2011年07月12日
夏です。移籍市場です。札束の飛び交うネタが満載です!
…てなフンイキにはなかなかなりませんな。手堅い身受け話がまとまるくらいで。
むろん本番はコパ・アメリカ以後なのでしょうが、酒のサカナにムダ金たたきは不可欠なもの。
「なんかくだらん話はねえかなあ」と、今日も筆者はカビくさい雑誌を探っていたワケです。
ほんでもって拾ったのがコレと。その名も「トレード・マネーは急上昇!」だとよ。
サッカーマガジンは1969年の八月号に見開き二ページをドーンとつかったこの特集、札束積みあげた図までつくって大はしゃぎであります。しかもなぜか国会議事堂との高さ比べまでしてキャーキャー喜んでおる!
下世話な記事書いとるねえ。それでこそ大衆誌。いやしきわれらの大衆雑誌…。
せっかくなので移籍一覧表をそのまま掲げましょう。
なおこの前年の暮れに起きたのが例の三億円事件です。億に価値のあった時代ですな。
高額移籍金ランキング (1億円以上)
リバ(拒絶) カリャーリ→インター・ミラノ 7億5千4百万円
ペレ(拒絶) サントス→ジュベンタス 6億円
アナスタシ バレセ→ジュベンタス 3億8千2百万円
ソルマニ モントバ→ローマ 2億4千3百万円
ハーラー ボローニャ→ジュベンタス 2億3千2百万円
ベルティニ フィオレンチナ→インター・ミラノ 2億3千2百万円
ロサト トリノ→ACミラノ 2億3千1百万円
デル・ソル リアル・マドリッド→ジュベンタス 2億2千万円
ベネッティ パレルモ→ジュベンタス 2億2百万円
ムジェサン バリ→ボローニャ 2億2百万円
デ・パオリ ブレスチャ→ジュベンタス 1億9千6百万円
アマリルド ボタフォゴ→ACミラノ 1億8千3百万円
メローニ ジェノバ→トリノ 1億7千4百万円
ペイロ アトレチコ・マドリッド→トリノ 1億7千万円
アルタフィニ パルメイラス→ACミラノ 1億6千5百万円
スアレス バルセロナ→インター・ミラノ 1億6千万円
アルジェリリョ インター・ミラノ→ローマ 1億3千8百万円
ドメンジニ アタランタ→インター・ミラノ 1億3千8百万円
シュネリンガー ローマ→ACミラノ 1億3千8百万円
アンクイレッティ アタランタ→ACミラノ 1億3千2百万円
ニールセン ボローニャ→インター・ミラノ 1億3千万円
クラーク フルハム→レスター・シティ 1億3千万円
ロー トリノ→マンチェスター・ユナイテッド 1億1千5百万円
ジュリニョ フィオレンチナ→パルメイラス 1億1千5百万円
ボール ブラックプール→エバートン 1億1千万円
ロサト ペニャロール→リーベル・プラテ 1億1千万円
ピサベラ アタランタ→ローマ 1億9百万円
チバース サザンプトン→トットナム・ホッツスパー 1億8百万円
ディ・ジャコモ ナポリ→トリノ 1億5百万円
ビアンクイ ブレスチャ→ナポリ 1億4百万円
ロー マンチェスター・シティ→トリノ 1億2百万円
グリーブス ACミラノ→トットナム・ホッツスパー 1億円
ヘイレリー アストンビラ→チェルシー 1億円
冒頭二つの“拒絶”ってのがスゴイですが…取引不成立ならそれは単なるウワサなのであって、そんなモン堂々とランキングにのせてちゃイカンわけで。
(本文にも「ペレ選手に対しては六億で申し入れたと…噂された」とある。おいおい。)
それはともかく…。
目だつのはジュベンタスの荒らしっぷりですかね。上位は半分ヤツで占めている。
と言ってもコレは歴代記録でありますれば。実際はさまで極端でなかったかもしれません。
ま、言うまでもないか。なんせあのルイス・スアレスの名があるくらいだから。
しかしジュベンタス一件はおくとしても、いずれ買う側はほぼセリエ勢ですよね。
この点サッカーマガジンはこのようにまとめております。
こうした巨額トレードはほとんどイタリアの金持クラブに集中している。インター・ミラノ、ACミラノ、ジュベンタスといったチームはこれまで外国人選手を買い入れるのに目にあまるほど外貨を積んだ…。…この一~二年は今度のように、イタリア・リーグ内の移籍がうなぎのぼりになり、かえって金額はあがっている。
これにくらべればサッカーの母国・英国の移籍はまだ小さいが…しだいに上昇中である。
札ビラきるイタリアへのあからさまな軽侮とともに、妙なまでの英国に対する親近感が見てとれます。
もっともそれは当然か。この時期までに「ダイヤモンド・サッカー」が放送したカードはのきなみイングランドの試合だったわけだし。
(そもそもBBCの「マッチ・オブ・ザ・デイ」を輸入して始まった番組だから。アレは。)
ただそれ以上に感じるのは、サッカーの母国に対する敬意だなあ。
うん。四十年来のファンって人にはこの角度から攻めてみましょう。そうしよソーシヨ。
…ま、筆者の英国イメージは「お茶のためにアヘンさばいた連中」なんですけどね。
posted by 由比彰紀 |15:45 |
何番? |
コメント(2) |
トラックバック(0)
2011年07月05日
ガリンチャがお涙金をいただいて、ブラジルのマイナー・クラブで働いている。一九五八、一九六二年のワールドカップで世界中のサッカー・ファンを熱狂させたあのガリンチャが……。
…ガリンチャもいまは三十二歳。ろくなプレーもできず、ときには九十分の試合にも耐えることができないほど落ちぶれてしまった。だが彼は八人の娘のために金がいる。どさまわりの田舎チームでも、給料をもらえれば、かつての栄光をすてても、働かなければならない。英雄のあわれな末路というべきか。
60年代のサッカーマガジンも記事の質は玉石混交で、たとえばマシューズ卿の引退特集などはてんでつまらんのですが、上に引いたものはなかなか食いでがあります。
当稿の執筆者は共同通信の鈴木武士さん。掲載は68年の8月号ですね。
ガリンシャの転落過程まのあたりってのもスゴイけれど(もちろんガリンシャはまだまだ落ちてゆく)、じつはこの記事の本題は彼でなし。主役は飛ぶ鳥落とす勢いのジョージ・ベストなのであります。
その冒頭に落ち目のガリンシャを配するあたりあざとい。オッサン、いい仕事してるぜ!
