2012年01月24日
2012年1月23日、ゴルフ場運営会社の大手、太平洋クラブが民事再生手続きの開始を申請したという報が聞こえてきました。残念なニュースですが、オールド・プロ野球ファンにとっては懐かしい名前ですね。1973年から76年にかけて、太平洋クラブライオンズという球団があり、クラウンライターライオンズを経て、現在の埼玉西武ライオンズに連なる球団でした。一昨年、2010年のライオンズ・クラシックで、その時代のユニフォームが復刻されたので、最近のファンの方もご存知かもしれません。同年に発行された「ライオンズ60年カード」でも、太平洋時代の選手たちを重点的にカード化し、好評を博しました。
BBMライオンズ60年カード
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2010_lions-60th/index.html
今回の報道で、「過去に球団を保有」という記述が見られますが、これは正確ではありません。73年から78年にかけてのライオンズは、岸信介元首相の秘書だった中村長芳氏がオーナーを務める福岡野球株式会社が親会社であり、「太平洋クラブ」「クラウンライター」はスポンサー企業に過ぎなかったのです。
この辺の複雑な経緯は説明しがたいので、興味のある方は坂井保之さんの「波瀾興亡の球譜~失われたライオンズ史を求めて」などを読んでいただければと思います。
http://bookcart.sportsclick.jp/bbmshop01/7.1/BBM105035/
これは今日で言う、「ネーミングライツ」の手法ですね。プロ野球でネーミングライツというと、2004年の球界再編問題が、近鉄がこれを求めたところから始まったということを、ご記憶の向きも多いのでは。この際には、この手法が野球協約の趣旨に反するとオーナー会議で否定され、近鉄もこれを取り下げ、その後のオリックスとの合併、球団消滅へとつながって行くのです。
当時の報道の多くで、「ネーミングライツは過去にも例がない」などと書かれていたのを見て、大変腹立たしく思ったことを覚えています。「ネーミングライツは過去にもあった。太平洋クラブやクラウンライターがそうだった」と、ライオンズOBの豊田泰光さんが週刊ベースボールの連載で書かれていたのはさすがです。
球界関係者にとって、「太平洋クラブライオンズ」「クラウンライターライオンズ」という存在は、忘れてしまいたい過去なのかもしれません。西鉄ライオンズが黒い霧事件の影響もあって経営が行き詰まり、後継の親会社を探したものの不調に終わり、緊急避難的に中村氏の会社が経営を引き継ぎスポンサーを募った。そうした変則的な形態だったため、なかったことにしたい過去なのかもしれませんが、その時代にプレーしていた選手や、懸命に応援していたファンもいたのですから、「なかったこと」にされてはたまりません。
このブログでも太平洋・クラウン時代のことについては何回か書いてきました。
西鉄・太平洋・クラウン・西武
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/53
通算38勝ながら12球団から勝利を挙げた悲運の投手、古賀正明
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/88
江藤慎一波乱万丈記(3):太平洋で兼任監督就任も1年でクビ
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/94
元太平洋/クラウン監督・鬼頭政一氏死去
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/139
太平洋クラブライオンズがスタートした1973(昭和48)年という年は、昭和40年生の自分にとってもとても印象深い年です。同年はオイルショックの影響で深刻な紙不足に陥り、トイレットペーパーの買占め騒動が起こったりしたんですね。少年マンガ誌が半分ぐらいの厚さになったり、マンガの単行本が1冊250円から350円に値上がりして、ビックリしたものです。また、五島勉の『ノストラダムス大予言』が発行されベストセラーとなったのも同年で、折からの不景気もあいまって、世の中には終末観が漂っていました。
