2009年12月29日

50’s まとめて一丈青扈三娘

今年の夏。選手たちの新背番号がぞくぞくとお披露目されていたときのことです。
そのなかに思わず「ボケがァ!」と叫んだ男がおりまして。
怒鳴ったのはアーセナルのデンマーク人。ニクラス・ベントナーなのでございます。
だって52番ですよ、52? 今からレギュラーふんだくろうってヤツがさぁ…。
なんだなんだそのトランプみたいな背番号は? もうジョーカーはお断りってことか!

本人がいないのにカッカしてもしかたない。冷静になりましょう。
じつをいうとこのコンコンチキ背番号。一度手を出したことがあるんです。
しかしやっぱり気がのらず…。デカイ数字をほうり投げたのは今年のはじめのことでした。
年明けに書き損じたボツネタを、来年に持ち越すのもどうかと悔いあらためまして。
かりにも背番号をものする身。発奮して今回作業に取りかかったワケであります。
…さあて、絶望的に地味なメンツが続きますぜ? ひきかえすなら今のうちですな。

まあそうはいってもまずは主要リーグ。イタリアはセリエAに参りましょう。
セリエには巨大背番号がゴロついてますが、この50番あたりはあまり存在しません。
かの国のハイナンバーは、もっぱら生年下二ケタからとられますからね。
(…なんて油断してるとダマされますけど。ジェノアとかアタランタにおりますな。)
アレに比べりゃ52なんてかわいいもの。機械的ナンバーには人肌のぬくもりがありません。
若い時分ならともかくも、あんなモン後生大事に取っとくヤツの気が知れないね。

クサしてる場合じゃなかった。50番代にハナシをもどします。
そうですね。有名ドコロでは…セルジオ・コンセイソンなんかどうでしょう?
03-04のラツィオ復帰時。このポルトガル人ウイングは53番をえらびました。
まあお好みの7にはクラウディオ・ロペスがいましたけど…なにゆえ53だったのやら。
ほかにはトルコのエース、ハカン・シュクルも知られてますね。インテルでは54番でした。
コレなんかは5+4=9でしょう。でもこんな奇のてらい、ヤツには合いませんよ。
シンプルな9番でしたからね、彼は。結局ガラタサライに帰りましたとさ。

そういえばハカン・シュクルの祖国。トルコはそれこそ特殊ナンバーの宝庫です。
近年は東欧各地に謎のハイナンバーを見かけますが、十年前にあんなのいましたっけ?
せいぜい30かそこらだった気がします。ポルトガルあたりならありましたけど。
まあマトモに追ったわけでなし(追いたくもない)、ただのイメージやも知れませぬが…。
いやいやそんなコトないな。ニコポリディスのくされナンバー違和感あったもんね。

そこんとこいくとトルコはどこ吹く風。以前からデカイのがウロウロしとりました。
たとえばガラタサライがUEFA杯を獲った99-00シーズン。
ハジが10番でオカンが7だったあのチームにも、主力におかしなのがいましたから。
ハカン・ウンサルは57番つけてたし、エルギュンは67で走りまわってたし…。
まあコレがこの国ひとつにおさまるのなら、それも個性と思えるんでしょうけどね。

さてやはり現ガラタにもおります。みょうちきりんなハイナンバー背負う選手が。
それが赤いチームにて55番をつけるRB、弱冠25歳のサブリなる男でありまして。
(…なんか最近いましたね。カリフォルニアあたりにそんな男が。)

わたしがサブリをはじめて見たのは、たしか06-07のCLでのことです。
トルコに元気なSBがいるぞってんで、どれどれと試合をのぞいたんじゃなかったかな?
で、たしかにいました。右サイドを駆けてもどって、おりおりいいクロス上げる若いのが。
なるほど背中は少々いまいましいが、これがウワサの…と納得したものです。

ところが逆サイドにもハネたSBがいたんですよ。それもサブリより3つも若いのが。
彼の名はアルダ・トゥラン。背番号はやはりべらぼうで、こちらは66番でした。
この少年はガツガツ突っこんでいくタイプでした。敵に出くわしたら勝負を挑むんですね。
ウワサのSBはどちらのことだったんでしょ? 今もって事実関係は不明です。

そんな二人のSBですが、その後の事情はいくらか異なりまして。
サブリのほうはそのままRBになりました。背番号もそのまま、あの55番です。
いっぽうのアルダは攻撃性能を買われトントン前に。今や彼はガラタの背番号10なのです。
まあポジションどうこうは言いますまい。二人はともにチームの主力なのですから。
ですが語りべの身としては、やはりアルダの物語のほうに魅力を感じますね。

