2007年02月27日

春のセンバツ完全ガイド

ごぶさたしておりました! 久々のブログ更新です。
恒例の「選抜高校野球大会完全ガイド」(ベースボール・マガジン社刊)が
今年も発売になっています。
http://www.sportsclick.jp/magazine/baseball/070320b/index.html

出場各校の選手名鑑や学校紹介が詳しく掲載されていて、
わたしも、毎年、楽しみにしています。中でも特に読み込んでいるのが、
「主な卒業生」と「監督・野球部長のプロフィール」の項目です。

「主な卒業生」の項を見て、
「ああ、この選手は、あの選手の後輩に当たるんだな」というのを改めて確認したり、
「西武の和田一浩とマラソンの高橋尚子は県岐阜商の同級生(これ、本当!)」なんて
小ネタを仕込んで、カードの解説文に生かしたりするのですね。

例えば、今回、21世紀枠で選ばれた山梨の都留高は
ロッテの小林雅英の母校として知られていますが、同投手以前にも
矢頭高雄(立教大-大毎で活躍)、西村一孔(55年、阪神で新人王)といった
有名選手を輩出しており、他の業界でも、「笑点」でおなじみの三遊亭小遊三師匠、
文化放送の小俣雅子アナウンサー、極真空手の初代王者、山崎照朝氏
(アニメの「空手バカ一代」のエンディングテーマも歌われていました!)と
多士済々の面々なのですね。こういうOB陣の厚さを知って、
改めて小林投手をみると、また違って見えたりしますね。

ちなみに、わたしの母校・香川県立高松高(横浜の東大出身投手、松家卓弘もOB)が
2年前に72年ぶり(!)に21世紀枠でセンバツに出場して、
その年の完全ガイドの表紙にも採用されたのですが、
その際に、「僕も主な卒業生の中に加えてよ!」というのが遅くて
載せてもらえなかったのが、かえすがえすも残念!
まあ、早く言ってても、知名度不足でダメだったろうけど…。

また、甲子園で活躍し、その後、大学や社会人に進んだものの、
プロに進まなかった選手はその後の行方が分からなくなってしまうのですが、
「監督・野球部長のプロフィール」を見ていると、
ときどきそういう「往年の名選手」を見つけて懐かしくなりますね。

今回で言うと、千葉経大付の松本吉啓監督。
同監督は76年夏に優勝した桜美林高のエースで
高校卒業後も明治大、明治生命で活躍されました。
PL学園との決勝は菊池太陽選手のサヨナラ打で決まったんですよね。懐かし~い。

そして、静岡の常葉菊川の部長は元プロ選手の佐野心氏。
92年にドラフト6位で中日入りし、わずか27試合、
通算1安打で終わったこの選手のことを覚えている人は多くないと思いますが、
同選手は65年秋の第1回ドラフトで広島から1位指名を受けた
佐野真樹夫が父親という親子選手だったので、記憶に残っていたのです。
(父・真樹夫の成績は実働4年で162試合、59安打)
そうした記憶の一端にあった選手のことが、
センバツ完全ガイドを読んでいて甦ってきました。

いやあ、「選抜高校野球大会完全ガイド」は毎度のことながら、
なかなか読みがいがありますよ。よろしかったら、ご購読ください!
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posted by しゅりんぷ池田 |13:35 | 野球 | トラックバック(1)
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2007年02月20日

ありがとう! つば九郎

わたしのBBS(http://6304.teacup.com/wild/bbs)で
「プロレスラーはブログでカードにサインを入れたという情報をよく書いているのに
プロ野球選手にはそういうのがないのは、なんででしょう?」という話題が上ったところ
知り合いのコレクターの人から、ヤクルトのマスコット、つば九郎がブログで
カード用にサインをしている模様を書いてくれているとの情報が寄せられました。

下記(↓)がそうなのですが、写真も多くて、楽しい日記になっていますね。
http://sns.yakult-swallows.co.jp/2896/archive/52/

