2008年10月07日
30番台は背番号界の新興勢力です。
そもそもこのあたりのナンバーはユース上がりや第3GKの定位置でしたよね。
ところがここ数年、個性的な選手たちがぞくぞくと進出してまいりまして。
その結果各クラブのレギュラークラスに、30番台が頻出するようになったのです。
四、五年前の選手一覧と比べれば、ちがいはおのずからあきらかでしょう。
30番台なんかチラホラ程度。セリエじゃ77のほうがよほど幅をきかせてました。
(例外は32番ですかね? まあこのナンバーについてはまたいずれ。)
そんななかから今回は、質・量ともに充実した33を選んでみました。
…だけど、この背番号だとリーガはかやの外だなぁ。例のルールがありますから。
ユベントスのレグロッターリエは復活組の33番です。
昨季のユーベ残留は引きとり手がなくて“しかたなく”といったフンイキでした。
それがあれよあれよという間にラニエリ監督の信頼を得てポジションを獲得。
気がついたら背番号と同じだけ、セリエAに33試合出場していました。
ユーベに移籍してからはや五年。長年のドサ回りがようやくむくわれたかっこうです。
レグロッターリエはもともと、ミラクルキエーボの一員として脚光を浴びた選手でした。
その実績をひっさげて、03-04に威風堂々ユベントスに来臨!
…ところがここでは監督マルチェロ・リッピにてんで相手にしてもらえず。
彼はすごすごとローンの旅に出たわけなのであります。
04-05冬にはボローニャへ、翌シーズンはシエナへ。
その間のはたらきが実り、06-07にはユーベに戻ることになります。…セリエBでしたが。
しかもBとはいえ腐ってもユーベはユーベ。彼のあつかいは単なる便利屋に…。
いやあ長い冬でした。ココから這いあがったからこそ、彼は成熟したのでしょう。
昨季途中には2011年まで契約延長したレグロッターリエ。いろんな人生がありますなぁ。
そんな居所を定めぬ渡り鳥のくせに、レグロッターリエの背番号にはアクがあります。
キエーボ、シエナ…彼がつけたのはどういうわけか66番!
…現所属のユベントスは巨大な背番号を認めていませんからねえ。
33は妥協の産物なのかな? キャリアをみるとそんな気がいたします。
ベルギー人のコンパニは今季からマンチェスター・Cにやってきました。
彼は若いころからビッグクラブの注目をあびた選手でしたね。今だって若いけど。
アンデルレヒト時代から、足元はやわらかくフィジカルも強靭!
…などと風評は伝わってきました。文字情報先行型という印象でしたね。
まあ今季からはプレミア、おまけに話題性たっぷりのシティですから。
いやがうえにも彼の映像を見る機会はありそうです。
さてこのコンパニ。背番号的には彼もまたエライ経歴をもっています。
というのは06-07から昨季まで、二年間在籍したドイツはハンブルクでのこと。
CBの彼は、ここでなんと10番を背負っていたのです。
…まあマテウスのいたドイツですから、伝統がいきづいてるのやもしれませんよ?
ただやっぱりねえ。DFラインに10番は見たくないのであります。
そんな彼がシティでつけたのが33番。理由は知りませんが、なぜかホッとしました。
ところが今季のコンパニは、中盤で使われる機会が多いんですよね。
うーん、そのポジションなら10番アレルギーもすくなかった…かな?
そんなコンパニがいたブンデスリーガにも、すぐれた33番が存在します。
彼の名はマリオ・ゴメス。シュツットガルトとドイツ代表のアタッカーです。
まあ彼のことはわたしがとやかく言わずとも有名でしょう。
なんせ06-07には、シュツットガルトでマイスターシャーレを獲得した男ですからね。
夏のユーロは無念だったでしょうが彼は若い。いくらでもとりかえすハズです。
今季も順調にゴールをかさねていますからね。
そのゴメスの背番号が33。これはデビューしてから今にいたるまでかわりません。
ヒヨッ子だった当時はともかくも、いまや彼はシュツットガルトの堂々たるエース。
そういう選手がつけるナンバーは、もっとほかにあるんじゃないの?
…などと思っていた矢先、シュツットガルトの大先輩のことを思いだしたのです。
ユルゲン・クリンスマンについて多く語る必要はないでしょう。
彼はシュツットガルトで脚光をあび、インテルやモナコ、スパーズなどで活躍しました。
そして彼のナンバーといえば18。これまたみなさんおなじみかと思います。
W杯でも彼は常に18番をつけていましたからね。
そんなクリンスマンが、最終キャリアとなった第二次トッテナムで背負ったのが33番。
…まあこのシーズンは途中加入でした。18が空いてなかっただけなのやもしれません。
それにしてもできすぎてるような気がするんですよねえ、すくなくともわたしには。
1+8=9であるように、3×3=9なのかなと。
ゴメスの33がその意味であるとはいいません。先輩に敬意を表するなら18でしょうし。
まあ33の方向性は見えたのかなと。近い将来33番をつける選手に注目してみますかね。
<おまけ>
今回はコレいってみましょう。
…ハイ、単なるダジャレであります。
posted by shousetsu |17:12 |
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2008年09月26日
15番はどうにも不憫なナンバーです。
以前17番ウイングとして、バレンシアのホアキンとシティのペトロフを紹介しました。
このふたりがそろってソデにしたのが、今回の背番号15なのであります。
まあこれは極端な例ですが、どうもハデな選手にお目にかかれないんですよね。
13ならミュラー! 14といえばクライフ! …なんて伝説の選手がいるというのに。
なのに15番はせいぜいフランス代表のテュラムが目立つくらいかなぁ…。
現役でも13ネスタ、14アンリはすぐうかぶでしょうが、15番はキビしかないですか?
とはいえそんな背番号を掘りおこす作業、わたしはワクワクするんですけどね。
ゼロベルトはバイエルンで15番をまとっています。
彼のバイエルン在籍は二度目ですね。そんな印象ほとんどありませんけど。
バイエルンに彼がきたのは02-03。レバークーゼンでCL準優勝した翌シーズンです。
このときの背番号は代表でもおなじみの11。当時はバリバリの左サイドでしたからね。
順調な時期を過ごした彼は05-06終了後、契約満了にともないブラジルに帰ることに。
ところがバイエルンは翌06-07、タイトルはおろかCL出場権まで逃してしまいまして。
危機感をいだいたフロントが、急遽彼をサントスから呼びもどしたワケです。
いやいや選手冥利につきますなぁ。「オマエしかいないんだ!」ってことですもんねえ。
ただし11番はすでにポドルスキーのもの。復帰後の背番号は空いていた15ということに。
うーん、やっぱりこういうイメージなんだよなぁ。気の毒な15番…。
なおちなみに…。
今季のブンデスには、シャルケにも背番号15のゼロベルトがいます。
いやもちろん全然ちがう選手ですよ? コチラはかつて柏で10番を背負った選手ですから。
まちがえないように確認しておきましょう。
ジョゼ・ロベルト・ダ・シウバ・ジュニオールは現在34歳で、バイエルンの15番。
いっぽうジョゼ・ロベルト・デ・オリベイラは27歳のMF。シャルケで15をつけてます。
ああ、ややこしい! シャルケはなんのあてつけでこんなことしたんですかね?
