2008年05月23日

21 赤髪鬼劉唐

21。
ジダンが背負い、バレロンがなびかせ、アイマールがおどった21番。
90年代に空前の繁栄をとげた“10番”は、おとぎ話のように不思議な鬼っ子を生み落としました。
それが上記の三人に代表される21なのです。
もちろん21番はトップ下の選手に限定されるものではありません。
DFのテュラムも21がお気に入りの選手ですからね。
(ジダン、テュラムは代表ではそれぞれ10・15で、21番はデュガリーのものでしたが…。)
大幅な自由を与えられ、運動量は少なく、攻撃に華やかさを与えたコンダクター…。
ルイコスタの引退によって、もはやかつての“10番”は完全に消滅したもようです。
それでは21のほうはどうなった?供養も込めて、のぞいてみましょう。

バレロンが最後に輝いたのは03-04にまでさかのぼるでしょうか。
CLにジャイアントキリングが吹き荒れたあの年。
デポルのハイライトは準々決勝第二戦。ミランに4-0で勝利したあの試合です。
サンシーロでの第一戦を4-1で落としたデポルの奇跡のゲーム。
バレロンのパスはきらきらしていました…。

転機は05-06のカパロス監督就任の頃だったですかね。
この頃からバレロンはケガと悪戦苦闘するようになっていきます。
2006年1月には左ひざ十字靭帯を断裂。このケガでピッチを二年離れることに…。
先ごろ復帰しましたが、もうかつてのバレロンを見るのは不可能でしょう。
デポルのフットボールも変わりましたしね。あたりまえのことですけど。

バレンシアの21番はシルバが引き継ぎました。
06-07にサラゴサへと移籍する際、アイマールが彼に21をあずけていったのです。
シルバはその期待にこたえ、見事な活躍をしてみせました。
小柄で左利き、スピードとテクニックをあわせもちセンスもバツグン。
06-07CLチェルシー戦でのあざやかなシュートは覚えておられる方も多いでしょう。

…ですがやはり彼はかつてのファンタジスタとは違いますね。
彼は本質的にサイドの選手ですし、攻撃に緩急をつけるイメージではありません。
なによりエネルギッシュで守備での貢献度も高いですからね。そんな“10番”はいません。
…ことわっておきますが、わたしはシルバという選手のファンなんですよ?
かつてのトップ下の選手とは違うなぁ…と。それだけです。それだけなのです。
なんせ走力を求められる今のサッカーに適応してるんですから。そら違いますよ。
そのシルバも来季は移籍濃厚なようです。バレンシアが財政難から売りに出すのだとか。
次のバレンシアの21番はどんな選手になるんでしょうね。

21番の本家、ジダンは01-02からR・マドリーに移籍しました。
(ジダンのマドリーでの背番号については忘れてあげましょう。)
かわりにユベントスにやったきたのがご存知ネドベドです。
今から思えばこのときに、サッカーは走力をより求める方向に動いたのかなぁ。
ネドベドにはジダンのトラップはできません。ルーレットもまわせません。
しかし彼はピッチのだれよりも走りまわる人でした。
そしてそのネドベドの献身的なプレーによって、この01-02にユーベは4シーズンぶりのスクデットを獲得したのです。
2003年にはバロンドールも受賞したネドベド。
今のフットボールの源流は彼なのかな?ふとそんな考えがよぎります。

21番の行方。それを探すうえでヒントとなるのがアンドレア・ピルロです。
ピルロこそ“バッジョの後継者”といわれたトップ下の申し子でした。
インテルに所属していた当時、その彼が演じていた役どころは地方クラブへのドサ回り。
01-02に移籍したミランでも“10番”ルイコスタの陰に隠れ続けることに…。
このまま才能ある若手でうずもれていく…そんな空気がありましたね。

ピルロのその後はご存知の通り。彼は中盤の底に下がってポジションを獲得しました。
ミランとイタリア代表の21番はレジスタとしての道を選択したのです。
そしてルイコスタをベンチに追いやったのがピルロではなくカカだったということ。
空間と時間をおちょくるようなピルロのパスより、直線的で力強いカカのドリブル。
これまた現代のスピードサッカーを象徴しているかのようですね。