プロ野球の世界では、セ・リーグは同年V9を達成する巨人と、それに対峙する5球団も戦力が充実し、盛り上がりが最高潮を迎えていました。同年にカルビーの野球カードが発売開始され、アニメ『侍ジャイアンツ』が放映開始されたのもその影響だったと思います。
一方でパ・リーグはというと、観客動員に苦しみ、東映が日拓に、西鉄が太平洋と変わり経営の危機が伝えられていました。わたしはカルビーカードや『侍ジャイアンツ』の影響で、その年からプロ野球を見始めたのですが、なぜか、そんな子どもでも、「太平洋は今にも潰れそうなチーム」という認識を持っていました。平和台球場で力投する東尾修の後ろに見えるスタンドはガラガラどころの騒ぎではなく無人! しかし、審判も映り込んでいるので公式戦のはず! そんな野球カードからも球団の窮状が伝わってきました。ケイブン社の選手名鑑を見ると、太平洋の投手は石垣(島原市営球場のそれですね)の前で投球練習をしていて設備が十分でないことが分かります。ライオンズからトレードされる選手は欣喜雀躍して球団を飛び出し、ライオンズに移ってくる選手はなんとなく元気がない…。そんな様子が見てとれました。そんな苦しい時期を支えた選手たちだからこそ、「なかったこと」にはさせたくないのです。
太平洋クラブ破綻の報を聞き、そんなあれこれを思い出したのでした。

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2011年05月25日
先日5月20日の西武vs中日戦、5-0から9回表に一挙6点を挙げて中日が逆転勝ちをした試合はすごかったですね。そして、この大逆転の立役者となったのが、この日、今季初先発を果たした大ベテランの佐伯貴弘選手。9回表の逆転2点適時打を含む5打数4安打と大活躍。実は、佐伯選手は開幕からこの日まで、代打のみの出場で13打数ノーヒットと大不振だったので、心配していた(今回の中日カードのサブセット「頼れるベテラン」の1人としてピックアップしていました)のですが、やはり1試合で数打席立つのと、1打席のみの代打では全然感覚が違うのでしょうね。
BBM中日ドラゴンズ2011ベースボールカード
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2011_dragons/index.html
今季、横浜から中日に移籍した佐伯選手、ベイスターズで18年の長きにわたって選手生活を送りましたので、その通算成績は同球団の歴代記録でもかなり上位に位置しており、出場試合数で歴代3位、安打数で5位、打点で4位となっているのです(数字は2010年シーズン終了時点)。
セ・リーグ 打撃通算リーダーズ
http://www.npb.or.jp/cl/entertaiment/record/pdf/2011/28.pdf
しかし、佐伯選手の通算成績がこんなに高位にあるのは、少し違和感があるのですね。というのも、同選手は18年の在籍中、規定打席に到達したのが6シーズンしかないのですよ。
ベイスターズが優勝した98年も規定打席に到達していませんが、この年は右打者の中根仁(現・横浜コーチ)、左打者の佐伯が相手投手の左右によって併用されていたことを覚えています。
そのように、佐伯選手というと、常に誰かと併用されているイメージが強く、完全なレギュラーという感じがしないのに、それでも球団記録の通算ランキングで高位にあるということが、間接的に横浜球団の長年にわたる不振を物語っていると思うのですね。
佐伯選手のポジションは一塁と外野。そう、外国人選手と完全にダブるポジションなのですね。同選手はもっとも多いシーズンでも19本塁打が最高(しかし、通算155本塁打は横浜歴代で7位の記録…)なので、球団がもっとホームランを打てる打者を求めて、外国人を補強したくなるも分かります。しかし、その外国人選手が機能せず、結局、佐伯選手がレギュラーに戻るというパターンがずう~っと続いてたんですね。以下、1年で去った外国人野手を列挙すると、本当に“死屍累々”としか言いようがない状況です。
1998年 マラベ
1999年 ポゾ
2000年 メローニ
2001年 ズーバー
2002年 ヤング/ロドリゲス
2003年 コックス
2005年 ウィット
2008年 ジェイジェイ/ビグビー
2009年 ジョンソン
そして、外国人選手ばかりでなく、ベテランの佐伯を控えに追いやる若手選手の台頭もなかったということなのです。
と言っても、これは横浜のカードではなく、中日のカードなので、佐伯選手のカードの裏には「試合数」「安打数」などのNPB通算ランキングの表を入れました。