15番に対して失礼なことをいってきましたが、15を気にいってる選手ももちろんいます。
その代表がトルコ人ニハト。今季もビジャレアルで活躍するであろうFWですね。
ニハトといえば忘れちゃならんのがレアル・ソシエダ。02-03の大躍進したシーズンです。
コバチェビッチとあうんの呼吸をみせる15番は、ファンを魅了したものでした。
ちなみにニハトの前のR・ソシエダの15はタイフン。右サイドを駆けるトルコ人でしたね。
うーん、ソシエダの15はトルコ人に継承されるのかな? 今は知らないバスク人だけど。
さてそのニハト、今夏に開かれたユーロでは大活躍でした! …背番号8をつけて。
どうしてなんだろうなぁ。彼は02W杯でも15番を選んでいたのに。
まあ02W杯は数試合途中出場したのみ。ニハトに見せ場はありませんでした。
心機一転ということでしょうか? ならば15番にとってあまりに大きな損失で…。
いやいや15番にはバロシュがいる! ご存じチェコ代表のストライカーですね。
バロシュは04ユーロで大活躍した選手です。おお、輝いてるじゃないか15番!
とはいえ彼の15が固定されるのは代表のみ。クラブでは毎度かわります。
ポーツマスでは9。その前のリヨンでは7。05-06から一年半いたアストンビラでは10。
そしてリバプールでは5番でした。…キミもへんてこな5番だったな、そういえば。
こうしてみるとあきらかですが、04ユーロ以降彼の存在感はどんどん希薄になっています。
ビラ加入はまだしも請われてのものでしたが、その後はいずれも冬の移籍。
古巣に居場所がなくなって飛びだした。正直いってわたしにはそう映りましたね。
バロシュは今季ガラタサライに籍をおきました。背番号は15。
縁起のいい代表での背番号で、巻きかえしをはかってもらいましょう。
今季からリバプールの15番はベナユンが背負うことになりました。
昨季まで15だったクラウチがポーツマスへ移籍しましたからね。
…と、いっても納得されぬムキもあるでしょう。開幕当初わたしも疑問だらけでしたから。
昨季のベナユンは11番。なにゆえレギュラーナンバーを放棄せにゃならん?
たしかに彼は両サイド、右でも左でもプレーできる選手です。
そして右に11がいるのは…わたしはダメなんですよね。左利きならまだしも。
その観点から背番号が変更されたのなら、ベナユンはともかくわたしは歓迎なのです。
しかしリバプールがそう考えたとは、当方とても思えなかったんですよ。
というのもこのクラブ、RBのフィナンに長年3番をつけさせていたからなのです。
今季加入したLBドッセーナも2番を与えられましたしね。
そのリバプールが、ベナユンにかぎってサイドを意識した変更をさせるかなぁ…。
などと思っていたら、移籍期限ギリギリになってナゾは解けました。
エスパニョールからきっすいの左サイド、リエラが移籍してきたのです。
なるほど、彼のために11を空けたのね。そのためにベナユンを15にどけて…。
うっ! ま、またしてもこんな展開。気の毒だ。これじゃ15があんまり気の毒だ。
全世界で15番を背負う諸君! 15の地位向上のため奮闘してください!
<おまけ>
なかなかしあわせになれぬ15番にこの曲を。
人間なんてふたとおり… いやいや、そんなことはありませんよ。
なんのかんのいってこの二人、しあわせそうですしね。
posted by shousetsu |16:37 |
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2008年09月23日
28番はバルセロナにおける翼クンの背番号です。
いや“2+8”といったほうがいいですかね? 理由はいうだけヤボでしょう。
このナンバーはバルサからもお墨つきです。高橋先生はユニフォームまで献上されました。
うーん、アニメは世界に誇る日本の文化ですねえ。
とはいえ、リーガに28番をつけた主力選手がいるかというとさにあらず。
スペインのプロ契約選手は、原則25番までの背番号をつけることになってますからね。
つまり28は非プロ契約選手。カンテラあがりの若手などに限定されます。
もっとも、だからスターはいないというわけでもありません。
バルセロナのメッシは30番時代、すでにして世界の寵児でしたからね。
さてリーガで28番に縁がありそうな選手。それがファビオ・カンナバーロです。
カンナバーロのナンバーとしては17の印象のほうが強いやもしれません。
インテル時代については先に書きましたし、その前のパルマでもやはり17番でした。
あるいは5番のイメージもあるかな? 優勝した06W杯のときの背番号ですから。
現在籍をおくR・マドリーでもやはり5番を背負ってますしね。
彼が28をつけたのは、04-05から二年間所属したユベントスにおいてでした。
もっともこのときの背番号は急場しのぎともとれます。
インテルからの移籍は土壇場できまりましたし、17番にはトレゼゲがいましたから。
たまたま空いてた背番号をつけただけ。そう考えられなくもない…のですが。
ここで登場するのが彼の弟、パオロ・カンナバーロなのです。
兄ファビオがパルマにいたころ、弟パオロもパルマに在籍していました。背番号は28。
その後兄は順調にステップアップをとげますが、パオロのほうは基本パルマに留まります。
彼が故郷ナポリに帰ったのは06-07シーズン。まだナポリがセリエBにいたころです。
そしてここでもパオロは28を選択するんですね。
現在にいたるまで28番は、ナポリの屈強なストッパーとして活躍しているのであります。
どうです? カンナバーロ兄弟と28番には浅からぬ因縁がありそうでしょ?
