2008年12月31日

24 ふたたびの穆弘

前回の24番はレギュラーナンバーにわりこみました。
とくに意味はなかったのですがあとでびっくり。24/7なんてコトバがあるんですね。
ブログの標語としてはただしい気もしますが、それにしちゃ当所の筆者はのんびり屋。
あきれたのろのろ更新のその果てに、暮れをむかえたワケであります。

まあなぜなのかは本人にもよくわかりませんが、本日は24番でまいります。
このナンバーは存外おもしろい選手がいますね。
ラツィオのさばき役レデスマや、ロングスローで有名になったストークシティのデラップ。
あるいはスポルティングの掃除屋ミゲウ・ベローゾも印象にのこるおかたです。
優雅なマスクの男がこんな仕事をしていると、当方ゾクゾクいたしまして。
ようやくローマで味がでてきた不良小僧メネズも、なかなかたのしめる24だなぁ…。

そんななかわたしが取りあげるのはブレーメンのペルー人、クラウディオ・ピサロ。
長くバイエルンで活躍したおなじみのFWです。
昨季のチェルシーではてんで存在感がありませんでしたが、古巣復帰後は順調そのもの。
シーズン前半を終えた時点で10得点。ただいまチーム内得点王!
うーん、なんといいますか…。彼はそんなにドイツの水が合うのでしょうか?

そんなピサロが今季背負うのが24番。彼はバイエルンでは14でしたよね。
そしてかつてこのブレーメンに在籍したときには10番をつけていました。
まあ現在のブレーメンには10番ジエゴ、14番ハントと先客がいます。
となると彼の24番はどう解釈しましょうか?
4という数字がすきなのか。はたまた、かつてつけた背番号をたしたのか…。
ま、たまたまあいてたナンバーだっただけ。もちろんそうとることもできますけどね。

セビージャのコンコも24番をつける選手です。
セネガル人の父とモロッコ人の母のもと、マルセイユで生まれたコンコ。
おまけにユベントスユース出身という、複雑なアイデンティティのもちぬしであります。
セリエAデビューは06-07のシエナでしたが、ここでの彼はわたし見ておりません。
やはり昨季07-08。ジェノアでのプレーぶりが印象的ですね。
ここでの仕事を見てセビージャが、彼らの右サイドをあずくべく彼を獲得したワケです。
セビージャは彼らの右翼、ダニエウ・アウベスの代役をさがしていましたからね。
背番号はジェノアのときと同様24番。彼のキャリアを好転させたナンバーなのでしょう。

ところで彼、ジェノア時代は3バックの右でプレーしていました。
右サイドではありません。そこにはロッシという背番号7がいましたから。
ところがそのロッシとくらべても、コンコは上がるのがだいすきだったんですね。
正直攻撃のときだけを見ていると、ジェノアの右サイドがだれなのかわかりませんでした。
まあコンコのそんなところをセビージャは買ったのでしょう。
しかし彼がふりはらうべき幻影はダニ・アウベス。
こちらはウイングと見まがうRBでした。…コンコもしんどい仕事をまかされたものです。

さてこの背番号24。わたしには深く脳裏にきざまれた選手がおりまして。
その名もウラティスラフ・グレスコという、スロバキア人LBです。
彼は現所属レバークーゼンでは24番じゃありません。背番号は17のようですね。
彼が24をつけたのは…もうずいぶん前。01-02のインテル時代にさかのぼります。

今でこそイタリア随一の実力者インテルですが、数年前まではものわらいのタネでした。
毎夏展開されるハデな大型補強。そしてこれまた毎度の空中分解。
このあたりみなさんのインテル観にも根強いものがあると思います。
実際インテルは90年代、ただのひとつもスクデットを獲れなかったのですから。

グレスコが加入したときのインテルは、かようにヘタレなクラブでありました。
そしてそのインテルにやってきたグレスコも、これまた脱力感あふれる選手でして。
どうにも集中がたりない、ポカがおおい。おまけに一対一も弱い。
だけど左からあげるきれいなクロスが印象的な、なんとも評価しがたい選手でしたね。

そんなインテルが優勝争いを演じたのが01-02。クーペル監督就任一年目のことでした。
最終節を前にしてインテルは勝点69で首位。
二位ユベントスは68、三位ローマは67でしたから、勝てば自力で優勝できたワケです。
最終戦はオリンピコでのラツィオ戦で、彼らにもUEFA杯のキップがかかっていました。
もっともラツィオファンは、ローマ優勝の可能性のほうがイヤだったようですけど。