結局ハナシはもどってきます。背番号には物語があってほしい。
出世譚、転落劇、さすらい戦士旅情編…。男の背中には栄光と挫折が行き交います。
背番号の醍醐味はそこにこそある。ヘンなナンバーでチャチャいれないでもらいたい。
むろん違う感覚のかたも多いでしょうね。あるいはまったく無関心か。
ならば意見をさらすのも意味があるでしょう。オレはあんなのゴメンだね、と。

ま、もとよりベントナー本人には関係のないことです。
彼はあの背番号でレギュラーを、タイトルを。そして栄誉を獲得すればいいんですから。
そうなってしまえばもうお手あげ。わが戯言なんぞ誰も相手にしますまい。
さてさて、いったいどうなりますやら。今のところ筆者はアグラかいとります。



<おまけ>
とりあえずはベントナーに敬意を表しておきましょう。この曲。
…マズイ、カッコいいぞ。

posted by 由比彰紀 |12:29 | ナンバー | コメント(4) | トラックバック(0)
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2009年12月22日

9 ふたたびの花栄

最後は9番で決まり。これがナインボールとサッカーの共通点です。
小さな数の玉から順々に落としてゆき、最後に9番をコン! 
これが玉突きゲームたるビリヤード。ナインボールの基本ルールであります。
小さなナンバーからめいめい選手を経由し、最後に9番がドン!
これが球転がしゲームたるア式蹴球。サッカーの基本ルール…なわきゃありませんけど。

とはいえどんなチームでも垂涎モノでしょう。「アイツに渡せば…」なんて9番は。
なにせ他のどのスポーツよりも点が入りませんからね。一点の価値がハンパなく高い。
ゆえに各クラブはおのが運命をゆだねるに足る、優秀なハンターを追いもとめるのです。
そんなヒットマンの背番号9! …うーん、殺しのナンバーは007なんだけどなぁ。

ささいなことはおいといて…。
9番博覧会は今もそこらで開催中でしょうが、それぞれの思う9番とは誰でしょうか?
エトー、イブラヒモビッチ、ベルバトフ。それともジェコ、はたまたクレスポ…。
あるいはロナウド、インザーギ、モリエンテス、コレル…彼らはまだまだ現役です。
さらに前ならバティ、シアラー、ソニー・アンデルソン。さらにさらにダエイ、武田…。
コレはそれぞれ主観が全面に顔をだしますね。いや、すなおに好みというべきか。
筆者をよぎったのはモンテッラにコバチェビッチでした。はたしてみなさんの9番は?

さて…彼もこの面々に加わることになるんですかね? 例のC・ロナウドくんです。
いわずと知れた現代の花形ですが、彼が移籍した際「あれ?」と思いませんでした?
アイツ9番つけるの、マドリーで? わたしはしばらく違和感がありました。
まあとはいえヤツも今やたんなるウイングではなし、もとまれるのは得点だし…。
などとウンウンうなりながら翻意しました。まだ9番が似合うとまでは思えませんが。
近年のR・マドリーにおける9番たちを見るといたしかたなし。あきらめがつきまして。

ロナウド去りし後、R・マドリーのCFはファンニステルローイのものとなりました。
そして彼が17盤を継続した結果、不遇なナンバー9が生まれることとなったのです。
ソルダード、そしてサビオラ。彼らとてみすみすサブに甘んじる気はなかったでしょう。
されど結局ベンチが定位置に。こういうあつかいの背番号9は見たくありません。
もっともこれはマドリーのみの話でもなし。たとえばチェルシーにフィオレンティーナ。
エースFWが9番以外をえらんだ場合、どんなチームにも起こることではあります。
ならば9番を空席にしておけばいいのです。事実今季のチェルシーに9番はいません。
ところがそうは問屋がおろさない。それがスペインに存在する25番までルールなのです。

何度もいったこのルールについてはくりかえしません。コチラをご覧ください。
この規則、おおむねわたしは賛成です。大の男がトボけたナンバー背負うべきじゃない。
ですがコレにも致命的な弱点がありまして…。あまりにも枠に余裕がないんですよ。
移籍選手が余剰ナンバーから消去法で選択すると、トンデモナイ背番号が誕生するのです。

たとえばA・ビルバオのトケーロ。トップの一角を占める彼のナンバーはなんと2番!
あるいはマラガのルケ。デポル時代が印象的な男の背中にはなぜか5番が…。
このような例は過去にいくらでもあります。細かいのまであげてたらキリがない。
せめて30番まで枠があればとも思うのですが…あまり変わらぬやもしれませんね。

