2011年03月01日

22 みたび李逵

エブラさん、ご契約を延長なされたそうで。どうもおめでとうございます。
あいかわらずCL一回戦はユルくお茶にごす気のユナイテッドですが、んなマネできるのも彼がいたればこそ。
少々口の悪い背番号3は、これからもマンチェスター・Uの名物であるのでしょう…。

ということでヤツの仲間ハズレは当分つづくんだな。エブラ本人はチンプンカンプンだろうけど。
あ、世間のみなさまもポカンですか。そらもちろんくだらねえ背番号のハナシでさ。
カギはエブラがフランス人たることにあります。あの国にしちゃ真っ当な背中なんだな。
フランス人ってのは実際おかしな連中で、毎度まいどフシギな背番号を披露してくれます。
背番号屋にはお得意サマでありまして。はて今宵は何を見せてくれるやら。

ガエル・クリシ、ジェレミ・マテュー、そんでもってエリック・アビダル。
上記三名はいずれもCL参戦中のフランス人で、ともにポジションはLBであります。
まあ最後のはCBもやるがそれはともかく、この三人が三人ともおなじ背中をしてること。みなさまはお気づきになったでしょうか?
さようそれがすなわち本日のナンバー。連中の背番号はいずれも22番なんですよ。

さらにさらにパリSGからはアルマンが加わると。こちらはEL出場組のLBですね。
いかにフランスのタレントが豊富といえど、ヨーロッパ級のクラブに四人も22番LBを送りこむとは度が過ぎている。ほとんど異常現象ですな、こりゃ。
だからマトモなエブラが孤立しちゃうんだ。…ま、ただのグーゼンだろうけど。

それにしてもLBでこんな珍現象起こすのがいかにもフランスというお国柄で。
これがRBならまだわかるんです。22は2番の代用としてちょいちょい使われますから。
(2番はたし算ができないからとくに多くなる。1+1なんざ論外でしょ。)
シャルケの内田クンもその例だろうし、このケースならマッシモ・オッドは忘られぬ。
…オッドはもはや背中の糸が切れちゃったなあ。ああかわいそ。

それはさておき…。
フランスの22番は偶然でしょうが、あきらかな意志が見てとれる場合もありまして。
たとえばカメルーンがそうですね。アーセナルのソングにアストンビラのマクーン。
そしてマルセイユのエンビア。この国の中盤はやたら17番にあつまってきます。
コレはよもや偶然ではあるまい。三人とも祖国の先輩を意識してのことでしょう。
なんせ背番号17は彼の、亡くなったマルク・ビビアン・フォエのナンバーでしたから。

うっかり17番ネタを出しちまった。22番に軌道をもどしましょう。
このナンバー、基本イメージはやはりGKでしょうか? しかも当然ながら控えの。
典型はプレミアにおいてとみに顕著で、チェルシーのターンブル、アストンビラはグザン、サンダーランドにミニョレとまずまずのメンツがそろってます。
なかにゃボルトンの正GKみたいなのもおりますが。まわりが迷惑するっつーんだ。

あるいは中盤にもちょいちょい見かけます。
今季絶好調のドルトムントにはベンダーがいるし、かたや死に体のブレーメンにはフリンクスが。
他にもブラガのアギアールやCSKAモスクワはアルドニンと。いずれも22番のハーフです。
この場合はたし算代用の可能性もありますが…ま、たまたまの産物なんでしょね。
個人的に興味あるのはシャフタールのムヒタリヤンなのですが。どうにかバケねえかな、アイツ?

だけど最近目立つのはむしろストライカーかな? ポジション柄あたりまえだけど。
先ほどあげたシャルケにしても内田クンの前はクラニイだったワケで…って、もっと濃いFWがいるやね。
筆頭に挙げらるるべきはジェノア組かな。ボリエッロにそしてディエゴ・ミリート。
ジェノアで男を上げたストライカー二人は、今なおそろって22番背負ってますからね。
んでもって巣立たれた立場のジェノアはというと、やっぱり22は若いFWがつけてると。
一目で期待されてるのがわかるなあ。ジェノバ細胞は着実に受け継がれてるようで。

そんな22番FWの一人に、ナポリのエセキエル・ラベッシがおりまして。
筆者彼のナンバーには不満もってます。そりゃもうウダウダブツクサぬかしたくなるくらいに。
まあ唐突にイチャモンつけるのもなんだ。順を追って申し開くことといたしましょう。

もちろん選手としてのラベッシに文句はござんせん。根性みせて戦う男だね、あれは。
…って、今さら確認するまでもないな。もう何年もナポリの看板なんだから。
ここ数日はお通夜になったナポリだけれど、いや、でもそれは頂上が見えたからこその痛みであって。
今のユベントスじゃそうはいかんぜ? カバーニとのコンビは今季セリエの顔だもんなあ。

…と、ここでわが憤懣の理由に気づかれたかたも多いかと思います。
あっさりカバーニに7番あげちゃったんですよ。あのラベッシとかいう小僧は!
そりゃま当然カバーニが欲しがったんだろうけど、でもあまりにもカンタンすぎやしませんか?
これが10番なら話はちがうんだろ? なのに7番にはずいぶんと冷てえぢゃねえか。

おたくらの国で7番といえばだなあ。クラウディオ・ロペスというすてきなセンパイが…。



<おまけ>
三月になったということで、季節柄こんなのもアリかなと。

posted by 由比彰紀 |17:25 | ナンバー | コメント(2) | トラックバック(0)
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2011年02月04日

30 みたび張順

背番号書きにもなかなか興味深い冬でした。
ビッグクラブが妙に動きましたからね。しかもヨーロッパ戦で使えない大物がやたらと。
コレがちと不思議でありまして。その点長友クンのケースは理解できるのですが。
…よもやUEFAの野郎ウルトラC使ってねえだろな? 以前しれっとルール変えてたよな。

まあいいや。駆けこんだ連中がどんな背中してるか、今はすなおに見ておきましょ。
もっともアデバイヨルの場合は予想がたちます。空きは6番と15番くらいしかないし…。
(で、どうやら6番にしたようですね。いかにもアフリカンFWらしい選択で。)
すでにおかしな背番号も見るしなあ。マンチェスター・Uと41番の謎とか。

そんなワケで冬に動いた選手からいきましょうか。おなじみのFWルカ・トーニです。
すでにすっかり忘れ去られた感もある移籍ですが、ジェノアから今冬ユベントスに来ました。
んで、一試合出て早々にケガと。ベテランにはやさしくない季節だけど…ツイとらんね。
うーん、見切りつけられやしないだろうな。いやいや復帰すればゴール獲るよ、アイツは。

