2008年10月28日

『ナポリのマラドーナ』 第一章

とあるかたのおかげで、たのしい本に出会うことができました。
著者は北村暁夫さん、タイトルは『ナポリのマラドーナ』。
2005年11月に税別1300円で、山川出版社より発行された本です。

山川出版社? とピンときたかた、学生時代に授業をちゃんと聞いてたクチですね。
この出版社は歴史の教科書や参考書でおなじみの会社。ヤな思い出もありますかな?
とはいえ、当座の疑問はそんなトコロにはないでしょう。
なんでその山川がマラドーナの本なんかだすの? ハイ、ご説明いたします。

じつはマラドーナを題にかかげているこの本、彼を主軸に展開するものではありません。
この本は全五章から構成されますが、マラドーナが出てくるのは一章と五章のみ。
しかもこのふたつはそれぞれ序章・終章とでも称すべき部分。
つまりマラドーナをきっかけにしてはいますが、本書の問題意識はべつにあるワケです。
(おっと、お客さん! まだ帰るにはちと早いよ。)
しからばそれはなにか。それは題にもあるナポリ、そして“イタリアにおける「南」とは何か”という副題に集約されているのです。

イタリアに「南部問題」なるものが存在すること、サッカーファンはご存じでしょう。
(このコトバはあからさまな立場を鮮明にするもの。オススメはしません。)
この国には南北のあいだでいちじるしい経済格差があるのです。
もっとも、サッカー界では南にくくられることもあるローマですが、本書が南部とするのはナポリ以南。およびシチリア、サルジニアの島嶼部ですね。
今季のセリエAでいえばナポリ、レッチェ、レッジーナ。それにパレルモ、カターニャ、カリアリの6クラブが南イタリアにあたることになります。
最近は南も健闘してますが、02-03のように南はひとつだけなんてシーズンもありました。
北には伝統ある古豪がひしめいているのに、南はかすかにナポリがあるだけ。
まあこの一事だけとってみてもイタリアの南北にちがいがあること、あきらかでしょう。

イタリアに横たわる「南部問題」の根はいずこに?
そしてそれはどのように現代に噴出したのか?
そのときイタリアにおいてアルゼンチンが演じた役回りとは?

これらすべてが、あるときのマラドーナの身に集約されたと北村さんはいうんですね。
「ホンマかいな」と思われたアナタ。わたしといっしょにのぞいてみませんか?

舞台は1990年7月3日のナポリ。カンのいいかたはおわかりでしょう。
この日は90イタリアW杯準決勝、イタリア対アルゼンチン戦がおこなわれた日なのです。
しかも開催地はナポリ。あまりにもできた話じゃありませんか。
直前の89-90シーズン。マラドーナはナポリをひきいてスクデットを獲ったのですから。
ナポリの街から絶大な支持を得るマラドーナが、敵としてナポリにやってくる。
そりゃあメディアだってあおりますよね。ところが北村さん、こういうんです。

「だが、それにしても、準決勝の対戦カードが決まって以来の新聞各紙の報道は異様であった。…この準決勝に限っては、新聞紙上を賑わせるのは試合内容への期待や結果予想ではなく、試合の外部に展開する政治的・社会的言説ばかりであった。そこでは、ピッチ上の世界(ミクロコスモス)はイタリアの政治や社会という世界(マクロコスモス)を映す鏡と化していた。」(注 カッコ内はふりがな)

あらあらキナくさくなってきましたよ。ずいぶんとヤなこというじゃないか。
たかだかサッカーの試合が政治・社会の縮図になるとな?
まあサッカーにかぎらずスポーツが、ときに政治に影響されるのは周知の事実ですけどね。
このあたりのイタリアのこと、北村さんの解説をわたしが抜粋してみましょう。

北村さんによれば、このころのイタリアの空気は以下のとおりです。
1.財政苦境により、いわゆる「南部問題」がより深刻に意識されていた
2.外国人労働者の急増にともない、人種差別があらわになっていた
3.共産圏の崩壊と国家の分裂が、なまなましく危機として感じられていた

「南部問題」なるコトバ、北村さんは「南イタリアが北部や中部に比べて経済的・社会的に後進的な状態にあり、それがイタリア全体の発展にとって妨げとなっているという認識のあり方を指す」と説明しています。
ね、使いづらいでしょ? 第三者のわたしは北村さんにならい、かぎかっこに入れておきます。

