2009年06月30日

1954 スイス

はじめて背番号が採用されたW杯は、1950年のブラジル大会である!

…なんて断言してみたかったんですけどね。いまだ確信はもてておりません。
これがFA杯なら文言があります。1933年の決勝、エバートン対シティ戦が最初であると。
決勝の映像ものこってるし、なんなら背番号のない準決勝の絵もあります。
なのにW杯のそれが見つけられない…。ハイ、そうです。筆者の調べかたがヘタなんです。
とりあえず状況証拠はおさえました。あとは煮るなり焼くなりさあどうぞ!

FIFAの記録からは1954年のスイス大会。ここまでさかのぼることができます。
その前は50年ブラジルですが、この大会はとくに問題ありません。
決勝のもようを見ればあきらかです。両チームの背中には数字が確認できますね。
しかしさらに前の三大会。30年34年38年となるとどうでしょう?
映像が不明瞭なのでなんですが、わが目には背番号があるように見えません。
うーん、わからん…。このあたりの事情はいったいどうなっていたのでしょうか?

ココで登場するのがさきほど触れたFA杯の事例です。コチラの映像をどうぞ。
なるほど決勝は両軍数字入りのシャツですね。ちなみに準決勝は背番号がありません。
そして37年のスコットランド戦が、イングランド代表初の背番号試合であったと。
先にあげたサイトにはそうありました。まあこちらは映像未確認なのですが。
となると…やはり30年代の三大会に背番号は存在しなかったのかな?

この仮定を補強する例をもうひとつ。それが1945年11月のディナモ・モスクワです。
大戦の余燼さめやらぬこの時期に、なぜかこのソ連チームは英国遠征を敢行しました。
その彼らディナモ・モスクワは、背番号入りシャツの着用を拒否したそうです。
(宇都宮徹壱『ディナモ・フットボール』 p6、10参照)
そのもようがコチラ。レンジャーズの面々も相手に合わせたのか、背番号はつけてません。
どうも当時のソ連には、背番号なる習慣がまだ根づいていなかったようですね。
まあソ連より早く普及した国は多いでしょうが、38年の段階ではやはり難しいでしょう。
というワケで以上の状況証拠から、1950年を最初と推定しておきます。
…もっとかんたんにわかることなんだろうなぁ。文献を見つけたらおしえてください。

いずれにせよデータは54年からしかありません。
この1954年。いったいどういう大会だったのでしょうか?
参考になりますか、当時の朝日新聞に記事がありました。全文紹介しておきましょう。

世界サッカー選手権【ベルン(スイス)十七日発=AP】
世界サッカー選手権二日目は十七日当地その他で一回戦四試合を挙行、遠来の韓国は優勝候補のハンガリーに9-0で惨敗した。

ま、みなさん想像はついたかと思います。しごくかんたんな記事ですね。
とはいえ史学科出身のさがとでもいいましょうか、わたしには刺激がありました。
まず“ワールドカップ”なるコトバが見あたらないこと。
通称は“世界サッカー”だったようですね。“世界水泳”や“世界陸上”みたいに。
そして開幕戦の記事がないこと。いや、ないこと自体は意外でもなんでもないんですけど。
だけど不思議じゃありませんか? 開幕を無視して二日目だけ記事にするなんて!
…もっとも紙面を見てみれば、だいたい理由は察せられますけどね。
興味のあるかたは一度ご覧になってください。キーワードは早慶サッカーナイターです。

結局のところ(筆者の個人的興味以外)収穫はありませんでした。
…とはいえ、それはそれでいくらか安心できます。五十数年も昔のハナシともなると。
テレビ放送なんぞありゃしないこの大会、生で観戦したスポナビ読者はまずおりますまい。
ならばすき勝手な解釈をしたところでコワいものはなし!
…そもそもこの年(昭和29年)生まれている当所の閲覧者が、はたして存在するのやら。

そこでこの54年に出場した16チームの、初戦のメンバーを調べてみることにしました。
一瞥してあきらかなのは、11番までという枠の存在です。
ブラジルにイングランド、そしてトルコはもののみごとに1番から11番!
そのほかも16チーム中11チームが、控えナンバーは2名までにおさえられてますね。
まあこの記録が信頼できるかはアヤしいのですが、今回はスルーしておきましょう。

さて優勝候補筆頭のハンガリーは韓国との初戦に、控えナンバーを三人も送っています。
これは意外でした。…ですがよく見ればつぎの西ドイツ戦はキレイに1番から11番。
なるほど、おそらくコチラがベストメンバーなんでしょうね。
これに比すると西ドイツは、主力におおきな背番号が目だちます。
右ウイングのラーンは12番。主将のフリッツ・バルターは16番。
バルターの弟オットマールは15で、チーム得点王のモーロックは13番。
ふーん、これはなにか法則がありますね。まあ今のトコロはおいておきましょう。

