2009年05月26日
ラウルセンが引退したそうです。なんでもヒザがもうダメなんだとか。
…たのむからさぁ。お願いだからカンベンしてくれません?
サニョルのときもそうだったけど、キミらの引退はきついのよ。ガクッとくるんだわ。
32歳だろ? ちまたにゃ自分探しにいそがしいのがゴロゴロしてるというのに!
ラウルセンをはじめて見たのは、たしかベローナにいた頃だったでしょうか。
まあデンマーク人CBがめずらしかっただけですが…。ほお、当時は23番でしたか。
しかしベローナのデンマーク人ねえ。今おもえばエルケアの引きがあったのかな?
まずほかには存在しませんから。ベローナでスクデットを獲ったデンマーク人なんて。
その後パルマへのローンを経てミランに移籍。パルマ時代は一片の記憶もござんせん。
ミランでは…24番はベンチにいた印象が濃いなぁ。シミッチあたりとご一緒に。
とくにネスタがやって来て以降、めっきり出番が減ったイメージがあります。
アストンビラへ渡ってからはケガのくりかえし。考えてみると実働は07-08だけですね。
そして今季またもや故障。うーん、認めたくないが…やむをえぬ決断やもしれぬ。
今はおやすみラウルセン。たまにメソメソ思いだすことにいたします。
ところで…ラウルセンはアストンビラで背番号5をつけていました。
これはわかりますね? 南米ではボランチ、ヨーロッパではCB。それが5番ですから。
ところが母国デンマーク代表において、ラウルセンの背番号は4だったんです。
5番はといえばハインツェにニクラス・イエンセン。おや、いずれもLBですか?
LBが5番ねえ…。これはこれは、なつかしい疑問が再浮上してきたぞ。
以前オランダの背番号5について、エラく悩まされたことがありまして。
オランダの5番はどう見てもLB。この過程がもうサッパリわからなかったんです。
そのときは右からならべたんだろうと、まあ乱暴に突き進んだワケなのですが。
ですが今度はそうもいかんなぁ。デンマークの情勢は複雑怪奇…。
コワモテの中盤テフティングが2で、長年RBをつとめたヘルベグが6番!
リュングベリの9番といい、北欧には深い霧がたちこめています。な、何も見えん…。
デンマークからの出題にも苦しみそうだなぁ。…だけどなんでゾクゾクするんだろ?
さてさて…たまには時事を意識してみますか。CL決勝も間近ですからね。
今季はユナイテッドとバルサ。ほお、たいてい一頭は穴馬がくるものですが。
双方の5番はそれらしくベテランです。ともに30代の背中を比較してみましょう。
まずはマンチェスター・Uの背番号5。リオ・ファーディナンド参りましょう。
この男は移籍のたびにキャリアを積みあげた、いわゆるフットボーラーの理想形です。
はじめはユースで名高いウエストハム。おつぎは若き野心の巣窟リーズ。
それを経たのちビッグクラブ。…いやいや、サッカー選手ならこういきたいやね。
むろん彼なりに挫折はあるでしょう。リーズ、そしてユナイテッド。
ポジションを獲るまでには紆余曲折がありました。長期出場停止もありました。
だけどどの都度実力でだまらせてしまう…。技術ってすばらしいですね!
チャチャはこのへんにしときましょう。オレの仕事は背番号、と。
ファーディナンドが移籍してきたのは02-03のこと。ちょうどユナイテッドの低迷期です。
まあこの02-03にプレミアを制してはいますが、総じてこの時季はモロかったですね。
ゆえにリオを大金で獲得したワケです。ですが以降しばらく彼らはポンコツでした。
ところで…このとき彼がつけたのは、じつは6番だったんです。
翌季のロラン・ブラン引退にともない、空席となった5に変更したワケでして。
コレがかねてから不思議なんだなぁ。5番と6番には階級差でもあるのかしら?
