2009年06月25日

東尾の呪い? ライオンズ球団歴代最多勝利投手

東尾の呪い? ライオンズ球団歴代最多勝利投手

またまた久し振りの更新となってしまいましたが、今回から7月下旬に発売になる
「BBM埼玉西武ライオンズ2009」のカードをご紹介しようと思います。

各チームのカードは監督以下登録全選手がカード化されていますが、それ以外に
「期待の若手選手」や「主力選手」といったカテゴリーの企画カードが準備されています。
こうした企画カードは「サブセット」と呼ばれますが、元々は人気選手を
レギュラーカード以外にも複数回登場させたいというところからスタートした工夫なのです。

今回の「BBM埼玉西武ライオンズ2009」の構成は下記のようになっています。
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2009_lions/index.html

□レギュラー		71種   
□チェックリスト		 1種   
□LIONHEART		 6種   
□背番号物語		 6種   
□タイトルホルダーの系譜	 6種   
□パズルカード		 9種   

「LIONHEART」というサブセットに登場するのは
岸孝之・涌井秀章・中島裕之・片岡易之・中村剛也・栗山巧の6選手で
チームを代表する人気若手選手をカード化しています。

それ以外にどんなサブセットを組むべきか?
涌井・中島・中村らの人気選手はファンの需要もあるので再度登場させてもいいのですが
「LIONHEART」とはまた異なる切り口を考えないといけません。

そこで考え出したのが「タイトルホルダーの系譜」というもの。
現在のライオンズに在籍する選手でタイトルを獲得した選手をピックアップして
裏面には過去にそのタイトルを獲得したことがあるライオンズ歴代の選手の一覧を掲載するというものです。
(※球団が発足した1950年1のみ球団の愛称はクリッパーズ)

在籍選手のタイトルホルダーというと…
最多勝利:涌井秀章、最多奪三振:西口文也、最多安打:栗山巧、最多本塁打:中村剛也、
最高出塁率:中島裕之、最多盗塁:片岡易之と「LIONHEART」とほとんどメンバーは同じなのですが
それはそれでいいのです。で、実際そのカードを作ってみたところ、
意外な発見もあって、これがなかなか面白いものとなりました。
今回からその6部門を紹介しようかと思うのですが、まずは歴代最多勝利投手はこんな感じ。

<ライオンズ歴代最多勝利投手>
1952年	野口正明(西鉄)	23勝
1953年	川崎徳次(西鉄)	24勝
1957年	稲尾和久(西鉄)	35勝
1958年	稲尾和久(西鉄)	33勝
1961年	稲尾和久(西鉄)	42勝
1963年	稲尾和久(西鉄)	28勝
1967年	池永正明(西鉄)	23勝
1975年	東尾 修(太平洋)	23勝
1983年	東尾 修(西武)	18勝
1986年	渡辺久信(西武)	16勝
1988年	渡辺久信(西武)	15勝
1990年	渡辺久信(西武)	18勝
1997年	西口文也(西武)	15勝
1998年	西口文也(西武)	13勝
1999年	松坂大輔(西武)	16勝
2000年	松坂大輔(西武)	14勝
2001年	松坂大輔(西武)	15勝
2007年	涌井秀章(西武)	17勝

ライオンズ初代の最多勝利投手は球団がスタートして3シーズン目の52年に早くも誕生しています。
初代最多勝利投手の野口正明は地元の飯塚商出身で戦前は名古屋でプレーし
戦後50年に創設された西鉄に加わり、29歳となった53年に23勝を挙げて最多勝。
しかし翌年には肩を壊して2勝のみ、翌々年54年は未勝利で引退となりました。

2代目の川崎徳次は巨人軍在籍中から西鉄球団創設に尽力した功労者で
三原脩監督の後を受けて60、61年と西鉄の監督も務めます。
川崎は1リーグ時代の48年にも最多勝利投手となっており、これが2度目の受賞ですが
この年は防御率1.98で最優秀防御率のタイトルも獲得しています。
32歳での受賞は選手寿命が短かった当時では、かなり高齢の部類に入ると思います。

