2008年05月26日
ウィークリーヨーロッパ5月第四週
主なニュース
・バルティックオープンがストックホルムで開催、スウェーデン、フィンランド、エストニア、ラトビアの4国戦。スウェーデンがフィンランドを下して優勝。
試合結果
オランダリーグ
Amsterdam Pirates 2-6 DOOR Neptunus
Corendon Kinheim 11-1 ADO
Konica Minolta Pioniers 7-3 MediaMonks RCH
Sparta/Feyenoord 8-0 Mr.Cocker HCAW
ADO 2-8 MediaMonks RCH
ADO 3-2 MediaMonks RCH
Konica Minolta Pioniers 4-2 DOOR Neptunus
Konica Minolta Pioniers 6-3 DOOR Neptunus
Mr.Cocker HCAW 4-10 Amsterdam Pirates
Mr.Cocker HCAW 2-14 Amsterdam Pirates
Sparta/Feyenoord 1-3 Corendon Kinheim
Sparta/Feyenoord 2-3 Corendon Kinheim
こりゃ今年は完全にKonica Minolta PioniersかCorendon Kinheimに持っていかれるな…って感じの試合です、両チームともに投手陣が大奮闘、打線も大爆発はなくとも毎試合点数を積み重ね、それはまるで一昔前の中日のよう。と、いいたいところですが、ちょっと不安な要素もでてきました。実は前節大乱闘をおかしていたオランダリーグは、今週Corendon KinheimとKonica Minolta Pioniersの選手たち数名に出場停止を言い渡したそうで、さらに選手の怪我などもあいまって、あんまりいい空気ではありません。あきらかに、大丈夫ではない。みんなで覚える今日の英単語、乱闘:bench cleaning brawl!
イタリアリーグ
Orioles Grosseto 8-4 Telemarket Rimini
Orioles Grosseto 4-3 Telemarket Rimini
Orioles Grosseto 11-10 Telemarket Rimini
Fortitudo Bologna 8-1 Danesi Caffe' Nettuno
Fortitudo Bologna 0-1 Danesi Caffe' Nettuno
Fortitudo Bologna 7-2 Danesi Caffe' Nettuno
T&A San Marino 6-2 Potocco Rangers Redipuglia
T&A San Marino 9-1 Potocco Rangers Redipuglia
T&A San Marino 5-3 Potocco Rangers Redipuglia
Cariparma Parma 2-0 De Angelis Godo
Cariparma Parma 9-3 De Angelis Godo
Cariparma Parma 3-2 De Angelis Godo
上位争い下位争いとカードがきっぱり二分された今節一番の見所はなんとしても格上に食らい尽きたいチームのがんばりでしたが、特にFortitudo BolognaとDanesi Caffe' Nettunoの一点差の試合はかなりきました、これ点差しか載ってないからわかりにくいですが、延長17回の末の勝利です、文字通り首位の座にかじりつく様に追いすがる結果でした。一方代表選手を多く抱えるTelemarket Riminiは今年の出来と同じく見せ所の少ない連敗、下位も実力どおりに勝負が決し、6月に控えるヨーロッパカップでのイタリア勢の出来が不安な感じになってきました。
ドイツリーグ
北部
Neunkirchen Nightmares 2–8 Hanover Regents
Neunkirchen Nightmares 10–3 Hanover Regents
Cologne Cardinals 7-9 Dortmund Wanderers
Cologne Cardinals 7-6 Dortmund Wanderers
Solingen Alligators 9-0 Bonn Capitals
Solingen Alligators 8-1 Bonn Capitals
HSV Stealers 3-15 Paderborn Untouchables
HSV Stealers 1-5 Paderborn Untouchables
南部
Haar Diciples 9-0 Neuenburg Atomics
Haar Diciples 2-0 Neuenburg Atomics
Buchbinder Legionäre 5-1 Gauting Indians
Buchbinder Legionäre 8-4 Gauting Indians
Mainz Athletics 5-4 Mannheim Tornados
Mainz Athletics 3-16 Mannheim Tornados
Saarlouis Hornets 2-6 Heidenheim Heideköpfe
Saarlouis Hornets 4-11 Heidenheim Heideköpfe
すでに残留争いを楽しめてしまうのはいいことなのか悪いことなのか、Neunkirchen Nightmares対Hanover Regentsの北部最下位争いはスプリット。すでにポストシーズンのことを楽しめてしまうのはいいことなのか悪いことなのか、Mainz Athletics対Mannheim Tornadosの上位対決もスプリット。Heidenheim HeideköpfeとBuchbinder Legionäreによる絶対王政はまだまだ続く。
フランスリーグ
Lions Savigny sur Orge 6-4 Paris Université Club
Lions Savigny sur Orge 21-1 Paris Université Club
Templiers Senart 1-0 La Guerche Hawks
Templiers Senart 15-5 La Guerche Hawks
悲しいほどに実力がそのまま出たゲーム二つ。投手戦でも上回られ、乱打戦でも上回られ、フランスの封建制度に革命児はまだでてこない。
スペインリーグ
Béisbol Navarra 3-2 C.B. Viladecans
Béisbol Navarra 3-2 C.B. Viladecans
El Llano 1-3 FC Barcelona
El Llano 2-0 FC Barcelona
Marlins Puerto Cruz 10-4 San Inazio
Marlins Puerto Cruz 5-4 San Inazio
FC BarcelonaとEl Llanoの首位争いレース踏みとどまりマッチは納得の一勝一敗でまたもMarlins Puerto Cruzが颯爽と駆け抜けていく展開へ。バルサは勝ち頭Homer Baez、El Llanoは今季初勝利となったCarlos Fenteと両者一歩も引かず、また興味深いのはこのカードミスをしたほうがともに結果に響いているというところでしょう。スペインで勝てるチームはミスをしないチーム、Marlins Puerto Cruzがカードを通してエラーを出していないあたりに、両者の間の壁をひしひしと感じます。
