2008年09月29日

ウィークリーヨーロッパ9月第五週

ウィークリーヨーロッパ9月第五週

主なニュース

・とくになーし。



試合結果

フランスリーグプレーオフ

Rouen Huskies 6-4 Savigny Lions
Rouen Huskies 12-2 Savigny Lions

Templiers Senart 10-6 Montpellier Barracudas
Templiers Senart 5-4 Montpellier Barracudas

フランスリーグプレーオフ、長いにも程があるよ!書くことがなくなってきたよ!というかもうないよ!



ドイツリーグファイナル

Buchbinder Legionaere Regensburg 10–0 Mannheim Tornados

Buchbinder Legionaere Regensburg、コールド勝ちでドイツチャンピオンシップ2008王者の座に登りつめました。土俵のギリギリで見せたこの勝負強さこそBuchbinder Legionaere Regensburgの強さだったんじゃないかと思います。今シーズンのドイツリーグを振り返ると「乱打」の一言に尽きますが、だからこそ逆に代表においても枯渇している感のある「投手の人材」を重点的に保有しているBuchbinder Legionaere Regensburgが短期戦で総戦力で上回っていたのではないか、と見えました。代表においても長所の伸ばしあいに限界が見えつつある今、ドイツにとってこういう風に選手を育て使えるチームは貴重だと思います。こうした戦力の足りない部分を補おうとする風潮はまさに戦力少しづつ均衡していこうとしている時のもので、彼らの勝利はドイツの野球がどんどんと高いレベルで均衡しうるところへ移行しているその証拠なのでしょう。彼らのこの圧倒的勝利、そして彼らのホームにできつつある野球は、ファン同士の大喧嘩を引き起こしたようで、素直な形で喜べない注目を浴びてしまったのも、そんな流れの一つなのかもしれません。



オランダリーグプレーオフ

Konica Minolta Pioniers 0–3 Corendon Kinheim

L&D Amsterdam Pirates 11–1 DOOR Neptunus
L&D Amsterdam Pirates 3–2 DOOR Neptunus

Corendon Kinheimはお得意の投手戦でさっくり勝ちあがり、L&D Amsterdam Piratesは土壇場からの大逆転劇で勝ち上がり、オランダシリーズはまた代表選手が揃い踏みの豪華なシリーズになりました。この流れだとどっちがいくか正直皆目検討がつきませんが、単純に戦力のかさだけ見るとCorendon Kinheimが勝たざるを得ないカードになったような気もします。先発投手陣、リリーフ陣がどこも少しだけいい成績を残せており、L&D Amsterdam Piratesが正面からぶつかると横綱相撲で押されきってしまう、みたいな。

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posted by shoeless |01:32 | ヨーロッパウィークリー | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年09月27日

金色のレッテル

五輪からの帰国後、国際戦の酸いも甘いも知る日本のエース上原は、今大会の敗戦を受けて「ボールを統一してほしい、韓国は国全体で取り組んでいる、日本は遅れている」とのコメントを残していきました。プレ五輪に日米大学野球と、国際舞台で大車輪の活躍を見せたかつての関西大のエース宮西は「国際球はでかい!」と断言していましたし、ダルビッシュも五輪においては国際球の影響でボールが高めに浮いたと言われています。そんな結果を受けて日本の野球でも国際球に統一すべきという動きがまことしやか程度ではありますが見られるようになり、徐々に国際球とはなんなのかという議論もかわされるようにはなってきました。もちろん国際球ってどんなもんなのか知りたいというのは本音なのですが、どうもこの話題は難しい気がしないでもありません。色んな大会やスポーツショップで多くのボールを撫で回し倒してはきましたが、ド素人程度には何の違いも感じられなかったから。この手の技術論に素人が偉そうに口を出していい事なんて何一つあるわけがないからです。



この問題を複雑にしている理由の一つとして、彼等プレイヤーには逐一大会後とにボールの感想を言う必要なんかないしそんな事もしていない、そういった情報の入りづらい環境があると思います。国際球に対する僕たちや選手達のイメージは、専ら「でかい、滑りやすい、縫い目が高い」とされていますが、それはどちらかと言うとメジャーのボールに共通して言われることと思えるような気がしなくも無いのです。野球のボールは基本的にその構造を公式野球規則に定められており、コルクやゴムなどを芯にして糸を巻き付け、それを牛皮や馬皮で覆い、縫い合わせて作られる、原則として1球あたりの縫い目は108個とされているのが通常の野球のボールとされています。メジャーのボールは1960年代馬の皮でボールを作っていた事もあり、今現在でもその質感は日本のボールに比べつるつるしたものにされていますし、慣習としてその規則目いっぱいの重さ大きさに作られている事が多いのです。縫い目も高く、どちらかと言えば日本のボールよか野球のボールらしいボールと言えるかも知れません。



それと対比して語っているわけですから、もちろん日本のボールはそれとは対照的な特徴を持っている事が多く見られます。例えば日本のボールは逆に規定目いっぱい小さく作られている事が多いそうですし、なによりあまり表面が滑らず縫い目も高くありません。それを直結させて語るのは不適切かもしれませんが、メジャーに渡り制球に苦しむことの多い日本の投手や、日米での直球のツーシームとフォーシームという違いなんかがボールが違う分かり易い結果と言えるでしょう。ただこれ結局のところは、日本とアメリカ、日本の企業とアメリカの企業の製品の差と言う程度の話。二つ比べればそりゃどこか違っていて当たり前という程度の比較でしかありません。では一般的にオリンピックで使われている国際球はどこのボールかと言うと、それはもちろんIBAFのスポンサーであるミズノのボールmizuno150、そしてミズノと言うのは日本の大阪に本社のある会社です。日本の企業と日本の企業で比べるのも難しいと言うのに、同一企業のボールを比べろと言うのですから、まぁそりゃ素人に分かれって方が難しい話題なのも頷けます。



ではmizuno150とは、一体プロの試合球とどこがちがってそれはどの程度影響の出るものなのか、というとこれもかなり語るには難しい話題と言わざるを得ません。なにせ同一企業の中での商品な訳ですから、規格をわざわざずらしているわけではなく、同一の規格で作られていると言われています。何が違うのかと言えばそれは材料や仕上がりの質の差なのですが、ミズノさんはコルクや牛皮と最上質のものをプロに納入していると仰っていますし、実は国際球のほうが弱冠その質は低いのです。しかしこの質の差が、また作っている側からしてもそれって本当に分かるのかと言うレベルの違いしかありません。IBAFはかねてから野球普及のために安価な野球用品を用意しようとしており、国際球もその牛皮や羽毛をいくらかカットして作られています。その内訳が大体、一割といったところ。今となっては何の参考にもならないでしょうが、個人的に触った意見を述べさせてもらえば、滑りやすくもなさそうですし、縫い目も高そうにも大きそうにも見えませんでした。



このまま国際球を日本のプロ野球に導入せよという事になるのなら、それはすなわち今よか質の落ちる球を使えと言っているに変わりない事になります。もう何がなんだか分からない。失礼な話ですが、これはもう選手達が錯覚を起こしているか、僕たちが勝手にその言葉を勘違いして騒いでいるだけと考える以外になさそう、という絶対揉める結論に到達してしまいそう。まぁボールがいかなるものという内実がどうであれ、日本の球界が国際球を導入しないという事の免罪符にはならない、という事も事実なのでそっちで落とそう、かと思ったのですが、実はそうもいきません。昨年、2004年から続いていた「飛ぶボール」の問題への批判に対し、日本の野球界は統一した動きとして「低反発球」を導入へ踏み切りました。当たり前の話ですが野球界にあっては「非」に近い問題に対し「飛ぶボール対策」と銘を打つわけが無く、この問題はこうした経緯から導入されたと言うことになっています。「国際試合がプロアマ問わず増加している現状にあわせ、国際使用のボールに統一すべき」。一時期品質のばらつきなどから問題とされた低反発球も、一年のときを経て今、落ち着きを見せるどころか忘れられました。実は意外にも、既に国際球へ動きを見せてはいたのです。



開始直前直後のみ声高に叫び、その後見向きもされず徐々に元へ戻っていった例は、実は新ストライクゾーンだけではありません。始めるための議論を続けることよりも、始まったことに目を向け続けることのほうが難しい、注視し続ける事は権利の上に立つ者にとって義務だと言うにもかかわらず、です。一体何が国際球で、何をもって皆国際球とよんでいるのか、もう、よく分からなくなってきました。今はただ、誰かがこれが国際球だと、そしてこういう風に違うのだと教えてくれる事を待つしかできません。



国際球とはmizunoのボールのことじゃないのか、このブログがたどり着いたのは結局牛の皮一枚どころか一割程度までです。

posted by shoeless |03:21 | 国際大会 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年09月26日

