2007年03月29日

センバツ最多奪三振記録を持つ男

春のセンバツ3日目に帝京(東京)の大田阿斗里が小城(佐賀)から20奪三振、
6日目に常葉菊川(静岡)の田中健二朗今治西(愛媛)から17奪三振と、
この大会では奪三振ショーが目立っていますが、
こういう好記録が出ると掘り起こされるのが、かつての最多奪三振の記録。
その最多記録はPL学園の戸田善紀が1963(昭和38)年の
1回戦の首里高(沖縄)戦で挙げた21奪三振です。

わたしもまだ生まれていない時代の記録ですが、
わたしぐらいの年代の方なら阪急が75年から78年にかけて
4連覇した当初にローテーション投手として活躍、
76年にノーヒットノーランも達成したピッチャーとして記憶されているのではないでしょうか?

戸田がこの記録を作った当時は沖縄はまだ日本に返還されておらず
(この歴史的な事実自体、今の若い方はご存知ないかもしれませんね)
本土との交流がほとんどなかった沖縄の高校野球のレベルはそんなに高くなかったので、
この記録も多少は割り引いて考えないといけない(1)のですが、
それにしてもすごい記録です。

1)この試合、戸田は21三振を奪って被安打1のみの完封で8-0と圧勝も、
2回戦ではこの大会で準優勝した北海高に10安打を喫して(奪った三振は6)、5-3で敗退。

プロ入り後の戸田の成績を改めて見ると、開花にすごく時間がかかっており
ようやく頭角を現したのがプロ入り8年目の72年で、この年8勝。
後年のインタビューでは当時の阪急の投手陣の陣容がものすごく厚く(2)
若手の戸田にはなかなかチャンスが巡ってこなかったと述懐されています。

2)同時代の阪急の先発投手陣には、梶本隆夫(通算254勝)、米田哲也(同350勝)、
石井茂雄(同189勝)、足立光宏(同187勝)、山田久志(同284勝)らがいた

以後、8→6→11→12で、76年5月11日の南海戦でノーヒットノーランを達成し、
戸田は、この年、自己最多の12勝を挙げながら、
オフに4対3の大型トレードで中日に転出。

このトレードは
阪急=戸田善紀・大石弥太郎・森本潔・小松健二
中日=稲葉光雄・島谷金二・大隅正人
と、両チームとも主力選手を交換しあう大型トレードとして話題になったのですが、
その結果が両球団で好対照となったトレードとしても知られています。

戸田善紀	76(急)12勝5敗	→	77(中)6勝7敗	
※82年までに中日で通算20勝25敗

稲葉光雄	76(中)3勝7敗	→	77(急)17勝6敗	
※83年までに阪急で通算58勝40敗

森本潔	76(急)120試合82安打16本塁打46打点 打率.228
	77(中)49試合17安打2本塁打13打点 打率.172
※79年までに中日で188試合64安打12本塁打46打点

島谷金二	76(中)129試合123安打21本塁打54打点 打率.278
77(急)130試合155安打22本塁打74打点 打率.325
※82年までに阪急で694試合704安打112本塁打408打点

とまあ、阪急側が大成功、中日側が大失敗という結果になり、
当時の阪急は75、76年と連続日本一になりながら、
さらに戦力充実に努めたトレードとして野球史的には記憶されています。

最多奪三振の話題となると、戸田さんの名前が挙がるのですが、その名前を聞く度に、わたしはこのアンバランスな結果に終わったトレードのことを思い出します。

戸田さんは引退後、名古屋で焼肉店を経営されているそうですが、
スポーツ新聞紙上で回顧されるご自身の記録を見て、
どんな気持ちを抱かれているのでしょうか?

posted by しゅりんぷ池田 |16:37 | 野球 | トラックバック(0)
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