そしてとりわけ不思議なのが開催国スイスです。初戦メンバーは以下のとおり。

Switzerland  Line-up 
[2] Eugene PARLIER (GK) 
[4] Roger BOCQUET 
[7] Andre NEURY 
[9] Charles CASALI 
[10] Oliver EGGIMANN 
[14] Willy KERNEN 
[16] Robert BALLAMAN 
[17] Jacques FATTON 
[18] Sepp HUEGI 
[20] Eugen MEIER 
[22] Roger VONLANTHEN 

てっぺんにおかしな背番号がいますよね?
おそらくはコレこそが、マルディーニ7番の源流なんです。



<おまけ>
梅雨空にはこんな歌。そんな気分です。

posted by 由比彰紀 |16:04 | 何番? | コメント(6) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

トラックバックURL
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/shousetsu/tb_ping/86
この記事に対するコメント一覧
(事務局では、サービス全体の雰囲気醸成の為、全コメントをフィルター/目視チェックし、削除等しております。見逃し等も有りますので、ご不快な思いをされた場合は、事務局宛 support@plus-blog.sportsnavi.com にご意見頂けると幸いです。)
1954 スイス

コメント投稿者ID :

スイス・ワールドカップはテレビ放映されていないかもしれませんね。

その昔、あくまでも試験放送みたいなものだとはいえ、ナチスの威信をかけたベルリン・オリンピックはテレビに映ったと伝わります。リーフェンシュタールは名高い記録映画を撮りました。
もしかすると、隣国スイスでも、テレビが発達しかけていたりはしなかったでしょうか。

長くて恐縮ですが、以前bkmaxさんのブログにコメントした、ウィリー・マイスルの実地観戦想像日程例を引用します。
マイスルは、ほとんどの主要ゲームを観戦したかのようですが、日程からして、実地に見ることは無理。映像を見ていたのではないかと考えました。

16日 ユーゴ—仏 ロ
17日 英—ベルギー バ
19日 ウルグアイ—スコットランド バ
20日 英—スイス ベ
23日 西独—トルコ チュ
26日 ウルグアイ—英 バ
27日 ハンガリー—ブラジル ベ
30日 ハンガリー—ウルグアイ ロ
3日 墺—ウルグアイ チュ
4日 ハンガリー—西独 ベ

開幕日が一番疑問。【ユーゴを見たかという意味】
リーグ戦最高のカードはおそらく19日のブラジル対ユーゴ。しかしボルヘスの記述から、ウルグアイ対スコットランドに行ったのか、と。【後述】
すると初日も墺×蘇?
ではユーゴを見てないのか、それとも27日の対西独の敗戦で?
後者だとベルンの戦争がテレビ。ブラジル戦に一度も行ってないことに。

以上。

意味不明ですね。こんな想像をする前提に、マイスルが書いた、チームや選手の評価があります。間接的なんで、それ自体があやふやではありますが、まず、マイスルの大会ベスト11二種。チャイコフスキーを見たはず?

A.
 ゾルタン・チボール ナンドル・ヒデクチ  ジュリーニョ

   ファン・スキァフィーノ   フリッツ・ヴァルター

    V. R. アンドラーデ  ズラトコ・チャイコフスキー

 アンドレ・ノイリー  ビリー・ライト ジャウマ・サントス

            ギュラ・グロシチ

B.
  シェーファー  エルンスト・シュトヤスパル  マシューズ

     サンドル・コチシュ  フェレンツ・プシュカシュ

    エルンスト・オクビルク   ヨゼフ・ボジク

    なし   ギュラ・ローラーント ミハリ・ラントシュ

           ユージン・パルリエ

「一番は、すでに一度ワールドカップにおいて、すべての選手を覆い隠してしまった名前を背負う者。そのアンドラーデが、完全なフットボーラー、真の黒いダイヤモンドである。技術的に無欠で、頭のてっぺんからつま先まで競技者、スポーツマンであり、戦術的にはサッカー場の司令官だ。彼は、パスをするのもボールを奪うのも、破壊にも組み立てにも、同じように完璧なのだ」

以上。

サッカー・レボリューションではどうかというと。

「格のあるキーパーは『第三のバック』である。今のやり方なら『第四のバック』である」とし、グロシチは少なくともペナルティエリアを支配し、守備者に指示をする選手で、ライン・キーパーではなく、飛び出し、インターセプトをする選手だと書いてます。
いいGKが複数いたようですが、スイスのパルリエには触れてません。グロシチの他はトニ・トゥレク(西独)、セレン・チュルガイ(土)、ブラディミル・ベアラ(ユーゴ)、カルロス・カスティーリョ(伯)。