今季のCLを獲得したのはマンチェスター・Uでした。
スピード感あふれる攻撃と、前線も中盤も守備に奔走するまさに“走る”サッカー。
彼らはいまや頂点をきわめました。盛者必衰。これからは追われる身です。
それでは次なるフットボールとは?
…もしかすると、それはすでにわれわれの目の前にさらされているのやもしれませんね。

忘れじの“21”に吉田拓郎「ペニーレインでバーボン」の1番を捧ぐ。

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2008年05月20日

12 美髯公朱仝

夏目漱石は六人兄弟の末っ子の四男坊で、幼いころに他家に養子に出されていました。
その漱石が兄の死によって夏目家に復籍することになった際、こんなことがあったそうです。夏目鏡子述 松岡譲筆録『漱石の思い出』より。
「さて七つの時実家にかえっておりましたまま、やはり元のままの塩原金之助で…ずいぶん大きくなるまで塩原姓を名のっていたものだそうです。なんでも明治二十一年になって、大一兄さんが亡くなられたのをきっかけに…いよいよ夏目へ復籍させることになって、養育料筆墨料など合わせて二百四十円を支払うというのでようやく契約が成り立ったそうです。」

この二百四十円が、数え年二十二歳の漱石の“移籍金”です。
うーん、イマイチ高いのか安いのかピンときませんねえ…。

さて本日は12番。Jリーグではなかなかお目にかかれない12であります。
なんせサポーターナンバーですからね。思いつくのは浦和の堤選手くらいでしょうか?
ヨーロッパにおいても多くはない12番ですが、はたしてどんな選手がいるんでしょうねえ。

漱石ではありませんが、まずは移籍の決まった選手から。
ポルトのRBボジングワ。来季からはチェルシーに移籍することになりました。
ちなみに移籍金は2050万ユーロ。おおっ!これは高いこと一目瞭然ですねえ。
もちろん活躍すればお買い得だったことになるのですが。
チェルシーのRBはそもそもベレッチとP・フェレイラがいますからね。
彼らに満足していないからこそこの金額なのでしょうが、さて元はとれるのでしょうか?

来季はプレミアでの挑戦がはじまるボジングワですが、背番号12にはすでに先客がいます。
チェルシーの12番はジョン・オビ・ミケル。ナイジェリアの若手選手ですね。
わたしが彼を初めて見たのは、オランダで開かれた2005年のワールドユースでした。
メッシがキレキレでアルゼンチンが優勝した大会ですが、あるいは日本が勝点2でグループリーグを突破した大会といえば思い出す人もいるやもしれません。
わたしはこのときなぜかナイジェリアの試合ばかり見ていたのですが、正直ミケルにはさしたる印象を受けなかったんですよねえ…。準優勝して個人表彰までされたのに。
前線のオコロンコ(現ヘルタ)や超攻撃的LBタイウォ(現マルセイユ)。
さらにはストッパーのアパム(現ニース)に小柄でやたら手の長いGKバンゼキン(現在どこにいるんだ)といったところはよく覚えているのですが…。

さてそのミケルですが、近頃は完全にマケレレの後継者として定着してきました。
今季はプレミアで29試合出場。先発は21試合で、マケレレよりも出場機会は多いですね。
もっともCLに限ればマケレレは全試合出場。ミケルのほうは先発は1試合だけです。
やはりココ一番ではまだまだベテランにはかなわないのでしょうか?
決勝でのスタメン出場はないでしょうが、ベテランを食う存在になってほしいものです。
…それにしてもワールドユース当時の売り文句は「しなやかなボールさばきを生かした天才プレーヤー、オコチャの後継者!」だったんだけどなぁ。あれはなんだったんだろう?

