2010年06月08日

2人の大石(後編):大石弥太郎(阪急・広島他)

2人の大石の後編は大石弥太郎さんについて。同投手は大分の佐伯鶴城高の出身ですが
同校はカープと縁のある学校ですね。86年優勝時の監督・阿南準郎さんが大石さんの
6年先輩なので、両大石のトレードはその辺の繋がりもあったのかもしれません。

そして、現監督の野村謙二郎も同校の出身で、今季、やはり佐伯鶴城高の後輩・
廣瀬純をスタメンに起用。廣瀬も先輩の期待に応えて好成績を収めています。

2人の大石の交換トレードは67年1月に成立するのですが、この時点で
大石清が通算113勝を挙げていたのに対して、大石弥太郎は5年間でわずかに1勝のみ。
下り坂の清と、上り坂の弥太郎の交換ではありますが、あまりに実績に差がある
2人のトレードですから、反対もあったのではないでしょうか?
(弥太郎投手は前年ウエスタンで13勝0敗の好成績を残していたのだとか)

しかし、カープに移籍した弥太郎投手はここで開花して67年から8年間の在籍で
2ケタ勝利を5度マークして72勝を挙げます。当時の長谷川良平コーチの
アドバイスが功を奏したということですが、この大化けはすごいですね。

そして、74年のオフにトレードで阪急に復帰。この際のトレードは
大石弥太郎・白石静生←→児玉好弘・宮本幸信・渡辺弘基
というもので、両球団のファンの方にも印象的な選手たちを多く含むトレードでした。

銀縁メガネをかけた左腕の白石は先発ローテーション投手として活躍し、
宮本・渡辺も貴重な救援投手としてカープの初優勝に貢献します。
75、76年は一方の阪急も連覇を果たしているのですが、大石さんは2年間で
22試合4勝のみで日本シリーズでの登板はかなわず、77年オフに再びトレード。

今回のトレードは
戸田善紀・大石弥太郎・森本潔・小松健二←→稲葉光雄・大隅正人・島谷金二
というもので、阪急側が一方的に成功・中日側が失敗と好対照な結果となった
トレードとして記憶されています。このブログでも、以前取り上げたことがありますね。

センバツ最多奪三振記録を持つ男
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/38

大石さんは中日で2年間に38試合2勝で、78年シーズン終了後にトレードで
(金銭か無償か不明)南海に移り、2年間で51試合0勝で引退。

日本プロ野球史上でも珍しい同姓選手同士の1対1の交換トレードを経てブレイクした
大石さんが、その後も有名トレードに付随する形で移籍を繰り替えしたというのも
数奇な運命を感じますね。

で、大石さんの流転(?)はこれで終わらず、94年から3年間台湾の統一ライオンズの
監督を務め2度の優勝。さらに98年からは沖縄に移住し、
今年から名桜大という大学で投手コーチを務められているそうです。

昨年「広島東洋カープ60周年記念カード」を発売し、大石さんにもカードにサインを
書いていただいたのですが、その返送の際に丁寧なお便りを添えていただき
大変感激しました。自分も往年の名選手たちを今のファンの方たちに再び紹介する
カードを制作できて、うれしかったですね。
現在もまたある球団の周年ものカードを企画中です。ご期待ください!

広島東洋カープ60周年記念カード
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2009_carp60th/index.html

BBM広島東洋カープ2010
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ベースボールカード「BBM広島東洋カープ2010」発売記念
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2010年06月07日

2人の大石(前編):大石清(広島・阪急)

昨年秋に「広島東洋カープ60周年記念カード」というカードを作ったのですが、
自分もまだまだ知らない事実をいくつも発見できて、大変勉強になりました。

広島東洋カープ60周年記念カード
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2009_carp60th/index.html

そんな中の1つがカープに在籍した大石清・大石弥太郎という2人の大石投手。
大石清投手が40年生、大石弥太郎が43年生と清投手の方が3年年長ですが、
清投手が清水市商から59年に広島入りし、弥太郎投手は佐伯鶴城高から62年に阪急入り。
これが67年の1月になって、両方の大石が1対1の交換トレードとなるのです。

で、今回は大石清投手の足跡について振り返りたいと思います。
最近の方にとっては、大石清さんはいろいろなチームで長く投手コーチを務めた
名白楽として、その名を記憶されていると思います。
通算成績の134勝126敗の数字だけを見ると、それほど突出したものには見えないのですが、
年度ごとの数字に落としてみると、その凄まじさが見えてきます。

60年	60試合26勝13敗 先発39 完了13 341回    防御率2.56⑨
61年	59試合27勝18敗 先発36 完了20 346回1/3 防御率2.44⑨
62年 58試合20勝18敗 先発37 完了13 331回1/3 防御率2.68⑮
63年 48試合10勝22敗 先発30 完了12 218回1/3 防御率4.15⑰
64年 51試合17勝15敗 先発30 完了14 261回1/3 防御率2.92⑩

高卒1年目の59年に9勝10敗の後、2年目の60年から3年連続で20勝して
投球回は毎年300回以上! 正直こんなに爆発的に投げていたとは知りませんでした。
自分の不明を恥じますが、その昔、稲尾和久さんや杉浦忠さんが、
これ以上に投げてものすごい勝ち星を挙げていた例があるので、
大石清さんの数字のすごさがかき消されているのではないでしょうか?