まあそれはともかく…。
当時のイタリアではやや過激な政治勢力が急に力をつけたそうなんですね。
「南にムダなカネ使うのはたくさんだ! 連邦制にして、オレらはオレらでやろうや!」
いやホントはもっとていねいな言葉づかいだったのでしょうけど。
むろんこれは過激な人の過激な意見です。多くのイタリア人はんなこと願っちゃいません。
だけど無視もできなかったのです。その理由が空気3。
ベルリンの壁がくずれ、チェコスロバキアの分離検討が報じられ、ユーゴでは…。
これが対岸の火事ではないというのは少々オドロキです。イタリアは共産圏でもないのに。
まあダテに陸続きではないなと。日本での感覚とはずいぶんちがいますから。

空気2についてはフランスなどでよく報じられます。
98W杯優勝時よくいわれてましたよね? 「フランスはひとつになった!」なんて。
あれなんかはこういう事情の裏返しのようなものです。むろんスゴイことですけど。
アルジェリア移民二世や黒人選手が、国家の英雄としてたたえられたんですから。
イタリアにおいても同様の事情があったようです。
ただしイタリアが特殊なのは、排斥の対象に南からやってきた労働者も含まれていたこと。
もうこうなると北にとって南イタリアは完全に“よそもの”ですね。

国家解体の危機がせまっている。現にそれを主張する政治勢力が力をつけている。
われわれのイタリアはどうなる? 南の連中はどう思っているんだ!
この疑問に対するこたえとして、イタリア対アルゼンチンが設定されたというんですね。
端的にいえば、ナポリ市民はイタリアとアルゼンチンのどちらを応援するのか?
そしてここにマラドーナが象徴としてえがかれたワケです。

さきほどいった外国人労働者、移民にはアルゼンチンからのものも含まれていました。
第三世界、世界的な“南”の代表が敵としてイタリアの前に立ちはだかる。
しかもその敵をひきいるのは“ナポリのマラドーナ”なのだ。
さあナポリよ、イタリアとアルゼンチンのどちらを選ぶのだ!

…ダテや酔狂でいってるんではありませんよ?
北村さんは当時のイタリアの新聞を引いていますが、その調子ときたらもう…。
まあこのあたりは『ナポリのマラドーナ』を買って読んでみてください。
名著を世におくった北村さんに、印税が入らないといけませんから。

北にいじめられていた南は、にもかかわらずイタリアへの忠誠をもとめられる。
まあなかなかにムチャなはなしですよね。
ここで北村さんは「南部問題」なるものの起源、およびその展開へと目を向けます。
ですがそれは第二章のおはなし。さてさてサッカーのエントリーにできるかな?

あ、いい忘れてました。
この第一章のタイトルは「イタリア対アルゼンチン」です。
どういう意味にとるかは読者しだいでしょうねえ。

posted by shousetsu |17:00 | 何番? | コメント(9) | トラックバック(1)
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アルゼンチン代表新監督にマラドーナの就任!! 【スポーツ大好き人間】

16日に辞任を表明したアルフィオ・バシーレ前監督の後任選びで、アルゼンチンサッカー協会のフリオ・グロンドーナ会長、および元代表監督カルロス・ビラルド氏は元アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナと会談を行い、アルゼンチン代表の新監督にディエゴ・マラドーナを任命した。 代表監督に就任することが決まったマラドーナは、この会談直後に、「私は非常に満足しているが、極めて冷静だ」という短いコメントを残した。 アルゼンチン代表の新体制は、総監督としてビラルドが就任し、その下にマラドーナ監督、そして数人...

2008-10-29 14:53 | 続きを読む
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『ナポリのマラドーナ』 第一章

コメント投稿者ID :

>移民にはアルゼンチンからのものも含まれていました。
そういうイタリア人がアンデス山脈近くで何かと世話になったのは、
【母をたずねて三千里】をみてもわかる通り
忘恩の徒?貸借の感覚ゼロ?見下す相手を更にでウップン晴らし?
ま、洋の東西問わず、どこの2カ国にも当てはまる図式か

posted by マティヒェン | 2008-10-29 01:59

『ナポリのマラドーナ』 第一章

コメント投稿者ID :

コメントありがとうございます

>マティヒェンさん
「母をたずねて三千里」は移民研究者のあいだでかならず話題になる作品です。
あれはかなり特殊なパターンの移民形式ですから。
…まあそれについてはまたいずれ。
『ナポリのマラドーナ』はまだまだ続くのであります。

posted by shousetsu | 2008-10-29 05:02

『ナポリのマラドーナ』 第一章

コメント投稿者ID :

南と北は根が深いのですな。
一生懸命稼がないと冬が超せない北の人。
一年中コートはいらない南の人。
環境の違いは性格にも思想にも違いを生みます。

そこをいがみ合う対象としてしまうのは悲しいですね。
南ちゃんが愛されるのは、タッチの世界位なんでしょう。

ちなみに、ワタクシのブログは、
『女子を求めて三千里』なのです。
一般人の間ですら話題にならないシロモノです。
いや、イロモノか(苦笑)