戦場にかかった橋

前日の日記の続きです

・なんで北京五輪で世界各国に対応できなかったの
全体を通してのパターンは、先程長々と述べた「彼等が考えていた世界の野球では実際の相手をとらえきれなかった」事を理由としてあげられるでしょう、なにががおかしいと呟き続けた様は、まさに自らが作った霧の中に迷うかのような仕種なんじゃないかと思います。残りの2パターンは、「対応する気がなかった」のなら「いつも通りの野球をすれば負けないという気持ちのあらわれだった」事、「相手ごとに対応できなかった」は「相手ごとに対応できる程の用意はなかった」事、といった感じでしょうか。限られた対戦相手を分析し安定した成績を残すことが必要とされる現代の試合数の多い野球リーグの中で、場当たり的に対応を変えていくタイプの選手を生き残らせていくことは、五輪に出場するチームのほとんどがそういう環境で野球をしているとは言え、まぁ酷な話かもしれません。上の二つは言って見れば、そうした制約の中でどうやって国際戦に挑むかの指針とも言えます。例えば韓国のように、完全に対戦相手を丸裸にするまで情報を奪取し、対戦相手ごとに国内リーグと同じ程度まで環境を整えて対応していくか。そしてアメリカのように、相手の情報に極力頼ることなく、自らの野球を持ち込むことによって戦い抜くか。実力以外で言い訳を探すなら、日本の敗因はまさにここにあるように思えます



情報は、今大会星野監督が野球代表候補に持ち込んだもっとも大きいコンセプトの一つでした。前出の通り監督は多くの大会に視察しましたし、スコアラーもプロで一級の人を呼び寄せてその情報収集に当たらせています。その情報量はどう贔屓目に見積もったとしても歴代で最多だったように感じましたし、ついさっき韓国は情報で戦ったという風に書きましたが、対アジアに関してみても正直日本の情報収集のほうが頭一つ抜けていたように思えました。しかし情報量は選択肢を増やしてくれるのみで、決して選択肢を絞ってくれるわけではありません。その情報の運営の仕方を今更後付けでやいやい言うのは卑怯な気もしますが、分かり易い事実として、星野監督は視察時に要注意選手としてマークしていたキム・グァンヒョンンに抑えられ、国内在籍組で情報量も注意も一人頭抜けていたイ・スンヨプに試合を決められました。対する日本はアジア予選でも韓国に注意を向けられていた藤川・岩瀬が打たれて試合を逃しています。両国共にかなりの注目をしていた選手達ですが、結果その情報が生かされていたといえるのは韓国となりました。情報戦は、如何に奪うかと同じくして如何に奪われないか、そして如何に奪わせるかが重要なポイントとなります。相手を確かに見はしたが相手に見られているという意識に欠けていた、そう考えても仕方ない結果ではあるんじゃないでしょうか。



よくブログ等で非難の的とされる準決勝での韓国戦は、個人的には左が続く場面でしたのでその起用意図に反論はありません、むしろあの場面で岩瀬以外に誰がいるぐらいの気持ちでも分からなくもありません。ただ、研究されていると分かっていた投手を出す上で、それを意識していた配球だったかと言うと別にそうでもなく、いつも通りの岩瀬の配球パターンじゃないのかといった印象を受けました。国内戦における岩瀬は本調子で、いや万全の七割くらいの力でもそれで九分九厘抑えられるだけの投手ですが、残念ながら国内戦においても調子を落とし気味で、そのまま五輪の舞台にあげられた岩瀬の状態は、何の後ろ盾も無いまま手の内だけ晒して戦場に放り出されたに等しい姿でした。奇しくも星野監督はその後の韓国報道陣とのインタビューで岩瀬の起用に際し「これが俺のやり方」とコメントし、国内戦で調子を戻しつつある岩瀬に落合監督は「ちゃんと使えば抑えてくれる」とコメントしています、落合監督の権威を借りるようでなんですが、北京での岩瀬の起用法はやはり「正当なもの」ではなかったということなのでしょう。そしてそれは同時に、「俺のやり方」が北京五輪の舞台においては、場にかみ合わないものであったという事をも意味しています。



情報が有効活用できなかったのではないか、というのは単に杞憂に過ぎないはずです。例えば情報が増えて結果に直結することには、まず成功確率の値踏みが一番きく盗塁を使った機動力攻撃があります。今回の大会においては日本チームは9試合で7盗塁、今現在の両リーグの平均盗塁数が二試合に一つの盗塁を下回る程度ですから、今大会は国内リーグ戦に比べかなり彼等が積極的に盗塁を仕掛けていったかが分かるでしょう。ただ牽制についてはヒヤッとした場面もあり、いくら一点を争う国際戦とは言え情報を持っているにしては、あんまり走塁が有効な使われ方をしている場面は見受けられませんでした。情報が無さ過ぎたといわれる台湾の不調とは対照的に、情報があるはずながら負けた日本は異様にうつります。何が情報と言うソースを上回ってチームの行動の指針になっていたのかと言えば、これはもうチームの中のルールに他なりません。それはすなわち選手達の対応への姿勢であり、究極的に言うなら指揮官である星野監督の考えという事ができます。「情報」と「俺のやり方」が交錯し、その結果お互い混ざり合った方針が作り出されていたのならば、いくつかの行動には納得がいくようになるんじゃないでしょうか。



・俺のやり方ってどういうやり方なんだ
俺のやり方を持ち込み野球を行うということは、それは「いつもどおりの野球」を世界の舞台で行うという事になります。それは例えば前出のアメリカのように、情報や世界を意識することなく、普段の自分達の実力が発揮できれば勝てるというスタイルの考え方。確かに野球のシェアにおいて、アメリカも、そして日本もそれを行うに足る力を持っている国の一つではあるでしょう。考えてみれば星野監督は今大会を通して、岩瀬・藤川・上原と言う勝利の方程式を守り、村田・新井という主軸が打って返せる野球を固持し続けていました。不調であってもそれがチームの中で一つの形であるのならば、それは確かに守り続けるべき事に違いありません。エースが抑えて、四番が打って、守護神が締め、全試合を勝つつもりでゲームを戦う、それだけの王道を貫き通す力は日本には確実にありました、というか今現在でもあります。しかし現実的に目の当たりにしたのは、エースの不調に長距離打法の湿っぽさ、勝利の方程式の停滞と散々な結果。今回それが機能していなかったことを見るに、それを行うには、やはり一つの大前提を無視する事はできません。問題はチームがルールを固持できるほどそのやり方が浸透しているのか、そしてそのやり方が北京五輪代表に本当に浸透していたかという事です。



通常スポーツの代表が選手を招集し合宿を行うのは、技術による連携、コミュニケーションによる連携を作り上げると共に、共通のルールによる連携を作り上げるために必要とされるからだとされます。技術による連携とは野球で言えば守備における位置の確認や随所のプレーにおけるサイン交換、コミュニケーションによる連携とはそのまま選手同士の親睦ですし、共通のルールによる連携とはチーム内での選手の役割や戦い方の方針を決めるという事といった感じ。国内のオールスターが集まってきている代表戦ですから、いつもと違う戦い方を強いられる選手も少なくありません、そうした選手のためにはどうしても時間をかけて「俺のやり方」を慣れさせていく時間がいります。ちょうど先ほどの落合監督の発言である「岩瀬のちゃんとした使い方」はまさに中日が長くチーム内で作り上げてきた岩瀬を使う上での共通のルール、中日は岩瀬を使用する上で「抑える使い方」を知り、作り、共有しあい、そして岩瀬自身もそれを理解してプレーしているのです。技術の面では彼等はどんな使い方をされても結果を出せる実力を持ったプレイヤーですが、ちょっとした不慣れが予期せぬ結果に繋がる最大級の前例は、皆さん繰り返し放送されたGG佐藤のプレーで脳髄に染込んでおられるだろうかと思いますので、特にこれ以上穿り返すような真似はしません。



あのプレーの引き金が選手か采配かどちらに責任があるのかの議論はもうみなさんうんざりするほどやられたと思うので、今更そんな事いくら語ってもどうにもなりませんが、そういう光景を見る事になったやり方の良し悪しはそれと別個の問題として存在しています。プレーそのものの原因が采配にあったという事ではなく、そうした采配をとるに至った経緯はどうなの、みたいな感じでどうでしょうか。今回の大会の代表は、星野監督の中に聞こえよくいえば「選手を信頼する心」、悪く言えば「ここを破られたらもう心中という覚悟」があり、そしてそれを行うにはあまりに準備の期間が短かったように感じられたのです。予選リーグ最終戦のアメリカ戦で、星野監督はダルビッシュを二回で変えて、その後に田中を登板させてきました。もちろん負けていい試合など無いのですが、星野監督の中に、この試合を使って「決勝で投げるダルビッシュの調整」と「若手の田中に国際戦の経験をつませる」という気持ちがあってのことだったように思える采配でした。限られた試合を如何にうまく使うかは、国際戦において重要な戦術の一つです、あの采配に反論があった人は確かにそうそう見かけません。皆さんご承知のとおりその後は初のタイブレーク突入、そのマウンドに上がったのは岩瀬、今から思えばそれこそまさに星野監督の「俺のやり方」でした。