posted by shoeless |20:53 |
ヨーロッパウィークリー |
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2008年05月26日
タイトルを変更しようとかなと思っていたのですが、すげー面倒なのでやめました。次から次へとあふれ出る「マリア様が野球見てる」とか「ボニチカンタービレ(ファーム)」とか「メルカドとグローバー」とかのクソインスパイアにうんざりしてしまったのです。基本的に女性に人気のありそうなタイトルに無理矢理野球を押し込もうと決めているのですが、どれも「たいして何も考えてません」感が漂っていけません。まぁ今のタイトル自体何の考えもなしに決めたもんだし…と過去を振り返ると、その理由が設立当初このブログがまだ野球のブログでなかったあたりにあるような気がしました。最初ライブドアブログで始まった際に漫画のレビューサイトか野球のブログか趣味の紅茶とアロマのブログかどれにしようかと考えたあげく、結局野球+漫画+お嬢様受けしそうという三要素を無理にくっつけたらこんな感じになった、そんな覚えがあります。今となってはこんな野郎集う野郎ブログに成り下がってはしまいましたが、実はいつも長々と書かれるこのクソエッセイ部分は、そうした時代の名残なのです。思えばもうブログ開設から一年、更新しているのは一年半後ですが、それも含めて時の経つのは速いものですね。
このブログのログをさかのぼりますと、最古のログは1月のものとなっていますが、実はこれブログの体裁を繕う為にいくつか後付で増やしたログですので、実際の本当に最初の頃はログは2月始めの「道標と墓標」というタイトルの記事止まりとなっていました。基本的に僕にとってこのブログの過去ログなんて忘れたい過去の一角ですので今ではもう薄っすらとしか思い出せないのですが、確かこの記事を最初に持ってきたのはこれがきっかけでブログの方向を決めるに至ったからだったと思います。記事の内容は前IBAF会長アルド・ノタリ氏と山本英一郎氏の生前の活動を語ったもので、僕にとってというよりか日本にいる世界の野球ファンにとっては、特にこの山本英一郎はその源流と呼べるような存在でした。大げさな事は言いたくないがってCMで星野さんがやってましたが、山本と言う人がいなければ、事実こんなチンケなブログどころか五輪野球、WBCも存在していなかったかもしれません。最初のエントリによれば彼が亡くなったのは2006年の5月26日、このブログは言ってみれば、山本と言う先導役を失った後の国際野球がどこへ行くかを見守る、まさに墓標のようなブログとしてスタートしました。
山本英一郎、1919年5月12日生まれ、国際野球の父として知られ、野球の世界化を進める原動力となった五輪史上最も有名なロビイスト。その目は我々がまだ世界に野球をという事を想像さえしなかった時代から世界を直視し、一足も二足も進んだ先を見通していました。日本のプロ野球がここ最近になってようやく腰を上げたアジア地域の野球振興もそうですし、野球における国家代表の制度や統一化なんかも80年代のうちから関わっていると言うのですから、逆にいかに今現在の我々が停滞した状態にあるかが分かるでしょう。五輪から野球の削除が決定しWBCが発足した際も「WBCは全員参加での大会ではなく、下位の国は五輪が無くては運営が成り立たない」と苦言を呈していましたし、世界から野球を見て初めて気付けるような、その当時の日本で唯一と言っていい視点を持っている人間でした。五輪とWBCを経験した我々がようやくたどり着きつつある地点は山本が数年前に歩いていた地点、そう考えると山本という人物は、国際野球の牽引役というよりかはむしろ世界で始めての国際野球ファンとも呼べる人だったのかもしれません。
ただ、亡くなった人にこういう事を言うのはなんですが、山本は決して野球ファンが崇め奉るような存在ではなく、ぶっちゃけて言えば自分の趣味が大好きすぎる物珍しいオッサンの方がしっくりくる人でした。それが証拠にという訳ではありませんが山本の経歴は墨から墨まで野球にまみれ、好きなことだけやっていたと手に取るように分かる事実ばかりが並んでいます。岡山で生まれ、台北第一中学、慶応大学で野球を覚えた山本は鐘淵紡績に入社と同時にアマチュア野球の世界へ飛び込むと、審判や解説者と様々な役職から野球に関わりまくった挙句、最終的に現在の日本野球連盟である社会人野球協会に入会します。山本が社会人野球協会を通じてIBAFのメンバーとなり、真の世界の野球に出会ったのがこの時1964年、当時の野球はいまだワールドカップでさえアメリカ大陸に引きこもっており、まだ見ぬ荒野がただただ広がっている状態でした。そんな荒野を見たときに、絶望よりも先に耕そうという発想が生まれた、そんなところこそが彼の魅力であり、またその反面異常性でもありました。
上記の通り、山本は決してその背景に資本や人脈に溢れた人間ではありませんでした。自らの我を通して人々を動かす山本は時に独善的で独裁的であったかのように言われる事もありますが、基本的には独善性を通すような権力も政治力も持たない手弁当のサラリーマン。武器に出来るものは行動力と人脈つくりしか持ち得ない、それを知ってか知らずか、IBAF参加後の山本は徐々に執拗なまでのロビー活動をはじめるようになります。1970年代から加速させたW杯の欧州アフリカ勢出場呼びかけに伴い、1984年には加盟国40というノルマを設けロサンゼルス五輪に参入、バルセロナで正式競技にまで押し込んだ頃には、いつしか山本は世界のスポーツ界で最も国際的なロビイストへまでのぼりつめていました。
「これからの野球は世界で戦う時代だ」
ロサンゼルス五輪にて初代五輪野球監督となった当時の住友金属工業監督松永怜一は、山本がかつて彼に会うたびにこんな風に繰り返していたと語っています。確かにこの五輪の金メダルで社会人野球の目はぐっと世界へ向かい、正式競技となったバルセロナにおいては乱立状態であったアマチュア組織が山本自身の手によって統合され、真の日本代表を構成するのに適正な体制へと変わっていきました。国外へ目を向ければ1990年代には加盟国数が100を突破し、国内向きの目を持っていた1980年代にはまだ風潮が少なかったMLBも否が応でも世界展開に目を向けざるを得ない状態へ。当初そのほとんどが破天荒扱い程度であっただろう山本の言葉は、あろうことか山本自身の手によって嘘にならないよう守られ、実現されていったのです。
しかしそんなバイタリティ溢れる山本の活動の背景には、いつも他の競技と比べたときの野球の置かれている状況に対する漠然とした不安が見え隠れしていました。78歳という高齢になっても1997年に日本野球連盟会長に就任、その後IBAF副会長に就任。バルセロナ五輪の観客動員の不調やIOCの五輪ブランド化の方針により2000年のシドニー五輪でのプロ解禁が決まると、すぐに1999年のソウルアジア大会にプロ8人の参加を取り付けることに成功。80年代に増やしていた加盟国へのケアー不足やMLBの選手の出し渋りが表面化した五輪への忍び寄る不安を感じ取ると、今度は真の野球世界大会の必要性をMLBに訴え野球スーパーワールドカップ設立案を提案。この案はMLBのコミッショナーや選手会の了解を取り付け米国と日本と言う具体的な開催地の約束までとりつけるにいたりましたが、NPB側の鈍い反応に追い討ちをかけるように2001年にアメリカで同時多発テロが発生し結局頓挫。こうして改めて彼の功績を辿っていくと、明るい人柄であった山本がその裏いつも迫り来る不安を感じ、いかに先手先手に動こうと奔走していたかが分かっていただけるんじゃないでしょうか。IOCのベストプレイヤー化要請、WBCの必要性、国内野球の地位低下、悲しいことに、今現在の野球界は山本の恐れていた未来を結局何一つ回避できず、山本自身もまたそんな不安を追い払うことはできませんでした。
