2007年05月29日
7月発売の予定で西武ライオンズのカードを作っています。
ベースボール・マガジン社では12球団のチームごとのカードを作っているのですが、
このチームシリーズでは基本的に登録全選手をカード化しています。
僕もいろいろなチームのカードを手掛けてきましたが、
今回初めてライオンズのカードを担当することになりました。
先日も西武球団の選手の育成能力の高さについて書いたところですが、
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/58
ライオンズの選手層は本当に厚いですね。
選手も70名ほどにもなってくると、「これだれだっけ?」という選手が少なからず
出てくるものですが、例えば、西武の外野手13名は、わたしも全員知っていますし、
ほとんどの選手が一軍でそこそこの実績を残している選手なのです。
0 大﨑雄太朗 東都大学で史上13人目のリーグ100安打を達成
2 柴田博之 01年113試合93安打20盗塁。元騎手の柴田政人が叔父
5 和田一浩 05年の首位打者。02年から3年連続で30本塁打以上
9 赤田将吾 選手会長。05年116安打、打率.272。06年132安打、打率.293
10 佐藤友亮 04年105試合97安打、打率.317。慶応高-慶大という経歴で頭も良い
39 貝塚政秀 04年112試合118安打75打点、打率.307(リーグ11位)。元捕手
44 高山 久 00年のドラフト1位。二軍通算56本塁打の長距離砲
46 G.G.佐藤 07年46試合49安打13本塁打、打率.304
51 大島裕行 03年96試合78安打33打点、打率307。今季は代打で5打数連続安打
52 栗山 巧 05年84試合85安打10本塁打、打率.297
53 福地寿樹 昨年広島より移籍。06年91試合85安打25盗塁、打率.289
58 松坂健太 西武の「もう一人の松坂」「まつざか」ではなく「まつさか」
65 内田和也 今季ヤクルトより移籍。01年夏の甲子園で優勝した日大三高の三番打者
今季の西武の外野、お気づきでない方も多いかもしれませんが、
実はチームリーダーのセンター・赤田が開幕からケガのため欠場しており
今季は(左)和田、(中)福地、(右)G.G.佐藤という布陣が基本線となっています。
そして、4年目のG.G.佐藤が大爆発しているわけですが、
赤田が万全なら、G.G.は今年も控えだったはずです。
福地にしたって広島在席時には代走・守備固めのイメージしかなかったのに
(広島の12年間で80安打<06年85安打!)
ライオンズでこれほど活躍するとは思いもしませんでした。
西武球団の編成の目の高さはすごいです。
このように外野のレギュラーが流動的なのは今に始まったことではなく、
80年代から90年代の常勝期でも秋山幸二、平野謙が固定されていた以外は
金森永時、田尾安志、岡村隆則、西岡良洋、安倍理、ブコビッチ、吉竹春樹、
羽生田忠克、笘篠誠治、大塚光二ともうとっかえひっかえ選手を使っておりました。
100点満点の正選手を固定して使うよりも、70点ぐらいの選手をローテーションで使う
というのがライオンズのチーム編成の根幹にあるのでしょうか。
100点満点の選手でも、スランプに陥ったり、ケガで出場不能になる場合もあるので
企業経営的にはその方がリスクが少ないのかもしれませんが、
個々の選手の魅力を削いでいるような気もするんですよねえ~。
posted by しゅりんぷ池田 |11:38 |
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2007年05月19日
今月から隔月刊となった「ベースボールマガジン」の新しい号のテーマは「監督」。
http://www.sportsclick.jp/magazine/baseball-q/0707/index.html
同誌で恒例となっている綱島理友さんとえのきどいちろうさんの対談で
綱島さんが「意外と名監督を生まない球団もあって、ベイスターズがそれ。
生え抜き監督が育たない」という趣旨の発言をされていて(綱島さんは横浜ファン)
日本ハムファンのえのきどさんが「日ハムもそうですよ」とつないでいます。
そう、両球団とも生え抜き選手の監督はうまく行っていないですね。
大洋・横浜では60年初優勝時のメンバー、秋山登・土井淳・近藤昭仁が
監督を務めましたが、いずれも成績を残せず短命政権に終わっています。
以前、往年の大洋のエースだった平松政次さんにインタビューした際に
「たくさんの監督に仕えられました(18年の選手生活でのべ8人!)
が、どの監督が印象に残っていますか?」という質問をしたところ、
「秋山さんなんかは大監督という雰囲気を持たれていたよ。
もっと長くやられていたら…」と残念そうに語られていました。
(ちなみに平松さんは岡山東商で秋山さんの後輩。
そして、球団歴代の最多勝利投手である
平松さんが横浜の監督に迎えられていないのもまた不思議ですが…)
75年に大洋の監督に就任した秋山さんでしたが、
1年目は長嶋巨人の最下位の上の5位(勝率.425)で、
2年目に最下位(勝率.366)だと、翌77年に二軍監督に降格されるという屈辱!