…といってもまあ、スポナビの閲覧者にはおりませんわな。68年にジョージ・ベスト見てたかたなんざ。
まあ化石でもながめるつもりで見てちょーだい。ベスト本人もとっくに死んでるワケだし。
マンチェスター・ユナイテッドには、イングランド代表のボビー・チャールトン、スコットランド代表のデニス・ローと、世界に名を売った大スターがいるが…それ以上の大衆的人気を博しているのが、ジョージ・ベストである。
二年前、リスボンでベンフィカを5-1でやっつけたユナイテッドのジョージ・ベストを、リスボンの人たちは〝エル・ビートル〟とあだ名した。
ベストのトレードマークの第一はビートルズ・スタイルのつやのある髪である。そしてほっそりとしたからだに、もっとも現代的な服を身につけている。ギターをかかえさせたら、まさにビートルズである。
てな具合に、バロンドール獲った21の若造が紹介されるんですね。
このあとも夜遊びに女遊び、ラムゼイ率いるイングランド代表(すなわち66W杯優勝チーム)への悪口と、無鉄砲で鼻っ柱の強いガキのやんちゃっぷりが描かれるワケです。
まあこーゆー新星の登場は今もむかしもメディアのお得意様なのでしょう…が。
それにしても極端なビートルズ寄せでしょ? いくら連中が英国チャラ男の代名詞だったとしても。
導入の小文には「髪はビートルズ・カット、ファッションは流行のトップ」なる見出し。
ベストがマネキンの横でポーズとった写真には「グループ・サウンズ? ファッション・モデル? ビートルズ・スタイルのジョージ・ベスト」と念入りなキャプション。
そもそもこの記事の題からして「サッカーのビートルズ ジョージ・ベスト」だもんね。
まあ二年前の来日は大騒ぎだったらしいし。たしかに初期ビートルズに似てなくもないか…。
ただ、それはあくまでも“初期ビートルズ”なのでありまして。
先にも申したようにこの年は68年。ビートルズが世に出てから六年ほど経ってます。
いくらカビのはえた時代とはいえ時は過ぎるのであって(あたりめーだ)、この頃すでに連中は「サージェント・ペパーズ」で世間を煙に巻いている。もはやアイドル然とはしてないんですよね。
まあアルバムなんか誰も聴かないにせよ(赤盤おさえときゃいいんだろ?)、見た目もいわゆるマッシュルームじゃない。髪はボサボサのばしてるし、レノン先生にいたってはすっとんきょうな丸メガネだし。
要するにはなはだしき時代錯誤だと思うのですが…当時は違和感なかったのかね?
すりこみってやつはシブトイなあ。そらキンクスやビーチボーイズのファンもブツブツ言うよ。
そんなワケでウケたのかスベってるのかよくわからん記事なのですが、それはともかく鈴木さん。ベストの私生活をこうまとめております。
そのくせ彼はひどいけがをさせられたら…週給一万円程度の安サラリーで働かねばならぬことも知っている。そのため遊ぶのも試合のない土曜日の夜から水曜日の間に限定している。彼はたばこを吸わないし、アルコールだって軽いビールを適量に飲むだけだ。みかけによらず節制するのである。
これが事実かは知りません。言うまでもなくジョージ・ベストは典型的なガリンシャタイプですから。
果ては奈落の底に沈む男の若き日に節度があったのか? …ま、アヤシイやね。
そんでもって70年代には見る影もなく迷走すると。あなかなしや世のうつろいは。
…そういやそのころのベストをネタにした特集もあったな。また掘り出しに行こうかな?
posted by 由比彰紀 |16:04 |
何番? |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2011年04月27日
「うーん、どっちかが追いこまれたほうがおもしろかったんだけどなあ…。」
へえ、例のスペイン四連戦のことです。なかよくタイトル分けあったそうですね。
まあせっぱつまるとすれば白組さんしかないワケですが、とりあえず無冠の危機は避けられたと。
これで心おきなく今日に臨めますな。もっとも選手は食傷というか、ゲロ吐くんじゃないかと思いますが。
それはボスとておなじかな? 両監督サン、知恵熱なんぞ出さぬようお気をつけください。
ところで…この大将ご両人。そろってお名前がヨセフさんなんですよね。
モウリーニョのジョゼは言うにおよばず、グアルディオラだって元来ジョゼップでしょ? なぜかみんな愛称で呼ぶけれど。
筆者はなにかこのヨーロッパの風習がなじめませんで。だってかりにも相手は監督サンですぜ。
それをネコもシャクシもペップペップとエレキバンみたいに呼ぶのがねえ…どうにも肌に合いません。監督ってそんな気安い存在でいいのかしら?
