2007年05月15日

工藤以前に13球団から勝利を挙げていた投手がいた

今朝、スポーツニッポンに横浜の工藤公康が古巣の巨人から勝ち星を挙げると
68年の中日・小野正一以来の13球団からの勝利となるという記事が載っていて驚きました。
http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2007/05/15/01.html

自分も今季、横浜に移籍した工藤に13球団(現存12球団+近鉄)から勝利する
チャンスがあるということは知っていたのですが、
それ以前にこの記録を達成していた選手がいたとは知りませんでした。

この小野投手もまた、「過剰に忘れられている選手」の1人ですね。
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/42
通算184勝で20勝以上も3回(60年には33勝!)も果たしているのに
引退後はプロ球界からきっぱり足を洗ってしまったため印象が薄くなっているようです。

小野さんのキャリアをまとめると
磐城高-常磐炭鉱-清峰伸銅-毎日・大毎・東京(56)-大洋(65)-中日(68~70)
となりますが、「常磐炭鉱」「清峰伸銅」というのが時代を感じさせますね。

ご存知のように、パ・リーグは56年まで
阪急・南海・東映・大映・西鉄・近鉄・毎日・高橋の8球団があったので
小野さんは所属の毎日以外の7球団から勝利を挙げ
セに移って2球団に所属し、セの6球団からも勝ち星を挙げて
計13球団から勝利を得ることになりました。

しかし、パでは1球団にしか所属しなかったため、古巣・毎日からの勝利はなく
全球団からの勝利には至らなかったため、この「13球団からの勝利」という珍記録が
見過ごされていたのだと思います。

しかし、高橋は57年に大映に吸収され、翌58年にはその大映も毎日に吸収されて
消滅したので本当にギリギリの到達だったのですね。

この小野さんのベストシーズンは60年で
リーグ最多の67試合に登板して33勝11敗(勝率.750)、
防御率1.98で最高勝率、最優秀防御率、最多勝利の投手3冠を獲得しますが、
MVPはホームランと打点の2冠を獲得した同僚の山内和弘に譲ります。

60年の大毎は後年、「悲運の闘将」と呼ばれた西本幸雄監督の下、
榎本喜八・山内・田宮謙次郎・葛城隆雄らのミサイル打線が爆発して
10年ぶりのリーグ優勝を果たし、日本シリーズでも圧倒的に有利と見られながら
知将・三原脩率いる大洋に4タテを喰らったエピソードは有名ですね。

この60年の小野の成績を見て驚くのは、先発はわずか22試合に過ぎず、
33勝中21勝を救援で挙げていることです。

この小野投手、身長は185cmと当時では異例の長身投手で奪三振が多かった
(200奪三振以上したシーズンが5回で通算2244奪三振は歴代11位)一方、
コントロールに難があったようで、59年から5年連続でリーグの四球王でもありました。

その後、65年に大洋、68年に中日に移籍しますがいずれも無償トレード。
引退前年の69年に13勝、最後の70年も7勝(防御率3.75はリーグ20位)と
そこそこの活躍を見せながらも引退と、キャリア後半はやや不可解な感じがします。

その小野さんも2003年に既に故人となられており、
工藤の13球団からの勝利が迫って、再び、その記録が掘り起こされたわけですが
生前にその記録にスポットが当たることがなかったのが残念だと思い、
ここに書き記しておく次第です。
20070515-00.jpg


綱島理友氏監修「2006BBM Nostalgic Baseball」より
http://www.sportsclick.jp/magazine/card/2006_nostalgic/index.html

posted by しゅりんぷ池田 |13:06 | 野球 | トラックバック(1)
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一志創伝とは・・・一の志を持ち・・長年の積み重ねで創り上げたものを広く伝えたく、更には 地元 勿来(ナコソ)の関に因み・・・ 来たものすべて打ち返したいとの願いを込めて・・・一志創伝・・奥州 勿来打ち とネーミング

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