2008年01月30日

2008年スリランカの旅

野球の基本はキャッチボールにあるといいます。キャッチボールが大切な理由としてはキャッチボールが相手との対話であるからなんだそうで、相手の事を考えて投げあう中に対話が生まれ、そこから駆け引きが生まれてていくのだとか、だからプロでさえキャッチボールを完璧にこなすことは難しいと言われるんだそうです。他人のサポートが出来る人間は他人の妨害もできるという事で、局面局面でとっさの判断よりも悩んだ末の決断を要求される野球では、やはり駆け引きのトレーニングが必要という事なのかもしれません。相手の考える事を読み取り相手の決断や心理の穴をついていく、確かにそうした麻雀やポーカーのような部分は野球の醍醐味と言えますし、おでかけに赤い服を着てきた女は誘っていると信じてやまない僕がキャッチボールが下手糞なのも、それに照らし合わせれば当然といえるでしょう。そういや年末福田首相が中国に訪問したときに温家宝首相とキャッチボールをするなんてほほえましいんだかきな臭いんだかよく分からないイベントがありましたが、あの一球一球にこれからの日中関係の駆け引きが詰まっていると想像したら、興奮が隠せませんでした。暴投とかして(そんな横暴な条件をのめるか!)(交渉決裂ってことか…)みたいになってたらどうしよう。



まぁこれ僕の脳みそがサーバーに負担をかけるだけを目的として生み出したゴミ情報ですので、正直そんな事になっていようがいまいがどうでもいいのですが、実際問題スポーツは時として競技とは別の駆け引きを含みながら行われることがあります。今一番ピチピチのツヤツヤのところでいけば、ハンドボールアジア予選はまさにそれでしょう。世界の大勢の人々の目にとまるスポーツの舞台ですので、そこには面子や政治、お金などの別の要因がたやすく介入してしまう隙を残しています。中東勢に牛耳られたアジアハンドボール協会、オイルマネーというバックグラウンド、ハンドボールでも抗議が多いといわれていた韓国、単にハンドボールの試合を越え、今回のハンドボールアジア予選は大人のくろーい駆け引き渦巻く大舞台へと変貌を遂げました。野球でも当然例を挙げるに暇はありません。以前の日記「矢弾尽き果て」の中でお話したベネズエラの政治的理由による台湾選手団受け入れ拒否、WBCにおけるアメリカの政治的理由によるキューバとの報奨金問題、野球においてもイスラエルはヨーロッパ枠…そこにはいつもスポーツとは関係ない大人の都合による駆け引きがあり、そしていつもそうした要因にスポーツは動かされてきました。



もちろん大人の都合って言ったって善悪大小さまざまありますので、大人の都合って言う言葉の響きだけで判断をすることは危険です。広告の為に特定のチーム選手に勝ち進んで欲しいから協力するのも大人の都合による駆け引きですし、スポーツ振興の為にヒーローをマスコミが作り上げることもある程度は必要な事だといえるでしょう。駆け引きといっても両方善とも悪ともいえない場合ばっかりなのが現実の辛いところで、中二あたりで作るRPGツクールのような「悪には悪の理由がある」というような華々しい物はあまり多くありません。今回のイギリス代表なんかはその典型で、最終予選辞退の理由が日程がずれたことによる選手召集の困難や経費の不足、旅費の面で動き回った感もありましたがものすごく不景気な大人の都合による駆け引きのもと姿を消しています。逆に大金渦巻く日本においては、テレビ中継に時間の尺に合わせて戦うことを良しとされる高校球児たちや、派閥や球団同士による裏金のつながりや対立など、しがらみが増えるにつれて大人の都合は多くでてきます。メジャーだろうがマイナーだろうが世界中どこでも夢と理想じゃ欲は満たされない現実、割を食うのはプレーヤーやファン、特に純な子供達、また現実とは酷なもんです。