むろんよそさまの習慣にケチつける気は毛頭なし。ポップでも罰符でもすきにしてください。
いずれにせよファンゆえの呼び名だろうなあ。よもや記者会見でペップはあるまい。
それにしてもこの愛称ってのはコトバの違いでちょろちょろかわりますな。
たとえばカタルーニャをちと離れると…ホセ・マヌエル・レイナの場合はぺぺでしたね。
あるいはチェルシーのベナユンさん。今季は微妙なあのイスラエル人です。
彼のヨッシてのもヨセフなんだそうな。へえ、てっきりヨシュアなのかと思ってたよ。
ウルリッヒ・ヘッセ・リヒテンベルガーの『ブンデスリーガ』に以下の記述があります。
ヨゼフ・デアバルはかなりの変り種だった。インサイド・レフトのデアバルは、一九二七年にビュルゼーレンで生まれた。この町はラインラントにあったので、人々は彼を〝ユップ〟と呼んだ(さらに南ではヨゼフはゼップに変わる。ヘルベルガーのように)。
つまりドイツ語圏のヨーゼフには二種類の愛称があり、それは地域差によるものであると。
そういやゼップ・マイヤーなんてGKがいましたね。あの人も南の出身なんでしょう。
ゼップ・ブラッターといえばご存じスイスが生んだ俗物ですが、なるほどスイスも南にふくまれるようで。
さらにはユップ・ハインケス。来季はバイエルンの監督になるそうですね。
彼なんかはユップ圏からゼップ圏に移籍するワケだ。まあ呼びかたが変わることはないでしょうが。
そんなこんなでヨセフさんは各地にてんこ盛りなのですが、そうなると当然根っこは過去にさかのぼるワケで。
筆者はどうしても聖書がうかびます。わりに有名なのはイエスの父ヨセフでしょう。
…あ、こう言っちゃマズイのか。
ええと、イエス大先生のお母君であられるマリア嬢のダンナにして大工のヨセフさん。てトコかな。
この人はほっといてあげましょう。こんな言い回しを強いるムチャな設定が罪なのだ。
「ヤコブ原福音書」なんかそのヘン描いてはいるけれど、アレで納得するのはムリだよなあ。
そうだ、アリマタヤのヨセフがいた。例のイエス師匠の遺体を引きとったかたです。
この人はお金持なんですよね。で、立場上イエスの弟子であることをコソコソ隠してたと。
それが処刑後に意を決して死体をもらいに行った…。うん、こーゆー人間味のあるキャラは憎めないな。
ペテロなんかもこの範疇になりますか。神がかりのステファノやパウロじゃこうはいかんよ。
モンティ・パイソンの映画「ホーリー・グレイル」は1975年の作品です。
これはアーサー王伝説をおちょくったコメディなのですが、この映画にアリマタヤが出てまいりまして。
「なして中世英国にアリガタヤが?」とはじめ不思議に思ったのですが、なんとアリマタヤのヨセフさん、後にイギリスに渡ったことにされてるんですね。ああくだらね。
何が悲しゅうてユダヤの上流がブリタニアなんぞへ、まったくヨーロッパってやつはよォ。
なんてブツクサ言ってたのですが翻意しました。死後をどうあつかおうが後世の勝手ですから。
わが日本もヒトのこと言えんワケですし。為朝が琉球へ行こうが、義経がジンギスカンになろうが…。
しかしまあ元祖ヨセフとなれば、やはりヤコブさん家の十一男クンでしょう。
このヒトは人気あるんですよ。それこそ宗教の垣根を越えてるくらいで。
アラビア語圏でのヨセフはユースフとなるのですが(ユースフ・ハッジなんて選手もいましたね)、『コーラン』にあるユースフの章はまるまる旧約のヨセフ物語にあたるんです。具体的には創世記37章から46章と(38章はのぞく)。
なぜにコイツがウケたのか理解できんのですがね。なにしろ空気が読めないんだ、このヨセフ坊やは。
むかしむかし、ヤコブさん家のヨセフくんは親父にかわいがられておりました。
それでいい気になってたヨセフくんは兄貴たちにきらわれ、人買いに売っぱらわれてしまいました…。
いやなんともスゴイ展開ですが、まあ神話のこととて気にせず進みましょう。
ドナドナドナと揺られた先はとあるエジプトのお役人さんの家。
幸いヨセフくんはご主人様に気にいられます。おかげで彼はすくすくと成長しました。
育ってみるとやっぱり男前だったんでしょうね。ここで登場するのが奥サマというワケで。
「いいことしましょ?」「ババアはヤだね」 さあ、奥さん怒ったおこった…。
ま、だいたいこんな話です。ヤなガキだ。オチもイヤな弟ぶりなんだ。
こんなのが元祖にいるんだから、そら後世のヨセフ連もクセモノぞろいになりますよ。
はてさてジョゼさんにペップさん。今宵両ヨセフ氏は何を見せてくれるのでしょうか…。
posted by 由比彰紀 |13:52 |
何番? |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2011年03月01日
エブラさん、ご契約を延長なされたそうで。どうもおめでとうございます。
あいかわらずCL一回戦はユルくお茶にごす気のユナイテッドですが、んなマネできるのも彼がいたればこそ。
少々口の悪い背番号3は、これからもマンチェスター・Uの名物であるのでしょう…。
ということでヤツの仲間ハズレは当分つづくんだな。エブラ本人はチンプンカンプンだろうけど。
あ、世間のみなさまもポカンですか。そらもちろんくだらねえ背番号のハナシでさ。
カギはエブラがフランス人たることにあります。あの国にしちゃ真っ当な背中なんだな。
フランス人ってのは実際おかしな連中で、毎度まいどフシギな背番号を披露してくれます。
背番号屋にはお得意サマでありまして。はて今宵は何を見せてくれるやら。
ガエル・クリシ、ジェレミ・マテュー、そんでもってエリック・アビダル。
上記三名はいずれもCL参戦中のフランス人で、ともにポジションはLBであります。
まあ最後のはCBもやるがそれはともかく、この三人が三人ともおなじ背中をしてること。みなさまはお気づきになったでしょうか?