2005年に多くの職を退任、成した事と成せなかった事を両者多く残し、WBCでの日本の優勝を見届けた2006年の5月26日、山本はこの世と野球に別れを告げました。晩年という言葉が似合わない程に死の直前まで山本の活動は直精力的で、国内のあらゆる場面で野球を見守る彼の姿は見受けられ、ファンのほぼほとんどに山本亡き後の国際野球など想像も出来ないとまで言わしめさせる程の大往生でした。「想像できない」の言葉どおり暗闇の中の先導役だった山本を失った我々は、死の直前まで抱えていた彼の仕事を分散され、ここへきてようやく初めてその遺志と方向を模索しなくてはならなくなったのです。山本が成した仕事とは何で、成せなかった仕事は何なのか、彼が何を思って国際野球に向き合っていたのだろうか。今となっては彼の口から直接聞くことはもう手遅れですが、今となっても山本の言葉は多く野球界に残されています、そんな膨大な山本の遺志の中の一つとして、生前の山本は雑誌でのインタビューの中で彼が感じていた不安と目的をこんな風に語っています。
「僕がW杯にこだわるのは今国際化の方向を打ち出しておかないと遠からず野球はマイナースポーツに墜ちると思うから。実際野球人口はどんどん減ってる。NPBの人たちはそれがわかっていない。黙っていても下からいい選手が上がってくると思ってる。冗談じゃない。国際的な野球の普及は急務」
驚くべきことにこれ、山本が最初に野球スーパーワールドカップを提唱した1998年当時のインタビューに対する彼の基本対応。1998年といえばプロ野球が興行的にも視聴率的にも絶好調だったあの頃、MLBに選手が引き抜かれる、五輪にプロが大勢参加する、放送の延長が無くなる、そんな事誰もが想像しなかった時代でした。我々は彼の墓標より向こう側を歩いてもなお「彼の足跡の上を歩いているだけ」、その上を辿るにも四苦八苦の我々の現状は、確かに船頭を失った船といっておかしくないのかもしれません。悲しい話ですが、否定材料は無いのですから。
山本英一郎の死からはや二年、墓標として始まったこのブログもはや一年、最初は彼の見たくてたまらなかったであろう時を見守るはずであったブログも、まだ彼が見たくなくて仕方が無かったであろう時から抜け出せずにいます。しかし先導役を失った国際野球が本当に暗闇に迷い込んでしまったのか、というと実はそういう訳でもありません。彼が国際野球に残した最大の功労とは、流れ無き場所に国際野球への流れを生み出したこと、誰一人ついてくる者などいない状況で先導したって無意味ですから、人々をその方向へ突き動かした山本の仕事はまさに「流れの源流」になったという事でいいでしょう。暗闇の突入し流れが分岐していった国際野球は、先導が無くとも流れに押されて前に進めばいつかは同じ流れにたどり着き、そしてその間に予想もしないようなくつもの新しい流れを生み出します。イタリアのプロ化、五輪からの削除が決定した後の新加盟国、海外協力隊の人達による活動、事実こうして分岐した流れは山本の想像もしなかった場所で大きな流れとなり、徐々に本流へと合流を果たしてきました。墓標から眺めてきた世界の野球、その時の流れは、徐々に徐々に、本当に微々たる物ながら、良い意味で山本英一郎を「過去」にしようとしているのです。
ぼくの野球を守ってとは、主にこうやって野球のために汗水たらして働いている人になんとかしてよーぐらいの気持ちで頼むニュアンスを含んでいたタイトルでした。しかし今はむしろ、「ぼくの野球はもう守って頂かなくて結構です」と山本さんにお伝えしたい気さえしています。心配なさらずともあなたの遺志は形は様々ながらちゃんと受け継いでいる人間がいる、何かを背負って野球を見るのはあまり気持ちのいいものではありません。何の気なしに楽しく野球が見れるって、本当に幸せなことだとつくづく思います。今年もお疲れ様でした、合掌。
posted by shoeless |03:27 |
特別企画 |
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2008年05月19日
ウィークリーヨーロッパ5月第三週
主なニュース
・オランダ野球協会KNBSBがオランダ五輪協会から表彰。ワールドカップでの頑張りが響いた結果に。
試合結果
オランダリーグ
DOOR Neptunus 5-2 Corendon Kinheim
Corendon Kinheim 10-4 Konica Minolta Pioniers
ADO 3-8 DOOR Neptunus
ADO 0-8 DOOR Neptunus
Mr.Cocker HCAW 6-0 MediaMonks RCH
Mr.Cocker HCAW 7-5 MediaMonks RCH
Sparta/Feyenoord 2-4 Amsterdam Pirates
Sparta/Feyenoord 17-7 Amsterdam Pirates
Mr.Cocker HCAW対MediaMonks RCHの対決はHCAWの連勝で今年の7・8位がこの時点でほぼ確定。下位争いだけを見ているとAmsterdam Piratesが思いのほか調子が悪く見えます、逆にSparta/FeyenoordとMediaMonks RCHがおもいのほかいいような気もしますが、このあたりDOOR Neptunusの追い上げ以上に読めません。オリンピックを控えて、あんまりリーグが荒れることはいいことではないんでしょうけど。
イタリアリーグ
T&A San Marino 2-3 Cariparma Parma
T&A San Marino 8-13 Cariparma Parma
T&A San Marino 9-5 Cariparma Parma
De Angelis Godo 3-1 Telemarket Rimini
De Angelis Godo 0-6 Telemarket Rimini
De Angelis Godo 1-6 Telemarket Rimini
Orioles Grosseto 1-10 Fortitudo Bologna
Orioles Grosseto 5-7 Fortitudo Bologna
Orioles Grosseto 6-9 Fortitudo Bologna
Potocco Rangers Redipuglia 2-6 Danesi Caffe' Nettuno
Potocco Rangers Redipuglia 0-10 Danesi Caffe' Nettuno
Potocco Rangers Redipuglia 0-6 Danesi Caffe' Nettuno
ボローニャおそるべし、グロッセートを優勝争いから駆逐し、自身の首位を踏み固めまくりの三連勝、やりすぎというほかない。順位争いはうってかわってペースメイカーボローニャの後ろをネットゥーノやサンマリノが付き従う形に。そんな裏で、ゴードもついに!ついに初勝利をもぎとり!しかも逆転劇!その上投手戦!リミニを抑えきったRyan Baerlocherに拍手!