ところで…今まであたりまえのようにストライカーとしてきたこの背番号9。
ですがそうともかぎらぬパターンもあることは、前回の9番に書いたとおりです。
当時はスウェーデンのみを例にあげましたが、どうもこの現象は北欧全体に及ぶようです。
まあデンマークの9番がトマソンであるように、はなはだフラついた傾向ではありますが。

そうですね。まずはアウグスティヌセンを出しましょうか。
去年はCLに出場したオールボリの主将。彼は9番をつけたセンターハーフだったんです。
今季はザルツブルクへと移籍して、ものわかりのいい8番になりましたけど。
そして今度はノルウェーのスターベク。小林大悟選手が所属する例のクラブ。
このチームの9番ケラーもまたMF登録のようです。…まあ実のトコロは知りませんが。
どうも北欧という地域では、9番をハーフに導く力がはたらくみたいです。
…もっとも9番FWもまた存在しますがね。デンマークの9番はトマソンなんですから。
でもたぶんコレは…日本人ならわかりません? グローバルなんとかってヤツでしょう。

ためしに歴代デンマーク代表の背番号を、いくらかながめてみました。
9番に関していえば…まちまちですね。中盤だったり、あるいはFWみたいだったり。
順に下から敷きつめたようにも見えます。…だけど中盤のポウルセンが2番なのよね。
どうもこの件のカギはヘルベグのようですが。個人の好みが代表に定着したのかしら?
これは掘り下げる価値がありますな。春を待って「サッカーマガジン」めぐりふたたび!
…って、オレがやっていいものだろうか? 文字どおり手にあまる仕事なんだけれど。

おなじ玉突き競技なら、わたしはスヌーカーのほうを好みます。
わりと単純なナインボールより、複雑きわまるセーフティ合戦に興奮するんですよ。
てんで理解できちゃいませんけどね。突かれた二秒後に「おお!」と叫んでるワケですから。
身のほど知らぬずうずうしさ。これぞ筆者を背番号のナゾへといざなう悪魔なのです。



<おまけ>
ありゃりゃ。途中から9番がどこか飛んでいっちゃいましたね。
9、九、キュー…。うん、ダジャレにしとこう。

posted by 由比彰紀 |16:13 | ナンバー | コメント(6) | トラックバック(0)
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2009年12月15日

19 ふたたびの索超

華のある19番。現在そういう選手が見あたりません。
ま、あたりまえなんですけど。スターにふさわしきナンバーはほかにありますから。
ここ数年メッシがつけてたことこそ、19にとって望外な事態というべきでしょう。
その若大将も10番へと出世。19番はもとのつつましやかな背番号へともどりました。

まあわたしも背番号とのつきあいは長いですから、19を好む選手にも覚えがあります。
前回の19番のメンツ以外でいえば、大ベテランのファバッリにマルコス・セナ。
あるいはS・ペトロフもそうですね。セルティック、ビラ。ともに背中は19です。
(マルティンの17ともども、ふたりのペトロフは背番号がおきまりのようで。)
さらにはザンブロッタもどうですか? 彼も19番のユーベ時代が一番でしょうから。

思いつくままにあげてみましたが、どいつもこいつもしっかりした選手ばかりですな。
19番にはオトナが多いのかしら? いやいや、ちゃんと業界屈指のイロモノがいますよね。

ヤツの名はタイタス・ブランブル。まあ味方の心臓に悪い男です。
CBにはありがちなこととはいえ、とにかくスピード勝負にてんで歯が立たぬ。
脱力満点の凡ミスの数々も含め、ニューカッスル劇場にはかかせぬおヒトでありました。
…いつのことでしたか、友人ら数人とブランブルを見たときのことです。
例によってゴール前で豪快な空振り→詰められ失点、に爆笑したとき。連中のひとりが
「ドキュメントの笑いってのは、悲劇なんだよなぁ…」とボソリ。
なんか耳に残ってるんだなぁ。ヤツは何を考えてあんなこと言ったのやら。

そんな愛すべきソコツ者ブランブル。彼もまた19とともに生きる男です。
なんせ現ウィガンにニューカッスルはもちろん、イプスウィッチ時代から19番ですから。
いや年季のはいった背番号です。ブランブルは筋金入りの19番党といっていいでしょう。
しかし…スターではなくピエロにホレられたか。19の立場としてはビミョーだなぁ。

