2007年06月21日

盗塁が減って、ホームランが増えた(中)

「盗塁が減って、ホームランが増えた」というトレンドを検証すべく、
2リーグ分立以降、各年ごとのリーグの本塁打総数、盗塁総数を入力してみたのですが、
1年1年を見比べてみても差が分かりにくいので、
10年ごとに区切って平均値を出してみました。その結果が下記で、
それぞれに分析を加えてみました。
(設立当初のセ・リーグは8球団、パ・リーグも7~8球団だったので、
統計的にはそれを修正しないといけないのですが、今回はそのままです)

■年代ごとの本塁打数変遷(セ)■
50’s	60’s	70’s	80’s	90’s	00’s
493	636	816	828	746	890	

50年代→60年代(29%増)	王貞治の出現
60年代→70年代(28%増)	王とそのライバルたちの競争
70年代→80年代(1%増)             山本浩二時代~バースら外国人選手の台頭
80年代→90年代(10%減)	球場サイズの拡大
90年代→00年代(19%増)	順応の時代。松井秀喜&外国人選手時代

62年に王が最初のホームラン王になり、そこから13年連続のホームラン王。
最近でも「松坂世代」や「ハンカチ世代」がそうであるように、
優秀な個体が出現するとそれに対抗すべく競争が激しくなって活性化、
全体のレベルが上がるという現象が起こるのですが
王の出現によってホームラン時代が到来、
それを追って田淵幸一や山本浩二らが本塁打数を伸ばします。

そうして、「打高投低」が行き過ぎるとその反作用として球場のサイズが拡大します。
88年に東京ドームが開場、92年に甲子園がラッキーゾーンを撤廃し、
97年にナゴヤドームが開場し、ホームラン数も減少します。

しかし、化学の進歩なのか、球場サイズが大きくなっても
打者はすぐにアジャストして飛距離を伸ばし
00年代のホームラン数は過去最高のレベルにまで達しています。

■年代ごとの本塁打数変遷(パ)■
50’s	60’s	70’s	80’s	90’s	00’s
464	651	773	917	729	860

50年代→60年代(40%増)	野村克也の出現
60年代→70年代(19%増)	長池・大杉らの切磋琢磨~外国人選手の台頭
70年代→80年代(19%増)	落合博満とそのライバルたちとの競争
80年代→90年代(21%減)	球場サイズの拡大
90年代→00年代(18%増)	順応の時代。ローズ&カブレラ時代

パ・リーグの方では野村克也の出現(61~68年=8年連続本塁打王)で
ホームラン時代が到来。その後を襲って長池徳二(阪急)、大杉勝男(東映)が
高いレベルで競争したことによって全体のレベルが上がったのだと思っています。

69年	長池41本★大杉36本	3位=土井正博27本
70年	長池28本	 大杉44本★2位=野村克也42本
71年	長池40本	 大杉41本★2位=土井正博40本
72年	長池41本★大杉40本	3位=野村克也35本
73年	長池43本★大杉34本	3位=張本 勲33本

そして80年代は落合博満がホームランダービーをリード。
この時期に頭角を現してきた秋山幸二を盛んに「口撃」していたことを覚えています。
82年に三冠王(32本塁打、99打点、打率.325)に輝いたものの
「数字的には物足りない三冠王」との謗りを受けると体重を増加させてパワーアップ、
2年連続で50本塁打以上打って連続で三冠王となり、セ・リーグに転出したのも鮮やかでした。

84年	落合33本	 秋山4本	ブーマー37本★
85年	落合52本★秋山40本	ブーマー34本
86年	落合50本★秋山41本	ブーマー42本
86年	落合(移籍)秋山43本★ブーマー40本

そして93年に福岡ドーム、97年に大阪ドームが開場。
球場サイズの拡大の影響はセ・リーグ以上に顕著で、
00年代に入っても80年代のホームランレベルを超えていないのですね。

再び長くなってしまったので、盗塁編とまとめは、また明日!
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2000年「BBMセンチュリーベストナイン」より長池徳二&大杉勝男。
観客動員に苦しんでいた70年代のパ・リーグで人知れず激烈な競争があった…

posted by しゅりんぷ池田 |12:05 | 野球 | トラックバック(0)
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