本塁打数155は別当薫、ソレイタ、井上弘昭と並んで歴代143位なんですね。あと1本打つと、これらのビッグネームを抜いて池辺豪則(巌)、伊東勤と並ぶ歴代141位にランクアップします。
そして、通算打率は昨年終了時点で歴代100位ぴったりだったのですが、先述のように、今季は安打が出ずに苦しんだこともあって5月24日時点で.27779まで下降、歴代103位に後退しています。今後も、代打での出場が主になりそうですが、歴代100位以内に戻せるでしょうか。大ベテラン・佐伯選手の今後の活躍を見守りましょう。
そうそう、実は佐伯選手は、これまでカードにサインを書かないことで有名だったのですが、今回はサインを書いてくれています。同選手のファンにとっては朗報ではないでしょうか。
また、ドラゴンズカードの発売に合わせて、往年のエース・小松辰雄さんのサイン会も予定されていますので、お近くの方はぜひご参加ください。
『BBM中日ドラゴンズ2011』発売記念カードショー 小松辰雄さんサイン会
http://www.sportsclick.jp/sportscard/event/11042/index.html

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2011年05月20日
その昔、カルビーで野球カードの担当になって新しいシーズンを迎えた際に、それまで最終学歴しか記載されていなかったプロフィールを、高校・大学・社会人まで完全掲載することにしました。
昔の選手名鑑は、大学出身選手の場合、その大学のみを記して、出身高校名は省略、また社会人野球出身選手の場合は、その企業名は省かれて、出身高校か大学しか記されていなかったのです。最近の詳細な情報が載った選手名鑑に慣れている方にとっては不思議かもしれませんが、昔はそんなだったのですよ。
例えば早稲田大学出身の選手にしても、その選手が地方の公立校から早稲田に進んだのか、野球名門校から推薦で早稲田に進んだのかではバックボーンが全然違いますよね。それに、出身高校まで記載されていれば、「あ、この選手はあの選手と高校が同じだ!」なんていう情報も発見できてうれしいですよね。
より多くの情報を掲載することで、カードを収集している子供たちにも喜んでもらえると判断して、そのような改良を加えてみた(同時に成績表も完全掲載に切り替えました)のですが、どうせなら、出身小学校や中学まで載せたいなあ~と思ったのですが、さすがにそこまで載っている選手名鑑はなかったのですよ。類書を見ても森岡浩さんの『プロ野球人名事典』に部分的に載っているぐらいだったのですね。
出身小・中が分かれば、「自分と同じ小学校(中学校)だ!」ということで親近感もより沸くでしょうし、「A選手とB選手は同じ小学校(中学校)の出身なんだ!」なんていう発見もあるでしょう。実際、元広島の大下剛史さんと三村敏之さんは小・中・高がすべて同じ(大下さんが4学年上)だったそうです。
で、現在、中日ドラゴンズのカードを制作中なのですが、ちょっと調べものがあって同球団の選手名鑑を覗いたところ、これがなんと、出身小学校・中学校も掲載されているのですよ!
中日ドラゴンズ選手名鑑
http://dragons.jp/teamdata/players/
BBM中日ドラゴンズ2011ベースボールカード
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2011_dragons/index.html
例えば、堂上直倫選手の履歴は「山王小-知多中-愛工大名電高」。お兄さんの堂上剛裕選手も「山王小-知多中-愛工大名電高」。
いや、これはうれしいサービスですね。球団の広報の方が選手の方に1人1人、聞いて回ったのでしょうか。
一方、今季新加入のドミニカ出身のグスマン選手は中・高のみですが、「コレヒオ エバンヘリコ エンマ ヌエル中学校-リセオ エウヘニオ マリア デ ホスト高校」と長い、長い。他のドミニカ出身選手を見ても、ネルソン選手の出身高校は「セルヒオ アウグスト ベラス高校」とやはり長いですね。
日本の学校のように「地名そのまま」あるいは「地名+数字、東西南北」のような校名のスタイルではなく、ゆかりのある人物や聖人などの名前を冠しているのですかね。こんなところにも国情の違いがうかがえて面白いですね。
