2009年10月28日
この背番号は当所の初期、第三回にてとりあげたナンバーなんです。
いやあ、もう2シーズンも前になるんですか…。そんな感覚まったくないんだけど。
せわしないサッカー界のこと、前回の30番で登場した選手もあちこちへと動きました。
…とはいえ、チアゴもベンジャミンも移籍してませんな。うーん、意外でした。
この二人の立場がいちばん厳しかったんですけどね、二年前の段階では。
とくにベンジャミンなんぞベンチに座って十年弱! 人生いろいろとはいったもので…。
そんな彼らに比すると、移籍していいことがまるでないのがマンシーニです。
まああの時点でのローマ残留は難しかったでしょうけど。それにしても仕事ができません。
今季も指定席はベンチですね。あるいはベンチ外というべきか…。
カレスマか彼のどちらかがハマれば、あすこのボスもやりやすくなるんでしょうけど。
ところでこのカレスマとマンシーニ。彼らはともに今季背番号をとっかえました。
カレスマは77から7番。これはフィーゴの引退が原因で、まあ意味はよくわかります。
いっぽうマンシーニの場合は33→30。うっかり素通りしかねない地味な変更なんですよ。
ローマ時代に原点回帰ってトコですかね? それなら納得できなくもありません。
…むしろなぜ彼は去年33番をえらんだのでしょうか? 3という数字がすきなんですかね。
ま、マンシーニがどうなるかはわかりませんが…。
インテルの30番というと、わたしはナイジェリア人FWマルティンスを思いだします。
当時はスピード一本槍でした。あの粗い素材って感じは魅力的だったなぁ。
その後出場機会をもとめ落ち目のニューカッスルへ。背中に9番をもらいました。
とはいえ…ココにあまりいい思い出はないでしょう。チームも先ごろ降格しましたしね。
そして今季からはボルフスブルクの11番と。彼のキャリアも国際的になったものです。
…しかしインテルにいたのがもう三年以上前とは。つい最近のことのような気がしますが。
ペースをはやく感じるようになったらオッサンだなぁ。月日は百代の過客にして…。
いかんいかん、オレの感傷なんぞどーでもいいのだ。
やはりマルティンスのように過程にしてほしいですね。この30番あたりの背番号は。
マンシーニみたく自分のナンバーにするのも、それはそれでアリだとも思いますが。
だけどやっぱり背中は旅の一里塚。人生の盛衰をなまなましく見てとるほうが好みです。
背番号を見ていてなによりしあわせになる瞬間は
「あの若造がもうリーダーか。ひとケタのナンバーなんかもらっちゃって…。」
などと感慨にふけるときなのです。…はい、どう考えてもオッサンの趣味ですな。
この観点からすると、メッシは背番号の明暗をまざまざと見せつけてくれる人です。
新世紀のホープとしてさっそうと世に出、あっという間に栄光にあずかった30番時代。
能力はあきらかながらケガにあえぎ、チームも停滞したゆううつな19番時代。
そして自らチームを率いタイトルを総なめにした昨季の10番。見事なコントラストです。
つくづくサッカー選手は若い。彼らは山と谷と、そしてみじかい天下とを謳歌する。
メッシはクラブで成せることを、22歳にしてすべてやり尽くしてしまったんですから。
あとは代表のタイトルでしょう。これがナンギなようですが…来年どうなりますかね?
さてスペインでは例の規則ゆえ、30番はプロ契約未満の若手にあたえられます。
メッシ級がほいほい出没はしないでしょうが、わたしはバレンシアの30に注目してまして。
この選手、名前はミチェルといいます。往年のR・マドリーの彼といっしょですね。
基本はシルバの控えでそんなにパッとしませんが…それでも見ておく価値はありますよ?
