2009年03月27日
ギターにあこがれたことがありました。
ある曲を聴いて「カッコいい!」とシビれ、弦を買いに行く。そんな時代もありました。
てんでダメでしたけどね。元来のあきっぽさに加え、天性といえる手先の不器用さ。
よくFが弾けずに挫折したなんて聞きますけど、そんな高みとてもとても。
おぼえたコードは三つかな? Am、Em…せいぜいD7が関の山。
根気と倫理を欠いた少年の夢想は、茶色の瓜をオブジェと化したのでありました。
はいはい、ヘタレはヘタレらしく背番号の話でもしてましょう。
今日はぜいたくにも10番! へへーんだ。
ま、このナンバーともなるとね。どなたにも「オレの10番」がいるんじゃないですか?
今のひいきはちがっても、サッカーを見るきっかけになるのはまず攻撃の選手でしょう。
(はじめて目がいったのがSBというかた。ぜひおたよりをください。)
ちなみに前回かけたバンドのギタリストは、キンクラーゼをベストにあげていました。
みなさんにもそういう存在がいることでしょう。それが10番とはかぎりませんけど。
もっとも人それぞれとは言い条、モデルというか万人なじみの10番もいます。
いまだと代表はトッティにデルピエロ。この二人じゃないですかね?
両者とも長らくおなじクラブで10を背負い、看板として犯すべからざる地位にいます。
べつにそのことを賛美するとか、そういうつもりはありません。
彼らにはそうするだけの実力と魅力があり、その選択をしたと。それだけです。
そして上記二名とはちがう道を歩んだのがマイケル・オーウェンでした。
リバプールはえぬきのアイドルだった10番は、04-05にR・マドリーへと移籍。
オーウェンは“ビッグクラブ”へと旅立っていったのです。
つけた背番号は11。10番はフィーゴだったからですが、彼には見なれぬ背番号…。
そうだったそうだった。わずか数年前までリバプールは“ぬかれるクラブ”でしたよね。
この両クラブ間での移籍なら、マクマナマンを思いだすかたも多いでしょう。
伝統も格もありましたけどね。残念ながら選手を引きとめるタイトルがなかった。
そのタイトルにしても死に体の獲得では、まだ動揺がのこるようです。
リバプールがCLを獲った05夏、話題はジェラードの去就でもちきりでしたから。
今の彼らはちがいますね。CLきっての実力者は、今季プレミアも射程距離におきます。
コレを獲れば名実ともに復活でしょうが…はてどうなりますやら。
ところで…オーウェンはマドリーで10番をつけることができませんでした。
原因はフィーゴにありますが、彼のナンバーだって10じゃありませんよね?
かつてのバルサに今のインテル、そしてポルトガル代表。彼の背番号といえば7番です。
ではポルトガルの10番は? そう、いうまでもなくマヌエル・ルイコスタ。
ルイコスタは04ユーロをベンチですごし、代表から退きました。
その後ポルトガルの背番号10はどうなったのでしょうか?
06W杯予選中、ポルトガルに10番はいませんでした。はばかられたんでしょうね。
本選になると空けるわけにもいかず。10番にえらばれたのはウーゴ・ビアナでした。
いかに期待されてたかがわかりますね。しかし彼、徐々に代表と疎遠になります。
そんなワケで08ユーロ予選でも、ポルトガルに10はほぼいませんでした。
本選でつけたのはジョアン・モウティーニョ。現スポルティングのキャプテンです。
まあやっぱり重たいのでしょう。偉大なセンパイの背番号、まして10番ともなれば。
そんなポルトガルのナンバー10ですが、今W杯予選からは勝手がちがいます。
FIFAのお達しにより、選手は原則18番までの背番号におさまることになりました。
ポルトガルの場合スタメンはレギュラーナンバーでそろえる意向のようです。
ここまではモウティーニョとデコが10番でしたが…週末ははたしてどうなりますかね?