ドイツリーグ
北部
Bonn Capitals 8-6 HSV Stealers
Bonn Capitals 11-10 HSV Stealers
Neunkirchen Nightmares 0-13 Dortmund Wanderers
Neunkirchen Nightmares 9-8 Dortmund Wanderers
Cologne Cardinals 1-12 Paderborn Untouchables
Cologne Cardinals 1-5 Paderborn Untouchables
Solingen Alligators 16-3 Hannover Regents
Solingen Alligators 8-0 Hannover Regents
南部
Buchbinder Legionäre 8-0 Neuenburg Atomics
Buchbinder Legionäre 10-0 Neuenburg Atomics
Saarlouis Hornets 2-12 Mainz Athletics
Saarlouis Hornets 4-5 Mainz Athletics
びっくりするぐらいそりゃ勝つでしょうなという鉄板レースっぷり、とか思ってたらNeunkirchen NightmaresがDortmund Wanderersが噛み付く波乱もあり、北部リーグの構図がかたまりつつあります。無敗のSolingen Alligatorsに対抗Paderborn Untouchables、Dortmund Wanderers、Cologne Cardinals、Bonn Capitalsが勝率5割のトントンで蹴落としあって、他の3チームが最下位争い、みたいな。
フランスリーグ
Clermont-Ferrand Arvernes 15-7 Paris Université Club
Clermont-Ferrand Arvernes 7-1 Paris Université Club
La Guerche Hawks 9-3 Stade Toulousain Baseball
La Guerche Hawks 14-4 Stade Toulousain Baseball
Montpellier Barracudas 3-4 Lions Savigny sur Orge
Montpellier Barracudas 3-8 Lions Savigny sur Orge
Montpellier BarracudasはLions Savigny sur Orgeを倒して優勝争いへ参加の布石を作ってみたいところでしたが、一歩先をいくランナーをホームでも打ち崩すことは出来ませんでした。順当って言えば順当な結果なんですけれど。フランスリーグってホームランが少ないこともそうなんでしょうが、あんまり球場の影響が試合結果を左右していないように思えますね、みたいな言い訳。
スペインリーグ
C.B. Viladecans 2-1 San Inazio
C.B. Viladecans 1-3 San Inazio
C.D. Pamplona 1-3 El Llano
C.D. Pamplona 5-11 El Llano
FC Barcelona 2-1 Sant Boi
FC Barcelona 1-3 Sant Boi
Astros 0-6 Béisbol Navarra
Astros 0-17 Béisbol Navarra
調子を落としていたEL LLANOが連勝で首位争いになんとか喰らいつき、FC BarcelonaとCB Sant Boiのトップ対決も意地と意地とがぶつかり合った結果、一勝一敗、試合の無かったMarlins Puerto Cruzも含めて俄然首位から僅差でひしめき合っています。一方の下位もひしめいて、みたいな流れにいこうと思ったのですが、Astrosがぶっちぎりすぎます、いつ一勝目があがるのか。
posted by shoeless |20:46 |
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2008年05月13日
ここ最近ゲームをめっきりやらなくなり「老けたな…」なんて思っていたのですが、買ってからあまり手をつけていなかったハーツオブアイアン2というゲームを再開してからむしろ老けかねないほどにがっつりのめりこんでしまい、もう更新する心が折れてしまいそうです。ハーツオブアイアンはスウェーデンのパラドックス社から出されている第二次世界大戦のシュミレーションゲームで、もともと細かな歴史検証で定評のある製品を多く手がけている会社ではありましたが、ことこの作品に関しては第二次世界大戦から冷戦という激動の時代を扱っていることもあって、まさに電子ドラッグと言わざるを得ないようなつくりとなっています。第二次世界大戦はよく勢力圏の争いという意味で「持たざる国」日本・ドイツ・イタリアの枢軸国と「持てる国」イギリス・フランス・アメリカの連合国の対比と言われますが、確かにゲーム内と言えど英仏の勢力図は広大で、閉鎖された市場の拡大のみが生き残りのチャンスである事は明白。結果悲しい事に、枢軸国でゲームをはじめればゲーム内ではいかに植民地を切り取るかが作戦となります。起こってしまった過去を否定はできませんが、それがゲーム内でさえ拒否できないというのは悲しく思えて仕方がありません。
1900年代前半とは、世界にとっては列強による勢力の拡大合戦の時代でした。旧イギリス連邦の国々を見ればかつてそこで栄華を極めた大英帝国の影響をありありと感じる事ができますし、アジアであっても香港マカオなどからは強くヨーロッパの影響が見つけられます。その影響の度合いをスポーツから見てみても、今日世界中にサッカーをもちこんだのは彼等の植民地政策と言われていますし、同じサッカーが人気な国々でもクリケットと言うイギリスのアイデンティティースポーツを境目にしてくっきり色分けされている事も多く、それが確かに「文化圏の陣取り合戦」であったことを窺わせる現実にぶちあたります。かつてスペインの支配下にあったキューバではアメリカンスポーツ野球に対し統制令が出され、多くの野球選手が同じく植民地であったモロッコに送られたなんて事もありました。たかだかスポーツと言えど一文化、そう考えてもらえれば、無理にこじつけたっぽいこの流れがそれっぽく見えるのではないかと思います。
もちろん第一集団であったヨーロッパ・英仏が飛び抜けていただけで、他の地域の国であるアメリカや日本も例外ではありません。アメリカは植民地政策に消極的であった事もありますが、経済の一部であったカリブの国々には漏れなく野球が広がっていますし、フィリピンや太平洋諸国にも彼等の影響は見てとれます。日本の影響下では現在の台湾・韓国がまさにそれでしょう、そうして広がった地域の規模を考えると野球もまた一つの「植民地政策によって広がった文化」なのだと言ってもいいのかもしれません。しかし当たり前の話ですが、これは単にそこに現実の原因を求めやすいというだけの話であって、間違っても「スポーツの普及=文化圏の拡大の結果」と言い切れるものではなく、多数の例外が存在しています。イギリスの支配下にあったながらもクリケットのシェアを野球に喰われたニカラグア、グラウンド確保の問題から人気球技トップがバスケットの香港等がまさにそれ。むしろ時代背景を鑑みるに、彼等が何故それを選ばなかったのかという事にこそ、スポーツの普及の根幹とも言える理由が見つけられるはずでしょう。何故野球をしていないのか、このブログの原点に立ち返りアメリカ・日本の影響下にありながら野球が普及しなかった地域をさがすと、世界に大体2地域見つける事ができます。一つはずーっと内戦やってて野球なんかしようがなかったアフリカの国リベリア。そしてもう一方が、現中国北東部、旧満州です。
満州国、中国的に偽満州と呼ばれるこの地での日本の影響力の発現は、1895年下関条約にて遼東半島が日本に割譲された事から幕を開けています。アジア植民地争いの主戦場となった中国、当時眠れる獅子と呼ばれ欧州列強から食い尽くされていた清の存在は、日本にとって自分の家に燃え移り兼ねない対岸の火事であり、生き残りをかけた最後の選択肢でした。日清戦争を経て遼東に大陸への足場を築いた日本でしたが、やはり列強に存在を危険視される形で三国干渉を受け権利を返還、ここで対立を深めた事もあって日露戦争へと進むと、これに勝利し1905年のポーツマス条約にて後の満州鉄道である東清鉄道を獲得します。1930年にこの鉄道を巡っての争いにより満州事変が起こると、日本軍は瞬く間に中国東北部を制圧しこの地に満州国を建国、もちろん国際社会の評判はあまりよくなく、皆さんご存知の通りこの後日本はそのまま国連脱退・世界大戦と未曾有の泥沼に駒を進めていきます。まぁ賛否両論ある分野ですしここで語るべき話ではないので大まかな説明で終わっておきますが、野球のお話にもこうした歴史の上の話がいくつか関わってきていますので、興味のある方はむしろもっと真面目なブログを読んだ方がわかりやすいかもしれません。
