2008年10月31日

『ナポリのマラドーナ』 第四章

サネッティ、マスチェラーノ、ロマニョーリ…。
アルゼンチン人の名前には、イタリア語を思わせるものがあります。
サネッティは同姓のイタリア人がいるし、マスチェラーノやロマニョーリもイタリア語風。
あるいはエインセなんてのはドイツ語っぽいですかね?
彼らが直接ヨーロッパの血をひいているのか。さあそれは当方知りません。
第四章のタイトルは「アルゼンチンのイタリア移民」。移民にまつわるおはなしです。

「十九世紀はヨーロッパ移民の時代であった。」北村さんはそう語り始めます。
ナポレオン戦争以後の百年間、米大陸やオセアニアへの移民総数はざっと五千万人。
そのなかにあって、イタリア移民が目立つようになるのは統一以後なのだとか。
してみると19世紀後半から20世紀初頭にかけて。
どうもイタリア人はヨーロッパ移民史の後期に多く活動したみたいですね。

移民が増えた要因は、人口増加と農業不況にあったようです。つまりは一時的な出かせぎ。
もちろん結果的に居つくことになった人も多かったでしょうけど。
というわけでイタリア人のだれもがみんな、遠い米大陸へ行ったのでもないようで。
彼らが向かった先は、多い順にアメリカ、フランス、アルゼンチン。
おもしろいことにアメリカへは南出身者、フランスへは北のそれときれいにわかれるそうです。
ところがアルゼンチンの場合、南北それぞれの出身者がバランスよくいるのだとか。
コレ、けっこう重要なので頭の片隅においといてください。

1876年からの五十年間、イタリアからアルゼンチンへわたった移民の総数は二百万強。
さしたる数字ではありませんかね? まあ20世紀は人口が爆発しましたから。
20世紀初頭の中国(といえば、まだ清朝)の人口は、四億人とよくいわれます。
移民の受け入れ先アルゼンチンは、1869年の時点で百七十万人。
これが1914年には八百万人弱に。…まあ外国人比率が30%というのも納得できます。

ところでアルゼンチンはなにゆえ、かように大量の移民を欲したのでしょうか?
経済が好況だったからなのはまちがいない。19世紀の牧畜業は安定していたもようです。
加えてこの時期のアルゼンチンは開墾事業に積極的でした。
まあ労働力はいくらあってもたりない時代だったのでしょう。
そしてもうひとつは、前回イヤというほどでてきたアレです。北村さんヨロシク。

「アルベルディがアルゼンチンにヨーロッパからの移民を積極的に誘致するべきであると考えたのは、スペイン植民地体制化ではびこった(と彼がみなした)怠惰、奢侈の風習を、禁欲と勤勉を旨とする人々の入植によって克服しようとしたからであった。その発想の根底には、ヨーロッパこそが文明であり、先住民など「非ヨーロッパ的」なものは野蛮であるという、おなじみの人種観が存在した。」

アルベルディとはファン・バウティスタ・アルベルディのこと。
アルゼンチン憲法の事実上の起草者で、モットーは「統治とは植民なり」なんだそうな。
(『世界各国史26ラテンアメリカ史Ⅱ』より。このテの本は辞書としてつかいましょう。)
まあ前回さんざんでてきたおなじみのリクツ…ではあるのですが。

アルゼンチンがもとめた人種。これがすこしわたしには意外だったんですね。
「イギリス人、ドイツ人、スイス人、北アメリカ人」が望まれたというのはわかる。
落ち目の元宗主国スペインが歓迎されなかったのもまたわかる。
イタリアは…期待されてなかったんですね。
いやわたしだってイタリアがラテンであることは理解してますよ?
それにしても北イタリア人は「われわれはヨーロッパだ!」って言ってたんですけどねえ。

アルゼンチンの望みとはうらはらにやってきたのはイタリア人。ついでスペイン人でした。
まあ第一希望ではないにせよ、労働力を必要としていたことにかわりないですからね。
彼らは初期には農場に、その後は都市の商工業にとしだいに道を広げていったようです。

「都市部に流入したイタリア移民たちは、出身地を同じくする者同士でコミュニティを形成していった。首都ブエノスアイレスの場合、最も早い時期にイタリア移民のコミュニティが成立したのは、ラプラタ川とその支流リアチュエロ川の交差する港町ボカである。」

サッカーファンには説明不要なおなじみの名が出てきました。
ところでぞくぞくとやってくるイタリア人を、現地の人々はどう見ていたのでしょうか?
どうもあまり歓迎はしてなかったようですね。
豊かなアルゼンチンにやってきた流れもの。
成功した場合は、血も涙もない金の亡者。…まあだいたいこんな評価だったようで。
もっともこれは無理からぬ面もあります。異物に対する不信感はどこにでもありますから。
とりわけアルゼンチンの場合がきびしいというわけでもないでしょう。