ディフェンダーはサントス、ノイリーと、ホセ・サンタマリア(ウルグアイ)がベスト、ヴェルナー・リープリヒ(西独)、ライトも頂点に値するとしてます。

ウィングハーフはアンドラーデ以下四名の他、それに近い完璧さなのがオブドゥリオ・バレーラ(ウルグアイ)。

右ウィング、No.1のジュリーニョの下が、マシューズ、フリオ・アバディエ(ウルグアイ)、ヘルムート・ラーン(西独)、左はNo.1がチボールで、ハンス・シェーファーが近接、カルロス・ボルヘス(ウルグアイ)は、スコットランド戦でのパフォーマンスのみ傑出。

コチシュとスキァフィーノは、もしF.ヴァルターをCFだとするならば最高のインナー。ヴァルターがインナーならばCFはヒデクチ。
プスカシュがけがで、その鋭気を充分に発揮する機会がなかったのに比し、34歳のF.ヴァルターは筋肉よりも頭脳なのだと再び証明してみせた、ベルギーのアンリ・コッペン、ジョセフ・メルマンに言及するのもいいだろう、とのこと。
シュトヤスパル、ローラント、ラントシュのことは書いてません。

以上。

さらに、全16チームの格付け関係も引用。

1.ハンガリー、西ドイツ、ウルグアイ、ブラジル
2.オーストリア、ユーゴスラビア
3.イングランド、スイス
4.ベルギー、スコットランド、イタリア、メキシコ
5.フランス、トルコ、チェコスロバキア
6.韓国

「このうち4以下で見たのは、白、蘇、仏、土がせいぜいで、あとは録画放送だったのではと思います。ユーゴスラビアも、実物を見たのだろうかと疑問を感じます」

以上。

すべてのチームを見ることができたかのようです。テレビ放送か、それがなくても即座の映画公開くらいはあったはずでは、と…

posted by コリバノフ | 2009-07-01 00:06

1954 スイス

コメント投稿者ID :

考えてみれば、なんで背番号がいるのかな、と。

例えば6人制バレーボールなら、ポジションがあるので、背番号がないと反則を取るのに苦労しますね。

でも、サッカーにポジションはあってなきがごときですし、オフサイドは背番号には関係ありませんね。では、背番号がないと、どうしても困ることはなんでしょう?

一つは、選手交代があれば、背番号がないと困るかもしれませんが、公式ルールで怪我をした選手の交代が認められるようになったのは、1968~69年かららしいので、1950年と言えば、ずっと前ですね。

もう一つは、イエローカードが2枚でレッドカード、というルールがあれば、誰に出したかをはっきりさせるために背番号が必要かもしれませんが、これも公式ルールでこのシステムが導入されたのは1970年のワールドカップ・メキシコ大会決勝からだそうですので、これも当てはまらないような気がします。

・・・はて?

posted by どんず | 2009-07-01 08:22

1954 スイス

コメント投稿者ID :

コメントありがとうございます

>コリバノフさん
あ、ヨーロッパでのテレビ中継はあったのやもしれません。
…とはいえはたしてスポナビ閲覧者にいますかね? 往時を識別した日本語話者が。
かりに存在したとしても、当所ののらくら文を読んでるかたは…いないでしょう(笑)

そして即座の映画公開というのは、ディナモの遠征がまさにその例でして。
英国での好成績をおさめたフィルムは、すぐさまモスクワへと送られたのだとか。
クレムリンによる国威発揚の一貫と見ていますね。宇都宮徹壱さんは。

もっとも当時の西ドイツでは、テレビは庶民の身にあまる高級品だったそうで。
(ウルリッヒ・ヘッセ・リヒテンベルガー著 秋吉香代子訳『ブンデスリーガ』198p)
西ドイツに街頭テレビはなかったのか、メディアの主役はラジオだったみたいですね。
http://www.youtube.com/watch?v=zYUDSab0Rgw&feature=related

この音源がどうやら往時のラジオ実況ですね。映像は別につけたのでしょう。
実況ヘルベルト・ツィンマーマンの名は『ブンデスリーガ』に幾度か登場しました。
どうもコレはドイツにおいてあまりにも有名らしく、一般にCD販売されてるようです。

54年時の分析記録どうもありがとうございます。これはなんと興味深い!
日本語ではなかなか見あたらなかったんです。当方よその言語がニガテでして(笑)
同格にされてはいますが、南米の両雄ではウルグアイを上にしている印象をもちました。
そしてマジック・マジャール。やはり前線では唯一7番が評価されていない。
伝説のハンガリーは右ウイングのみ不定ですね。53年はブダイが出ていましたし。

http://www.youtube.com/watch?v=tXruEfzlRH4
そんなハンガリーとウルグアイのと準決勝を見つけました。
まあ40分、三分の一ほどのダイジェストですが…よかったらどうぞ。

