2007年04月17日

MLBで監督・コーチを務めるなつかしの来日外国人選手たち

「月刊メジャー・リーグ」5月号のMLB選手名鑑を見ていて改めて思ったのですが
http://www.sportsclick.jp/magazine/major/0705/index.html
メジャーはコーチの数が少ないですね。
ベンチコーチ、一塁ベースコーチ、三塁ベースコーチ、
打撃コーチ、投手コーチ、ブルペンコーチの6名ぐらいが基本です。

そして、よく言われることですが、MLBの指導者には現役時代に有名だった人が少なく、
監督・コーチの欄には知らない人の名前が多いですね。
それに比してよく目につくのが、かつて日本の球団に在籍していた元来日外国人選手たちです。

【レッズ】ブルック・ジャコビー(打撃、93年=中日) 
【ドジャース】マリアーノ・ダンカン(一塁、98年=巨人) 
【フィリーズ】チャーリー・マニエル(監督、76~78、81年=ヤクルト、79~80年=近鉄) 
【パイレーツ】ジム・トレーシー(監督、83~84=横浜) 
ジム・コルボーン(投手、90~93年=オリックス・コーチ) 
ジェフ・マント(打撃。96年=巨人) 
【ジャイアンツ】ウイリー・アップショー(一塁、89~90年=ダイエー) 
【オリオールズ】サム・パラーゾ(監督、80年=ヤクルト) 
【ツインズ】ジェリー・ホワイト(一塁、84年=西武、85年=横浜) 
【ヤンキース】リッチ・モンテレオン(投手特別指導。95年=中日。登録名はモンテ) 
【アスレチックス】タイ・バン・バークレオ(打撃、87~90年=西武) 
【ブルージェイズ】ミッキー・ブラントリー(打撃。93年=巨人) 

マニエルのように、日本で大成功を収めた選手もいれば、
こんな選手いたっけ? とよく思い出せない選手もいます。

80年にヤクルトに1年だけ在籍していたパラーゾ。
133安打で15本塁打、43打点で打率.281とそこそこの成績で
残留するかと思われましたが結局1年限りだった遊撃/二塁手。
なんか印象的な働きをした試合が1試合だけあったような記憶があるのですが、
なんだか思い出せない。まあ、そのぐらいの選手なので、
よほど熱心なヤクルトのファンでもないと覚えていないと思うのですが、
それが今や名門オリオールズの監督。
これ、あのパラーゾ? 同姓同名の違う人かな? と思ったのですが
生年月日が同じで、オリオールズの公式HPにもその旨書いてあるので確かなようです。

アメリカ人は若いうちに成功を収めて、早々に引退することを良しとしており、
メジャーで成功した選手も、そういう傾向にあるようです。
死ぬまで仕事に関わり続けたいと願う日本人とはえらい違いですね。

また、最近も、殿堂入りを果たした名選手が指導者の道を目指してコーチ修行を始めたものの、
米国の指導者は選手同様に下のレベルから再び叩き上げて行かねばならず、
その元名選手はマイナーチームのオンボロバスでの移動に耐えかねて、
たった1年でコーチ修行を切り上げてしまったそうなのです。
往年の名選手がそのネームバリューだけで監督に招かれる日本とは
またシステムが異なるのですね。

一方で、日本にやってきた外国人選手はというと、
フランク・ハワード(メジャーで本塁打王2回)のような例外もありますが、
だいたいは米国であまり実績のない選手で、早々に引退できるほどの蓄えもなく、
また野球をできる環境を求めて日本にまでやってくるハングリー精神の持ち主ゆえに
引退後も野球に関わり続けている人間が比較的多いのでは、
と推測するのですが、いかがでしょうか?

来日外国人選手から日本のチームの監督へ転身というと、
かつての阪神・南海のドン・ブレイザー、そして現在の広島のマーティー・ブラウンと
その先例がありますが、MLBでも実績のあるデーブ・ジョンソンやケン・モッカが
日本で采配を振るう姿もまた見てみたいですね

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posted by しゅりんぷ池田 |12:23 | 野球 | トラックバック(2)
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