2007年03月30日

雑誌「大学野球」春季号発売!

ベースボール・マガジン社の「大学野球」2007春季リーグ戦展望号が本日発売です。
人気者の「ハンカチ王子」斎藤佑樹投手の早大入学で、東京六大学に注目が集まっており、
今年はベ社以外の各社からも大学野球のムックが発売されるそうですが、
老舗の「大学野球」も今回は発行部数が多そうですね。
これまで置かれていなかった書店にも置かれるようになると思うので
みなさんが目にする機会も俄然増すと思います。
で、今号はいきなり、その斎藤投手が表紙ですよ!

「大学野球」はわたしも小学生のころ以来、かれこれ30年以上愛読しています。
なんで、そんな小さなころから、そんなマニアックな雑誌を読んでいたかというと、
そのころ(1974~77年)は江川卓さんらの世代が大学に在籍中で、
大学野球にすごく注目が集まっていた時代だったんですね。

江川さんと同世代の選手を掲げるとこんな感じです。

【慶大】2年=堀場英孝(広)
【法大】4年=高代延博、3年=江川卓(巨)、袴田英利(ロ)、植松精一(神)、島本啓次郎(巨)
【明大】2年=高橋三千丈、豊田誠祐、鹿取義隆
【早大】4年=松本匡史(巨)、3年=山倉和博、1年=有賀佳弘(急)、岡田彰布(神)
【亜大】3年=古屋英夫(日)
【駒大】4年=森繁和(西)、大宮龍男(日)、中畑清(巨)、平田薫(巨)、二宮至(巨)、1年=石毛宏典(西)
【専大】2年=中尾孝義(中)
【中大】1年=熊野輝光(急)
【東洋大】3年=達川光男(広)、2年=松沼雅之(西)
【日大】4年=佐藤義則(急)
【東海大】3年=遠藤一彦(洋)
【大商大】3年=斉藤明夫(洋)

プロでも活躍した選手がたくさんいますが、プロ入りしなかった選手でも、
江川さんと同級で早稲田の四番を売っていたマックス佐藤こと佐藤清(※)さんは
今年からは千葉の城西国際大の監督に就任されたそうで、
そのインタビューも今号に掲載されています。

※東京六大学で通算14本塁打を放ち、プロ入りを熱望するもかなわず、
日本生命に進んで都市対抗などで活躍。95年から4年間、早大監督を務める。

当時は週末には毎週のように東京六大学がNHK教育で放映されており、
その独特な雰囲気が好きでした。高校野球のようにトーナメントではないので、
1戦1戦にそんなに悲壮感はなく、選手がのびのびプレーしているのが印象的でした。

また、東六ではないのですが、大商大の斉藤投手がサングラスをかけて投げていたことも
覚えています(全日本大学選抜チームでは背番号1が江川、2が斉藤でした。
なんで、そんなことまで覚えているんだ、オレは…)

江川世代、松坂世代もそうですが、優れた個体が出現すると
それに対抗すべく競争が激しくなって、全体のレベルが上昇するのが常です。
現在の東京六大学もなかなか良い素材がひしめいているのですが
斎藤効果によって注目が集まって、さらにレベルが上がっていくのではないでしょうか?
これからが楽しみです。
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posted by しゅりんぷ池田 |12:33 | 野球 | トラックバック(0)
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2007年03月29日

センバツ最多奪三振記録を持つ男

春のセンバツ3日目に帝京(東京)の大田阿斗里が小城(佐賀)から20奪三振、
6日目に常葉菊川(静岡)の田中健二朗今治西(愛媛)から17奪三振と、
この大会では奪三振ショーが目立っていますが、
こういう好記録が出ると掘り起こされるのが、かつての最多奪三振の記録。
その最多記録はPL学園の戸田善紀が1963(昭和38)年の
1回戦の首里高(沖縄)戦で挙げた21奪三振です。

わたしもまだ生まれていない時代の記録ですが、
わたしぐらいの年代の方なら阪急が75年から78年にかけて
4連覇した当初にローテーション投手として活躍、
76年にノーヒットノーランも達成したピッチャーとして記憶されているのではないでしょうか?

