2007年07月24日
プロ野球職人列伝:永射保×清川栄治
前号から隔月刊となった『ベースボールマガジン』の9月号が発売となりましたが、 今回のテーマは「プロ野球職人列伝」。 http://www.sportsclick.jp/magazine/baseball-q/0709/index.html 巻頭対談は異色の左のサイドスロー投手として鳴らした 永射保(元西武他)と清川栄治(元広島、近鉄)。渋いですねえ~。 他にも王貞治へのワンポイントリリーフ役として活躍した大洋の平岡一郎、 74年に救援で5勝を挙げ中日の20年ぶりの優勝に貢献した竹田和史 (のちクラウンに移籍し、79年オフの田淵・古沢←→竹田・若菜・真弓・竹之内の 大型トレードで阪神に移籍した1人となりました)、 75年の広島の初優勝時に中継ぎとして活躍した渡辺弘基などについても 言及されています(写真もあり!)。 派手な数字を残したわけではないこれらの選手が誌面に載ったり、 話題に上ることは滅多にないので、 それらの選手の全盛時の写真を見れるのはまさに眼福です。 それは野球カードの世界でも同様です。 ベースボール・マガジン社でも、球界OBの方のカードをよく作らせて いただいているのですが、カード化されているのは、 やはり名球界入りしているような大選手に偏りがち。 「大物選手もいいけど、もうワンランク下ぐらいの渋い選手のカードも作ってよ」 というようなご意見を、コレクターの方からよく頂戴します。 ベースボール・マガジン社のカードは1991年からスタートしているので それ以前に活躍した選手が特に要望されますね。 それ以前には73年からカルビーのカードも発行されていましたが、 現在のBBMカードのように全選手がカード化されているわけではなく 各チーム数名から多くても10名程度 (巨人だけは10数名ほどカードになっていましたが…)だったので 中継ぎ投手あたりはなかなかカード化されていませんでした。 調べたところ、永射投手がカルビーカードに登場しているのは82年1年だけのようです。 79年に63試合、80年に56試合、81年に61試合に投げ、 3年連続でリーグの最多登板投手となって、ようやくカルビーカードに登場となったのですね。 あと、個人的に覚えているものでは、メンコメーカーの山勝という会社が出していた 野球カードにクラウンライター・ライオンズ時代の永射投手のカードがありました。 永射投手は当初、広島に入団したのですが、2年目のオフに太平洋に移籍。 チームがクラウンとなった77年には49試合に投げて(先発は15回)9勝10敗6S、 防御率3.33はリーグ13位(同投手が規定投球回数に達したのはこの1年のみ) という好成績を残します。チームでは山下律夫の12勝、東尾修の11勝に次ぐ 3番目の勝ち星を挙げたということで、カード化がなったのでしょう。 永射投手の通算成績は606試合に投げて44勝37敗21S。 リーグの最多登板投手となること4回で通算606試合の登板という数字は かなりのものですが、それでも歴代28位タイ(1位は米田哲也の949試合)。 http://bis.npb.or.jp/history/ltp_g.html 数字だけを基準にカード化する選手を決めていたのでは、 こういう選手を汲み取ることはできません。 「プロ野球職人列伝」のカード版も、そのうち是非、実現させてみたいですね。
『ベースボールマガジン』9月号「プロ野球職人列伝」 http://www.sportsclick.jp/magazine/baseball-q/0709/index.html
posted by しゅりんぷ池田 |16:07 |
野球 |
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