例えば、あまり知られていない事ですが、満州国の国技がサッカーと定められていたと言う事は、皆さんご存知だったでしょうか。もちろん調査を重ねて下された判断と言われていたようですが、当時の満州でサッカーが随分と行われていたとは聞きませんし、後に結成された代表チームの面子でも分かる通りスポーツにおいてもイニシアチブがあったのは日本人。では何故当時日本人に訴求力のあまりなかったサッカーが国技に選ばれたのかと言うと、やはり1番に日本が満州の成立を国際社会に訴えたがっていたという時代背景にぶちあたります。FIFAへの加入は国連を見放した日本にとっては最善の満州国アピール、といって前述通りあまりいい結果にはならなかったのですが、スポーツと言えど満州をとりまく激動の時代に影響を受けざるを得なかったという事でしょう。世界から認められなかった満州国の存続期間は日本敗戦までの実質たったの10年、その中である程度活動が認められる、となれば自ずと満州で行われていた野球が遼東半島のものだった事も分かってきます。
日本の植民地経営を語る上で、後藤心平という欠かせない人物がいます。彼は台湾にて交通網を発達させて近代化を促した当時の日本都市開発の第一人者と呼ばれた人物で、満州へは台湾での実績を引っ提げてやってきていました。彼の植民地経営は後の阪急的手法という「鉄道会社が都市を開発経営する」形に大変近く、東清鉄道改め満州鉄道の総裁となった彼のもと遼東は満州鉄道と一体で急速な発展を遂げたです。特に満州では多くの事業が独占的におこなわされていた事もあり、満州鉄道株式会社はかなり手広く事業を行っていました。映画配給や調査会社、物質の取引、そしてそんな中の一つとして、戦中満州地域で野球人気の中心に立ち続けた「満州野球倶楽部」は生まれました。満州に渡った野球選手の受け皿となったこの倶楽部は超のつく強豪チームで、社会人野球が好きな方ならばご存知の通り、後の都市対抗の第一回優勝チームにも輝く程。時を同じくして作られた満州実業団とともに、定期的に開かれた実満定期戦は弩級のイベントだったと、当時の話からは垣間見られます。
もちろん日本のプロ組織でさえまだ始まってまもない頃でしたから、その頃の多くの日本人の例に漏れず、彼等野球人にとっても広がる満州の大地はフロンティアでした。幻のプロ野球組織と言われる天勝野球団もその相手に満州を選んでいますし、NPBも1940年には満州全土を転戦するリーグ戦を開催し大きな成果をおさめています。当時の都市対抗での満州勢躍進ともあいまって、日本の野球界にとっても満州の野球は重要なパートだったのです。しかしどうしても日本人のスポーツである感じは否めずにいましたし、1940年という時代はまさに当の日本人の立場が揺らぎはじめてきた頃。この頃から日本は戦火に身を焼かれはじめ、国民生活、ひいては野球にもその影が落ちはじめていました。満州リーグ戦はその試合環境を見るとかなりの貧打戦となっていますが、これはこの時使われていたボールが質が悪い物だったからと言われています。もっと直接的なところで言えばNPBは翌年の満州興業を断念していますし、都市対抗も満州勢はこの頃から出場を断念しています。満州の野球は常に日本の戦局と背中あわせの中で行われていたのです。
満州国にとっての決定打になったのは、ソ連の対日参戦でした。不可侵条約を締結していた日ソ国境の軍隊だけではソビエト軍の侵攻を食い止める事はできず、ソ連に面していた満州は参戦後あっという間に彼等に占領されます。ソビエト統治後の混乱と時を同じくして満州における日本人管理社会の秩序は崩壊、ソビエト統治中に一度実満戦は復活しましたが、少なからず恨みをかっていた日本人達のスポーツ野球がそんな動乱の世に長続きできない事は目に見えたものだったようにも思えます。戦後満州一の興業士であった小泉が話をまとめて復活した事もありましたが、続く帰国事業により日本人という担い手の多くが満州からいなくなり野球の空洞化は激化。日本という重しが消えた後の中国では国共内戦がはじまりますが、日本軍の残した資産を狙った共産党指導者毛沢東により旧満州地域は早々に日本色が薄れていき、後の文化大革命によって表面上とどめをさされる形で終焉を迎えました。
旧満州で最後の実満戦が行われてから既に半世紀、時代はうつりかわり中国においても中国人の手で野球が行われる時代が訪れました。またその一方で、大連では在中日本人の方々による野球リーグが発足し、かつてとはまた違った野球がそこで行われています。スポーツは誰のものであってもいけない、IBAFは野球を「担い手を選ぶスポーツ」から「誰しもが遊ぶべき競技」へかわっていってほしい、それが野球の国際化だ、というようなニュアンスの発言をたびたび行っていますが、そうした彼らの考え方は歴史の中の長いスパンで見ると、よりいっそう浮き立ちます。遠い昔からの一歩一歩が今いる立ち居地を決めているのですから、野球もその身に歴史を刻みつけている。歴史的背景だの文化のせめぎ間の、こういう糞長い上につまらない薀蓄で説明の手に負えない文化となった時こそ、野球の国際化が終わる時、なのかもしれません。
posted by shoeless |00:35 |
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2008年05月12日
ウィークリーヨーロッパ5月第二週
主なニュース
・Spartakosがギリシアカップ優勝。
・オーストリアで開催されていた第11回Finkstonball TournamentにてルーマニアのDinamo Bucharestが優勝、まじかよ。
・イタリア代表、ゴードとの練習試合でボッコボコにする。
・ベルギーにて4国代表戦開催、ベルギーがイギリスを破って優勝。ケ、ケベック代表だと…?
試合結果
オランダリーグ
ADO 2-17 Konica Minolta Pioniers
ADO 6-4 Konica Minolta Pioniers
ADO 3-14 Konica Minolta Pioniers
Corendon Kinheim 8-7 Amsterdam Pirates
Corendon Kinheim 8-3 Amsterdam Pirates
Corendon Kinheim 2-6 Amsterdam Pirates
Mr.Cocker HCAW 1-14 DOOR Neptunus
Mr.Cocker HCAW 3-12 DOOR Neptunus
Mr.Cocker HCAW 1-4 DOOR Neptunus
Sparta/Feyenoord 6-4 MediaMonks RCH
Sparta/Feyenoord 5-1 MediaMonks RCH
Sparta/Feyenoord 8-3 MediaMonks RCH
PioniersとKinheimがともに一敗、NeptunusとSparta/Feyenoordがひたひた近寄ってきてやがるぜ、と言いたいところですが、最下位争いをしているADOに負けたPioniersと、Pirates相手に一敗で切り抜けたKinheimではちょっと負けの内容が違うような気がします。
イタリアリ-グ
Telemarket Rimini 6-2 T&A San Marino
Telemarket Rimini 4-2 T&A San Marino
Telemarket Rimini 5-11 T&A San Marino
Potocco Rangers Redipuglia 1-8 Fortitudo Bologna
Potocco Rangers Redipuglia 0-11 Fortitudo Bologna
Potocco Rangers Redipuglia 4-10 Fortitudo Bologna
De Angelis Godo 3-5 Orioles Grosseto
De Angelis Godo 5-13 Orioles Grosseto
De Angelis Godo 6-7 Orioles Grosseto
Danesi Caffe' Nettuno 7-1 Cariparma Parma
Danesi Caffe' Nettuno 7-3 Cariparma Parma
Danesi Caffe' Nettuno 6-1 Cariparma Parma