とまあ、ざーとらしく書いてきたワケですが…本日は表題のとおり30番です。
そしてトーニの背番号は20なんですよね。試合見たかたは周知のことでしょう。
それじゃなんでまたトーニなのか? …って、コレまたわざとらしいやね。
だいたいスポナビで当所をのぞくなんてよほどのヒマ人にちがいないから。そら事情は知ってるさ。
ま、でも確認する価値はあるかな。以下がルカ・トーニのキャリアです。

00-01 ビチェンツァ 背番号30
01-02 ブレシア 背番号9
02-03 ブレシア 背番号9
03-04 パレルモ(セリエB) 背番号?
04-05 パレルモ 背番号9
05-06 フィオレンティーナ 背番号30
06-07 フィオレンティーナ 背番号30
07-08 バイエルン 背番号9
08-09 バイエルン 背番号9
09-10 バイエルン 背番号9 → ローマ 背番号30
10-11 ジェノア 背番号9 → ユベントス 背番号20

要するに彼にとって30番は保険なんです。可能なかぎりはエースナンバーをつける。
そして9番に空きがないときのみ、かねてなじみの30番を選ぶというワケ。
(じつは当時のフィオに9番は不在なのですが、リガノに配慮しての処置と思われます。)
背中の処理法としてはしごく真っ当だね。存外アタマいいのかな? 顔に似あわず。

そんなトーニの保険をツブしたのが、シーズン前半がんばってたGKストラーリです。
ストラーリの経歴まで広げたらトンデモナイことになるのでやめましょう。とどのつまり好調だった昨季のナンバーを継続した。それだけですから。
今後ストラーリに出番はありますかね。まああすこは何が起きてもおかしくない状況ですが。

しかし30番のキーパーとなると、いやがうえにも浮かぶのはフランスでありまして。
このリーグのGKは1・16・30でキマリですから。しかもなぜか1番は避けられるという。
(ちなみにリーガ・エスパニョーラだと1・13・25。いろいろ例外はあるけれど。)
たとえばマルセイユのマンダンダ。この人はもうすっかりおなじみですな。
あるいはパリSGはエデル。アルメニア代表の黒人GKらしいですが、どういう経緯かね?
ちと前ならモナコのフラビオ・ローマとか…ってオレは何年おなじこと言っとるのやら。

リーガだとこのあたりの背中は子どものモノなので、基本たいしたタマはおりません。
とはいえバルセロナの30番は評判いいようですが。ええ、たしかチアゴとか言ったっけ?
かのチームで高評価ならいずれ背中は若くなるね。どのチームになるかは知らないけど。
ココの30番にはとてつもないセンパイがいたもんなあ。背番号もぐんぐん出世したなあ。

てなワケで30番を一里塚にした選手を。デンマーク人のグレンケアさんです。
スピード豊かなドリブルと凡庸なクロスを装備したこのウインガーは、チェルシーにて30番をつけておりました。
その後はバーミンガム、アトレチコ、シュツットガルトをうろうろ。背中も7、11、22と多様です。
そして現在はコペンハーゲンの10番と。おお、紆余曲折はあれどメッシとおなじ展開だ!
んでもって…あと半月ほどかな? 今度CLでチェルシーと戦るんですよね。
まあ古巣といってもかつてのお仲間は二人しかいないけど。もちろんジョディ・モリスなんていないし。

おかしいのはこのコペンハーゲンの右サイドに、背番号30がいることでありまして。
さらに彼を10番が器用に使ったりしてるんですよ。いやいや、仕事ってのは変わるモンだ。
グレンケアは今どう思ってるのかなあ。…わすれてるか、かつての30番のことなんて。



<おまけ>
新入りに自己紹介はつきものと。なかにゃ有名人もいるね。

posted by 由比彰紀 |16:48 | ナンバー | コメント(0) | トラックバック(0)
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2010年12月24日

27 みたび阮小二

タマルが…兄アムノンのいる部屋に入り、彼に食べさせようと近づくと、アムノンはタマルを捕らえて言った。「妹よ、おいで。わたしと寝てくれ。」…「いけません、兄上。わたしを辱めないでください。イスラエルでは許されないことです…。」

上記はフランス書院ではなく旧約聖書から引きました。出典はサムエル記の下であります。
訳のせいか言葉がこなれぬのは残念だけど、いやそれにしてもすごいシーンだわ。
なんで神様はコレを18禁にしなかったかね? 中学生が見たら絶対赤線引くトコですぜ。
まあ神話にカット入れだしたらキリがないんだけど。そういや創世記にもアブなのが…。

バカ言ってないで背番号に参りますか。本日は27番です。
とりあえずはクラシッチですな。現在いちばん輝いてる27番はこの男でしょうから。
…近年のセリエはなぜか27の受けがよくてですね。去年のパンデフは以前ちと触れました。
ジュリオ・セルジオも急に正GKになったし、ミランのボアテンクも使われとります。
パレルモにもパストーレなんてのがいますからね。ま、彼は去年から元気にしてたけれど。
アルゼンチン的に6番はキモチ悪かったのかな? いずれ今季の背中は27です。

わけても絶好調なのがユベントスのセルビア人…なのですが。
実をいうとこの27番に関していえば、クラシッチよりむしろ同僚にネタがあるワケでして。
それがこれまた今季加入のファビオ・クアリアレッラで、彼については以前書きました。
いま一度おさらいしときますか。彼のキャリアはざっとこうです。

05-06 アスコリ 背番号99
06-07 サンプドリア 背番号27
07-08 ウディネーゼ 背番号27
08-09 ウディネーゼ 背番号27
09-10 ナポリ 背番号27
10-11 ユベントス 背番号18

つまり彼は居は定めぬが背中はひとつ、通称ビエリ症候群の患者なのであります。
(べつにアネルカ病でも鈴木隆行シンドロームでもいいんだけど。つまりはそーゆービョーキですな。)
この点今度の移籍は彼にとって不幸でした。カブる背番号かよ、27番なんて。
しかも相手はおなじ新入りときたモンだ。まあクアリアレッラは市場のどたんばで決まったからなあ。

ところで一方のクラシッチ。彼の背番号癖はどうなっとるのでしょうか?
この男も背中的にはやりやすいんですよ。CSKAモスクワ時代は一貫して17番でした。
それは代表にも染みついていて、たとえば夏のW杯でも17をつけとりましたね。
…してみると問題はユベントスにあります。なにゆえ彼に17番を与えなかったのやら?
うーん、やっぱりエースの残像か。トレゼゲの背番号ってのが引っかかったのかなあ…。