現在、3月中旬発売予定の女子プロレスカード用に
カードにサインを入れてもらっているところなのですが、
多くの選手がその模様をブログに書いてくれています。

IWAジャパンの竹迫望美選手のブログ
http://blog.livedoor.jp/takenozo103/archives/50842302.html

アイスリボンの真琴選手を観察している、さくらえみ選手のブログ
http://blog.goo.ne.jp/nitimako/e/5ca7448ff20034953099590ec9c63321

LLPWの内田アナウンサーのブログ
http://blog.livedoor.jp/koll/archives/50940799.html

雑誌のインタビューや企画ページなんかだと、
本の発売日まで、その情報は「マル秘」ということも、よくありますが、
カードの場合は毎年出ることが分かっていて、特に隠し立てする必要もないので
選手から「これブログに書いてもいいですか?」と問われて
「ああ、いいですよ! いい宣伝になるから、どんどん書いて!」という
会話を交わしたことが何度かあります。

それを書いたブログを他の選手も見て、
「ああ、この話題は書いてもいいんだ」と理解して
カードについて書いてくれる選手がどんどん増えたのだと思います。

実際、カードは作り始めてから発売になるまで時間が長く
今回の女子プロカードにしても、1月末に発売になったスポーツカード・マガジンで
http://www.sportsclick.jp/magazine/sportscard/0061/index.html
発売情報が載っているのに、実際の発売は1月半も先で、
ややもすると忘れられそうになるので、
合間合間にブログにその話題が出てくれるの、ありがたいのです。
そして、ブログを読んでいるのは、その選手のファンの方たちですから
「あ、○○選手も、サインを書いてくれているんだ。これは買わなきゃ!」となるので
宣伝効果は抜群なワケです。

プロ野球の方でも、ブログでカードについて言及してくれる選手が増えてくれると
うれしいですね。

posted by しゅりんぷ池田 |12:04 | 野球 | トラックバック(0)
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2007年02月14日

野球カードでポーズ写真が少なくなった理由

いまさらですが、ブログに画像を貼り付ける術を覚えたので
過去の日記にも少しずつカードの画像などを添付しましたので、ご覧ください。

例えば、下記の日記に付けた江藤慎一さんのカード。
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/22
05年に発売した「中日ドラゴンズ70周年記念カード」の中の1枚なのですが
めちゃくちゃかっこいいですよね! 

で、最近の野球カードはプレー中の写真ばかりで、
こういうポーズ写真が少なくなったと思いませんか?
73年ごろの、発売当初のカルビーカードには、
こういうポーズ写真がたくさんありましたよね。
それが、どうして最近はあまり見かけないのか?

かつては各社のカメラマンがフィールドに降りて行って
「○○さん、ちょっといいですか~?」と選手を引っ張ってきて
ポーズをつけてもらって撮影できていたんですね。

それが、V9期の巨人の川上哲治監督の、
いわゆる、「哲のカーテン」(※)と称される、取材規制が厳格になって以降、
だんだんとカメラマンが選手に近づけなくなってしまいました。

(※)東西冷戦期に用いられていた「鉄のカーテン」を文字ってこういう
ネーミングがなされたわけですが、今ではこんな注釈を
付けなければならないような、「歴史用語」になってしまいましたね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%86%E3%83%B3

一方、MLBのカードでは今でも、こういうポーズ写真のカードが数多くあります。
これは、キャンプ中の1日を「ベースボールカードデー」として割いて
カードメーカーのカメラマンに取材の機会を与えているからなんですね。

新人選手なんかは、みんな同じ球場の、同じような日差しの下で撮っているので
「ああ、カードデーの日にまとめて撮ったんだな」と分かったりしますが…。

日本でも、こういうカードデーを設けてもらえないでしょうか?
これも間接的にファンサービスになると思うのですが…。
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posted by しゅりんぷ池田 |11:43 | 野球 | トラックバック(0)
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2007年02月13日

直筆サイン入りカード続々到着

三連休が明けて出社してみると、机の上に荷物がいっぱい!
今月頭に女子プロレスの各団体にカードを送ったのですが、
それにサインを書き入れてもらったものが本日配達されてきたのです。