NettunoのCarlos Duranがサイクルヒット達成のおまけつきでスイープ達成、その裏GrossetoとBolognaも間違い起こさず連勝で、あいかわらず試合の進みが堅いです。GodoもRedipugliaもセリエA2なら余裕で首位を守れるって言うか事実守ってきたから今セリエA1にいるのですが、それにしても上下の壁が厚いです。セリーグ以上に厚いです。
ドイツリーグ
南部
Heidenheim Heideköpfe 17-2 Saarlouis Hornets
Heidenheim Heideköpfe 4-3 Saarlouis Hornets
今週はリーグ戦の谷間。勝負はもうこれ完全に流石の横綱相撲でした。投げ勝てるし打ち勝てるし、手のつけようが無いもん。
フランスリーグ
Lions Savigny sur Orge 8-15 La Guerche Hawks
Lions Savigny sur Orge 6-5 La Guerche Hawks
Rouen Huskies 8-2 Clermont-Ferrand Arvernes
Rouen Huskies 4-5 Clermont-Ferrand Arvernes
Stade Toulousain Baseball 2-14 Templiers Senart
Stade Toulousain Baseball 4-6 Templiers Senart
Montpellier Barracudas 11-1 Paris Université Club
Montpellier Barracudas 11-1 Paris Université Club
優勝チームSavigny Lions、チャレンジドフランスでの好戦の結果はリーグに生かせず。負けた連中が好調と言うのはどこか日本の天皇杯問題に近いのかもしれませんね。Rouenは下位争いをしているClermont-Ferrand Arvernesとのこのカードでまたも一敗、しかも先発の立ち上がりを打たれての敗戦で、Senartととの優勝争いはほぼ彼らの変調待ちになってきてしまいました、どうしたんだ。
スペインリーグ
Béisbol Navarra 2-0 FC Barcelona
Béisbol Navarra 0-9 FC Barcelona
Sant Boi 9-1 C.D. Pamplona
Sant Boi 7-2 C.D. Pamplona
San Inazio 8-2 Astros
San Inazio 11-1 Astros
Marlins Puerto Cruz 5-1 C.B. Viladecans
Marlins Puerto Cruz 5-0 C.B. Viladecans
チャンピオンMarlins Puerto Cruzが、やはりじわじわとトップに戻ってまいりました。FC Barcelona、Sant Boiとの3つどもえになることは間違いありませんが、FC Barcelona、Navarraの功労者German Arroyoの前に打線が沈黙してまさかの完封負け。単にリーグ戦におけるカードの組み合わせの中での順位の上下かもしれませんが、気になる順位後退となってしまった感ありあり。
posted by shoeless |20:32 |
ヨーロッパウィークリー |
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2008年05月10日
李晨浩 SP R/R 22-07-1977
olm 1.80 10.0 0-1
北京、そして中国のエースの座を10年近く守ってきた中国を代表するベテラン投手、リーグ発足から三年連続で最優秀右腕に輝くなど、その当時の中国においてはまさに圧倒的な存在だった。球速は速くないが制球がよく大崩をしないため、低目を丁寧につく投球で長打を防ぎ成績にばらつきがない様子。ここ数年は国内リーグにおいてもむしろ指導者的な立ち居地にかわりつつあったが、見てほしいこのオリンピックでの圧巻な数字を、これ二日続けて韓国・アメリカ戦に登板してもぎとった数字ですよ。
王 楠 SP L/R 07-10-1981
olm 6.43 7.0 0-1
190を超える長身から角度のある球を低めに投げ込み、カーブやスライダーを散らす、中国代表の象徴的投手、体格とは異なり投球は変化球の枚数で戦う軟投派。一昔前までは右の李に左の王で北京と代表の大黒柱的存在であったが、怪我のうわさもあった事や中国フル代表が国際戦に姿をあらわさなかった事もあり、ここ数年あんまりお目にかかれていなかった。オリンピックでは日本代表に打ち込まれるなど上手い結果とはいかなかったが、まだ20台と伸びしろがあるだけに、今後も中国の左の先発として君臨する可能性は高い。
李韋良 SP L/L 02-09-1980
olm 5.40 6.2 0-0
代表の常連、すっかりベテランになってしまった感もあるがいまだ30前。140に届かんという程度の速球を中心に投げ込む本格派左腕で、コントロールは良いとはいえないのはスタイルからか。球種が少なく、内角の速球・外角のスライダーが基本パターンだが、スライダーがいいのか悪いのかストレートの球筋と似ており、打ってみた後気づく程度の曲がりを誇る。あまり強豪相手に当てられることはない、ような気も。
ト 涛 SP L/L 15-01-1983
olm 11.57 9.1 0-2
かつては江蘇ホープスターズでプレーし、提携先の中日に留学した呂と並んで日本球界行きという話もあったほどの投手、今は中国四川で因縁の呂とともにプレー。球威がない分をサイド気味のフォームから角度をつけてみたり、丁寧な投球で安定感を増したりと、いろいろな技術面で補っている。20代前半からそうした投球スタイルだったが、オリンピックまでに磨きがかかったのはむしろまた技術面で、身体面の強化や球速の成長はあまり見られなかった。老獪なピッチングのままベテランに突入、長生きしそうな気配を早くも漂わせ始めた。
呂建剛 P R/R 19-02-1979
olm 5.79 4.2 1-1
中国が誇る初のプロ野球選手、元中日。もともと陸上出身で全身がバネのようなアスリート体質で、中日も残留を希望していたが本人たっての希望で中国リーグ発足とともに中国へ舞い戻った。一時は肩の怪我で絶望的な状況に追い込まれていたが、見事復帰を果たし2007年には中国初となる投手三冠達成。アジアシリーズでも好投を見せ、北京では台湾撃破の立役者となった、いまや名実ともに中国の大エース。一度故障を経ているためか、日本時代のオーバースローから無理のない位置まで腕が下がってきている。
張 力 RP R/R 02-03-1980
olm 27.00 1.0 0-0
上海所属のベテランピッチャー、中国のガラスのエース。かつては驚異的な身体能力でアメリカのスカウト陣もうならせた速球派投手だったが、2001年突如肩が爆発し代表落ち、復帰してすぐは球速は30キロ近く落ちてしまった有様だった。しかしその後投球スタイルをかえることに成功したのか、ゆるーいカーブを使った投球ができるようになって復活。アジアシリーズではロッテ相手に好投した。いまでも130中盤までなら出せるとも聞くが、あまりそういう姿勢は見せず、どこか肩の怪我を身体が覚えてしまっているという印象も。
陳 坤 RP R/R 05-03-1980
olm 9.00 3.0 0-0
右の正統派。四川の絶対的エースながら、見た目は丸顔の気のよさそうなおっさん。彼も中国で長らく野球を続けているプレイヤーなだけあって、崩れにくい制球と140キロをかすめる程度の直球を武器にしている。WBC・日中交流野球・アジアシリーズと日本戦の経験も豊富ながら、日本のファンには多分前年アジアシリーズで中日相手にぼこぼこにされたピッチャーとしか覚えがないかもしれない。日本相手には力で押すスタイルから技術でかわそうとするスタイルへ変えているようにも見えるけど、それはどうなのか。
郭有華 P L/L 18-10-1983
olm 0.00 0.2 0-0
陳と並んで四川を支える左のエース、もとはホープスターズに在籍。少し下げた位置から、切り込むようなカーブと素直な直球を投げ込む。プレ五輪ではチェコを抑えきり中国の決勝進出のキーパーソンとなったが、基本的に代表での登板は試合が煮詰まってからの中継ぎが多い。2006年中ごろに代表の顔を見せ、そのまま2008年オリンピック代表へ入り込み。徐々に左の投手数も安定しつつある中国野球においては、陳俊殻に次ぐ左のリリーフとしては代表の椅子は内定状態とはいえないか。
陳俊殻 P L/L 20-08-1981
olm 15.00 3.0 0-0