3代目はおなじみの稲尾和久が登場。稲尾はこのシーズンが2年目で
1年目も21勝を挙げていますが、56年はそれを上回る勝ち星を挙げていた投手が4名もいたのです。
稲尾は高卒2年目、20歳の若さで最多勝に輝きますが
「若くして最多勝利投手」というのが、その後のライオンズの投手の伝統のようになります。

稲尾の入団以来の勝ち星の推移は21、35、33、30、20、42、25、28で
61年の42勝はいわずと知れたシーズン最多勝利記録ですが、
59年30勝、62年25勝でも最多勝ではなかったというのがすごいですね。
※59年は杉浦忠(南海)が38勝、62年は久保征弘(近鉄)が28勝で最多勝

稲尾のあとの最多勝利投手が池永正明。稲尾と池永の間が意外にも近いことに驚きました。
池永は高卒3年目21歳で最多勝利投手に輝きますが、
ご存知の通り「黒い霧事件」に巻き込まれて70年途中で退団。

その後チームは長い低迷期に入り、73年太平洋、77年クラウンと球団名が変遷。
この低迷期に投げまくったのが後に監督も務める東尾修でした。
75年に23勝で最多勝利投手となりますが、この年15敗は最多敗戦投手でもありました。
東尾は71年に8勝16敗、72年に18勝25敗、77年に11勝20敗で最多敗戦投手となっており
九州時代(~78年)の通算は128勝144敗で、85年にかつてでは考えられない
17勝3敗という高い勝率でようやく勝敗を五分とし(218勝218敗)
最終的には251勝247敗と勝ち越して88年限りで引退します。

東尾は西武になってから83年にも最多勝投手となり、この年は最優秀防御率も受賞して
シーズンMVPに輝きますが、前回75年の最多勝とはまったく異なる感慨を持ったのではないでしょうか。

で、最近、渡辺久信監督が面白いことを言っていて、この年以降、
西武の投手には東尾氏の18勝を上回る者が出ておらず、
同監督はこの現象を「東尾の呪い」と称しているのですね。
このような例を紹介して、岸と涌井にこの呪縛を解け!とハッパをかけているわけですが
キャリア前半の頃の東尾の奮闘ぶりを思えば
「お前ら、オレがどんだけ苦労して勝ち星を挙げたと思ってるんだ!」
と憤慨する気持ちも分からないではないですね(同氏がそう公言しているわけではありませんが)。

そして東尾の次に最多勝利投手となったのが現監督の渡辺久信。
これまた高卒3年目、21歳での受賞で最多勝も3回。

続く西口文也まで6年のブランクが空きますが、この間も西武は常勝期でありながら
最多勝利投手を輩出しなかったのは不思議な気もしますが
工藤公康・渡辺久信・郭泰源・石井丈裕らが高いレベルで安定した働きを見せたため
勝ち星が突出する投手がいなかったということなのでしょうか。

西口は大卒3年目、25歳で受賞。最多勝投手となった97、98年はチームも優勝しています。

そしてこれに引き続き松坂大輔が高卒1年目から3年連続の最多勝。これはこれですごい記録のはずですが、
上の方に稲尾のとんでもない数字が並んでいるので、ちょっと割を食った感すらありますね。

一番最近の最多勝利投手はその松坂の横浜高の後輩・涌井秀章。これまた高卒3年目の受賞でした。

ライオンズの最多勝利投手は「若くして」という共通項がありますが、
もうひとつ「複数回受賞」という傾向もありますね。
涌井投手も2度、3度と最多勝を取る活躍を見せられるでしょうか。
また「東尾の呪い」を払拭する20勝にもチャレンジしてもらいたいものです。

posted by shrimp |15:56 | 野球 | トラックバック(0)
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