さて12番といえばすくなからぬ人が第2GKの印象をもつかと思います。
イメージに合うのはトッテナムのチェルニーやユーベのベラルディあたりでしょうか?
なかにはインテルのジュリオ・セーザルみたく正GKもいますが…。
そんな12番をつけた控えGKのひとりにヘルタのフィートラーがいます。
十年以上ヘルタに在籍していますが、レギュラーを奪取したのは03-04から。
翌04-05正GKだったキラリーが移籍した後も12番をつけてゴールを守っていました。
ところが昨季途中から徐々に首脳陣の信頼を失い、今季からは完全に控えに。
結局一度もブンデスのピッチに立つことはありませんでした。
身長180センチ。GKとしては異例の低身長ということもあって親近感のわく選手だったんですけどね。
やはり控えナンバーに甘んじるようではイカンのかなぁ…。

先日ボッリエッロについて書きましたが、ミランがパスをもつFWはまだまだおりまして。
そのうちの一人がサラゴサの12番、リカルド・オリベイラなのであります。
06-07にシェフチェンコの後釜として1500万ユーロでやってきたものの不発。
サラゴサにローンで放出されてしまったワケです。
それに奮起したのか今季は17ゴールの活躍!にもかかわらずクラブは降格…。
(余談ですが相棒のD・ミリートも15ゴールですね。なぜ落ちた、サラゴサ?)
彼もセグンダに行く気はないでしょうが、ミランとの契約は2011年まで残っています。
来季もどこかにローンで出るのでしょうか?
うーん、ミランにとっては高い買い物になっていますねえ。今のトコロ…。

漱石は『吾輩は猫である』で一躍著名になった後、養家からゆすりを受けたそうです。
「育ててやった恩があるのに薄情じゃないか!」というコトらしいんですけどね。
まあ有名になられてみると、二百四十円は安く思われたのでしょう。
とどのつまり高いか安いかは、その後の活躍しだいなのやもしれませんなぁ。

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posted by shousetsu |17:05 | ナンバー | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年05月16日

27 立地太歳阮小二

気がついたら更新するのを忘れていました。
どうも最近本を読む時間がたりませんでして。五冊も併読するからいけないのですが。
目を通してくださってるかたにはまことにもうしわけありませんでした。

…実をいえば時間がないなんてのはいいわけです。原稿は書いてましたからね。
ただできあがったものがボツになっただけなのです。それで本の世界へと現実逃避。
ここを始めた当初から取り組んで、三度もボツになったある番号がありまして。
どうしても書いてるあいだにセンチメンタリズムに流されてしまうんですよね。
実名をだして感情の垂れ流しを公表するなんてマネは、いくらノンキなわたしでも気が引けたワケなのであります。
なになに?ボツにならなくてこの程度のシロモノか?
オマエさん、それを言っちゃあオシメエよ。

そんなわけで今回はボツにならない27番です。
わたしはこの番号、アタランタのドーニの印象がありますね。
たしか埼玉で日本とやった試合、初召集された彼はやはり27をつけてませんでしたかね?
まちがってたらだれか教えてください。
ドーニはその後ほうぼうのクラブを渡り歩いた末、復帰したアタランタではひっくり返した72をつけて今に至っているのであります。

さてドーニにかわって最近27を気に入ってる選手がウディネーゼのクアリアレッラです。
05-06にアスコリで99をつけてソコソコ活躍した彼は、翌06-07サンプドリアでは27番。
ここでセリエA35試合13得点と結果を出した彼は今季からウディネーゼへ。
やはり27をつけて35試合12得点の好成績をおさめています。
そんなわけで来季からのステップアップがウワサされてますね。落ちつかんなぁ…。
まあこの番号なら、よほどの不幸がないかぎりカブることはないでしょう。

ポーツマスのナイジェリア代表、ご存知カヌも27番ですね。
インテル時代には11や29をつけてましたが、プレミアファンにとってはアーセナルでの25番の印象のほうが強いやもしれません。
(実はウエストブロムでも25だったんですが、このクラブのことは忘れてあげましょう。)
ちなみに代表で有名な4番はフリットにあこがれてとのこと。
これはサンプやチェルシー時代の番号ですね。ミランやオランダ代表では10番でしたから。
フリットの場合時代によってポジションが変わるのでこれでもいいのですが、カヌはどうあれこうあれ前の選手ですからね。異色のFWになってしまいます。
さてそんなカヌがポーツマスで27をつけている理由は簡単。
移籍してきた際、25番はすでにベンジャニがつけていたからです。
ベンジャニがシティへと去った今、空席の25をカヌは背負うことになるのでしょうか?
まあ来季彼がここに留まるのかもまだわからないのですが…。