なんせアンリ先生の御墨つきですから。期待せんワケにゃいかんでしょう。
次代を夢みる若者がいれば、巻きかえしをはかる男もまたしかり。
今季この30番をつけてプレーする、二人のアルゼンチン人FWがおりまして。
そのひとりがジェノアのストライカー、ルチアーノ・フィゲロアです。
彼については以前すこしだけ触れました。まあツキのまわらない選手でしてね。
先項における悲劇にしても、あのときビジャレアルを離れる必要があったのやら…。
かねてからの疑問なのですが…愚劣ですね。男が決めたことにあれこれ外野がいうのは。
今季はまたまたヨーロッパに戻ってきた彼。とはいえチーム内の序列は低いようです。
フロッカーリとクレスポに次ぐ三番手でしょうか。現状はややキビしいですな。
ま、ポスト・ミリートの先行きはまだ不透明ですから。監督さん、フィゲロアをよろしく!
そしてもうひとりのアルゼンチン人がさすらいのウサギちゃん。サビオラです。
このコはねえ…あ、失礼。もう28になろうかという青年にこのコ呼ばわりはないですね。
スミマセン。どうしてもクライファートとコンビ組んでたころの印象が強いんですよ。
彼についてもかつて書いたことがあります。あら、これまた一年以上も前なんだ…。
そんな童顔のサビオラですが、今季はベンフィカの主力となっているようです。
先のELエバートン戦では2ゴールの活躍! すこしはたくましい顔になったかしら?
いやなによりです。仲良しのアイマールともども、ポルトガルで復活していただきたい!
…そういえばアイマールはつい先ごろ、ひさしく縁遠かった代表に呼ばれましたよね。
うーん、ライバルはおそろしく多いけど…。セットでサビオラもつけてくれないかな。
いかがでしょうマラドーナ大先生? …ダメ?
<おまけ>
まあまあマラドーナ先生、そうつれないこと言わないで。
よく耳にするじゃありませんか。大舞台にはアレが豊富な選手が必要だって。
サビオラもいろいろ苦しんだんだ。アレならもってますぜ。
え、ムリ? 何のハナシですか、マラドーナ先生?
posted by 由比彰紀 |16:09 |
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2009年10月20日
7番は右アウトサイドのナンバーです。
よく見かけませんか? 古くはマシューズにジョージ・ベストが…なあんてオハナシ。
(先日11番ベストの写真を見ましたが…アレはいま使えんでしょうな。)
もともと背番号はポジションを指してましたよね。いまや藪の中…ってこともないけれど。
ま、カタイことはもうしますまい。
前回の7番でも言いましたが、わたしは7なる背番号に華をもとめます。
10番への期待とはまたちがうんですよね。ワルというか、あるいはワイルドというか…。
ポジションうんぬんなんぞ超越した色気。7番にはそんな期待をしちゃいます。
ロックでいえば…って、あれ? ボーカルとギタリスト、どっちが10で7なんだろ?
ま、筆者のどーでもいい疑問はおいとくとして…。
イングランドなら華麗なる7番を冷遇する国。それがイタリアです。
ま、目だたないというだけなのですが。すくなくともエースナンバーではありません。
代表については前回の7番で書きましたから、今回はクラブを例にとってみますかね。
まずはイタリアの盟主ユベントスから。
このチームの7番は長年ペッソットがつとめました。いやいや、まあ地味なLBでしたね。
もっとも当時のユーベは現監督フェラーラ含め、シブイ選手の宝庫だったのですが。
コンテ、ビリンデッリ、ユリアーノ、トゥドール…。みなさん顔が浮かびますでしょうか?
そしてペッソット引退後はサリハミジッチ。バックアッパーの見本のような男です。
むろん彼ら二人はすぐれてプロなのですが…華をヤツらに望むのは、まあムチャですわな。
これに比するとミラノ勢は、まずまずの陣容をそろえております。
ミランならシェフチェンコにパトですからね。これなら7番としてガテンがいきます。
ただしインテルの7番は…人選はともかく、チェルシーとおなじ病をかかえておりまして。
おそらくフィーゴくらいじゃないかなぁ。背中に見合う仕事をなさったのは。
ロビー・キーンにセルジオ・コンセイソン。ファンデルメイデなんかどこに消えたのやら。
まあ当時のインテルはご存じ混乱期。やみくも補強ゆえしかたないかとも思います。
ですが安定期にはいった現在も、7番の事情はしんどいようですね。
そろそろ同胞監督の男をあげておやんなさいよ。カレスマくん。
両ミラノでは攻撃ナンバーにも見えますが、それでもイタリアの7番はいぶし銀です。
たとえばフィオとともにC2まで行った、あのディリービオなんかどうでしょう?
