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「道」は避けられないのか…

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山中慎介がついに陥落した。 戦前の予想には厳しい論調が多く、またここ最近の闘いぶりが不安に拍車をかけた。 私自身、緊張感と共にテレビの画面と向き合ったが、明らかに完敗だったように思う。 コンディション面での不安があったのかもしれないが語られていないのでわからない。 ただ、所属ジムの会長がどう言おうが、タオルを投げたセコンドの勇気を私は称えたい。

「平家物語」を持ち出すまでもなく、盛者必衰はこの世の理に他ならない。 どんな王者もいつかは必ず衰えるし、それが敗戦という形で顕在化する前に辞めたかどうか以外に無敗であることの意味はない。 しかし、どうもこの国には「無敗信仰」のようなものが蔓延しているように感じている。 ボクシング(に限らないとは思うが)という競技が求めるのは「今ここという場所」における刹那の最強であって、漫然と紡がれる無敗物語にそれほど魅力がないことは、かのフロイド・メイウェザー・ジュニアから既に学んでいるべきだ。 敢えて言えば、それがプロレスとボクシングとを隔てるもっとも大きな理由なのではないかとさえ思う。

「連続防衛記録」という概念にも「無敗信仰」と同じ匂いを感じる。 無論、そうしたものへの誤った価値を生み出しているのは本質を忘れたメディアなのだと言って差し支えない。 それでも、なぜ価値が誤って付与されるのかという理由については少し考えてみた方がよいだろう。 それを競馬に例えるのが適切かはわからないが、10戦のキャリアで5敗を喫しながら凱旋門賞に勝った日本馬と、国内だけのキャリアで10戦無敗のまま引退した三冠馬とをどのように評価するのか、という問題なのだと私は考えている。 別の言い方をすれば。ファクトと幻想の仕分け、ということになるだろうか。

これはあくまでも私見である。 ボクシングに必要なのは圧倒的にファクトである。 柔らかなフロイド・メイウェザー・ジュニアになるよりは、往時のマニー・パッキャオを目指すことが重宝される。 今この瞬間に誰と闘い、どのように倒し、どこに君臨しているのか、必要なのはそうした事実だけだ。 他方、プロレスは幻想によって彩を与えらえる存在だし、そこには常に物語が必要だ。 時代がどれだけ進化したところで、「まだ見ぬ強豪」的なギミックはどこかに存在していなければならない。

そして私が更に思うのは、この国に連綿と続く「道」という概念のことである。 武士道、柔道、剣道、合気道、空手道、強さに繋がり得るものはなぜか「道」へと昇華しようと試みる。 (ちなみに、拳闘道という言葉を私は耳にしたことがない。) 相手に勝つという地平から、己の内面に克つという地平への移行。 ファクトとしての強さはやがて失われ、わかりやすいところでは宮本武蔵のように、いくつもの伝説や神話が捏造される。 そして(実に卑近な例だが)巌流島で60歳の武道家がボコボコにされるという事態が起こる。

私たちは、ファクトに飽きた瞬間、血に深く刻まれた呪いによって「道」を求め始める。 初めはただ勝てばよかったものが、「勝ち方」までもを要求されるようになる。 記録だけに拘泥するならばまだファクトの範疇だと言うことができるかもしれない。 しかし、「ただ勝つだけではなく内容が問われる」的な実に頻繁に繰り替えされるフレーズは、ファクトを求めるのではなく「道」への誤った愛好を隠し切れない者が用いる誤った志向性である。 そんな風にして長谷川穂積も戸惑い、そして今回山中慎介もまた同じ渦に飲み込まれてしまった。

そろそろそうした風潮から本当に卒業すべきではないだろうか。 特に、日本の至宝である井上尚弥のことを考えると、(主にメディアの)余計な思惑からは解放してあげたい。 亀海喜寛のようにアメリカでのし上がっていくボクサーが一人でも増えてほしいし、真剣にボクシングをメディアが支えるのであれば、プロレスとの棲み分けを理解し、例えば亀海にもっと光を与えるような形で、ファクトだけを求める環境を整備していってほしい。 いずれにせよ、山中選手には心から「お疲れさまでした」と申し上げたい。 これからは「道」に囚われることなく、次のステージに進んでほしいと考えている。

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