それらを開封してサインカードが何枚あるのか、
サインの状態は良好かなどを確認するだけでも一仕事です。

各選手100枚ずつカードを送っていて、
大抵は100枚全部キレイにサインを入れてきてくれているのですが、
中には慌てて書いたのか、マジックが乾く前にどんどん重ねたため、
カードとカードがベタベタにくっついたまま送られてくる選手が毎年何人かいるのです!
速乾性のマジックを荷物の中に入れて、
「乾く前に重ねるとサインカードがダメになってしまうので、ご注意ください」と
書いて送るのですが、必ず何人かは、そうなってしまうのです。

何枚かは大丈夫なものも含まれているのですが、
カードの裏はその後ろのサインがくっついて汚れているので
そういう場合は有機溶剤をつけてマジックインキを拭き取ります。
これが、なんだかむなしい作業なんですわ。

で、女子プロレスのカードは表面が私服写真で
(ほとんどの写真を撮り下すのでそれはそれで大変なのです。↓
http://www.sportsclick.jp/sportscard/column01/index24.html)
裏面が試合の写真と両A面的に作っているので
半分の50枚は表にサインを入れて、
残り半分の50枚は裏に書いてきてくれる場合もあります。
コレクターの人は両方のバージョンを手に入れようと燃えるわけですね。

あと1枚だけ、特別なメッセージを添えてくれる選手もいます。
メキシコで一躍、エストレージャとなったHIROKA選手は
(http://www.sportsclick.jp/sportscard/column01/index26.html)
1枚だけ、「第9代CMLL世界女子王者」と書き添えてくれましたし、
JWPの新人、中島安里紗選手も1枚だけ
「第13代JWP認定ジュニアチャンピオン」と入れてくれました。
ちょっと控えめに自慢してみるといった感じで微笑ましいですね。

今回、一番驚いたのが浜田文子選手!
表面にサインを入れたのが10枚ほどで、
ほとんどは裏面にサインを入れてくれているのですが、そのバリエーションがすごい。
金・銀・黒の3色のマジックを使い分けて、
さらに各1枚ずつ「漢字」版のサインを書いてくれているのです!
つまり、バリエーションが都合7種類あるんですね。
しかも、うち3種は各1枚のみ…。

熱心なプロレスカードコレクターの中には、
こういう細かいバリエーションを追っかける人もいるんですが
これを集めるのは至難の技でしょうねえ~。

サインカードは本日までに既に3000枚超が集まってきており、
今年も直筆サインカードが高確率で出現することになると思います。
「女子プロレスカード2007 true heart」は3月中旬の発売予定。お楽しみに!
浜田文子選手サインカード(金・漢字)


posted by しゅりんぷ池田 |15:01 | 女子プロレス | トラックバック(0)
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2007年02月08日

週刊ベースボール選手名鑑号発売!

週刊ベースボールの選手名鑑号がいよいよ発売となりましたね!
http://www.sportsclick.jp/magazine/baseball/070224z/index.html
普段、週ベを買っていない方でも、名鑑号だけは買うという人も多いのではないでしょうか?

わたしも野球カードの編集の仕事をしているので
選手名鑑は年がら年中にらめっこしている、教科書のようなものですが、
仕事を離れても、名鑑を見るのは楽しいですね。

自分で始めて買った選手名鑑はケイブン社の豆本でした。
それこそ、開け閉めし過ぎて、本が分解するぐらいまで読み込んだもので、
今は仕事として選手名鑑を読んでいるのですから、つくづく幸せ者です。

名鑑を開いて、新入団選手や移籍選手、
背番号の変わった選手を確認するのも楽しいのですが、
僕が注目してるのはコーチ陣の異動です。
シーズンオフになると、「解説者の○○氏が来季から□□のコーチに就任」という情報が
スポーツ紙などにポツポツと載りますが、短い記事なのであまり記憶に残らないので
選手名鑑で改めて確認するのが楽しみなのです。

「お! ●●さんが■■のコーチになったか」とか
縁もゆかりもなさそうなチームのコーチに就任した場合は
「これは△△さんのルートかな?」とそのコネクションを推測してみるのも面白いのです。

で、今回、一覧してみて気付いたのが、
還暦前後の高齢で現場に復帰したコーチが多いことです。
その例を挙げると、こんな感じです(年齢は2007年での満年齢)。

野村 収(61)	解説者		→	日本ハム二軍投手コーチ
石渡 茂(59)	ソフトバンク編成部長	→	二軍監督
伊勢孝夫(63)	巨人スコアラー	→	打撃コーチ補佐
木樽正明(60)	巨人スカウト	→	育成担当コーチ
道原裕幸(58)	解説者		→	広島二軍バッテリーコーチ
大矢明彦(60)	解説者		→	横浜監督
弘田澄男(58)	解説者		→	横浜ヘッド兼打撃コーチ

これは一体、どうしたことなのでしょうか?

