2007年07月25日

15球団から勝利を挙げた投手がいた!

横浜の工藤投手が昨日の対巨人戦で勝ち星を挙げ、
13球団からの勝利を挙げた投手となりました。

以前にも、「工藤以前に13球団から勝利を挙げていた投手がいた」というタイトルで
ブログを書いたことがあったのですが、
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/60

今回の記録達成で13球団どころか、15球団から勝利を挙げた投手がいたという
参考記録が報じられ、驚きました。
西鉄などに在籍していた緒方俊明という投手なのだそうですが、
全然知らない選手だったので、なおさら驚きました。

緒方のキャリアは熊本商-早稲田大-熊本クラブ-巨人(47)-西日本(50)-
西鉄(51)-東急・急映(52途~55)というもので、
戦後の47年に25歳でプロ入りしたものの、巨人での3年間で5勝8敗だと
50年には新設球団の西日本パイレーツ(セ・リーグ所属)に供出されます。
ここで緒方はエースとして活躍、20勝13敗を挙げるのですが、西日本は1年で消滅、
選手の大部分は同じ福岡に本拠地を置いていた西鉄ライオンズに合流します。

※ちなみに、同投手はセ・リーグ史上、最初に三振を奪った投手でもあるそうです
http://www.npb.or.jp/CGI/cl/kiroku_put.cgi?id=00028&type=2

西鉄の1年目には11勝8敗という成績を残しますが
翌52年のシーズン当初に戦後のプロ野球復興のシンボルともいえる、
青バットの大下弘とのトレードで西鉄の主砲・深見安博とともに東急へ移籍します。

この深見さんのことは存じ上げていたのですよ。
というのも、同選手はこのシーズン25本のホームランを打って本塁打王となるのですが
同年は西鉄で2本、東急で23本打っており、
複数球団にまたがってタイトルを獲得した史上唯一のケースとして有名だからです。

この深見選手のキャリアは報徳商-中央大-西日本鉄道-西鉄(50)-東急(52途)
-高橋(54)-南海(55~57)というもので、西日本鉄道では都市対抗でも優勝し、
50年に同社がプロ化するにともない、プロに転向したということなのでしょう。
30歳でのプロ入りですから、随分遅いスタートだったのですが、
1年目に早速22本塁打し、3年目にはホームラン王も獲得。
しかし、やはり実働期間は短く通算85本塁打に終わります。

大下ほどの大物選手なら、チーム生え抜きの主砲の放出も仕方なかったのかな、と
深見選手のことは記憶に残っていたのですが、同時に移籍したもう一方の
選手がこんな珍記録を持っていたいたとは…。

緒方投手は結局、実働9年で53勝62敗の成績で引退。
タイトル獲得もなかったので、まったく「忘れられた選手」となっていたのですが
「15球団からの勝利」という記録はもっと喧伝されていい記録ですよね。

同投手の在籍時、1リーグ時代には8球団、セ・リーグ時代は8球団、
パ・リーグ時代は8球団(51~53年は7球団)存在していました。
パで2球団に所属していたので、8球団から勝利を挙げたのでしょう。
(記録が古く詳細を把握しきれませんでした)
一方、セでは古巣の西日本が1年しか存在しなかったため、
西日本からは勝ち星が挙げられず7球団からの勝利で、
計15球団からの勝利に留まりました。

その時代に存在したすべての球団から勝ち星を挙げたわけではないということで
この記録は看過されているようなのですが、記憶に留めておいていい記録だと思います。

ちなみに、スタルヒン投手も15球団から勝利を挙げているそうです。

posted by しゅりんぷ池田 |12:59 | 野球 | トラックバック(2)
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