しがらみから逃れて野球をやりたいという純粋な気持ちで野球をやる、自分達でお金を作り世界を目指している人々というのを期待するには、現実はあまりにも厳しくあります。豊かといわれる日本でもマイナースポーツをしているアスリート達の多くはアルバイトを行い大会に自費で参加する事を余儀なくされているとおり、世界の野球選手たちも多くは参加リーグとの兼ね合いや実生活との折り合い、大会への参加のハードルに頭を悩ませ、大人の都合にふりまわされています。簡単な例を出しますと、今回の北京五輪アフリカ大陸予選の参加国は全部で6国ですが、開催国である南アフリカを除くほとんどの国が当初は参加を見送ろうとしていたことがあげらるでしょう。飛行機のチケットはとれないし、車で行くには治安の悪い地域があるし、ビザはお役所の仕事の影響で取れないし、お金は全然捻出できないし、日程的にそんな急げないしと、世知辛い大人の都合は彼らを放してくれませんでした。結局アフリカ野球連盟から支援金が出て面子を揃えることが出来たらしいのですが、それもまた五輪に向けた野球協会の面子の為という都合だったと見る事もできます。アフリカ大陸連盟のあるナイジェリア、日本から指導者が派遣されているガーナやウガンダでさえ簡単には動けない事実は、僕が長々と語る理屈の百倍説得力があるはずでしょう。



自分の首を絞めるまで野球をするなんて事は普通に考えたらありえるはずはありません、スポーツと言うものは生活の上に何かのはけ口や文化の一部として行われているはずのものだからです。生活とスポーツは天秤にかけられないのが普通、しかし世界で野球が生きながらえていることからも分かるとおり、世の中には不思議なことにそういう都合を無視して情熱を垂れ流す人たちも存在します。野球のために親族総出で世界へ選手を送り出してあげる人々、仕事をしながら五輪を目指す代表たち、去年の夏、甲子園を沸かせた球児たちがアメリカの地で野球をしている間、その裏借金をしてまで大会に参加しにきた人たちが台湾で野球をしていました。スリランカ代表、五輪開催と言う事もあって台湾参加を回避した中国の都合にあやかってアジアAAA選手権を獲得したアジアの新興国で、同時期にイタリアではU-13の大会があったこともあって、大会が相次いだ時期でした。人口二千万、インド南部の光り輝く島スリランカ、紅茶を嗜む方には非常に親しみ深い国かもしれません。それももともとイギリス領だったことの名残であり、ナンバーワンスポーツはもちろんクリケットで野球はまったく文化として付け入る隙がありませんでした。



野球チームとして姿を確認できるようになったのは、日本から指導者が出向くようになった2002年、第5回アジアンカップ頃から。スポーツ教育に熱心なお国柄と言う事もあってメキメキ力を伸ばしてきており、シンガポールに勝利して以来香港やイランに勝ち、アジア最下位から一つ上程度の位置を確保するようになりました。まだまだ負け試合は多いですが、特に参加姿勢が素晴らしく、参加したりしなかったりの国ばかりが珍しくない野球において、弱小国ながらいまのところアジアンカップ3回連続出場。今回はフィリピンやインドさえ見送ってしまった年代別大会に選手を送り込み、中国の辞退によって降りかかった幸運をのがしませんでした。言うのは簡単ですが、先進国英国でさえ見送らざるをえなかった現実に打ち勝つという事は、そうそう甘いことではありません。スリランカ内でも地域ごと出自ごとに派閥の争いがありいがみあいがあると聞きますし、スポーツ教育に熱心だろうが野球にお金を出してくれる国なんて都合よくは行きません。彼らのほとんどは両親が貯金を切り崩し、人によっては借金をして、人によっては家を抵当に入れてまで世界に野球をやりに来たといいます。スリランカも決して奇麗なチームであるわけではなく、大人の都合を無視できているわけではないのです。