なお「完了」というのは、その試合の救援投手で一番最後に投げた投手に記録される
もので、現在でいえば、チームのクローザーにつくものですが、上記記録を見る限り
スターターを務めつつ、クローザーも兼ねていたという事実が分かります。

いつも参考資料にしている「日本プロ野球記録大百科2004」では、
過去にNPBの公式戦に出場した全選手の年度ごとの成績が掲載されているのですが、
その数字がリーグ最多の場合、太文字で記載されます。
大石さんが爆発的に投げていた60年から63年にかけてはこの太文字が目立ちます。

62年の18敗、63年の23敗はリーグ最多敗戦。
60年からの3年間は毎年100四球以上でリーグの「四球王」。
同60年から4年連続でリーグ最多の自責点を献上しています。
悪い方の数字ばかりが目立ちますが、60年からのチーム順位は4、5、5、6位。
弱体チームの中で孤軍奮闘した様子が見て取れますね。

しかし、もうひとつ呆れるのは、60年から3年連続で300回以上投げていますが
これでもリーグ最多ではなく、60年の26勝、翌61年の27勝も
最多勝ではないのですよ! こんなこともあって、
大石清さんの功績があまり現在に伝わっていないのだと思います。

さすがにこれだけ投げると、大石さんの体もおかしくなったのか、
65年2勝、66年2勝で阪急に移籍。

68年には4年ぶりの2ケタ勝利となる10勝を挙げますが、阪急移籍後は
1度も完投することもなく、先発も6試合のみで、救援登板がほとんどとなります。
しかし、広島時代には夢の夢だった優勝を経験し、67年から3連覇して
日本シリーズでの登板も果たして(3年間で10試合に登板)70年限りで引退。
この年、まだ30歳だったのに…ですよ。

その後は、さまざまなチームで投手コーチを務めます。その履歴を記すと

阪急(72~74)-近鉄(75~76)-広島(77~81)-日本ハム(85~87)-
阪神(88~94)-日本ハム(95~97)-近鉄(99)

という感じで、ほとんど間断なくコーチを歴任されていたのですから
その手腕のほどが分かると思います。
後編ではもう1人の大石、大石弥太郎さんについて書いてみたいと思います。

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2010年06月04日

広島東洋カープ背番号物語「1」

再びカープの背番号物語に戻りまして今回は1番。カープの歴代背番号「1」はこんな感じ。

広島球団歴代 背番号「1」
1950~53	白石勝巳
1953 野崎泰一
1954~58	金山次郎
1959~69	古葉竹識(毅)
1970~74	渋谷 通
1975~78	大下剛史
1979~82	大久保美智男
1983~93	山崎隆造
1994~	前田智徳

一覧して思ったのは監督経験者が3人もいるなあ~ということです。
やはり、いの1番の番号だけに、チームの顔ともいうべき選手が
背負うことが多いからですかね。

初代の白石勝巳さんはプロ野球の草創期から活躍した名遊撃手でしたが
郷里の広島(広陵中出身)に球団ができるということで巨人から移籍し、
創立当初のカープでは「一枚看板」的なスター選手として活躍しました。
53年のシーズン途中に背番号1から30に変更となりますが、
これはこの年の5月から兼任監督となったための措置です。
当時は「監督=30番」が常識だったんですね。

ちなみに白石さんは53~60年に監督を務めたあと63~65年に2度目の指揮を執りますが、
この際に“王シフト”を考案したことでも知られています。

その白石さんから1番を受け継いだ野崎泰一さんはご存知でしょうか。
75年にカープが初優勝した年は、監督が外国人監督のルーツから古葉竹識に
代わったことはよく知られていますが、その間に4試合だけ監督代行を務めたのが
野崎さんでした。この野崎さんも広島出身で、元阪神の藤村富美男さんの
出身校として知られる呉港中の出身で専大を経て、
やはり藤村さんの縁からか阪神入りして活躍した後、広島入り。

この野崎さんは専大の出身なのですが、カープに代々専大出身者が多い(※)のは
野崎さんの縁のような気がしますね。

(※)森永勝也・古葉竹識(中退)・興津立雄・町田公二郎・小林幹英・黒田博樹等

続く金山次郎さんは盗塁王に3度輝き(ただし当時は表彰項目ではありませんでした)
歴代6位の456盗塁をマークした名選手ですので、名前をご存知の方も多いのでは。
小鶴誠・三村勲らとともに中日・松竹などを渡り歩いたことでも知られていますが
球団創設以来、弱体に泣いてきた広島から熱烈なラブコールを受けて
(後援会による「選手獲得1千万円募金」が展開されたそうです)
やはり小鶴・三村らとともに53年にカープに加わります。

ちなみに、三村勲選手は先述の野崎さんと専大でチームメートだったので、
そういう縁もあったかもしれませんね。

そして、その金山さんが57年限りで引退して、背番号「1」を継承したのが古葉竹識。
ご存知V1監督で、現役時代は盗塁王2回で全盛期の長島と
首位打者を争ったこともあった名選手でもありました。

その古葉が70年に南海に移籍して後を襲ったのが渋谷通。
名選手が名を連ねる歴代背番号「1」の中ではかなり目を引きます。
70年に平安高からドラフト2位でプロ入りして、いきなり1番を与えられたのですから
期待の高さがうかがえます。渋谷は甲子園で活躍し
「一本足打法の強打の一塁手」ということで「王2世」と呼ばれていたことから
1番を背負うことになったのですが、広島在籍5年で日本ハムにトレード。