アーセナルのコロ・トゥレは28番の出世株であります。
彼がアーセナルで活躍し始めたのは02-03ころからでしたかね。
もっとも当時はまだまだヒヨッ子。28番は無我夢中で走る選手でした。
キャンベルに怒られ、ビエラにどなられ、さらにはその後レーマンまでやってきて…。
まあそういうキャラだったのでしょう。かわいがられてるフンイキもありましたし。
必死な彼のすがたをゲラゲラ笑いながら、わたしは彼に忠犬の影を見たのです。
コロが06-07に5番をもらったとき、なんともいえぬ感慨にふけりました。
「あの小僧が、ついにそんな選手になったのか…」なあんて。
いやいや外野は無責任なものです。勝手にイメージを投影させるのですから。
そんなアーセナルの28番。今季は21歳のポルトガル人、ビショフが背負います。
さてこのビショフ、去年までいたブレーメンでは38番をつけていました。
コロは5番をもらいましたが、彼にも将来8をまとう野望があるんですかね。
リーグアンにはちょこちょことおもしろい28番がいます。
たとえばマルセイユのバリュブエナ。もうすぐ24歳の攻撃的MFですね。
彼は昨季のCLリバプール戦。アンフィールドを沈黙させていっきょに名を売りました。
もっとも今季はやや出遅れているようですが…。
あるいは王者リヨンの中盤、ジェレミー・トゥララン。
名門ナントユース出身の彼は、リヨンでもかかせない駒となっています。
ちなみにこのトゥララン。ナント時代の背番号は17番でした。
うーん、彼も17番のネタにできたのか。その場しのぎの勉強は墓穴を掘るなぁ…。
そんな28番のなかまに、去年までセセニョンという選手がおりました。
ルマンで松井選手とチームメイトでしたから、お覚えのかたも多いでしょう。
彼はベナン代表(なんてシブい肩書きでしょう!)の攻撃的MFなのであります。
このセセニョン。すくなくともわたしにとっては不思議な選手です。
なぜかわからぬが、気がついたらルマンの主力になっていた。そんな印象なんですよね。
昨季もネイションズ杯で一時離脱したにもかかわらず、30試合に出場しています。
余談ですが今季ルマンはこのセセニョンや松井、ロマリッチなど主力を6人も放出しました。
にもかかわらずここまでの成績は好調なんですよねえ。
才能が湯水のごとく出てくるというか、下からの突き上げがキビシイというか…。
さてそのセセニョンですが今季からは人気クラブ、パリSGに移籍しました。
しかもあたらしい背番号はなんと10番! おお、これはまたどえらい大出世!
あれ? 28と10? 翼クンの背番号事情とずいぶんにてますなぁ。
ひょっとしてセセニョンは、キャプテン翼に影響を受けた選手なんですかねえ。
まあ偶然なのやもしれませんが、そんな曲解をしたくなる背番号なのであります。
<おまけ>
今日はちとひねってコレいきます。
うーん、彼らのナンバーも背番号のようだなぁ…。
posted by shousetsu |16:03 |
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2008年09月19日
17という数字は不吉なんだそうです。
なんでもローマ数字の17“XVII”をならびかえると死を意味するからなんだとか。
とくにイタリアにおいていわれるのですが、まあ気にする人しない人がいるようで。
トレゼゲはいうにおよばず、ナポリの新鋭ハムシクも17番がお気にいりの選手です。
考えてみれば当然ですね。ネスタやバラックは13を好んでつけるのですから。
イタリア人でいうとカンナバーロ。彼はインテル時代17番を背負ってました。
ちなみにインテル加入当初は17があいておらず、13番をつけてましたね。
うーん、カンナバーロはあえてこういうナンバーを選びたがる人なのでしょうか?
さてその17番。以前もいいましたが、わたしはサイドアタッカーにつけてほしい番号です。
いやレギュラーナンバーみたくポジションが決まってるわけではありませんよ?
単なるわたしの好みです。おのぞみでしたらDFでもGKでもどうぞどうぞ。
もっとも当方そんなエラそうにいえる立場におりませんけど。
わたしが17番をサイドにおきたがるのは、絶品の選手たちがいるからなのです。
たとえばホアキン。ベティス時代の鮮烈な印象が目に焼きついています。
あるいはセビージャのカペル。バルサ移籍もウワサされた新進気鋭の選手ですね。
他には02W杯のデニウソンかなぁ…。途中交代で出てくる17番はじつにイヤな選手でした。
まあベティスでは16とか11をつけてましたけど。逆サイドにホアキンがいましたから。
どうです? 17番ウイングもまんざら悪くないでしょう。
今季PSVに来たペルー人も期待の17番なのですが、こやつ少々名前が刺激的でしてね。
そんなウイング17番に、今季から復帰したのがマンチェスター・Cのペトロフ。
まあこの人はみなさんおなじみですね。ブルガリアが誇る左サイドの必殺仕事人です。
彼が定評を確立したのはボルフスブルク時代。当時は21番でした。
このころのボルフスブルクに有力な17番はいません。
つまり彼が17番を意識するようになったのは、その後のことなのでしょう。
…やはり04ユーロが大きいのかな? 近年のブルガリア唯一のメジャー大会ですし。
チームにいいところはありませんでしたが、主力として彼も17番をつけ戦いましたからね。
05-06にペトロフはアトレティコに移籍します。背番号は17。
やはり04ユーロで思うところがあったのでしょう。21が埋まってたことも理由だろうけど。
ここで二年間クロスをほうりまくった彼は、07-08からシティへと移籍。
ところがシティでは孫継海(スン・ジハイ)が17番にがんばっていたんですね。
そんなわけで彼は17をあきらめ、昨季は15番をつけてプレーしました。
そして今夏の孫退団にともない、晴れて17番を手にいれたワケなのです。
いやあ長かった。みなさんペトロフの背番号のあらまし、理解していただけましたか?