借金までして来たかった夢の舞台アジアAAA選手権、もともと年代別大会の不足にケチをつけられていた野球がアジア地域の野球振興を担う大会として創設した大会です。そうした後手後手と作られた背景通り、日本では日米野球の影に隠れてしまった小さな小さな大会ではありますが、彼等スリランカ代表にとっては夢舞台とも言える大会だったのかもしれません。そういう存在は希薄だからこそしがらみなく野球をやってもらいたい、と思うのはそんなおかしなことではなかったと思います、しかし今現在過去形で話してしまっているとおり、実際には大人の都合の押し付け合いによって彼等の夢舞台にはけちがついてしまいました。本来なら日本から甲子園のスターたちが参戦するはずだった大会、残念ながら高野連の方々によってその派遣は差し止められてしまったのです。理由は韓国・台湾の二国が大会に使用するバットを鉄バットから木製バットへ移行したから、両国とも高校レベルでは木製バットを主要の道具に使っており、近年の国際戦での木製バット移行にあわせアジャストしていきたいという部分が本音でしょう。いまだ鉄バットを使っている日本の高校生としては不利な条件を突きつけられたと言えなくもありません。



しかし前述したとおり、もともとこの大会の設立理由はアジア地区への野球普及とされていました。この大会で鉄バットが採択されたのもアジア地区への野球普及には木製バットは高価で効率が悪いと言う理由から、アジアへの普及という事を狙っているという事はアジア地区はいまだ普及の段階にあるという事であり、それを国際戦での基準にあわせようというのは「普及を第一に考えない」本末転倒な判断であるとも言えます。まぁ日米高校野球試合と日程的にも被っているため参加しにくかったというのも事実でしょうから、それだけを見て批判と言うのはずるい気もしますが、難癖が付いたことには代わりが無いでしょう。出場国も自体が相次ぎ、いまだ開催されるのかさえ微妙な立ち居地にある今大会でさえ、そこには大人の都合と駆け引きが存在していました。大会の開催目的にせよ選手が大会にもとめるものにせよ、野球をする理由は人によって様々です。日本であればプロ選手になりたいであったり、今なら国家代表になりたいというのもあるでしょう。彼等がそうした理由で野球をしている事を考えれば、その裏、世界で野球が普及していない背景にはそうした「野球をする理由」がないという事を想像できます。お金は儲からない、やっても自国で評価に繋がらない、選手を集めるのが困難、大会の価値や開催が曖昧、自分達の都合を曲げられるほどの魅力を野球が提供しあぐねているようにも見える現実。だからこそそれでもなお野球を続けていてくれる彼等は、特異に、そして熱意に溢れて見えたのです。



早い段階から高野連にボイコットを喰らい、中国の辞退、フィリピンとインドの雲行きの怪しさと問題山積み。当初は開催さえ怪しかったアジアAAA選手権でしたが、日本側の高校球児以外の代表選出という機転とスリランカのかねてからの熱意により、彼等の夢舞台はどうにかこうにか開催されました。スリランカ代表は日韓台と強豪に力の差を見せ付けられたものの香港代表相手に接戦を演じ、夢の地で念願の一勝をもぎ取って大会を終えることに成功、まだまだ壁は高いですが来た事が報われる成績だったと言っていいでしょう。彼等の力ではどうしようもないような大きな都合のぶつかり合いの中で、彼等は精一杯野球を楽しんできたのだと信じていいかもしれません。利権や派閥が複雑に絡みあった今の日本の野球において、他の一切を無視して野球をやりたいですなんていう話は難しくなりました。それがいい悪いという話ではなく、人が集まるところには亀裂が出来てしまうものなので仕方がありません。5年前には文字通りまっさらな状態であったスリランカの野球には、今や国際戦での勝利経験も世代別の代表も出来ました。世代別強化を行い欧州で台頭してきたチェコ同様、このままスリランカが代表に英才教育を行う姿勢を崩さなければ、アジアの下位勢力の均衡は10年を待たず崩れるかもしれません。駆け引きとはまだまだ縁遠いスリランカですが、そんな彼等をうらやむ気持ちがあってもそれはおかしいことじゃあないでしょう。