そしてその交換相手の大下剛史が続いて1番を背負います。
この際のトレードは上垣内誠・渋谷通←→大下剛史というものだったのですが
交換相手同士の上垣内(「かみごうち」と読みます)と大下が広島商の同級生だった
というのも奇しき因縁です。そして、カープで二遊間を組むことになった三村敏之は
大下さんの小中高の後輩、幼馴染だったというのも奇遇です。

大下さんは移籍した75年に初の盗塁王を獲得(パ・リーグ時代は福本豊がいたため
盗塁王には届いていなかった)する活躍で広島の初優勝を牽引。
引退後は“鬼軍曹”の異名を取り、厳しい指導で若手選手を育てました。

しかし、カープの1番は白石・金山・古葉・大下と二遊間を守る小柄な俊足選手が
背負う伝統のようなものが感じられますね。

続く大久保美智男も渋谷通と並んで歴代1番の中では実績を残していない選手ですが
彼もまた甲子園で活躍した期待の投手でした。78年夏の甲子園1回戦で優勝候補・
高松商を向こうに回して、延長17回の大熱戦を演じたのをよく覚えています。
この試合、0-0のまま17回裏まで進み、最後は高松商の河地良一がサヨナラ押し出し
死球を投じて大久保の仙台育英が勝利するという劇的な幕切れで終わります。
筆者は香川出身だったので、当時この試合を食い入るようにみつめておりました。

続く山崎隆造も甲子園で活躍した選手でしたね。76年の春の選抜で優勝した崇徳高の
遊撃手(当時のチームメートが現在、早稲田の監督の應武篤良)で
ドラフト1位でプロ入り。当初の背番号は23番で83年から1番に変更して、
打撃ベストテンの常連となります。現在も二軍監督を務められていますが
(03年から名前を「立翔(読みは同じ“りゅうぞう”)」と改められています)
77年の入団以来、一度もユニフォームを脱がれておらず、
今年でカープひと筋34年目というのもすごいですね。
まだ、52歳と若いので、今後監督を務められることもありえると思います。

つづく1番はご存知、前田智徳。カープの象徴的なカリスマ度の高い選手で
将来の監督候補としても期待されていますが、
果たして指導者としてはどうなのでしょうか? 
求道者的で寡黙な彼に指導者としての適性があるのか、どうか?
心配な部分もありますが、彼が黙して語らないので、
われわれはまだ彼の全貌を捉えられていません。その指揮ぶりを通して、
われわれは、初めて彼の野球観や人となりを知ることになるもかもしれません。

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2010年06月02日

ロッテ球団、37年連続「佐藤さん」記録続行中

先月5月7日にロッテの佐藤賢治外野手が日本ハムに無償トレードされたのですが
「そういえば、ロッテって伝統的に佐藤姓の選手が多いよな」と思い
調べてみたところ、意外な事実が判明しました。

ロッテ球団(前身球団を含む)の佐藤姓の選手は下記の通り。

佐藤 平七(50~52) 
佐藤 元彦(66~71) 
佐藤 政夫(71~73途、85~87) 
佐藤 博正(74~79) 
佐藤兼伊知(78~92引、93~07、10~) 
佐藤 和史(80~92) 
佐藤 文彦(84~85) 
佐藤 幸彦(87~04) 
佐藤 賢治(07~10途) 

こう見ると66年から現在まで佐藤姓の選手かコーチが在籍していたように見えますが
73年6月28日に佐藤政夫が中日に移籍してしまったので、翌年、佐藤博正が
入団してくるまで半年間ほど、「佐藤なし」期間があるのが残念ですが、
その74年から今年までロッテには37年連続で佐藤姓のユニフォーム組が
いるということになります。何気に、これはすごい記録なのでしょうか。

ロッテの佐藤姓の選手というと、川崎末期から千葉初期にかけての時期に
佐藤兼伊知、佐藤和史、佐藤文彦と3人の佐藤姓の野手がいたのが印象深いですね。
自分もスコアボードに3人佐藤姓が並んでいるのを見たような覚えがあるのですが、
例えば91年9月8日の釧路(!)で行われた対日本ハム戦では
2番(右)佐藤和史、5番(三)佐藤幸彦、6番(遊)佐藤兼伊知と
3人の佐藤が同時にスタメン起用された試合もあったようです。

今季もユニフォームを着て、ロッテの連続佐藤さん記録を守っている佐藤兼伊知さんも
長いですねえ~。78年から07年まで30年連続でロッテのユニフォームを
着続けていたのですね。で、08~09年は中国で野球を指導されていたそうで、
本年より再び球団に復帰、二軍で内野守備走塁コーチを務められています。
この復帰がなければ、今頃、球団の連続佐藤さん記録が途切れていたかもしれません。
ロッテは今季のドラフトで佐藤姓の選手を指名すべきですね(笑)。

ロッテのチームカードは今月18日の発売予定です。お楽しみに!