広東の左のエース。06年07年と連続で最優秀左腕に輝き、広東の上位進出の原動力となった。細身の体からスライダー、フォーク、カーブと一通りの変化球を散らし、130後半の速球を投げ込む。まさに中国野球リーグが設立されていたからこそ代表で顔を見られるようになった投手で、ドーハアジア競技大会から、五輪がはじめての大舞台となった。くにゃっとしたモーションって言おうとしたけど、もしかしたらありゃ手首が柔らかいのかもしれない。
劉 凱 RP L/L 11-10-1987
olm 15.43 2.1 0-1
昨年ヤンキースとマイナー契約した、元広東の左の若手。中国のスポーツ専門学校出身のバリバリのアスリートで、小学生の頃から野球をしていた中国野球界のサラブレッド。体格がよく動きも身軽だが、中国の投手の伝統にそむくことなく、彼もまた130キロ中盤の速球と曲がりのいいスライダーを内外に投げ分ける制球重視のピッチャー。国内外を問わずに経験も少なく実績も無いため、まだ判断するには難しいプレイヤーだが、荒削りではない分これから順調に代表の中で成長していきそう。
孫国強 RP R/R 30-05-1974
olm 10.12 5.1 0-0
今年突如復帰した大ベテラン。一時の引退を撤回して、ホープスターズ、さらには代表へと舞い戻った。低い位置のサイドスローだが、変則投法で惑わしたり制球で生きながらえようとする意思はさらさら見受けられず、投手陣の中では唯一と言っていい140キロ中盤の剛速球をぼんぼん放り込む。投球自体が激しいのか、球がすっぽぬけることもしばしば。リリーフとしてはいまなお中国において最も恐ろしいプレイヤーだが、あからさまに足元を狙われそうな気がしないでもない。
徐 錚 RP R/R 10-05-1981
olm 12.00 6.0 0-0
のらりくらりとした変則気味のフォームから、135キロ以上の速球を投げこむリリーフの速球派。変化球も数を持っており、これが低めに決めるよう投げ込もうとしているパターンが多く見受けられる。実際はコントロールが荒いタイプな為、全力投球はいまいちすっきり決まらず、代表では中継ぎが多い役柄ながら120後半の八分目の球で組み立てる場面も多くなってきている。
王 偉 C R/R 25-12-1978
olm .263 19 5 0 1 0
中国代表といえばこの人、中国代表の主砲にして扇の要を勤め上げてきたレギュラーキャッチャー。WBCで上原からホームランを放った通りのパンチ力を持ち、国内リーグではホームラン王も受賞している。打撃に関しては荒っぽさも残るが、むしろ注目はその守備。MLBでも通用するとスカウト陣に語られた鉄砲肩と正確なスローイング、そしてその教科書どおりの堅実な守備姿勢で投手陣の働きの二割はこの人の守備に助けられているといっていい。ラフィーバー監督いわく、スペシャル。
楊 洋 C R/R 19-05-1986
olm .167 6 1 1 0 0
北京の若手捕手にして、王偉に続く次世代の主力捕手、と噂されているエリートキャッチャー。経験をつませるための性格が強いであろう五輪初参加だったものの、初参加の五輪でアメリカ相手にホームランを放つなど、王偉から続く中国捕手陣の素材の強さを見せ付ける結果を残した。しかし代表戦デビューとなった五輪アメリカ戦は、彼がアメリカランナーに体当たりを食らったのがきっかけで退場三人の大揉め祭りに発展、ガタイもつよければ神経も太いとか、そういうことでいいのか。
賈昱冰 1B R/R 18-02-1983
olm .042 24 1 0 0 0
中国代表の主軸にして、中国一ホームランが見込める長距離打法。アジアシリーズ、プレ五輪と中国の主軸をつとめる。2007年本塁打王を獲得すると、チームメートの王偉とともにマリナーズとマイナー契約。まさに前途洋々という感じであったが、五輪ではなんとたったの1安打という急ブレーキを見せる大失態で、上位打線にもいられない有様だった、怪我という噂もあるが実態は不明。2005年のワールドカップから着々と積み上げてきたキャリア、決して守備がうまいとはいえないプレイヤーなだけに今後が非常に心配。
張玉峰 SS R/R 09-02-1979
olm .125 24 3 0 2 1
代表で長年、主軸を務めるキャプテン的存在のベテランプレイヤー。上海では既にプレイングマネージャーとして指導する立場へとなっていたが、この北京五輪をきりに引退を決意したとの事、なのでもうここに載せてはいけないプレイヤーなのかもしれません。中国一の安定感を誇る内野守備に、三冠王獲得経験もある力と技を兼ね備えたバッティング、そして攻守を支える快足とまさに中国の生んだ元祖5ツールプレイヤー。全盛期の頃には中国ではプレーできないと言わしめた圧倒的存在で、五輪での台湾戦勝利を手土産に伝説となったまま花道を下ることとなった。
賈徳龍 SS R/R 04-07-1985
olm .286 7 2 0 0 0
広東の台頭の原動力となった、張の次代と見られる若手ショート。日中大学野球での日本経験や今回の選出と、若手の筆頭としてほかの選手よか頭が一つぬけることとなった、「若返り」を提唱していたラフィーバー監督の忘れ形見のような選手。まだ露出が浅いためはっきりとした事はいえませんが、一見するに中国リーグの背景そのままの細身のアスリート体型で、プレースタイルはどこか張玉峰を髣髴とさせるものがあったり無かったり。
候風連 IF R/B 11-07-1980
olm .381 21 8 0 8 0
天津の切り込み隊長にして、中国代表1・2を誇る快足の韋駄天プレイヤー。全体としては孫嶺峰に数で押されていたものの、足の速さだけ見れば日本でも通用しうる俊足を持つ。代表では主に2番を打ち、四球を選びにいく場面もしばしば、足を生かして打率も稼ぐ打撃センスをも見せる。広くとれる守備範囲と、どこでもそつなく守れる器用さもあるが、内野を押しのけるほどかと言われると実際のところ指名打者も多い。
孫 イ(火韋) 3B R/R 11-09-1976
olm .176 17 3 0 1 0
確かに代表も常連だったが、いつのまにこんな大ベテランの域へ突入してしまったのか、北京の誇る長距離打者。プレ五輪においてはほかの打者を押しのけて4番に座ったが、3番賈昱冰の大活躍でおかぶを奪われる形になり、五輪では下位打線を打つことに。かつては安定感のある打撃と守備でMVPを獲得したこともあるプレイヤーだけに、その潜在能力はまだまだのびしろをみせてはいるはずだが、ここ数年はどこか中国リーグ発足からの後発組に押され気味。サードレギュラーも確たるものと言っていいのか。
孫嶺峰 CF L/L 14-08-1979
olm .296 27 8 0 1 2
久しぶりに公の舞台へのお披露目となった、中国の天才型プレイヤー。ボールに対して柔軟に対応できるシュアな打撃と瞬発力に長けた快足の支える外野守備で、長らく中国の核弾頭となり続ける選手。ただ、アスリート系の選手が好きな中国にしては、肩があんまり強くなく打撃も長打は見込めない。まさに天性の才能で野球をしているとも言え、毎年のようにタイトルに絡み続けるプレーはいまだ衰えるところを見せない。塁に出れば、候風連の打撃とあわせ、中国一うんざりする野球選手へと転身を遂げる。
張洪波 OF R/L 06-06-1980
olm .059 17 1 0 0 0
広東を引っ張る長打力を持った主砲にして、代表においてはリードオフマンの役目も果たす、今現在の中国を代表する5ツールプレイヤー。国内リーグにおいては本塁打をはじき返すが、代表ではグランドに突き刺さるような鋭い当たりを左右へはじき返す安打製造機のような働きを見せる等、むしろ一発狙いで無いだけに厄介さが増すタイプ。状況によってスタイルを変えているのも見事ながら、それを成し得る身体能力の高さはまさに天晴れ。
馮 飛 RF R/R 18-02-1983
olm .138 29 4 0 0 1
帰ってきた次世代の外野手レギュラー候補。2006年のドーハ以降音沙汰が無かったが、五輪にて見事レギュラーを獲得し打線の一角を担った。所謂長く使って大物打ちを期待するタイプのギャンブル性溢れる強打者で、よく言えば意外性に溢れた全力スイングが魅力のバッター、確かにあまり中国代表にはいないほうなのか。強打が目立つタイプのプレイヤーなので、一塁と右翼を守ることが多いが、特段守備がうまいほうではない。
李 磊 2B/OF R/R 24-06-1984
olm .208 24 5 0 1 0
06年のアジアシリーズでは岡島からホームラン、2003年度の新人王。長打が打てる上に足も速く、リーグ発足時からあらゆる形でタイトルに絡み続けてきた中国の誇る5ツールプレイヤー、その上内外野を安心して守れる器用さを併せ持つ。オリンピックでは三番を打ってハッスルプレーを披露、常勝北京、そして中国代表の得点源となるまでの成長を見せてきた。ただ打者としていやらしいタイプではなく、勢い溢れるプレーであるため、繋ぎ役として難しい一面も垣間見られる。