まあ、その前提として、監督の年齢が上がったことがあるのは確かですね。
監督が40代、50代なのに、還暦前後の大ベテランコーチが回りにいっぱいいたら
やりにくいでしょうから、自然とコーチの年齢も監督のそれと連動していたはずです。

ちなみに、日本プロ野球史に残る4名の名監督が
最後に監督として指揮を執った年齢は下記の通りです。

水原 茂(62)	71年	中日
三原 脩(61)	73年	ヤクルト
鶴岡一人(52)	68年	南海
川上哲治(54)	74年	巨人

川上さん、退任時は54歳だったんですか…。現在の落合監督と同い年ですよ。
昔の人は貫禄あったんですね。

このように、かつてはほとんどいなかった還暦監督が、
現在では72歳の野村監督、67歳の王監督、60歳の大矢監督と3人もいます。
67歳の王監督から見れば、59歳の石渡二軍監督も、「早実の8コ下の後輩」ですからね。

そういう環境があっても、高齢で復帰されたコーチが多い要因は今ひとつ分かりません。
働く場所がなくなって、現場に戻ってきたのでしょうか?
しかし、環境からすると、CS放送などが増えて解説者の需要は増していますし、
球団職員も、サービスの向上に務めるために増えていますよね。
コーチの数も増加傾向で、育成選手の枠ができて、育成担当を置くチームもあり、
巨人の木樽スカウトがコーチに転出したのもその例ですね。

しかし、なんで、40代・50代の若いコーチではなくて「還暦コーチ」なんでしょうか?
上記に挙げたみなさんは、みな名コーチとしても知られている方ばかりなので、
その高い手腕を買われてのことなのでしょうが…。

結局、よく分からないので、たまたま偶然そうなっただけなのかもしれませんが、
名鑑を眺めながら、あれやこれや思いを巡らせるのもまた楽しいですね。
みなさんも、2007年度版の選手名鑑をお楽しみください!
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posted by しゅりんぷ池田 |13:32 | 野球 | トラックバック(0)
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2007年02月07日

ノリの去就問題で思い出した江藤慎一さんのこと

オリックスを自由契約となった中村紀洋の行き先が決まりませんね。
獲得の可能性がある球団と目される日本ハムの高田繁GMは
6月末の補強期限ギリギリまで考えると述べていますが、
今から37年前にあった中日の闘将・江藤慎一の
ロッテへのトレードは6月4日に成立したのですね。

このときの騒動は今回のノリ問題に勝るとも劣らない大騒動だったのです。
同選手は日本プロ野球史上唯一の
セ・パ両リーグで首位打者を獲得した大打者で、
入団した1959(昭和34)年から6年連続で全試合に出場し、
64、65(昭和39、40)年には全盛期のONを向こうに回して
2年連続の首位打者という抜群の成績を残していたのですが、
そうなるとチーム内で隠然たる影響力を持ち、
次第にわがままが目立つようになったのです。

69(昭和44)年には自身がオーナーである自動車整備工場の経営が傾き、
野球どころではなくなり、成績も下降します
(今ならそれだけでも、大スキャンダルですよね)。

しかし、同年から中日の監督に就任した名将・水原茂監督は
そういった江藤のわがままをよしとせず、
同年オフに江藤を構想外と判断し、トレード通告を行なったのです。

ところが江藤はこれを拒否。
ある朝8時に水原監督宅を訪れ、土下座をして謝ったのですが容れられず、
同年末に任意引退に追い込まれます。

そしてスッタモンダの末に江藤のトレード話がまとまったのが翌70年6月のこと。
受け入れ先は、江藤がノンプロ・日鉄二瀬時代の監督・濃人渉が率いるロッテでした。

そして交換相手は高卒4年目の若手投手・川畑和人。
鹿児島実業からドラフト2位で入団した期待の選手でしたが、
4年間で4勝しかしていない投手との交換はなんとも不釣合いでした。

