数奇な星のものがたり

あなたのせなか なんてえの

shousetsu

「音楽の批評家となるには、二つの資格が要る。 一つには音楽が解ってはならない事、 二つには解らない癖におしゃべりをしたい事…。」 薄田泣菫 『茶話』 もっと見る
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それにつけても金の欲しさよ

夏です。移籍市場です。札束の飛び交うネタが満載です! …てなフンイキにはなかなかなりませんな。手堅い身受け話がまとまるくらいで。 むろん本番はコパ・アメリカ以後なのでしょうが、酒のサカナにムダ金たたきは不可欠なもの。 「なんかくだらん話はねえかなあ」と、今日も筆者はカビくさい雑誌を探っていたワケです。 ほんでもって拾ったのがコレと。その名も「トレード・マネーは急上昇!」だとよ。 サッカ......続きを読む»

ジョージ・ベストの黎明期

ガリンチャがお涙金をいただいて、ブラジルのマイナー・クラブで働いている。一九五八、一九六二年のワールドカップで世界中のサッカー・ファンを熱狂させたあのガリンチャが……。 …ガリンチャもいまは三十二歳。ろくなプレーもできず、ときには九十分の試合にも耐えることができないほど落ちぶれてしまった。だが彼は八人の娘のために金がいる。どさまわりの田舎チームでも、給料をもらえれば、かつての栄光をすてても、働かな......続きを読む»

ジョゼでペップなヨセフの集い

「うーん、どっちかが追いこまれたほうがおもしろかったんだけどなあ…。」 へえ、例のスペイン四連戦のことです。なかよくタイトル分けあったそうですね。 まあせっぱつまるとすれば白組さんしかないワケですが、とりあえず無冠の危機は避けられたと。 これで心おきなく今日に臨めますな。もっとも選手は食傷というか、ゲロ吐くんじゃないかと思いますが。 それはボスとておなじかな? 両監督サン、知恵熱なんぞ出......続きを読む»

22 みたび李逵

エブラさん、ご契約を延長なされたそうで。どうもおめでとうございます。 あいかわらずCL一回戦はユルくお茶にごす気のユナイテッドですが、んなマネできるのも彼がいたればこそ。 少々口の悪い背番号3は、これからもマンチェスター・Uの名物であるのでしょう…。 ということでヤツの仲間ハズレは当分つづくんだな。エブラ本人はチンプンカンプンだろうけど。 あ、世間のみなさまもポカンですか。そらもちろんく......続きを読む»

ユダと呼ばれるヤツがいる

「ふーん、やっぱりユダなのね。」 ええ、例のフェルナンド・トーレスにまつわる一件です。筆者もいろいろ耳にしました。 9番のユニフォームが燃やされただの、裏切者のユダあつかいされてるだの…。それ自体はかまやしませんがね。どうせ育ちの悪いのがふざけ半分でやってるんだろうし(あんなモン真剣にやったらイタイ)、だとすれば何を言おうがムダなんだし。 なにより当人がわりきってるでしょうしね。連中は週末......続きを読む»

30 みたび張順

背番号書きにもなかなか興味深い冬でした。 ビッグクラブが妙に動きましたからね。しかもヨーロッパ戦で使えない大物がやたらと。 コレがちと不思議でありまして。その点長友クンのケースは理解できるのですが。 …よもやUEFAの野郎ウルトラC使ってねえだろな? 以前しれっとルール変えてたよな。 まあいいや。駆けこんだ連中がどんな背中してるか、今はすなおに見ておきましょ。 もっともアデバイヨルの場......続きを読む»

27 みたび阮小二

タマルが…兄アムノンのいる部屋に入り、彼に食べさせようと近づくと、アムノンはタマルを捕らえて言った。「妹よ、おいで。わたしと寝てくれ。」…「いけません、兄上。わたしを辱めないでください。イスラエルでは許されないことです…。」 上記はフランス書院ではなく旧約聖書から引きました。出典はサムエル記の下であります。 訳のせいか言葉がこなれぬのは残念だけど、いやそれにしてもすごいシーンだわ。 なんで......続きを読む»