都合を無視する事ではなく、制限の中でできる事を模索する。野球の為に身を削るなんて話は決して奇麗な話ではありません、野球は身を削らなければ続けていけない現実がそこにあるという事です。だからこそ、もっと上の大きな都合のぶつかりあいが彼等の未来への道を閉ざすかもしれない事実は、見ていて悲しくなります。「野球」の都合のための普及を目的として五輪を目指しても、「野球国」の都合のために野球の地位を向上しても、正直あんまり効果があると思えません。バットを金属にしたほうが普及によいというのも確か、国際戦にあわせ木製バットを使ったほうがいいというのも確かではあります。しかしその結果当事者スリランカの現実といえば、大会をボイコットした日本代表を尻目に身を削って出場し、みんなでバットを使いまわすといったものでした。「普及のため」に都合都合とあわせたはずなのに、この決断に当のスリランカの意向が反映されていないのも、これもまた大人の都合という事でしょうか。スリランカは都合を押して動いているにもかかわらず、他の国々は実態の見えない「スリランカの都合」に合わせて動こうとしている、もうなにがなんだか僕にはさっぱり分かりません。



野球の為に何かをしようとしてそれがスリランカの障害になっているならば、本末転倒もいいところでしょう。何かをしたいならばまずスリランカをはじめ現地の選手達の意見を聞かなければ始まらない、しかし世界でも微々たる存在である野球では、なかなか上のほうへ彼等の意見が伝わりません。そして悲しいことに、オリンピックしかり、MLBしかり、IBAFしかり、そうした都合は徐々に野球の首を、特にマイナー国にて細々野球を続けてきた人たちを絞めてきました。そして今現在も、スリランカの投げるべきボールは受け取ってもらう相手を失い、意見のやり取り先を見失ってしまっています。



ようやく芽吹き始めたスリランカの野球に立ちはだかったのは、遠い異国のドーピング問題や五輪招致の問題。ボールもバットもまだまだ足りないスリランカでは、キャッチボールをすることもままなりません。そういう状況下では、周りと意見のキャッチボールを行うこともかないません。キャッチボールって、僕らが考えるよりよっぽど高等なものみたいです。



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posted by shoeless |14:42 | アジア野球 | コメント(13) | トラックバック(0)
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2008年01月24日

スペイン代表選手名鑑

一度消しちゃっていたスペイン代表の選手名鑑です、そろそろmr bullpenの日本語版のようなwikiの立ち上げをしてもいい頃かな、と思うのですがどうでしょう。



LEAL REMIGIO           P           R/R    01-10-1963

07e 4.50 14.0 1-1
wct 3.86 07.0 0-0
foq 8.64 08.1 1-1

キューバ出身の大ベテラン、スペイン中継ぎの切り札。かつてはキューバナショナルリーグで先発をしていたが、1999年にスペインリーグに移籍するとクラブを転々としてFC Barcelonaに行き着いた。2007年度リーグ内で化け物じみた成績を残すとついに欧州選手権で代表入りを果たし、文字通り彗星のごとくあらわれてスペイン最終予選進出の一翼を担った。今季はチーム内でも三番手的な成績に終わったが、代表での活躍と同じくロングリリーフもこなせるとあって大車輪の働き。まだその使い方がはっきりしたというわけではないが、キューバのラソ様みたいな扱いになっていくのでは。

OLIVERA MANUEL         SP           L/L    08-12-1977

07e 4.63 11.2 1-0
wct 1.46 12.1 1-0
foq 6.75 12.0 0-2

スペイン代表の化け物、投手陣の中では圧倒的に抜けているエースピッチャー。90年代前半から代表に参加している常連で、アメリカの大学で投げた後独立リーグで活躍、その後オランダリーグに渡るとSportvereniging ADOに入団し、紆余曲折を経てマイナーリーグへ行き着いた。と思ったらついに自国リーグに参加となるようでもう毎年どこにいるかすらわからないのが醍醐味の選手となってしまった。そうした経験が物を言うのか、国際戦に異様な強さを見せ、140中盤の速球と切り込むように落ちる変化球でばっさばっさと三振をとる。数字は強豪相手ばかりさせられているという事を踏まえて見てほしい。

RIZO MIGUEL A          P           R/R    23-06-1979

07e 10.80 3.1 0-0
wct 15.00 3.0 0-1

ベネズエラサマーリーグ出身のベネズエラ生まれピッチャー。数年間の参加経験であったものの苦い成績しか残せず、スペインリーグへと渡った。スペイン国内では先発としての席を確保されたこともあってバリバリと働き、欧州選手権で代表参戦。ミドルリリーフとしての仕事を期待されたが、強豪に良く当てられた結果二大会ともに防御率がとんでもないことになって五輪最終予選から外れることとなった。

