2007年06月20日

盗塁が減って、ホームランが増えた(上)

野球カードの資料として過去の大物選手たちの成績をよく調べているのですが
「あれ? この選手のホームラン数はこの程度だったんだ」とか
「この人、主軸打者なのに、こんなに盗塁してるんだ!」と驚かされることがよくあります。

例えば 、“じゃじゃ馬”青田昇さんはホームラン王を5回も獲ったのですが、
その際の本数は25、32、31、25、22で、
16年の実働で30本以上打った年は3季しかありません。

59、60年のパ・リーグのホームラン王、“かっぱえびせん”山内一弘(当時は和弘)さんは
実働19年で通算396本塁打(通算300号に到達した最初の打者)を放っていますが、
30本塁打以上したのはやはり3季のみ。

49年、藤村富美男の46本、50年、小鶴誠の51本、
別当薫の43本という異常値はありますが、
これは当時使われていたラビットボールの影響で、
ホームランの本数が常時40本を超えるようになったのは
62年に野村克也が44本塁打、63年に王貞治が40本塁打して以降で
それ以前は20~30本代でホームラン王のタイトルは決していたのです。

一方、盗塁の方ですが、例えばパ・リーグ初代のホームラン王、別当薫さんは
48年にプロ入りして以降の盗塁数が16、13、34、22、40、14、34…。
現在なら盗塁王を何回も獲っている数字です。

レコードブックの巻末の日本プロ野球歴代記録の通算盗塁の項には上位10名が
名を連ねていますが、8位に飯田徳治(通算390盗塁)、
10位に古川清蔵(通算370盗塁)の名が見えます。

飯田さんは衣笠祥雄さんの前の連続試合出場記録の保持者で50年代の強かった
南海で「四番・ファースト」に座り、打点王2回の大物。今で言ったら、
ホークスの松中信彦のような重鎮イメージのこの打者がすごく走ってたんですよ!
52年からは6年連続40盗塁以上で国鉄に転じた57年には、
ついにセ・リーグの盗塁王を獲得。

一方の古川さんは42、43年にホームラン王(といっても8本と4本ですが)を
獲った戦前の長距離砲ですが、この方も50年に56盗塁したのを含め
30盗塁以上したシーズンが5季もあったんですね。

かつての「投高打低」の時代から「打高投低」の時代に転じ
打者がどんどんパワーを増してホームラン時代になったので
盗塁を試みて細かく得点を狙うのではなく、ランナーを貯めて一発ドカン! 
を狙うようになったということなのでしょう。

選手にしてもケガの危険性もある盗塁を試みるよりも
ホームランをたくさん打った方が給料も上がるということで
こういうトレンドになっていると思うのですが、実際のところ
盗塁数とホームラン数はどのぐらい変化しているのか、ちょっと調べてみたのです。
その結果の発表はまた明日に…。
20070620-00.jpg


2000年「センチュリーベストナイン」カードの飯田徳治さん。
鶴岡親分の後に監督も務められた大物です。

posted by しゅりんぷ池田 |12:49 | 野球 | トラックバック(0)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

トラックバックURL
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/tb_ping/75