>どんずさん
やはり選手の区別がいちばんの目的でしょう。
本文にあげたFA杯の決勝はエバートンが1から11、シティが12から22だったようです。
このナンバリングはあきらかに選手の識別を理由としているととれますから。

そしてカードは存在しなくとも、選手の退場はやはりありました。
http://www.fifa.com/worldcup/archive/edition=9/results/matches/match=1248/report.html

これは54年のハンガリー対ブラジル戦の記録です。
このゲームは“ベルンの戦争”と称されるほど激しい一戦だったそうですが、実際合計3名の退場者(ブラジル2 ハンガリー1)を出しています。
Sent Offのところに該当者が記録されてますね。
70年にカードが導入された理由は、カラーテレビ普及への対策だったようで。
メディア対応を本格化させたアベランジェらしいエピソードだなぁ(笑)

…とはいえ、退場ルールがいつできたのか。それはわたしも知りません。
英語にお強いどんずさんに、ぜひともおしえていただきたいです(笑)
わたしはよその言語がダメなんですよ。日本語と福井弁のバイリンガルではありますが。

posted by 由比彰紀 | 2009-07-02 12:56

1954 スイス

コメント投稿者ID :

ドイツの13番の系譜は、モーロックからきているのでしょうか。
それともあっちの国では、13とは攻撃的な数字なのでしょうか。
えーと、調べずに質問してしまっていますが、
自分でのんびり調べてみたいと思います。

背番号は、扱う言語が違っても
識別に役立つからじゃないですかね?
それにどこかの言語を採用すれば、
採用して欲しいと思っている国からはクレームでそうですし。
ローマ数字だと読みづらいですからね、遠いと尚更。

最近、日本語も不得意になってきて、困ってます。
でも、英語の勉強もしなきゃ。

posted by がー | 2009-07-02 17:47

1954 スイス

コメント投稿者ID :

タイトル、
「1Q54」
ってすれば、いま話題のベストセラーみたいだったのに(笑)。

それはともかく、約1ヶ月ぶりの更新でこうくるか!って感じです。
もちろん、いい意味で。

やー、非常に興味深く拝読させていただきました。

1950年以前のワールドカップに背番号があるのかどうか、とてもそそられるテーマです。
すぐにでも図書館で文献あさりをしたいところですが、当方現在自身のブログの更新もままならない状態…σ(^_^;)


だけど、今後欧州サッカー史のような文献にあたるときは、つねに心の片隅にとめておくことにします。

posted by よーかい | 2009-07-03 20:18

1954 スイス

コメント投稿者ID :

まずは訂正から

>どんずさん
すみません。アベランジェのFIFA会長就任は1974年でした。
70年当時はまだイギリスのラウスですね。
うーん、またウソを書いてしまった(笑)

>がーさん
この54年のメンバーは、ドイツにおいてあまりに有名なようです。
ですからゲルト・ミュラーがモーロックにあやかった可能性はあるやもしれません。
…もちろんウーベ・ゼーラーが9番だったことが、おおきな理由なんでしょうけど(笑)

数字は国境を越える、ですか。ローマのそれはともかくも。
そうか。だから異言語に歯がたたないオレが手を出すんだ(笑)
それにしても英語…近々かの国へいかれるんですかね?

>よーかいさん
村上春樹さんは読みません。新作がでたことも知りませんでしたから。
その後ムカデ後遺症に病んでませんか(笑)

わたしは背番号を気にしているうちに、別の気がかりを発見しちゃいました。
しばらくは話がフラフラしそうです。

posted by 由比彰紀 | 2009-07-06 05:12

コメントする

「他サービスID/メールアドレス」で投稿する場合は、そのID/メールアドレスは表示されず、当サービス専用の固定のコメント投稿者ID「英数+連番」に変換され表示します。

※コメント投稿手順
(1)上記リストから希望のIDを選択する。
  例: Yahoo! JAPAN IDでコメント投稿
(2)Yahoo! JAPAN上の本人確認画面でIDとパスワードを入力する。
(3)スポーツナビ+blog側のコメント入力画面が表示される。
(4)コメント本文を記入し、投稿ボタンをクリックする。
(5)コメント投稿者IDとコメントが表示される。

詳しくは以下2ページをご覧下さい
【仕様変更】PCからのコメント投稿について
ブログ利用マニュアル「コメント投稿方法」

※コメント投稿手順
(1)上記リストからログイン/メールアドレスのどちらかを選択する。
  例: ログインしてコメント投稿
(2)plus-blogのアカウントとパスワード/メールアドレスを入力する。
(3)コメント入力画面が表示される。
(4)コメント本文を記入し、投稿ボタンをクリックする。
(5)コメント投稿者IDとコメントが表示される。

詳しくは以下2ページをご覧下さい
【仕様変更】PCからのコメント投稿について
ブログ利用マニュアル「コメント投稿方法」