40’s とりあえず聖手書生蕭譲

ひっくり返って…ええと、なんだっけ? ともかくもヤヤ・トゥレの背番号はコレですね。 ヤヤとしてはバルサでの24に未練があった。しかしシティの24番はビエラがつけてたと。 (ビエラも望んで24つけてるワケじゃないんだけど。こりゃ玉突き事故だね。) しかたなくヤツは数字を入れ替えたワケだ。…24ってそんな意地になる背番号かなあ? バロテッリともどもどうにかならんかね。ウーゴ・ビアナを目指すつもり......続きを読む»

メモⅡ

モンティ・パイソン世を笑う 「空飛ぶモンティ・パイソン」第十一回(1969年12月28日 英BBC) その一幕「サッカー選手インタビュー(Literary Football Discussion)」のセリフ。 ボローニャを破ったジャロウなる英国チームの選手(ジョン・クリーズ)に、ホスト役(エリック・アイドル)がインタビューするという設定。 なおジョン・クリーズの反応は削除。アレはまあ、そ......続きを読む»

メモⅠ

「野球害毒論」に列した人々 明治四十四年『東京朝日新聞』が連載した「野球とその害毒」には、以下の人物が筆者とされている。 8月29日 新渡戸一高校長 8月30日 川田府立第一中学校長 8月31日 福原専門学務局長 9月1日 静岡中学校長 中村安太郎氏 9月2日 攻玉社講師 廣田金吾氏 9月3日 米國人某氏 9月4日 永井東京高等師範教授 9月5日 河野安通志氏 (早稲田旧野......続きを読む»

21 みたび劉唐

ダビド・シルバはマンチェスター・シティでも21を背負うのでした。めでたしめでたし…。 …なぞとノンキ言ってる場合じゃないですね。青年はプレミアに苦闘しております。 あすこはなんせ駒はそろってますから。使えぬとならば、まあバッサリいくでしょうな。 そうなってくると気がかりなのが、シルバくんのかわいいカワイイお顔でありまして。 見るからに内向的なツラなんだもんなぁ。アレで牛若丸よろしくやれる......続きを読む»

14 みたび武松

なにはともあれシャビ・アロンソなのです。 今季の彼は14をつけるようですね。しごく当然の流れではありますが。 リバプール、スペイン代表。シャビ・アロンソにとって14番は通り名のようなものです。 看板だったグティが出るとなれば、背番号14をもらうのはヤツしかいないでしょう。 …まあR・ソシエダでの彼は4番でしたけど。あすこにはベテランがおられましたから。 ところで…。 R・マドリーでは......続きを読む»

ダイヤモンドサッカー 1978‐1988

※参考資料は前回同様 JDFA編『「ダイヤモンドサッカー」の時代』 1978 <リーグ戦> ブンデスリーガ 14回 <カップ戦> FAカップ 6回 FLカップ 2回 ドイツカップ 2回 スコットランドFAカップ 2回 <代表戦> 国際親善試合 4回 W杯予選 2回 W杯アルゼンチン大会 17回  ※9月10以降 その他 4回 <ランキング> 1.FC......続きを読む»

ダイヤモンドサッカー 1968‐1977

「ダイヤモンドサッカー」という番組は、二〇年というかくも長い期間放送されていながら、その放送プログラムの具体的内容を覚えている人は、意外にも少ない。往年のサッカーファンの記憶の深い部分に刻まれた同番組だからこそ、資料的価値のある「記録」を残すべきなのではないか。 JDFA編『「ダイヤモンドサッカー」の時代』より 1968 <リーグ戦> イングランドリーグ 30回 <カップ戦> ......続きを読む»

29 ふたたびの阮小五

29番の出世頭となればリオ・ファーディナンドでしょう。 いまや手負いの老兵といった感の彼も、リーズに来たころは期待値のみの選手でして…。 なんて書こうとしてたんですがね。やめました。おいおい触れる機会もありましょう。 シャマフにポグレビニャク。CLに出ている現29番もカットしました。 どうもダメなんです。敗者の背中を見るとボンヤリとした脱力感にさらされまして。 まったく困り者ですよ。他......続きを読む»

