2008年07月25日
5 大刀関勝
向田邦子『父の詫び状』にはお母さんのエピソードも出てきます。以下は「お辞儀」から。 「二年前、私は妹をお供につけて母に五泊六日の香港旅行に行ってもらった。 …母の乗っている飛行機がゆっくりと滑走路で向きを変え始めた。急に胸がしめつけられるような気持になった。 「どうか落ちないで下さい。どうしても落ちるのだったら帰りにして下さい」 と祈りたい気持になった。 飛行機は上昇を終り、高みで旋回をはじめた。もう大丈夫だ。どういうわけか不意に涙があふれた。」(注 一部表記変更しました) 人生とは皮肉です。よりにもよって向田邦子にこの文章をのこさせるのですから。 この「お辞儀」が「親のお辞儀」の題で『銀座百点』に掲載されたのが昭和52年。 その四年後の昭和56年8月22日。向田さんは台湾の空に散ることになるのです。 さて本日は5番。欧州ではCB、南米ではボランチ。そしてオランダではLBでしたね。 (くわしくは左記「背番号よもやまばなし」二編をご覧ください。) この背番号5でへんてこな選手というと、なにをおいてもジダンとリバウドでしょう。 前者はR・マドリーで、後者は04-05のオリンピアコスで5番を背負いました。 双方ともにやむなき事情はあったのですが、その結果がこれとは皮肉なものです。 自らに付随したイメージを、外野(わたし)から不平タラタラはねかえされるとは! ミランに移籍しただれかさんのような背番号もどうかとは思いますが、まあ事情がね。 この二人に比べれば、今季の5番はおおむね適正にそっていた気がします。 とはいえなかには首をひねる人もいるわけで。トルコ人エムレもそのひとりですかね。 先ごろフェネルバフチェへの移籍が決まった彼は、どういうわけか5番を好む選手です。 インテル、ニューカッスル。そして先ごろおこなわれたユーロでも5番をつけていました。 背番号5には安定した守備者を!これがわたしの望みです。 CBだろうとボランチだろうと、中央からチームメイトににらみのきく風格のある男。 これがわたしの理想の5番ですね(オランダのLBはしかたありませんが…)。 そこんとこいくとエムレは…ピッチの中でも外でもちょろちょろと落ちつきがありません。 それはそれでいいのですが、だったらきかん坊らしく7とか10のほうが似合うような…。 エムレがインテルにやってきたのは01-02。セリエAデビューはローマ戦でしたかね? セードルフとレコバの活躍で2-0とリードしたインテル・クーペル監督。 後半途中、ややナーバスになり退場のおそれもあったレコバにかえエムレを投入しました。 まあこう書けば、だれでもその後は想像がつくでしょう。 不服そうなレコバを尻目に、背番号33番エムレは一発で赤い紙をちょうだいしたのでした。 「コイツ、来季居場所はあるのかな?」当時はそう思いましたね。 しかしまあ技術のある選手の破天荒さは、ファンにはそれなりに魅力なワケで。 翌02-03には5番をもらい、チームの主力として活躍したのであります。 余談ですが05-06にインテルにいたカメルーン人LB、ウォメも背番号は33でしたね。 彼もまた現所属のブレーメンでは5番をつけています。 インテルの33番は将来の背番号5へのステップアップになるのでしょうか? 来季のインテルの33番にも注目してみましょう(はたしているのか、わかりませんけど)。 先ほど奇妙な5番として例の二人をあげましたが、もうひとりそんな選手が浮かびませんか? そう、昨季までビジャレアルにいたウルグアイ人FW。ディエゴ・フォルランです。 今季はアトレティコで7番に落ちつきましたが、ビジャレアル時代の5番は…ねえ。 「まあどうせあまってたのがこれぐらいだったんだろう。つまらん。」 などと失礼なことを思っていたのですが、意外や意外。ちゃんと理由があったんですね。 なんでも引退した兄の背番号だったんだとか。うーん、兄貴もサッカー選手だったのか。 このフォルランには、よく家族のエピソードがつきまといます。 真剣にサッカーに打ちこみ始めたのも、姉が下半身不随になったのがきっかけなんだとか。 まあ向こうの選手は家族思いだし、まして南米。苦労をともにした人だろうからなぁ…。 などと思っていたらぜんぜんちがう。彼フォルランは見た目同様育ちもスマートなのです。 子どものころから学業とスポーツを両立させて五ヶ国語に通じ、テニスとゴルフの腕前は一級品。まあアカぬけたものがならんじゃって。 彼は典型的な南米のプロとは程遠い出自のもちぬしなのであります。カカに近いかな? ちなみに父パブロも元サッカー選手で、74W杯に出場しています。背番号は4番。 残念ながら5番ではありませんでした…と、5番にはフリオ・モンテーロなる名前が。 そう、ユーベの4番モンテーロのおやじです。親子で背番号がとっちらかっとるなぁ。 向田さんはあの愛すべき傍若無人なおやじさんを“安月給”と評していました。 ところがどっこい現実の向田敏雄氏は、当時において立派な高給取りだったそうです。 向田さんは自身の育ちのよさに、最後まで気づかなかったようなんですね。 フォルランの場合は…気づくでしょうね。周囲を見れば毛色がちがうのはあきらかです。 うーん、どうなんでしょう?おそろしくまわりに気をつかう少年になりそうなものですが。 ま、そんなことはアトレティコのロッカールームにいないとわかりませんやね。
posted by shousetsu |16:49 |
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