しかし、グスマン選手、小学校の名前は長すぎて覚え切れなかったのかも…。

posted by shrimp |12:43 |
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2011年05月02日
今年1月に発売した新旧のチャンピオンたちをカード化したプロレスカードの新シリーズ「チャンピオン伝説 Legend of the Champions」には「まだ見ぬ強豪は歴史の中にいる!」というキャッチコピーをつけました。
BBMプロレスカード2011
『チャンピオン伝説 Legend of the Champions』
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2011_pro_wrestling-lc/index.html
「まだ見ぬ強豪」――かつて日本と海外との距離が遠かった頃、メディアを通してしか報じられていない、未来日の強豪レスラーのことをそう称していたわけですが、メディアが発達して日本にいながらにして未来日の選手の映像が見られる現在では、もはや「まだ見ぬ強豪」は存立しえなくなっています。「あのレスラーはどんな選手なんだろう…」と妄想をたくましくすることができた当時のプロレスファンは、なんでもすぐに手に入る現在のファンよりも幸せだったのかもしれません。
自分は「誰のファンでした?」とフェイバリット・レスラーを訊かれた際には「まだ見ぬ強豪です!」と答えることにしています。プロレス中継でも試合本編より、次期シリーズ参戦選手を紹介するコーナーの方をより注目して眺めていました。「おお~、ついにあのレスラーが来日するのか!」と興奮したものですが、いざ来日してみると「とんだ一杯食わせ者」というケースもままありましたが、それもご愛嬌。全日本プロレス中継の同コーナーのテーマ曲、『マシンガン』(コモドアーズ)、新日本プロレス中継の『スターサイクル』(ジェフ・ベック)が流れてくると胸が高鳴ったものです。
そういう経験が得がたい現在のプロレスファンにとっては、歴史上のレスラーこそが「まだ見ぬ強豪」なのではないか、と思ってこのキャッチコピーをつけた次第。
野球の方では2001年から、現役選手とOB選手を混合したヒストリックコレクションというシリーズを毎年出していますが、自分はプロレスでも同じような展開ができるなあ~と早くから思っていました。しかし、当時からプロレス業界の市況が芳しくなくなっており、今出してもあまり売れずにもったいないことになるかもしれないので、もう少し市況が回復してからやった方がいいと判断してずっと案を暖めていたのですね。今となっては、もっと早く出しておいた方がよかったのかもしれませんが…。
とりあえず、構想ウン年の「チャンピオン伝説」はリリースできたのですが、今後も各団体の個人総当りリーグ戦(旧日本プロレスのワールドリーグ戦、全日本のチャンピオン・カーニバル、新日本のG1、スーパージュニア等々)、タッグリーグ戦(全日本の世界最強タッグ、新日本のMSGタッグ、G1タッグ等々)等でカードを作れたらいいなあ~とか妄想を膨らませております。というわけで、次回作にもご期待いただきたいのですが、「チャンピオン伝説」の方もまだ購入可能らしいので、往年のプロレスファンのみなさんも、よろしくお願い致します。

posted by shrimp |11:09 |
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2011年04月28日
来月中旬に発売される広島東洋カープのカードのサブセットで「頼れるベテラン」というカテゴリーを作って、石井琢朗・前田智徳・嶋重宣の3選手をピックアップしています。
BBM広島東洋カープ2011ベースボールカード
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2011_carp/index.html
他の現役主力選手はカード裏面に昨年の登板実績や月別成績・対戦球団別成績・球場別成績のグラフなどを入れているのですが、常時出場していない前田智徳選手の場合、そういうグラフが作りがたいので、「広島球団通算記録ランキングに見る前田智徳」という表を入れました。
セ・リーグのHPに各球団ごとの通算記録ランキングが掲載されているんですね。これは面白いですよ。パ・リーグの方も作ってもらいたい!