ちなみに、この川畑投手は、その後、広島・阪急に移籍し、
通算9勝10敗の成績で終わりますが、
引退後、西宮市議会議員となり活躍されています。
そして、息子さんは全日本プロレスの雷陣明選手なのですね。

一方、江藤はロッテに移籍後も71年に首位打者を獲得し
面目躍如たる活躍を見せますが、流転は止まらず、
大洋・太平洋(兼任監督)・ロッテと渡り歩いて76年限りで引退。

引退後は、野球塾(天城ベースボールクラブ-ヤオハンジャパンー
アムウエイ・レッドソックス)を作り、プロにも人材を送り込みましたが、
江藤さん自身はプロとは縁が切れたかっこうで、
現在、忘れられた名選手となっているのが残念です。

中村紀洋選手の動向も心配ですねえ~。
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posted by しゅりんぷ池田 |11:23 | 野球 | トラックバック(1)
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2007年02月06日

カバちゃん佐藤充…ニックネームに思う

中日の佐藤充投手がキャンプで投球練習を開始したという記事が
スポーツ紙に載っていたのですが、その見出しに
「カバちゃん佐藤充が…」となっていたので、ムムムと思いました。

昨年、彗星のごとく登場して破竹の8連勝で中日の優勝に貢献した
同投手のルックスがタレントのKABA.ちゃんに似ているということで付いたニックネームですが、
これは後年、どういう由来なのか分からなくなっちゃうだろうなあ~、と思ったのです。

例えば、例が古いのですが、
中日初優勝時の四番打者で球団史に残るスラッガー、
西沢道夫(現役=37~58年)のニックネームの「ブンちゃん」は
当時の巨漢力士・出羽ヶ嶽文治郎(現役=17~39年)に由来するのですが
そこから半世紀を経た今となっては何のことだかピンと来ず
このエピソードについては、「当時の巨漢力士・出羽ヶ嶽文治郎にちなんで
ブンちゃんと呼ばれた」というように書かれることが多いですね。

こういう例は他にも多いです。
例えば、俳優の佐藤B作さんはデビュー当時の首相、
佐藤栄作(佐藤A作、在任=64~72年)をもじって
付けた芸名なのですがそこから30余年を経た現在では
その名前のおかしみを分かる人も少なくなっています。

ファンに親しみを持ってもらうという意味で、ニックネームが付くのは
いいことだと思うのですが、それが、あまりにも時事ネタだと
後年、出典が分からなくなってしまいます。

「この佐藤充という選手は、なんでカバちゃんって呼ばれてたのかな?」
「さあ、河馬(カバ)に似てたんじゃない?」とか
あらぬ誤解を受けるような気がするのですねえ~。
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posted by しゅりんぷ池田 |10:54 | 野球 | トラックバック(0)
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2007年02月05日

花粉症と江川卓氏

まだ2月だというのに、花粉が飛び始めましたね。
わたし自身は花粉症ではないのですが、アレルギー体質で肌が敏感なので、
空気が澱んでいるのが、なんとなく分かります。
特にコンタクトレンズがジャリジャリするのが辛いですね。

花粉症が現在のように広く知られるようになったのは
スギ花粉の大量飛散があった76、79、82年の頃からだそうなのですが、
その当時、巨人のエースだった江川卓が春先に弱いのは、
実はこの花粉症が原因という記事がスポーツ紙各紙にデカデカと載ったことで、
この症状が広く認知されるようになったと記憶しています。

おそらく、春先に調子が上がらない江川本人が番記者に対して
「実は自分は花粉症という病気で、その症状はコレコレ」と
現在の解説の名調子そのままに、事細かに説明したのでしょうね。