さようそれがすなわち本日のナンバー。連中の背番号はいずれも22番なんですよ。
さらにさらにパリSGからはアルマンが加わると。こちらはEL出場組のLBですね。
いかにフランスのタレントが豊富といえど、ヨーロッパ級のクラブに四人も22番LBを送りこむとは度が過ぎている。ほとんど異常現象ですな、こりゃ。
だからマトモなエブラが孤立しちゃうんだ。…ま、ただのグーゼンだろうけど。
それにしてもLBでこんな珍現象起こすのがいかにもフランスというお国柄で。
これがRBならまだわかるんです。22は2番の代用としてちょいちょい使われますから。
(2番はたし算ができないからとくに多くなる。1+1なんざ論外でしょ。)
シャルケの内田クンもその例だろうし、このケースならマッシモ・オッドは忘られぬ。
…オッドはもはや背中の糸が切れちゃったなあ。ああかわいそ。
それはさておき…。
フランスの22番は偶然でしょうが、あきらかな意志が見てとれる場合もありまして。
たとえばカメルーンがそうですね。アーセナルのソングにアストンビラのマクーン。
そしてマルセイユのエンビア。この国の中盤はやたら17番にあつまってきます。
コレはよもや偶然ではあるまい。三人とも祖国の先輩を意識してのことでしょう。
なんせ背番号17は彼の、亡くなったマルク・ビビアン・フォエのナンバーでしたから。
うっかり17番ネタを出しちまった。22番に軌道をもどしましょう。
このナンバー、基本イメージはやはりGKでしょうか? しかも当然ながら控えの。
典型はプレミアにおいてとみに顕著で、チェルシーのターンブル、アストンビラはグザン、サンダーランドにミニョレとまずまずのメンツがそろってます。
なかにゃボルトンの正GKみたいなのもおりますが。まわりが迷惑するっつーんだ。
あるいは中盤にもちょいちょい見かけます。
今季絶好調のドルトムントにはベンダーがいるし、かたや死に体のブレーメンにはフリンクスが。
他にもブラガのアギアールやCSKAモスクワはアルドニンと。いずれも22番のハーフです。
この場合はたし算代用の可能性もありますが…ま、たまたまの産物なんでしょね。
個人的に興味あるのはシャフタールのムヒタリヤンなのですが。どうにかバケねえかな、アイツ?
だけど最近目立つのはむしろストライカーかな? ポジション柄あたりまえだけど。
先ほどあげたシャルケにしても内田クンの前はクラニイだったワケで…って、もっと濃いFWがいるやね。
筆頭に挙げらるるべきはジェノア組かな。ボリエッロにそしてディエゴ・ミリート。
ジェノアで男を上げたストライカー二人は、今なおそろって22番背負ってますからね。
んでもって巣立たれた立場のジェノアはというと、やっぱり22は若いFWがつけてると。
一目で期待されてるのがわかるなあ。ジェノバ細胞は着実に受け継がれてるようで。
そんな22番FWの一人に、ナポリのエセキエル・ラベッシがおりまして。
筆者彼のナンバーには不満もってます。そりゃもうウダウダブツクサぬかしたくなるくらいに。
まあ唐突にイチャモンつけるのもなんだ。順を追って申し開くことといたしましょう。
もちろん選手としてのラベッシに文句はござんせん。根性みせて戦う男だね、あれは。
…って、今さら確認するまでもないな。もう何年もナポリの看板なんだから。
ここ数日はお通夜になったナポリだけれど、いや、でもそれは頂上が見えたからこその痛みであって。
今のユベントスじゃそうはいかんぜ? カバーニとのコンビは今季セリエの顔だもんなあ。
…と、ここでわが憤懣の理由に気づかれたかたも多いかと思います。
あっさりカバーニに7番あげちゃったんですよ。あのラベッシとかいう小僧は!
そりゃま当然カバーニが欲しがったんだろうけど、でもあまりにもカンタンすぎやしませんか?
これが10番なら話はちがうんだろ? なのに7番にはずいぶんと冷てえぢゃねえか。
おたくらの国で7番といえばだなあ。クラウディオ・ロペスというすてきなセンパイが…。
<おまけ>
三月になったということで、季節柄こんなのもアリかなと。
posted by 由比彰紀 |17:25 |
ナンバー |
コメント(2) |
トラックバック(0)
2011年02月08日
「ふーん、やっぱりユダなのね。」
ええ、例のフェルナンド・トーレスにまつわる一件です。筆者もいろいろ耳にしました。
9番のユニフォームが燃やされただの、裏切者のユダあつかいされてるだの…。それ自体はかまやしませんがね。どうせ育ちの悪いのがふざけ半分でやってるんだろうし(あんなモン真剣にやったらイタイ)、だとすれば何を言おうがムダなんだし。
なにより当人がわりきってるでしょうしね。連中は週末溜飲を下げたのかな?