セントラルリーグ記録集「チーム別打撃通算リーダーズ」
http://www.npb.or.jp/cl/entertaiment/record/index.html
カープの場合、打撃のランキングはだいたいが衣笠祥雄、山本浩二さんが1、2位を占めていて、3番目に前田智徳選手が着けていることが多いですね。
そんな中、同選手が1位となっているものがあって、それは「打率」部門(2500打数以上の打者が対象)。2位に現役の栗原健太選手が着けているのもビックリですね。
前田選手の通算打率は昨年終了時点で.302。NPB史上で通算打率(4000打数以上)が3割を超えているのは22人いて(これもNPBのHPで確認できます)、前田選手は4月27日現在で20位に着けています。21位の谷沢健一さんとの差は微差なので、今季の打率いかんでは21位に後退してしまうかもしれませんし、不成績が続くようだと通算打率が3割を切るおそれもあります。昨年からは代打出場が主になっていますが、代打で高打率を保つのは難しいですよね。
NPB歴代最高記録「打率」2011年4月27日(水) 現在
http://bis.npb.or.jp/history/ltb_avg.html
順位 選手 打率 実働期間 打数 安打
1 リー .320 (1977-1987) 4934 1579
2 若松 勉 .31918 (1971-1989) 6808 2173
3 張本 勲 .31915 (1959-1981) 9666 3085
4 ブーマー .317 (1983-1992) 4451 1413
5 * 小笠原 道大 .3153 (1997-2011) 6324 1994
6 * 和田 一浩 .3146 (1997-2011) 4834 1521
7 川上 哲治 .313 (1938-1958) 7500 2351
8 与那嶺 要 .3110 (1951-1962) 4298 1337
9 落合 博満 .3108 (1979-1998) 7627 2371
10 * カブレラ .3086 (2001-2011) 4222 1303
11 * 松井 稼頭央 .3085 (1995-2011) 4687 1446
12 レオン .308 (1978-1987) 4667 1436
13 中西 太 .307 (1952-1969) 4116 1262
14 * ラミレス .3054 (2001-2011) 5658 1728
15 長嶋 茂雄 .3052 (1958-1974) 8094 2471
16 篠塚 和典 .3043 (1977-1994) 5572 1696
17 松井 秀喜 .3040 (1993-2002) 4572 1390
18 鈴木尚 .3034 (1991-2008) 4798 1456
19 大下 弘 .3030 (1946-1959) 5500 1667
20 * 前田 智徳 .30249 (1990-2011) 6906 2089
21 谷沢 健一 .30243 (1970-1986) 6818 2062
22 王 貞治 .301 (1959-1980) 9250 2786
19位に名を連ねる大下弘さんは通算打率が3割を切るのを恐れて引退したなんて説もありますが、前田選手の場合はどうでしょうか。打高投低時代になって、「打率3割」の価値がかつてほど高くなくなっていますが、前田選手はどう考えているでしょうか。
また、通算打率2位が栗原健太選手というのもすごいですが、07年に打率.310でリーグ5位、翌08年に打率.332でリーグ3位と、意外に(?)アベレージヒッターなので、今後1位に躍り出る可能性もありますね。
前田選手の記録で、もうひとつ目を引いたのが「犠飛」の2位。3位の衣笠祥雄さんを上回っているのは、チャンスに強い前田選手らしいですね。また、その衣笠さんと同率3位に並んでいる山本一義さんの名前もなつかしい! カープで山本浩二選手以前に「山本」といったら、こちらの一義さんだったんですよね。
そんなカードの裏面も楽しめるカープカードは5月19日の発売!
マツダスタジアムでの先行発売や、昨年限りで引退した高橋建さんのサイン会なども予定されているそうなので、お楽しみに!
BBMベースボールカード「広島東洋カープ2011」先行発売記念
スタジアムカードフェスタ開催!
http://www.sportsclick.jp/sportscard/event/11028/index.html
ベースボールカード「BBM広島東洋カープ2011」&「惜別球人」発売記念
高橋建氏(元広島東洋カープ)サイン会&握手会
http://www.sportsclick.jp/sportscard/event/11025/index.html

posted by shrimp |13:31 |
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2011年04月27日