ポルトにスウェーデンをむかえての一戦。10番のゆくえにも注目してみましょう。
偉大なる背番号10。ところがところが、このナンバーを軽くした野郎がおりました。
彼の名はルパテッリ。デルネーリひきいるキエーボの一員だった男です。
この“ミラクル・キエーボ”には、アクの強い背番号をつけるのが多かったんですね。
たとえば以前もいったダンナ。あるいはレグロッターリエもなかなかにすさまじい。
対してコリーニやランナのように、ひとつの背番号に忠実なヤツもいたのですが…。
わけてもトンデモナイ背番号だったのがこのルパテッリ。
スキンヘッドにもみあげとあごひげをちょろりと残した、一目見たら忘れぬ風貌でした。
この顔で思いだしたかたも多いでしょう。ハイ、この選手のポジションはGKなんです。
キーパーですよ、キーパー。なんでオマエが10番背負わにゃならんのだ!
このキエーボのあとに在籍したローマでは背番号3でした。こ、こやつ性懲りもなく…。
そのむくいでもないでしょうが彼のキャリアは沈没。今季はカリアリの控えのようで。
まあ個性かもしれませんよ? だけど領分は守ってくれないと。あんたGKなんだから。
これこそ身のほど知らずというものです。わたしの周囲にもいますよ、そういう連中。
シーズンも佳境に背番号の話してるバカとか、ヘタレの分際でギターに手をだすのとか…。
<おまけ>
そんなヘタレがあこがれたのがこのギター。
歌詞なんかまるで聴いちゃいませんでしたね。
posted by 由比彰紀 |15:41 |
ナンバー |
コメント(18) |
トラックバック(1)
2009年03月17日
本日とりあげる背番号は39。ひさびさの初物ナンバーです。
…あらためて見てみると、タイトルの漢字がエラくうっとうしいですね。
まあカンベンしてください。これは自由を夢みた梁山泊の戦士たちからとったのだから。
そして彼らの夢が瓦解してゆくさま。これこそせつない水滸伝のクライマックスなのです。
ところで…この背番号39を今までとりあげなかったのにはワケがあります。
39番といえばアネルカでしょうが、その彼の事情がよくわからなかったんですよ。
アネルカが39をはじめて背負ったのは、02-03のマンチェスター・Cじゃないかな?
こんなあいまいな表現になるのは、若き日の彼をわたしが知らないからなんです。
アネルカの経歴についてはスペースの都合上、コチラをごらんください。
いやホント移籍の多い選手でして…はじめのパリSGでの背番号はわかりませんでした。
その後のアーセナル、R・マドリー、第二期PSG、リバプールでは9番ですね。
ただしこれも断定にはいたらず…。アーセナルに加入したシーズンはどうだったのやら。
まあこの頃のアーセナルのエース、イアン・ライトの背番号は8でした。
わりと9番はつけやすかったのやもしれませんが…よくわかりません。
そういえばライトの義理の息子、マンチェスター・Cのショーン・ライト・フィリップス。
彼もシティに復帰した今季からは、オヤジとおなじ8番をつけてますね。
まあアネルカがシティで39を背負ったのは、9番が空いていなかったからなのでしょう。
(ちなみにこのときのシティの背番号9は、コスタリカ人FWワンチョペです。)
その後さすらいの男は、フェネルバフチェ、ボルトン、そしてチェルシーと39番を継続。
ただなぜに39なのかがわからず…。久保選手とおなじ理由ではないでしょうけど。
アネルカについてくわしいかたは、ぜひぜひ情報よろしくおねがいします。
アネルカの布教の成果もあってか、最近は39番をまま見るようになりました。
以前いったラサナ・ディアラも39でしたね。わずか2試合のお披露目に終わりましたが。
インテルのSBサントンも39番。なにやらポジションをとった感もあります。
バイエルン期待の若手クロースも39。冬に出たレバークーゼンでも39番になったようで。
まあ彼ら二人はたんに若手だからという気もしますけど…。
そのなかにあって、トッテナムのCBウッドゲイトはめだつ存在です。
もはや中堅からベテランにさしかかる年齢の選手ですからね。
ウッドゲイトはリーズで育った選手です。むかしの光いまいずこ…。
若くしてレギュラーだった背番号6は、02-03途中にニューカッスルへ。
背番号は27だったのですが…正直このクラブでの印象はよくありません。
