと運動量と壊れない身体を、それぞれ純粋に頂点まで究めることこそが、真の強さを、特にチャンピオンズリーグのようなトーナメントで発揮する為の秘訣である事を、監督や選手達に要求し始めているような気がしてならない。欧州では、このところ、小細工無しの、単純に強いサッカーの原点への回帰が進行しているように、私には思える。
サッカーにおける強さの探求という営みは、実は、サッカーをよりシンプルに、純粋に見るところから始まるのではないだろうか。クリスティアーノ・ロナウドは、メッシ、カカ同様、何十年に一度、出て来るか来ないかの逸材である事は間違いないが、彼の最近のプレーを見ていると、「もっと簡単なところに、答えは転がっている。否、簡単なところにしか、本当に強くなる為の解は存在しない」と、ふと、思ってしまう。彼は強いサッカーを極めてシンプルに体現する天性の能力と、その天性の能力が活かしきれる環境に非常に恵まれた選手だと思う。でも、そのクリスティアーノ・ロナウドが、サッカーをより難しく、戦術的に捉える傾向が歴史的にも強いイタリアでプレーしていたら、彼はここまで開花しなかっただろう。
ファーガソン監督の手腕とマンチェスター・ユナイテッドというチーム、プレミアリーグという環境に、彼は感謝しなければならないだろう。次のバロン・ドール賞の受賞式には・・・。
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01:50
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2008年03月08日
親愛なる、F.C.Internazionale様
【5月5日】。
【CLダービー】。
【ヴィジャレアル】。
私は少なくとも、過去に3回は貴方のせいで鬱病になりかけた。その度に言い訳を必死に見つけては、それらを自分に何度も言い聞かせて、何とか奈落の底から這い上がってきた。その借りを、貴方はまだ返してくれてはいない。
貴方の歴史の、少なくとも3分の1は、私と貴方の歴史でもある。その30数年間に貴方が勝ちとったスクデットの数は、4つ。これだけ時間をかけて、スクデットは4つだけ。ヴェッキア・シニョーラやミラノの従兄弟達は、10年もあれば、誰にも言われなくても、これと同じ数だけ、スクデットを揃えてしまうだろうし、ついでにビッグイヤーも1度や2度は持ち上げている事だろう。
貴方も貴方で、人を選ぶ。心が貧しい人には目もくれない。心の豊かさがあり余っているような人でないと、貴方は近づこうとはしない。なぜならば、貴方は、貴方から受ける数々の失望、落胆を吸収し続けられる人にしか、好かれようとしていないからだ。私も、そんな貴方に試された想い出が、たくさんある。
美しきメランコリズム。
哀愁漂うマゾヒズム。
これらを何年も、何十年も堪能出きる人でなければ、美徳と思える人でなければ、貴方を好きであり続ける事は出来ない。
- オフシーズンだけ、イタリアチャンピオン。否、オフシーズンだけ、欧州チャンピオン。
- ミラノの2番目のチーム。否、ミラノの光と影の、【影】の方のチーム。
- どんなにカネを積んで世界中から超一流プレーヤー達を集めて来ても、いつまでたっても、報われないチーム。
そう、他のチームのファン達から貴方が揶揄され続けても、私は貴方を今まで一度も見放さなかった。これは、奇跡としか、言いようが無い。貴方よりも強く、貴方よりも美しいチームはこの世に沢山あるというのに。
貴方の名前の前に、「偉大なる」という意味を持つ【グランデ】の称号が付いていた時代があった。60年代半ばに、HHマジックによって魔法をかけられ、悪名高いカテナッチョ戦術を駆使して、イタリアの、欧州の、世界のクラブチームの頂点に君臨していた貴方。
私が死ぬまでに、もう一度、【グランデ】の称号付きで、貴方の名前を呼ばせて欲しい。それまで、私は、貴方と付き合う事にする。受け入れる事にする。今までもずっと、そうして来たように。
私は貴方のように100歳の誕生日は迎えられないと思うが、だからと言って、長寿の貴方を羨ましいとも思わない。でも、貴方には、長生きして欲しいと思う。これからも出てくるかも知れない、私のような人の為に。
1908年 3月9日 ~ 2008年 3月 9日
Tanti Auguri, Inter.
P.S. セリエB降格だけは、私が死んだ後も、絶対に許さない。
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08:22
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