彼も華とは対極にいる男でした。中盤で泥にまみれてましたよね。
あるいはボローニャの右にいたネルボとか。今だとジェノアのロッシみたい…かな?
むろんラベッシのような例もありますが、基本イタリアの7番は地味ですね。
背番号の使いかたは国によりけり。7に色気をほしがるのはオレだけかしら?
もっとも当然ながら10番にもスターをもとめます。でも7番はなにかちがうんですよ。
10番が普遍的なスーパースターだとすれば、7番はむしろヒール要素をもった傑物。
嫌う人からはとことん憎まれる。そのかわり信者は盲目に崇拝す、とでもいいましょうか。
さんまさんと紳助さんのちがいでしょうかね。当然アンチさんまさんもいるでしょうけど。
非難の口笛をせせら笑うずうずうしいヤツかな? わが理想の背番号7は。
…ま、たぶんカントナのイメージなんですよ。しょせんわたしの7番観なんて。
7番は右サイドのナンバー。
そんなことを思いださせてくれるのが、今季マンチェスター・Uに来たバレンシアです。
もっともバレンシア本人が7をつけたすがた、わたしは見たことありません。
それでも背番号を気にしてることはわかるんですよ。なかなか不思議ではあるのですが。
まずそもそも、このバレンシアは16番を好む選手です。
エクアドル代表では毎度16をつけますからね。先ごろ行われたW杯予選でも当然16番。
そしてそれは前所属ウィガンでも同様で、背番号はやはり16でした。
もっとも05-06のビジャレアルでは20でしたが…。16番には先客がいましたもので。
うーん、世のなか思うようには参りませんなぁ。
二年後にはこの16番。ビジャレアルの飼殺しナンバーになるというのに。
ま、背番号のせいということもないでしょうが…。
バレンシアはスペインでは芽が出ず渡英。プレミアにて本領を発揮します。
ウィガンの右サイドでのびのびプレーした彼は、今夏ユナイテッドへと出世いたしました。
ところがユナイテッドの16は中盤ナンバー。現在はキャリックのものですよね?
ですから移籍が決まった早々、わたしはバレンシアの背番号が気になっていたんですよ。
かのクラブで16を背負うのはムズカシイ。はてバレンシアの選択はいかに? と。
で、フタを開けると彼のナンバーは25番。はあ、そう来たかと思いました。
1+6も2+5もイコール7。自分のポジションが何番かおぼえてたんですね、彼。
いやいや、正直オドロキでした。バレンシアの16番嗜好にかような意味があったとは!
…むろん疑問は残ります。だったら何故すなおに7番をつけないんでしょ?
エクアドルに我の強い7番がいたかなぁ? …ま、おそらくコレも個性なんでしょうね。
<おまけ>
たまにはこんな曲どうでしょ。
うーん、7番はどっちだ?
posted by 由比彰紀 |16:00 |
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2009年10月07日
一九七四年のワールドカップが、西ドイツの国民にとって、二年前のミュンヘン・オリンピックとは比較にならない大成功だったことには疑いの余地がない。
…二年前のミュンヘン・オリンピックを、西ドイツは莫大な労力と資金を費して準備した。その結果、得たものは、パレスチナ・ゲリラの選手村襲撃であり、東ドイツなど社会主義国の国家養成選手の活躍であり、アマチュアリズムの混乱だった。
…ゲリラの襲撃はなかった。…ゲリラのほうも「ワールドカップのじゃまをすれば、世界の大衆を敵に回すことになる」と十分承知していたに違いない。
上記はサッカーマガジン74年8月号増刊から引きました。筆者は牛木素吉郎さん。
牛木さんがゲリラといってるのは、以前も引いた例のブラックセプテンバーのことです。
…しっかしまあムチャ言いよる。いや五輪ビイキが不愉快なのはわかりますけど。
にしてもこの書きぶりは、オリンピックが連中を引き寄せたといわんばかりでしょう。
そもそも有名な特殊部隊GSG9ができたのは、72年の事件がきっかけなんです。
そしてこの事件をひきずった西ドイツ代表の、74年のストレスはいかばかりであったか!