先日書いた広島の福井優也投手の回で、このブログのアクセスが100万を突破しました。2006年12月27日にスタートして4年4か月ほどでの到達。日にちにすると長いですが、長らく更新しない期間があったりして、福井投手の回で189本目の話題だったので1本あたり5000アクセスほどでしょうか。これは大体実感のある数字ですね。ブログを1回更新すると5000アクセスぐらいということが多かったです。一番アクセスが多かった日は4万超のアクセスがあったのですが、これは丸亀城西高の関口将平投手がアトランタ・ブレーブスと契約を結んだ日で「関口将平って誰だ?」と思った方が検索したところ、このブログがトップに来ていて…という流れだったのだと思います。
身長2m超のドラフト候補選手:関口将平(丸亀城西)
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shrimp/article/110
その関口投手、昨年はルーキーリーグのガルフコースト・ブレーブスに所属して8試合で1勝1敗、防御率3.77の成績だったのだとか。今季はどうでしょうか。
Shohei Sekiguchi
http://www.thebaseballcube.com/profile.asp?P=shohei-sekiguchi
このブログはベースボール・マガジン社で野球やプロレスのカードの制作をしているフリー編集者のしゅりんぷ池田がカードの制作途上で知りえたエピソードなどについて書いているブログですが、本業のカードの編集の仕事が忙しくなってくるとブログを書いている時間がなくなってしまい、長らく更新できないままになってしまいがちです。
しかし、まったく更新しない時期でも日に100、200とアクセスがあったりするのでありがたいものです。このブログは一遍一遍がかなりの長文で、特定の選手について詳述しているので、ブログで取り上げていた選手が亡くなったり、何かの記録を更新して過去の記録保持者として名前が挙がったりした際に、その選手を検索して当ブログに辿り着かれる方が多いようですね。そういう何かがあった際に、ブログを更新していなくても、急にアクセスが急増したりしますね。
これからも、折を見て更新して行きたいと思いますので、よろしくお願い致します。
posted by shrimp |13:15 |
カード |
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2011年04月22日
カープが6年ぶりの首位に立つ好スタートを切っていますが、
来月中旬に2011年版の広島球団のカードが発売となります。
BBM広島東洋カープ 2011ベースボールカード
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2011_carp/index.html
カードを作っていても、楽しみな若手選手が多く、近い将来面白いことになりそうだなと思っていたのですが、いきなり来ましたね。
今回、取り上げるのは期待のドラフト1位投手、福井優也。「期待の若手選手」というサブセットの1人に彼を取り上げており、裏面に甲子園での通算記録を収録したいと思って調べてみたところ、すごい数字が見つかって驚きました。
福井投手といえば、高校2年の04年の春のセンバツで颯爽とデビュー。創部3年目の済美を初出場・初優勝に導いた立役者の1人で続く夏の大会でも準優勝、高校3年の夏の大会にも出場して甲子園通算9勝を挙げた甲子園のヒーローだったわけです。
下記にその戦績を記載しますが、対戦相手が豪華で後にプロに進む選手たちと数多く対戦していることにも驚きましたが、何より驚いたのが死球の多さ!
【2004年春】対戦校 スコア 四球 死球
1回戦 土浦湖北 9-0 2 2
2回戦 東邦 1-0 1 2
準々決勝 東北 7-6 3 1
準決勝 明徳義塾 7-6 4 2
決勝 愛工大名電 6-5 3 3
【2004年夏】対戦校 スコア 四球 死球
2回戦 秋田商 11-8 4 3
3回戦 岩国 6-0 3 1
準々決勝中京大中京 2-1 2 3
準決勝 千葉経済 5-2 5 1
決勝 駒大苫小牧 10-13 4 3
【2004年夏】対戦校 スコア 四球 死球
1回戦 旭川工 6-0 2 1
2回戦 清峰 4-9 3 1
甲子園通算12試合で23個の死球ですから、1試合あたりほぼ2。12試合すべて、必ず1個以上の死球を与えているのですよ。甲子園の記録集などを見ても「大会個人与死球」という項目はありませんが、04年春の大会の10死球、同夏の11死球は最多記録なのではないでしょうか?一方の四球の合計は36個ですから、1試合あたり3個と、それほど多いわけではありません。相手打者に当たることを恐れずに厳しいコースをバンバン攻め込む投球スタイルだったということでしょうか。
福井投手が対戦した相手は名立たる名門校が並んでいますが、多くの有名選手たちとも対戦しています。