この采配における疑問は3つです。負けても良い試合で何故この場面に岩瀬を投入したのか、不調の岩瀬を登板させるのならば何故もっと前の回か前日の中国戦で復調させてあげないのか、何故この場面で苦しい結果を残してしまった岩瀬を後の韓国戦にてぶっつけで投入できたか。答えは多分そう難しいものではなく、星野監督のやり方においてあの場面では岩瀬投入以外の選択肢は無いからです。これは確かに事実で、あの場面が凌げる可能性が岩瀬以上に高い投手なんてそうそう簡単に見繕うことは出来ませんし、勝っていれば「岩瀬以外に無かった!」と口を揃えて言われる場面に間違いありませんでした。「俺のやり方」の一部には勝利の方程式である岩瀬があり、岩瀬で駄目なら彼と心中する気持ちで託す、はっきり言いますがこの選択肢に間違いは一つもありません。ただ、ぶっちゃけて言えば、もし岩瀬が勝利の方程式に入っていない選手だったならば、前日の中国戦やもっと浅い回での調整登板は可能でしたし、その戦い方に固執して心中という気まではしなかったでしょう。岩瀬自身もプレッシャーを無駄に強める舞台に立つことや、不慣れな舞台で無理に投げることは多分無かったんじゃないかと思います。星野監督の「俺のやり方」は、それで戦うにはあまりに浸透していなかった、そんなところでしょうか。



・じゃあそれを踏まえてどんな人がいいの?
国内リーグとの兼ね合いで一週間程度しか時間の取れなかった星野監督や代表候補にそれを求めるのは無理な話かもしれません。となると、代表を構成する上で考えていかなければならないであろう事は、おのずと「いかにして既存のリーグを国際戦の舞台に自然に持ち込むか」と「いかにして情報をうまく活用していくか」に絞られます。代表を構成する期間が短いのですから、実質代表の中で共通ルールや役割分担を決めてそれを一個球団レベルにまで引き上げるのは不可能。となれば、各球団から「選手の使い方に関する情報やルール」をそのままごっそり借りてきて、すり合わせたりピースをはめこんだりするしかありません。まぁそんな重要な手の内を敵にすんなり明け渡すお人よしもそうそういないでしょうから、普通に考えれば「国内リーグ戦にはあまり関与していない人」を監督としてすえるのが最も硬い策のようにも思えます。情報面に関してはありがたいことに、当面の舞台であるだろうWBCにはメジャー傘下の選手ばかりが出場してきますので、選手全員どころか前回大会で泣かされた審判の情報をかき集めることも可能。となれば後はメジャーの勝手が分かる人間ならば、勘が情報を補足こそすれど邪魔をすることはありえないはずですので、メジャーに詳しい人が首脳陣に入るべきなのも明白といえます。



結論

WBCにおいては、国内リーグに参加していない人で野球代表専門の監督を用意するべき。できれば持論を選手に完全に浸透させることの出来る方、あるいは代表での戦い方を確立させられるだけの準備と日数を用意できるサポート体制が望ましい。メジャー経験のある人間を首脳陣におき、情報の収集分析を行った上で、彼等を諮問機関的に働かせる形で采配のブレーキ役としたほうがいいんじゃないかな。

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posted by shoeless |04:27 | 国際大会 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年09月25日

戦場にかける橋

面倒な人は四段落したまで、最高に面倒だぜって人は最後の段落まで飛ばしてください。五輪代表選手は批判しづらいよね、俺別に国内予選で勝ってないし、みたいな言い訳が書いてあるだけです。



北京五輪があっという間に終了したと思ったら、夏まであっという間に終了しかねないここ数ヶ月の時の経過の速さ、まったく唖然としか言いようがありません。僕といえばなーんにもしてねーなーと考えることに時間を費やしていただけだと言うのに、さっさと終わってしまおうとしている今年の夏、メディアも交通も経済 も終わってしまった夏にいち早く見切りをつけているようで、置いてきぼりを食らった感は否めません。終わってしまった夏に未練がましく固執する、醜いことではあるのでしょうが、それが仕方なくとも普通じゃないのか、終わってしまった今年の夏を未だに引きずっている輩なんて僕だけなのか?そんな不満を胸にスポーツナビ の野球ブログの新着を見ていたら、山のように今年の夏を引きずっている方々がいるようで、故郷に帰ってきたかのように安心してしまいました。立ち並ぶ星野JAPAN論評や批判、WBCがあると思った即座に乗り込んできた星野監督続投論、うわぁ、夏が終わってない、永遠の夏はあったんだ、僕の居場所はここにあったんだ !



このブログがいつも書いてる感じの奇麗事的に言えば「この五輪を終わらしてはいけない、この夏を次の一歩まで終わらせちゃいけないんっです!」みたいな感じでしょうか、この夏を終わらせないためにも未練がましく引きずって、この秋口にこそ「北京五輪」の話をしなくてはなりません。となれば僕も、まぁサボってい たので少し乗り遅れた感はありますが、今スポーツナビで一番ナウなヤングにバカ受けのホットな話題「星野JAPAN戦績論評」に加わらなきゃ!となるのが当然な話で、さっそくがんがんやっていきたい、とは思っていたのですが、サボっていたという自己申告どおり、ここ数日に至るまでどうもそういう気になれませんでした 。負け試合の事を話すのは悲しいと言う面も多分にありましたが、もともとこのブログはあんまり試合の批評批判はしませんし、賛否両論ある話題にわざわざ首を突っ込む必要ってあんのっていう感じもしましたし。しかし彼等の負けを素直に攻められる「良いファン」になれない一番の理由は、やはりこの大会がオリンピックだったことでしょう。



甲子園で地元チームが負けて、ベンチ入りもしていない人間がその負けに対しあれやこれや母校の恥だと批評を繰り返す違和感とでも言ったらいいんでしょうか。この大会はプロ参加とはいえ見せる事を前提に行われた「プロの興行」ではなく、競技開催そのものを前提としているアマチュアリズム溢れる「五輪」。国の威信がかかるとぼやけてはしまいますが、一応神聖なアマチュアイズムで行われている五輪では、実質的には僕らの代表が彼等と言うだけであってそれ以上の存在ではなく、もっと言ったら彼等は政治家のような我々の意思で選出されているのではない、彼等の実力でその立場をもぎ取った人たちです。我々の意思が反映されていない事への論評はされるべきですが、悲しいかな、この大会に関しては本当に部外者である我々の論評が「ありがた迷惑」の域を出ることは、多分無いでしょう。日の丸の重みで責任を問える範囲は、実はそこまで広いものではありません。ただまたこれ面倒な話ですが、今回の五輪の論点はほぼ星野監督の采配に集中しており、そして星野監督は「日本の野球人の代表機関」から選出された「我々の意志の下での代表者」。決して試合に勝って代表監督になった人ではありません。



なにせ選ばれているわけですから、選ばれている以上そんな人の働きにケチをつけて何が悪いとも言え、じゃあ「悪口は駄目だけど批評はいい」とか奇麗な事言って批判しとけよみたいな話になりますが、でも所詮アマで活躍したわけでもプロで大成したわけでもないファン風情が優勝経験のある監督の手腕に文句つけるのって何それって事にもなり、でも本来ならプロだから文句つけられて当然なんだけどこれプロとして見せるために出場という事は建前上無いで五輪だし、何これ長々と星野擁護ですかみたいな事言われたらそりゃ問題が無いわけじゃないし…。と、いくらやっても水掛け合って終わりそうな自問自答にうんざりしていただけたことだろうとは思いますが、このあたりの諸々の事情で、ブームの尻馬に乗ることを躊躇していました。僕も論評したい、でもなんかしづらい、だったら批判なんてせずに「疑問だったな」という形式にして書けば批判臭が薄れるじゃない!という訳で、今回は僕が今回の五輪で感じた疑問点をいくつか上げる形でWBC監督ってこんな人がいいんじゃないかと考えていこうと思います。WBCはプロの興行だし、文句バンバンつけても何のお咎めもないしね!