往時の状況は毎度おなじみ『ブンデスリーガ』に克明にえがかれています。
おわかりでしょう? この件で72五輪と74W杯は、比較すべき対象ではないんですよ。
どうも牛木さんという人は、オリンピックがからむととたんに冷静さを失いますね。
これも時代の空気がもたらすのかしら? ま、今の五輪のあつかいもよく知りませんけど。
とはいえ時は74年。66W杯と比しても新聞のあつかいは大きく異なります。
決勝戦の翌日にあたる昭和49年7月8日。朝日新聞の朝刊にこんな記事がありました。
西独、2度目の優勝 〝爆弾男〟ミューラーが決勝点
【ミュンヘン七日=中条特派員】
第十回ワールドカップ・サッカーは地元西独が優勝した。劣勢を伝えられていた西独は開始早々オランダに先制を許したが、地元の利をフルに生かして20分と43分に得点し、オランダを振り切った。西独の優勝は一九五四年以来二十年ぶり二度目。
このあと長々と決勝レポートが続きますがそれはなし。重要な点は記事の前にあります。
気づかれました? 66年と74年とでは、メディアの姿勢に大きな変化があるんですよ。
66年の読売新聞は執筆は記者でしょうが、情報は通信社の打電に頼っていました。
対して74年の朝日は、現地に記者を送りこんで取材させているんです。
この違いはデカイですよ。メディアの態度を変えさせたのは当然国民の空気でしょうから。
牛木さんは70W杯から現地取材しているそうですが、70年の時点で熱は感じられません。
サッカーマガジンにしても70年と74年では、記事の量も質もまるで別物です。
そして多感な少年(少女も?)がそのタイミングで、絶好調のチームを見たとしたら!
…わたしはコレじゃないかと思います。74年のオランダが“衝撃”となった最大の理由は。
74年は日本人の総意において、はじめて望まれたW杯だったのではなかったかと。
…ええ、ガキがテキトー言っとります。74年をご存じのかたはどやしつけてください。
ま、この空想が正しいのかはさておくとして…。
オランダが活躍したこの74W杯は、どのように日本の茶の間に提供されたのでしょうか?
往時のテレビ放映状況をまとめてみました。コチラをご覧ください。
前回のシメの意味がわかるでしょう。日本における74W杯は、決勝戦にて開幕するんです。
その後一年あまり日本のW杯はえんえん続くと。…オフシーズンがないってのはいいなぁ。
ところで…このダイヤモンドサッカーの放映に関し気になることがありまして。
この番組は東京12チャンネルで放送していたワケですが、中継地域事情がわかりません。
全国津々浦々の子どもが見るのは無理でしょう。わが地元福井などはもう絶望的。
しかし関西はどうかな? 明石家さんまさんは「あれは衝撃だった」とよく言ってます。
氏は往時19だったハズ…。となると、松之助師匠に弟子入りしたあとですかね?
だとすれば大阪か、はたまた実家奈良で見ていたのか…。うーん、さっぱりわかりませぬ。
74年をご存じのかたはこの件もぜひ。W杯は日本のどこで見られたのでしょうか?