GUTIERREZ FERNANDO     RP           R/R    25-09-1980

07e 1.69 5.1 0-1
wct 5.41 3.1 0-1
foq 1.93 4.2 0-1

マイナー・スペイン・オランダと世界を股にかける渡り鳥ピッチャー。スペイン代表のクローザー的存在。オリオールズ傘下のマイナーで長くプレーしていたが、そこそこの成績が続いたことと自滅の多い投球があだとなりスペインへ出戻り。2007年にMarlins Puerto Cruzを優勝に導くとついでに五輪最終予選の切符まで手に入れ、その功績が認められたか2008年は助っ人としてオランダHCAWに守護神として移籍を果たした。ワールドカップでの成績は鬼畜日本打線につかまった結果なので、スペインリリーフ陣の中でも破格の成績を残し続けているといっていい安定感を持っている。国際戦が肌に合っていたのか投球が修正されたのかは不明、いや球は速いんですけど。

RODRIGUEZ RICARDO      P/DH           R/R    28-04-1981

07e .333 09 3 0 0 0
wct .273 11 3 0 0 0
foq .333 18 6 0 0 0

ピッチャーというか指名打者、代打で働いている選手。正直情報が少なすぎて多分というしかないが、ベネズエラ出身で主にウインターリーグと独立リーグでプレーしている選手なのではないかと思われる。とするとベネズエラでは投手しかしていないのだが、何故か代表ではぜんぜん投手として働いておらず、代打の切り札だったはずがいつのまにやら指名打者の座にまで収まってしまった。ここ数大会は長打は出ていないものの確実に率を残せる選手として重宝されているようで、逆に言ったらそれ以外での仕事の場はまったく見せられていない。誰が情報持ってたら教えてください、彼がいったい何者なのか、を。

BALBOA MIGUEL JORGE           P           R/R    15-07-1986

07e .000 0 0 0 0 0
wct 7.36 3.2 0-0
foq 6.35 5.2 0-0

F.C. BARCELONAの先発ピッチャー、代表においてはミドルリリーフ要員。最終予選のオーストラリア戦においては、同世代の投手の中でひとつ頭がぬけた成績を残せているのは、もしかしたら粘り強い投球や打たれ強さにあるのではないか、と思わせる投球を披露してくれた。肩も強く、130中盤の速球と落ちる緩い球で投球を組み立てるスタンダードなピッチャー。ちなみにFCバルセロナはもちろんあのサッカーの名門FCバルセロナと同じクラブ内にあるため、公式サイトにももちろん彼の名前が乗っているが、そこでのポジション表記はなぜか捕手・外野手・投手、肩の強さでポジションを兼任させられているらしい。

GONZALEZ ERIC          SP           R/R    05-09-1986

07e 2.55 17.2 2-0

スペイン領カナリア諸島出身のマイナーリーガー、カナリア諸島って言うのはアフリカの西にある諸島のことです。現在はアリゾナのルーキーリーグに所属し、リリーフでなかなの好成績をたたき出しており、純スペイン出身選手としては最も旬な選手と言えるのかも。速球が主体の選手で、三振とフライアウトが滅法多く、代表に参加した欧州選手権においても欧州では珍しいレベルの剛速球で他国を圧倒しつくしていた。今現在は先発での起用だったが、マイナーでの活躍を見るに近い将来スペイン代表の守護神的存在として使われていくことが予想される。

CIVIT XAVIER           P/IF           R/R    17-05-1973

07e 27.00 2.0 0-0

実はもう、選手ではありません。90年代初頭から00年代中盤にかけてスペイン代表の一時代を築き上げたスーパースター。投打に非凡な才能を見せつけ、代表初参加となった91年インターコンチでは史上初となる一試合10得点の衝撃的馬鹿試合デビューを成し遂げた。1992年のバルセロナ五輪で注目を浴びたのをきっかけとして、1993年にマイナー契約でGCLにわたると6年間のマイナー生活を送り、スペイン随一のエリート街道を歩む選手だった。その後は自国リーグに復帰して代表とチームのエースの2足草鞋。そしてついに2007年の欧州選手権を最後に代表を勇退、二度ともう見られないのかと思いきやワールドカップも五輪最終予選もコーチとして華麗なる転身を遂げて参加していた。本当お疲れ様でした。