この試合でわれらがグレスコくん。“やってしまった”のです。
どんなミスだったかおぼえてないんですけどね。この瞬間はキレイに記憶が飛んでまして。
グレスコらしい、ゴール前でのボーンヘッドだったことはまちがいありません。
(今回ひさびさにしらべてみたところ、こんなミスだったようです。)
これを最後にグレスコはインテルを去ることに。以降のキャリアはなんとも…。
わたしはロナウドの涙より、グレスコを喪失したという感覚がこの試合を占めるのです。
…ときどきグレスコについて思います。24/7ではない、ほんとときどき。

<おまけ>
年の瀬です。紅白です。
加山雄三さんが「仮面ライダー!」とさけんだ、あの時節です。
人のミスばかりいうのもあれですので、今回はこの曲を。
しばらくタイトルをまちがえてました。

posted by shousetsu |13:44 | ナンバー | コメント(18) | トラックバック(0)
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2008年12月26日

11 ふたたびの李応

このナンバーはなんといっても左サイドですね。
ライアン・ギグスにオーフェルマルス。この二人の名をあげておけばそれで十分かと。
「いやいやもっとすぐれた左ウイングがいる!」とするムキもありますかね?
ぜひともお聞かせください。この11番は左のドリブラーの宝庫なのですから。

ほかには…典型的CFや中盤。このあたりが11番の出没しやすいポイントです。
国によっていろいろクセはありますけどね。このあたりは前回の11番に書きました。
とりあえず11には右にいてほしくありません。右にいるならせめて左ききであってほしい。
典型的な右サイドの選手に11番をつけられると、わたしは拒絶反応をおこします。
ゆえにアトレティコのマキシやナポリのマッジョ。…彼らはわたしの天敵です。
とくにマッジョは! ヤツはフィオレンティーナでも11でしたから。
すてきな右サイドの選手なだけに、なんともうらめしい存在なのであります。

まあオッサンのグチはここまでにしておきますか。本日は11番、11番と。
オランダのすぐれた左ききに登場してもらいましょう。二人まとめてどうぞ!

ファンペルシーにロッベン。それぞれアーセナル、R・マドリーの11番です。
この二人は同じような時期に、同じ左サイドで注目された印象がありまして。
フェイエノールトとPSVで脚光をあびはじめたのが02-03ころだったかな?
その後04-05に二人そろってプレミアに移籍。
ファンペルシーはアーセナル。ロッベンの行き先はチェルシーでした。
いやあ似たものどうし。おまけに故障がちなところまでそっくりとは!

まあプレイスタイルはこのご両人、全然ちがいますけどね。
ロッベンのほうはウインガー。おなじみざくざくドリブルで突っつく選手です。
対するファンペルシーはシュート。精度もさることながら、なによりその破壊力ときたら!
彼の殺人キックについては、小野選手がよおくご存じのハズです。
それゆえかポジションも徐々に前進。アーセナルでは完全にFWになりました。
いっぽうのロッベンはかわらずサイドの人。R・マドリーでも外からのしかけが仕事です。

さてそんな二人の背番号の歩みはというと…。
ロッベンのほうはPSVのころから11番。
チェルシーではダフやドログバにはばまれましたが、R・マドリーでは11を手にしました。

対するファンペルシーは…アーセナルではずっと11番を背負っています。
ですがフェイエノールトのころは22や32。
代表でも11番はロッベンにまかせ、自分は7番などをつけていますね。
どうも彼らのあいだには、11番に対する思いに温度差がある気がします。
「背番号? フン、男は仕事で勝負だろ?」
まあ悪童ファンペルシーには、こんな態度のほうがにあう気もしますけどね。
どうせ興味ないなら32番はどうかな? 伝説的な恐怖の左がいるんだけど…。

7番にRBがいるなら、11番にもまた攻撃志向のLBが存在します。
具体例をひとりとなれば、わたしはグロッソをあげますね。
ペルージャ→パレルモ→インテル… 現リヨンにいたるまで彼は11でとおしてますから。
もっともペルージャ時代は3バックの左サイド。ウイングバックというやつでした。
4バックが主流の現在ではだいたいLBを務めますが、評価はいつもかわりません。
上がるのがすき、クロスはいい。…だけど裏はとられっぱなし。
まあこういう問題こそ、チームでなんとかすべきなんでしょうけどね。
攻撃ずきのSBにはいつもついてまわる、なんともなやましいジレンマです。
…もしかすると彼自身はハーフのつもりなのかな? なんてったって背番号11なんだし。

グロッソがインテルに乗りこんだ06-07、入れかわりに母国へ帰った選手がいました。
彼の名はファン・セバスチャン・ベロン。
まああれこれ述べる必要はありませんね。ご存じアルゼンチンが生んだクラッキです。
右足のキックのレンジ、種類。ともにどうかしてるレベルの選手でありました。