戸田がこの記録を作った当時は沖縄はまだ日本に返還されておらず
(この歴史的な事実自体、今の若い方はご存知ないかもしれませんね)
本土との交流がほとんどなかった沖縄の高校野球のレベルはそんなに高くなかったので、
この記録も多少は割り引いて考えないといけない(1)のですが、
それにしてもすごい記録です。

1)この試合、戸田は21三振を奪って被安打1のみの完封で8-0と圧勝も、
2回戦ではこの大会で準優勝した北海高に10安打を喫して(奪った三振は6)、5-3で敗退。

プロ入り後の戸田の成績を改めて見ると、開花にすごく時間がかかっており
ようやく頭角を現したのがプロ入り8年目の72年で、この年8勝。
後年のインタビューでは当時の阪急の投手陣の陣容がものすごく厚く(2)
若手の戸田にはなかなかチャンスが巡ってこなかったと述懐されています。

2)同時代の阪急の先発投手陣には、梶本隆夫(通算254勝)、米田哲也(同350勝)、
石井茂雄(同189勝)、足立光宏(同187勝)、山田久志(同284勝)らがいた

以後、8→6→11→12で、76年5月11日の南海戦でノーヒットノーランを達成し、
戸田は、この年、自己最多の12勝を挙げながら、
オフに4対3の大型トレードで中日に転出。

このトレードは
阪急=戸田善紀・大石弥太郎・森本潔・小松健二
中日=稲葉光雄・島谷金二・大隅正人
と、両チームとも主力選手を交換しあう大型トレードとして話題になったのですが、
その結果が両球団で好対照となったトレードとしても知られています。

戸田善紀	76(急)12勝5敗	→	77(中)6勝7敗	
※82年までに中日で通算20勝25敗

稲葉光雄	76(中)3勝7敗	→	77(急)17勝6敗	
※83年までに阪急で通算58勝40敗

森本潔	76(急)120試合82安打16本塁打46打点 打率.228
	77(中)49試合17安打2本塁打13打点 打率.172
※79年までに中日で188試合64安打12本塁打46打点

島谷金二	76(中)129試合123安打21本塁打54打点 打率.278
77(急)130試合155安打22本塁打74打点 打率.325
※82年までに阪急で694試合704安打112本塁打408打点

とまあ、阪急側が大成功、中日側が大失敗という結果になり、
当時の阪急は75、76年と連続日本一になりながら、
さらに戦力充実に努めたトレードとして野球史的には記憶されています。

最多奪三振の話題となると、戸田さんの名前が挙がるのですが、その名前を聞く度に、わたしはこのアンバランスな結果に終わったトレードのことを思い出します。

戸田さんは引退後、名古屋で焼肉店を経営されているそうですが、
スポーツ新聞紙上で回顧されるご自身の記録を見て、
どんな気持ちを抱かれているのでしょうか?

posted by しゅりんぷ池田 |16:37 | 野球 | トラックバック(0)
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2007年03月27日

イチローの身長は175cm?

先日発売になったベースボール・マガジン社の
「2007年プロ野球カラー写真名鑑」には
http://www.sportsclick.jp/magazine/baseball/070425b/index.html
日本人メジャーリーガーのプロフィールも載っているのですが、
イチローの身長が175cmとなっていたので驚きました。

日本にいたころのイチローの身長は180cmと公表されていて
実際パーティーで間近に同選手を見たことがありますが、180cmの方が実寸だと思います。

なんで、こんなに背が縮んだかというと、MLBの放映でイチローの身長が
5フィート9インチ(175.26cm)と記されているのを翻訳したからなのでしょう。

このセンチからフィート・インチの換算時に間違いがあったと思うんですね。
イチロー本人が換算したのか、関係者が換算したのかは分かりませんが
6フィート(182.88cm)より1インチ(2.54cm)低いから5フィート9インチと
誤ってしまったのでしょう。6フィート=10インチではなく、6フィート=12インチなので
6フィートより1インチ低いのは5フィート11インチ(180.34cm)なのです。
フィート・インチの表記に不慣れな日本人がやりがちなミステイクです。