HERNANDEZ DIAZ YOEL         SP           R/R    20-05-1974

07e 00.61 14.2 2-0
wct 23.81 05.2 0-2
foq 05.07 10.2 0-2

スペイン人からスペインのトップピッチャーとお墨付きをいただいたので、ここでは彼がスペイン代表のエースと断言しておきます。もともとキューバリーグで投げていた投手で、2004年にスペインSant Boiへと移籍を果たした本格派投手。2007年度はシーズンで神がかり的な活躍を見せたため、そのまま欧州選手権でも神がかり的活躍を残したが、ワールドカップでは球が甘くはいったところをイタリアとメキシコに撃たれまくってしまった。といってスペイン先発陣の中でもなかなかの器用さを持っている投手の一人。

CRUZ RHINER AUGUSTO    RP           R/R    01-11-1986

07e 06.23 4.1 0-0
wct 34.62 2.1 0-0
foq 08.08 3.1 0-0

元マイナーリーガーJose Cruz Monteroの弟にして自身もマイナーリーガーのリリーフピッチャー、将来のクローザー候補。スペイン代表の典型例とも言える中米ルーツで、彼自身はドミニカ出身。ただ彼のほうがキャリアは長く、2004年にタイガースと契約した後、2007年にはメッツとも契約し、Aクラスまであがってきた。代表の参加経験自体上の数大会しかないが、数字だけを見てもスペイン代表内とはいえ計算できうるレベルとは言いがたいので、やはり根気強く使われていくと思う。兄同様、球は速いが荒い若々しい選手。

AINETO GARCIA EDGER           P           R/R    01-01-1989

wct 68.18 0.2 0-0

ASTROSで先発を務めた若手。期待されてはいたが制球の悪さが目立ったワールドカップ同様、今シーズンはチームの調子もあってぼこぼこに打ち込まれた。打たれては使われ打たれては使われを繰り返しているところを見るに、荒削りながらスペインにとってもチームにとってもダイヤの原石なのは間違いない。ジュニアや欧州選手権、国内とまだまだ成長すべき舞台は多く残されている。なんか偉そうな文章になってしまったけど、すごいんだよ!10代で代表入りしてチームでも主力の一人扱いって言うのは!

GRANADOS IVAN MIGUEL           SP           R/R    01-01-1989

wct 18.00 3.0 0-1
foq 15.75 4.0 0-0

ベネズエラ生まれの若手投手、二人目のミギュエル。2005・6年とAZLで野球をしていたがまったく機会に恵まれず2007年に帰郷しCB Sant Boiに入団。ここで水を得たように働いて代表へと駒を進めた。カルピスを原液で飲むような選手で、身体能力自体はとっても素晴らしい選手なのだが、いかんせん若いこともあって制御が出来ていない。奪三振も多いが与四球もぎりぎりプラスを保てる程に多く、ワールドカップでは本塁打と四球を配給・最終予選では二塁打をせっせと配給する羽目になった。ただいやに素晴らしい投球をするときも少なからず確認されており、欧州クラブ杯ではドイツを完全に沈黙させた。計算できるとかできないとか、投手の価値はそんなことじゃあ、はかれねぇ。

LLOPIS BALZQUEZ POL           P           L/L    08-05-1987

wct 10.39 4.1 0-0

ワールドカップでお試し組として連れて行かれた若手の一人、C.B. VILADECANS第三の先発。期待の若手として今期は7敗勝ち星なしを記録してしまったが、AINETO GARCIA EDGER同様今後も根気強く使われていくはず。特に今までさっぱりいなかった左のリリーフ候補の誕生とあって、スペインにとって大きな進歩。

NUNEZ BETANCOURT AUDIE           P           R/R    20-09-1988

foq 6.74 5.1 0-0

MARLINS PUERTO CRUZの中継ぎピッチャー。代表への参加は経験を積ませる意味合いが大きかっただろうものの、なかでも一際輝いた成績を残した若手。国内においては大荒れすることもなければ成績も上の下、ティーンエイジャーとは思えない渋い成績を残して代表への初参加を果たした。ジュニア選手権参加組。