いかん、本題からズレとる。なにより重要なのはこの放送時期でした。
なんせ開幕は7月7日の決勝生中継。それから一年以上日本の74W杯は開催されるんです。
開幕前から待ち望んでいたのも、あとから聞きつけてのめりこんだ人もいたことでしょう。
二週で一試合のペース配分もいい。サッカーずきの語りも濃密になりそうですから。
そんな彼らをサポートしたのが、現地へ飛んだ記者からのレポートだったと思われます。
ヨハン・クライフは全知全能の神なのか?! 鈴木武士
「クライフのための大会」―ある欧州のサッカー専門家がこう断言しているのを、大会前に聞いたがひょっとすると本当にそうなるかもしれない。
…クライフはなんでもやった。二人の敵が同時にタックルをかけてきたら、ひょいと空中へ舞い上がり、再び地上へ降りると同時に後ろへパスを出すといった妙技まで披露した。
…ニースケンス、シュルビアらを手足のごとく使い、彼らがシュートする体勢を作るきわめて効果的なパスを送る。味方の選手のポジションが悪いと大声で指示し、時にはレフェリーの役まで買って出る…。
もう何でも自分でやる男だ。あまりにすべてを自分でやりすぎるため、クライフがいなくなったら、オランダはどうなってしまうのだろうかと気になるくらいである。
サッカーマガジン8月号から。雑誌が発売されたのは六月のおわりでしょう。
現地で観戦した鈴木記者にとっても、オランダ・ショックはまばゆかったようですね。
そしてもうお気づきでしょうが、“衝撃”の比重はオランダよりむしろクライフにあります。
むろんクライフのうまさは一目瞭然ですが…。鈴木さん、やや熱しすぎの感があるなぁ。
(牛木さんはこの点さばけてます。五輪がからまなければ冷静な人なんですよね。)
これに対しクライフに冷淡なのがエリック・バッティ大先生です。
バッティさんは74W杯について、9月号で岡野俊一郎氏との対談にのぞみました。
そこでポーランドのデイナとガドーハを称賛し、対してクライフをこう評しています。
なるほどオランダのクライフは、今度のワールドカップの中で、戦術的にもっともすぐれたプレーヤーだ。しかしデイナやガドーハが90分間フルにプレーしたのにくらべて、クライフは5分か10分しか本当のプレーをしない。前線へ突進してすばらしい働きをしたかと思うと次には突っ立ったままで、あそこへパスを出せ、お前はあっちへ行け、と指図ばかりしていて、自分自身では何もしていない。交通巡査と同じだ。
…彼のような天才的な選手にはよくある例だ。ずっと続けて集中していることができないんだ。
ダイジェストだけだとこういう面がわからないんですよね。ま、想像はつきますけど。
とりあえずブラジル戦を。彼が目だたぬシーンが、つまりはそうなのやもしれません。
だけど…そういう一面もカッコよく映ったんじゃありませんか? 孟子を出すまでもなく。
人に使われる者と使う者。華やかで目を引くのはあきらかに後者ですから。
左手で指示する例の写真はナポレオンみたいですもんね。交通巡査かもしれないけどさ。
「才能に論議の余地がない」が「本当に重要なゲームで本領を輝かすのに失敗してきた」
バッティはクライフをこう評し、以下のように述べます。
クライフはサッカーから巨額の富を築いたことで、フットボールへの貪欲を失ってしまったように思われる…。クライフはアムステルダムの父親のない貧しい少年から、はるかに変わってしまった。
今や、私の知る限り、彼は銀行に八百万オランダ・ギルダーの預金を持つ大金持なのであり、そこにこそ、現代サッカーの悲劇がある……。
キライなんですよ、このテの言いまわし。他人がナンボかせごうが知ったこっちゃねえや。
まあ今もよく聞く批判ですけど。ヨッパライのオッサンがくだ巻いてそうです。
サッカーの進化うんぬんは知りませんが、見るがわはむかしも今も大差ないのかな。
カネってのは情緒に響くコトバのようで。人の業を見る気がします。
ならば…世界じゅうのサッカーメディアは、とっととR・マドリーに納税したほうがいい。
夏にゃさんざ世話になったでしょうよ。ウソ記事掘る必要がないくらいに。
とくにヨーロッパのメディアは必須だ。アンタらの主、イエスさまは仰せじゃないか。
「カエサルのものはカエサルに」って。全知全能の神様が言うんだからさ。
<おまけ>
山本コウタローさんで行こうかとも思ったのですが…この曲。
この精神でいいんじゃないかなぁ。
posted by 由比彰紀 |15:59 |
何番? |
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