しかしその結果27を選ぶのだから、クラシッチも7が好きな男なのでしょう。
ま、そもそも彼はバリバリの右ウイングですから。7番嗜好は当然ではありますが。

そういうポジション意識はクアリアレッラにも顕著です。
どう見ても9番まわりを狙ってますからね。W杯でも18番背負ってたし。
(個人的に彼は10番系の気もしますが、まあ本人は完全に点取り屋気質なんでしょう。)
たまにいるんですよね。バレンシアみたいに外堀ばっかで本丸獲りにいかないヤツ。
おのれの格をおもんばかったゆえなのか、それとも渡世人には関わりのねえ背中なのか…。

そんなこんなでセリエの27番は盛況なのですが、対してプレミアの27はつまらんのよね。
とくにビッグクラブ連のは魅力にトボしい。むろん記憶にとどめる価値はあるけれど。
だけどそれよりミチェル・サルガドのほうが味だよなあ。ベテランが異国の地でこんな背番号。
ラウルの7やグティの14より物語があるでしょ? サルガドが背負う27番には。

去る12月19日。イケル・ムニアイン少年はめでたく18歳の誕生日をむかえました。
これで来季はムニアインの背中も出世する…ハズなんですがね。
どうもリーガの背番号事情はよくわからん。テキさんスペイン語なんだから当然だけど。
何年も格闘してきたテーマではありますが、もいっぺん俯瞰してみるとしますか。

リーガ各クラブの登録選手は上限25名まで。彼らは25番までのナンバーをつけます。
(ゆえに巨大背番号は誕生しない…かわりにヘンなヒトケタがゴロゴロいるけど。)
そして満18歳未満の者はプロ契約を結べず、上記登録枠外のあつかいとなる。
すなわち25番以下は18歳未満おことわりの、いかがわしきオトナの背番号である…。

と、思ってたんです。去年のちょうど今ごろまでは。
ところがムニアインはビルバオと三年契約したんですよ。この扱いはプロ選手だよね?
そんじゃ背番号も変わるのかなと思ったのですが、結局今季も27で登場…。
うーん、やっぱ25番以下はアレか。18禁アダルトのいかがわしいナンバーなのかしら?
事情通のかたご一報ください。かわりにタマルちゃんがどうなったのかお教えいたしましょう。


<おまけ>
試合に負けた日はコレでしょ。ハタチ未満はおことわり。

posted by 由比彰紀 |16:20 | ナンバー | コメント(6) | トラックバック(0)
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2010年11月23日

40’s とりあえず聖手書生蕭譲

ひっくり返って…ええと、なんだっけ? ともかくもヤヤ・トゥレの背番号はコレですね。
ヤヤとしてはバルサでの24に未練があった。しかしシティの24番はビエラがつけてたと。
(ビエラも望んで24つけてるワケじゃないんだけど。こりゃ玉突き事故だね。)
しかたなくヤツは数字を入れ替えたワケだ。…24ってそんな意地になる背番号かなあ?
バロテッリともどもどうにかならんかね。ウーゴ・ビアナを目指すつもりはねえんだろ。
背中は出世してナンボなんだからさ。マイカー・リチャーズ然り、パチェコしかり…。

とまあ、それはともかく。
この背番号の裏返しってのはかねてまれに見かけるもので、とくに多いのがイタリアです。
わりと著名なのはアタランタのドニですかね。今はまた27に戻ったそうですが。
あるいはトリノはデアシェンティスの51番とか。…ま、こんなの誰も覚えちゃいないか。
(いちおう補足するとミラン時代が15番。ただし筆者ミランでの彼は記憶なし。)
目を引くのはやはりベッカムかな。ミラン時代の32番は転回ナンバーの典型でしょう。
ま、他にも理由はあるかもしれないけど。個人情報とやらは保護されにゃならんらしいし。

なんで長々とつまらん例をならべてるのかというと、じつはまったく同じケースの男がいるからなんですね。
それがジェノアのポルトガル人ミゲウ・ベローゾ。古巣スポルティングでは24番でした。
ところが今季移籍したジェノアにはモレッティがいるってんで、結局42を選択…。
いや筆者も背番号は大好きでよく見てるつもりですが、それにしてもこんな例はめずらしい。
同じ背番号が同じ処理法で生まれるとはね。おまけに同時に、ときたもんだ。
まあその結果が42番てのがしょーもないんだけど。執着するならヒトケタとかにしてくれ。

ミゲウ・ベローゾの暴挙を許すくらいだから、ジェノアも背中の錯乱したクラブです。
ミラネットについては以前とりあげたし、ちと前は83番つけた正GKもおりました。
(控えGKは73だったかな。ドンブリ勘定なキーパーそろえやがって。)
最近はいくらか落ちつきましたけどね。主力のヒトケタも増えたし、ルビーニョはどっか行ったし。
…しかしココのドンたるプレツィオージっておっさん、どこかで聞いた名前だなあと思っていたんですが、八年前はコモの会長サンだったんですね。セリエA昇格時の。
どうりで毎度人の入れ替えが激しいワケだよ。最新の人事は監督のクビだっけ?

閑話休題…。
とはいえ背中の混乱ならパレルモが上ですな。さすがシチリア、ルールは無用。
なんせ正GKのシリグは46で、DFのバルザレッティも負けじと42番。
主力級にこんなのがゴロゴロしてんだから。節操のなさはセリエでも屈指なのであります。
(バルザーリなんかドイツまで43番持っていきやがった。あんなモン輸出すんじゃねえ。)
ピニージャにイリチッチともなるともう…ね。まあ連中にもマフィアなりの掟があんだろ。

それじゃバルザーリの向かったブンデスはというと、やっぱり大きな背中がありますな。
たとえばバイエルンのティモシュク。ディナモ・キエフでも44番でしたね。
あるいはブレーメンのバルクフレーデ。中盤右方でウロウロしとるアイツです。
さらにはヘルタ→ハンブルクのゴイコ・カチャル。最近試合出てるのか知りませんけど。

彼らに共通するのは、いずれも44番をおのれの背番号としている点であります。
44にかぎらずゾロ目は好まれますね。77、88、99…。思いあたる顔もおるでしょうか。
ま、それぞれ理由はあるやもしれません。たんにバクチ好きなのやもしれません。
だけどやっぱりつまらんね。どうせならサベージくらいの気概を見せてほしいモンだ。
サベージは乱暴でガサツで品がなくて、ウンコ流さずに罰金食らうようなウェールズ人だけれど、あれで背中にはけなげな男なのでありました。
(…ってまだまだ現役か。おお、執念で8番ゲットしてやがら。)

さてこのナンバーを取りあげますからには、やはりアイツに触れねばなりますまい。
彼こそはセルティック育ちのアイルランド代表、エイデン・マッギーディなのであります。
サイドにてよくも悪くもクセのあったこの男は、なぜか背中も46番と暴走しとりました。
当初はわかります。ユース上がりなんだし、これから背番号も出世するんだろうと。
ところがこやつは平然としたり顔。周囲のしぼりをよそ目に46で通したんですな。
まあたしかにね。セルティックってのはむやみにデカイ背番号がいるクラブではあります。
ビーティもここでは37番つけたし、ベラミーが避難したときは47だったもんねえ。

そんなマッギーディがやおら移籍したのが、はるかロシアはスパルタク・モスクワでありまして。
ココにはなんと46番がいたんですね。今現在は知りませんが、いずれ小僧っ子でしょう。
若手みたいな背中してハナタレとカブるのも不幸ですが、まあそら自業自得。
さあマッギーディはこの難局をどうするか。ついに10番でもつけにいったのでしょうか?

