2009年06月29日
ライオンズ歴代最多安打打者はわずか6名のみ
ライオンズ歴代最多安打打者はわずか6名のみ 埼玉西武ライオンズカードの企画カード「タイトルホルダーの系譜」を紹介する 3回目は最多安打。この項目もリーグ表彰されるようになったのが94年からなんですね。 (イチローが94年にシーズン210安打の新記録を樹立してから注目されるようになりました) ライオンズの歴代最多安打打者というのはこんな感じ。 <ライオンズ歴代最多安打打者> 1953年 中西 太(西鉄) 146本 1957年 中西 太(西鉄) 154本 1983年 スティーブ(西武) 153本 1999年 松井稼頭央(西武) 178本 2002年 松井稼頭央(西武) 193本 2005年 和田一浩(西武) 153本 2008年 栗山 巧(西武) 167本 2008年 片岡易之(西武) 167本 とまあ、すごく少ないのですよ。 このタイトルを獲得するのはその年の首位打者であったり、 1番バッターとして数多く打席に立った打者の場合が多いですね。 ライオンズで最初に最多安打打者となったのは53年の中西太で146安打。 昨今では年間200安打する打者も出ているので、 146という安打数は随分少なく感じられるかもしれませんが、 70年代ぐらいまでは150本程度で最多安打打者となれていたんですね。 これも「打高投低」のトレンドの影響だと思います。 打者の平均打率は上がっているので、打席が回ってくる回数も当然多くなり 結果的に年間の安打数も増しているということなのでしょう。 中西は57年にも最多安打打者となりますが、 この後なんと25年間も最多安打打者が生まれなかったんですね。 ご存知の通り、この間の西鉄は長い低迷期に入っており 太平洋・クラウンと球団名も変遷していた頃なので、 突出して好成績を残す選手もいなかったわけです。 ちなみに首位打者は太平洋時代の75年の白仁天、76年の吉岡悟と2人出ているのですが 2人とも規定打席ギリギリの首位打者だったので、安打数もそれほど多くなかったのです。 ※75年の白=403打席121安打、76年の吉岡=427打席118安打 その後、26年ぶりの最多安打打者となったのが広岡・西武時代に活躍した スティーブ・オンティベロス。この年は打率.321でリーグ2位という好成績でした。 しかし、その後はまた松井稼頭央まで、しばらく間が空くのです。 この間、西武は未曾有の黄金時代にあったのですから、これはまた不思議なブランクですね。 この常勝・西武時代に猛威をふるった秋山・清原・デストラーデの AKD砲は四球も多かったですからね。 99年の松井は主に3番打者に起用されて打率.330という好成績で ベストテンの2位となり最多安打打者となります。 その後、監督が東尾修から伊原春樹に代わると松井は再び1番打者に起用されるようになり 02年には球団史上シーズン最多の193安打(打率.332はリーグ3位) をマークして2度目の最多安打打者に輝きます。 シュアな打撃の松井が1番に座れば、当然安打数も増しますよね。 続いて05年は首位打者の和田が153安打で最多安打のタイトルも獲得。 近年では93年の石井浩郎(近鉄)の147安打以来の低い数字でした。 そして、昨年はなんと、ライオンズの1番・2番コンビ、 片岡&栗山が同数で最多安打のタイトルに輝きました。 ※片岡は最多盗塁の方でカード化しているので、 今回、最多安打は栗山の写真をカードに使用しました。 同一チームの選手が同じ安打数で最多安打のタイトルを分け合うのはひょっとして史上初? とか思ったのですが、実は69年の王貞治&長嶋茂雄(巨人=156安打)、 84年の田尾安志&谷沢健一(中日=166安打)、 04年の川崎宗則&松中信彦(ダイエー=171安打)と過去3例もあったんですね。 ところで、現時点(6月29日現在)でのリーグ最多安打は西武の主砲・中島裕之。 ライオンズ7人目の最多安打打者の誕生となりますか?
posted by shrimp |11:26 |
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