ところでシティにおけるペトロフの背番号の流れなのですが…。
じつはこれ、以前にも書いたバレンシアのホアキンとまったく同じなんですよね。
仕事が同じ人は運命までにてくるのかな? ちょっと不思議な気分になります。
先ほどトレゼゲは17番といいましたが、そこは彼も不思議ふしぎのフランス人。
ジダンやアンリ同様トレゼゲも代表では違う番号をつけます。彼は20番でしたね。
では代表の17は誰なのか? 近年は固定されませんが、かつてはプティできまりでした。
これまたおなじみの選手ですね。98W杯で活躍した金髪ポニーテールのボランチです。
彼は他のフランス代表の面々とはちょいとちがってましてね。
というのは、彼はアーセナル、バルセロナ、チェルシーと常に17番をつけ続けたのです。
背番号を語る身としてはありがたい人ですねえ。代表でもクラブでも常に17。
…すみません。どなたかプティが17を好んだ理由、おしえてください。
そのフランスでは今季からリヨンに17が復活しました。つけるのは新加入のマクーンです。
マクーンが17番をつけるのはリール時代から一貫しています。特に不思議はありません。
むしろリヨンに17が復活したこと。ここにおハナシがあるのでございます。
マンチェスター・Cの23が欠番であることは以前もうしました。みなさんご存じですね。
2003年試合中に命を落としたカメルーン人、フォエを追悼してのものです。
フォエは最後のクラブとなったシティで23番をつけていたんですね。
じつはこのとき彼がかつてフランスで所属していたクラブ。ランスとリヨンもフォエのために、彼がつけていた17を欠番にしたのでした。
実際フォエのための欠番としては、17のほうがはるかに納得できましたね。
彼は94、02のW杯。そして彼が倒れた03コンフェデでも17番を背負っていたのですから。
そのリヨンに、今季からマクーンがやってきたのです。
同じカメルーン人、そしてポジションも同じ中盤(もともとはFWだったようですが)。
マクーンは先輩の背番号をいただくことになりました。
クラブから要請があったのか、彼自身が希望したのか、それはわかりません。
いずれであったにせよ、マクーンがフォエの影を背負うことは必定です。
彼がこの重責を果たせるのか、今季はそれをたのしみにしますかね。
<おまけ>
今回はこれを選んでみました。
じつはこの慣習、すきではありません。人それぞれに永久欠番がいるハズですから。
posted by shousetsu |17:29 |
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2008年08月22日
レギュラーナンバーもようやく最後になりました。
ひとまずこれで休みます。ちょうど引越しでネットに接続できなくなることだし。
二週間か、一ヶ月か…。まあそのうちもどってくるんじゃないでしょうか。
イヤなやつほど長生きする、なあんてこともいいますしね。
それでは参ります11番。このナンバー、基本的には左アウトサイドの背番号です。
とはいえ2トップにいてもさほど違和感はないでしょう。
バイエルンでは18番ですが、クローゼなんかは11がお気に入りの選手ですから。
ただし10番がFWナンバーのイングランドでは、11は左サイドに限定されます。
フランスからご執心の11番を輸入したドログバは、稀有な例外ととらえてください。
そして…エメルソン、ベロンあたりからでしょうか? 最近はボランチも11をつけますね。
11番を好んだロマーリオが退いて以降ブラジルの背番号は揺れていましたが、近年はカカが8番をつけることもあり、11番はすっかりボランチのものになりました。
(もともとブラジルの8と11は入れかわりやすいんです。ジーコも8をつけましたから。)
ゼロベルトなんか代表のポジションに引っぱられ、今やバイエルンでも中盤になってます。
今夏フィオからパレルモに行ったリベラーニも11番をつける中盤の選手ですね。
さて背番号11になかなかいい思い出がないのがミランです。
ここ数年はジラルディーノでしたが、何がたりないって彼にはゴールがたりませんでした。
その前の11番はクレスポ。彼はCL決勝でもゴールを決めましたね。
しかし負けかたの鮮烈さもあってか契約にはいたらず、チェルシーに帰ることに。
その前はリバウド。バルサでの不遇から起死回生をはかったんですけど…ね。
さらに前、01-02はモハメド・アリュウというナイジェリア人FWが11番。
…すみません。わたしは彼、顔も名前もまったく記憶にございません。
そしてその前がホセ・マリ。セビージャ出身で現在ベティスにいるスペイン人です。
ようするに最近のミランの11番は、未知数の若手も実力者も結果がでていないのです。
うーん、これは“質問状”でも紹介したチェルシーの7番にも匹敵する不幸が…。
もっともこんなジンクスはやぶられるためにあるもの。拘泥するのはおわらいぐさですね。
これからの11番が活躍すれば、だれもそんなことはいわなくなるのです。
今季ミランで11番をつけるのがボッリエッロ。ジェノアから帰還したFWです。
彼については“22”でも書きましたが、なんとか11番ののろいを解いてもらいたい!
しかしインザーギ、パト、場合によってはシェフチェンコ…。簡単な相手じゃないなぁ。
いっぽうで、ジラルディーノはフィオレンティーナに移籍しました。
彼もパルマ、ミラン、フィオと一貫して11番でとおす選手です。
03-04。アドリアーノの控えにすぎなかった男は、冬の移籍でアドリアーノが出ていくやまたたく間にエースへと成長しました。
このときの監督がプランデッリであったことはみなさんご存じでしょう。
(余談ですがちょうど同じころ、中田選手はプランデッリと折合が悪くなったようで…。)
ベタないいかたですが今季は恩師のもとにきました。さっそくゴールも決めてます。
ミランに残っていては出られなかったCLで、ひと暴れしてもらいますかね。
先ほどリベラーニについていいましたが、彼はラツィオ時代は11ではなく20番でした。
理由はかんたんです。11番にはベテランがふんぞりかえってましたから。
彼の名はシニサ・ミハイロビッチ。CBにして背番号11を好む選手でした。
とはいえ彼ももともとは中盤。リベラーニと同様レジスタだったようで。
うーん、さっきは最近といったけど…11番中盤の歴史は存外古いのかな?
さてミハイロビッチといえばフリーキック。これはみなさん異論がないかと思います。
彼の左足はあまたのゴールを生んだのですが、わけても有名なのが98-99のラツィオ時代。
古巣サンプドリアとの試合で三発のFKをおみまいした試合です。いやもうはなれわざ。
彼と並び称される左となると、ロベルト・カルロスやレコバといったところでしょうか?
わたしはイアン・ハートとロラン・ロベールがパッとうかびます。
ポジションには多少目をつぶっても、とにかく目のさめるような左!