まず、2年春の初戦で対戦した土浦湖北はこれが初出場でしたが、そのチームで四番でエースだったのが須田幸太。そう、早大からJFE東日本を経て、今季横浜にドラフト1位で入団した投手ですね。福井とは後に早稲田でチームメートとなるわけですが、須田の全国デビューは9-0とこっぴどく済美にやられてしまったわけです。須田は8回を投げて、13安打8失点。現日本ハムの鵜久森にホームランも打たれますが、10三振を奪って意地も見せました。一方の福井は9回を3安打10奪三振で完封。しかし、147球も投じていることから、制球は安定していなかったものと思われます。
続く東邦戦は1-0の最少失点差で連続完封したものの、この試合も152球を投じています。東邦の投手は8回を107球で5安打10奪三振で無四球と、福井を上回る内容でしたが、この投手が明大を経て中日入りした岩田慎司なのですね。
続く東北との一戦は7-6の大乱戦(ここから3戦はいずれもそうなります)。東北はこの大会の1回戦で熊本工を相手にノーヒットノーランを達成していますが、この際の熊本工のエースが今季ドラフト3位で広島入りした岩見優輝。同投手も、この試合4安打2失点(自責点0)となかなかの好投を見せていたのでした。ちなみに、この岩見も福井と同じく「期待の若手」の1人として収録されています。
本題の済美vs東北戦はそのダルビッシュは登板せず、独特の黒ぶちメガネで人気者となった真壁賢守(Honda)が登板。2-6とリードされた済美が9回裏に一挙5点を挙げ、後に阪神に進む主将・高橋勇丞のサヨナラホームランで逆転勝ちを収め、ダルビッシュは登板はありませんでした。ちなみに、東北の二番・ショートには現日本ハムの加藤政義が入っていました。
準決勝の明徳義塾戦は3回終わって6-0というワンサイドゲームになりかけましたが3回から登板した明徳義塾の2番手、松下建太が好投、6回裏に一挙6点を挙げ、同点に追いつきます。そう、この投手は早大を経て西武入りした松下建太ですね。本来は福井と同学年ですが、福井が1浪したため、早大では松下が1学年上となりました。
決勝の愛工大名電戦も済美が先制しますが、愛工大名電の3番手、丸山貴史投手が投打に活躍し、6-5と1点差に迫りますが、反撃もここまで。この丸山投手はヤクルトからドラフト6位指名を受け入団しますが、09年限りで自由契約。昨年からは社会人の西濃運輸でプレーしています。プロでは入れ替わりとなってしまったわけですが、丸山が再び福井たちと邂逅を果たす日は来るでしょうか。
続いて夏の初戦で対戦したのが秋田商。同校のエース・佐藤剛士はダルビッシュ有、木村正太(現・巨人育成)とともに「東北ビッグ3」と呼ばれ、広島から1位指名を受け入団したものの、1試合のみの登板で昨年限りで引退、福井との再会はなりませんでした。この試合は佐藤が153球、福井が171球を投げそれぞれ完投、11-8という大乱戦で済美が勝利します。
3回戦は岩国を相手に福井が完封勝利、打っては四番の鵜久森が2試合連続のホームランを放ちます。準々決勝の中京大中京戦は2-1のサヨナラ勝ちで、ベスト4進出。
準決勝で迎えたのは、松本吉啓監督(75年、桜美林の優勝投手)と四番&エースの松本啓二朗の親子鷹で話題になっていた千葉経大付。そう、後に早稲田に進んで通算100安打を達成し、ドラフト1位で横浜に入団した、あの松本ですね。福井はここでも早大の先輩と対戦していたのです。この試合も鵜久森の大会3本目のホームランなどで快勝。
駒大苫小牧との決勝は、福井が2度の登板で2本のホームランを含む14安打10失点と乱調で、10-13で敗れ、駒大苫小牧が北海道勢初の優勝を果たします。済美の甲子園での連勝が9でストップしたわけですが、この試合の敗戦投手は2番手の藤村昌弘で福井に負けはつかず、8連勝のまま甲子園を去ったのですから、強運です。
そして、3年夏、福井は済美の主将として甲子園に帰ってきます。1回戦の旭川工戦は8回を7安打10奪三振無失点の6-0で通過し、甲子園9勝目。
続く2回戦で対戦したのが、4年後に現広島の今村猛を擁してセンバツ初優勝を果たすことになる清峰。この際のエースは日本文理大を経て昨年オリックスにドラフト1位で入団した古川秀一でした。この試合は2回に制球を乱した福井が一挙に5失点を喫し、結局4-9で清峰が勝利。甲子園12試合目にして、福井に初めての黒星が付きます。
という感じで、福井の甲子園での登板を振り返ってみましたが、ここで取り上げたかってのライバルたちとの対戦が楽しみですね。
「高校時代は甲子園で死球連発」
「巨人からドラフト4巡目指名を受けるも拒否」
「1浪して早大に入学」
「プロ入りして最初のキャンプも“オレ流”調整で
なかなかブルペン入りせず、野村監督、大野コーチを心配させる」
こんなエピソードから、福井選手のキャラクターがなんとなく見えてきますね。最近のプロ野球選手にはあまりいないような雰囲気をもっていて期待しています。
「BBM広島東洋カープ 2011ベースボールカード」は5月19日の発売予定です。お楽しみに!