レバークーゼンの若きRBゴンサロ・カストロも27番です。
まだ二十歳ですがすでにスタメンを確保。今季もブンデスで30試合に出場しています。
夏のユーロでも活躍が期待される注目株の選手ですね。
それにしても彼の名前、およそドイツ人らしくないですよね?
彼はドイツ在住のスペイン人の両親のもとで育った選手なのです。
ドイツ代表にもいろんなルーツをもつ選手が増えてきました。
伝統的なトルコ系や東欧系はもちろんのこと、マリオ・ゴメスはお父さんがスペイン人ですしシャルケのジョーンズは駐独米兵の息子さん。ガーナ出身のアザモアもいます。
クラニイに至っては父はハンガリー系で母はパナマ人。
おまけに生まれはリオデジャネイロというアイデンティティの複雑さなのであります。
日本でもこういう選手が増えてきてますね。たのしみだなぁ…。

さていずれは変更する運命にある27番がバルセロナのボヤン・クルキッチです。
くどくどもうしますが、スペインではプロ契約を結べるのは満18歳から。
そしてプロ契約を結んだ選手は25番までの背番号をつけることになります。
ボヤン少年はバルサの希望の星ですから、いずれプロ契約になるのは必定。
そうなると27番はとうぜん返上することになるワケで、わたしは18番が有力と予想までしていたのですが、ただそれが来季からなのかがよくわからないんですよねえ。
ボヤンの生年月日は1990年8月28日。
例年通りのスケジュールなら、ちょうどリーガが開幕するころに18歳をむかえるワケです。
うーん、このあたりは実際どうなるのでしょうか?
今の状況なら18はおろか、9番すら不可能ではないようなフンイキですが…。

内容がどうなのかはみなさんの判断をあおぐとして、とりあえず“27”はスラスラと書くことができました。
なのにどうしてあの番号はああなっちゃうのかなぁ…。
四回目のボツは避けたいと思う今日このごろなのであります。

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2008年05月09日

22 黒旋風李逵

前回オッドについて触れたので、今回は22番でやっていきたいと思います。
ミラン移籍の際22を放棄したのがオッド。なんせミランの22はカカですから。
…というのが前回の流れでありました。
ではミランの保有する22番はカカだけなのか?
じつはそうではないことはみなさんご存知でしょう。ええそう、あのかたのご登場です。

今季ジェノアで大爆発したストライカー、マルコ・ボッリエッロ。
36節を終えた段階で19ゴール!得点王争いのトップに立っております。
彼のここまでの活躍ぶりは、パスをもつミランがいちばん驚いたのではないでしょうか?
あまたの大物ストライカー獲得が噂されるミランにおいてもボッリエッロの復帰は取りざたされたようで、インザーギなどは彼こそが必要な選手だと発言しておりました。
うがった見かたをすれば、ヒエラルキーを崩す大物の加入をきらったともとれますが…。

もっともボッリエッロ自身はジェノアに残りたいようです。
それはそうでしょう。ここ数年の彼の経歴を考えれば容易に理解できます。
レッジーナ、サンプ、トレビーゾ、ミラン。3年間で在籍クラブが4つですからねえ。
彼にしてみれば、ジェノアはやっと見つけた安住の地なのでしょう。
ちなみにこの間の背番号の変遷は順に9・11・11・12。
無名の流れ者にしては、二回の11番がやや目立つでしょうか?
今季の22番も11を2倍にしたのやもしれません。
…そういえばミランの22は不動でしょうが、11のほうはずいぶん去就不透明な選手ですね。
ボッリエッロの将来はどうなるのかなぁ。ミランの11に不幸が宿らなければいいけど…。

今季バルセロナにやってきたLBエリック・アビダル。彼もまた22番です。
彼はなぜかレギュラーナンバーとの縁がない選手なんですね。
リールでは14、リヨンでは20、そしてバルサで22番。
どうも背番号にたいしてこだわりがないようです。移籍が宿命の選手としては当然ですが。
とはいえドイツW杯では3番をつけてプレーしていました。
バルサでの今季は不本意でしょうが、夏のユーロでは汚名返上といきたいところです。