5章分とまとめのエントリーが続くのですな。
楽しみにしてます。

山川さんは、高校時代に世話になりました。
日本史用語集を擦り切れる程度に読み込みました。
今は、サッカー選手に置き換わってますけど…

posted by gunnershigh | 2008-10-29 14:05

『ナポリのマラドーナ』 第一章

コメント投稿者ID :

>gunnershighさん
五章あるのに、記事は四本しかなかったりします(笑)

環境のちがいが思想や性格に影響するというのは、ホントそのとおりですよね。
インド人やアラブ人は、ひょっとしてわれわれとは時間の流れかたがちがうのかな?
そんな感覚におちいったことが何度かあります。
イタリア人の場合、あえていいますがヨーロッパに対する感情。
これがいささか屈折してるような気がします。

『女子を求めて三千里』 永遠のオトコのテーマですなぁ(笑)
「イメージの詩」のフレーズを思いだしました。
それでも山川をすりきれるほど読んでいたと。
わたしもそれぐらいがんばっていれば、今ごろこんなこと書いてなかったのかな?

ところで…。
トラックバックってのには、どう反応したらいいんですかね?

posted by shousetsu | 2008-10-29 17:11

『ナポリのマラドーナ』 第一章

コメント投稿者ID :

トラックバックに関しては分かりません。
とりあえず、読んでおいたらいいのではないでしょうか。

屈折してこそ、人生ですよ。
まっすぐキレイに立っている人ほど、
影で誰かが支えているものです。

posted by gunnershigh | 2008-10-29 21:20

『ナポリのマラドーナ』 第一章

コメント投稿者ID :

若かりし頃、山川出版社様にお世話になっていたクチです。その甲斐もなく、こんな人生をチンタラ歩んでおりますが。(そういえば、日本史用語集にも散々世話になりましたね。)

しかし、また面白い題材を手に入れたもんですねぇ。
つづき、楽しみにしていますよ。

posted by 前髪一直線! | 2008-10-30 00:39

『ナポリのマラドーナ』 第一章

コメント投稿者ID :

>gunnershighさん
おお、うにさんカッコイイ!
そうか。当方ささえがないからななめに歩いているんですね(笑)

で、トラックバック読んでみました。
うーん、タイムリーだったんですかねえ…。

>前髪一直線!さん
やはり“山川”の名はピンとくるのですね。
偉大な会社なんだなぁ。
…つまらねえ本も相当多いけど。

冒頭にもいったとおり、とあるかたのおかげなのです。
それは…教えるわけないでしょう?

君は なぜ(笑)

posted by shousetsu | 2008-10-30 13:01

『ナポリのマラドーナ』 第一章

コメント投稿者ID :

興味深い内容ですな。
世界史も日本史もあやふやな自分は、
南北の経済格差はなんとなく聞いたことがある程度です。
ユーゴも発端は経済格差なのですよね。
日本人には感覚が掴みづらいです。

Amazonで頼んでみますぞ。
そういえば、オフ会では宇都宮徹壱さんについて語りましょう(笑)
ユフィ、紹介してくれてありがとうなのです。

posted by むにむに | 2008-10-30 14:27

『ナポリのマラドーナ』 第一章

コメント投稿者ID :

>むにむにさん
その経済格差がもたらした悲劇があるからこそ、あのかたは日本にやってこられたのでしょうか。
氏が病に倒れたとき「そりゃないよォ」と理不尽にもさけんだのであります。
ジェフ党としてはなおさらね…。

ユーゴではありませんが、スポナビの長束さんはありがたい存在です。
個人の関係としては、クロアチアはセルビアとむしろウマが合う。
むしろスロベニアとはなかなかうまくいかない。
こんなことをおしえてくれるのも、現地発信のかたがおられるからなのです。

おお、お買いあげありがとうございます!
北村さん! コレですこしはお役にたてましたぞ。でしょうか?
もとより北村さんには知らぬ存ぜぬハナシなのであります(笑)

宇都宮さんの定点観測も終わりましたね。
栃木の失速がやや気になるJFL。
…わが地元には遠い地位なのかなぁ。
「ディナモ」と「股旅」しか読んでいない当方。
「ユーゴスラヴィア」にかんするおはなしをたのしみにしております。

『ナポリのマラドーナ』に出会った理由は当方ではありません。
それは“とあるかた”にあるのです。
だれなのか? それは秘密です(魔族)

posted by shousetsu | 2008-10-31 05:47

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