・まず世界の野球に対する姿勢はどうなってるんだ
まず大前提として、世界で戦うという事を認識している方でなくては、国際戦の代表監督を務める事はできません。何言ってるんだか自分でもよく分かりませんが、奇麗事とか哲学的な話ではなく、世界の舞台で戦うという事を大前提としておいている人間でなくてはならないという事です。それは例えば敗因を世界の野球と戦ったことに求めない人、世界で戦えば自分達と違う野球が行われているのは当然ですし、世界との勝手の違いに敗因を求めるスポーツの代表など聞いたことはありません、野球にしても世界各国の代表のそれは同じ態度、流石にそうじゃなきゃなかなか優勝までは厳しいんじゃないかと思えます。また世界の野球というくくりで自分達を大別しようという行為も、あやふやな暗闇に無理矢理線を引いて区分けするようなもので、意識として正しいとは思えません。マウンド一つとっても、韓国は国内リーグの試合でマウンドの規格を国際戦向けにしたと言われていましたが、今回の五輪会場ではMLBから召集したグラウンドキーパーがメイキングしていましたし、アジア最終予選の会場では現地の台湾の方が整備しておられました。「これが世界基準」などという程の確たるものは、ルールブックに載っているもの程度で、それさえも時に疑わなくてはならない、そういう多種多様性の混沌の頂点が国際戦の舞台だという事です。



国際戦においてはよく取りざたされる審判のストライクゾーンの問題にしても、世界の野球と言う大きな基準があるわけではなく各国の審判がそれぞれ個別の癖を持って試合に臨んでいます、その中にはもちろん日本の審判もいるわけで、他の国々にとっても日本は得体の知れない「世界の野球」なのです。韓国やキューバが国内リーグのボールを国際球に変えているとの報道もありましたが、五輪の公式ボールはIBAF公式スポンサーであるミズノのボール。その差異はどうであれ、日本が「日本のボールと違う」と嘆いても「そっすか」程度の反響が関の山ってとこでしょう。WBCで使われるボールはMLBのボールですが、先ほども言ったとおり五輪においてボールに敗因を求めたマイナーリーガーはいません。まずスタートラインが皆一緒という事を認識しなくては先に進むことさえ出来ない、そういう意味でこの意識はかなり重要なポイントと言えます。混ざり合った中で、いかに相手の色を見つけ、自分の色を出せるか。いかなる態度で海外の野球に切り込むか、そういった意味で言えば今回の五輪における星野監督のスタートは合格点と見ておかしくないものでした。




・事前準備はどの程度まで支援すべきか
大会終了後、オブラートに包まれていながらも野球日本代表がありがたく頂戴したお言葉、日本選手団福田富昭団長の「強い選手をチームから引っ張ってきて集めて、オリンピック直前に集めて、ちょこっと練習すれば勝てるなんていう甘いもんじゃない」という言葉は、異例といえば異例といえる言葉でした。競技や選手のまとまりを重視する体育会系と呼ばれる生態系の中で、ここまで具体的な非難は見た事がないということもそうですが、なにより日本の野球がオリンピックをそんな甘っちょろい状態でも戦えていたから、この言葉は異例と言えたのです。星野監督就任時、星野監督はサッカーの日本代表のあり方と対比させるように、五輪の野球のあり方について「代表という意識を選手に芽生えさせる」「情報面で強化をしていく」と仰っており、事実前二回のプロ参加大会と比べ、その傾向は明らかなものとなっていました。野球代表を他のスポーツの代表に限りなく近づける行為は、試合を行う前段階の準備としてどうしても必要になってきます。



代表の枠をちらつかせる事による新たな競争の発生、本職のスコアラーの徴用や多数に渡る視察、福田団長のお言葉がもし「日本野球代表が代表としての体をなしていない」という事を意味していたのならば、皮肉な話ですが日本野球代表の精一杯はまだ大分足りていないという事なのかもしれません。勝てば文句は言われない、勝っていたから今までは文句を言われなかった。ここにはもちろん社会人代表からプロ代表への内容の移行があるのですが、やはり勝てなくなった大きな理由としては、そんな状態で勝てていたような時代が終わった、世界各国の野球代表の進歩がすさまじかったという事が言えるはずでしょう。日本のイメージで言えばあまり五輪に熱心でないアメリカでさえ、その選手選考にはマイナーに溜まっている大勢の有望選手の中から、一ヶ月近くかけてトライアウトを行い、確たる競争の中でふるいにかけられていっています、選手の選出の面だけで言えば実際は日本よか準備をしているのです。



アメリカでこうなのですから、金銀となった二国、韓国キューバはそうした意味では頭が一つ抜けています。社会主義という国家形体から、国内リーグがそもそも国際大会の代表選出のために作られているキューバは言わずもがなですし、今回金を取った韓国と比べても準備期間は短いもの、それに付け加えて彼等は普段からの意識改革でプロリーグが主たるフィールドであるという国際戦上のハンデを克服するためのアイディアを見せてきました。こうやって改めて見てみると確かに、現在の日本代表とではそもそもの出発地点が違うといわざるを得ません、スタートラインは一緒でもスタートラインにつくまでの経緯が全然違うといった様相。ただ、一口に準備とはいっても、そうした「国際化への対応の準備」が今現在の国際野球シーンにおいて果たして有用な事なのかと考えると、それも肯定しづらいところと言えます。もちろん韓国のように来るべき舞台に慣らしていくことは可能だと思いますが、それはあくまで道具や球場といった絶対的な部分のみで、野球そのものやストライクゾーンといったような部分ではありません。



しつこいようですが世界各国に世界各国の野球があるのであって、世界の野球と言う漠然としたものは存在しない。初戦キューバ戦からボール先行が続いた日本投手陣の投球が、一般的に広いといわれている外角まで外れていた事もそうですが、野球は審判の判断に大きく左右されるスポーツであり、日本国内であろうとも審判個人個人が感覚的な違いを持つスポーツです。世界の野球に不慣れだという発言は確かに最もなのでしょうが、あやふやな輪郭の中に「これが世界の野球」と線引きをしていく事の方が対応を誤りかねない気がします。ベースボールジャーナリストの横尾弘一さんは今回の五輪を通して強く感じたのは、「日本だけが「いつもと違う」と呟き続け、とうとう対応仕切れなかった」事と書かれていましたが、まさにそういう事だったのでしょう。日本代表が横尾さんの言う通りに対応できていなかったのだとすれば、それにはいくつかのパターンが考えられます。対応する気はなかったか、一試合ごとに対応する事はできなかったか、全体を通して行った対応が間違っていたか、です。



長すぎるので、続きます。

posted by shoeless |06:36 | 特別企画 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年09月22日

ウィークリーヨーロッパ9月第四週

ウィークリーヨーロッパ9月第四週

主なニュース

・特に無し



試合結果

フランスリーグプレーオフ

Montpellier Barracudas 2–7 Rouen Huskies
Montpellier Barracudas 3–17 Rouen Huskies

Savigny Lions 3–1 Templiers Senart
Savigny Lions 24–21 Templiers Senart

Templiers Senartボッコボコ。Rouen Huskiesもボッコボコ。とんでもない景気付け合戦になるかと思いきや、明暗くっきり分かれてしまいました。大味の展開が続きます。Rouen Huskies投手陣がしっかり働いていますし、武器である打線も好調子。といってTempliers Senartも悪い要素はこのカードでつまづいたことくらいですし、といっても45点の馬鹿試合逃したことはかなりまずい雰囲気が隠せませんが。



ドイツリーグファイナル

Mannheim Tornados 1–5 Buchbinder Legionaere Regensburg
Mannheim Tornados 7–5 Buchbinder Legionaere Regensburg

なんという一進一退…。Buchbinder Legionaere Regensburg打線は安定していますので、Mannheim Tornados打線の調子がそのまま試合結果に反映されているようにしか思えません。Buchbinder Legionaere Regensburg投手陣が完全に押さえ込む展開と思っていたのですが、蓋を開けえ見れば、これは選手層の厚い薄いで片付く話ではなさそうです。



オランダリーグプレーオフ

Corendon Kinheim 3–9 Konica Minolta Pioniers
Corendon Kinheim 3–2 Konica Minolta Pioniers
Corendon Kinheim 14–1 Konica Minolta Pioniers

DOOR Neptunus 11–1 L&D Amsterdam Pirates
DOOR Neptunus 2–5 L&D Amsterdam Pirates
DOOR Neptunus 5–3 L&D Amsterdam Pirates

正直レギュラーシーズンのセオリーはあてにならない展開になってきたぜ!と思ったのは事実なのですが、結局一瞬でした。上位チームはどこもリリーフ陣が揃っているのですが、実際のところヒットが出る確率はランダムであるが故に偏りがあり、さっさと相手に試合を捨てさせるほどの点数を入れなければ、強豪と言えど試合を落としてしまうようです。2勝1敗だからまだ結末は分からないのですが、なんというかいくら短期決戦と言っても本当に一発勝負ではないわけで、この敗戦も数試合ある中の「負けても仕方が無い試合」というだけな気がしています。

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2008年09月16日

至高の存在たる余は

今年の7月23日、東京江戸川で行われた少年軟式野球世界大会にパラグアイがチームを送り込んできていました。もちろんほかの中南米諸国の例に漏れずパラグアイでも野球の主な担い手は日系人の方々、大会自体は見せ場少なく負けてしまったパラグアイチームでしたが、自分達のルーツでありながら故郷でない土地を踏めた気持ちというのはどのようなものであったのでしょうか、アイデンティティの在り処というお話は言われてみないと意識することがありませんし、人によっては気分を害することもあったりでなかなかどうして気になるところです。7月13日に強豪イグアスを破ってラパスが優勝したばかりであったパラグアイ少年野球、今年の世界大会も強豪日本チームが台湾チームに負けてはしまいましたが、それと同じような心意気を日本の少年たちからも感じ取ってくれたのならばうれしい限りです。現在世界にいる日系人の方々総数は役300万人弱、主に南米では野球を持ち込んだ先駆者としてずっと彼らの元で野球は保護され行われてきました。パラグアイならば入植からすでに71年、日系人はいまや世界の野球でも見逃せない野球の担い手となりました。