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2010年06月11日
今月18日に発売される千葉ロッテマリーンズのチームカードが発売となりますが、
その中で、今季から背番号を変更した3選手(大嶺・薮田・塀内=薮田は復帰)
の変更前後の写真を組み合わせたサブセットを作りました。
塀内選手は52番から16番への変更ですが、これは今季からロッテに加わった金泰均が
韓国時代につけていた52番を所望したことから、塀内が16番に変更となりました。
内野ならどこでも守れるユーティリティープレーヤーとしてチームに欠かせない
存在となっている塀内選手、今季はその金選手が守る一塁の守備固めとしての
出場がもっぱらとなっているのも面白いですね。
ところで、ロッテの背番号16というと、過去にもこのように、他の背番号変更が
影響して16番となった選手がいたのです。それは昭和40年代のロッテで
「2番・センター」に入って活躍した池辺巌選手。
同選手は長らく背番号「34」を背負っていたのですが、73年に金田正一監督が
着任することになり、同監督の代名詞的な背番号「34」を所望したことから、
池辺選手が16番に変更されることになりました。
この池辺選手がプロ入りしたのが62年のこと。
当時はまだ球団が「大毎」を名乗っていた頃で、入団投手当初は投手でした。
1年目の62年に1試合3回を投げて被安打2、奪三振1、自責点0という記録を残し
ますが、2年目途中から打者に転向。池辺さんといえば、オールドファンには
“外野手”のイメージが強いと思いますが、2年目には三塁手で14試合、
遊撃手で1試合に出場しています。その後は外野に回り、67年には初めて規定打席に
到達してリーグ最多の27二塁打、10死球でリーグ8位の打率.286をマーク。
翌68年は三塁手を125試合務めるのですが、リーグ最多の29失策を犯したこともあってか
翌年からは再び外野に復帰。67年から72年にかけて6年連続で規定打席に到達し、
毎年100安打以上を放ち、オリオンズの中心選手の1人となります。
ところが背番号が16に変更された73年は7年ぶりに規定打席に達せず、60安打で
打率もわずか.215。翌74年も70安打、打率.281で、同年オフに阪神にトレード。
背番号変更を巡って金田監督との間に確執があったとの説も聞いていますが
真偽のほどは分かりません。
この際のトレードは鈴木皖武・上辻修・森山正義・平山英雄←→池辺巌・井上圭一
という大人数のトレードでありました。
森山正義さんは現在母校・明治学院大の監督を務められていますね。
池辺さんは阪神に移って再びレギュラーに返り咲き76年にはゴールデングラブ賞も受賞。
77年には1試合だけ捕手を務めて話題となりました。同年4月30日の大洋戦で当時の
正捕手だった田淵幸一がファウルチップを股間に受けて控え捕手の片岡新之助に交代。
ところが、この片岡もファウルチップを右手中指に受けて負傷。
第3捕手の大島忠一はすでに代打に出ていたので、
センターを守っていた池辺が捕手を務めることになったのでした。
【スポニチ・日めくり】捕手がいない!鬼門・川崎球場、阪神選手が連日の骨折
http://www.sponichi.co.jp/baseball/special/calender/calender_april/KFullNormal20080413212.html
池辺選手は現役最後の1年は近鉄に在籍したのですが、この年、一塁手を2試合、
指名打者を3試合経験します。これで、同選手の守備位置別の出場試合数は
【投手】1【捕手】1【一塁手】2【三塁手】141【遊撃手】3【外野手】1489
という結果になりました。あと、二塁も守っていればコンプリートだったのに~。
カードを眺めていて、そんな懐かしの選手を思い出した次第です。
千葉ロッテマリーンズのチームカードは6月18日の発売!
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2010_lotte/index.html
明12日には千葉マリンスタジアムでの先行販売も予定されていますので、
お近くの方はお出かけください!
『BBM千葉ロッテマリーンズカード2010』先行発売記念イベント開催
http://www.sportsclick.jp/sportscard/card/2010_event/035/index.html

posted by shrimp |12:48 |
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