…まあ結論はみなさんご存じですわな。すでにCLも第五節になるんだし。
ええ、ヤツはひっくり返したんですよ。64番。じつにベッカムさんの倍なのであります!
何をそんな執着することがあるか知りませんが、ここまでくるともう意地ですね。
うん、キミはもういいや。生涯ムチャな背番号つけて生きていきたまえ。



<おまけ>
せっかくベッカムさんの名が出ましたので、彼とはまったくカンケーない曲を。

posted by 由比彰紀 |15:01 | ナンバー | コメント(3) | トラックバック(0)
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2010年09月14日

21 みたび劉唐

ダビド・シルバはマンチェスター・シティでも21を背負うのでした。めでたしめでたし…。

…なぞとノンキ言ってる場合じゃないですね。青年はプレミアに苦闘しております。
あすこはなんせ駒はそろってますから。使えぬとならば、まあバッサリいくでしょうな。
そうなってくると気がかりなのが、シルバくんのかわいいカワイイお顔でありまして。
見るからに内向的なツラなんだもんなぁ。アレで牛若丸よろしくやれるのやら? 
ガリードも出ていっちゃったし、はたして周囲とコミュニケーションはとれるのかしら?
そもそもあの寒そうな田舎になじめんの。あのコはずっと温暖な気候で育ったんだし。
元気でいるか? 街には慣れたか? 友だちできたか? さびしかないか…。

どっかの歌詞を拝借してる場合ではない。とっとと背番号に参りましょう。
シルバの背番号21はアイマールからゆずり受けたものです。ま、言うまでもないやね。
当然それまでのキャリアに21はなくて、たとえば武者修行時代のセルタでは16番!
…だったらしいんですけどね。まったく記憶にござんせん。お手あげです。
どなたか05-06の彼をご存じないですか? リーガマニアとか熱心なセルタ教信者とか。

ところで、シルバには染みついた21番。一方贈り主のアイマールはどうしてんでしょ?
彼は現在ベンフィカで10番つけとります。うん、元来よほどコッチのほうが合いますな。
…この21というナンバーは、なぜかひところトップ下の選手に好まれまして。
アイマールはもちろんそうですし、ほかにもジダンだのピルロだの大物がざっくざく。
そのヘンについては以前書きました。(…げ、なんて青いんだ当時のオレ。げ。)
むろん単なるグーゼンです。アイマールの場合はルイス・エンリケへの敬意表明なんだし。
(まあコレは当時書けませんでしたけど。21番が汗くさいナンバーになりますゆえ。)
今季もジョビンコがパルマで21番ですからね。あれもなにか意味があるのやら。

そんなメンツのそろっていた21番。各クラブはその後をどうおさめたのでしょうか?
ミランの場合は問題ないですね。今もむかしもかわらずピルロ。ちと配置転換しただけで。
他方ユベントスにはテュラムが来たと。ちょうどジダンとは入れかわりでありました。
テュラムも21を好む人ですから話ははやい、21番のイメージチェンジも大成功!
実際このやりかたが理想でしょう。スーパーな背番号の受け渡しとしては。
後釜みたいな選手が継ぐのはギャンブルで、もらったほうもいらん苦労を背負いますから。
で、現在はグリゲラがユーベの21番と。今やすっかりフツーの背中になりましたとさ。

そんでもってバレンシアです。アイマール→シルバのバトンをどうするのか?
ずーっと気になってたんですよね、コレ。彼の移籍は決まるのが早かったし。
もちろん空き番にするのもアリですが、スペインの場合例のルールゆえちとムズカシイ。
さりとてマタというわけにもゆかぬ。彼は10番背負ってますから、論外です。
となると新戦力でお茶を濁すか。とはいえそうたいしたタマも獲れそうになく…。
などとW杯中もあれこれ考えをめぐらしてたワケです。へえ、当方ヒマ人なもので。

…で、新シーズンが開けました。21番はバネガがつけてました。
なるほどバネガときましたか。去年からの主力、いわば安定路線ですな。
しかし彼も背中がせわしない。11→24→21。コレにアトレティコでの16がはさまるワケで。
おまけにシブイ変更ばかりときたもんだ。そはさながらにマクスウェルのようで。

それはそれとして…。
シルバが21番を得られたのは、むろんシティに背番号21がいなかったからです。
(42とか45はいるのにね。アメフトじゃねえやい。)
それは今季にかぎったことではなく、ここ十年シティに目ぼしい21番は見あたりません。
ほぼ唯一の存在がドイツから来た静かなるヤクザ、ディトマール・ハマンなのであります。

ハマンがシティにやってきたのは06-07。どたんばでボルトンを蹴っての移籍でした。
以降三年、シティの21番は中盤でふてェことをくりかえし…あ、いらん世話ですか。
その後は表舞台から退いておりましたが、先ごろめでたく復帰されたようで。
とはいえ“表舞台”ではないかな? 今季プレーするクラブは三部所属だとかなんとか。

しかしまあみなさん、ハマンの背中ならもっとおなじみのナンバーがありますよね?
そう16番。彼はリバプールでもドイツ代表でも16を背負ってましたから。
(…リバプール以後しか知らないのがバレますね。そんなヤツが書いてていーのか。)
一抹の不安はよぎりますがそれでも! リバプールでは一貫して背番号は16。
代表でも諸事情(イェレミース)がなければ、ハマンはつねに16番を選んできました。
今度の所属先でも16ですし、彼の16番への愛着は疑いようがありません(たぶん)!