ここ最近ではあまり見られませんが、日本のプロ野球においても日系人の方々は大切なピースのひとつと言えます。有名どころでいうならハワイの与那嶺、元カープのブラジル玉木、パラグアイなら元ヤクルトスワロースエース岡林洋一が唯一にして無二の有名なプレイヤーかもしれません。パラグアイアルトパラナ県イグアス市で日系二世として生まれ育った岡林は、パラグアイ少年野球リーグで前出の強豪イグアスのエースとして国内をなできりにし、その成績を引っさげて高知商業に入学すると今度は甲子園ベスト8、専修大学入学後にはエースとしてベストナインにも選ばれました。ドラフト1位でのヤクルト入団後もチームを日本シリーズに導くなど堂々の成績を残し、日本球史にも名前が残る大選手として今は後発の指導にあたっておられます。彼に限らず、ラテンのコミュニティは野球人材資源の宝庫と言っても間違いはないでしょう。ウォーリー与那嶺から続く世界各国の日系人の野球の歴史は、彼らの入植の歴史と時を同じくする、決して一朝一夕で作り上げられた文化ではないのです。



日本人の移民の歴史は、1881年、ハワイ国王カラカウアの来日から公式にはじめられました。それを皮切りに19世紀末にはアメリカ向けに政府も後押ししての大規模移民が行われるようになりましたが、現地のコミュニティとの関係の悪化や市民権の取得者数の伸び悩み、見合い結婚などの異文化的な理由による渡米者の増加等問題を多く抱え、1924年には排日移民法が成立しアメリカ移民は完全にストップ。その後は目下経済活性化を目指していた満州や中南米にシフトしていき、パラグアイには1937年に最初の入植が行われています。今でこそパラグアイにおいて重要な地位を占める日系の方々ではありますが、入植直後の伝染病の蔓延や第二次世界大戦、パラグアイ内戦にストロエスノル将軍による独裁経済封鎖時代などなど平坦な道とはいえないパラグアイの歴史同様、その土地への安定した定着は難しいものでありました。野球もそんな中で彼らがパラグアイの土地で守り根付かせてきた、そう思うと今パラグアイで野球が行われている事への歴史の重みを感じてもらえるかもしれません。



野球好きの日本人・米国人のスポーツとしての野球は、南米において100年近い歴史の下で育てられてきたある意味ではすでに彼らの文化と言ってもいいような文化です。しかし良いのか悪いのか、パラグアイにおいて野球は日系人によって「育て守られてきた文化」でした。欧州において野球が広く認知されていてなお「アメリカ人のやるスポーツ」という地域スポーツの枠から出られていないのと同様、パラグアイにおいて野球は日本人のやるスポーツに近く考えられていると言ってもいいのでしょうか。日系の方々が二世三世と代替わりして野球が外のコミュニティへ染み出すのと同じくして、野球を守り続けてきた日系人のコミュニティ自体も世代交代の中で徐々に周りのコミュニティと同化しています、両者ともにその境が時を経て薄まりつつあるのです。この傾向はハワイや東南アジア、ブラジル等で顕著に見られるものなんだそうですが、もちろんパラグアイも例外ではありません。野球が日本人だけのものであったこともあってか、高校大学とそこまでリーグが整備されているわけではないパラグアイ、その基盤は日系人の方々が主体となる少年野球リーグにあるのですが。ここは世代的に一番三世のコミュニティ離れが響く部分と言う事ができます。



実際一時期パラグアイ野球リーグはプレイヤー数の低下に悩んだとも言われており、首都のアスンシオンにおいては人口比からか存続さえ危ぶまれる状態にあったとされています。大体パラグアイの人口600万人に対し日系の方々の人口が7000人程度、守るパイも奪うパイもそこまで多いようには見えません。一世二世の手によってまたパラグアイの野球は元の状態に戻りつつあるとは言われていますが、話は元の鞘に戻っただけで刀自体の状態の解決にはかなしいかな至ってはいないでしょう。国際的なスポーツとなるためにローカルスポーツ扱いからの脱却を目指した野球ですが、ローカルに自分たちで保護するようにして続けなくてはそれを存続させていくことが難しく、かといって国際的なスポーツへなんとか押し上げなくてはこの先自らのコミュニティの中でさえ停滞もしくは衰退へと至ってしまう。野球振興のためながら継続のためにはそこまで参加国数を増やせないWBC、いつまでたってもアメリカ「のやる」スポーツであり続ける野球、まさにここには今現在国際野球が抱える問題があらわれています。



今各地で野球を振興させようとがんばってくださっている日系の方がや、ローカルスポーツと野球を見ずにプレーしてくれている現地の人は確かにたくさんいらっしゃいます。しかしこれから国際化が進み時も流れ、時代も世代も替わった現代の日系の方々に、ルーツである日本のアイデンティティを「無理に」背負わせる形になるのならそれは酷な話ですし、だからといって彼らが野球を自分たちの独自の文化と見ずに1スポーツとしてパラグアイの野に放った時、ほかのパラグアイの人々が今後群がってくれる可能性はそこまで高くありません。「日本人のやるスポーツ」としての野球は、日本人としての性格が消えうせつつある中で他の競技やコミュニティと輪郭を接し、溶けて消えるか朱を混ぜるかの狭間を漂っています。守れば薄まっていき、守らなかったとしても染み出す機会に乏しい。野球を守ってそこにパラグアイの他のコミュニティの人が参加してくれるようにすればいい、しかしIBAFに加盟しているパラグアイ野球連盟も無ければとうのIBAFでさえそこまでのケアは難しい現実は、野球が染み出して赤く染められるほど綺麗でもなければ無色透明でもありません。



長いときの中、野球は大勢の人々の手によって輸入され、そこで新たな文化として自立を目指してきました。次に五輪を通してローカルスポーツから姿をかえ、世界のスポーツへと歩みを進めてきました。そして今、野球は「ローカルであろうとする野球」と「危険を冒してでも国際化を目指そうとする野球」の目には見えない穏やかな対立によって、進退を決めあぐねています。WBCにシフトするのか再度五輪を目指すのか、アジアリーグとして固まるのか日本プロとしてアジアの市場を開拓するのか。シンガポールでの会議にて五輪から削除された2003年からまだ数年、野球はまたも大きな岐路に差し掛かりました。


そこに幸福だけ見て海の向こうへ渡っていく決断をできるのか、いまになって少しだけ日系人の方々の気持ちがわかったような気になりました。すいません、調子に乗りました。

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2008年09月15日

ウィークリーヨーロッパ9月第三週

ウィークリーヨーロッパ9月第三週

主なニュース

・IBAFワールドカップの詳細がアナウンス開始



試合結果

フランスリーグプレーオフ

Templiers Senart 7–1 Montpellier Barracudas
Templiers Senart 13–3 Montpellier Barracudas

Savigny Lions 3–14 Rouen Huskies
Savigny Lions 3–8 Rouen Huskies

Templiers Senart対Rouen Huskiesのフランスリーグファイナル、あったりまえの話をしているようにも思えますが、ここまでくるのは意外と両チーム苦労があったかな、というようにも感じられました。強さ弱さと単純に言うよりか、両チームともにいい所といい所が互いに補う場面が、今シーズンなかなか見られなかったのです。馬鹿勝ちか、ずるずる負けか、みたいな。ただこのセミファイナル4試合は、両チームともに「馬鹿勝ち」にあわせてきています。こうなれば後は単純にどちらの実力が総合で高かったか、という勝負になってくること、投手の枚数ではTempliers Senart、打線のつながりではRouen Huskies、これまでの流れから言っても、序盤の試合はRouen Huskiesの乱れうちの展開でしょう。



ドイツリーグファイナル

Buchbinder Legionaere Regensburg 6-3 Mannheim Tornados
Buchbinder Legionaere Regensburg 5-12 Mannheim Tornados

投手力で圧倒的優位と言われたBuchbinder Legionaere Regensburg、はやくも二戦目にして投手陣が崩されました。お前らいったいどこにそんな力を隠していたんだ!私はあと3回変身を残しています、みたいな展開になったらいいのにな。Mannheim Tornados。ってそれじゃ最終的に負けちゃうか。一方Buchbinder Legionaere Regensburgは代表選手も多いですし、どうしてもひとつづつ敗戦要因を食らい尽くしている戦いのようにも見えます。特に!中軸上位と揃って、満遍なく打てるというこの強み!平均的な調子に非常に近い形でランダムにヒットを放てるこの強さ!まだ投手戦と呼べる試合もありませんし、これからが本番だ。



オランダリーグ

Amsterdam Pirates 6-3 Konica Minolta Pioniers

Corendon Kinheim 2-1 MediaMonks RCH

Mr.Cocker HCAW 5-1 ADO

Sparta/Feyenoord 1-8 DOOR Neptunus

Amsterdam Pirates 7-2 Mr.Cocker HCAW
Amsterdam Pirates 3-1 Mr.Cocker HCAW

Konica Minolta Pioniers 7-4 DOOR Neptunus
Konica Minolta Pioniers 0-10 DOOR Neptunus