そのうち訂正されるだろうと思っていたのですが、一向に修正されません。
だれかイチローに言ってあげてください!

posted by しゅりんぷ池田 |17:39 | 野球 | トラックバック(0)
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2007年03月26日

センスのある選手は写真映りもよいのです

パ・リーグが開幕しましたね。各チームがどんな先発オーダーで臨んだのか、
興味深々だったのですが、驚いたのがオリックス!
昨年の開幕オーダーと比較すると、指名打者を含めた10のポジションのうち、
前年と同じ名前が並んでいるのは投手の川越と一塁手の北川の2名のみ!
新人の大引をはじめ、5年目の前田、坂口とフレッシュな顔ぶれが並んでいます。
コリンズ新監督、随分と思い切りましたね。

■07年開幕オーダー	■06年開幕オーダー
(投)川越英隆	(投)川越英隆
(捕)前田大輔	(捕)日高 剛
(一)北川博敏	(一)北川博敏
(二)阿部真宏	(二)塩崎 真
(三)ラロッカ	(三)中村紀洋
(遊)大引啓次	(遊)阿部真宏
(左)村松有人	(左)谷 佳知
(中)坂口智隆	(中)平野恵一
(右)アレン		(右)ガルシア
(指)ローズ		(指)清原和博

中でも自分が注目しているのが、トップバッターに起用された坂口智隆。
02年秋のドラフトで近鉄から1位指名を受けた選手で、高校時代は投手。
プロ入り後に外野手に転向しました。
俊足巧打・強肩が売り物の右投左打の外野手で、痩身(180cm×76kg)と
何から何までイチローにそっくりな選手です。

自分は、入団当初のころ、坂口の写真を見ていて
「お! この選手は何かセンスありそうだぞ」、という直感が働いたのです。

なんというんですかね、プロ野球のスカウトの方なんかが、
初見のチームでも、どの選手が上手い選手なのかは、
ユニフォームの着こなしを見れば、だいたい分かるというふうに、よく言いますよね?
ユニフォーム姿がかっこよく見える選手は、実際、プレーも上手なものです。

それと同じような感じで、選手のセンスの良し、悪しというのは
写真の上にも現れてくるのです。自分は技術的なことは語れませんが、
この選手はあまりいい写真がないなあ~と思う選手は、
やはりフォームが変だったり、バランスがどこかおかしいのでしょうね。
そのように、写真映りが芳しくないのに、成績を残す選手というのは
自分の経験上、ほとんどいません。
(唯一にして、最大の例外は現中日監督の落合博満でした)

坂口はウエスタンでの4年間でぴったり300本のヒットを放ち、
二軍での通算打率は.292と、ファームでは文句のない実績を残していますが、
一軍での戦績は、わずかに42試合に出場して4安打(1本塁打)のみ。

これは、ベテランを重用するオリックスの球団方針のためでしょうが、
コリンズ新監督は従来の方針から転換を図っているようなので、期待したいですね。

坂口は、一軍では43打席しかバッターボックスに立っていないので、
まだ新人王の資格(入団5年目までで、60打席以内)もあるのです。
今季の有力な新人王候補として、名前を挙げておきます。
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posted by しゅりんぷ池田 |17:48 | 野球 | トラックバック(0)
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2007年03月23日

復活なるか? かつての新人王たち

3月22日のオープン戦で、かつての新人王、木佐貫洋(巨人)が6回を0封、
パウエルの緊急帰国で空いた先発ローテーションに滑り込みそうです。

キラ星のごとくタレントが顔を並べる、いわゆる松坂世代の1人である
木佐貫は、亜細亜大から巨人に入団した03年に10勝7敗、防御率3.34で
新人王に輝き、翌04年こそ7勝8敗5Sを挙げますが、
05年途中に背中を痛めてからキャリアが暗転。
05~06年は未勝利で、背番号も今季より「21」から「41」と大きくなりました。