そんなハマンがなぜにシティで21を? それはもう、イェレミースのときと同じです。
すなわち16番に先客がいたと、ただそれだけ。実にかんたんな理由ですね。
しかもこのときカブった相手は地味な若手で…って、あれ? 少々お待ちください。

うーん、またしてもオヌオハとは。前回とまったく同じパターンじゃないか。
彼のファンでもなんでもないんですけどね。でも地味なオヌオハにも肩書ができました。
名づけて「ビエラとハマンを阻止した男」。…うん、全然カッコよくありませんな。



<おまけ>
せめて大物の曲いきますか。ちょっと名前も出たことだし。

posted by 由比彰紀 |16:06 | ナンバー | コメント(2) | トラックバック(0)
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2010年08月17日

14 みたび武松

なにはともあれシャビ・アロンソなのです。
今季の彼は14をつけるようですね。しごく当然の流れではありますが。
リバプール、スペイン代表。シャビ・アロンソにとって14番は通り名のようなものです。
看板だったグティが出るとなれば、背番号14をもらうのはヤツしかいないでしょう。
…まあR・ソシエダでの彼は4番でしたけど。あすこにはベテランがおられましたから。

ところで…。
R・マドリーでは金髪兄ィが占領していた14番。対するバルセロナではどうでしょうか?
去年まではもちろんアンリでした。あまり居心地よさそうではなかったけど。
その前にはエスケーロがいます。バルサに加入した05-06シーズンのことですね。
…って、ほぼ記憶にねえなぁ。まあすぐ18番に変えちゃったから。ムリもないんだ、きっと。

そしてその前まで14番だったのが、ジェラール・ロペスなる男でありまして。
このジェラールはバレンシアで身を立てた選手ですね。CL準優勝のときの主力です。
そんで翌年バルサに移籍と。…ま、カンテラ上がりだから。呼び戻したってなトコでしょう。
この母なる地にジェラールは…ほお、五年もいましたか。思いのほか長かったんですね。
正直印象はピッチより医務室にありますが。元来ケガのつきない選手ですから、彼も。
その後は短期で各地を放浪。今も二部のジローナでやっとるそうです。
…しかしエラく苦戦しとるなぁ、バルセロナの14番。今季はいったい誰のモノなのやら。

さてちと余談になりますか、ジェラールも活躍したミラクル・バレンシア。
このチームからは主力がこぞって出ていきましたが、どうもその後パッとしないのばかりでして。
筆頭はなんといってもメンディエタでしょう。彼については以前触れたことがあります。
他にはキリ・ゴンサレスにファリノス。クラウディオ・ロペスもなんだかなぁ。
ま、そもそもボスのクーペル監督からして、インテルでの失敗後は沈没してますからね。
第一線で十年も輝きつづけるってのは、ホトホトたいへんなんだなと痛感します。ハイ。

閑話休題。14番についてですが…グティにジェラールに、おまけにシャビ・アロンソ。
なんかずいぶんお仕事の似た三人ですな。まあたんなる偶然でしょうが。
中盤にかまえる14番というと、筆者の印象はむしろイタリアのチームにありまして。
ディビアッジョとかシメオネとか…。あ、後者はアルゼンチン人ですか?
おまけに情報が古いときたもんだ。近年のセリエにはあまり見られぬ傾向ですから。
でも他はともかくインテルにはあるんじゃないかな。ベロンも14番つけてたワケだし。

さてインテル関連でいえばスクッリでしょうか。ジェノアから移籍するともっぱらです。
ジェノアでは14をつけてたし、現在インテルに14番は不在。
わりと可能性はありそうですかね? でもヤツは背中なんざ頓着しない気もするんだな。
なんせこのスクッリは札つきの男でして。いや札は筆者がつけたのですが。
過去にモデナで2、そしてキエーボでは3番。それがFWのつけるナンバーかよ、あ?
まあ確信犯ならそれもアリでしょう。無自覚にやったんなら死刑モンだぜ。

ところで…。
なぜインテルの14番は空いていたのでしょう? それはもちろん、ビエラが冬に出たからです。
このビエラも背中の話題には事欠かぬ選手でありまして。いくらか拾ってみましょう。

優勝した98W杯でもらった4番。ビエラはこのナンバーをとても大切にしています。
ほとんど出番はなかったんですけどね。まあいい思い出なのでしょう。
その後背番号4はアーセナルにも持ちこまれ、さらに移籍したユベントスでも4番と。
(このときはツイてました。ちょうどモンテーロと入れかわりでしたから。)
彼は4をおのれの数字としているワケです。…ジョン・レノンの9みたいなモンか?

しかしさすがに背番号4ともなると、移籍のたびにつけられるとはかぎりません。
まあ14番ですらバッティングするんですから。レギュラーナンバーならばそら当然。
たとえば現シティでのナンバー24。あれはおそらく4の代用でしょう。
代用というとたし算を使う人もおおいのですが、ビエラは見た目の4を重視したのかな?
ついでながら当時の4番はオヌオハでした。…またエラく地味なのとカブったのね。

で、ハナシはインテルへともどります。
インテルでのビエラは14番でしたよね。これもやはり代用ナンバーなのでしょう。
なんせココの4番にはベテランが、というよりインテルの番人みたいな選手がいますから。
いうまでもなくそれはRBのアルゼンチン人、ハビエル・サネッティでありまして…。

ん、新参者の中盤とベテランRBとが背中でバッティング?
ありゃりゃ。コレ、例のシャビ・アロンソのケースといっしょですよ。
R・ソシエダの14番は、右サイドで鳴らしたロペス・レカルテだったんですから。
こんなパターンもあるんだなぁ。これだから背中めぐりはやめられんのです。



<おまけ>
似てるものってのは存外転がってるものです。
てなワケでこんな曲。こちらはグーゼンなのか、筆者は存じませんが。

posted by 由比彰紀 |16:01 | ナンバー | コメント(11) | トラックバック(0)
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2010年03月16日

29 ふたたびの阮小五

29番の出世頭となればリオ・ファーディナンドでしょう。
いまや手負いの老兵といった感の彼も、リーズに来たころは期待値のみの選手でして…。

なんて書こうとしてたんですがね。やめました。おいおい触れる機会もありましょう。
シャマフにポグレビニャク。CLに出ている現29番もカットしました。
どうもダメなんです。敗者の背中を見るとボンヤリとした脱力感にさらされまして。
まったく困り者ですよ。他人サマの行く末に思いを馳せるとは、われながらいい身分です。

まあ筆者がこんな体たらくでありますから。今回も独善的レパートリーで参ります。
わたしとてベッカムに思うこともありますが…それはよそサマにおまかせしましょう。

サイモン・デイビス。
どこにでも落ちてるありふれた組合せ。それが彼の名です。
この選手が光ったのは七八年前でしょうか。スパーズでハツラツしてた時代ですね。
右サイドでガンガンつっかかるコワイ者知らずは、彼はあのとき今をときめく若者でした。
…とはいえこの時季のサイモンはねえ、代表をぬきにしては語れないんですよ。