MediaMonks RCH 2-5 ADO
MediaMonks RCH 10-7 ADO

Sparta/Feyenoord 0-6 Corendon Kinheim
Sparta/Feyenoord 4-2 Corendon Kinheim

ADO 3-5 Konica Minolta Pioniers

オランダリーグ閉幕ー!せっかくSparta/FeyenoordがCorendon Kinheimに負けをつけてくれましたが、DOOR NeptunusもKonica Minolta Pioniersに負けをつけられてしまい、結局1ゲーム差でリーグ戦が終了しました。Konica Minolta Pioniers、Amsterdam Piratesはなんとかこの時期にこの順位まで間に合わせたといっても失礼じゃない後手がちな戦いが続きましたが下位群を大きく突き放す勝利数、Sparta/Feyenoordもあからさまな失速さえなければ勝てない相手ではなかったと思いますが、改めてその強さを確認させられました。強いぞオランダ代表。

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posted by shoeless |21:57 | ヨーロッパウィークリー | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年09月08日

ウィークリーヨーロッパ9月第二週

ウィークリーヨーロッパ9月第二週

主なニュース

・元イギリス代表選手Josh Chetwyndが欧州野球に関する本を出版。その名もbaseball in europe、さぁamazonで購入だ!
・U21欧州選手権開幕。



試合結果

フランスリーグプレーオフ

Rouen Huskies 5–8 Montpellier Barracudas
Rouen Huskies 3–1 Montpellier Barracudas

Templiers Senart 2–0 Savigny Lions
Templiers Senart 6–5 Savigny Lions

はじまりましたフランスリーグポストシーズン。Templiers Senartはぎりぎりながら連勝、Rouen Huskiesはスプリット。持ち前の武器を生かして凌ぎきった一位と普段助けられていた方々が奮闘した二位、あぶなっかしいのはどーっちだ。本来ならMontpellier Barracudasはプレイダウンにいてもおかしくないチームですので、Rouen Huskiesが初戦足元をいきなり狙われたと言うのが、普通に考えれば正しいところでしょうか。Templiers Senartの格が違いすぎるとも言えるのですが、それを言っちゃうとこのリーグに敵は残されていない状態になってしまうので、いまのうーっそ。なかったことー。



イタリアリーグファイナル

T&A San Marino 5–4 Danesi Nettuno
T&A San Marino 4–3 Danesi Nettuno
T&A San Marino 8–10 Danesi Nettuno
T&A San Marino 3–4 Danesi Nettuno
T&A San Marino 7–5 Danesi Nettuno

はっきり言って、激戦にもほどがありました。どの試合もほぼ2点差以内におさまっていることを見ていただければ、そして二桁得点試合がない事を考えていただければ、試合内容の競り合いっぷりを創造していただけるんじゃないかともいます。4戦目までずっとT&A San Marinoペースで言っていたことは期待された予想の裏切り方でしたが、そこからのDanesi Nettunoの負けん気は期待を上回るといっていいものでした。そしてもし、そんな彼らの戦いがT&A San Marinoの闘志をくすぐってくれたとするなら、こんなすばらしい戦いはないでしょう。4位から這い上がり頂点をつかみかけていたT&A San Marinoに、最後の最後まで迫っていったDanesi Nettuno、9回裏突如としてつぎ込まれた3点は、冷や汗をかくには十分な気迫のあらわれだったと思います。総じて、T&A San Marinoは負けはしながらも、その戦いっぷりは強者のそれでした。本来追う身でありながらライバルたちから追われている、そう例えればわかりやすいかもしれません。勝ったものが強いのではなく、強いものは負けてなお強い、勝ってなおさら強い。思い知るということは、まさにこういうことなのでしょう。T&A San Marino、初のイタリアチャンピオン!おめでとうございます!



オランダリーグ

Konica Minolta Pioniers 8-7 ADO
Konica Minolta Pioniers 8-2 ADO

MediaMonks RCH 19-9 Sparta/Feyenoord
MediaMonks RCH 7-5 Sparta/Feyenoord

Amsterdam Pirates 7-10 Corendon Kinheim
Amsterdam Pirates 2-4 Corendon Kinheim

DOOR Neptunus 8-0 Mr.Cocker HCAW
DOOR Neptunus 12-0 Mr.Cocker HCAW

Konica Minolta Pioniers 1-4 Corendon Kinheim
Konica Minolta Pioniers 8-5 Corendon Kinheim

Mr.Cocker HCAW 6-0 MediaMonks RCH

Sparta/Feyenoord 3-4 Amsterdam Pirates

ADO 1-11 DOOR Neptunus

順位がほぼ確定してしまいSparta/Feyenoordのモチベーションが折れてしまったのか、へにょへにょです。あっちやこっちに負けをつけられ本当に勝率5割のラインまで落ちてきてしまいました。コルデマンスのおっさんのがんばりを評価してあげたい、だって半分がおっさんの勝ち星なんだよ!

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posted by shoeless |21:46 | ヨーロッパウィークリー | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年09月05日

サウンド・オブ・オリンピック

北京五輪が終了したのにともなって、ロサンゼルスから続いてきた五輪野球は途切れることとなりました。テレビ局に毎日しつこく流れていた「これが最後の五輪」という将来の可能性を排除しまくった煽りや、洗脳かのように続けられていた「ロンドンで一旦お休み」の統制も終わってしまえばそこまで、凪のように音沙汰なくなった様子を見れば見るほど本当に五輪野球が今終わったのだという実感がわいてきます。日本の敗北と共に足早に去ってしまった北京を見てもついこの間までの熱狂はそこにはなく、五輪の野球はたったの一週間も持たずに過ぎ去った過去に成り果ててしまったという事なのかもしれません。五輪前の予定だと、本来ならこのエントリは「何故五輪から野球が外れてしまったのか」という事を今一度考えるべき内容だったはずなのですが、日本にとってある意味「忘れたい事実」だけが残る形になってしまった祭りの跡には、反省と言うよりは後悔しか見当たらず、それを語るには億劫な状態になってしまいました。「何故野球が五輪から外れてしまったのか」を語るのが後悔に見えるのならば、野球が五輪へ新たな道を歩みだすには「どうすれば五輪に復帰できるのか」を見たくも無い過去から切り口を変えた反省として導き出す必要があります。



そもそも何故そんな見たくも無い過去を振り返らなければならなかったのかと言うと、それはそもそもこのブログが世界の野球の話をするはずのブログだったからで、何故そもそもこのブログが世界の野球の話をするはずのブログだったのかというと、それはそもそも五輪がなくなっちゃいましたーなんて事になったからで、何故そもそも五輪がなくなっちゃいましたーなんて事になったのかというと、そもそも五輪なんてあったもんだから五輪から無くなって困ってる訳なのです。そうやって改めて考えてみれば「そもそも五輪に何故野球という競技がはいれたのか」は、「何故野球は五輪から外されたか」に直結する問題ながら、あんまり語られません。野球が五輪に復帰できる理由があるとするなら、それはすなわち過去に野球が五輪に入った理由であると見てもそうそう間違いではないでしょう。「そもそも何故この後におよんでもローカル競技と呼ばれる野球が五輪に参加することになったのか」、その疑問の根は、通常語られる五輪野球の歴史よりはるか昔、今から70年前程に端を持っています。



五輪における野球の歴史という事で見れば、五輪にはじめて野球がお目見えしたのは1904年セントルイスのことです。しかしこの当時のオリンピックは10数国といった今からでは考えも及ばないような小規模な大会で、大リーグもまだ成立からたったの30年。スポーツの種類も多く認識されていなかった時代ですし、だからこそアメリカのご当地スポーツを開催できたという事かもしれません。その後のストックホルムでも引き継がれる形で野球はデモンストレーションとして開催されましたが、まぁ当たり前と言うかなんというか、セントルイスから始まった野球の五輪参加への流れはこの2大会ですっぱり止まってしまいました。一度アメリカを出たら一発で途絶えた野球の流れが五輪に戻ってきたのは1936年、ドイツベルリンオリンピック、そしてこの第ニ波こそ、後のロサンゼルスオリンピックへの流れの源流となる流れのはじまり。そして五輪自身にとっても、ナチスドイツによるこのオリンピックは、その後の開催の方向性を決める流れの源流となった大会となりました。ヒットラーのための五輪、ナチスドイツオリンピックと呼ばれるこの大会は、言わば近代五輪のはじまりとも言える大会でした。



1914年に勃発した第一次世界大戦、英米仏露伊の連合国に敗北した中央同盟国ドイツ、オーストリアは崩壊し、両国の社会は混迷を迎えていました。特にドイツでは1921年のロンドン会議において決められた多額の賠償金や領土割譲によって国民の不満が爆発、膨大な借金の返済をまかなうための紙幣発行により今のジンバブエ並みのインフレが起きるなどなどの混迷状態、そこへ1929年の世界恐慌が追い討ちをかけ、事実どうにもならない状態だったのです。そんな状態のドイツ国民が求めたのはもちろんドイツの再建、忍び寄る共産主義の傾向、そんな状況を今一度「強いドイツ」のもとまとめあげていったのが、アドルフ・ヒットラー率いるナチス。選挙を経て第一党となったナチスは、よくその宣伝力や人身掌握力に着目され語られます。ドイツをまとめる上で共産主義や旧連合、ユダヤの人々といった分かり易い敵を作り上げ、その力を分かりやすく内外に示し喧伝する。世界中の目が集まる五輪は、まさにうってつけの広告媒体でした。