セ・パが分立した1950(昭和25)年から制定された新人王のタイトル、
その一覧表を見ると、新人王を獲った年がその選手のベストシーズンだった
という選手が散見されます。特に投手に多いと思うのですが、
ルーキーイヤーは事前情報が少ないので、そこそこ通用したものの、
2年目以降は研究されて打ち込まれるようになり、
そこから修正できないまま、キャリアを終えるというパターンなのでしょうか。

わたしが知っている例を挙げると

71年	関本四十四(巨人)	10勝11敗	通算27勝41敗(実働8年)
71年	皆川康夫(東映)	11勝14敗	通算26勝28敗(実働6年)
73年	新美 敏(日拓)(1)	12勝13敗	通算35勝52敗(実働14年)
74年	三井雅晴(ロッテ)(2)	6勝5敗	通算29勝28敗(実働8年)
78年	村上之宏(南海)	5勝8敗	通算14勝25敗(実働3年)
79年	藤沢公也(中日)(3)	13勝5敗	通算27勝35敗(実働6年)
88年	森山良二(西武)	10勝9敗	通算14勝15敗(実働9年)
90年	与田 剛(中日)	4勝5敗31S	通算8勝19敗59S(実働7年)
91年	森田幸一(中日)	10勝3敗17S通算18勝13敗(実働4年)
93年	杉山賢人(西武)	7勝2敗5S	通算17勝13敗17S(実働9年)
94年	渡辺秀一(ダイエー)	8勝4敗	通算27勝30敗(実働8年)
97年	澤崎俊和(広島)	12勝8敗	通算24勝17敗(実働8年)

1)翌74年も12勝14敗と活躍したが、以後は低迷し、77年に広島に移籍。
 滅多に登板することがないのに、その後11年も現役を続けていたので
 プロ野球ファンからも不思議がられ、ビートたけしの深夜放送でも
 「広島の新美、中2年で登板」などとネタにされていました。
2)巨人の長嶋監督が猛烈に欲しがったそうですが、トレードは実現せず。
3)ドラフトを4度拒否(史上最多)したことで有名な「指名拒否男」。27歳でプロ入り

最初の年でキャリアの過半の勝ち星を稼ぎ、実働数年で消えていった
投手のなんと多いことか…。言葉は悪いですが、「死屍累々」といった感じです。

木佐貫投手はまだ大卒5年目ながら、有望選手の多い巨人では、
一度メインストリームをはずれると、なかなか本線に戻れません。
なんとか、復活を期待したいですね。

そして、もう一人、かつての新人王、正田樹は阪神へのトレードが決まりました。
入団3年目の02年に9勝11敗、防御率3.45で新人王に輝いた正田も
年々成績が低下し、昨年はついに一軍未登板で、優勝の輪に加われませんでした。
かつての甲子園の優勝投手が再び甲子園で輝けるでしょうか?
こちらも、復活を期待しています!
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posted by しゅりんぷ池田 |17:31 | 野球 | トラックバック(0)
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2007年03月20日

山本昌・鈴木尚~選手の登録名に思う

現在4月下旬発売予定の北海道日本ハムファイターズの
カードセットの制作を進めているところです。
ダルビッシュ有、金村曉、武田久、八木智哉、MICHEAL、田中賢介、金子誠、
森本稀哲、稲葉篤紀の9選手をピックアップした限定セットなのです。

で、選手の情報を調べていたところ、今季から新人の金子洋平が加わったため
チームリーダー、金子誠の登録名が単純な「金子」から「金子誠」に変更となるのですが
同選手は入団当初の表記が「金子誠」だったそうで、
むしろこの変更を喜んでいるという情報を拾い、へ~と思いました。

調べてみると、金子誠が入団した94年には
金子貴博(1)という投手が既に在籍していたのです。

1)船橋法典高-日本ハム(92<7>~96) 一軍試合出場なし

そういえば、今季から横浜の鈴木尚典が登録名を「鈴木尚」にしましたね。
現在、横浜には鈴木姓の選手は1人しかいないのですが、
背番号を活躍を始めたころの「51」に戻したのと同様に
初心に戻るべく登録名を全盛時の「鈴木尚」としたのでしょう。
(鈴木尚が2年連続で首位打者を獲得した97~98年には、投手の鈴木健が在籍)