04ユーロの予選中、なぜかウェールズはグループ首位を快走しとりました。
たしかに駒はいましたがね。説明不要のベラミーに、ともかくも落とすCFハートソン。
パス出しのクーマスにしっかり者スピード。そしてもちろん本能の男ロビー・サベージ。
さらには当然ライアン・ギグス。…もっとも当時の彼はケガが多く不調でしたけど。
そしてこのチームの動輪がサイモンだったんですよ。今となっては信じられませんけど。
ダマされたと思って一度ご覧ください。某強豪サン相手にヤツがブチこむさまを。

まあこの展開であれば、その後のウェールズは容易に想像がつくでしょう。
予選終盤にて急失速した彼らは、結局ユーロ本選をみすみすフイにしたのでした。
このときのブレーキがねえ…。そのままサイモンの人生にかさなるんですよ、わたしには。
(彼にとってエバートン移籍が致命傷でした。あすこでは10番もらったんですけどね。)
最近ひさかたぶりにピッチでの彼を見ました。フルアムではなつかしの29番でした。
…それだけです。三十路のサイモンに来季居場所はあるのか、筆者はまるで存じません。

さてもうひとりシリアルナンバー29を。その名は誰ぞアンドレア・カラッチョロ。
彼はバッジョ塾の門下生です。いやまあ、わたしが勝手にそう思ってるだけなのですが。
このあたりの事情をお話するには、ローマの30番にご登場ねがわねばなりません。

ルカ・トニもまたバッジョの弟子です。それはブレシア時代のことでありました。
ヒュブナーとのコンビを解消したバッジョ先生。彼はやがて後進の指導に乗りだすことに。
その門下一期生がトニなんです。タッパも胸板もある、将来がたのしみな9番でした。
この青二才をモノにすべく、バッジョはセリエAにて実地訓練をほどこしたワケです。

ところがところが。弟子の育成は困難をきわめまして。
ムリもありませんがね。バッジョ師匠あまりにすてきなお膳立てしますから。
以前の相方ヒュブナーおじさんなら、まあまあいくらかはワクに沈めてくれました。
それをボンボコ宇宙にほうるとねえ…ヘタクソに見えるんですよ。もうしわけないけど。
師匠からの鬼パスに周囲のしらけた目線。弟子っ子トニはつらかったでしょうな。
かくも苛酷なシゴキの場へやってきたのが、本日の主役カラッチョロなのであります。

きっかけはトニの爆発でした。パレルモにてやおらゴールを量産し始めたんですね。
おお、バッジョ先生のおしえは生きていた! 無責任なタニマチ連はそう思ったのです。
むろん筆者は一銭もだしてはおりませんが。でもまあ気分はすっかり後見人。
そんな無責任な外野としては、つぎなる有望株としてカラッチョロを目したワケです。
実際トニより細身でしなやかな彼は、なにやら才を感じるものがありましたから。

まもなくトニはフィオへと引きぬかれ、パレルモは後釜にカラッチョロを呼び寄せました。
そらまあ当然。彼はバッジョ塾の武者修行で、トニ以上の実績をのこしていましたから。
(彼ら二人にパッツィーニを加えた相関図は、さながらセリエ中堅絵巻というところ。)
先輩を超えるモノたることは確実。29番は移籍初年度9ゴールとまずまずの成績でした。
ま、あせらずいこうや。大器は晩成なんてセリフよく聞くしね…。

のんきな空気はあっさり一掃。パレルモ二年目の06-07、アマウリが降臨したのです。
その後はあれよあれよ。この年から10番もらってたカラッチョロはあえなくベンチ行き。
アマウリ故障離脱ののち出番はできましたが…まあ見ちゃいられませんでしたね。
「アマウリの穴は埋まりませんねえ…。」
このセリフ聞くための出番だったような。背番号10がむなしく映っておりました。

現在カラッチョロはセリエBにいるそうです。古巣のブレシアで9番背負ってるんだとか。
彼は20ゴールを射程にとらえていますがブレシアは…うーん、現在6位とな。
とはいえ2位とは2ポイント差ですから。まだまだ昇格の芽は十分あるでしょう。
ひさびさにあのガリガリくん見たいなぁ。…だけどそうもいかぬのがカラッチョロかな。



<おまけ>
なにがよいかと迷いましたが、この歌で。
…生きていかねばなりません。

posted by 由比彰紀 |15:54 | ナンバー | コメント(9) | トラックバック(0)
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2010年01月19日

27 ふたたびの阮小二

『史記』は司馬遷渾身の史書ではありますが、同時に著者主観の小説集です。
そのオリジナル感あからさまな例が「李斯列伝第二十七」でしょう。
李斯とは秦の総理大臣クラスで、よそ者ながら始皇帝に重用された男です。
ところが始皇帝の死を境に失墜。ついには破滅にいたるというのが彼の役どころ。
この李斯の転落のさまを、司馬遷はあざやかにえがいています。もうペンがのってますね。
まあその点は伍子胥もおなじですけど。いずれ李斯の発言なんかはほぼ創作でしょう。
人をえがくとは何なのか? 司馬遷は李斯をとおしてわれわれに問いかけるのです。

ではでは27番。このナンバーもストライカーがひょこひょこ顔だす背番号ですね。
まあリクツは18とおなじでしょう。背番号9の代用と、つまりはその意味です。
たしかユナイテッドのマケダが27番でしたね。モロに二年目のなんとかのようですが。
あるいはアスレティック・ビルバオに所属するムニアイン。
まんまボーヤといった見た目のちっちゃな彼も、才気ほとばしる27番ですね。
さらにさらにカナレス。最近とみに話題にのぼる少年も背番号は27と!
ん? カナレスはFWじゃないのかな? ま、そんなのこの際どーでもいいんだけど。

やっぱり少年の背中に合いますね。27あたりのナンバーは。
ナマイキだろうと素直だろと。ニキビ面の怖いもの知らずにピッタリの背番号です。
とくにスペインの二人は見ておかねば。彼らの27番は今のうちだけですよ?
遅かれはやかれ少年の背中は出世しますからね。ボヤン・クルキッチのあとを追って。
…しかしみんな90年代の生まれですか。いや少年なんだからあたりまえですけど。
昭和は遠くになりにけり、と。母さん、ぼくのあの帽子どうしたんでしょうね…。

遠い目をしている場合ではない。とっとと背番号参りましょう。
ま、27番にもいろいろいます。当然のことながらFWばかりでもなし。
わたしが印象深いのはミランのセルジーニョですね。専攻は左サイドでありました。
ここいらは現監督さんとよく似とります。サンパウロ経由ミラン行きってのもいっしょ。
途中から試合に出るイメージが強いですし…いいナンバーだと思います。彼の27番は。