わたしは11番にそれを求めますね。キックでもクロスでもドリブルでもとにかく左。
まあCFがつける場合はそのかぎりではありませんが…。
おっと話がそれました。ミハイロビッチにもどしましょう。
彼のもうひとつの特徴は、熱くなりやすい性格であったこともまた知られています。
00-01CLアーセナル戦での、ビエラとの一件はここではくりかえしません。
まあお互いにずいぶんわかりやすいののしりあいをしたものです。
彼らは06-07、インテルの一員として再会しました。
どうもしっくりいっていなかったようですが、そこは彼らも公人。
りっぱなおとなならだれもがつけている仮面を、二人もまた装着しています。
…サッカー選手のナマを見たいのなら、私生活をカメラで追う必要はありません。
ピッチのなかだけを見ていればいいのです。
そこには仮面をかなぐり捨てるのにじゅうぶんな熱が充満しているのですから。
そんな緊張感のあるゲームが、今季は何試合たのしめますかね。
<あとがき>
先日学生時代の友人と会う機会がありました。
彼は当所の存在を知っていたそうです。その彼いわく、
「とっつきにくいブログだねえ!」とのこと。
さすがに友人とはありがたいもので、正直です。…実際かなりこたえました。
わたしがめざしていたのは“肩ひじはらぬ娯楽読みもの”だったハズなのに…。
さらに彼がひとこと「あれじゃあコメントしづらいよねえ」
…コメントしづらい当所におつきあいくださったみなさん、ありがとうございます。
コメントをもらうのがたのしみでした。
自分のひねたコラムにどんな反応があるのか、たのしみでした。
まさかみずからそんな状況をつくりだしていたとは…。
なにがそうさせたのか、今はそれを考えています。
もっともだから休むというわけじゃありません。
環境がかわるのは事実ですから。たかだか五百メートルですけど。
情報はいちじるしく制限される。試合はロクに見られない。
そんな状況ではとても書けませんからね。かんたんなことです。
いずれにせよネットが復活したらもどってきます。たとえ「いらねえ!」といわれようが。
友人には悪いですが、ヤツにつぶされるようなタマじゃないと思ってますから。
彼にわたしをつぶす気はさらさらないのでしょうけど。
またそのうち背番号かなにか書きます。まあテキトーにあしらってやってください。
気がむいたらコメントをください。
当所に対する根源的な疑問(たとえば、存在価値あんの? とか)
あるいは「コメント欄はちょっと…」というかたがいれば以下によろしくおねがいします。
vicentegiggs@yahoo.co.jp
ネット環境がととのったらまとめて返信いたします。
それではまた。
shousetsuこと由比彰紀
posted by shousetsu |14:09 |
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2008年08月19日
さあていよいよ10番。よけいな前フリはいりませんね。
フットボール界に燦然とかがやくエースナンバーなのであります。
ペレによって地位が確立されたとか、ところによっては存外軽くあつかわれるとか。
まあいろいろいわれますが、あまりムキになるのもヤボというものでしょう。
そもそもそんな議論がわきおこること自体、10番の崇高さを示しているようなものです。
ルーニーもこの背番号をつけたいとクラブに願いでたのですからね。
思えばわたしがはじめて書いたのも、ルーニーの10番についてなのでありました。
ルーニーの例でもわかるとおり、イングランドの10番は2トップの一角です。
昨季のロビー・キーンなんかが典型的ですかね(今季は背番号7のようですが)。
ともあれ他のおおくの国ではトップ下、ゲームメイカーがつける背番号です。
ところがご存じのとおり、現行のサッカー界ではほぼ死滅状態にあるこのポジション。
パッとうかぶのはブレーメンのジエゴとボカのリケルメくらいでしょうか?
あるいはアイマール(サラゴサ→ベンフィカ)、イバガサ(マジョルカ→ビジャレアル)。
ちと位置がずれますがフォッジャ(カリアリ→ラツィオ)をあげるかたもいますかね。
いずれにせよ現在このポジションは不遇な状態におかれているのであります。
そんなわけで現在、10番のポジションは揺れています(もともとその気はありますけど)。
イングランドのようにFWにつけさせたり、サイドにおいてみたり。もしくは中盤の底。
あるいは“10番”だと思っていた選手が、いつのまにやらFWに居を移したり。
バッジョ、デルピエロ、トッティ…。イタリアには豪華な系譜がありますね。
まあこのへんのことについては、以前にも何度かお話したのでこれ以上述べません。
さてそのイタリアで、おそるべき10番への執着をみせるのがセードルフです。
今夏のロナウジーニョ移籍の際も、彼の10番に対する情熱が話題になりましたよね?
あれは今に始まったことではないんです。覚えてるかぎりならべてみましょう。
彼がデビューしたアヤックス、その後所属したサンプドリアについてわたしは知りません。
アヤックスにいたころは固定背番号制ではなかったハズですが…セードルフがどんな背番号をつけていたか、くわしいかたはぜひお知らせください。
彼は96-97にR・マドリーに移籍します。その時点ですでに10番でした。
このマドリーでCLとリーガを一つずつ獲ったあと、99-00途中にインテルへ。
ここでは当初14番をつけていました。途中加入でしたし、10番には超大物がいましたから。
この超大物おぼえてますかね? 忘れてたら、一度目を閉じて思いだしてみてください。
いかがでしょう。思いだせましたか?
翌00-01、セードルフははやくも背番号10をもらい受けました。
先輩の10番、ロベルト・バッジョがインテルからブレシアに移籍したからです。
こういう先輩に対する敬意をセードルフはもっています。ミランでもそうでしたね。
ルイコスタがいるあいだは20番に甘んじ、しかるのち待望の10番を手にしたのですから。
まあそんなわけで、今回彼が意固地になったのもゆえなきことではないのです。
背番号を語る身としては彼のこの態度、賞賛せずにはいられません。
そんなセードルフですから、代表でもすきあらば10番をねらいにいきます。
98W杯では待望の10番を獲得! その結果ベルカンプが8番をつけることになりました。
うーん、前言をひるがえすようですが…いささかやりすぎかな? ベルカンプ8番って…。
以前にもいいましたが、近年のドイツ代表は10番を選ぶのにたいそう苦労しています。
ドイツにおける10番はゲームメイカー。ピッチをしきるアクの強い攻撃的MFです。
ネッツァー、オフェラート、シュスター。代表的なのはこの人たちなんでしょうね。
それなのにもかかわらず、最近の主要大会の10番はノイビルやクラニイ…。
いずれもその時点では“ジョーカー”と称されるFW。イメージとは程遠い選手でした。
崇高なる10番を、カードゲームの切り札にしてしまった理由はなんなのでしょうか?
先ほどチラリといいましたが、“アクの強い”というのがドイツの10番の特徴です。
いやこれは一般的評価とはちがいますかね? ですがわたしの印象はそうです。
マテウスが10番を背負った。その一事ですべては理解できるのではないでしょうか?
マテウスは中盤の後方、晩年はリベロからロングフィードを送る選手でした。
その一方できわめて自我の強い、へたをすれば性格破綻者ともとられかねない人物でした。
実際彼をきらう人も多いのですが、しかしドイツは彼にこそ10番を与えたのです。
やはりエゴの強かったエッフェンベルクが代表を去って以降、10番候補としてドイツが期待をかけた選手たちがいました。リッケンやダイスラーがそうです。
しかし彼らはむなしくピッチを去りました。ケガ?性格? 理由はなんともいえません。
最近はずっとバラックがこのポジションをつとめていますが、やはりちがうのでしょうね。
バラックのナンバー、背番号13はそのことを象徴しているかのようです。
どうやら今はシュバインシュタイガーにそれを求めているようですが…はたして。
これからもドイツは彼らのゲームメイカーを探し続けるのでしょう。
その過程でツブれる若手もいるかもしれない。しかし彼らは才能を追い求めるはずです。
ドイツ人の、ドイツ人による、ドイツ人のための“10番”を得るために。
posted by shousetsu |18:05 |
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2008年08月15日
いくらかやわらいだと思っていましたが、まだまだ暑い日々は続くようで。
夏の暑い夜に合う物語といえば、やはり怪談でしょう。
というわけで、本日は恐怖のものがたりから始めることにいたします。
もっとも全人類の半分にとっては、かもしれませんが…。三田村泰助『宦官』から。
「ここで、どんな方法で去勢が行われたか…紹介してみよう。古代エジプトでは…はじめに細い強い毛糸で性器一式を結び、剃刀で結んだところから先を切りとる…。出血は灰や熱い油などで止められ、また尿道には金属製の棒が入れられる。その後…熱い砂中にうずめられ、そのまま五、六日おかれるという…死亡率は六十%におよんだと伝えられ…」
ぜ、全世界の男子諸君のためこのへんでやめておきましょう!