これは山本姓が1人しかいなくなったのに「山本昌」の表記にこだわって
登録名を「山本昌」とした中日の山本昌広と同じですね。
ある種のゲンかつぎなのでしょう。

これとは逆に、「近鉄の鈴木はオレひとりでいい!」と言い放ったのが
300勝投手の草魂・鈴木啓示。
83年にヤクルトから鈴木康二朗(2)が移籍してきた際の発言ですが、

2)王貞治に756号ホームランを打たれた投手として有名。通算81勝54敗52S

当時のメディアの表記は実際、鈴木啓示は「鈴木」、
鈴木康二朗は「鈴木康」になっていたんですね。
大投手・鈴木啓示の強烈な個性を現すエピソードですね。

また、かつて日本ハムに投手の田中幸雄と野手の田中幸雄と
同姓同名の選手が同時に在籍していた際に、
年長の投手の田中を「田中幸」、野手の田中を「田中雄」と表記した
というのも、有名な話です。

投手の田中幸雄(3)が190cmの巨漢投手だったため、
現在も現役を続ける野手の田中幸雄が184cmもあるのに
「コユキ」と呼ばれるようになったんですね。

3)電電関東-日本ハム(82<1>)-中日(90~91引)。85年にノーヒットノーランを記録

また、表記はともなわなかったものの、
阪神で2000本安打も達成した好打者・藤田平は入団当初に
藤田姓の他の選手がいたわけでもないのに、
入団から引退まで(というか、今現在も)、「フジタタイラ」と呼ばれていましたね。
発音しやすかったということもあるでしょうが、
他チームにも藤田姓の選手・関係者が多くいたため
「フジタタイラ」と一連で呼称した方が話が通じやすかったからではないでしょうか?

考えてみれば、わたしも、「池田」というよくある姓で
子供のころからクラスや学年に複数名いたため、
あまり「イケダ」と呼ばれたことがなく、常に下の名前で呼ばれていた覚えがあります。

鈴木尚や山本昌も、よくある姓なので、単純に「スズキ」、「ヤマモト」と呼ばれることに
違和感があるんじゃないかな? なんて思い至ったのでした。

posted by しゅりんぷ池田 |17:38 | 野球 | トラックバック(0)
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2007年03月13日

早稲田の応武監督

斎藤佑樹投手の早大進学、そして今回の西武の栄養費問題で
早稲田の応武篤良監督がしばしばテレビの画面に登場されていますが、
個人的には、「応武さん、なつかしいなあ~」という思いがあります。

応武監督は広島・崇徳高3年時の76年の春のセンバツで優勝したのですが、
実は、自分はこの時初めて甲子園を訪れて観戦したので、
この大会に出場した選手のことを、よく覚えているのです。
大阪の親戚宅に1週間ほど滞在して、3日ぐらい観に行ったと思います。

で、この年の秋のドラフトで、応武監督は近鉄から3位指名を受けたものの
これを拒否して早大に進むのですが、
この年の崇徳高から同監督を含む4名もの大量指名があって話題となりました。
エースの黒田真二が日本ハムの1位、内野手の山崎隆造が広島の1位、
外野手の小川達明が広島の5位と、そうそうたる顔ぶれだったのです。

黒田は入団を拒否して社会人に進み、
83年にドラフト外でヤクルトに入団しますが、プロでは未勝利のまま引退。
その後、打撃投手に転向されたので、練習で登板する黒田さんを見る度に
「ああ、崇徳の黒田だ…」と76年大会のことを思い出したものです。