そんなことはありませんよね。代表の6番はキャンベルやテリーだったんだし。
アーセナル往年のCBアダムズとキーオンなら、6番のアダムズこそリーダー格でした。
となると…たんなる彼の好みなのかな? ウエストハム時代は何番だったのやら…。
対するはバルサ。背番号5はカルレス・プジョルです。
プジョルもまた選手の夢でしょう。生まれはカタルーニャ、育ちはFCバルセロナ!
地元を代表してピッチに立つ、UEFAがもろてをあげて歓迎するタイプの選手です。
…とはいえ今季の立場はどうでしょう? 監督ペップの信任はピケにあるようですが…。
プジョルのポジションは右往左往。元来RBとはいえ、たらいまわし感はいなめません。
むろん彼はバルサの貴重な戦力ですよ? 決勝もまちがいなくスタメンでしょう。
ただしその絶対性はもはや揺らいでいる。わたしにはそう映ります。
プジョルの前任5番は、CBのアベラルドでした。
彼がバルサを去ることになったのが02-03のこと。ファンハール再登板によって、です。
そして5番を襲名したのがプジョル。彼の脳裏にはなにがよぎるのでしょう?
もちろんプジョルはカンテラ出身ですし、今すぐ変事が起こるとは思いません。
おまけにわが目はポンカスです。自慢じゃないが何かをあてたためしがない。
ま、今は祭りを待ちますか。うわごとはその後いくらでもできますから。
<おまけ>
さてお祭りです。一発勝負は運もおおきなウエイトを占めますね。
味方につけたいのはだれかしら? てなわけでこの曲いってみましょう!
posted by 由比彰紀 |15:48 |
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2009年05月15日
1番といえばアルディレス。背番号のネタにはかならずでてくる話題です。
日本では監督もつとめたこのアルゼンチン人。
アルディレスはW杯で背番号1をつけたMFとしても、また知られています。
むろん選手としての知名度があってこそですが、まあやはり気になるのでしょう。
ほかのナンバーならいざしらず、この1番はキーパーたること一目瞭然。
たとえサッカーなど知らずとも、背番号1がGKというのは周知の事実ですから。
独立性の高い背番号ゆえにその特異性もまた目をひく。ま、そういうことですね。
ところで…このヘンテコ1番アルディレス。
これがアルファベット順なるものの所産であること。これまた知られたハナシでしょう。
アルディレスの背番号1を語るうえで、この説明は不可避ですからね。
ただこのアルファベット順について考察したものが、なかなか見つかりません。
(…掘り下げる価値もありませんがね。小学生の出席順じゃあるまいし。)
ま、今回はせっかくですから。W杯におけるアルファベット順について見てみますか。
なお当方初見W杯は94アメリカ大会。にわか仕込みの知識です。
ウソがいっぱいあるでしょうね? みなさん目をよおくこらしてご覧ください。
アルゼンチンがアルファベット順を採用したのは74年から90年。計五回にわたります。
ただし最初と最後、74年と90年のGKは除外です。1番はどうやらGKのようで。
このGKをはずしたアルファベット順は、存外あちこちで使われています。
ペルー、スイス、あるいはイタリア…。62年のスペインがいちばん古い例かな?
背番号界の優良児イングランドすら、82年はこのいまわしき出席順ですからね。
なお62年スペインが古いと言いましたが、それはあくまでこの型ではということでして。
原型は50年代のフランスやスイスに見られます。まあしかし今回はおいておきましょう。
それでは再びアルゼンチン。
78、82、そして86年。この三大会がGKをも含めた完全アルファベット順になります。
…そうはいっても、例外がいたのはみなさんご存じのとおり。
たとえばかのマラドーナは当然のように10番でした。82、86ともにです。
ほかにもケンペスやパサレラなど、大会によっていくらか対象外はおりますな。
で、1番ですが…アルディレスがつけたのは82年のみ。優勝した78年は2番でした。
まあ当然といえばそら当然。Ardilesよりつづりが早い者がいればそうなります。
結局彼が優秀だったからでしょう。判で押したように「1番アルディレス」となるのは。
完全出席順の最古は66年のチリなんです。ですが彼らはまるで相手にされてませんから。
ところで…コチラは話題になっているのでしょうか?