あるいはフランス人のシルベストルとか。こちらはブランブル系のDFですな。
なんといいますかねえ…どうにもポカンとした男です(顔は関係ないと思われます)。
まあ感性が独特なのでしょう。背中も不思議に満ちたチョイスですから。
かつてのユナイテッドでは27で、現在籍を置くアーセナルにおいては18番!
まるでFWみたいな選択だもんなぁ。インテル時代は何番だったのやら…。

そのインテルにこの冬やってきた27番が、マケドニア人FWパンデフです。
古巣とはしこたまモメた彼ですが、ともかくも出場機会を得ることになりました。
この件はねえ…気の毒だなと思う反面、人の世にはつきものかなとも思ったり。
ラツィオがわにも言い分はあるでしょうしね。公開できぬ事情も含めて。
…ひさびさに『史記』を読んだせいかな? どうもこのテの感覚が鈍磨なんですよ。
なんせ不遇を訴える連中がてんこもりでして。世は怨嗟の声に満ちています。
まあアレは著者のせいかもしれないけど。司馬遷とてあんな状況で著述するとは…。

オレはいったい何のハナシしてるんだか。全速力でパンデフにもどります。
パンデフといえばアンコーナ時代からの19番でしょうが、そこはまあ冬の移籍。
今度の背番号は27となりました。しかたない、些事にかまってなぞいられませんやね。
…しかしパンデフもついてない。よりにもよってインテルを選ぶなんて。
ほかのクラブならいざ知らず、このインテルは19番候補者が列をなしているんですよ。
なんで19なんかがカブるかなぁ。ま、彼が27番を気にいれば丸くおさまる話ですが。

ところでこのパンデフのアンコーナ時代。27番にはベテランFWがおられまして。
もはや響きもなつかしいですかね? その名もダリオ・ヒュブナーというオジサンです。

この人はブレシアで初めてお目にかかった気がします。その時点ですでにオジサンでした。
そしておじさんバッジョとコンビを結成。あれは時のたゆたう2トップでしたね。
やがてヒュブナーはピアチェンツァに移籍し、このときから27を通り名にしたワケです。
そしてオジサンのキャリア全盛期も、このピアチェンツァ時代になりますかね?
なんせ24ゴールあげての得点王ですから。記録だけみれば彼のハイライトでしょう。
…だけど当時オジサン35歳だったんだよなぁ。こういう男はどう描写すればいいのやら?

以降のオジサンは、背中の27番をトレードマークにさすらいます。
アンコーナ、ペルージャのあとは下部のマントバ。このヘンで消息は絶たれました。
まあそれで終わるワケにもいかないので、今回おじさんのラストを調査してみたんです。
…びっくりしましたねえ。どうやらオジサンまだまだ現役みたいなんですよ。

むろん所属は下部も下部。セミプロかアマチュアかよくわからんリーグなんですけど。
それにしてもオジサン67年生まれですぜ? いまや70年代が続々引退してるというのに。
これはもう仕事じゃないですね。オジサンにとってサッカーは趣味か日課なんでしょう。
…選手の人生はそのまま物語。わたしはそう意気ごんで当所をものしてきたんです。
さてヒュブナーの話はどう切りとるのかしら。…司馬遷センセ、いかがいたしましょ?



<おまけ>
とりあえず筆者なりのヒュブナー像を。こんなのでどうだ?
うーん、どんなモンかなぁ…。

posted by 由比彰紀 |16:06 | ナンバー | コメント(9) | トラックバック(0)
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2010年01月01日

供養集

無事に年も明けたそうで、それはそれはよござんした。
もとより筆者は記念日や年中行事が大キライな性分でありまして。ナンギです。
せっかくですからバチあたりにいきましょう。趣旨は「めでたき日の法要」てなところ。
では一本にならなかったボツネタ水子供養、はじまりはじまり…。

37 神機軍師朱武
シェイ・ギブンが半年だけ背負ったナンバー。
冬の移籍で臨時にこの背番号をつけ、新シーズンは堂々1番をモノにした。
さすがギブン。背番号の意味を示してくれるおじさんだ。
なおリバプールのシュクルテルも冬の加入で37。こちらは現在も継続中である。
キサマおっさんのツメのアカ煎じて飲まんかい。

なおついでに…。
リバプール37番のセンパイに、ヤリ・リトマネンがいることを附記しておく。

66 玉臂匠金大堅
レグロッターリエの背番号。キエーボにシエナ時代のことである。
理由は不明。現33番との因果関係もまた不明。

35 双尾蝎解宝
現在活躍中なのはチェルシーのベレッチやCSKAモスクワのGKアキンフェエフ。
まずまずの人材である。…が、変更してほしいことにかわりはない。

ちと前ならレッジーナのコッツァ。中村俊輔とポジションを争った彼は35番だった。
この男は10番を得られぬと35をえらぶのである。シエナでもそうだった。
あるいはアルゼンチン人LBディエゴ・プラセンテ。
現在はボルドーの13番だが、ミドルナンバーの巣レバークーゼン所属時に35を背負っている。

さらにはオリビエ・ベルナール。ニューカッスルにいたLBもなつかしい。
彼はロベールと仲がよかった。背中の数字もよく似ていた。
左サイドのフランス人コンビは敵を大いに攻撃し、そして裏をとられ続けたのであった。
…親友の破壊力は彼がいちばん知っているハズである。

45 神火将魏定国
インテルのバロテッリがつけていることで有名。ボチボチ出世してもらいたい。
なおポスト・ルイコスタと称された左きき、ウーゴ・ビアナの通りナンバーだったりする。
スポルティングとニューカッスルでつけていたが、近年はスペイン生活が続き中座。
今季祖国ブラガにて45番が復活した。むなしいハナシである。

88 金銭豹子湯隆
なぜかゾロ目は好まれるようで、このナンバーも年齢に関係なくつけられる。
ブッフォンがユベントス移籍時つけようとした際は、HHナンバーとして議論を呼んだ。
しょうもない連中がつけても問題ないらしい。

34 両頭蛇解珍
マンチェスター・Cの中盤、ナイジェル・デヨングが背負うナンバー。
ちょうど一年前の冬。シティは新たに四人の男をやとった。
彼らはシーズン途中ということもあり、いずれも大きな背番号をつけている。
すなわちギブン(37)、ブリッジ(25)、デヨング(34)、そしてベラミー(39)。

むかえた新シーズン。彼らの対応は二種類にわかれた。
ギブンとブリッジがそれぞれ1番と3番を手にしたのに対し、後者二名はそのまま。
こういうのは背番号どうこうというより、選手の属性を見るようでおもしろい。