MORA MIGUEL            C           R/R    25-11-1981

07e .250 8 2 0 1 0
wct .333 6 2 0 1 0
foq .000 3 0 0 0 0

FC BARCELONAのスタメンキャッチャー、代表ではもっぱら二番手捕手。エラーが少なく、そこそこ打てて肩も強い、安定感もある。しかしながら控えに甘んじているのはやはり正捕手NAVARRO DEWISの影となっているからか。本来ならばスタメンでもおかしくない選手だが、毎大会やってくるチャンスにはしっかりスタメンレベルの結果は残しているあたり、悔しいかな役回りが板についてしまった感じがしてきている。

NAVARRO DEWIS          C           R/R    19-06-1978

07e .364 22 8 0 6 1
wct .444 18 8 0 1 0
foq .263 19 5 0 0 0

3番バッターを任されることの多い代表レギュラーキャッチャーにしてスペインリーグの至宝、欧州には打てる選手を捕手に持っていきたい傾向でもあるのか、ベネズエラ出身。国内リーグではMarlins Puerto Cruzに所属する主砲で、代表においてもスペイン1・2を争う長打率を誇る選手。反射神経がいいのか球捌きも抜群で、それでいてなかなか足も速く、使い勝手の良さから国内外を問わず色々なポジションを任されることも多い。何この天才…って感じだが、実際上の通り結果も残しているだけに文句のつけようも無い。もちろん代表も常連で、肩が負けず劣らずというところも披露。いまやスターというよかカリスマとなりつつあるスペイン代表の主将的存在。

SANCHEZ DANIEL         2B          R/R    14-11-1987

07e .174 23 4 0 2 1
wct .286 14 4 0 1 0
foq .250 08 2 0 0 0

守るダニエル。Marlins Puerto Cruz所属で、ヨーロッパアカデミーにも参加していたスペイン野球協会の箱入り息子。将来のトップバッター候補ともされているが、思い切りのいいバッティングながら実はそんなに率が残せるタイプというわけでもない、相手のレベルが成績に反比例していないようなのが大きな救いか。魅力はもちろんのこと欧州に名をとどろかせたその守備にあり、セカンドという事で見れば欧州ジュニアにおいてもスペイン国内においてもトップの正確さとアクロバティックさを両立させている。これもひとえに打撃にも生かされている瞬発力がなせる技ともいえるが、上位打線には組み込みにくいタイプの選手といえなくも無い。

PEREZ NESTOR           SS          R/R    24-11-1976

07e .185 27 5 0 4 0
wct .188 16 3 0 1 0
foq .188 16 3 0 2 0

名門MARLINS PUERTO CRUZの正ショートにして代表においてもレギュラーショートの座を守るベテラン。チーム内での相方がついに代表にお目見えし、スペインのセンターラインは史上稀に見る堅いものとなった。相方サンチェスがうまい以上に守備が堅実で、「おーっと」はそうやすやすと出させない。三振が少なく、チャンスメイカーとして働く姿勢をよく見せ、たまに意表をついたかのようにセーフティバントなんかを試みるのもこの選手。といって日本人のイメージで犠牲バントや犠牲フライが多い選手かといえば実はそうでもなく、どっちかって言えばあんまりそんなプレーを見せるほうではないように見えた。

RIERA JOSE LUIS        IF          L/L    19-12-1973

07e .333 09 3 0 2 0
wct .286 14 4 0 0 0
foq .133 12 5 0 0 1

C.B. SANT BOIの主軸打者、代表内では数少ない左のホームランバッター。主に1塁を守り、代表暦も長く肩も強いと、系統としては根っからのエリートアスリート、と言っちゃっていいのかどうか。もう大ベテランの域に到達しつつある選手だが、実は昔から三振も少ないほうだし球もよく見る選手だったらしく、ずーっと多彩な攻め方ができる老獪な打者だった。年齢や役回りもあってか出番は若手に譲りがちだが、それでもなお身体能力は20代の選手に負けず劣らず。