大洋ホエールズを支えた大エースに対する処遇がこれとは…。
弱いチームの常ですが、目先の勝利に拘って、
監督の首のすげ替えばかりやっていてチームが落ち着かず、
また成績が落ち込むという悪循環に陥りがちです。
例えば、後年「悲運の名将」と呼ばれた西本幸雄さんが阪急の監督に就任したのが
63年で、その年から6位→2位→4位→5位と来て5年目にようやく優勝したのです。
近いところでは、ソフトバンクの王監督がダイエーの監督に着任したのが95年で、
その年から5位→6位→4位→3位で、やはり5年目に優勝を遂げるのです。
球団に功績があった秋山さんや土井さんなら、やはり5年ぐらいの猶予は欲しかったですね。
そして、一方の日本ハムはというと、生え抜き監督自体がほぼ皆無。
前身の東映出身の土橋正幸が92年に1年だけ監督を務めたきりです。
このチームは有力な生え抜き選手が晩年にトレードに出される悪しき習慣があり
生え抜き監督自体が生まれにくい状況にあります。
例えば、東映時代からのエースだった高橋直樹は81年に広島に移籍
(江夏豊との交換。西武、巨人を経て86年で引退)、
80年のMVP、木田勇も86年に大洋に移籍、90年に中日で引退、
81年の優勝メンバーでは大宮龍男が88年に中日に移籍、92年に西武で引退、
高代延博も89年に広島に移籍して引退、
島田誠も91年にダイエーに移籍して引退、
古屋英夫も91年に阪神に移籍して92年に引退、
10代で開幕投手を務めた津野浩も92年に広島に移籍して97年にロッテで引退、
現ヘッドコーチの白井一幸も96年にオリックスに移籍して引退、
田村藤夫も96年にロッテに移籍して98年にダイエーで引退、
88年のドラフト1位、武田一浩も96年にダイエーに移籍して、02年に巨人で引退
89年のドラフト1位、中島輝士も96年に近鉄に移籍して98年に引退、
トレンディーエース、西崎幸広も98年に西武に移籍して01年に引退、
井出竜也も04年に巨人に移籍して06年にソフトバンクで引退、
芝草宇宙も06年にソフトバンクに移籍して本年は台湾でプレー中
と有力選手がことごとくチームを放れています。
これでは生え抜き監督が生まれるはずがありません。
現ヘッドコーチの白井一幸、そして先日2000本安打を達成した田中幸雄選手あたりの
監督起用があるでしょうか? 期待しています。

posted by しゅりんぷ池田 |00:03 |
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2007年05月10日
ベースボール・マガジン社の新しいムックシリーズ「野球彩色」の第1弾、
「高卒ルーキーの光」が素晴らしく面白いです。
http://www.sportsclick.jp/magazine/baseball/mook476/index.html
98ページで980円(1ページ10円!)とそんなに厚くないのですが
3000円分ぐらい楽しめたので、是非ご一読ください。
その中の岡江昇三郎のコラムで近年高卒1年目で活躍したのは
清原和博、近藤真一、立浪和義、松坂大輔ぐらい、と書かれていたのですが
その中の2選手が西武ライオンズというのは偶然ではないと思います。
もちろん、清原、松坂は頭抜けた能力を持っていたので
おそらく他球団に入っていても成功していたとは思いますが
(清原が志望していたのは巨人、松坂は横浜でしたね)
他の例を見ても西武球団の高卒新人の育成能力はズバ抜けていると思います。
(岡江さんが挙げた4名のうち残り2人は中日ですが、これは球団の伝統というよりも
星野仙一監督の胆力に寄るところが大きいと思います)
伊東勤、工藤公康、渡辺久信、秋山幸二、清原和博、田辺徳雄、鈴木健、
松井稼頭央、小関竜也、松坂大輔、中島裕之、涌井秀章
と歴代の主力選手が高卒入団ですが、
この中で高校時代から騒がれていたのは清原、松坂以外では
工藤と鈴木ぐらいではないでしょうか?
裏金問題で騒がれている西武球団ではありますが、
そのスカウティングの目は確かなようです。
そして、西武の何がすごいかというと、「今年からこの選手を使う」となったら
頑固にその方針を貫いて、実際、その選手がちゃんと活躍してしまうところです。
例えば
秋山 81年入団3試合(米国留学)84年54試合 85年130試合40本塁打
田辺 85年入団2試合 87年(背番号6に変更)78試合 88年74試合 89年114試合
松井 94年入団 95年69試合 96年130試合
小関 95年入団2試合 98年104試合(新人王)
中島 01年入団 02年4試合 03年44試合 04年(背番号3に変更)133試合
と、こんな感じ。他のチームだと、レギュラーを獲得する若手は、
毎年少しずつ出場機会が増えて行ってレギュラーになるというパターンが多いのですが、
西武の場合は、前年までほとんど一軍に出場していなかった選手が
ある日突然レギュラーに抜擢されるというパターンが多いですね。
チームの肝の据わり方がすごいです。
不祥事でバッシングを受けている西武球団ではありますが、
良い部分は良いと言っておきたいと思います。
将来的に西武が球団を手放すような事態もあるかもしれませんが、
この伝統は引き継いでもらいたいものです。

posted by しゅりんぷ池田 |12:26 |
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