なんせあのボビー・ロブソンのチームですから。悲惨なお仕事が待っていたワケです。
おまけに彼自身コンディションもよくなく、故障がちでしたしね。
ところがところが04-05、そんな彼がR・マドリーに呼ばれたのです。背番号は18。
ここでの二年間の話はよしましょう。だれだって触れちゃいけない過去はあります。
二年後彼は帰英することに。行き先は北の田舎町ミドルスブラでした。
背番号はなんと8番! ま、CBナンバーの6番にヘンなかたがいましたからね…。
このボロで彼は復活をとげます。そして07-08冬、現在のスパーズに引きぬかれると。
駆け足で彼のキャリアを追ってみました。チンタラやってたら終わりそうにないもので。
しかしめだちます。ともに冬の移籍でつけた27と39が。
彼らのように移籍をくりかえす選手には、背番号なんぞかまってられませんからね。
その点アネルカは利口な男です。39は彼のオリジナルナンバーといっていいでしょう。
してみると39番には、さすらいのDNAが合うのやもしれません。
ならば彼には39の資格がありますね。今冬シティに移籍してきたベラミーです。
なんせカカの話題でてんやわんやだったので、なんともシブい補強になりましたが。
けっきょくカカには断られたシティ。ま、彼の決断にはまったく文句ありません。
それはおいておくとしても…気にいらんな。なにがビッグクラブだ。
なにが歴史だ伝統だ。あまつさえなにが分をわきまえろだ!
教育者に問う。キミらが否定した封建的な価値観とやら、ありゃいったい何のことよ?
おっと、地がでるとこだった。お題はベラミーでしたよね。
コベントリーでの彼は知りません。やはりニューカッスル時代の10番でしょう。
あのボビー・ロブソンのチームで、ベラミーも仲間とよろしくやっていたワケです。
そしてそのロブソンが切られたシーズンの冬。彼はセルティックへと放出されることに。
背番号はなんと47! 途中加入とはいえ、なんともすごいナンバーを背負ったものです。
ブラックバーン、リバプール、ウエストハム…そして現在のマンチェスター・C。
この四年で彼がつけた背番号は11・17・10・39。いやいや目まぐるしい。
あきれかえった流れ者ですね。おそらくシティもついのすみかではないでしょう。
彼は何を求めてフラついているのでしょうか? カネか、欲望か。それとも自由か?
奔放に生きるベラミーのさま。わたしには水滸伝の男たちがかさなります。
今はシティのため走るのでしょう。それでこそ自由とともにゆく39番なのだから。
<おまけ>
どうもマンチェスター・Cの話題が多かったですね。シティと39は縁があるのかな?
シティかぁ…。ほんじゃコレでいきましょう。
“blues”は歌わないけれど。
posted by 由比彰紀 |16:18 |
ナンバー |
コメント(11) |
トラックバック(0)
2009年03月06日
日本には古来から伝わる、土下座なんて礼式があるそうで。
なんでも深い謝罪を示すものなのだとか。どれ、ひとつわたしもやってみましょう。
ベナユンさん。もうしわけありませんでした!
前回の15番では勝手放題いいましたが、あなたは15がすきな選手だったんですね。
その執着ぶりたるや、ニハトやバロシュにもまったくひけをとりません。
ウエストハム、ラシン、マッカビ・ハイファ…。あなたはいつも15番を選んでいました。
イスラエル代表でも積極的に15をねらっていたようですね。
なぜこんなことに気づかなかったのか…。資料吟味の甘さを猛省しております。
いやもう汗顔の至り。ベナユンさんにはリバプールで誇らしく15を掲げてもらいましょう。
とはいうものの、15が不遇であるというわたしの認識は前回からかわりません。
それはもう! 今季の15番だけをざっとながめても一目瞭然なのであります。
たとえばR・マドリーのドレンテ。
彼はファンからのブーイングに心神喪失。いまやすっかりカヤの外になっております。
まあR・マドリーの15番といえば、ラウル・ブラーボにカメルーン人のジェレミ。
もともと控え色の濃いナンバーではあったんですが…。
バルサのマリ人ケイタも15番ですね。先ごろよくわからぬ退場処分をくらってました。
ドイツなら前回も挙げたシャルケのゼロベルト。クラブとモメて帰国しましたとさ。
イタリアに目をやればユーベのクネゼビッチ。…ええおたく、どちらはんでしたかなぁ?