74年のオランダ――トータルだなんだといわれる、あの伝説のチームも出席順なんです。
とりあえずはリンク先をご覧ください。
オランダ姓特有のvanやde、これらを取りのぞけばおのずと明らかですね。
…まあココにも例外はいますけど。ハイ、14番にでっかい名前がおられますな。
つづく78年。オランダはアルファベット順を採用しませんでした。よしよし。
ただし選手によっては前回の背番号を継続したようです。
13番ニースケンス、16番レップなどなど。レンセンブリンクは12に変更してますね。
そして残念ながら、8番GKヨンブロートも継続組のひとりだったようです。
そんなワケでこの78年決勝はすさまじいことになりました。
決勝のカードはアルゼンチン対オランダ。…まあみなさんもうお察しでしょう。
双方のゴールマウスには、それぞれ5番と8番が立つことに。
やれやれ、まったくよォ…。これじゃコントにもなんねえっつうの!
わたしはこのアルファベット順とやら、まあキライです。
ロボットだの機械だのにラベリングしてるんじゃないんだ。冗談じゃねえ!
おなじ理由で生年二ケタ背番号もダメです。あのインスタント感には寒気がしますね。
76だの80だの…。あのテはどういうわけかゾロ目が好まれるようで。
ひところは77が隆盛でしたが、最近は88をよく目にします。…選手も若くなりました。
…それにしても88番ねえ。ブッフォンが希望したときはひと騒動あったものだけど。
背番号が道義上の問題にされたのは、しょせん彼が大物だったからなのかな?
現在88を背負う若人よ。背番号が話題にしてもらえる選手を目指したまえ。
オリバー・カーンは下積みの長い人でした。
バイエルンの正GKがやっとこさW杯のレギュラーをつかんだのは2002年のこと。
(ユーロには出場してましたけどね。ドイツにとってはすってんてんの大会に。)
日本での彼はたよりになる男でした。…なのに決勝ではあのミス。
そして06W杯。本国ドイツで開かれたこの大会で、彼はまったくもってカヤの外。
予選を通じて不動の背番号1はカーンその人だったのに。
だけど本選での彼は12番。カーンはレギュラーとともに1番も剥奪されたのです。
あなたのせなか なんてえの? このサブタイトルお気楽につけたんですけどね。
あのときのカーンには…聞けません。背中を見ればわかるでしょう?
背番号1にはそんな重みをもとめます。5とか88番にないものを。
<おまけ>
今回は背番号1ですから。すごいヤツが相手です。
ま、それでもいいんだけど…。ちとひねってこんな歌。
posted by 由比彰紀 |15:57 |
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2009年05月06日
“12”は完成感ただよう数字です。
ヤコブの息子は十二人、イスラエルの民は十二部族。そしてキリストの弟子は十二使徒。
旧約・新約問わず12は聖書に出てきますね。ゆえにこの話ウソくさいんですけど。
暦に目をむければ一年は十二ヶ月。十二支はココからの発展でしょうか?
地上における太陽と月との関係が、12に意味をもたらしたと。そんな気がいたします。
しかしその12番がサポーターにあずけられているというのは…これはアレですかね。
「きみたちがいてボクがいた。最後のピースはアナタです!」ってことなのかな?