王 超 LF R/R 23-03-1985
olm .125 8 1 0 0 0
マリナーズとのマイナー契約経験あり、強肩強打の元ピッチャー。実は2001年に中国人として初めてプロ選手となったプレイヤーなのだが、その後中国野球協会と揉めて黙殺される形に。2004年にルーキーリーグから中国野球リーグに移籍すると、すぐさま疲労が表面化し故障。もはやこれまでかと思った2007年、突如鋭い当たりを連発して復活をとげ、その勢いのままに代表へといきついた、中国の不死鳥。長身から振り回すかのようなバッティングで打球を飛ばし、投手時代に評価されていた長い腕から鋭い返球を繰り出す。
posted by shoeless |00:00 |
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2008年05月05日
ウィークリーヨーロッパ5月第一週
主なニュース
・Templiers Senartがチャレンジドフランスにて、Savigny Lionsを17-2で破り優勝。
・イタリア代表練習試合でゴードをぼっこぼこに。
試合結果
イタリアリーグ
De Angelis Godo 2-5 Fortitudo Bologna
De Angelis Godo 0-11 Fortitudo Bologna
De Angelis Godo 4-8 Fortitudo Bologna
Orioles Grosseto 0-1 T&A San Marino
Orioles Grosseto 3-5 T&A San Marino
Orioles Grosseto 6-1 T&A San Marino
Cariparma Parma 12-5 Potocco Rangers Redipuglia
Cariparma Parma 8-1 Potocco Rangers Redipuglia
Cariparma Parma 12-11 Potocco Rangers Redipuglia
Telemarket Rimini 8-7 Danesi Caffe' Nettuno
Telemarket Rimini 6-9 Danesi Caffe' Nettuno
Telemarket Rimini 1-4 Danesi Caffe' Nettuno
グロッセート・サンマリノ、リミニ・ネットゥーノが潰しあっている間にボローニャがゴードをなんなくスイープ。ボローニャ、今のところ敵らしい敵もおらず、本当にこのままトップへ立ってしまいそうです。
ドイツリーグ
北部
Bonn Capitals 11-10 Dortmund Wanderers
Bonn Capitals 7-4 Dortmund Wanderers
Solingen Alligators 5-4 Paderborn Untouchables
Solingen Alligators 11-1 Paderborn Untouchables
HSV Stealers 3-5 Hannover Regents
HSV Stealers 11-6 Hannover Regents
Neunkirchen Nightmares 7-9 Cologne Cardinals
Neunkirchen Nightmares 1-12 Cologne Cardinals
Hannover Regents 5-8 Bonn Capitals
Hannover Regents 4-8 Bonn Capitals
Dortmund Wanderers 6-16 Solingen Alligators
Dortmund Wanderers 1-9 Solingen Alligators
Paderborn Untouchables 20-0 Neunkirchen Nightmares
Paderborn Untouchables 11-0 Neunkirchen Nightmares
HSV Stealers 1-10 Cologne Cardinals
HSV Stealers 10-0 Cologne Cardinals
南部
Haar Diciples 2-5 Saarlouis Hornets
Haar Diciples 4-0 Saarlouis Hornets
Gauting Indians 0-14 Heidenheim Heideköpfe
Gauting Indians 6-18 Heidenheim Heideköpfe
Buchbinder Legionäre 11-4 Mainz Athletics
Buchbinder Legionäre 13-1 Mainz Athletics
Mannheim Tornados 10-0 Neuenburg Atomics
Mannheim Tornados 22-10 Neuenburg Atomics
Neuenburg Atomics 8-4 Gauting Indians
Neuenburg Atomics 3-7 Gauting Indians
Heidenheim Heideköpfe 5-4 Buchbinder Legionäre
Heidenheim Heideköpfe 8-16 Buchbinder Legionäre
Mannheim Tornados 7-8 Saarlouis Hornets
Mannheim Tornados 7-0 Saarlouis Hornets
Mainz Athletics 3-4 Haar Diciples
Mainz Athletics 15-0 Haar Diciples
ヒャッハー、流石ドイツリーグだ!試合数が半端じゃねーぜ!くしくも昨年のラストと同じカードとなったBuchbinder Legionaere Regensburg対Mainz AthleticsはエースManuel MoellerとDaniel Hayesの両先発がやられた模様、先発が崩されると成す術がありませんでした、ってとこかも。
スペインリーグ
El Llano 0-9 Marlins Puerto Cruz
El Llano 5-6 Marlins Puerto Cruz
Astros 0-5 C.B. Viladecans
Astros 2-3 C.B. Viladecans
C.D. Pamplona 3-15 Béisbol Navarra
C.D. Pamplona 3-15 Béisbol Navarra
FC Barcelona 7-2 San Inazio
FC Barcelona 1-2 San Inazio
FC Barcelonaが一敗でSANT BOIと並んで首位をとりあえずキープ。その裏昨年チャンピオンMarlins Puerto CruzがEl Llanoをこやしにする形で助走をつけてきており、上位争いは嵐の前の静けさのような週になりました。ちなみにその裏のカードとなってしまったAstros ValenciaとCB Viladecansではアストロズ8エラーの今季のエラー記録大幅更新、勝ちの目が見えるまでまだまだ辛抱。
オランダリーグ
DOOR Neptunus 2-3 Sparta/Feyenoord
DOOR Neptunus 3-5 Sparta/Feyenoord
DOOR Neptunus 4-1 Sparta/Feyenoord
Konica Minolta Pioniers 10-3 Amsterdam Pirates
Konica Minolta Pioniers 5-3 Amsterdam Pirates
Konica Minolta Pioniers 17-7 Amsterdam Pirates
Corendon Kinheim 10-0 MediaMonks RCH
Corendon Kinheim 7-3 MediaMonks RCH
Corendon Kinheim 12-5 MediaMonks RCH
Mr.Cocker HCAW 5-1 ADO
Mr.Cocker HCAW 5-1 ADO
Mr.Cocker HCAW 7-1 ADO
PioniersがPiratesにさっくり三連勝で首位キープ、一方のDOOR NeptunusはここでSparta/Feyenoord相手に、失礼ながらまさかのカード負け越し。やっぱり投手は揃っているオランダリーグですが、勝ち進む為には打撃が必要なんでしょうか。結果勝ったチームが打っているのは当たり前の話なんですけど、上位チームが負けるときって決まって打てずに負ける試合のような気がして。
posted by shoeless |03:42 |
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