さて彼の背番号なのですが、ベロンも11番を好む人です。
98、02のW杯はともに11番で出場。現所属のエストゥディアンテスでも11を背負います。
ところが彼、ヨーロッパではおそろしく背番号にめぐまれなかったんですね。
たぶん98-99のパルマぐらいじゃないかな? ご希望の11番をつけられたのは。
まず初お目見えとなったサンプドリア。ここでは20番だったようです。
その後先にふれたパルマを経てラツィオへと移籍。背番号は23でした。
01-02にはマンチェスター・Uへと飛びます。
…まあココにはあのギグスがいましたから。センターハーフの4番をもらうことに。
ついでチェルシーで20番、インテルでは14番。
いやいや、ここまでお気にいりの背番号と縁のない選手というのもめずらしいですね。

ちなみにラツィオ・インテルと彼の11番をつけていたのは…CBのミハイロビッチ!
中盤の指揮者と左足のキャノン。…みなさんはどちらが11にふさわしいと思います?

<おまけ>
せっかくの11番なのでこの曲を。
ココでいいんじゃないかなぁ…。

posted by shousetsu |19:22 | ナンバー | コメント(9) | トラックバック(0)
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2008年12月20日

6 ふたたびの林冲

前触れもなくレギュラーナンバーにやってきました。
どうも同じようなことが続くのは退屈でして。アクセントがつかないかと思ったワケです。
とはいえ、このレギュラーナンバーというやつはやっかいな相手なんですよ。
どうしてもポジションの話をせぬわけにはいきません。書いてると消化不良をおこします。
ですがそれは前回の6番でもやったし、もういいかな?
あるいはアレコレやを見ていただくとしましょう。参考になるかはわかりませんけど。
ということでどうなることやら。本日はレギュラーナンバーの6番です。

最初に登場してもらうのはインテルのブラジル人LB。マクスウェルです。
左サイドを勤勉に走り、きれいなクロスを上げる選手ですね。
まあなんせほかのチームメイトがあまりにも濃いので、目立つことはありませんが…。
それでもインテルの左サイドは彼のもの。今季も軽やかにライン際を疾走しているのです。

…で、そのマクスウェルなのですが。
彼はインテル入団後は、ブラジルのLBナンバー6番をずっとつけています。
ところがその前に活躍したアヤックスでは、コロコロと背番号をとっかえてまして。
四年半の在籍期間中、順に13・15・5・14。…しかもえらく地味な変更なんだ、これが。
「アヤックスのころのマクスウェルの背番号? 印象ないなぁ…」というそこのアナタ。
それはアナタのせいじゃありません。こんな小細工してた彼がいけないんです。

まあそれはともかく…。
マクスウェルもそうですが、この6番はちょいちょい左サイドに顔をだすんですね。
フィオレンティーナのバルガスはまさにその典型。
セビージャのアドリアーノなんかもそうですね。ややポジションが上がりぎみですけど。
彼らに共通するのは、いずれも攻撃に特長をもつ選手だということでしょうか。
このあたりはさすがに南米産のLB。魅せるプレーってのを知っています。

いっぽうでヨーロッパにもまた、6番を好む攻撃的LBがいますね。
リーセやヤンクロフスキーなんかが代表的なところでしょう。
リバプールにウディネーゼ。左サイドの6番はともに名物男でありました。
彼らは代表でも6をつけます。まあ6番に思いいれがあるのはまちがいありません。

ところで上記のふたりですが、彼らはともに現クラブで6番を背負っていません。
理由はおわかりですかね? ローマもそしてミランも、6を永久欠番にしていますから。

国によってはCBナンバーになる6番。
それゆえか長きにわたってチームをささえ、ファンに語りつがれる選手がでてくる。
アウダイールやバレージはまさにそんな選手。彼らの6は欠番になったワケです。
わたしはこの永久欠番。じつはキライなのですが、彼らのケースはまだわかります。

ですがウエストハムの場合はどうでしょう?
彼らも今季から6を欠番にしました。理由はボビー・ムーアのデビュー五十周年だから。
これは歴史のゆがみが生んだ鬼っ子でしょうね。
フットボールは歴史のあるスポーツですが、固定背番号制は採用されて十年そこそこ。
このギャップがあるからこそ、なにをいまさら?なんて事態をまねくワケで。
こんなトンチキをするくらいなら、サッカー界に永久欠番なんかいらない!
わたしはそう思いますね。むろんちがう人も多いでしょうけど。
ともかくもウエストハムの6は欠番とあいなりました。
昨季までの6番アプソンは今季から15に。…や、やっぱり15番はそういう運命なのね。

背番号6。このナンバーに熱をあげた選手がいます。いや「いました。」でしょうか?
彼の名前はガイスカ・メンディエタ。かつてはスペイン最高のMFでした。
この特異な名でもわかるとおり彼はバスク人です。ただしバスクでのキャリアはなし。
デビューはちがうようですが、まあバレンシアで育った選手といっていいでしょう。