問題があるのはむしろコチラ。
「とりわけブエノスアイレスでは、都市犯罪の増加と移民の流入とのかかわりに注目する論調が台頭した。こうした議論に大きな影響を与えたのが、ロンブローゾらイタリアの犯罪人類学者たちであった。」

やれやれ、またか…。まあそういうムキもあるでしょうが聞いてください。
彼らの論に触発されたアルゼンチンの研究者たちは、つぎつぎと犯罪者の分析を行います。
まず移民をアングロサクソン系、ラテン系、ユダヤ系などに分類。
そのうえでラテン系、ユダヤ系に犯罪者が多いと“科学的に”証明。
だから移民はアングロサクソン系にしときましょう、というベタな結論に達し…

あれ? アングロサクソンにラテン? 前回はこんな分類ありませんでしたよね。
たしかわざわざなじみのうすい、アーリアだのセムだのをつかってたような…。
イタリア人はどうして、こんなめんどくさい単語をならべたのでしょうね?

冗談はやめておきましょう。イタリア人がラテンなんてつかえるハズがない。
そんなことしたらイタリアは峻別されるがわにまわってしまいますからね。
もっと露骨な反応を、北村さんは紹介しています。

「われわれは知的にはフランスに多くを負っている。…ドイツ人は科学によって、イギリス人はわれわれの鉄道や港を建設し、…彼らの資本を提供するといったことによって、われわれの文明の繁栄をもたらしてくれた。
 これに対して、イタリア人はただパンを稼ぐためだけにやってきた。」

この意見が正しいとはいいません。おそらくいいがかりに近いでしょう。
アルゼンチンで起業して、大成功をおさめたイタリア人もまたいたワケですから。
ただしイタリア人がこの時代、すくなからず軽蔑視されていたこと。
それは(かりに偏見だとしても)認めねばなりますまい。
こうなるとトコロがアルゼンチンだけに、イタリア人にとってはやっかいだったでしょう。
アルゼンチンに移民したイタリア人は、北も南もなかったハズですから。

こうしてみると前回の分類は、北イタリア人の涙ぐましい知恵の結晶だったことがわかります。
「オレたちは文明だ、ヨーロッパなんだ。野蛮なのは南のアイツらだけなんだ!」
コレをあわれとみるか、さもしいとみるかは人それぞれでしょうけど。

20世紀にはいるとアルゼンチンの経済は衰退し続けます。いまやみる影もありません。
これに対しイタリアは戦後、経済復興に成功します。むろん南北に程度差はありますが。
時代は流れにながれ、アルゼンチンからイタリアに移民が向かう時代に。
今度はアルゼンチン人が、イタリアから冷ややかな目で見られる番です。
それが1980年代後半以降。
そのときマラドーナはナポリにいたのでした。

posted by shousetsu |16:28 | 何番? | コメント(9) | トラックバック(1)
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2008-11-02 20:04 | 続きを読む
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『ナポリのマラドーナ』 第四章

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なんとまぁ難解な世界史の授業よと悩んだものの、
最後にゃミョーに納得するから・・・
ユフィの旦那、アンタなら偉人に列挙されても文句言わんよ

posted by マティヒェン | 2008-11-01 04:28

『ナポリのマラドーナ』 第四章

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阿川弘之の「井上成美」を読むと、海軍大将井上は日独伊三国同盟に反対したのだが、その理由として、イタリア人ごときと同盟しても何の利益にもならないとして、イタリア人への軽蔑心を持っていたとある。その理由として、ムソリーニの黒シャツ隊(ファシスト党の組織)がローマを行進していたとき、雨が降ってきたのだが、彼らは一斉に雨を避け、ちりぢりになって軒先に雨宿りしたのを、井上は目撃したことがある、それをもって、こんな規律のない人種、惰弱な連中と同盟するなどもってのほかだと考えたらしい。知性派の井上がそれだけの理由で日独伊同盟に反対したわけでもあるまいが、当時の日本人のイタリア人観を思わせる。

戦後も、日本人にとってはイタリアというと経済的に「ヨーロッパの病人」というイメージがあった。

posted by 東洋史 | 2008-11-01 05:11

『ナポリのマラドーナ』 第四章

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ちょっと付け加えますけど、その一方で、白鳥という大使が、ムソリーニに肩入れして日独伊同盟を推進してるんだから、井上の見方が一般的だったかどうかはわかりませんね?