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2010年05月21日

広島東洋カープ背番号物語「17」

カープの背番号物語の3回目。順番が前後しますが、今回は背番号17を紹介します。
カープの歴代17番はこんな感じです。

広島球団歴代 背番号「17」
1950	黒川 浩
1951~52	杉浦竜太郎
1953~57	門前真佐人
1958~67	鵜狩道旺(道夫、好応)	
1968~71	植村秀明
1972~73	藤本和宏
1974~76	瀬戸和則
1977~79	皆川康夫
1980~86	山根和夫
1987~89	栗田 聡
1990~92	川端 順
1993~96	佐藤 剛
1997~99	山崎 健
2000	山崎慎太郎
2001	鶴田 泰
2002~	大竹 寛

17番といえば他球団もエース級の投手が背負う番号となっていますが、
カープは現在の大竹が背負うまでなかなか成功選手が出ず、苦労した感がありますね。

初期で目立つのがカープの監督も務められた門前真佐人さん。
阪神の契約第1号選手で、名捕手として知られていますが、
背番号17は阪神時代につけていた番号。阪神はなんでも球団創設時に
選手を「いろは順」に並べて背番号を振ったそうで、門前さんが17番となったのも
単なる偶然だったわけですが、門前さんも17番に愛着があったのでしょうね。

続く鵜狩さんは在籍10年で通算55勝。59年に11勝、64年に9勝、
65年に10勝を挙げていますが、現役を引退する67年にウエスタンで
完全試合を達成しています。この鵜狩さんは西鉄からの移籍組だったのですが
(かつては広島、西鉄間のトレードは多かったですね。
広島、福岡と距離が近いこともあって。
左の変則投手・永射保も広島から太平洋に移籍)
2代あとの藤本和宏も西鉄からの移籍組です。

この選手も不思議な選手で71年にノーヒットノーランを達成し、
この年10勝を挙げ、同年の最優秀防御率のタイトルも獲得します。
藤本の背番号は当初46だったのですが、この活躍もあって翌72年から17に変更。
しかし、以降はまったく勝てなくなり74年に引退。
この71年に挙げた10勝が生涯の勝ち星のすべてで、
その前後1勝もしていないというのも珍しいパターンだと思います。

続く瀬戸も在籍3年で未勝利。当時買っていたケイブン社の選手名鑑で
「岩手訛りが残る」と書かれていたのを覚えています。

その次の皆川康夫は日本ハムからの移籍組で71年の新人王。
この皆川が絡んだトレードが大変豪華なメンツだったのを覚えています。
佐伯和司・宮本幸信・久保俊巳←→新美敏・鵜飼克雄・皆川康夫・内田順三という
大型トレードで、日本ハムの新美・皆川は新人王受賞者で鵜飼はドラフト1位だったの
ですが、この3人が揃いも揃って、さっぱりだったのには驚きでした。
結局オマケのようについてきた内田が一番活躍し、
現在も打撃コーチを務められているのですから、皮肉なものです。

続く山根は日本シリーズでの好投が印象深いですね。
久方ぶりの成功選手となりましたが、その後はまたあやしくなってきます。
しかし、その後、4代続けて1文字名前、1人挟んでまた2代1文字名前というのは
偶然ではありますが、面白いですね。

現在球団の編成グループ長を務める川端順さんが17番よりも、その前につけていた
33番のイメージが強いのですが、現役の最後3年間は17番を背負いました。

続く佐藤剛はドラフト1位ながら1勝のみ。
山崎健は96年に9勝して68番から17番に昇格しますが、
17番を背負った4年間は0勝で、00年、テスト入団の山崎慎太郎が背負いますが
1年限り。01年は中日から移籍の鶴田泰が背負ったものの、
02年はドラフト1位の大竹が17番となります(鶴田は21に変更)。
大竹は当時から有名な投手でしたが、ここしばらく17番の成功選手が出ていないので
心配しましたが、ここまでは順調に来ていますね。
今季は出遅れているものの、鵜狩さんの通算55勝超えは間違いないのでは?

BBM広島東洋カープカード2010は5月28日の発売!

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5月23日には下記のような先行発売イベントもあるので、
お近くの方はお出かけください!

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BBM SPORTS CARD 野球BBMカード20周年! 「BBM広島東洋カープ2010」先行発売
☆スタジアムカードフェスタ 開催☆
【開催日時】2010年 5月23日(日)15:00 ~ 3回裏終了まで
※VS西武ライオンズ 18:00試合開始

【場所】MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島 グッズヴィレッジテント内
※雨天にて試合中止の場合は、販売中止となります
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2010年05月21日

広島東洋カープ背番号物語「16」

2回前のブログで高橋直樹さんのことを書きました。

日本ハム球団歴代リーダーズ(投手編)~哀愁の高橋直樹
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/177

弱小時代の日本ハムを支えたのに、81年の優勝の際にはハムにいなかった
という悲劇を書いたのですが、その際に思い出したのが広島の安仁屋さん。
安仁屋さんも68年に23勝を挙げるなど、低迷期の広島を支えたのですが
75年のカープの初優勝の際には阪神にトレードされて、在籍していなかったんですよね。

いまや「ROOKIES」の安仁屋恵壹の元となったことで知られるようになった
安仁屋さんですが、弱かった頃のカープで外木場さんとともに頑張っていました。
「あにや」に「そとこば」なんて、広島は珍しい名前の選手が多いなあ~と
思ったものでしたが、安仁屋さんは沖縄県初のプロ野球選手として有名な方でした。
05年にコーチとして復帰された際はヘミングウェイばりの白ヒゲをはやされていて
驚きましたが、かっこよかったですね。現役時代もヒゲを伸ばしていたらよかったのに
と思いましたが、昭和40年代の日本では、ヒゲを伸ばす習慣がなかったですからね。