ところで…ポジションがLBで、背番号が22番のフランス人。
なんかそんな選手、ほかにもいましたね?
そう、アーセナルのガエル・クリシその人であります。
今季はアビダルよりもあきらかに目立った彼ですが、ユーロには呼ばれるんですかねえ?
なんせテキは名うての変人だからなぁ、トレゼゲも無視されそうだし…。

それではフランス本国にはどんな22番がいるのでしょう?
モナコのボリバル、PSGのアルマンのような実力者とならんで松井選手もいますね。
もっとも来季は移籍するとのことですが…。
なんせリーグ自体が踊り場であることをよく認識してますからね。選手の上昇志向もハッキリしてますし、ファンの理解度も他のリーグに比べると高いようです。
松井選手なんか移籍騒動のさなかにファンから大拍手を浴びてましたから…。

そして松井選手以上に動向が注目されるのがマルセイユの22番、サミル・ナスリです。
なんでもクラブに移籍願望を打ち明け、ディウフ会長も了承したのだとか。
ユーロの出来しだいではオファーが殺到するのでしょうねえ。彼も気合十分のハズです。
それはもちろん、不本意なパフォーマンスならマルセイユ残留でしょうから。
なんせ設定された移籍金が2000万ユーロ!
いくらビッグクラブにカネがあるといっても、熟考せにゃならん金額ですからね。

さてなぜかフランス人の話題が多くなりましたが、ドイツにも特徴ある22番がいます。
シャルケのクラニイ、かわいそうな控えGKレンジングといろいろネタはいるのですが、やはりこの人を無視するわけにはいきませんでした。
ブレーメンの頼れるベテラン、トルステン・フリンクスです!
あ、あれ?わたしだけですか、盛り上がってるのは…。

ま、まあわたしも彼の熱烈なファンというわけでもありません。
以前“26”のときにカストロマンの番号は26か7だと申しましたが、そのデンでいえばフリンクスの場合は22と8が彼の背番号なのです。
まず選手としての地位を確立した第一次ブレーメン時代。ここでは22番でした。
次に02-03から在籍したドルトムントでは8番。04-05のみのバイエルンでも8番ですね。
そして05-06から復帰したブレーメンではまた22番。ざっとこんな具合です。
この傾向はドイツ代表でもしっかり根付いておりまして。
02W杯、04ユーロではともに22、そして06W杯では8と見事なまでに22と8。
04ユーロでは同じく22番大好きなクラニイをなんと10番に押しのけています。
(余談ですがドイツ代表は10番の処遇に毎度困ってます。ダイスラーの誤算が…。)
それにしても8番はともかく、彼が22番に執着する理由はなんなのでしょう?
わたしにはよくわからんのだなぁ。
…ま、誕生日が11月22日だからといわれればそれまでなんですけどね。

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2008年05月06日

44 聖水将単廷珪

44 聖水将単廷珪

杉森久英『大風呂敷』は明治・大正の世を生きた豪放な政治家、後藤新平の伝記です。
昭和39年から40年にかけて「毎日新聞」に連載されました。
このなかにある一説。血の気の多い若き日の後藤が東京で主人と衝突し、スゴスゴと故郷水沢に出戻りしたあたりの描写がこうです。
「しばらく東京の空気を吸ってみると、今さらのように、水沢は田舎だという感を新たにする。また、東京の人たちの富裕で華美な生活を見た目には、自分の家ならびに、周囲の旧士族たちの生活の貧しさが、身にしみて思われる。
 …これが新平を取り巻くきびしい現実である。自分は一生、この草深い田舎に埋もれねばならぬのかと思うと、彼は夜眠られなかった。」
感情にまかせた短絡な決断を、若者が後悔しているさまが見てとれます。
まあ彼はその後大出世を遂げるわけなのですが…。

さて本日は44番。なんだかんだいいながら、今回もこんな番号であります。
まあこの先は当分こんな大きな番号に手を出すことはないとは思いますが…。

まずはウェールズ出身の荒くれ者ロビー・サベージ。
冬にブラックバーンからダービーに加入したプレミアの名物男であります。
ところでわたしは以前友人に「ジダンはアルジェリアのベルベル人の血を引いていて…」と言ったところ「ベルベル人という言い方はよくない」と怒られたことがありまして。
ギリシャ語のバルバロイからくる侮蔑的表現だからだそうな。
なるほど英語でいえばバーバリアンですからね、野蛮人ということになるやもしれません。しかしそうするとサベージはなんと呼べばいいのでしょうか?
Savage―未開人ということになってしまうのですが…。
え、お似合い?

