2008年01月31日

「戦極」にアローナ、ジョシュ参戦の噂

タイトルのまま。
複数の業界関係者からの情報では、
「五味に続き、ジョシュとアローナの参戦がほぼ決定的」との事。

チケットの売行きが芳しくないという噂もあった。
吉田が軸では興行が成り立たないという、
当たり前といえば当たり前過ぎる事実を痛感したのだろう。

五味サイドも溜めに溜めて、
経済的にも高く自分を評価してくれる場を選んだのだろう。
それは、至極当然の事。
ただ格闘技ファンからすれば、「やれんのか」一本でまとまってもらいたいという思いがあった。かつてPRIDEの中心にいた五味には当然、「やれんのか」に参戦して欲しかった。
だが、仕方がない。

そして、ジョシュとアローナの参戦が確定すれば。
やや厚みを増すであろう「戦極」という第三世界。

やれんのかサイドと順風満帆ではなさそうな谷川FEGも含め、
混沌とする格闘技界。

絶頂期から衰退期に至る過程では、エゴに歯止めが利かなくなる。
団体は分裂を繰り返し、やがて存在そのものが希薄になる。
「地上最強のカラテ」が教えてくれた事。

あまり悲観視したくはないのだが。


思考遊戯
http://blog.livedoor.jp/siko_yugi/

posted by siko_yugi |23:54 |
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2008年01月28日

前田日明と秋山成勲

前田日明が三崎vs.秋山戦、大晦日の出来事を激白!=格闘技通信発
「4点ポジションから立ち上がる時に蹴ったらダメだよ」
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/column/200801/at00016059.htmlノーコンテスト裁定に秋山とFEG谷川代表が会見、三崎に苦言
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/headlines/etc/20080123-00000030-spnavi-fight.html


かつてのファンである僕が、呆れる昨今の前田日明。

「オレがその場にいたら止めてるね」とインタビュー中、答えている前田。
「山本KIDは止めなかったのに?」とベタだけど、突っ込みたくもなる。

かつての前田は「少年臭さ」が素敵だった。
豪傑風を気取る前田。
知性派を気取る前田。

「強がってる前田も本当は寂しいんだろう」
「三島由紀夫が好きだと言いながら、引用する言葉はいつも一緒やな」

そういう部分も含めて、背伸びした感じの前田を魅力的に感じた。
何処か自分自身の弱い部分と重なり、親近感を感じたのかもしれない。
ただ、彼は「最強」の男。
苦悩しつつ、理不尽に立ち向かう不器用な孤高の男。
だから、憧れた。
自分自身の弱い部分を持った男が、最強。
「ナイーブなのに最強」という前田日明。
何故か報われない男、前田日明。
少し悲劇的な感じが、アムロ・レイ的でもあった。

ただ、アムロ・レイが英雄なのは。
当然だが、ガンダムのパイロットなのが前提。
ガンダムに乗れないアムロ・レイなんて、少年は憧れない。
繊細すぎて、あまり関わりたくない系統の人。

前田日明も同様。
世界最強だからこそ、憧れた。
膝を壊した後も、怪我さえしていなければ。
そう仮説の中で、「前田日明最強論」を保つ事が出来た。
最強じゃない前田日明なんて。
否、最強ぶらない前田日明なんて。
安生に仕返しが出来ない前田日明なんて。

健全ではないメンタリティーを持っていても。
才あればこそ光る。
明らかに精神の病んでいるミスチルの桜井やCOCCO。
尾崎豊やカート・コバーン。
才が無ければ、ただの精神病患者。
才あればこそ、英雄。
その闇が才を引き立たせ、彼等をより魅力的にさせる。

喧嘩に負けた事で、自分の才を否定された前田。
才を失くした前田日明は、(まともな)人になるしか無かった。
安生に襲撃され惨めな姿を世間に晒した後、仕返しの出来ない前田。
三国志の破滅的豪傑「呂布」ならば、有り得ない姿。
それは、自己否定と同義。
報復が出来ずに、怯えた時点で前田日明は「ただの人」になった。
前田によって惨めな姿を晒す羽目になった猪木でさえ、あんな姿を晒した事はない。
かつての憧れに「因果応報」とは言いたくないが。

しかし、それは前田日明にとって
人として成長する「良い機会」だったかもしれない。
前田が、公の場から姿を消した時間。
HERO'Sスーパーバイザーとして帰ってくるまでの時間。
それは「チャンス」だった。
その間に、前田は変わるべきだった。
人間的成長を、僕は期待していた。

「格闘技界に前田日明が足りない」
誰かが言っていた名文句。

前田日明の実直さ。
格闘技に対する不器用な純潔。
それは事実、足りなかった。
そして、前田日明が戻ってきた後も足りていない。

言うだけ番長。
口先だけの人間なんて、余り過ぎる程に。

前田は「失くしてはいけないモノ」を失くしつつあり、
「失くさねばいけないモノ」を失くせずにいる。

「失くしてはいけないモノ」を失くしたと書けないのは、
僕の青春への未練だろうか。


ノーコンテスト裁定に秋山とFEG谷川代表が会見、三崎に苦言
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/headlines/etc/20080123-00000030-spnavi-fight.html