メッセージ

世のなか知らないことばかりで困ります。 たしか土曜お昼の番組でしたっけ? TBSは「王様のブランチ」って。 へえ、本の紹介コーナーなんてものがあったんですか。知―らなんだ、しらなんだ。 いやたまたま手にとった「中央公論」に出演者の対談が載ってたと。それだけなのですが。 そんなワケで松田哲夫さんなるかたも初見です。誰なんでしょね、このヒゲのおじさん? どうもこの人が紹介してたようですが…......続きを読む»

27 ふたたびの阮小二

『史記』は司馬遷渾身の史書ではありますが、同時に著者主観の小説集です。 そのオリジナル感あからさまな例が「李斯列伝第二十七」でしょう。 李斯とは秦の総理大臣クラスで、よそ者ながら始皇帝に重用された男です。 ところが始皇帝の死を境に失墜。ついには破滅にいたるというのが彼の役どころ。 この李斯の転落のさまを、司馬遷はあざやかにえがいています。もうペンがのってますね。 まあその点は伍子胥もおなじ......続きを読む»

供養集

無事に年も明けたそうで、それはそれはよござんした。 もとより筆者は記念日や年中行事が大キライな性分でありまして。ナンギです。 せっかくですからバチあたりにいきましょう。趣旨は「めでたき日の法要」てなところ。 では一本にならなかったボツネタ水子供養、はじまりはじまり…。 37 神機軍師朱武 シェイ・ギブンが半年だけ背負ったナンバー。 冬の移籍で臨時にこの背番号をつけ、新シーズンは堂々1......続きを読む»

50’s まとめて一丈青扈三娘

今年の夏。選手たちの新背番号がぞくぞくとお披露目されていたときのことです。 そのなかに思わず「ボケがァ!」と叫んだ男がおりまして。 怒鳴ったのはアーセナルのデンマーク人。ニクラス・ベントナーなのでございます。 だって52番ですよ、52? 今からレギュラーふんだくろうってヤツがさぁ…。 なんだなんだそのトランプみたいな背番号は? もうジョーカーはお断りってことか! 本人がいないのにカッカ......続きを読む»

9 ふたたびの花栄

最後は9番で決まり。これがナインボールとサッカーの共通点です。 小さな数の玉から順々に落としてゆき、最後に9番をコン!  これが玉突きゲームたるビリヤード。ナインボールの基本ルールであります。 小さなナンバーからめいめい選手を経由し、最後に9番がドン! これが球転がしゲームたるア式蹴球。サッカーの基本ルール…なわきゃありませんけど。 とはいえどんなチームでも垂涎モノでしょう。「アイツに......続きを読む»

19 ふたたびの索超

華のある19番。現在そういう選手が見あたりません。 ま、あたりまえなんですけど。スターにふさわしきナンバーはほかにありますから。 ここ数年メッシがつけてたことこそ、19にとって望外な事態というべきでしょう。 その若大将も10番へと出世。19番はもとのつつましやかな背番号へともどりました。 まあわたしも背番号とのつきあいは長いですから、19を好む選手にも覚えがあります。 前回の19番のメ......続きを読む»

質問状Ⅲ

大黒柱とは、玄関を上がったところにある太い柱のことなんだそうです。 …いや自信はありませんがね。わたしは大黒柱のある家に住んだ経験がありませんから。 (とある本に床柱と誤解してるじいさんがおりました。オレもどっこいどっこいだ。) まあ世間サマでは常識なのでしょう。本なんか読んでるとどんどんバカになります。 とはいえ…この「大黒柱」。 このコトバは柱そのものを指すより、比喩として使うほう......続きを読む»