ローマのロリアは最近のCLでも拝見しました。フアンの代役は荷が重かったようで。
それはもう、ヘディングでのバックパスを豪快に空振りされてましたから!
そしてインテルのダクールは、まったく使われないままローンでフルアムへ…。
ひ、ヒドイ…。いったい15番になんの罪があるというのだ。
おまけにチェルシーのマルダ! キミも15か、背中の15番がイカンのか!
スパーズに出戻りのロビー・キーンも、かつての10番に空きがないので15番…。
うーん、もうなんでもいいや。15の不幸をとりはらうべく活躍してくれたまえ!
そんななか孤軍奮闘する15番が、マンチェスター・Uのビディッチです。
彼は正真正銘のレギュラーですからね。15番界においてなんと貴重な存在でしょうか。
まあビディッチのプレーについては割愛します。みなさんよくご存じでしょうから。
さてそのビディッチの背番号の歩みはというと…。
ビディッチは05-06の冬に途中加入しました。移籍元はスパルタルク・モスクワです。
そしてその前にいたのはレッドスター。いずれも主力だったようですね。
この両クラブで彼が背負っていたナンバーは、どういうわけか26番。
これは意外でした。むろんレギュラーだから若い背番号とはかぎらないのですが。
そして途中加入したシーズン、ユナイテッドの26は空いておらず。
ということは…やっぱりアレですかね? 空いてた15番でしかたなく妥協したと…。
ま、まあその後も15番を継続してるワケだし。彼も15を気にいってるんじゃないかな?
現在深刻な人材難になやむ15番ですが、かつてこのナンバーで名物になった男がいました。
それがバレンシアで長年LBをつとめたイタリア人。アメデオ・カルボーニです。
この人は元気なおじさんでした。いやローマにいたころは若かったんでしょうけど。
ねちっこい! 小ズルい! それでいて左サイドをしたたかにオーバーラップ!
そのプレーぶりは四十の坂を越えてなお、どこかたのしそうにすら見えたものです。
これがイタリアと南米のちがいなのかな? そんな無責任きわまる印象を受けましたね。
アルゼンチン人がストイックだとすれば、カルボーニにはどこか愛嬌があったんですよ。
今だと…そうだなぁ。R・マドリーのカンナバーロにときどき似たものを感じます。
そんな由緒あるバレンシアの15番、今季はベテランDFエルゲラがつけていました。
「ました」と過去形になるのは、彼が監督とケンカして契約を破棄したからでありまして。
いや、あの、だからさ…。なんで15番はそうなるのよ?
もはや運命論すらただよわせる不遇の15ですが、われわれ日本人には希望の星がいます。
おわかりでしょう。そう、カターニャに籍をおく森本貴幸選手であります。
このカターニャというクラブ。わたしは印象がいいんですよ。
イタリアの弱小クラブにしては、監督のクビを我慢できるイメージでして。
パレルモやカリアリの会長と比べるとね。あれはハタ目からならおもしろいんですけど。
トリノのように民主的すぎて迷走することもありません。なかなかしたたかなクラブです。
さてカターニャも三年目の森本選手。ずいぶんイタリアになじんでいるようですね。
メクセスやレグロッターリエとやりあうさまは、完全にイタリアFWのそれでしたから。
そのかいもあってか彼は現在上り調子。色気のでる話もチラホラ出はじめてますな。
もっとも森本選手本人はどこ吹く風。彼はありのままの今を見つめているようです。
そうですね。わたしも今の彼をしっかり見ておくことにします。
…うっかり15番つけてたことを忘れてしまわぬように。
<おまけ>
あらためてベナユンさん。どうもすみませんでした。
おわびに故国の曲をかけておきます。
posted by 由比彰紀 |18:45 |
ナンバー |
コメント(15) |
トラックバック(0)