山崎はカープで長く活躍していたので、ご記憶の方も多いでしょう。
現在も同球団の二軍監督を務められています。

また、この年のドラフトでは、崇徳高以外にも
福岡の柳川商(現・柳川高)から3名が指名されたのです。

太平洋の1位が外野手の立花義家、近鉄の1位が投手の久保康生、
日本ハムの3位が末次秀樹でした。

立花は現在も西武のコーチとして在籍していますが、
若くして主軸に抜擢され、チームの苦境期を支えました。
(入団1、2年目はクラウンライター・ライオンズ。3年目から西武に)

久保は近鉄・阪神で71勝を挙げ、現在は阪神のコーチ。

この年の夏の大会で8打席連続安打の快記録を作った
末次はこの指名を拒否して中央大に進み、
のちに柳川高の監督となって、しばしば母校を甲子園に導きました。
02年には長男・峰明が四番を打って夏の大会に出場し話題となりましたが、
「ああ、あの末次さんの息子が、もう高校生になったのか」と、感慨深い思いがしました。

この76年に高校3年生だった1958(昭和33)年組は、かなりの豊作年だったのですね。
そして、大学を経由してプロ入りしたので、同期ということを忘れがちですが、
この世代の最大のスーパースターは、現巨人監督の原辰徳だったのです。
いやあ、原監督、若いですねえ~。「永遠の若大将」という感じです。
選手名鑑で広島の山崎二軍監督や西武の立花コーチの顔も確認できるので、
見比べてみてください。

しかし、応武監督が近鉄に入団していたら、どうなっていたんですかね?
この当時の近鉄は梨田昌崇、有田修三という捕手の2枚看板がいた
(梨田は88年、有田は85年まで在籍)ので、
入団しても長い下積み生活を強いられたことでしょう。

現在は渋面ばかり放映されている応武監督ですが、
春季リーグ戦での早大の健闘を祈ります。

posted by しゅりんぷ池田 |16:47 | 野球 | トラックバック(1)
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2007年03月12日

新人開幕投手

昨日のオープン戦で楽天の田中将大が打ち込まれ
「野村監督も田中の開幕投手はあきらめた様子」と報じられていて驚きました。
実力的にも、人気的にも、田中をローテーションに入れてくるだろうとは思っていましたが
まさか、開幕投手を狙っていたとは…。

僕ら世代で、新人の開幕投手というと、84年、ヤクルトの高野光を思い出します。
この時期のヤクルトは武上四郎監督の下、2年連続で最下位と低迷しており、
当時のスワローズの投手陣は、70年代のエースだった松岡弘が最晩年で、
尾花高夫、梶間健一、宮本賢治らが中心でした。
同投手は前年秋のドラフトでヤクルト・大洋・阪急・西武の4球団が競合した
超大物選手だったのですが、新人選手の開幕投手への大抜擢には大変驚きましたね。

あと、前にもこのブログで触れたことのある城之内邦雄が、
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/17
62年に、やはり新人で開幕投手を務めています。
調べてみると、高野は、この城之内以来22年ぶりの新人開幕投手だったようです。

この62年の巨人は、やはりエースだった藤田元司が晩年で
中村稔、伊藤芳明、堀本律雄らが投手陣の中心でしたが
ちょうど戦力の端境期で、当時の川上哲治監督の
「オープン戦で一番調子の良い者を開幕投手にする」という方針に則って
新人の城之内が抜擢されたそうです。

開幕投手を務めた新人選手がどのぐらいいるのかは追究しきれなかったのですが
プロ野球のレベルがアマチュアに比べて、それほど高くなかった時代には
けっこうあった例だと思います。

昨年亡くなられた梶本隆夫(阪急)が54年、高卒新人で開幕投手に起用され、この年、
20勝を挙げながら、新人王は26勝の宅和本司(南海。やはり高卒新人)にさらわれた、
というのも有名なエピソードです。

その後、パ・リーグでは58年の杉浦忠(南海)を最後に新人の開幕投手は出ていないそうで、
セでも、先に述べた高野以来、20余年も出ておらず、
1年目から活躍した松坂大輔や上原浩治も、開幕投手ではなかったのですから
今後も新人選手の開幕投手は難しそうですね。