そのほかであげるならやはりロラン・ロベール。
この男ベンフィカ時代は34番だったのだ。あいかわらず左足は凶暴。

71 通臂猿侯健
オリンピアコスのGKニコポリディスが背負う、つまらん生年下二ケタナンバー。
原因はパンテイリス・カフェスにある。コイツがいなければ1番だったのだろう。
このカフェスとニコポリディスの1番をめぐる因業は、知る人ぞ知るハナシである。

38 鎮三山黄信
移籍濃厚だったリバプールのドッセーナが、とりあえずとってつけた背番号。
なんともかなしい背番号だがこういうのは味わいがある。

96 催命判官李立
ナポリのDFコンティーニがつける背中あわせナンバー。
理由はわからない。知りたくもない。

69 翻江蜃童猛
ビセンテ・リザラズのくだらん生年下二ケタ背番号。
バイエルン復帰の際おのれの3番に空きがなかったため、急遽これで間にあわせた。
他意はとくにない。決してない。断じてない。



<おまけ>
こんなナンバーが続きましたから。
かけておきましょう。この人たちです。

posted by 由比彰紀 |15:59 | ナンバー | コメント(5) | トラックバック(0)
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2009年12月29日

50’s まとめて一丈青扈三娘

今年の夏。選手たちの新背番号がぞくぞくとお披露目されていたときのことです。
そのなかに思わず「ボケがァ!」と叫んだ男がおりまして。
怒鳴ったのはアーセナルのデンマーク人。ニクラス・ベントナーなのでございます。
だって52番ですよ、52? 今からレギュラーふんだくろうってヤツがさぁ…。
なんだなんだそのトランプみたいな背番号は? もうジョーカーはお断りってことか!

本人がいないのにカッカしてもしかたない。冷静になりましょう。
じつをいうとこのコンコンチキ背番号。一度手を出したことがあるんです。
しかしやっぱり気がのらず…。デカイ数字をほうり投げたのは今年のはじめのことでした。
年明けに書き損じたボツネタを、来年に持ち越すのもどうかと悔いあらためまして。
かりにも背番号をものする身。発奮して今回作業に取りかかったワケであります。
…さあて、絶望的に地味なメンツが続きますぜ? ひきかえすなら今のうちですな。

まあそうはいってもまずは主要リーグ。イタリアはセリエAに参りましょう。
セリエには巨大背番号がゴロついてますが、この50番あたりはあまり存在しません。
かの国のハイナンバーは、もっぱら生年下二ケタからとられますからね。
(…なんて油断してるとダマされますけど。ジェノアとかアタランタにおりますな。)
アレに比べりゃ52なんてかわいいもの。機械的ナンバーには人肌のぬくもりがありません。
若い時分ならともかくも、あんなモン後生大事に取っとくヤツの気が知れないね。

クサしてる場合じゃなかった。50番代にハナシをもどします。
そうですね。有名ドコロでは…セルジオ・コンセイソンなんかどうでしょう?
03-04のラツィオ復帰時。このポルトガル人ウイングは53番をえらびました。
まあお好みの7にはクラウディオ・ロペスがいましたけど…なにゆえ53だったのやら。
ほかにはトルコのエース、ハカン・シュクルも知られてますね。インテルでは54番でした。
コレなんかは5+4=9でしょう。でもこんな奇のてらい、ヤツには合いませんよ。
シンプルな9番でしたからね、彼は。結局ガラタサライに帰りましたとさ。

そういえばハカン・シュクルの祖国。トルコはそれこそ特殊ナンバーの宝庫です。
近年は東欧各地に謎のハイナンバーを見かけますが、十年前にあんなのいましたっけ?
せいぜい30かそこらだった気がします。ポルトガルあたりならありましたけど。
まあマトモに追ったわけでなし(追いたくもない)、ただのイメージやも知れませぬが…。
いやいやそんなコトないな。ニコポリディスのくされナンバー違和感あったもんね。

そこんとこいくとトルコはどこ吹く風。以前からデカイのがウロウロしとりました。
たとえばガラタサライがUEFA杯を獲った99-00シーズン。
ハジが10番でオカンが7だったあのチームにも、主力におかしなのがいましたから。
ハカン・ウンサルは57番つけてたし、エルギュンは67で走りまわってたし…。
まあコレがこの国ひとつにおさまるのなら、それも個性と思えるんでしょうけどね。

さてやはり現ガラタにもおります。みょうちきりんなハイナンバー背負う選手が。
それが赤いチームにて55番をつけるRB、弱冠25歳のサブリなる男でありまして。
(…なんか最近いましたね。カリフォルニアあたりにそんな男が。)

わたしがサブリをはじめて見たのは、たしか06-07のCLでのことです。
トルコに元気なSBがいるぞってんで、どれどれと試合をのぞいたんじゃなかったかな?
で、たしかにいました。右サイドを駆けてもどって、おりおりいいクロス上げる若いのが。
なるほど背中は少々いまいましいが、これがウワサの…と納得したものです。

ところが逆サイドにもハネたSBがいたんですよ。それもサブリより3つも若いのが。
彼の名はアルダ・トゥラン。背番号はやはりべらぼうで、こちらは66番でした。
この少年はガツガツ突っこんでいくタイプでした。敵に出くわしたら勝負を挑むんですね。
ウワサのSBはどちらのことだったんでしょ? 今もって事実関係は不明です。

そんな二人のSBですが、その後の事情はいくらか異なりまして。
サブリのほうはそのままRBになりました。背番号もそのまま、あの55番です。
いっぽうのアルダは攻撃性能を買われトントン前に。今や彼はガラタの背番号10なのです。
まあポジションどうこうは言いますまい。二人はともにチームの主力なのですから。
ですが語りべの身としては、やはりアルダの物語のほうに魅力を感じますね。

結局ハナシはもどってきます。背番号には物語があってほしい。
出世譚、転落劇、さすらい戦士旅情編…。男の背中には栄光と挫折が行き交います。
背番号の醍醐味はそこにこそある。ヘンなナンバーでチャチャいれないでもらいたい。
むろん違う感覚のかたも多いでしょうね。あるいはまったく無関心か。
ならば意見をさらすのも意味があるでしょう。オレはあんなのゴメンだね、と。

ま、もとよりベントナー本人には関係のないことです。
彼はあの背番号でレギュラーを、タイトルを。そして栄誉を獲得すればいいんですから。
そうなってしまえばもうお手あげ。わが戯言なんぞ誰も相手にしますまい。
さてさて、いったいどうなりますやら。今のところ筆者はアグラかいとります。



<おまけ>
とりあえずはベントナーに敬意を表しておきましょう。この曲。
…マズイ、カッコいいぞ。

posted by 由比彰紀 |12:29 | ナンバー | コメント(4) | トラックバック(0)
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