で、話を背番号の話に移しますが、その安仁屋さんが背負っていたのが16番のですが
後年、前述した高橋直樹さんがつけていることに気づいて、ちょっとびっくりしました。

広島球団歴代 背番号「16」
1950~51	武智 修
1952 萩本 保
1953~55	片山 博
1956	栄屋悦男
1957~62	備前喜夫
1963	島原幸雄
1963~74	安仁屋宗八	
1975~80	三輪 悟
1981~82	高橋直樹
1982~85	古沢憲司
1986~94	長冨浩志
1995~2002	山内泰幸
2003~04	デイビー
2005~06	森 跳二
2007~09	宮崎充登
2010~	今村 猛

安仁屋さんは75年に阪神に移籍するのですが、その年、5年ぶりの2ケタ勝利を挙げ
防御率1.91で最優秀防御率のタイトルを獲得したのですが、
古巣への意地だったのでしょうか。

安仁屋さんの背番号16は、交換相手の若生智男さんではなく太平洋から移籍してきた
三輪悟さんが背負います。初優勝の75年には中継ぎで活躍されたので、
ご記憶の方も多いでしょう。引退後は長く球団広報を務められていました。

実は80年になって安仁屋さんは広島に復帰されるのですが、三輪さんが16番を
つけていたことから、1番若い15番を背負うことになります。

80年限りで三輪さんが引退され、16番が開いたので再び安仁屋さんがつければ
よかったようなものですが、15番の安仁屋さんのユニフォームがもったいなかったのか
15番はそのままで、16番は江夏豊とのトレードで日本ハムから移籍してきた
高橋直樹が背負うことに。こんなところで、悲運の2人が交錯していたのですよ。

しかし、高橋直樹さんは広島の水が合わなかったのか、82年シーズン途中に
西武に移籍。代わって西武からやってきた古沢憲司さんが16番を背負います。
2代続いて他球団でエース格だった投手が背負ったわけですが、
続く長冨浩志、山内泰幸は2代続けての新人王となります。

その後は外国人投手のデイビーを経て、森、宮崎と短期で背番号が変わっていますが
今年からこの背番号を背負っているのがルーキーの今村猛。
今村はカードコレクターの間では、ものすごく人気が高いのですよ。
将来必ず大成して、ルーキー時代の今村のカードが値上がりするはず!
とコレクターたちは期待しているのです。今村選手の活躍に期待したいですね。

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【開催日時】2010年 5月23日(日)15:00 ~ 3回裏終了まで
※VS西武ライオンズ 18:00試合開始

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※雨天にて試合中止の場合は、販売中止となります
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2010年05月20日

広島東洋カープ背番号物語「18」

日本ハムに続いて広島東洋カープのチームカードが発売となります。
今回、インサートカードとして制作したのが同じ背番号を背負ったOB選手と
現役選手をカップリングし、カード裏面にその背番号を背負った歴代の選手の
一覧表を掲載するという、おなじみの企画カードです。

今回は鯉のマークが箔押しとなっているのですが、細かいウロコなんかもきれいに
出ていて、なかなかいい感じですよ~。通常版は今回掲載している赤色の箔が
使われているのですが、150枚限定で銀箔版、50枚限定で金箔版もあります。
「赤鯉」「銀鯉」「金鯉」を全部そろえたらなかなか壮観です。

で、今回ご紹介するのは現役のエース・前田健太と中継ぎなどで活躍した白武佳久
(現スカウト)を組み合わせた背番号「18」。

少し前に出たベースボールマガジン 5月号の背番号特集号で現役時代にやはり
18番を背負った佐々岡真司さんと前田健太の対談が掲載されているのですが、
その扉のページに掲載されていた「(18番は)必ずしもエースナンバーとして
受け継がれてきたわけではない」という記述が気になりました。

ベースボールマガジン 5月号
http://www.sportsclick.jp/magazine/baseball-q/1005/index.html

カープの歴代背番号「18」は下記の通りなのですが、長谷川良平から福士敬章の間の
西川克弘、長島吉邦、平岡一郎あたりの活躍が芳しくないことから、
そのような記述となったのでしょうね。

■広島球団歴代 背番号「18」■
1950	竹村元雄
1950	小前博文
1951~63	長谷川良平
1964~72	西川克弘
1973~75	長島吉邦
1976	平岡一郎
1977~82	福士敬章(松原明夫、福士明夫)
1983~89	白武佳久
1990~07	佐々岡真司
2008~	前田健太

長谷川良平さんといえば、球団草創期のカープを支えた大エースであり、
永久欠番になってもおかしくないような18番を継いだ西川克弘なる投手。
自分も全然存じ上げない方なのですが、10年近く、その栄光の18番を背負いながら
ほとんど実績を残していない(広島に9年在籍してわずか5勝)のを不思議に思っていた
のですが、今回調べてみて、意外な大事件の当事者であったことを知って驚きました。

同選手は関西大の出身で1年春にノーヒットノーランを達成するほどの投手で
同大の春秋連覇に貢献するのですが、なんと秋のリーグ戦中に広島と契約していた
ことが発覚、大騒動となって関大は秋の優勝を辞退することになったのでした。
その後、西川投手とその両親が契約の無効を主張して広島球団を告訴するなどしましたが
最終的には同投手は広島入りします。当時は「西川事件」と呼ばれていたそうですが、
同投手がプロ入り後あまり活躍しなかったこともあって、
現在では忘れられてしまっているようです。

この西川投手、1年目はフレッシュオールスター(当時はジュニアオールスター)の
MVPに選ばれたり、2年目にはウエスタンでノーヒットノーランを達成するなど
大器の片鱗を見せるのですが、一軍では1年目に3勝を挙げたのが目立つ程度で
広島で在籍9年165試合5勝13敗で73年に南海に移籍して引退。