ちなみに、「新人開幕投手」と検索サイトに入力すると
早稲田の斎藤佑樹が東京六大学で77年ぶりとなる新人開幕投手なるか?
という記事がいっぱい出てきます。
じゃあ、77年前のそれは誰だったの? というのを探して行ったら
こんな記事(↓)に行きあたりました。詳しくは参照元をご覧ください。
http://www.sanspo.com/baseball/university/saito/news/bt2007031010.html
こちらは、こちらで楽しみですね。
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2007年03月08日

注目の二世選手

巨人の大卒2年目、会田有志の評判が良いですね。
70年代にヤクルトで活躍した会田照夫さんの息子ということで、
自分も高校・大学時代から注目していた選手ですが、
ドラフトでも下位の指名だったので、
「ありゃりゃ、これは、あまり期待されていないのかな?」と心配していたのですが、
今季から父親同様にアンダースローにフォームを変更して(もともとはサイドスロー)、
一躍、評価を高めています。

思えば、最近は二世選手が増えましたね。
これまでは、長嶋茂雄・一茂親子、野村克也・克則親子に代表されるように、
「二世選手は大成しない」というジンクスが成り立ちそうなぐらい、
成功例が少なかったのですが、最近はそうでもなくなりつつあります。

主な二世選手とその父親の成績を比較してみると、こんな感じになります。

坪井智哉(日本ハム)	828安打	32本塁打
坪井新三郎(中日他)	35安打	2本塁打

定岡卓磨(ロッテ)	一軍試合出場なし
定岡智秋(南海)	785安打	88本塁打

堂上剛裕(中日)	0安打 0本塁打
堂上直倫(中日)	2007 ROOKIE
堂上 照(中日)	35勝49敗7S

田村領平(阪神)	一軍試合出場なし
田村政雄(大洋他)	9勝16敗4S	※中央大で39勝。76年のドラフト1位

内海哲也(巨人)	16勝22敗0S
内海五十雄(巨人)	1安打0本塁打	※五十雄は哲也の祖父。背番号はともに26

会田有志(巨人)	一軍試合出場なし
会田照夫(ヤクルト)	29勝45敗3S

黒田博樹(広島)	91勝81敗1S
黒田一博(南海他)	578安打	32本塁打

金城龍彦(横浜)	967安打	58本塁打
金城晃世(近鉄)	0安打	0打点

自分が知っているのはこのぐらいですが、実際はもっといるのかな?
阪神の葛城育郎の父親が、大毎などで活躍した葛城隆雄(58、59年の打点王)の
息子だという情報も見たことがありますが、未確認です。

こうして見ると、坪井、黒田、金城あたりは父親を上回る実績を既に残していますね。

かつては、かなり稀少だった二世選手が最近増えてきて、成功例も増してきたのは
どの辺りに原因があるのか、定かではないのですが、面白い現象ですよね。

実は、大相撲の世界でも、かつては「二世力士は出世しない」というジンクスがあったのですが、
最近では逆鉾・寺尾兄弟、若乃花・貴乃花兄弟、栃東と成功例が多くなっています。
これは、なんとなく理由が分かりますね。

相撲の場合は裾野が限りなく狭まった(土俵や相撲部がある学校はマレですよね)結果、
子供のころから相撲に慣れ親しんでいる大相撲関係者の師弟が
重要なリクルート源となっているからなのでしょう。

ジャイアンツの会田有志投手は、かねがね「父の通算29勝を上回るのが目標」と
語っていますが、その記録を大きく上回る活躍を期待したいですね。
20070308-00.jpg


posted by しゅりんぷ池田 |11:08 | 野球 | トラックバック(0)
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2007年03月07日

バンビ&浦井百合サイン会

お待たせしました! 女子プロレスカード発売記念サイン会の第3弾です!