純然たるスポーツ競技として。
そんな前提で、この裁定について語ろうとは思わない。
K-1以前の格闘技とは、状況は明らかに違う。
大晦日のゴールデンタイムに放送されるプロ興行。
格闘技は、立派なショービジネスなのである。

今回の裁定が下ったほぼ全ての要素は、ビジネスとしてである。
スポーツ競技としての要素は、皆無。
「どう次に繋がるか」
それだけである。

三崎は、勝ち逃げしても良いかもしれない。
強引に流れを政治力で変える谷川。
格闘技ファンなら誰もが感じるであろう不快感。
両者、TOPクラスの強豪。
再戦は、非常に魅力的ではある。
ただ、無理矢理筋書きを変更する必要はなかった。
何故、流れをここまで粗末にするのか。

純粋に秋山のミソギは済んだと思っていたし、新しい秋山を見たかった。
彼の再起を心から応援したかったし、
彼は非常に魅力的な試合をする選手だとも思う。
別に三崎に負けたから、格が落ちる訳でもない。
あのブーイングの中、あれだけの姿を見せた秋山。
結果に狂喜した後、多くの格闘技ファンは秋山を認めたはずだ。
それなのに、何故。

谷川という権力者のビジネスセンスの無さ。
脚本家としての質の悪さ。
ある程度自然に任せて手綱を握る。
それが最善だと何故、分からないのか。
今の時代。
世間の声が、聞こえない訳はないのに。
ここまで酷いと、他の理由。
例えば、日韓の政治的背景を勘繰りたくもなる。
異常としか言い様がない。
「谷川の後ろには、某政治団体と…。某政治団体の後ろには…」みたいな。

ここまで踏み外して妄想すると
三流芸能雑誌みたいになるので、この辺で止めておこう。

ま、有り得ないか。
それにしても。
何だかんだで谷川は、懐かしい「俺たちの時代」に「格闘技通信編集長」だった男。
いくらなんでも谷川がここまで愚かだったとは思えないのだが。



http://blog.livedoor.jp/siko_yugi/より転載

posted by siko_yugi |07:27 |
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2008年01月27日

必要不可欠な朝青龍という毒

白鵬が3連覇=朝青龍、復活V成らず-大相撲初場所
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/headlines/etc/20080127-00000064-jij-spo.html

勧善懲悪に酔う時もあれば。
常識を逸脱した不条理に酔う事もある。
常に、我々が「HAPPY END」を望むとは限らない。

朝青龍を叩きつつ、
朝青龍がいなくなると感じる虚無感。
我々の正義感なんて、その程度。

その自分自身の正義という尺度ですら、確かなものとも思えない。
世間から植えつけられた洗脳に近いかもしれない。

ストレス社会に生きる我々にとっての捌け口。
それが、朝青龍であり秋山成勲。
もっと言えば、船場吉兆等の不祥事を起こした企業も。
世間のバッシングを浴びる全て。
特に被害もないのに、ストレス発散の対象として叩く。

対象がいなくなると、寂しがる。
「突出した何か」の場合は、特に。
「赤福」の販売再開を心待ちにし、「白い恋人」には長蛇の列。


対立概念を好むのが、人の性。
朝青龍は、世間によって追い出され。
世間によって帰ってきた。

そして。
復帰直後。
ベストではない中で、彼はその場に立っていた。
我々の常識など通用しない、非凡な才。
ブランク。
練習量。
関係が無い。
つまり、別格。

その先には、白鵬。
相撲に無知な人間でも感じる色気。
双方、相当な覚悟を有した英雄。
名勝負と呼ぶに相応しい内容で、白鵬が勝つ。
負ければ、立場が無かったであろう白鵬。
キレイな「勧善懲悪」劇。
「白鵬=善」「朝青龍=悪」という短絡的な見方もいかがかと思う。
しかし、今回は単純にそう観た方が楽しめた。

大晦日の様な、不必要なマイクも無くキレイに幕は閉じた。
白鵬は、大一番の後でも空気が読めるらしい。
彼の勝利を素直に喜びつつ、悪があるから善が映える事を再認識。

朝青龍は相撲界にとって、必要不可欠。
代わりがいない、唯一無二の存在。
極論、白鵬の代わりはいるかもしれない。
三崎の代わりが見つかりそうなのと同様。

「相撲道」と呼ばれる高い倫理観。
そんな精神性は、元々求められていなかったらしい。
闘牛等と同じで、「強さが全て」だった様だ。

柔道や空手の様な、門戸を広く開けた武道。
そこには、教育的側面として「道」が必要。

だが、非凡な人間のみが集う特殊な世界。
歌舞伎や相撲の様な世界の人々。
神が与えた彼等の卓越した才。
それを愛でるだけで、良いのではないか。
彼等の人間性や素行を、我々の価値観で測るべきなのだろうか。
結局、我々は「突出した何か」を求めるのだから。



思考遊戯
http://blog.livedoor.jp/siko_yugi/

上記のBLOGで、日記や格闘技、プロレス。
その他、音楽や興味のある対象全てについて書いていました。
ですが、非常にまとまりが無かったので、
格闘技とプロレスについてスポーツナビに移転させます。
今後とも、宜しくお願い致します。

posted by siko_yugi |21:21 | その他格闘技 |
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