二年連続のCL準優勝。彼の評価は最高潮に達し、R・マドリー移籍がウワサされ…。
その後の彼についてはちょっと…ね。キャリアだけならべておきます。
ラツィオ→バルセロナ→ミドルスブラ ボロとの契約満了後は所属クラブがありません。
若いころに走りすぎたのかな? まだ34歳の彼にはそんな思いがよぎります。

さてこのメンディエタ。わたしは彼、右サイドの選手だと思っていました。
ところが彼が好んだのは6番。バレンシアでもラツィオでも、ボロでも6をつけています。
右サイドが6番ねえ。そんな例は聞いたことがありません。
うーん、彼のポジションが右サイドというのはわたしの思いこみなのかな?

たしかに彼は右に多くいました。ですが“右ウイング”というにおいはしません。
豊富な運動量、正確なキック、背後からの絶妙な飛びだし。特長は中盤の選手のそれです。
ひょっとしたらメンディエタは自身のことを中盤、ピボーテだと思っていたのかな?
たんなる想像ですけどね。去年までのアルテタを見て「もしや?」と思ったまでのこと。
思い出のなかのメンディエタに、そっと聞いてみたい質問なのです。

<おまけ>
けっきょくどこもかしこもポジションの話に…。
ううっ、本日はコレでいきます。

posted by shousetsu |17:07 | ナンバー | コメント(17) | トラックバック(0)
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2008年12月17日

マティヒェンさんのドルトムント

当所「数奇な星のものがたり」筆者の由比であります。

今回はちと趣向を変えてみました。わたしはこの記事を書いておりません。
このエントリーは当所その他でおなじみの、ある常連さんに執筆していただきました。
わたしがサボれる双方向時代をいきる画期的な企画なのであります!
テーマについてはこちらから依頼しました。
心のクラブについてと、そのクラブに魂をもってかれた理由とは?
以上二点でおねがいしたところ、こころよく引き受けていただいたわけです。
まあわたしがゴチャゴチャぬかすより、そろそろ先生に登場していただきましょう。
それではマティヒェンさん、よろしくおねがいします!




『マテ姉さんの酔いどれ日記 男は背中で語るもんよ。ちゃう?』

マティヒェン、あるいは、マテ姉さんと申します。
スポナビ様のアチラコチラに出没しているので御存知の方も多いはず。
『永遠の17歳』(自称)、はねっかえりなのです。でしょうか?
 
マティヒェンの名前の由来は、マティアス・ザマー。パクり、ドイツ語の女の子限定『~ちゃん』であるchenをくっつけた代物。
ザマーの名前が出ておわかりよねぇ。そ、アタシは、ボルシア・ドルトムント(以下、BVB)はあと。
ファンになったきっかけ?えーっと、靴下がトラ縞で、黄色と黒色の胸ヤケ具合が甲子園以上で、弱いんだか強いんだか???・・・じゃ、ダメ?
さよう、アタシは元々、阪神タイガースファン。1985年4月16日&17日の巨人戦、K選手のポロリから大逆転劇とバックスクリーン3連発を、甲子園で目撃してまっせ。
 
それはさておき、この際自白すると、アタシはサッカーに関してはニワカ同然。
何せ、本格的に観戦するようになったのが、ベタと笑ってやって下され、日韓W杯。。。
“ちびまる子ちゃん”と同学年のアタシにとって、サッカーはプロ野球より存在が薄い種目。
UHF局で深夜、1試合を2分割して、何週か遅れで・・・は、ウバ桜ゆえ経験しとりますがね。
Jリーグ発足時、「サッカーって、緑萌えるピッチでやるもんかい~~~」とカルチャーショック受けた世代とも。。。トホー、っと。
 
最低限度の知識しか無くても、海外サッカーはボチボチ観てましたで。フランスW杯の時には、TVの前でフーリガンやっとったくらい。
当然、2002年もイングランドを応援しとったけど・・・異常なまでのベッカム様旋風が、アタシの運命を一変。
アタシはイケメン好かんよって、猫も杓子もにイライラしてる所へ、あーいう結末での敗退じゃぁ、「もうエエわっ」と爆発するがな。
で、幼少より憧れの、『心の祖国』ドイツへ、デーテ叔母さんに腕を引っ張られるハイジよろしく連れ去られた次第。
 
ドイツに心を捧げたとなると、ブンデス観戦は必須。早速、WOWOWにチャンネルを合わせ、改めて観ると・・・
乙にすましたバイエルン王国が、読売巨人軍。トラ縞のBVBが、阪神タイガース。そう映りましたんや。
阪神から足を洗っていたとはいえ、『三つ子の魂百まで』でっしゃろな,あっという間もなくBVBによろめいてしまいましてん。
 