19番の心情なんぞ気にしてる場合ではない。どんどん背中まいりましょう。
つぎに出でたるはヤヤ・トゥレ。バルセロナに所属するヤヤもまた、19を好む選手です。
もっとも彼、クラブでは19番をつけません。現バルサにおける背番号は24ですよね。
ヤヤが19を背負うのは、もっぱらコートジボアール代表においてでありまして。
この傾向は彼にとどまりません。兄貴のコロは4番。ゾコラは5番でエブエが21番。
おまけに弟カルーは8番と、なにやらフランス代表をにおわせる使いわけです。
…まあフランスにプティがいるように、彼らにも11番偏執のドログバがいますがね。

さて代表のおハナシともなりますれば、いやがうえにもW杯に目がいきます。
組合せも決まりましたからね。われらが対戦相手にクセのある19番はおりますやら。

まずはデンマークの19番。これはみなさん覚えがあるんじゃないでしょうか?
快速で右サイドをすっ飛ばすウイング、ご存じデニス・ロンメダールであります。
今予選は大人の事情により8番その他となりましたが、彼のナンバーといえば19番!
(デンマークの背番号にはおおきな謎が存在しますが、今回はおいときましょう。)
PSV、チャールトン、そして現アヤックス。彼はいつも19を選択しました。
…もっともアヤックス二年目の今シーズンは、なぜか19番をとられちゃいましたけど。
これも諸事情なのでしょうか? 現19番は若く、そして長い名のベルギー人LBです。

ま、それはそれとして…。
ロンメダールの19番は問題ないでしょう。よもや代表で彼の19を奪う者はおるまい。
予選にも順調に出場していますし、アヤックスでも試合はこなしています。
半年後、真っ赤な19番と相対すこととなりそうですね。…彼がケガさえしなければ。

そんでもって今度はカメルーン。ココにもおります。19をおのが名にする男が。
ただいることはいるのですが…はたして彼と再会できますかね。現時点では微妙でしょう。
みなさん覚えてますか? ユナイテッドにいたエリック・ジェンバジェンバなる青年を。

彼ジェンバジェンバが来たのは03-04で、まあマンチェスター・Uのポンコツ期です。
ベッカム放出が話題になっていたあの夏。ボスは中盤の再構成に乗りだしておりました。
かのチームの中盤といえばロイ・キーンにスコールズですが、前者は着々と年齢をかさねていましたし、後者は当時FW起用が多くなっておりまして。
そんなワケでファーガソン監督は即戦力センターをもとめておったのです。
お目にかなったのが彼とブラジル人クレベルソン。期待と19番を背負ったんですね。
(ちなみにクレベルソンがつけたのは、世にもおそろし呪いのナンバーなのでした。)

まあその後は容易に想像できるでしょう。両名ともさしたるインパクトを残せず。
ジェンバジェンバは起死回生をはかり、アストンビラへと籍を移しました。
ところがココでは出場すらままならず。以降彼は表舞台からプツリと消息を絶ちます。
近年はデンマークはオーデンセにおるそうな。背番号はやっぱり19なんだとか。
ジェンバジェンバがはたしてW杯に呼ばれるのか。わたしには何もいえません。
そもそも彼の現状をまったく知りませんから。何キロ太っただの、女遊びがどうだの…。
世間にイジメられてるうちが華、かな。今もかわらず19番の彼に思います。



<おまけ>
はやまりましたね。W杯は半年も先だというのに。
ほんじゃ今回はコレ。鬼に笑われぬうちに手を打っておくさ。

posted by 由比彰紀 |16:12 | ナンバー | コメント(5) | トラックバック(0)
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2009年12月08日

質問状Ⅲ

大黒柱とは、玄関を上がったところにある太い柱のことなんだそうです。
…いや自信はありませんがね。わたしは大黒柱のある家に住んだ経験がありませんから。
(とある本に床柱と誤解してるじいさんがおりました。オレもどっこいどっこいだ。)
まあ世間サマでは常識なのでしょう。本なんか読んでるとどんどんバカになります。

とはいえ…この「大黒柱」。
このコトバは柱そのものを指すより、比喩として使うほうが一般的じゃありませんか?
一家の大黒柱にチームの大黒柱。いずれも“ささえ”というイメージでしょう。
ついでにただ突っ立ってるヤツは電信柱とか。こーゆーのは揶揄をこめて言いますよね。

言葉とはやっかいなシロモノで、時とともに意味が変化していきます。
たんなる姓が開発者の名から飛行船となり、あげくロックバンドとして来日したりする。
いま使用している言葉にしても十年百年たてば、思いもよらぬ意味に転じることでしょう。
現実に存在しますよね? なにゆえ「貴様」が侮蔑語になったのやら。
数奇な運命にほんろうされ、言の葉は思いもよらぬニュアンスをもつことになるのです。
(「数奇」そのものも原義とはちがうもんね。いまやこの語にマイナスイメージはなかろ。)

前置が長くなりました。本題たるみなさまへの質問に入りましょう

「アンカー」の生い立ちをご存じありませんか?