posted by 東洋史 | 2008-11-01 05:17

『ナポリのマラドーナ』 第四章

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こんにちわ。

イタリアは近代化への早道をテーマにしたときに得意分野があまりにも少なかった、ということでしょうか?私達の母国の大転換期にも顔出しませんね、そういえば。オランダ・ポルトガルは早くからのおなじみさんですし、幕末の幕府の軍隊はフランス式を採用していて、英国は薩長と深い仲・・・。明治期の医学界はオランダを捨ててドイツを採用しましたし。3国同盟でやっと登場なのですか・・。古代ローマやルネッサンスへのリスペクトは近代化をお題にするとむしろ無用の長物と化してしまうのが虚しいですね。

私は誕生日がバレンタインに近いので毎年チョコレートを贈ってくれるお友達がいるのです。ここ数年は5カ国対抗チョコなのです。日・独・伊・米・あとはベルギーかな。各国の名パティシエがデザイン構築したチョコの粋が一粒ずつ納まっているのです。緻密に計算された組み合わせだったり斬新だったりする中で、毎年ダントツにおいしいのは必ずイタリアのものなのです。へーゼル・ナッツに上等のチョコというだけだったりするのですが。目新しさを追求せずに王道を貫くのがイタリアの強みなのですね。

それにしてもニンゲンとは差別したい生き物なのですね。
少し前にうにたまさんのお庭で読んだムッシュー・ベンゲルのコメントに救われる想いです。

posted by 夜長姫 | 2008-11-01 13:30

『ナポリのマラドーナ』 第四章

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差別されてる人種や階層が差別する対象をもとめ
新たに差別された連中が差別する対象を…
そんな繰り返しが世界各地で行われてる気せんかね、旦那

「差別したい対象はほっとく
必要であれば仲良しさんになってもOK
そいつらが自然淘汰されるのを気長に静観」
これが私のやりかた

posted by マティヒェン | 2008-11-01 13:53

『ナポリのマラドーナ』 第四章

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コメントありがとうございます

>マティヒェンさん
すぐれてるのは『ナポリのマラドーナ』ですよ。
ぜひ一度読んでみてくださいね。
…いちおうことわっておきますが、当方山川のまわしものではございませぬ(笑)

差別の連鎖に関する考察、おっしゃるとおりなのやもしれませんね。
だとすればそれは仏教でいうところの“業”なのでしょうか?
マティヒェンさんのやりかた、正直利己的にも感じるのですが…。
それこそがカドのたたぬ方法かもしれませんね。

>東洋史さん
海軍といえば阿川先生ですからね。近々手にいれようと思います。
井上成美は当方、陸軍の石原莞爾と印象がいささか似てまして。
知的なのにエキセントリックなところがどうもね…。

白鳥大使を加えるあたり、東洋史さんのバランス感覚がうかがえます。
…一般的な評価でいいと思いますよ? ねえ。

>夜長姫
わが日本の文明開化の際も、イタリアはおどろくほどかげがうすいですね。
古代も文芸復興もいまはむかし。日本人の関心外だったようで。
…なんか中国に対する日本のそれとよく似ています。

チョコレートでは王道をいけるイタリアなんですね(笑)
その自信がどの分野にもあればいいのに…。
そうもふるまえぬ弱さこそが、人がヒトたる所以なのやもしれませんが。

posted by shousetsu | 2008-11-02 09:05

『ナポリのマラドーナ』 第四章

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どうも。
エントリーに対するコメントが思いつかなかったので、御挨拶だけで失礼します。
なんか、ありがとうございます。ありがとうございます。

posted by 阿部 | 2008-11-02 18:54

『ナポリのマラドーナ』 第四章

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いつも拝見していましたが、初コメントで(笑)

まったく本文とは関係なくて恐縮ですが、先日はありがとうございました。とりあえず自分も、ご挨拶だけで失礼します(笑)

posted by リフでき | 2008-11-02 19:51

『ナポリのマラドーナ』 第四章

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>阿部さん
先日はどうもありがとうございました。
四谷さんについてなぜもっと語れなかった!
悔やまれてなりませぬ(笑)

なにやらコメントしづらい当所の特徴がいかんなく発揮されてますな。
いまさらどうにもなりませんので、なにとぞよろしゅう。

>リフできさん
先日はどうもありがとうございました(その2)
師匠はあいかわらず師匠だったのです。でしょうか?

おお、そしてトラックバック! ありがとうございます。
いまだに意味がよくわかってなかったりしますが(笑)
うーん、わたしもなにか書いてみますかねえ。

posted by shousetsu | 2008-11-03 16:13

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