わたし自身、スギ花粉には反応しないものの
ハウスダストには弱く、ネコの毛とかが原因で、
ふとしたはずみでクシャミが止まらなくなったりしていたので、
まあ、そういう体質なんだろうなと思っていたのですが、
「ああ、あの症状は病気だったんだな」と、その際に気付きました。

わたしは常日頃から、ややもすると演出過剰気味になる
スポーツ新聞の報道姿勢には疑問を感じているのですが、
この件に関してはスポーツ紙は、よい貢献をしてくれたと思っています。

おそらく、花粉症が知られていなかったころ
春先にクシャミばかりしていた患者たちは
「あいつは風邪ばっかり引いていて、自己管理がなってないヤツだ」と
誤解されていたに違いありません。
そして、患者自身も、自分がそういう病気だということに
気付いていなかったはずです。

先日自宅マンションから転落死した日本テレビの大杉君枝アナは
持病の線維筋痛症を苦にしての自殺か、と報じられていますが、
世間に知られていない珍しい病気のため、
周囲の理解が得られなかったこともその一因になったのでは
との推測もなされています。

こういう知られていない事実を知らしめていくことも
メディアの使命なのかなと改めて思った次第です。
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2007年02月02日

血液型に思う

女子プロレス団体のJWPのブログを読んでいたら
日向あずみ選手が面白い日記を書いていました。
http://blog.livedoor.jp/jwppro/archives/50790563.html

同選手の血液型はこれまでA型と発表されていたのですが
血液検査を受けたところ、実はAB型だということが判明したそうなのです。

3月に発売になる女子プロレスカードには生年月日や身長・体重に加えて
血液型も載せているのですが、日向選手の血液型はもちろんA型のまま。
もう印刷し終わっちゃいましたよ。

しかし、こういう例はときどき聞きますよね。
日向選手も、長年「わたしはA型だから、こういう性格」と思い込んでいたでしょうし、
雑誌の血液型の記事を読んで
「そうそう、これA型のわたしにあてはまる」とうなづいていたんでしょうね。
結局、血液型による性格判断なんかは誰にでも適当に当てはまるように
作られているということなのでしょう。

選手名鑑とかの項目に血液型はつきものなのですが、
日本人は血液型好きですよね。
自分の血液型を知っているのは世界的見ても日本・中国・韓国・台湾
ぐらいだそうで、
欧米出身の外国人選手の場合は大抵、血液型の欄は空欄になっていますよね。
外国人選手からしてみれば「なんで、そんなこと知ってるの?」と
怪訝に思っていることでしょう。

わたしは04年から3年連続で巨人・阪神・中日の70周年記念カードを
作ったのですが、過去の名選手のプロフィールを調べていても
昭和30年代以前の選手たちの血液型は分かりませんでした。
血液型のブームは昭和46年に出された能見正比古の
『血液型でわかる相性』に始まるそうなので、それ以降、
各人が人の血液型を意識するようになって
やがて選手名鑑の項目の定番となったのでしょうね。

以後、定期的に流行が繰り返し、わたしの学生時代にも流行っていましたねえ~。
元週刊プロレス編集長で、現在週刊ベースボールの佐藤正行次長が
この血液型相性診断が大好きで、いっしょに飲んでいると
「△型の男性と▲型の女性の相性は~」とか、やたら言うので
「学生時代のコンパのときの話題から全然成長しとらんやん」
(佐藤氏はわたしより学年が1コ上)とよく茶化していたのですが
そうこうするうちにまた流行が巡ってきて驚きました。
しかし、その流行も「特定の血液型の子がイジメられる」ということで沈静化したのですね。

そして、最近では出生時に血液型を告知しない病院も増えてきたようで
ときどき日本人選手にもかかわらず、外国人選手のように
「血液型不明」となっている選手が出てきています。

科学的根拠に乏しい血液型信仰に対する医学界からのアンチテーゼとして、
そういうスタイルが広がりつつあるのかな? とも思ったりしますが、
実際のところはどうなんでしょうかね?

個人的には、血液型による性格判断などはまったく信じていませんし、
「差別」を誘発するようなファクターは除くべきだと思っているのですが、
「○○選手とわたしの相性を知りたい」というニーズがある限り、
選手名鑑に「血液型」の項目は残り続けるんでしょうねえ~。
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