この西川投手、2つのジンクスに引っかかっているのが気に掛かりました。
というか、その2つのジンクスの起点になっているような…。

そのジンクスというのは
「フレッシュオールスターのMVPは大成する(ただし広島は除く)」と
「二軍でノーヒットノーランを達成した投手は大成しない」というものです。

フレッシュオールスターのMVPはイチローをはじめ大島康徳、青木宣親など
成功選手が多いというのは、みなさんも聞いたことがあると思います。
下記で、その一覧が見れるのですが、
このジンクスには「ただし広島は除く」という不吉な但し書きがつくのです。

フレッシュオールスター
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC

カープのMVP選手は下記5名と例が少ないのですがその成績はというと…

西川克弘	165試合 5勝13敗
朝山東洋	152試合49安打
ケサダ		34試合19安打
河内貴哉	 91試合14勝26敗	※今季から育成選手
中東直己	 37試合15安打	※現役(成績は09年終了時点)

とまあ、現役選手もいて申し訳ないのですが、
広島に限って成功選手が出ていないのが、不思議な感じがしますね。

「二軍でノーヒットノーランを達成した投手は大成しない」というものに関しては
このジンクスを確認すべく資料をあたっても、二軍のノーヒットノーラン記録が
どこにもなくて、大変苦労しました。現在判明しているのは下記の通りですが
ご協力いただいたみなさま、ありがとうございました。
しかし、しっかり裏が取れているわけでもないので、間違いがあったらごめんなさい。

■イースタン■ 
62年 山崎 正之(巨人)*
68年 渡辺 秀武(巨人)
70年 岩崎 清隆(大映)
71年 横山小次郎(ロッテ)
76年 塩月 勝義(巨人)
82年 芝   正(日本ハム)
83年 小俣  進(ロッテ)
84年 香田 勲男(巨人)
86年 田中  学(日本ハム)
87年 増本  宏(大洋)*
89年 松谷竜二郎(巨人)
91年 今野 隆裕(ロッテ)
92年 松谷竜二郎(巨人)
93年 竹下  潤(西武)
94年 山部  太(ヤクルト)
99年 入来 祐作(巨人) 
01年 小野  仁(巨人)
02年 厚澤 和幸(日本ハム)
04年 久保 裕也(巨人)
04年 江尻慎太郎(日本ハム)
05年 加藤 康介(ロッテ)*

■ウエスタン■
65年	西川 克弘(広島)
67年	鵜狩 道夫(広島)*
68年	城野 勝博(広島)
84年	大坪 幸夫(南海)
88年	伊藤 敦規(阪急)
93年	太田  貴(阪神)
96年	高橋  建(広島)
98年	谷内 聖樹(近鉄)
08年	若竹 竜士(阪神) 

これは一軍でもノーヒットノーランを達成して通算118勝の渡辺秀武、
通算67勝の香田勲男、通算66勝(成績は昨年終了時点)で現役の高橋建など、
例外も多々ありますが、このジンクスも今のところ
なんとなく当てはまっているような気がしますね。

現在なら期待されて入団して、いい背番号をもらっても、数年不振が続くと
背番号を変更されたりするものですが、当時はそういう考え方はなかったんでしょうね。
おそらく、当時は同じユニフォームを何年も着ていたでしょうから、
経済的な理由から、背番号変更はあまり行われなかったのだと推測します。

続く長島吉邦さんは72年秋のドラフト4位で新日鉄名古屋から加入したのですが
4位で18番というのは破格の待遇ですよね。

同年1位の池谷公二郎さんは1年遅れで入団して翌74年に背番号11をつけます。
もしも、すんなり73年に入団していれば池谷さんが18番を背負ったかもしれません。

当時は巨人の長嶋さんもまだ現役で「広島にもナガシマが入った」と少し話題に
なったものの9試合0勝1敗で75年限りで引退。その後は打撃投手や
スコアラーとして長く活躍されています。

続く平岡一郎さんは大洋に長く在籍され、「王キラー」とも称されましたが
「左のワンポイント」という役割で、18番を背負うと聞いて驚きました。

その後、この番号がエースナンバーとしてよみがえり、
現在の前田健太につながっているわけですよ。

BBM広島東洋カープ2010は5月28日の発売!

BBM広島東洋カープ2010
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2010_carp/index.html

5月23日には下記のような先行発売イベントもあるので、
お近くの方はお出かけください!

BBMカード20周年! 「BBM広島東洋カープ2010」先行発売
☆スタジアムカードフェスタ 開催☆ 
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2010_event/021/index.html
BBM SPORTS CARD 野球BBMカード20周年! 「BBM広島東洋カープ2010」先行発売
☆スタジアムカードフェスタ 開催☆
【開催日時】2010年 5月23日(日)15:00 ~ 3回裏終了まで
※VS西武ライオンズ 18:00試合開始

【場所】MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島 グッズヴィレッジテント内
※雨天にて試合中止の場合は、販売中止となります
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2010年05月19日

張本勲、15年連続ベストナインならず

日本ハムカードをご紹介する4回目。再びタイトルホルダーカードを紹介しますが、
今回は昨年ブレイクした糸井嘉男選手。糸井選手はベストナインとゴールデングラブ賞を
W受賞しましたが、同選手の裏には日本ハム球団の歴代ベストナイン外野手を、
同じくベストナインとゴールデングラブ賞をW受賞した稲葉篤紀選手の裏には
日本ハム球団の歴代ゴールデングラブ賞受賞外野手の一覧を載せています。