…そんなわけで少々言いづらいサベージなのですが、彼は8番にこだわる男です。
レスターでもバーミンガムでも、そしてブラックバーンでも8番を背負っていました。
もっとも04-05冬に途中加入したブラックバーンでは当初31だったのですが、翌05-06にはわざわざトゥガイから8番を頂戴したほどです。
センターハーフの8番に誇りを抱いているんですね。
そんな彼が冬に途中加入したダービーでつけた番号が44番。理由は容易にわかりますね。
降格の決定したダービーですが、サベージは来季残るのでしょうか?
どこにいても彼は8番をきっともらい受け、相手をハードにケズっていることでしょう。

今季からセルティックの主将に就任したマクマナス。彼も44番です。
CBの中心としてチームに君臨する選手にしてはずいぶんな番号ですよね。
実をいうとこのセルティックは、他のクラブには見られない背番号のつけ方をしてまして。
セルティックではユース出身の選手は40番台以降の番号をつけているのです。
いやまあそれだけならそう珍しいことではないのですが、セルティックが独特なのはその後レギュラーを獲得するような選手に成長しても背番号を変更しないことなのです。
たとえばDFラインに陣取るケネディは41番。同じくオデイは48。
さらにいえば左サイドの仕掛け人、アイルランド代表のマクギーディ。
彼なんかはここ数年バリバリの主力であるにもかかわらず、やはり背番号は46のままです。
わたしなんぞは選手の出世を背番号で確認できるのがうれしかったりするのですが、ユース出身選手が一目瞭然というのもそれはそれで意味があるわけで…。
まあ新しい試みではあると思いますね。

今季は頼みの綱のCLでも早期敗退したミラン。
その後はなかなかモチベーションが上がらず、移籍市場で主役を演じているもようです。
そんなミランの44番がRBのマッシモ・オッド。
彼自身も今季はチームと歩調を合わせるかのようにやや精彩を欠きました。
ラツィオ時代とは違い、ミランでは主力としての地位を築くことに苦労しているようです。
それにしても彼の背番号、もうすぐ32歳になるベテランにしてはすごい番号ですね。
今年でてきた新星パロスキと並ぶというのはいかにも不思議な現象です。

オッドは若いころからRB一筋で、ベローナにいた頃はそれらしく2番をつけていました。
ところが02-03に移籍したラツィオには、コロンネーゼという先輩の2番がいたのです。
先輩に敬意を表しつつも2番に思い入れがあったのか、彼は結局22番を選択しました。
そして一度つけてしまうと愛着がわいたのでしょうか、コロンネーゼ移籍後も22番を背負い続けたのです。その後ラツィオの右サイドの22番はすっかり名物になりました。
ところが06-07冬に途中加入したミランの22番は、よりにもよってエースのカカ。
かといって2番に戻そうにもミランの2番は世界の2番、カフーがいたわけで…。
結局彼はお気に入りの22を2倍にした44番をつけることになったのです。
オッドは22番をみずからに定着させてしまったために、ベテランになってからこんな大きな番号を背負うハメになったんですね。
そのことを彼は若き日の後藤新平のように後悔しているのか?
そんなことはアカの他人であるわたしには到底わかりませんけどね。

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posted by shousetsu |12:30 | ナンバー | コメント(4) | トラックバック(0)
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2008年05月02日

25 挿翅虎雷横

CL決勝カードも決まりましたね。
各国リーグもほぼ趨勢は決まり。優勝争いが楽しめそうなのはプレミアくらいでしょうか。
わずかにCLおよびUEFA杯出場権、あるいは残留争いに注目があつまるぐらいです。
祭りのあとを予感させるこの時期に、背番号のことなんか書いてるのはどうよ?
そんなささやきがチラリと頭をよぎりますが、まあ深く考えないことにします。
…うっかり考えてしまうとココの存在意義が危ぶまれそうですので。