本日の背番号は9。9番なのであります! …ああオソロシイ。
さて9番ですが、このナンバーはなんといってもCF。点とり屋の背番号ですね。
9番に執着するあまり1+8番を創造したサモラーノに日向小次郎クン。
あまりにも人口に膾炙したエピソードなのであります。
そんなわけで9番はCF! サイドだのDFラインだのはもってのほか!
…と意気ごんでいたのですがそれも国によるのかな? そう思わせるのがスウェーデンです。
00ユーロ以降、主要大会には毎度顔をだす北欧の雄スウェーデン。
この間一貫して背番号9をつけていたのが、あのリュングベリでした。
リュングベリといえばご存じのとおり、サイドを専門に走りまくるMFです。
彼はアーセナルでは8、ウエストハムでは7でした。9に思い入れがあるとも思えません。
となると、スウェーデンは彼のポジションこそ9番の適正としていることになります。
ところで9番が使えないとすると、スウェーデンのFWは何番をつけているのでしょう?
スウェーデンのFWといえばイブラヒモビッチとラーションでしょうが、彼らは代表ではそれぞれ10、11を背負っていました(毎回ではありません、念のため)。
…ひょっとしてリュングベリを含めて3トップとみなし、例の右ならえを採用したのか?
なんとも心もとない想像ですが、いちおう補完要素はあります。
控えFWのアルベックは20番。10の二倍をおおくの大会でつけていますから。
まあスウェーデンの場合はともかくも、やっぱり背番号9はCFのものです。
ところがこの9番を軽々しくあつかうクラブがありまして。はい、チェルシーですね。
もっともそれはここ最近の傾向。かつてはエースのハッセルバインクが9番でしたから。
そのハッセルバインクが04夏に退団して以降、チェルシーの9番はエライことになります。
04-05 マテヤ・ケズマン(FW)
05-06 エルナン・クレスポ(FW)
06-07 ハリド・ブラルーズ(DF)
07-08 スティーブ・シドウェル(MF)
毎シーズン顔がかわったうえにコレです。近年はFWですらなくなってきました。
もちろんこれは彼らのエース、ドログバが11番をつけているからなのでしょう。
(ドログバの11番については、またいずれ触れるかと思います。)
まあそれにしても、せめてFWにできんのかとは思いますが…。
そんな声がとどいたのか今季の9番はディサント。アルゼンチン出身の若手FWだそうで。
さてさて、いったい彼の将来はどうなることやら。
バルセロナの背番号9はエトーのものです。
いやホント文字通り、あやうかったみずからの地位をなんとか死守しました。
バルサの新監督グアルディオラは彼を構想外にしていましたからね。
ピンチに得点で答えをだすあたり、点とり屋の矜持をみる気がします。
それにしても…監督ペップはなぜエトーの存在をきらったのでしょうか?
いやわたしだっていろいろウワサは聞いてますよ?
彼の激しい気性が災いしたとか、ロッカールームを一新したかったとか…。
宦官とは洋の東西を問わず、歴史を記録するものから忌みきらわれる存在です。
これまたリクツはわかります。成り上がりの雑用人をさげすんだとか、特異な風体が見るに耐えぬものだとか…、あるいは正真正銘タチが悪かったとか。
そのようにいわれているのですが、わたしにはイマイチ肌身の感覚でわからないんですね。
冒頭にあげた去勢の描写についても嫌悪感をもよおす人もいるいっぽうで、存外サクサク読めたかたもいたのではないでしょうか? なまなましく感じることなく淡々と。
時間と空間のギャップがあると、当然このような感覚のズレはうまれますから。
わたしにとってペップとエトーの関係も、同じようにいささか理解しかねるのです。
理由は整然と示されている。しかしどこか腑に落ちない…。
まあこれ以上外野がよけいな詮索をするのはヤボというものでしょう。
いずれにせよエトーはバルサに残りました。彼は結果でしめすだけです。
半年後、なにくわぬ顔で監督と抱擁しているやもしれませんしね。
posted by shousetsu |16:51 |
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2008年08月12日
とあるかたから、当所のキャッチコピーをいただきました(秋田のお姫さまでしたかな?)。
なんでも「男の背中を語るブログ」なんだそうで。いやあ、かっこいい!
…というより、こんなたいそうな肩書いただいていいんですかね?
うーん、今のままでははるかに名前負け。な、なんとかせねば…。
このコピーを聞いたとき、真っ先に思いうかんだCMがありました。
ご存じのかたも多いでしょう。1994年にオンエアされたサントリーオールドのCMです。
「課長の背中見るの、好きなんです。…しばらく見てていいですか?」
このセリフにだまされた男は数億人を下るまい! 現に当時ガキのわたしがやられてます。
むろんこれを言われるには、それなりの条件があるのでしょう。
せなににじむは哀愁か。そんなかっこいいオヤジ、まわりを見わたしてもおりませんなぁ。
課長の背中には何がきざまれていたのでしょう? 今日の背中は8番です。
8番といえば中盤ですね。ボランチ、センターハーフ、呼びかたはなんでもいいですが。
このポジションゆえか華麗なる7番に比べ、名手・職人といったタイプが多いですかね?