そいつはよかった。ついでだから12とともに責任も背負ってもらいますか。
とはいえ、サポーターナンバーとなると筆者がお手あげですので…。
今季の12番となれば、やはりポルトのフッキははずせません。
日本人には忘れえぬ突貫小僧も、ユナイテッド戦は不発に終わりました。
今はこれでよしとしますか。いずれ世界にその名とどろく悪童になってください。
しかしパッとしませんね12番。意図的なのか、はたまた無関心なのか。
サポーターへの欠番だったり、控えGKがつけてたり。…あるいは気づかれてなかったり。
(前回の12番でも触れたとおり、ジュリオ・セーザルみたいな例もいますけど。)
欠番でなくとも影がうすい。12はそんなさびしい背番号です。
その点GKが13固定のスペインには、色のある12番がおりますな。
たとえばセビージャのカヌーテ。ラシンの巨漢FWジキッチもそのひとりでしょう。
思いのほかいいポジションにつけてますね。フッキともどもゴールがお仕事の人たちです。
そういえば去年までオサスナにいたカルロス・ベラ。彼も現アーセナルでは12でしたね。
…しかしフッキにベラとは。超人ハルクに妖怪人間かぁ。
なんだなんだ? 12番はそのうち怪物になる連中ばっかりなのか?
それはさておき…。
海をわたった島国にも、ベラをはじめ意外なほど12番FWはそろってます。
シティのバッセルにボロのアフォンソ・アウベス…って、オマエら今季どこにいたよ?
ウエストハムのカールトン・コールは…うーん、どんなもんかなぁ。
ベラもあまり見かけなかったし、イングランドでも12は存在感ありません。
欠番でもないのに…。個性あふれる12番、ただいま募集しております!
そんななか常時出場していた12番が、リバプールのファビオ・アウレリオです。
リーセがよそに出た今シーズンは、事実上ひとりで左をまかなってましたね。
ただあいかわらずというか…。今季もF・アウレリオ全開でありました。
時にいいクロスはあげます。FKもいやらしい、味のあるボールをけります。
その一方しょうもないミスをやらかすのも、このブラジル人のお約束でありまして。
F・アウレリオはむかしから、リーガにやってきたときからそうでした。
そもそも彼はバレンシアに、ベテランLBカルボーニの後釜としてむかえられたんです。
ところがねえ…。期待どおり守備はモロく、ようやくなれたと思えばシーズン全休。
同情を買うハズのケガすらポカに見えるのも、まさにF・アウレリオでしたね。
ロベルト・カルロスが退いてのち、後継LBになやむブラジル代表。
なのにお声のひとつもかからない。これぞF・アウレリオの本領発揮でしょう。
…だからかな? わたしはヘタレなこの男が大好物なんですよ。
ところで…わたしはこの12番、LBの印象が強いんです。
F・アウレリオはもちろん、R・マドリーのマルセロもそう(やや上がりぎみだけど)。
無論そんなきまりがあるワケじゃありません。存外FWにもいましたからね。
おそらく脳にすりこまれたんです。バルサファンのかたには説明不要のあの選手に。
その男、名をセルジともうします。生まれも育ちもカタルーニャだったそうな。
小柄でずんぐり。そして太い腿をもつ彼は、左サイドをぐいぐい上がる選手でした。
3バックに入ることもありましたけどね。まあいずれにせよ求むものはかわりません。
左サイドをずんずん往復してタイミングよくクロスをポン。それがセルジの仕事です。
…右ききだったんじゃないかなぁ。オレの左センサーは反応しなかったぞ?
それはともかく、このセルジの背中が12だったんです。
バルセロナでもスペイン代表でも、いつも背中は12番! …いにしえはどうだったかな?
セルジはその後所属したアトレティコでも12でした。背中に意味ができたワケです。
ですからファンブロンクホルストが移籍してきたとき、彼の12番には納得できました。
バルサは彼をボランチではなく、LBの選手として獲ったのだなと。
今のバルサのLBはアビダル。ややもすればプジョルで12は空席ですか。ほほお。
ま、それもいいでしょう。現バルサのハンマーは右翼にあるようですから。
該当者なしなら空けておけばいい。バルセロナの12番にはそれだけの価値があります。
いずれロマンティックなLBが現れたら、そのときこそ12をピッチで拝むとしましょう。
…さてさて、今宵バルサの夢は開くのかしら?
<おまけ>
今回はたまたま発見したこんな歌で。
セルジが見てたとは思いませんけど…。
posted by 由比彰紀 |16:34 |
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