Simon's Bar

そして希望は紡がれた。

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待望のアメリカデビュー戦を見事にKOで勝利した井上尚弥。 開始直後こそやや肩に力が入っていたように見えたが、その後は全く危なげない試合運びをした。 井上に関しては技術的な部分はもちろんのこと様々な角度からその凄さについて語られるが、個人的には今回の一戦のように決して浮足立つことのない精神面こそ彼の真骨頂なのではないかと感じている。 井上は見事に己の希望をまたひとつ紡いだ。 それはボクシング界にとっても希望が続いたことを示すものだが、その意味するところについて考えてみたい。

ボクシングにおいてどういった勝ちが評価されるのか? それをひとつの答えにまとめ上げることは難しい。 ローマン・ゴンザレスをなぎ倒したシーサケットのような豪快なKO勝ち、両者が技術の限りを尽くし見事な攻防を繰り広げた果ての判定勝利、見る者によって、あるいは、拳が織り成すその時々のフレーズによって、何が評価に値する価値かは違ってくるのだろう。 そんな中でも、相手の肉体ではなく心を折る勝ち方を私は評価したい。 最近ではワシル・ロマチェンコがボクシングがそうした勝ち方を体現している。

闘う者が打たれて倒れる結末を怖れることの意味。 ホームランを打たれるかもしれないと怖れて投球を止めてしまうピッチャー。 止められないシュートを怖れてゴールマウスの前を離れるキーパー。 ないしは、OBを怖れてスイングすることを諦めるプロゴルファー。 己の存在意義を否定してもなお井上の前に立ち続けることを怖れたニエベス。 本人や周囲にとっては必ずしも本意ではなかったかもしれないが、わかる人にはわかっていると私は思う。

だが、井上が示した希望の真の姿はそうした勝ち方でさえない。 「もっと白熱した試合がしたい…」 相手の心を折ってもなおそう言えるメンタリティこそ井上尚弥が示した最大の希望だ。 勝ったことでも、防衛記録を伸ばしたことでも何でもなく、「誰と闘いどのように勝つか」という問いへの渇望。 それがこの国のボクシング界にもっとも欠けていたものであり、これから世界と伍していくためには絶対に欠くことのできない問題意識なのである。 清宮幸太郎を悪くいうつもりはないが、練習試合を含めて打った本塁打数に騒ぐ風潮から脱却しない限り、この国のボクシングに未来はないと断言する(プロ野球も同じと思っているが)。

以前の記事にも書いた通り、井上に何かを背負わせたいとは思わない。 私なりに期待はするし希望を抱きもするが、基本的には自由に自分の好きなように闘ってほしい。 それでも、彼がその精神性にもっとも相応しい言葉を試合後に語ったことは正直に言って嬉しかった。 私にできるのは一挙手一刀足を見守り、間接的に声援を送るくらいくらいのものだが、これからも逃すことなく彼の闘いを目撃しよう。 そんな至福の時間が長く続くことを祈念しつつ、次の試合が訪れるまで何度も昨日の闘いを見直すことになる。 おそらく私たちは、凄い時代の目撃者足り得るのだと信じて。



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