そんなわけで今回は25番なのであります。
今季の状況を考えると、やはりプレミアの話題を避けては通れませんね。
アデバヨールを筆頭に、レノンやジョー・ハートのようなイキのいい選手が25番にいます。
そんななかわたしが注目するのがホセ・マヌエル・レイナ。
つい先頃CLを去ったリバプールの正守護神です。みなさんおなじみの選手ですね。
なぜ彼の25番が気になるのか?それは25はスペインではGKナンバーだからなのです。
バルサのカンテラ育ちの彼が本格的にキャリアを積んだのが、02-03のビジャレアル移籍から。
このときバルサ時代の13番から25番になっています。
この変更が功を奏したのかわかりませんが、彼はビジャレアルで安定したプレーを披露。
05-06のリバプール移籍へとこぎつけることになります。
その際彼は相性のよかった25をイングランドに“輸入”したのでありました。
…もっとも当初の理由はデュデクが1番をつけてたからかもしれませんが。
ともあれデュデク移籍後もレイナは25番を守り、現在に至っているのであります。
ちなみにスペインのGKナンバーが1・13・25なら、フランスでは1・16・30がGK。
これはリバプールの控えGK、フランス人のイタンジュが30番をつけているのにも当てはまりますね。
うーん…キミたち祖国を大事にするのはけっこうだが、1番をつける気はないのかね?

スペインの25はGKといいましたが、実のところ25番は絶対GKとも限りません。
ここはややこしいので少々説明を。
リーガではプロ契約選手は原則25番までの番号をつけることになっています。
しかし第3GKともなるとクラブによっては非プロ選手、カンテラ上がりの若手などに任せる例も少なくありません。
(たとえばバジャドリーの26番セルヒオ。いまやレギュラーGKですけどね。)
そういう場合にかぎり、25番をフィールドプレイヤーがつけることがあるのです。

そんな選手のひとりなのがセビージャのイタリア人、エンツォ・マレスカです。
彼のパスは長くユーベがもっていたのですが、その間あちこちにローンで出ていました。
ボローニャ、ピアチェンツァ、フィオレンティーナ…中堅クラブの地図ができそうです。
そんなわけで背番号もコロコロ変わってますね。
7番つけてたり、24になったり、14番もらったり…で、現在は25番です。
じつに波乱万丈のキャリアですね。サッカー選手の縮図を見る気がします。
まあ彼は技術は高いが素行も悪いという選手なので、そのへんの影響もあるのかも?
今季もアグエロに一発かまして、4試合も出場停止をくらってましたからね。
(実はそういう選手、キライではないのですが…。)

中堅どころのマレスカに対し、もはや大ベテランといっていいのがシュナイダー。
レバークーゼンで長きにわたり25番を背負ってる右サイドの職人ですね。
今季はUEFA杯でベスト8に進出したレバークーゼン。
リーグ戦も順調で現在4位。CL圏内とは6ポイント差です。
まあ往時の成績を考えれば現在の状況で順調というのはややさびしいですが、レバークーゼンは小さな街ですししかたないのやもしれません。
レバークーゼンの栄光、CL決勝を戦ったあのシーズンを知る選手ももはや彼ひとり。
今季はケガもあってやや不調ですが、まだまだ若手に道をゆずる気などないでしょう。
先頃ヘルニアの手術をしましたが、ユーロ出場はあきらめていないようですから。

…実をいうとこのシュナイダー、わたしがはじめて失望した選手でして。
いや、彼の右サイドからのクロスはとても美しいんですよ?
ただそれにしても“ファイヤーショット”も打てないくせにシュナイダーなのかよ!
何度もそう叫んだ記憶があります。
いろんな意味でムチャクチャなのは、わかってはいるんですけどね。
それでもシュナイダーが徐々に歳を重ねいぶし銀のシブさを見せられると、さすが!とうなる反面どこかせつなさを感じてしまうんですよねえ。
近頃はようじをくわえた彼のほうに似てきてる気すらするのですが…。

うーん、こんな話題で終わってしまった。
いくらなんでもこれはマズいなぁ。どうしたものでしょうか?
世界がCLの行方に息をのんでるってときに、キャプテン翼のノスタルジーに浸るとは。
…世間ズレにもほどがありますねえ。

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