50年余にわたるベストナインプレーヤーの一覧なので、すごいことになっていますが
それにしても目立つのが「張本 勲」の文字。外野手としては史上最多の16回
(日本ハムで14回、巨人で2回)ベストナイン外野手に選ばれているのですが、
よくよく見ると60年から74年の間で71年だけベストナインに選ばれていないのですよ。
この71年にも受賞していれば15年連続となっていたのですから、これは惜しい…。

で、さらに、67年から70年まで4年連続で首位打者を獲得していたのに
この年は打率.313でリーグの7位と5年連続の首位打者を阻止されてしまいます。
翌72年は首位打者に返り咲いているので、71年も1位になっていれば
6年連続の首位打者となっていたのですが…。

では、その71年のベストナイン外野手と張本さんの成績の差を調べてみると…

長池徳二(急)	151安打40本塁打114打点、打率.317(リーグ 4位)
アルトマン(ロ)	124安打39本塁打103打点、打率.320(リーグ 3位)
門田博光(南)	152安打31本塁打120打点、打率.300(リーグ11位)

張本 勲(東)	150安打26本塁打 78打点、打率.313(リーグ 7位)

とまあ、こんな感じで受賞した3人はともに30本塁打100打点をクリアしているので
この選考は妥当と言わざるを得ないでしょうね。

71年の前年、71年の張本さんは打率.383という当時の日本記録となる高打率で
4年連続の首位打者に輝いていたのですが、それが打率を7分も落としたというのは
何かあったんですかね? そう思って、週刊ベースボールのバックナンバーを
パラパラ見てみましたが、パラパラ見たぐらいでは不振の原因は見つからず…。

しかし、打率.313で、どーしちゃったの? と思われるわけですから、
やっぱり張本さんはすごかったんですよ!

北海道日本ハムファイターズのチームカードは今月21日の発売。
本日も下記のような先行販売イベントが企画されておりますので、
お近くの方はおでかけください!

BBMベースボールカード『北海道日本ハムファイターズ 2010』発売記念!
札幌ドーム カードショー
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2010_event/020/index.html
連覇へ、反撃開始! ファイターズのベースボールカード2010年版が登場!
2日間限定のスペシャルカードがもらえる特別企画
『チャレンジカード キャンペーン』&『豪華景品が当たるお楽しみ抽選会』
【日時】2010年 5月18日(火)& 5月19日(水)
【販売場所】札幌ドーム内 各グッズ売店

BBM北海道日本ハムファイターズ2010
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2010_fighters/index.html
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2010年05月18日

日本ハム球団歴代リーダーズ(投手編)~哀愁の高橋直樹

日本ハムカードの3回目はファイターズ二軍のマスコット、
カビーの裏に記載した球団歴代リーダーズ一覧の投手編です。

ここでは62年日本シリーズのMVP・土橋正幸さん、
70年代の低迷期を支えたアンダースローの高橋直樹さんの名前が目立ちます。

日本ハム球団(前身球団を含む)の通算最多勝投手はその土橋さんなのですが、
その数字は162勝であり、この球団には200勝投手がいないんですね。
最近新設された楽天球団を除くと、どこのチームにも200勝球団はいるのですが
ファイターズだけいないのです。こんなところにも同球団の苦悩の歴史が垣間見えます。

土橋さんは61年に30勝をしたのを筆頭に20勝以上を5回マークしていますが、
それは58年から64年の7年間にマークしたもので、通算162勝のうち、
その7年間で147勝を挙げているのですね。年平均21勝!
ですから、ピークの期間はすごく短く、土橋の衰えとともにチームも衰退期を迎えます。

土橋さんは優勝も経験し、栄光の時代があったわけですが、
次代のエース・高橋直樹さんの方は悲惨です。

入団した68年から10年連続でBクラスで、ようやくチームが上向いてきた80年のオフに
広島にトレードされ、81年のファイターズの優勝に立ち会えなかったのです。

80年はスーパールーキー・木田勇が入団し、22勝を挙げる大活躍でMVPを受賞。
そのオフ「直樹、来年こそ優勝だ! 頼むぞ」と大沢啓二監督ら球団首脳と
次シーズンの優勝を誓い合った数日後に、水面下で進めていた江夏豊(広島)の
交換相手として直樹さんが指名され、大沢親分も大変困ったと自著で書かれていました。

バックが弱かった時代に懸命に投げ、12年間で138勝を挙げた功労者が
日本ハム球団てなってからは初となる優勝を遂げたその場面にいないなんて、
神様もなんと無慈悲なことをするのか…。

他で目を引くのは前々回のコラムでも取り上げた
白木義一郎さんの目を見張るような記録ですね。

シーズン44完投というのはものすごい記録ですね。
その47年は年間119試合だったそうですから、1/3強は白木さんが完投していたのですよ。
このシーズン完投の日本記録は同じ47年の別所昭(のち毅彦)の47で、
白木さんのこの記録は歴代2位タイ、さらに前年の46年は43完投でこれが歴代4位タイ
というのですから、すごいですね。シーズン最多投球回の440というのは
現在の軽く2年分ですね。しかし、この440回はNPB史上では8位であり、
日本記録は林安夫(朝日)という投手の541回1/3(42年)なんですね。
その辺のくだりは下記の回で触れているのでご参照ください。