ジェラード、ランパード、ガットゥーゾ…もっとシブくいえばバラハにエルンスト。
もちろん彼らとてスターなのでしょうが、より質実剛健といったおもむきがあります。
ピッチの中央で朴訥に仕事をこなす男。わたしの背番号8はそんなイメージですね。
さて剛健ではあったものの、どうにも違和感のある8番がフランス代表のデサイーでした。
04ユーロを最後に引退するまで、彼が代表の主要大会でつけた背番号はいつも8番。
うーん、屈強きわまりないCBのつける背番号じゃないんだよなぁ…。
もっとも理由ははっきりしてます。デサイーはもともと中盤の選手でした。
そしてその中盤をやってたミラン時代の8番を、そのまま代表に持ちこんだんですね。
後年CBに転身したあとも、代表では背番号8を継続したワケです。
ちなみにそのさい中盤にはデシャンがいました。彼はいつも7番。これまた似合わない…。
あいかわらずやってくれますフランス代表。不思議な背番号の宝庫という所以です。
ブレーメンのRB、クレメンス・フリッツも謎の8番です。
RBが8番とはねえ。まあ彼はFWから順々にポジションを下げた選手ではあるのですが。
別にとくに8番がすきなのだとも思えません。前所属のレバークーゼンでは17番でした。
レギュラーナンバーならなんでもよかったのかなぁ。08ユーロでもなぜか4番だったし。
ん、8と4? ひょっとしてアルゼンチン好きかな。ならばともかくもすじは通るけど。
「背番号よもやまばなし」にも書いたとおり、アルゼンチンの8番は基本ボランチです。
しかし最近のアルゼンチン代表は3バック1ボランチを採用してるんですね。
この場合CBは6・2・4。左のハーフに3番がまわることに。
そして右サイドには8番が出てくるワケです(コリバノフさん、どうも)。
インテルではアルゼンチンのRBナンバー4番をつけてるサネッティが、02W杯では背番号8だったのもそのためでしょうね。
07-08でいえばエスパニョールのサバレタ。彼も同様の理由で8番なのでしょう。
ですからフリッツがアルゼンチンびいきなら、この例にあてはめることができるワケです。
…で、実際のところどうなんでしょうね? たぶん違うと思いますけど。
さてたまには現役の大物に登場ねがいますか。もはやリヨンの象徴、ジュニーニョです。
…とはいえやはり彼も8番ですね。華麗な技術を誇る選手なのにどこかシブみがあります。
そもそも彼は“ジュニーニョ”と呼ばれることにすら紆余曲折がありました。
いつもしっぽに“ペルナンブカーノ”がくっついてましたから。
彼ジュニーニョ・ペルナンブカーノがリヨンにやってきた01年ころ、“ジュニーニョ”といえばなんといってもジュニーニョ・パウリスタのほうでした。
小柄で華奢なからだがくりだすドリブル。くったくのない笑顔。
おおげさではなく、ジュニーニョはだれからも愛される存在だったと思います。
そんな彼が“パウリスタ”をつけられるようになったのは、無論ペルナンが登場したから。
しかしまだまだ趨勢は先輩ジュニーニョに有利でしたね。
しっぽなしで呼ばれるのはいつもパウリスタのほう。
彼はといえばペルナンブカーノをつけられるか、“リヨンの”なる枕詞が必要でした。
わたしももちろんそうです。それどころか見当違いなうらみまでいだいてましたから。
だいすきなジュニーニョにへんなしっぽを生やさせた新参者として。
彼のその後はご存じのとおり。ブレ球FKを武器に世界的地位を確立させました。
いまや“ジュニーニョ”といえばまず彼のことをさします(川崎の天才FWをのぞけば)。
ヨーロッパでのキャリアも先輩のそれを完全に上回りましたからね。
それでいてどこか影がさすのは彼の性格なのか、リヨンにいるからなのか…。
あるいは代表でのキャリアが不遇だったからでしょうか?
彼にとって最後となった06W杯。19番を背負っていたのは偶然ではないでしょう。
やはり代表では不遇だった先輩ジュニーニョが、02W杯でつけていた背番号なのですから。
ジュニーニョはまたもリヨンでCLに挑みます。…そしておそらく今季もむくわれません。
こういうかなしみをおびた男の背中は、しばらく見ていたくなるのやもしれませんね。
<おまけ>
なつかしのサントリーオールドのCMへはこちらから。
別バージョンですが田中裕子さん、かわいいですねえ。
posted by shousetsu |16:18 |
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2008年08月08日
七福神に七草がゆ。学校の怪現象はむかしから七不思議。
7はどういうわけか、各方面から好んで用いられる数字です。
これは日本にかぎった話じゃありませんね。『新約聖書』をみてみましょう。
「黙示録」は七つの教会にあてられたものでしたよね?
もっとも、「黙示録」はいわくありげな数字のオンパレードではあるのですが…。
サッカー界における7番は右アウトサイドの選手をさします。
詳しくは左記「背番号よもやまばなし」を…と、ありゃ?そろそろ表示が消えそうですね。
まあいいか。もともと攻撃の選手はポジションが不明瞭になりがちですから。
アルゼンチンの7番はむしろ小柄なFWですし、その他の国でも攻撃にかんでさえいれば、7番のポジションに違和感をもつ人はすくないのではないでしょうか。
(そういう意味では7番失格だなぁ。ラツィオのロゼフナルは。)
むしろ背番号7に求められるのはキャラクター。これがわたしの考えです。
だれにでもすごさがわかるあざやかなプレー。万人をひきつけるスター性。
はじめての人をぐっとひきつける魅力こそ、わたしは7番に必要だと思いますね。
まあこのモノサシでいえば、C・ロナウドなんかは百点満点でしょう。
とはいうものの、7番に対する価値観は国によりクラブによりマチマチでありまして。
あるところではクラブの象徴! またあるところではあつかいに困る余剰番号…。
実際こんなにも存在意義が乱高下する背番号もないのではないかと思います。
おおむねイタリアやドイツでは冷遇されてますかね(ショルやメラーはいますが)。
イタリア代表なんか02W杯以降、ていよくデルピエロに押しつけたようなフンイキですし。
まるで10番候補の補欠あつかいなのであります。
さて同じく押しつけられた感のある背番号7がローマのチリ人、ダビ・ピサロです。
もっとも彼は10番タイプではなく中盤の選手ですけど。
ウディネーゼで24番をつけていた彼は、やがてレギュラーと背番号8を獲得。
05-06に所属したインテルでもやはり8番でした。
ところがその翌年移籍したローマでは、8番はユースあがりのアクイラーニのもの。
ピサロにはたらいまわしの7番があてがわれたワケです。
“たらいまわし”とはあんまりだ!と怒るむきもありますかね。もっともです。
ではピサロの前任者たち、ローマの7番を順にみてみましょうか。
彼がローマにくる前、05-06の7番はエドガー・アルバレスというホンジュラス人でした。
03-04から04-05はルイジ・サルトル。フランスの哲学者みたいですがイタリア人です。
その前はディエゴ・フゼール。さらにその前はディフランチェスコ…。
いかがでしょう、彼らの顔をみんな思いだせましたか? わたしはちとキビしいですね。
ようするにこれまでローマの背番号7は、ベンチが指定席になっていたワケでして。
彼らにくらべればピサロはキャラがたっています。なによりレギュラーですし。
今後ローマの7番は中盤のちらし役がつけることになりますかね?
伝統とか慣習って、存外そんなことで生まれるものでしょうから。
背番号7にはすくなからずRBの選手がいます。
ブレーメン、スパーズと一貫して7番のスタルテリ。ブラックバーンのエマートン。
あるいはジェノアのロッシなんかも近いですかね(3バックの右サイドですけど)。
おおむね攻撃型のRBに多いようです。あるいはポジションを下げた選手なんかかな?