『出来の悪い子ほどカワイイ』、これは阪神、BVB共通でんな。
BVBもホンマ、トホホなチームでっせ。
具体例を挙げれば、02-03シーズンのバイエルン戦(アウェー)。ザマーの不可思議な采配により、交代枠を使い切った後での退場のレーマンの代役がコレルなんて。。。何とかしのぎMan of the Matchにも輝いたものの、試合自体は黒星、CL早期敗退など青息吐息のバイエルンを蘇生させたのみならず、高原君に破られる事になるオリヴァー・カーンの無失点記録が始まる試合となると、泣き笑いあるのみやんか~~~
 
選手個々に関して?そうやねぇ・・・
リッケンの悲哀が胸にしみるなぁ。ブンデス最年少得点を決め、CL決勝でファーストタッチからスーパーゴールを決め、将来を嘱望されたのに、怪我や故障続きで結局、三十路入ったばかりの引退やねんで。無念極まりないやん。
彼といい、ザマーといい、ロシツキといい、BVBヤブ医者チームの犠牲ちゃうかと疑う今日この頃やわ。
えっ?ロシツキはまだ引退しとらん?それはそやけど、現在の不運を招いたのはウチのヤブどもやで、絶対。クソォ。
ロシツキに何故情を抱いてるかって?それはネ・・・
満身創痍に近い状態でも、カネや待遇に不満があって移籍を口にしても、我を押し通したりせず、自分に求められる役割を果たす努力を最後まで見せたから。ぎゅうぎゅう詰めスタンドの期待に応えようとしたから。それって言うは易し行うは難しやろ。欧州主要リーグのスター選手どもと比べてみいや。
頑張るロシツキを見て、「それだけの価値が、BVBにはあるんやな」、そんなチームと出会えたアタシは幸運やねんなとつくづく思うたんや。
 
ダラダラしてきたわな。この辺で失礼せんといかんな。
おっと、その前に・・・
マインツから栄転してきた(はず)のクロップ監督、観ててオモロイでぇ。
ザマーより頭カッカしやすいらしいんや。まるで、星野監督みたい。。。
興味あったら、ドルトムントまで観に出かけてやー(切符取れたらの話)。




…おそらく、みなさんにも覚えのある感情だと思います。
クラブに愛着を感じた瞬間。心のチームであるがゆえの憤懣、やるせなさ。
だけど、いやだからこそファンはやめられない。
今回マティヒェンさんには、そんな感情を全面にとおねがいしました。
これシンドイ作業なんですよ? わたしには書ける自信、まるでありませんから。
マティヒェンさん。すてきな思いをどうもありがとうございました。

当所をごらんのかたで、なにかものしてみたいと思われたかた。
「だけどブログつくるまではちょっと…」なんてかたは連絡お待ちしております。
相談・編集の末、当所をお貸しできるやもしれませんから。

<おまけ>
今回はマティヒェンさんじきじきのリクエスト。
コチラをどうぞ。

posted by shousetsu |16:17 | ゲスト | コメント(31) | トラックバック(0)
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2008年12月13日

25 ふたたびの雷横

『三国志演義』第二十五回には、関羽の著名なエピソードがでてきます。
ある戦いで例によって曹操にボロ負けした劉備ご一行。三人の義兄弟は行方しれずに…。
そんななか関羽は曹操につかまり、厚遇をもちかけられます。
劉備の消息を知らぬ関羽はことわりきれず、曹操の将として大活躍するワケです。

ですがやっぱり関羽は関羽。曹操の将軍にはなれません。
劉備の生存を確認するやいなや、彼は曹操のもとを辞します。二つの首級をのこして。
曹操への義理はきっちりかえして、彼は劉備のもとへと帰っていったんですね。
むかしの観客たちはここで、やんやの喝采を関羽におくったのでしょう。

そんなわけで25番です。このナンバー、リーガではGKの背番号なんですね。
登録枠25人のラストということで、25はGKにあたえられているのです。
デュデク、ジョルケラ、ルクスと控えGKが勢ぞろいしているのがわかるでしょう。
もっともこれには例外がありますが、それについては前回の25番をごらんください。

そんななか、ひょっこりと現れたるはアルゼンチンの実力者。
彼の名はレオ・フランコ。みなさんご存じアトレティコの正GKであります。
現在31歳の彼は長くスペインで活躍している選手ですね。
はじめてスペインにやってきたのが97年のこと。二十歳にして海を越えたのですから。
以後マジョルカで、そして現在はアトレティコで。守護神はマウスにそびえているのです。
昨季はアッビアーティ、今季もクペと実力者を連れてきたアトレティコ。
そんななか今季もポジションを守っているのですから。いやすごい男ですねえ。