野口二郎(セネタース・翼・大洋・西鉄-阪急)
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/64

長い低迷期を脱して黄金期を迎えつつある日本ハム球団ですが、
今後、土橋さん、高橋直樹さんの記録を塗り替える投手が現れるでしょうか?
しかし、FA制度ができてから選手の流動が激しくなり、
1球団に留まることが珍しくなったので通算記録を更新することが難しくなりましたね。
ダルビッシュがずーっと日本ハムで投げ続ければ球団史上初の200勝投手も
夢ではないと思うのですが…。

北海道日本ハムファイターズのチームカードは今月21日の発売。
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2010年05月17日

日本ハム球団歴代リーダーズ(打者編)~死球が多かった加藤俊夫

さて、日本ハムカードの2回目。ファイターズにはB★BとC★B(カビー)という
2体のマスコットキャラがいるのですが、例年、そのカードも作っています。
B★B、C★Bともに人気者ですからね。

選手のカードの裏面にはその選手のプロフィールや成績などが細かく載っているのですが
マスコット2人には簡単な設定ぐらいしかないので、
毎年裏面に何を入れようか頭を悩ませています。
裏面にチェックリストを入れたり、一軍・二軍のチーム成績を入れたりしているのですが
今年はチームの通算とシーズンの最高成績を残した選手の一覧表を載せました。
B★Bの裏面には打撃部門、C★Bの裏に投手部門のリーダーズ一覧が掲載されています。

さて、その打撃部門の通算記録では、NPB唯一の3000本安打打者・張本勲さんと
日本ハムひと筋22年の“ミスター・ファイターズ”田中幸雄現コーチの名前が目立ちます。

そんな中で見慣れない名前が最多出場のシーズン記録(152試合)を持つ松岡雅俊。
この年は史上最多のシーズン154試合が戦われたのですが、
同選手は2試合に欠場したのみ。
現在は144試合制となっており、今後これ以上試合数が増えることは考えにくいので
この球団記録は限りなくアンタッチャブルに近いような気がします。

この松岡雅俊さんという方は自分も存じ上げない選手だったのですが、調べてみると
あの“怪童”中西太さんの高松一高時代の同級生で、甲子園にも3度出場し、
その後、早大に進学。中西さんが早大への進学を希望しながら、争奪戦に巻き込まれ、
泣く泣くプロ入りを決めたというのは有名な話ですが、松岡さんはその早大に進んで活躍、
56年に日本ハムの前身・東映入りを果たしたのだそうです。
ルーキーイヤーの56年は主にサードに入って128安打6本塁打48打点、打率.237と活躍。
しかし、松岡さんがレギュラーだったのはこの年のみで、
以降は内野の控えに回って実働6年で引退。
ちなみに、この56年は高橋の佐々木信也と西鉄の稲尾和久が新人王を争った年ですが、
佐々木は同シーズン全154試合に出場。
新人王を獲ったのは21勝を挙げた稲尾だったのですが、
この年の被本塁打2のうち最初の1本を打ったのが、この松岡さんだったそうなのです。

最多死球の球団記録を持つのが70年代の正捕手・加藤俊夫というのも意外ですね。
ちなみに、張本さんは在籍17年で64個。67年に死球10で同年のリーグ最多でしたが、
それ意外の年はそれほど目立って多くはありません。迫力のある張本さんに気圧されて
厳しいところをつく投手が少なかったのでしょうか?

この加藤俊夫さんは、66年秋の2次ドラフト1位でヤクルトに入団。
入団2年目の68年に11本塁打、翌69年も13本塁打と活躍したのですが、
70年のシーズン途中に無免許運転で逮捕され、無期限出場停止処分を受け、
同年終了後に解雇。その後1年のブランクを経て72年に東映で復帰し
オールスター出場も4度、77年にはベストナインとゴールデングラブ賞をW受賞する
パ・リーグを代表する捕手に成長します。
捕手を務める選手は対戦チームから報復の的にされ、
死球を受けることがままあるのですが、それにしても加藤さんの死球は多く
通算116死球はNPB史上歴代7位の記録となっています。
その上の6位は野村克也の122死球なのですが
これは通算3017試合でマークしたもので、
加藤のそれは約半分の1507試合でのものなので、
その多さが分かると思います。加藤さんはガッツ溢れるタイプの選手でしたから、
死球を恐れないところがあったのかもしれません。

日本ハムという球団は前身の東映時代を含め弱小だった期間が長かったチームで
(球団創設の46年から05年にかけて優勝わずか2回!)成績の通算リーダーズのメンツが
なかなか変わらないチームだったのですが、近年急速に強豪化しており
(ここ4年で3度の優勝!)今後は、それが大きく塗り変わっていくかもしれませんね。

北海道日本ハムファイターズのチームカードは今月21日の発売です。
明日から、下記のような先行販売イベントが企画されておりますので、
お近くの方はおでかけください!

BBMベースボールカード『北海道日本ハムファイターズ 2010』発売記念!
札幌ドーム カードショー開催決定
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2010_event/020/index.html
札幌ドーム カードショー開催決定2日間限定のスペシャルカードがもらえる特別企画
『チャレンジカード キャンペーン』&『豪華景品が当たるお楽しみ抽選会』

【日時】2010年 5月18日(火)& 5月19日(水)
【販売場所】札幌ドーム内 各グッズ売店

BBM北海道日本ハムファイターズ2010
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