行儀がよろしくないのはいいとして、気になるのが「裏切者=ユダ」なる図式でして。
だって出典が聖書ですぜ? おもっきし権威によりかかってまんがな。
なにも礼儀の源泉みたいなトコから引くこたないのに。せっかくブシツケやるならさ。
まあ意識すらしてないんでしょう。すりこみってのはここいらがシブトイのだ。
イスカリオテのユダはイエスのおっさんを銀貨三十枚で敵に売った、福音書最大のヒールであります。
当然キリスト教からは目のカタキにされるのですが、それはそうとわからんのが銀貨三十枚なる金額でして。
マタイ書によると当時日雇いの一日の賃金が、1デナリオン銀貨一枚であったとのこと。
してみると銀貨三十枚ってのは十五万から三十万ってトコか? いずれにせよ五千万ポンドなんてカネではなさそうですね。
イエスの時代にユダなる名をもつ男は他にもいる。たくさんいる。掃いて捨てるほどいる。
イエスの弟にもユダというのがいるし、使徒にもイスカリオテとは別にユダがいる。新約聖書には「ユダの手紙」なんて書もある。これももちろんイスカリオテくんではなし。
そんじゃそれぞれのユダはどういう関係なのかというと、それはもう伝承の解釈をめぐってあーだこーだ、てんやわんやの盛況をなしているのでありますが、まあユダという名がめずらしくもなんともない、ごくありふれたものであったことは想像がつきますね。
ご先祖様にもユダはいらっしゃる。
いちばん有名なのはヤコブの四男ユダでしょう。この人らの代からイスラエルの十二部族が分かれるんだ。
(このユダの次男が自慰行為の語源とされるオナンです。ホントかどうか知らないけど。)
こちらのユダはヤコブの親父の四男坊。にもかかわらず長子相続権をヤコブ親父からめでたくちょうだいし、おかげで子孫は他の部族にくらべ繁栄したんだそうな。あなありがたやご先祖様。
そんなありがたい相続権をなぜ四男ユダが手にしたか? それは兄貴どもがしくじったからなんですね。
長男のルベンは親父の女に夜這いしてポイ、その下のシメオンとレビは町ひとつ破壊する狼藉者…。
なんともすさんだ家庭ですな。まあユダ家が品行方正ってこともないんだけど。
歴史時代になるとマカバイのユダがいる。紀元前二世紀だからリアリティある時代ですね。
この人はレジスタンスのリーダーです。相手はドイツ人じゃなくギリシャ人だけれど。
「オレたちを支配するギリシャ人は素っ裸でスポーツなぞという不届きをする連中だ。許せん!」
てなワケで反乱に打って出たと。…このあたりギリシャ人は近代イギリス人と似ている。
やたらスポーツ好きで世界中に輸出するんだな。そら文化摩擦も起きましょう。
結局ユダ・マカバイは反乱の中途にて戦死します。
しかしレジスタンスの指導者ってのはカッコイイらしく、各方面で人気があるそうな。
たとえばイスラエルのクラブに多いマッカビ。あれはこの人から採用したとのこと。
(ところでハポエルってのはどこから来たのかね? 筆者そっちは全然知らない。)
マカバイのユダご本人からしたら本末転倒な命名って気もするけど、そのヘンはどうもおおらからしい。
それはともかく、かようにユダとはありふれた名で、多種多様なユダさんがおられたワケです。
にもかかわらず「ユダ=裏切者」にしてしまったイスカリオテのユダくん。その功績(?)はあまりにも大きい。
この人あの世のユダ業界でも肩身せまいんですかね。案外大手ふって歩いてたりして。
ユダ・イスカリオテの扱いは各福音書にて異なります。
最初に成立したマルコ福音書に目立った記録はありません。ただイエスを裏切った、とされるのみ。
ところが後続の福音書になると、ぞくぞくユダに関するエピソードが出てくるんですね。
たとえばマタイ福音書。ユダは後に首をつって自殺した、とされている(マタイ27:3-10)。
ヨハネ福音書でのユダは、金をちょろまかした小悪党になっている(ヨハネ12:6)。
ルカはさらにひどい。聖書によるとユダはこうなりましたとさ。
「…ユダは不正を働いて得た報酬で土地を買ったのですが、その地面にまっさかさまに落ちて、体が真ん中から裂け、はらわたがみな出てしまいました。」(使徒言行録1:18)
わかりやすいなあ。うすぎたないユダの野郎××××ってなトコだ。
なんかリバプールの悪ガキどもがかわいく思えてくるね。つまるところ聖書つくった連中とおなじなんだから。
posted by 由比彰紀 |16:37 |
何番? |
コメント(5) |
トラックバック(0)
2011年02月04日
背番号書きにもなかなか興味深い冬でした。
ビッグクラブが妙に動きましたからね。しかもヨーロッパ戦で使えない大物がやたらと。
コレがちと不思議でありまして。その点長友クンのケースは理解できるのですが。
…よもやUEFAの野郎ウルトラC使ってねえだろな? 以前しれっとルール変えてたよな。
まあいいや。駆けこんだ連中がどんな背中してるか、今はすなおに見ておきましょ。
もっともアデバイヨルの場合は予想がたちます。空きは6番と15番くらいしかないし…。
(で、どうやら6番にしたようですね。いかにもアフリカンFWらしい選択で。)
すでにおかしな背番号も見るしなあ。マンチェスター・Uと41番の謎とか。
そんなワケで冬に動いた選手からいきましょうか。おなじみのFWルカ・トーニです。
すでにすっかり忘れ去られた感もある移籍ですが、ジェノアから今冬ユベントスに来ました。
んで、一試合出て早々にケガと。ベテランにはやさしくない季節だけど…ツイとらんね。
うーん、見切りつけられやしないだろうな。いやいや復帰すればゴール獲るよ、アイツは。
とまあ、ざーとらしく書いてきたワケですが…本日は表題のとおり30番です。
そしてトーニの背番号は20なんですよね。試合見たかたは周知のことでしょう。
それじゃなんでまたトーニなのか? …って、コレまたわざとらしいやね。
だいたいスポナビで当所をのぞくなんてよほどのヒマ人にちがいないから。そら事情は知ってるさ。
ま、でも確認する価値はあるかな。以下がルカ・トーニのキャリアです。
00-01 ビチェンツァ 背番号30
01-02 ブレシア 背番号9
02-03 ブレシア 背番号9
03-04 パレルモ(セリエB) 背番号?
04-05 パレルモ 背番号9
05-06 フィオレンティーナ 背番号30
06-07 フィオレンティーナ 背番号30
07-08 バイエルン 背番号9
08-09 バイエルン 背番号9
09-10 バイエルン 背番号9 → ローマ 背番号30
10-11 ジェノア 背番号9 → ユベントス 背番号20
要するに彼にとって30番は保険なんです。可能なかぎりはエースナンバーをつける。
そして9番に空きがないときのみ、かねてなじみの30番を選ぶというワケ。
(じつは当時のフィオに9番は不在なのですが、リガノに配慮しての処置と思われます。)
背中の処理法としてはしごく真っ当だね。存外アタマいいのかな? 顔に似あわず。
そんなトーニの保険をツブしたのが、シーズン前半がんばってたGKストラーリです。
ストラーリの経歴まで広げたらトンデモナイことになるのでやめましょう。とどのつまり好調だった昨季のナンバーを継続した。それだけですから。
今後ストラーリに出番はありますかね。まああすこは何が起きてもおかしくない状況ですが。
しかし30番のキーパーとなると、いやがうえにも浮かぶのはフランスでありまして。
このリーグのGKは1・16・30でキマリですから。しかもなぜか1番は避けられるという。
(ちなみにリーガ・エスパニョーラだと1・13・25。いろいろ例外はあるけれど。)
たとえばマルセイユのマンダンダ。この人はもうすっかりおなじみですな。
あるいはパリSGはエデル。アルメニア代表の黒人GKらしいですが、どういう経緯かね?
