2007年08月30日
真田重蔵って知ってる?
昨日のブログで書いた「プロ野球コーチから高校教師に転身した人物を描く実話を 元にしたドラマ」の件、近年話題になった例というと高畠導宏さんしかいないので おそらく間違いないとは思うのですが、ひょっとしてはるか昔の真田重蔵さんとか じゃないだろうな? と思ってちょっと調べてみたのです。 みなさんは、真田重蔵さんってご存知ですか? 同選手は殿堂入りもしており、ノーヒットノーランも2回達成、 2リーグ分立の1950年には年間39勝を挙げて松竹ロビンズの初優勝にも 貢献した大選手ですが、現役引退後の63年には大阪の明星高の監督として 夏の甲子園で優勝を果たすという珍しい経歴の持ち主なのです。 (真田さんは選手としても戦前に優勝経験あり) その真田さんが高校野球の監督になる前にコーチ経験があるかも? と思って 調べてみたのですが、同選手は現役引退後はコーチにならず、評論家から 高校野球の監督となり、それ以前にコーチ経験はなかったようです。 ところが、ここで新発見ですよ。通算178勝を挙げた真田さんですが、 現役最後の56年は、なんと「内野手」登録であり、 この年は野手一本で通していたのですね。びっくりです。 で、真田さんは打撃が良いことでも知られていたそうで50年から52年にかけては 規定打数不足ながら、3年連続で打率3割もマークしているのです! 50年 松竹 73試合54安打、打率.314 投手61試合 51年 松竹 39試合19安打、打率.317 投手24試合、三塁2試合 52年 阪神 78試合41安打、打率.318 投手38試合 と、いずれも守備機会よりも出場試合数の方が多いので 投げない時にはしばしば代打として登場していたのでしょう。 今秋のドラフトの最大の目玉、中田翔選手がプロでも投打二刀流を目指したいと 希望を述べていますが、今から半世紀前には、こういう選手もいたのですね。 で、改めて真田さんの生涯成績を見てみると、日本記録をやたら持っており、 それがすべて46年のパシフィック在籍時に達成されているのです。 シーズン最多被安打422 2006年最多=三浦大輔(横)227 シーズン最多失点202 2006年最多=一場靖弘(楽)103 シーズン最多自責点163 2006年最多=一場靖弘(楽)94 ゲーム最多被安打22 とまあ、おおむね、現在の最多記録の倍ぐらいの数字なのですが、 それもそのはず、このシーズンの真田さんは現在のローテション投手の倍に当たる 投球回数464回2/3(昨年の最多は三浦大輔の216回2/3)を投げているのです! この投球回数は42年の林安夫(朝日)の541回1/3、 同年の野口二郎(大洋)の527回1/3に次ぐ、史上3位の記録なのです。 400回でも驚くのに、それを上回る500回以上投げた投手が2人もいたのですね。 (この記録については、下記の回のブログでも言及しています) http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/64 この年のパシフィック球団は8チーム中7位タイの最下位であり、 真田が25勝26敗、筒井研一が13勝18敗、湯浅芳彰が3勝12敗で全42勝中、 この3人で41勝を挙げているので、ほとんどこの3人でまかなっていたわけです。 そんなわけでこの年の真田投手の成績は63試合(リーグ最多)で 43完投(リーグ最多、史上4位タイ)、25勝(リーグ2位タイ)26敗(リーグ最多)、 464回2/3(リーグ最多)、被安打422(リーグ最多、史上最多)、 与四球205(リーグ最多)、200奪三振(リーグ最多)、防御率3.15(リーグ12位) というすさまじい成績を残したのです。 真田さんは甲子園の優勝監督となった翌年からプロにコーチとして復帰、 東京、阪急、近鉄で81年までコーチを務められました。 当時、選手名鑑を見て、随分お爺ちゃんのコーチだなあと思ったものですが、 81年時点で58歳ですから、まだ還暦前だったのですね。 そして、その真田重蔵(さなだ・じゅうぞう)という戦国武将か忍者のような 名前にもインパクトがありました。 真田さんについては50年の松竹優勝時にMVPを受賞できなかったために いざこざがあった(MVPは本塁打と打点の二冠王の小鶴誠)というエピソードが 有名ですが、他にもいろいろあった方なんですね。 ちょっと調べていたら、そんなエピソードが見つかったので、書き留めてみた次第です。
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posted by しゅりんぷ池田 |11:51 |
野球 |
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