2008年05月06日

44 聖水将単廷珪

44 聖水将単廷珪

杉森久英『大風呂敷』は明治・大正の世を生きた豪放な政治家、後藤新平の伝記です。
昭和39年から40年にかけて「毎日新聞」に連載されました。
このなかにある一説。血の気の多い若き日の後藤が東京で主人と衝突し、スゴスゴと故郷水沢に出戻りしたあたりの描写がこうです。
「しばらく東京の空気を吸ってみると、今さらのように、水沢は田舎だという感を新たにする。また、東京の人たちの富裕で華美な生活を見た目には、自分の家ならびに、周囲の旧士族たちの生活の貧しさが、身にしみて思われる。
 …これが新平を取り巻くきびしい現実である。自分は一生、この草深い田舎に埋もれねばならぬのかと思うと、彼は夜眠られなかった。」
感情にまかせた短絡な決断を、若者が後悔しているさまが見てとれます。
まあ彼はその後大出世を遂げるわけなのですが…。

さて本日は44番。なんだかんだいいながら、今回もこんな番号であります。
まあこの先は当分こんな大きな番号に手を出すことはないとは思いますが…。

まずはウェールズ出身の荒くれ者ロビー・サベージ。
冬にブラックバーンからダービーに加入したプレミアの名物男であります。
ところでわたしは以前友人に「ジダンはアルジェリアのベルベル人の血を引いていて…」と言ったところ「ベルベル人という言い方はよくない」と怒られたことがありまして。
ギリシャ語のバルバロイからくる侮蔑的表現だからだそうな。
なるほど英語でいえばバーバリアンですからね、野蛮人ということになるやもしれません。しかしそうするとサベージはなんと呼べばいいのでしょうか?
Savage―未開人ということになってしまうのですが…。
え、お似合い?

…そんなわけで少々言いづらいサベージなのですが、彼は8番にこだわる男です。
レスターでもバーミンガムでも、そしてブラックバーンでも8番を背負っていました。
もっとも04-05冬に途中加入したブラックバーンでは当初31だったのですが、翌05-06にはわざわざトゥガイから8番を頂戴したほどです。
センターハーフの8番に誇りを抱いているんですね。
そんな彼が冬に途中加入したダービーでつけた番号が44番。理由は容易にわかりますね。
降格の決定したダービーですが、サベージは来季残るのでしょうか?
どこにいても彼は8番をきっともらい受け、相手をハードにケズっていることでしょう。

今季からセルティックの主将に就任したマクマナス。彼も44番です。
CBの中心としてチームに君臨する選手にしてはずいぶんな番号ですよね。
実をいうとこのセルティックは、他のクラブには見られない背番号のつけ方をしてまして。
セルティックではユース出身の選手は40番台以降の番号をつけているのです。
いやまあそれだけならそう珍しいことではないのですが、セルティックが独特なのはその後レギュラーを獲得するような選手に成長しても背番号を変更しないことなのです。
たとえばDFラインに陣取るケネディは41番。同じくオデイは48。
さらにいえば左サイドの仕掛け人、アイルランド代表のマクギーディ。
彼なんかはここ数年バリバリの主力であるにもかかわらず、やはり背番号は46のままです。
わたしなんぞは選手の出世を背番号で確認できるのがうれしかったりするのですが、ユース出身選手が一目瞭然というのもそれはそれで意味があるわけで…。
まあ新しい試みではあると思いますね。

今季は頼みの綱のCLでも早期敗退したミラン。
その後はなかなかモチベーションが上がらず、移籍市場で主役を演じているもようです。
そんなミランの44番がRBのマッシモ・オッド。
彼自身も今季はチームと歩調を合わせるかのようにやや精彩を欠きました。
ラツィオ時代とは違い、ミランでは主力としての地位を築くことに苦労しているようです。
それにしても彼の背番号、もうすぐ32歳になるベテランにしてはすごい番号ですね。
今年でてきた新星パロスキと並ぶというのはいかにも不思議な現象です。

オッドは若いころからRB一筋で、ベローナにいた頃はそれらしく2番をつけていました。
ところが02-03に移籍したラツィオには、コロンネーゼという先輩の2番がいたのです。
先輩に敬意を表しつつも2番に思い入れがあったのか、彼は結局22番を選択しました。
そして一度つけてしまうと愛着がわいたのでしょうか、コロンネーゼ移籍後も22番を背負い続けたのです。その後ラツィオの右サイドの22番はすっかり名物になりました。
ところが06-07冬に途中加入したミランの22番は、よりにもよってエースのカカ。
かといって2番に戻そうにもミランの2番は世界の2番、カフーがいたわけで…。
結局彼はお気に入りの22を2倍にした44番をつけることになったのです。
オッドは22番をみずからに定着させてしまったために、ベテランになってからこんな大きな番号を背負うハメになったんですね。
そのことを彼は若き日の後藤新平のように後悔しているのか?
そんなことはアカの他人であるわたしには到底わかりませんけどね。

posted by shousetsu |12:30 | ナンバー | コメント(4) | トラックバック(0)
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この記事に対するコメント一覧
44 聖水将単廷珪

水沢と言えば、うどんが名物の地ですね。
2年に1度くらいの頻度で食べに行きます。

サベージは、アーセナルと対戦しない時は好きでした。
あそこまで公然と嫌われ者でキャラ立ちしている選手も
めずらしいですよね。
ダービー移籍の際に、真人間宣言をしたらしいですが…

posted by gunnershigh | 2008-05-08 09:10

44 聖水将単廷珪

コメントありがとうございます。

> gunnershigh さん
2年に1度!それはまたずいぶんな行動力ですね。
水沢も後藤新平亡き後約八十年、望外の知己を得てさぞかし満足のことでしょう。
…当方に行動力がないだけかな。

移籍の際、真人間宣言をせにゃならんというのがおかしいですよね(笑)
ああいうキャラのたった選手は大好きです。
まだまだ老け込んでほしくないなぁ…。

posted by shousetsu | 2008-05-09 00:20

44 聖水将単廷珪

すみません。
日本史の知識がゆがんでました。地理も。
今は奥州市の水沢ですね。
妻の親戚がいるので、2年に1度は行っていますが(汗

最近DSで日本史の勉強(笑)をしているんです。
高校時代の教科書がそのままソフトになっています。
NHK初代総裁に怒られてしまいますな…

うどんは、群馬県の水沢ですね。
これまたおいしいのです。

ちなみに真人間宣言は、2回目らしいです。

posted by gunnershigh | 2008-05-09 09:32

44 聖水将単廷珪

>gunnershighさん
後藤新平はNHK初代総裁なんてところにまで顔を出してたんですか。
知りませんでした(笑)
彼はなんせエネルギーのあり余った人間ですから、いろんな仕事に取り組んでます。
なかでも有名なのは都市計画ですかね。
台湾総督府民政長官、満鉄総裁などで辣腕をふるったことでよく知られます。
なお後藤の外交家としての側面をあつかったものが
北岡伸一『後藤新平 外交とヴィジョン』です。
中公新書でまだ出てるかと思います。

日本は山国ですから“沢”のつく地名はホント多いですね。
わたしも大学の新入生が「出身は湯沢です」というので、てっきり新潟だと思っていたらじつは秋田だった。なんてことがあったのを思い出しました(笑)

posted by shousetsu | 2008-05-09 18:06

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