ちと前ならモナコのフラビオ・ローマとか…ってオレは何年おなじこと言っとるのやら。
リーガだとこのあたりの背中は子どものモノなので、基本たいしたタマはおりません。
とはいえバルセロナの30番は評判いいようですが。ええ、たしかチアゴとか言ったっけ?
かのチームで高評価ならいずれ背中は若くなるね。どのチームになるかは知らないけど。
ココの30番にはとてつもないセンパイがいたもんなあ。背番号もぐんぐん出世したなあ。
てなワケで30番を一里塚にした選手を。デンマーク人のグレンケアさんです。
スピード豊かなドリブルと凡庸なクロスを装備したこのウインガーは、チェルシーにて30番をつけておりました。
その後はバーミンガム、アトレチコ、シュツットガルトをうろうろ。背中も7、11、22と多様です。
そして現在はコペンハーゲンの10番と。おお、紆余曲折はあれどメッシとおなじ展開だ!
んでもって…あと半月ほどかな? 今度CLでチェルシーと戦るんですよね。
まあ古巣といってもかつてのお仲間は二人しかいないけど。もちろんジョディ・モリスなんていないし。
おかしいのはこのコペンハーゲンの右サイドに、背番号30がいることでありまして。
さらに彼を10番が器用に使ったりしてるんですよ。いやいや、仕事ってのは変わるモンだ。
グレンケアは今どう思ってるのかなあ。…わすれてるか、かつての30番のことなんて。
<おまけ>
新入りに自己紹介はつきものと。なかにゃ有名人もいるね。
posted by 由比彰紀 |16:48 |
ナンバー |
コメント(0) |
トラックバック(0)
2010年12月24日
タマルが…兄アムノンのいる部屋に入り、彼に食べさせようと近づくと、アムノンはタマルを捕らえて言った。「妹よ、おいで。わたしと寝てくれ。」…「いけません、兄上。わたしを辱めないでください。イスラエルでは許されないことです…。」
上記はフランス書院ではなく旧約聖書から引きました。出典はサムエル記の下であります。
訳のせいか言葉がこなれぬのは残念だけど、いやそれにしてもすごいシーンだわ。
なんで神様はコレを18禁にしなかったかね? 中学生が見たら絶対赤線引くトコですぜ。
まあ神話にカット入れだしたらキリがないんだけど。そういや創世記にもアブなのが…。
バカ言ってないで背番号に参りますか。本日は27番です。
とりあえずはクラシッチですな。現在いちばん輝いてる27番はこの男でしょうから。
…近年のセリエはなぜか27の受けがよくてですね。去年のパンデフは以前ちと触れました。
ジュリオ・セルジオも急に正GKになったし、ミランのボアテンクも使われとります。
パレルモにもパストーレなんてのがいますからね。ま、彼は去年から元気にしてたけれど。
アルゼンチン的に6番はキモチ悪かったのかな? いずれ今季の背中は27です。
わけても絶好調なのがユベントスのセルビア人…なのですが。
実をいうとこの27番に関していえば、クラシッチよりむしろ同僚にネタがあるワケでして。
それがこれまた今季加入のファビオ・クアリアレッラで、彼については以前書きました。
いま一度おさらいしときますか。彼のキャリアはざっとこうです。
05-06 アスコリ 背番号99
06-07 サンプドリア 背番号27
07-08 ウディネーゼ 背番号27
08-09 ウディネーゼ 背番号27
09-10 ナポリ 背番号27
10-11 ユベントス 背番号18
つまり彼は居は定めぬが背中はひとつ、通称ビエリ症候群の患者なのであります。
(べつにアネルカ病でも鈴木隆行シンドロームでもいいんだけど。つまりはそーゆービョーキですな。)
この点今度の移籍は彼にとって不幸でした。カブる背番号かよ、27番なんて。
しかも相手はおなじ新入りときたモンだ。まあクアリアレッラは市場のどたんばで決まったからなあ。
ところで一方のクラシッチ。彼の背番号癖はどうなっとるのでしょうか?
この男も背中的にはやりやすいんですよ。CSKAモスクワ時代は一貫して17番でした。
それは代表にも染みついていて、たとえば夏のW杯でも17をつけとりましたね。
…してみると問題はユベントスにあります。なにゆえ彼に17番を与えなかったのやら?
うーん、やっぱりエースの残像か。トレゼゲの背番号ってのが引っかかったのかなあ…。
しかしその結果27を選ぶのだから、クラシッチも7が好きな男なのでしょう。
ま、そもそも彼はバリバリの右ウイングですから。7番嗜好は当然ではありますが。
そういうポジション意識はクアリアレッラにも顕著です。
どう見ても9番まわりを狙ってますからね。W杯でも18番背負ってたし。
(個人的に彼は10番系の気もしますが、まあ本人は完全に点取り屋気質なんでしょう。)
たまにいるんですよね。バレンシアみたいに外堀ばっかで本丸獲りにいかないヤツ。
おのれの格をおもんばかったゆえなのか、それとも渡世人には関わりのねえ背中なのか…。
そんなこんなでセリエの27番は盛況なのですが、対してプレミアの27はつまらんのよね。
とくにビッグクラブ連のは魅力にトボしい。むろん記憶にとどめる価値はあるけれど。
だけどそれよりミチェル・サルガドのほうが味だよなあ。ベテランが異国の地でこんな背番号。
ラウルの7やグティの14より物語があるでしょ? サルガドが背負う27番には。
去る12月19日。イケル・ムニアイン少年はめでたく18歳の誕生日をむかえました。
これで来季はムニアインの背中も出世する…ハズなんですがね。
どうもリーガの背番号事情はよくわからん。テキさんスペイン語なんだから当然だけど。
何年も格闘してきたテーマではありますが、もいっぺん俯瞰してみるとしますか。
リーガ各クラブの登録選手は上限25名まで。彼らは25番までのナンバーをつけます。
(ゆえに巨大背番号は誕生しない…かわりにヘンなヒトケタがゴロゴロいるけど。)
そして満18歳未満の者はプロ契約を結べず、上記登録枠外のあつかいとなる。
すなわち25番以下は18歳未満おことわりの、いかがわしきオトナの背番号である…。
と、思ってたんです。去年のちょうど今ごろまでは。
ところがムニアインはビルバオと三年契約したんですよ。この扱いはプロ選手だよね?