ベルリンオリンピックから始まった聖火リレーはもっともわかりやすい例で、結局のところ「ベルリン五輪」すなわちそれを開催する「ナチス」の権威を世界に広告する一番の方法となりましたし、地味なところではテレビ中継や記録映画など多くの媒体でも広告しています。本音は今となっては聞けませんが、ナチスドイツのもと、五輪は「国際社会においてその力や権威を示す」事に使われる、政治的なものへとかわっていきました。野球も同じく第一次世界大戦、連合国アメリカの慰問として欧州に持ち込まれその地で徐々に定着を見せていました。しかし運命のめぐり合わせは皮肉なもので、そうした流れにおいて野球を欧州で初めて認めたのは五輪を控えていたナチスドイツ。結果として野球は、一次大戦中敵国であったナチスドイツによって、成功を約束された上で欧州の表舞台に登場することとなったのです。



野球の近代五輪初お目見えとなった大会であるベルリン五輪ですが、あんまりインターネット上に情報が無い為、素人ながら簡単に解説しますと、大変盛り上がった反面、大変盛り上がりませんでした。グライダーとともにデモンストレーションとして開催されることとなった野球は、当時五輪内でバスケットとともにアメリカがロビー活動を激しくしていた競技でした。皆さんご存知のとおりアメリカはスポーツで独自の文化圏を築いている国ですので、今でもその傾向がありますが当時はスポーツの祭典五輪といえども陸上競技以外はあんまり見所がなく、彼等には五輪の舞台にどうしてもアメリカ産のスポーツをいれる必要があったのです。現実大会中陸上競技終了とともに行われた野球は陸上からあぶれたアメリカ人も多く集め、五輪全競技中でも異例の11万人という大観衆を記録、一躍大盛り上がりのダークホース競技へとなりました。しかしもちろん、当時のドイツ人の野球及びアメリカンスポーツへの熱は高いわけではありません。野球競技開催に伴って事前に野球のルールの説明会を市民に開いたりもしたのですが、それでも観客の多くは野球のルールを把握できず、アナウンサーさえもが野球を解説できない中フライが上がれば大歓声といった始末。そもそも競技場もサッカーのネットをネットがわりにして白いテープでラインを引いたような突貫っぷりで、照明の不良加減も相まって試合は混沌と化し、観客のほぼほとんどは途中で退席してしまったという有様でした。



参加チームもUSAオリンピアズとワールズアマチュアズというチームだけで国家対抗戦でもありませんでしたし、確かに五輪野球に関わっている人たちもこれを最初の近代五輪野球というのは気が引けるのかもしれません。しかし10万超えという観客数と失敗許されぬドイツ民族は結果的に野球を助け、この大会での「成功」をもって次回の開催地である1940年東京五輪で野球は引き継がれることになりました。同時に行われたデモンストレーション競技であるグライダーはオーストリアチームから死者を出し、軍備拡大に熱心だったドイツ空軍の副産物として競技の五輪化が頓挫していますので、確かにあの日、野球は国際競技への、五輪の中核協議への道を歩みだしていたのでしょう。野球はこの晴れ舞台でのお目見えがきっかけとなり、1938年スイスローザンヌにて国際野球連盟発足、同年はじめてのW杯が開催されイギリスがアメリカを下して初優勝、そして次回五輪。ベルリンオリンピックを燃料にどんどんと進められた野球の国際化、しかし皮肉にも、その流れを止めたのも同じくナチスドイツ、そして大戦争の存在でした。



ベルリン五輪開催の為に軍事独裁的な性格を抑えていたナチスは、五輪の終了と共に主義政策を表面化させ、反ユダヤ、失地回復、共産連合との対立と段階を踏み1939年の第二次世界大戦の勃発へ駒を進めていきます。6年越しの争いとなった第二次世界大戦は、1940年開催予定だった東京の棄権、1944年開催だったロンドンの見送りと、両大会の中止を招き、五輪への野球参加の動きを断絶。野球そのものをとっても、長きに渡り二次大戦の戦場となった欧州から撤退せざるを得ず、ようやくはじまったワールドカップも逃げるように中南米の持ち回りの大会となり、芽吹き始めていた欧州での野球の芽は、とても抗いようの無い大きな流れの中で忘れられていきました。現在欧州で野球が行われていない理由の全てをここに求めるのは正しい話ではありませんが、残念ながら歴史的な事実として、この時代野球は欧州で生き残れるような状態にはなかったのです。



長きに渡る野球の新大陸での引きこもり時代の間も、国際政治、そして五輪の状態も目まぐるしくかわっていきました。枢軸という目下の敵を失った連合・共産の両陣営は矛先を探すようにして対立を深め、植民地時代の終わりと共に各地域では独立の流れが起き、そしてその二つが絡み合うようにして、時代は「資本主義」と「共産主義」の代理戦争の時代「冷戦」の時代へと突入していきます。五輪に体現した例をなぞれば、各地で起きた動乱に対してのボイコットが相次いだ1956年メルボルン、枢軸側から資本主義と言う枠組みに組み入れられ国際社会の中心へ復帰を果たしたローマ、東京の五輪開催、今なお独立時の対立を引きずっているパレスチナ問題を表面化させたミュンヘンオリンピックなどなどという流れで主要なところは抑えられるでしょうか。徐々に加熱していく東西対立の色を見せていた五輪でしたが、1980年、ついに東側陣営であるソ連のモスクワに聖火が渡ったことにより、この問題は頂点を極めました。西側からしてみれば奪われたような五輪に、ボイコットが50国近くにのぼる異常事態が発生。ベルリンから進められた「政治的性格」を持つ五輪は一人歩きし、いつしか五輪を単なる政治の意思発信の場にまで貶める状況に成り果てていました。



モスクワで一度休止となってしまった西側にとっての五輪、西側諸国にしてみれば当然次回五輪は持ち回りで西側諸国が行うものにしたかったところだったのでしょうが、それに反し、1984年の開催国は中々手が挙がらない自体に陥ります。ベルリン以降国家の威信をかけた一大イベントとして規模を急激に大きくしてきた五輪も、その膨張には限界があった、ということでしょう。1976年のモントリオール五輪で大赤字を計上し、その後四半世紀都市に負担を続ける経済状況が露呈した五輪に、世界各国は及び腰になってしまっていました。五輪を西に取り戻す、しかし経済的に負担の大きい五輪は行いたくない、そうした葛藤の結果、ついに西側の盟主アメリカ・ロサンゼルスは開催へ向け一つの方針を生み出します。それこそが現代の五輪へ通ずる「国威発揚五輪」の次の概念「売り物としての五輪」、都市に負担をかけず五輪をコンテンツとして売れる範囲内で開催する、経済的な五輪のあり方でした。しかし先ほども言ったとおり、スポーツ独自文化圏であるアメリカにおいて五輪競技はそこまで注目が集まるものではなく、特に五輪のキラーコンテンツである「サッカー」が伸び悩むという特殊な状況がアメリカにおける五輪開催のネックとなります。



アメリカにおいて五輪の黒字化を目指すのならば、どうにかしてアメリカ人の目が集まる競技を開く必要がある。一方その頃、野球は1970年のワールドカップ欧州勢初参加からアジア大会と、中米持ち回りのローカル大会から脱出、新たな国際化へまたロビー活動を強くしていました。アメリカとしてのスポーツを求めるロサンゼルス、国際化への舞台を求める野球、1936年のドイツから半世紀、ここで五輪と野球は再び流れを交える事になります。歴史の流れで欧州を追いやられた野球は、歴史の流れでデモンストレーションではない「公開競技」として五輪に復活することになったのです。



という事で「なんで野球みたいな競技が五輪に参加できることとなったの?」、前半セントルイス五輪からロサンゼルス五輪まででした。次回は公開競技となってから北京で追い出されるまで、「なんで野球は五輪から追い出されることになったの?」部分を検証して行きたいと思います。まぁ歴史的事実をのべているだけの内容ではないので主観は入りまくってはいますが、歴史的な検証が甘いのは素人判断という事でお許し下さい。

長すぎる。

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2008年09月01日

法の精神

一般的な成人男子のほとんどは、何かを追っかけることがすきなんじゃないか、というような気がしてきました。女性が連帯を重んじて村社会を作りやすいのに比べ、男どもは仲間通しであっても競争競争と会いとぉオッ掛け合います。大体障害において男が女性の尻を追っかけていない時期はありませんし、電車を追っかけたりスポーツ選手やアイドルを追っかけたり峠を攻めあったり、もしかしたら男性は狩りを云々とか頭のよさそうな展開を広げて無理をするよりか、単に動くものとかでかいものが好きな子供と同じレベルで動いているだけなのかもしれません。そう考えるとボールを追いかけあう球技のほぼ全ては何かを追いかけていないと落ち着かない男どもの目くらましにぴったり、男ってのはやっぱり生涯を通して単なる球遊びにううつを抜かし続けるものなんでしょう。とは言っても流石に球を追っかけるのは夢溢れる少年やプレイヤーがやって様になるもので、いい年こいたおっさんが必死こいて球を奪い合うのもどうなんだろう、そんな事を考えていたらせっかく客席に球が飛んできたのに奪い合いに競り負けてしまった事がありました。客観的に自分を考えてしまってすげーテンション下がるときあるよね、カラオケで店員さん入ってきたときとか。