意味用法は不要でしょう。まずは中盤のスイーパーというところです。
この語はここ数年で一気に広まった感がありますが、どうも出処がよくわかりません。
おそらくは英国原産なのでしょうが、それはここ十年でできたのでしょうか?
それとも元来現地にはサッカー用語として存在し、最近ようやく日本に伝わったのか?
あるいはむかしから日本にあったんですかね? それをボンクラ由比が見過ごしていた…。
うーん、よくわからん。英語に堪能なかた、ポンコツにぜひともご教示ください。
はたして参考になりますか。わたしなりにこのコトバのスケッチをしておきましょう。

この「アンカー」なる語。これはそもそもマケレレを指して使われはじめた気がします。
最初に聞いたのはスカパーでのプレミア中継においてでしたかね。
あれはまだチェルシーはアブラモビッチ・オーナーの景気がよかったころのこと。
その支配二年目の04-05。ドンは新進気鋭の青年モウリーニョを監督に雇いました。
その前年にノーマークのポルトでCLを獲った若造を“買った”んですよねえ…。
なになに、「アンカー」はどこ行った? いや、そのうち出てきますから。しばしお待ちを。

さて三顧の礼をもって迎えられたモウリーニョ。ふたりは天下獲りの筋を語らいます。
そこにて披露されたのが天下三分の計…じゃなかった、例の4-3-3でありまして。
これを実現すべく、モウリーニョは古巣から同志を呼び寄せます。
それがP・フェレイラにR・カルバーリョ。守備の人材ってのがいかにも彼らしい。
ところがかんじんかなめの扇の要、コスチーニャはお呼びがかからなかったんです。
そこにはすでに最高の選手がいましたからね。…いやいや、長いながい道のりでした。

まあそんなこんなでやっとマケレレなのですが…。
彼はすでに前年の03-04、新オーナーの目玉としてR・マドリーから買われておりました。
そのマケレレを新監督が三枚の中盤の底に配置し、チェルシーは強盛を誇ったワケです。
…わたしの記憶ではその翌シーズン。05-06からなんですよね。
突如「アンカー」なる言葉が誕生し、当然のごとく世に流通しだしたのは。
つまり中盤三枚が世のトレンドとして認知された後、にわかに出没したイメージなのです。
「マケレレ・ロール」にとってかわったのが「アンカー」。これがわが認識ですね。

…もっとも以上が事実とは保証しません。しょせん心もとなき記憶ですから。
わたしは試合の録画、まして保存なぞしません。おまけに関連雑誌を買う趣味もない。
となれば記憶なんぞつまらぬ繰言。なんならサギ師のペテンともとれますやね。
サッカー史の発展のためにみなさん! 記憶よりぜひ記録に残すことを心がけてください。

手もとの英和辞書にてanchorの項を引いてみました(辞書はアンカーではありません)。
まず最初の意は「船のいかり」ですね。そんでもって次が「支えになるもの、人」ですか。
なるほど、おそらく原義は“錨”なのでしょう。
それにより船がどっしり腰をおろすイメージから、“ささえ”なる副次意義が生じたと。
フム…なんか「大黒柱」と似てますな。ともに安定をもたらす存在なのでしょう。
となるとコレはやはり英国原産の語でしょうね。原義が日本に定着してるとは思えません。
ナニ? それはキサマが英語を知らないだけ?
うーん、まあそうかもね。高校時代からホント、英語とは相性が悪いものですから…。

今度はウィキペディアで「アンカー」の項を引いてみました。
とりあえず現時点において、サッカー用語の「アンカー」は土着しておらぬようです。
ならば今のうちに由来を示しておきたい。後になればなるほど始末が悪いですから。
「アンカー」は今いくつなのか? 彼はこれまでの人生をどう歩んできたのか?
ささいなことでもぜひご一報を。アナタの証言が事件を解決に導きます。



<おまけ>
しかしつい最近のことがわからんてのはなさけないですね。
そんなワケでこの歌。このコトバの意味も、つい昨日まで知りませんでした。

posted by 由比彰紀 |15:45 | 何番? | コメント(25) | トラックバック(0)
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