SBが“両翼”を担当するリーガでは、そんな7番らしいRBがごろごろしてます。
右サイドを駆けあがるだけでなく、ドリブルでつっかけていくのですから。
そんなノーガードRBのなかでも目立つのが、マジョルカのフェルナンド・バレラ。
…といってもわかりませんかね? 数年前までベティスにいたあの7番です。
彼の名を一躍有名にしたのが、02-03のバルセロナとの試合。
当時のベティスの中盤はじつに豪華な顔ぶれでした。
両翼にはホアキンとデニウソンがいて、彼らを正確無比なパスであやつるのがアスンソン。
そして監督はご存じビクトル・フェルナンデス。まあメンツがそろったというところです。
この濃い面々の背後に、背番号7のRBバレラはいました。
そして彼はこの試合でとんでもないプレーを披露することに。
ハーフウェーでボールを受けた彼はそのまま前進。中にいるホアキンを尻目に突破を敢行したバレラは左へと舵を切りペナルティエリアを横断、ゴールを決めてしまったのです。
いや、すばらしいゴールでした! …ですが当時からいわれてましたね。
「フェルナンド・バレラ、選手生活最高のプレーになるだろう」と。
…まあいまだにわたしが取りあげるくらいですから。今のトコロ、当たっているようです。
バレラももうすぐ29歳。今季はコレを忘れてしまうようなプレーが見たいなぁ。
それにしても…。
ラウルもフィーゴもビジャも、ロナウドもシェフチェンコもほったらかしですね。
マイナー志向もほどほどにせんとなぁ。だいすきなクラウディオ・ロペスも紹介できず…。
まあそれだけ心にのこる選手が多いということでカンベンしてください。
みなさんの心の7番はだれですか?
<おまけ>
文中でいったバレラのスーパープレーについては}">こちら%color(red){をどうぞ。
うーん、たかがリンクをはるだけのことに三日もかかってしまった…。
posted by shousetsu |15:44 |
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2008年08月01日
今回のタイトルを見て「おや?」と思われたかた、毎度のご拝読ありがとうございます。
そうなんです。順調にレギュラーナンバーを上ってきましたが、今回はちとひねりました。
ものごとが順調にはこぶのにはどうにも耐えられない性格でして。ナンギです。
けっして背番号7のネタにつまったわけではありません!
まあ以前「質問状」でいったとおり、7番は絶好のネタがとんではいるのですが…。
そんなわけで今回は24番。わたしにはこの背番号、忘れられない選手がいます。
かつてミランにいたアルゼンチン人MF、アンドレス・グリエルミンピエトロがそれ。
もっとも、だれもこの名じゃ呼んでませんでした。
あんまり長かったからでしょう。通称“グーリー”でとおってましたね。
当の本人は背中には本名を入れてほしかったようなのですが、やはり長すぎて断念。
まるで落語の「寿限無」だなぁ…と、今もなつかしく思いだすのです。
「寿限無」は縁起ことばのはなしですが、バルサにとって縁起がいいのは24でしょう。
プジョルにイニエスタ。カンテラ出身のふたりがつけていた背番号なのですから。
プジョルの24番が光ったのは、なんといっても2000年のエル・クラシコ。
はじめてフィーゴをカンプノウに“迎えた”あの試合です。
もうブーイングよりなにより、とにかく殺気みなぎった空気のなかフィーゴを完封。
24番はバルセロナファンの心をがっちりつかんだのでありました。
そしてイニエスタ。もうね、わたしがアレコレいわなくてもね。
あれだけポジションをたらいまわしにされながら器用貧乏にならないとは。
カンテラの若手には生きたお手本でしょう。もとより才能があってのことですけど。
そんなバルセロナの24番。07-08につけたのはカンテラーノではなくトゥレでした。
正直意外でしたね。わたしはドス・サントスがつけるものと思ってましたから。
カンテラのエースだったメキシコ人は、出場機会を求めて移籍することになりました。
行き先はプレミアリーグ。トッテナムです。
…もし彼が24番をもらっていたら、今ごろどうなってたのかな?
フィールドプレイヤーのドンジリ24。デビューほやほやの若手にお似合いなんだけどなぁ。
ブレーメンの24番はティム・ボロウスキです。
彼もユース、アマチュアと順調に駆けあがってきたブレーメンはえぬきの選手ですね。
バラックとスタイルが似るともいわれるボロウスキですが、あこがれの選手は“あの”エッフェンベルクなんだとか。
…まあやらないとは思いますが念のため。やめときましょう、中指たてるのをマネるのは。
現在28歳の彼がこの背番号というのは、やはりデビュー時をだいじにしてるんでしょう。
ついでにいうと代表では24が使えず、18番で固定されているもようです。
なるべく背番号を変えまいとする選手。そういう選手もまたわたしはすきですね。
そのボロウスキもバイエルンへの移籍が決まっています。
彼の場合は出場機会うんぬんではなく、ステータスアップのための移籍でしょう。
ブレーメンは永遠の中堅なのかなぁ…。さびしいですが本人が決めたこと。しかたありません。
新天地バイエルンで背負うのもやはり24番なんだそうで。
サンタクルス以来の背番号24ですが、さてさてポジションはとれますかな?
マンチェスター・Uのスコットランド人、ダレン・フレッチャーも24番であります。
彼の背番号をめぐっては有名なエピソードがありまして。みなさんご存じでしょう。
ベッカムがR・マドリーに移籍したとき、残された7番を彼に託そうという話がでました。
まあ結局のところそうはならずに、例のポルトガル人がつけることになったのですが…。
(別にロナウドが出しゃばったわけじゃありません。彼の希望は28番でしたから。)
あのときフレッチャーが7をもらっていたら…。よくも悪くも想像がふくらみます。
まあそういうわけで、今日もけなげにバックアッパーをつとめるフレッチャー。
そんな彼のもとにメッセージがとどきました。今季からバルサにもどったピケからです。
「ユナイテッドはメンツがそろいすぎている。キミなら他のビッグクラブでもやれるよ!」
ピケのいいたいことは明瞭です。選手は試合に出てナンボ、ということですね。
さあこれを受けてフレッチャーは何を思うのでしょうか?
『史記』列伝巻二十四は屈原の伝です。
屈原とは楚の重臣ですが晩年王にうとまれ、ついには身投げして果てた人です。
いや今のユナイテッドが戦国の楚といっしょだというのではありませんよ?
選手にとっては身をけずる決断なんだろうなぁ…と。ただそれだけです。
かりにその後がどうなろうと、それはそのとき男が判断した結果なのです。
ドス・サントス。ボロウスキ。フレッチャー。
われわれ外野は、彼らの決断を見まもることしかできないのですから。
ビートルズがおしえてくれた
ビートルズがおしえてくれた
ビートルズが
posted by shousetsu |04:03 |
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