2007年10月31日

20年ぶりの監督復帰:ヤクルト新監督の高田繁氏

長らくごぶさたしておりました。
いやあ、本業の方が忙しくて、こちらの更新が滞っておりました。
(じゃあ、従前はどんだけヒマだったのか、ということになりますが…)

その間、いくつか、ブログに書きたいなあ~と思っていたネタもあったのですが、
かなり忘れちゃったなあ~。そんな中で覚えているのが、
ヤクルトの新監督に決まった高田繁さんの監督復帰が実に20年ぶりだということ。

これってすごくないですか?
高田さんが日本ハムの監督を務めていたのは1985~88年の4年間。
87年に東京ドームが開場し、監督ラストイヤーの88年は昭和63年。
翌89年は平成元年となりました。おお、来年は平成20年じゃないですか!
ちなみに自分が社会人となったのが、この平成元年ですから、
来年は社会人生活20年目なわけです。
高田さんが監督をされていたのが、そんなに昔のように感じられないのですが、
間違いなく20年前。「10年ひと昔」と言いますから、十分、大昔ですね。

監督への復帰が待望されながら、なかなか、それが実現しなかったケースとしては
長嶋監督の例が有名だと思いますが、80年に退任して93年に復帰したので、これは13年ぶり。
野村監督の場合も77年の退任後、長らく現場を離れており、
90年にヤクルトの監督に復帰した際には、
ご本人も久々の監督要請に驚いていた様子でしたが、これもやはり13年ぶり。

それ以上のブランクというと、村山実さんの16年ぶり(72年途中に指揮権返上→88年復帰)、
杉浦清さんの15年ぶり(48年退任→63年復帰)が目立つ程度。
というわけで、今回の高田さんの20年ぶりが史上最長ブランクなのですが、
調べてみると、同じく「20年ぶりの監督復帰」という例がもうひとつ見つかりました。
阪神の初代監督で37~39年にイーグルスで監督を務めた森茂雄さんが
59年に1年だけ、大洋の監督として復帰していたのですね。

この森茂雄さんという方、殿堂入りもされている人物なのですが、
現在のファンの方にはなじみが薄い存在でしょうね。
松山商から早大に進み、卒業後はクラブチームの東京クラブで活躍。
戦後はプロ球界には戻らず、母校・早大の監督を47年秋から57年まで務め、
その後、大洋の球団社長として迎えられます。

で、この際に森さんは当時、西鉄の監督をしていた早大の後輩、
三原脩氏を大洋の監督に招こうとします。
森さんが三原さんを招こうとした58年秋というと、西鉄が3年連続日本一を決める直前。
そんな連覇中の名将を引き抜こうなんて、すごい発想ですが、
当時の西鉄球団の対応に不満を感じていた三原監督はこれに応じるのですね。
しかし、この電撃移籍の情報が事前に漏れ、この計画は頓挫。
急遽、球団社長の森さんが59年シーズンの監督を兼任し、
翌60年から三原監督が着任(そして、同年優勝)という運びになります。

これは三原監督の有名なエピソードなのですが、
この際の森さんが20年ぶりの監督復帰だったのですね。
ところで、この森さん、1906年3月18日生まれとのことなので、
20年ぶりに復帰した年の年齢は53歳! ってことは20年前は33歳じゃないですか!

高田さんの生年月日は1945年7月24日ですから、
85年に日本ハムの監督に就任した際には若干40歳の青年監督だったんですね。
で、88年、43歳の年に退任して、来年は63歳。
当ブログでも何回も書いていますが、かつては還暦監督など皆無に近かったのですが
社会の高齢化につれて、監督の平均年齢もどんどん高まっていて、
森茂雄さんのケースから49年ぶりに「20年ぶりの監督復帰」という珍事となったわけです。
今後、この2例を上回るブランク記録は生まれるでしょうかね?
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posted by しゅりんぷ池田 |16:08 | 野球 | トラックバック(1)
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