それにしても彼は1番を好まぬ人です。マジョルカでも正GKなのに25番でした。
まあ今季はクペが1番だからまだしも…若手なんかが1番だとがっかりします。
そういえばレオ・フランコの前任者は、アルゼンチンの同胞へルマン・ブルゴスでした。
彼もまた1ではなく13を好んだ選手…。アトレティコのGKとはウマが合いませんな。

インテルのCBサムエルも背番号25です。
今季の彼は復調気味ですね。これがつづくといいんですけど。
ローマでは不動の地位をきずいていた彼も、R・マドリーでは辛酸をなめました。
現在のインテルに来てからも、はげしいポジションあらそいにケガによる長期離脱…。
ここ数年は居場所を確保するのに苦労していましたから。
酸いも甘いもかみわけたベテラン。こういう選手がDFラインにいると頼もしいですね。

ところでサムエルなのですが、おそらく背番号25は本人もビミョーでしょう。
なんせ彼は19番を好む選手なのですから。
ヨーロッパ初上陸となったローマ、そしてR・マドリー。彼は常に19を背負ってました。
彼が19番に愛着をもっているのは、まずまちがいありません。
ところがところがインテルにはカンビアッソがいたのです。
カンビアッソもまた19番をつけたがる選手なんですよ。
じつは04-05のマドリー移籍も、19番ずきのふたりがニアミスするところでして。
カンビアッソがインテルへと出たとたん、ローマからサムエルがやってきたワケです。
まあそれもつかの間。翌季にはサムエルもインテルに移籍することに。
カンビアッソは主力として活躍中でしたから、サムエルは19をあきらめたのです。

ところで19番はムリにしても、サムエルはなぜ25をえらんだのでしょう?
彼は母国ボカ、そして代表ではアルゼンチンのCBナンバー6番をつけてました。
…ひょっとしてお気にいりの19に、CBの6を足したのかな?
いやホントのところはわかりませんよ。だけどそんな意味があったらすてきかなと。

チェルシーに背番号25の選手はいません。
いないのに取りあげるというのはヘンですかね? まあ理由はおわかりでしょうけど。
え、わざとらしい? ハハそうですね。ここにはかつて愛された25番がいましたから。

ジャンフランコ・ゾラ。
おそらく近年のチェルシーでもっとも愛された選手ではないでしょうか?
テリーははえぬきの主将で人気もありますが、ファンに愛されたとなると彼でしょう。
彼は小柄なFWの典型です。するどいドリブル、パスセンス…そしてFK。
ゾラは観客をたのしませるプレーができる選手でした。
そしてもうひとつ好かれた要素が、くったくのない笑顔と誠実な性格です。
これは某解説、人によってはひじょうにきらわれるある解説者からもおスミつきでして。
「実際会うとやなヤツって多いでしょ? だけどゾラはちがったんだなぁ…。」
しあわせな思い出をなつかしむように、彼はそう言ったのでありました。

そんなゾラがスタンフォード・ブリッジに帰ってくるのです。
ウエストハムの監督は、それはそれはしあわせな空気でむかえられるのでしょう。
ゾラのチェルシーとのわかれかたも、また義理がたいものでした。
チェルシーからの破格の再オファーより、地元カリアリとの約束をえらんだのですから。
ヒーローというよりはマスコット。チェルシーがむかえるのはそんな男なのです。

<おまけ>
今日はこんな曲。
おもいのほか、あかるい再会の歌ってのは思いつかぬものです。

posted by shousetsu |16:47 | ナンバー | コメント(15) | トラックバック(0)
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2008年12月09日

22 ふたたびの李逵

22番というとオッドの悲劇を思いだします。
オッドはRBらしく2番に思いいれがあったのに…移籍のはてにあんなことに。
今季加入したバイエルンでは、すべてをあきらめたかのように23番をつけている彼。
集団における選手の立場。背番号はときに、ヒエラルキーを映す鏡ともなるのです。

それでははじめます22番。このナンバー、近年はFWがつけるケースがめだちますね。
22だいすきクラニイはもちろん、ナイジェリア人ヤクブもエバートンでは22番。
まあヤクブの場合は20番が空いてなかったからでしょうけど。
ポーツマスにミドルスブラ。かつての所属先で彼は20を背負ってましたからね。
ちなみにイスラエルのマッカビ・ハイファにいたころは10番でした。
…ひょっとするとヤクブの胸の奥には、10番への野望が眠っているのでしょうか?