懐手して日本見物

関係ないハズのものを読んでいて思わずハッとする。ニヤリとする。 わたしにはそんなことがたびたびあります。今回もヘンなものを見つけました。 コレがはたしてサッカーと関係あるのかしら? それはみなさんでご判断ください。 それでは物理学者にして漱石の弟子(友人?)、寺田寅彦の「時事雑感」からどうぞ。 日本人には独創力がないという。また耐久力がないという。これはいかなる程度までの統計的事実で......続きを読む»

28 ふたたびの張横

28番には今季なかなかの大物が加わりました。 説明する必要はないでしょう。はい、ユベントスはジエゴがその人です。 ジエゴがなんでこんなナンバーを選んだのか? それはまあ、すぐわかりますよね。 とまれまずはジエゴのキャリアを追いましょう。事情はおのずとあきらかになりますから。 彼、ジエゴはサントスで育ちました。このころの相方はロビーニョです。 この二人がね、それは楽しそうにやってたんです......続きを読む»

30 ふたたびの張順

この背番号は当所の初期、第三回にてとりあげたナンバーなんです。 いやあ、もう2シーズンも前になるんですか…。そんな感覚まったくないんだけど。 せわしないサッカー界のこと、前回の30番で登場した選手もあちこちへと動きました。 …とはいえ、チアゴもベンジャミンも移籍してませんな。うーん、意外でした。 この二人の立場がいちばん厳しかったんですけどね、二年前の段階では。 とくにベンジャミンなんぞベ......続きを読む»

7 ふたたびの秦明

7番は右アウトサイドのナンバーです。 よく見かけませんか? 古くはマシューズにジョージ・ベストが…なあんてオハナシ。 (先日11番ベストの写真を見ましたが…アレはいま使えんでしょうな。) もともと背番号はポジションを指してましたよね。いまや藪の中…ってこともないけれど。 ま、カタイことはもうしますまい。 前回の7番でも言いましたが、わたしは7なる背番号に華をもとめます。 10番への期......続きを読む»

1974 西ドイツ ~鳥だ! 飛行機だ! ヨハン・クライフだ!

一九七四年のワールドカップが、西ドイツの国民にとって、二年前のミュンヘン・オリンピックとは比較にならない大成功だったことには疑いの余地がない。 …二年前のミュンヘン・オリンピックを、西ドイツは莫大な労力と資金を費して準備した。その結果、得たものは、パレスチナ・ゲリラの選手村襲撃であり、東ドイツなど社会主義国の国家養成選手の活躍であり、アマチュアリズムの混乱だった。 …ゲリラの襲撃はなかった。…ゲ......続きを読む»

1974 西ドイツ ~ギュンター・ネッツァー狂騒曲

74年のビッグ3。彼らのなかでまず転んだのはイタリアでした。 ハイチとの初戦でよもやの無失点記録ストップ。いちおう試合には勝ちましたけど。 このショックが尾を引いたかその後も精彩がなく、一次リーグにて西独を後にしました。 …バッティ先生ボロクソ書いとるなぁ。評価してるのはマッツォーラだけだよ。 のこる優勝候補。西ドイツとブラジルは、結果も内容も要求される格のチームでした。 しかしながら......続きを読む»

1974 西ドイツ

74年のオランダ。彼らは“衝撃”というキーワードで飾られるチームです。 これがなんといいますか…どうもわたしにはピンときません。 魅力的な、そしてかなり異質なサッカーだったということはわかりますよ? それだけなら映像の断片を拾ったわたしにもなんとなく理解できます。 ま、戦術うんぬんは専門家におまかせしましょう。こちとら語れる器じゃねえや。 それにつけても不思議です。三十五年も前の標語が......続きを読む»

74W杯についての資料

日本における74W杯の放映事情 1974年7月7日 特別番組 ワールドカップ決勝戦 (東京12チャンネルにて午後11時50分~試合終了まで<宇宙中継>) 以降の放送はダイヤモンドサッカー内にて。当然ながら録画放送。 1974年7月14日、7月21日 一次リーグ ユーゴ対ブラジル 1974年7月28日、8月4日 一次リーグ 西ドイツ対チリ 1974年8月11日、8月18日 一次......続きを読む»

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