その時はたまたまIBAF主催のゲームだったのですが、大体良く考えてみたら野球の国際戦で使われているボールはスポンサーであるミズノのボールですから、別に汗水たらして争わなくても日本で山ほど変えてしまう代物です。国際戦になるたびに選手が「ボールの縫い目が違う」とかコメントされるので何が違うのかと気にはなるのですが、実際落ち着いて考えてみればどこでだって買えるものだと言う事実、それでいて球場においてはやはりあのどうしようもないファウルボール争いに参加してしまうのですから、偉そうなことを言っておきながら僕も一般的な例に漏れていないと言う事なのでしょう。改めて考えてみれば日本の企業が作っているボールをもってして、当の日本が使い慣れないから困るというのは、皮肉な話かもしれません。MLBで使用されているコスタリカ製のボールは日本のボールと比べ非常に縫い目が高くすべりやすいといわれており、確かにメジャーに移籍した投手達も「指のかけやすさ」からツーシームの優位や変化球の落下率上昇、すべりからの制球の難しさを指摘していました。自国製の飛ばないボールを使用していたキューバや韓国は国際戦を見据えし要求を変更しているとも言われていますし、勝負の場では投手の計算が出来なくなるのが一番怖い、たかだかボール一つと侮ることはできません。



影響の面で見れば世界の野球は「アジアの野球」と「アメリカの野球」「ラテンの野球」と大まかに分けることが出来ますが、こうしてボールをとって見てみると、世界各国の違いが前提となる国際戦の舞台にあっては、むしろ「メジャー圏」と「非メジャー圏」に分けたほうが分かりやすくそのスタイルを分類することが出来ます。IOCにせかされてからプロの参加が可能となったIBAFの管理大会、マイナーリーグ内で選手の育成を任せられるようになったこともあって各国の実力は急上昇、マイナーの参入にて大会の価値や試合内容の質も上がり、いまやマイナーリーガーは国際野球の舞台に欠かせない存在となりました。マイナーリーガーの参入が国際戦に持ち込んだものも少なくありません、例えば本塁打が打てる選手を各国揃えられるようになった事による戦略の広がり、近年になってよく見られるようになってきたワンポイントリリーフやクローザーの存在、カーブ・スライダー以外の癖のある変化球と挙げるのに暇がありません。個々十年で今までそこにあった「非メジャー圏」の野球は「メジャー圏」の野球に出会い、徐々にお互いが交じり合い「メジャー化」してきていると言っていいのでしょう。



しかしながら、「非メジャー圏」の野球がいまだに「メジャー圏」の野球に取り込まれていない通り、MLBは国際戦へメジャーリーガーの派遣を認めておらず、マイナーリーガーも国際戦の舞台で主流と呼べるまでには至っていません。メジャー化と現存の野球の間で混ざり合い染まりあいふらついている、国際野球は今そんな状況下にあります。国際戦へのメジャーリーグ化が良い事か悪い事かはここでは語るにむきませんが、当然メジャーリーグ化が技術や権威などの都合のいいものだけを運んでくるというわけではありません。1990年代の労使交渉の激化以降、選手を消耗品と考えるようになったメジャーでは、選手を商品とし、使用上限や保険をかけるなどの契約で商品を守ろうとする傾向があります。実際ワールドカップを初めとする国際戦においても、プロ選手を保護するための保険金の制度で、パナマやチェコが出場選手違反を犯し失格となったりしました。目に見えない形でも、WBCのような投手の投球数制限や試合数や使用法制限も珍しいことではなく、カリビアンシリーズなどでは既に台所のやりくりががんじがらめにされていたりもします。今後メジャー・マイナーリーガーの比率が高まればこの傾向は進むに決まっていますし、それがスポーツの代表戦としてあるべき姿なのかといわれれば、なんともコメントがしづらくあります。



まぁその程度ならまだ共存可能とも思われますが、もっと具体的にお互いがいがみ合う可能性も存在します。もともとアメリカ文化、主に都市文化の中で精錬されてきた野球は、その競技内容に色濃くその背景があらわれています。他競技と比べ圧倒的なルールの細かさと多さ、球場個々に設けなければならないグラウンドルールあたりも五輪に参加している競技としては異例でしょうか。まず厳格なルールを定めた上で土地の特性により体制を合わせていくファジーな性格は、確かに厳格に法というものを意識している上で柔軟に物事に対応するアメリカ的な性格に似ているといえるかもしれません。もともと限られた都市部の土地の中に発展したアメリカの野球場は、その土地の事情に合わせた非常に歪な形をしています。アメリカの人に言わせればそれこそがアメリカの文化の代表であり左右非対称の美しさなのですが、残念ながら記録の公正さや規格統一を前提とする国際スポーツにおいては、それは単なる不確かさと思われかねません。アメリカ以外のIBAFの大会で左右非対称の球場が使われたことは無かったと思いますが、これから野球が国際スポーツとなるのならアメリカ色の脱色は避けては通れないものであり、アメリカ的美学との対立は避けられないでしょう。世界化しようという野球と、アメリカ化しようという野球は、実は相反する部分が大きいのです。



層反する二つの野球、それが目に見える形で噴出した代表例が、昨年のワールドカップでのメキシコーオーストラリア戦でした。ことのあらましはきな臭いもので、オーストラリアが6点リードの試合中、オーストラリアTrent Oltjenが盗塁を試みた事に端を発します。勘のいい人はもう気付かれたかと思いますが、メジャーリーグの世界はリスペクトが大事にされる世界といわれ、お互いのプライドを尊重するためにいくつかの暗黙の了解があります。乱闘には形だけでも参加して闘争心を示さなければならないし、過度のパフォーマンスは相手のために自重され、それを破れば直接的な手痛い仕返しも少なくありません。この類の語られぬルールを総じてアンリトンリールと呼ぶのですが、この中で最も有名なものに「大量のリードがあるうちに盗塁はすべきでない」というルールがあります。大量にリードをしているにもかかわらず盗塁で点をとりに行こうという態度は死者に鞭打つ行為に近く、盗塁をしても記録にカウントされないこともしばしば見られるほど、つまり彼の行為はメジャーの影響を色濃く受けているメキシコチームにとっては侮辱と受け止められたのです。



とは言えワールドカップは一発勝負な上に一点でも惜しい国際戦の舞台、何点からが大量リードという明確な基準もなく、もちろんのことアンリトンルールにはなんの強制力もありません。そもそも国際戦の舞台はメジャーの舞台ではありませんし、そういうルールや世界とは無縁で生きてきた選手、そういう舞台と切り離した舞台と考える選手もいて不思議ではないでしょう。形だけ見れば、いつの間にやら新しくルールが降って湧いたかのような状況とも言える話でした。メキシコの急な怒りに場はどよめき、オーストラリア一塁手Josh Hillは結局喧嘩をかってしまう事態に。結局は大きな乱闘という事にはなりませんでしたが、もう少しでワールドカップ初の大乱闘となってもおかしくない状況だったらしく、試合は一発触発状態であったと評されていました。未遂で終わって良かったんだとは思いますが、結局この試合は「メジャー圏」の野球と「非メジャー圏」の野球が同じ舞台でぶつかり合った、ワールドカップの歴史に刻まれる試合となりました。



しかしオーストラリア自身もマイナーリーガを抱えていることからも分かるとおり、話は単純にメジャー・非メジャーで二極に分けられる事でもありません。先の最終予選などでは、メジャー文化にもっとも近いであろうカナダの面子が勝利後にバク転やアクロバット等、メジャーならば過度ともとられそうなパフォーマンスをしていましたし、先の試合を含め審判もIBAFも何のコメントも処分も出してはいませんでした、容認されているかもそのスタンスもいまいち的を得ません。メジャーリーグの背中を追いかけてやってきた世界の野球も、メジャー文化の流入によって徐々に新たな秩序がそこに生まれようとしている、もしかしたらこの件のこの対応はそうした国際戦独特の色あいの完成への一歩目なのでしょうか。文化の中で形態を変えてきた野球は、また新しい文化の流入の混沌の中で作り上げられ帰られている、思えばそれこそが今まで積み上げてきた野球のあるべき姿なのかもしれません。



異なる文化を吸収しあって面白い方向に行けばそれでいいじゃない、店員さんがはいってきてテンションが下がるよりかは、恥じることなく店員さんを迎え入れてあげよう。空気を読むのとの兼ね合いは難しいけれど、いつかは分かってもらえるはずだから、みたいな。

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posted by shoeless |23:47 | 国際大会 | コメント(0) | トラックバック(0)
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