さてそんな22を背負う名物FWをひとり。ジェノアに復帰したストライカーをご紹介。
彼の名はディエゴ・ミリート。アルゼンチン出身で現在29歳のFWです。
この男はねえ…。たたきあげ! という表現がぴったりくる選手でして。
少々シブいキャリアかもしれませんが、ざっとながめておきましょう。

ミリートのキャリアは母国のラシンからはじまります。その後セリエBジェノアへと移籍。
もうこの時点でわかりますよね?
リーベルやボカに買われるでもなく、ヨーロッパ上陸もセリエBなのですから。
しかしそこはさすがに職人。ミリートはおおきな仕事をやってのけます。
04-05には21ゴールをあげジェノアをセリエAに昇格! …させたハズでした。
ところがここで八百長が発覚しクラブはセリエC1に降格。彼はサラゴサに飛びました。
サラゴサでも三年間15ゴール越えを達成したのですが、昨季07-08降格の憂き目に…。
仕事人は活躍の場を古巣にもとめたワケです。
今季もすでに12ゴール。職人ミリートの面目躍如の感がありますね。

で、彼の背番号22なのですが…これはサラゴサでのナンバーを継続したともとれます。
ですがジェノアというクラブにとっては、もっとおおきな意味があったんですね。
というのも前回の22番で触れたとおり、この背番号はボッリエッロがつけてたのですから。
出世したエースの幻影を振りはらうべく、後釜として期待されたワケです。
ちなみにサラゴサが彼を獲得したのも、バレンシアへ移籍したビジャの代役として。
いずれも結果で示してきたミリート。今季期待するのは…背中以上のゴールかな?

ビジャレアルのジュゼッペ・ロッシも22を背負ったストライカーです。
もっともロッシの場合は、たまたま空いてた番号をつけただけですけどね。
なんせ彼の前任22番はボリビア人CBのペーニャですから。
彼自身の背番号も、マンチェスター・Uのときは42番(若手らしいなぁ)。
その後ローンに出たニューカッスル、パルマではそれぞれ15に8。
とりあえずもらった番号をつけといた。ありていにいえばそんな印象です。

まあ背番号なんかより、出番でアピールするのに必死なころですからね。
なんせ彼はまだ五輪に出られる年なんです。北京では得点王になりました。
そのおかげでやや出遅れましたが、復帰してからは順調そのもの。
リーガではここまで6点、CLでは2点。エースのジョレンテに匹敵する数字です。
南米の香りがゆるやかにただようビジャレアル。
そこに北米生まれのロッシがどんな風を送るのかな?
のんきな外野のオッサンは、そんな感覚で彼を見ているのです。

さてここいらで、正真正銘22番に思いいれのある選手を登場させますかね。
その名もダビド・ロゼフナル。チェコ代表の背骨となるCBです。
彼はチェコ代表で毎度22番をえらぶ男なんですね。
04ユーロ、06W杯、そして今夏の08ユーロ。彼の背中にはいつも22がありました。
そのロゼフナル。現所属のラツィオでは、当初なんと7番を背負ったのです。
…まあ冬の途中加入でしたよ? たしかに22は埋まってました。
ただあまりといえばあんまりな背番号…と思っていたら、今季は22番にしたワケです。
そうそう、やっぱりキミはお気にいりの22番をつけていないと…

と、ここで気になりました。彼は今までのクラブで何番を背負っていたのでしょう?
ニューカッスル、パリSG、ブリュージュ…。さかのぼってみたところいずれも4番!
あ、あれ? 正真正銘22がすきといったけど、雲行きがアヤしくなってきたなぁ。
そういやラツィオの4番にはフィルマーニという選手もいるし…。
まさか彼の22は、2+2=4なる代用ナンバーなのかな?

そう考えてあらためてチェコ代表をながめると…いますねえ、4番に名物選手が。
トマシュ・ガラセク。アヤックスとニュルンベルクの中盤を仕切ったベテランです。
そうか彼に遠慮したワケか。なにやらここにもヒエラルキーの影が…。
と、考えるのも早合点。ガラセクも前記両クラブでは6番でしたから。
クラブと代表での背番号はかならずしも一致しませんからね。
答えがでるのは10W杯。ロゼフナルがえらぶのは22番なのか、それとも…。

<おまけ>
ヒエラルキーやら組織やらというとこの曲がうかびます。
フットボーラーにも無縁とは思えないんですよね。

posted by shousetsu |16:49 | ナンバー | コメント(15) | トラックバック(0)
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2008年12月05日

13 ふたたびの魯智深

前回の13番もうっかりミスをやらかしたんですよね。
ゲルト・ミュラーの名を聞いたときには、真っ青になったもんです。
まあそのミスのおかげで、いろんなかたと知りあえたのもまた事実でして。
禍福はあざなえるなんとやら。なにがきっかけになるやら、わかったもんじゃありません。