■BBM女子プロレスカード2007「True Heart」発売記念
バンビ選手(KAIENTAI DOJO) & 浦井百合選手(ガッツワールド)
サイン会+握手会+撮影会		
■日時:2007/3/23(金)PM6:30~	
■場所:神田神保町・書泉ブックマート地下1F		
■内容
《特典1》
『True Heart』を1BOX以上お買い上げ毎に、バンビ&浦井選手それぞれのオリジナルカード
(もちろん「BBMイベントオーセンティック刻印」入)へ本人が直筆サインを記入して進呈!
《特典2》
2BOX以上お買い上げいただくと、ご持参いただいたアイテム一品にサインを記入+特典1
《特典3》
3BOX以上ご購入のお客様全員に特製写真パネルにサインを記入してプレゼント+特典1+特典2
■予約	:3月14日(水)より、レジにて予約受付開始!
※電話予約可 ※パネルの予約は来店者のみ対応		



注目のバンビ選手(KAIENTAI DOJO)がいよいよ登場です。

今回のメモラビリアカードは昨年発売された女子プロレスラーの筋肉写真集、
「装鋼麗女~フルメタルレディース」
http://bookcart.sportsclick.jp/bbmshop01/7.1/BBM074518/
の撮影の際にバンビ選手が着用した水着が封入されています。

下の方にカードの画像を入れておきますが、こんな感じ。
写真ももちろん、「装鋼麗女」のものを使用しています。

実は、今回の女子プロカードでは、同写真集の写真を使って、
そのものズバリ、「装鋼麗女」と題したインサートカード
(日向・零・チェリー・山縣・バンビ・吉田・木村・栗原・植松の9種)
を制作しているのですが、そちらは筋肉美を強調した写真を使用していて、
日本刀を持ったカットは未使用だったので、
メモラビリアカードの方に使わせてもらいました。

いやあ、すごい写真です! 同写真集のプロデューサーは
このカードの解説原稿も書いてもらっている
プロレスライターの須山浩継伯爵(http://blog.livedoor.jp/hirotsugu1069/)
なのですが、いい仕事をしてますね! 
今年も同シリーズの第2弾を期待しています!

で、デザイナーと打ち合わせをしていて、
何か装飾的にワンフレーズ欲しいということだったので
「刀 sword」を辞書で引いてみたら
「draw the sword 刀を抜く」という熟語が目に飛び込んできたので即採用しました。
「Draw the sword」で命令形になるので、
「剣を抜け!」となって画的にもうまくはまります。
「draw」は「線を引く・描く」という意味で、
中学英語でも割と早くならう基本的な単語ですが、
「刀を引く(抜く)」という動作も「draw」を使うんですね。

こういう、カードに何気なく入っているネームも、
わたしら編集者が考えるのですが、こんなにすぐ思いつくことは珍しいです。
それなりに短くまとまっていないといけないし、文法的に間違っていてもいけないし、
またあまり難しい単語を使うのもできれば避けたいので、けっこう難しいのです。

一方の浦井百合選手は、
ガッツワールドというインディー団体に所属する若手レスラー。
というか、昨年3月11日のデビューなので、
まだデビュー1年も経っていないド新人なのですが、
ルーキーらしからぬ堂々とした立ち居振る舞いで
(週刊プロレスの河野哲也記者は
彼女に「ごつカワ系」というキャッチフレーズを付けています)
自団体のみならず、新木場の格闘美にもレギュラー参戦し、
かなりいい位置で起用されている、業界期待の若手の1人なのです。

女子プロカードの発売記念サイン会も、もう何年もやっていますが、
デビュー1年目の選手をいきなり起用したことはありませんでした。
ただ、この浦井は、もうルーキー扱いしなくても大丈夫だろうという、
ある種の期待感があって、今回あえてピックアップさせてもらいました。

両選手ともに、長身でかなり見映えがしますが、
バンビは昨年末にヒールターンしてからは
全然喋られないキャラクターになっちゃったんですよね。
そういえば、浦井も全然笑わないし、
リング上で喋っているところを聞いたことがない…。
はてさて、どういうサイン会になるのでしょうか? お楽しみに!
20070307-00.jpg
20070307-02.JPG


posted by しゅりんぷ池田 |11:22 | 女子プロレス | トラックバック(0)
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