2007年04月25日

ああ、20敗投手!

昨日、東尾さんの負け数の多さについて書いたのですが、
ではシーズン最多敗というのはどのぐらいなのかな? と思い確認してみたのですが
最多敗戦はなんと29敗! 1940年、金鯱の中山正嘉投手がマークしたものですが、
同投手の同年の記録はリーグ最多の61試合に投げて18勝29敗、
防御率は2.86(リーグ23位)ですからやはりチームが弱体だったのでしょう。
(この年の金鯱は9チーム中の7位)

そして東尾さんが72年にマークした25敗は歴代12位なのですが、
これがパ・リーグの最多敗戦記録だそうで、
この72年を最後に20敗以上した投手は現れていません。
調べてみたところ、20勝以上した投手が歴代のべ283人いるのに対して
20敗投手はのべ91人しかいないので、ある意味、稀少です。

ピッチャーのローテーション制が形成される以前は
大学野球のごとくエースと準エースが交互に投げていたので
勝ち星も負け数も大きかったのでしょう。

セ・リーグでは68年に小川健太郎(中日)が20敗、
翌69年に外木場義郎(広島)がやはり20敗したのを最後に20敗投手が消滅。

パ・リーグでは65年までコンスタントに20敗投手が出現していたのですが、
以後は68年に森安敏明(東映)が23敗で、
72年に東尾修(西鉄)が25敗したのが最後となりました。

またレコードブックの巻末に載っている「各年度最多敗戦」のページを見てみると
セ・パ分立直後にチームの陣容が整わなかった国鉄、大洋、近鉄あたりが
多く最多敗投手を輩出しています。

55年には大洋の権藤正利が3勝21敗という驚異的な勝率(敗率?)で最多敗。
有名な28連敗が始まった年なのですが、この年の権藤の防御率は3.73で
リーグ13位ですから、打線の援護があればここまで負けなかったはずです。

翌56年からは同じく大洋の秋山登が4年連続で最多敗戦投手に。
しかし、この年56年に入団した秋山の奮闘ぶりはすごいものがあります。

年度	登板	先発	完投	交代完了	勝敗	投球回	チームの順位
56年	58	35	26	21	25勝25敗	379回2/3	最下位
57年	65	40	27	20	24勝27敗	406回	最下位
58年	62	36	20	24	17勝23敗	359回	最下位
59年	56	34	17	21	14勝22敗	300回1/3	最下位
60年	59	26	8	20	21勝10敗	262回1/3	優勝

57年の投球回406というのは今の投手の2年分ですよ!
秋山さんは結局通算193勝で200勝にあと7勝足りなかったのですが、
初期に少し打線が奮起してくれていれば200勝はゆうに達成していたことでしょう。

現在では先発ローテーション投手は年間25試合ぐらいしか投げないので
全敗するぐらいの勢いで負け続けないと20敗に達しません。
そこまで調子が悪かったら、途中から投げさせてもらえなくなるでしょうから、
事実上、現在では到達不可能な記録なのではないでしょうか。
20070425-00.jpg


2003BBM GOLDEN ARMSからの1枚。

posted by しゅりんぷ池田 |13:43 | 野球 | トラックバック(1)
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