そのときもいいましたがこの13番、スペインではGKナンバーです。
リーガのGKをならべてみればわかりますが、判でおしたように1・13・25。
GKのつける背番号を、リーガはきっちり固定しているんですね。
(例外についてはこちらで書きました。ごらんください。)
もっとも25番のほうは、登録枠25人のしんがりという意味なのでしょう。
それはスペイン代表の背番号をひもとけば一目瞭然。
86年以降のW杯において、スペインのGKは1・13・ラストで統一されていますから。

ただしこれにも例外が存在するんですね。それが06W杯。
このときの1番はカシージャスでした。しんがり23番はリバプールのレイナ。
そしてもうひとりのGKカニサレスの背番号は、どういうわけか19番。
13番はフィールドプレイヤーのイニエスタがつけたのです。
これは当時けっこう驚いたのですが、いまだ事情がつかめません。
カニサレスが不吉な13をきらってるのかといえば…それが存外そうでもなく。
94W杯、96ユーロ、そして98W杯。彼は13番で大会にのぞんでいますからね。
06W杯におけるカニサレスの背番号の謎。理由をお知りのかたはぜひおしえてください。

ところで前回の13番では、リーガの個性的な外国人GKを紹介しました。
あれから数ヶ月。今季の彼らはどうしているのでしょうか?

アトレティコの13番だったアッビアーティは、レンタル生活からミランに復帰。
セリエA全試合フル出場ですから、当人も大満足の移籍でしょう。
ヘタフェのアボンダンシエリの仕事は昨季同様。ベテラン健在です。
セビージャのデサンクティスは出番を求めてガラタサライへ。
こちらの評価は人それぞれですかね? ともあれ出場機会は得ているようです。
悶着をおこしたデポルのムヌアは、相手のアワトともどもクラブからほされることに。
いやまあ自業自得なのですが…移籍先すら見つからなかったのでしょうか?

そしてもっとも皮肉なのが、バレンシアにおけるヒルデブラントの場合。
彼は今季から背番号1を獲得しました。…だけどそれがなんだというのでしょう?
今季のヒルデブラントはまったくの構想外。一度もピッチに立っていません。
彼をはずした決断はクラブと監督の権限ですから、異はとなえますまい。
だけどそれならば、なぜ1番をヒルデブラントにあたえたかなぁ…と。
背番号について書くことにむなしさを感じるのは、こういう選手をみたときです。

イングランドの13番も控えGKのナンバーです。
いやプレミアはリーガみたく、GKの背番号を決めてるわけではありませんよ。
現にバラックもパク・チソンも13を背負ってますから。
これまた代表においてのハナシなのですが…いいかげんGKはあきましたかね?
まあいずれ語ることもあるでしょう。ネタがなくなったらエライことだし…。

さてプレミアの13番といえば、わたしはまっさきにダニー・マーフィーがうかびます。
今はフルアムにいますが、リバプール時代の彼をお覚えのかたは多いでしょう。
彼はウリエ監督に重宝されました。センターでもサイドでも懸命に走ってくれますからね。
ところが04-05にベニテス監督が、シャビ・アロンソをともないやってきたのです。
居場所をなくしたマーフィーはチャールトンへと移籍することに。
このとき背中の13番も忘れずにもっていったんですね。
その後彼はトッテナム、フルアムとロンドン各地を転々とします。
加入当初は8番だったり、あるいはなぜか27なんて背番号をつけてたり…。
だけど翌季にはちゃっかり13番をもらい受けている、プレミア屈指の13マニアなのです。

マーフィーをひとことで表現するとなると…それは“朴訥な男”とでもなりますかね?
どうにも特徴がとらえづらい選手なんですよ。
いっしょけんめい走って守って…それがオレの仕事! とでもいいましょうか。
背番号に対する思いとプレーのギャップ。それこそが彼の個性なのやもしれません。

それはともかく…。
マーフィーがリバプールに来た97-98。彼がつけたのは24番だったんです。
もちろん当時はヒヨッ子だったからでしょうが、それ以上に時の人がいたからなんですね。
その選手の名はカール・ハインツ・リードレ。
直前の96-97CL決勝で2ゴールを決め、ドルトムントを優勝にみちびいた男なのです。
いやいやさすがはドイツのFW。
背中に栄える13番は、伝説の男に対する敬意のあらわれでしょうから。
…って、前回のミスに話がもどりそうだ。まずいって、それは!
本日のナンバーこれにておひらき。またのご来場お待ちしております。

<おまけ>
うっかりミスと出会いといえばこんな曲。
…いつ聞いてもしまらん男だなぁ。
オマエほどじゃない? な、なんてことを!

posted by shousetsu |16:35 | ナンバー | コメント(24) | トラックバック(0)
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