そんじゃ背番号も変わるのかなと思ったのですが、結局今季も27で登場…。
うーん、やっぱ25番以下はアレか。18禁アダルトのいかがわしいナンバーなのかしら?
事情通のかたご一報ください。かわりにタマルちゃんがどうなったのかお教えいたしましょう。
<おまけ>
試合に負けた日はコレでしょ。ハタチ未満はおことわり。
posted by 由比彰紀 |16:20 |
ナンバー |
コメント(6) |
トラックバック(0)
2010年11月23日
ひっくり返って…ええと、なんだっけ? ともかくもヤヤ・トゥレの背番号はコレですね。
ヤヤとしてはバルサでの24に未練があった。しかしシティの24番はビエラがつけてたと。
(ビエラも望んで24つけてるワケじゃないんだけど。こりゃ玉突き事故だね。)
しかたなくヤツは数字を入れ替えたワケだ。…24ってそんな意地になる背番号かなあ?
バロテッリともどもどうにかならんかね。ウーゴ・ビアナを目指すつもりはねえんだろ。
背中は出世してナンボなんだからさ。マイカー・リチャーズ然り、パチェコしかり…。
とまあ、それはともかく。
この背番号の裏返しってのはかねてまれに見かけるもので、とくに多いのがイタリアです。
わりと著名なのはアタランタのドニですかね。今はまた27に戻ったそうですが。
あるいはトリノはデアシェンティスの51番とか。…ま、こんなの誰も覚えちゃいないか。
(いちおう補足するとミラン時代が15番。ただし筆者ミランでの彼は記憶なし。)
目を引くのはやはりベッカムかな。ミラン時代の32番は転回ナンバーの典型でしょう。
ま、他にも理由はあるかもしれないけど。個人情報とやらは保護されにゃならんらしいし。
なんで長々とつまらん例をならべてるのかというと、じつはまったく同じケースの男がいるからなんですね。
それがジェノアのポルトガル人ミゲウ・ベローゾ。古巣スポルティングでは24番でした。
ところが今季移籍したジェノアにはモレッティがいるってんで、結局42を選択…。
いや筆者も背番号は大好きでよく見てるつもりですが、それにしてもこんな例はめずらしい。
同じ背番号が同じ処理法で生まれるとはね。おまけに同時に、ときたもんだ。
まあその結果が42番てのがしょーもないんだけど。執着するならヒトケタとかにしてくれ。
ミゲウ・ベローゾの暴挙を許すくらいだから、ジェノアも背中の錯乱したクラブです。
ミラネットについては以前とりあげたし、ちと前は83番つけた正GKもおりました。
(控えGKは73だったかな。ドンブリ勘定なキーパーそろえやがって。)
最近はいくらか落ちつきましたけどね。主力のヒトケタも増えたし、ルビーニョはどっか行ったし。
…しかしココのドンたるプレツィオージっておっさん、どこかで聞いた名前だなあと思っていたんですが、八年前はコモの会長サンだったんですね。セリエA昇格時の。
どうりで毎度人の入れ替えが激しいワケだよ。最新の人事は監督のクビだっけ?
閑話休題…。
とはいえ背中の混乱ならパレルモが上ですな。さすがシチリア、ルールは無用。
なんせ正GKのシリグは46で、DFのバルザレッティも負けじと42番。
主力級にこんなのがゴロゴロしてんだから。節操のなさはセリエでも屈指なのであります。
(バルザーリなんかドイツまで43番持っていきやがった。あんなモン輸出すんじゃねえ。)
ピニージャにイリチッチともなるともう…ね。まあ連中にもマフィアなりの掟があんだろ。
それじゃバルザーリの向かったブンデスはというと、やっぱり大きな背中がありますな。
たとえばバイエルンのティモシュク。ディナモ・キエフでも44番でしたね。
あるいはブレーメンのバルクフレーデ。中盤右方でウロウロしとるアイツです。
さらにはヘルタ→ハンブルクのゴイコ・カチャル。最近試合出てるのか知りませんけど。
彼らに共通するのは、いずれも44番をおのれの背番号としている点であります。
44にかぎらずゾロ目は好まれますね。77、88、99…。思いあたる顔もおるでしょうか。
ま、それぞれ理由はあるやもしれません。たんにバクチ好きなのやもしれません。
だけどやっぱりつまらんね。どうせならサベージくらいの気概を見せてほしいモンだ。
サベージは乱暴でガサツで品がなくて、ウンコ流さずに罰金食らうようなウェールズ人だけれど、あれで背中にはけなげな男なのでありました。
(…ってまだまだ現役か。おお、執念で8番ゲットしてやがら。)
さてこのナンバーを取りあげますからには、やはりアイツに触れねばなりますまい。
彼こそはセルティック育ちのアイルランド代表、エイデン・マッギーディなのであります。
サイドにてよくも悪くもクセのあったこの男は、なぜか背中も46番と暴走しとりました。
当初はわかります。ユース上がりなんだし、これから背番号も出世するんだろうと。
ところがこやつは平然としたり顔。周囲のしぼりをよそ目に46で通したんですな。
まあたしかにね。セルティックってのはむやみにデカイ背番号がいるクラブではあります。
ビーティもここでは37番つけたし、ベラミーが避難したときは47だったもんねえ。
そんなマッギーディがやおら移籍したのが、はるかロシアはスパルタク・モスクワでありまして。
ココにはなんと46番がいたんですね。今現在は知りませんが、いずれ小僧っ子でしょう。
若手みたいな背中してハナタレとカブるのも不幸ですが、まあそら自業自得。
さあマッギーディはこの難局をどうするか。ついに10番でもつけにいったのでしょうか?
…まあ結論はみなさんご存じですわな。すでにCLも第五節になるんだし。
ええ、ヤツはひっくり返したんですよ。64番。じつにベッカムさんの倍なのであります!
何をそんな執着することがあるか知りませんが、ここまでくるともう意地ですね。
うん、キミはもういいや。生涯ムチャな背番号つけて生きていきたまえ。
<おまけ>
せっかくベッカムさんの名が出ましたので、彼とはまったくカンケーない曲を。
posted by 由比彰紀 |15:01 |
ナンバー |
コメント(3) |
トラックバック(0)
2010年10月05日
モンティ・パイソン世を笑う
「空飛ぶモンティ・パイソン」第十一回(1969年12月28日 英BBC)
その一幕「サッカー選手インタビュー(Literary Football Discussion)」のセリフ。
ボローニャを破ったジャロウなる英国チームの選手(ジョン・クリーズ)に、ホスト役(エリック・アイドル)がインタビューするという設定。
なおジョン・クリーズの反応は削除。アレはまあ、そういうモンですから。
昨夜 偉大なるサッカーの伝統が復興されました
Last night in the Stadium of Light, Jarrow we witnessed the resuscitation of a great footballing tradition…
ジャロウ・チームが展開したのはプルースト流の実存主義的サッカー
…when Jarrow united came of age in a European sense with an almost Proustian display of modern existentialist football…
敵手ボローニャは時代錯誤な守備哲学を標榜しミッドフィールドで倫理的に自滅
…virtually annihilating by midfield moral argument the now surely obsolescent catenaccio defensive philosophy of Signor Alberto Fanffino.
カント実証主義で果敢に攻撃したジャロウが 勝利を収めました
Bologna, indeed, were a sight intellectually out-argued by a Jarrow team thrusting and bursting with aggressive Kantian positivism.
ジャロウ最高の知性派でチームの要というべき選手
And outstanding in this fine team was my man of the match the arch-thinker, free-scheming…
奔放さが魅力のMFの雄 ジミー・バザードです
…scarcely-ever-to-be-curbed midfield cognoscente, Jimmy Buzzard.
昨夜は 地中海式守備の巧妙な触手をすり抜け 英国サッカーの極意を見せつける活躍で みな脱帽したよ
Jimmy, at least one ageing football commentator was gladdened last night by the sight of an English footballer breaking free of the limpid tentacles of packed Mediterranean defense.
相手があれほど早く中央の譲渡に甘んじると思ってた?
Were you surprised at the way the Italians ceded midfield dominance so early on in the game?
あれはサッカーの様式に新時代を約する徴候だよね
Now, this is, of course, symptomatic of a new breed of footballer as it is indeed symptomatic of your whole genre of play, or is it not?
新たな概念によってイタリアの守備を解体しえた感想は?
What I’m getting at is you seem to have discovered a new concept of the mode of which you dissected the Italian defense last night.
つまりはこーゆーネタ。
posted by 由比彰紀 |16:03 |
メモ |
コメント(2) |
トラックバック(0)
2010年09月21日
「野球害毒論」に列した人々
明治四十四年『東京朝日新聞』が連載した「野球とその害毒」には、以下の人物が筆者とされている。
8月29日 新渡戸一高校長
8月30日 川田府立第一中学校長
8月31日 福原専門学務局長
9月1日 静岡中学校長 中村安太郎氏
9月2日 攻玉社講師 廣田金吾氏
9月3日 米國人某氏
9月4日 永井東京高等師範教授
9月5日 河野安通志氏 (早稲田旧野球選手 目下同校講師)
9月6日 松見順天中学校長
山梨県都留中学校長 寺尾熊三氏 (書翰)
某中学教師
9月7日 日本体育会長 加納子爵
米國人某氏
9月8日 曹洞宗第一中学校長 田中道光氏
静岡師範学校長 角谷源之助 (書翰)
9月9日 水戸中学校長事務取扱 菊池謙二郎
9月10日 早稲田中学幹事 中野文学士
早稲田大学講師 河野安通志 ※1
9月11日 スタンフォード大学総長 デビット、スター、ジヨルダン博士
東大医科整形外科医局長 医学士 金子魁一氏
9月12日 日本医学校幹事 磯部檢三氏
文部省学校衛星係嘱託医学士 古瀬安俊氏
9月13日 九州帝国医科大学にて医学博士 榊保三郎氏
9月14日 鹿児島高等農林学校長 玉利博士
大阪府立富田林中学校長 大里猪熊氏
四条畷中学校長 服部○○ ※2
9月15日 学習院長 乃木希典氏
9月16日 佐久間文部大臣秘書官
第二高等学校長 三好愛吉氏
9月17日 新潟医学専門学校長 池原康造
9月18日 廣島県立忠海中学校長 江口俊博
9月19日 全国中学の調査
※1 9月5日の同名氏。事実とは異なると朝日に抗議し、ねじこんだものらしい。
※2 筆者には判読不能。横田氏の本には「服部一念氏」とある。
ウィキペディアによれば9月22日までとのこと。ただし現行の縮刷版を見るかぎり、9月19日の総論をもって連載は終了している。
以上は横田順彌『嗚呼!! 明治の日本野球』 2006 平凡社 に全文が録されている。
posted by 由比彰紀 |21:31 |
メモ |
コメント(0) |
トラックバック(0)