CARRILLO MARC          IF          R/R    05-10-1984

07e .273 11 3 0 1 0
wct .316 19 6 0 0 0
foq .150 20 3 0 1 0

強豪C.B. SANT BOIの主軸打者、代表ではサードを守ったりDHに入ったり代打に出たりと大忙し。チャンスメイクもできる三番として盗塁も敢行し、ホームランも放てる実力派。自らの役回りということもあってか、速い球を待って一発長打を狙っていることが多いようにも見えるが、気のせいでしょうか、と思ったらやっぱりフライアウトの率はかなり高いご様子。場が煮詰まってくるとソロで打開しようとすることも多いが、年上の投手たちにかわされてしまうことも少なくない。とは言っても天性の才能かどの大会を見ても結果はついてきており、ここ数年のうちに面倒なホームランバッターに成長する可能性はかなり高い気がする。

FREIRE ALEJANDRO       1B          R/R    23-08-1974   

07e .286 28 8 0 3 1
foq .000 14 0 0 1 0

メジャーリーグの経験もあるベネズエラ出身の大砲。現在はベネズエラウインターリーグに在籍中だったはずだが、どうもフリーエージェントになった模様。1991年に契約してからずっとプロ生活を続けてきた大ベテランで、かつてはカリビアンウインターリーグ、そしてAAの顔とも言えるホームランバッターだった。2005年にはメジャーにも昇格、四球も選べる大砲でチャンスにも強かったが、どうもむらっけがあるのと守備範囲もそこまで広いわけではなかった事が重なって、定着はならなかった。現在は3Aに名前も見受けられず、どこへ言ってしまったのかこっちが聞きたい。


CRUZ JOSE ESTEBAN           OF/P          R/R    04-09-1984

07e .286 28 8 0 3 1
wct .167 06 1 0 0 0
foq 10.11 2.2 0-0

弟のRhiner Cruzと揃ってマイナーリーガー、どこの国にでも必ずいる兄弟野球鷹のスペインバージョン。足も速く肩も強いが守備は荒い、ついでに言えば打撃も荒い、若々しさたっぷりの右翼手。肩が強いために五輪最終予選では投手を任されたようだがこちらもなかなかに荒っぽかったようで、荒い荒い尽くしが続く紹介になってしまった。欧州選手権においては中軸を打って成功を果たしたのにもかかわらず、右打ちの外野手は激戦区といえる。C.B. Sant Boi。

FIGUEROA RAYNERI DANIEL        CF          R/R    19-02-1983

07e .480 25 12 0 10 5
wct .211 19 04 0 02 1
foq .200 20 04 0 07 2

切り込むほうのダニエル、アメリカ生まれのマイナーリーガー。大学時代から既に俊足で知られ、数回のドラフトを経て2005年にオリオールズに入団した。長打や打率はあまり期待できないが、死球を選び出す粘り強い打撃に付け加え手のつけられない積極的な盗塁姿勢を持ち合わせ、既に所属リーグでも一・二を争う神経を削られるプレイヤーとなっている。欧州選手権で代表デビューを果たすとスペイン代表に新たな戦略カードをもたらし、決定打不足に悩んでいたスペインの得点源となった。ちなみにおにいさんもマイナーリーガーなので、そのうち兄弟で代表参加となるかも。

MARTINEZ DANIEL        LF          L/L    03-07-1987 

07e .379 29 11 0 3 1
wct .222 18 04 0 5 0
foq .167 12 02 0 1 0

繋ぐほうのダニエル、主に2番だったり下位打線だったりを担当。彼もまた昨今急速に進められているスペイン若返り化制作によって代表入りした選手で、その中では最も成功している選手として名前が挙がるレベルの代表定着っぷりを見せている。右打者ばっかりのスペインの事情もあって、レギュラー定着が待ち焦がれていた左の5ツールプレイヤー、ミスが少なく範囲の広い守備に、打順のどこでも使いやすい安定感のある打撃。外野に球がよく飛び、少ない点差の試合をものにしなければならないスペインにとって、まさにうってつけの若手だった。欧州選手権・ワールドカップとスペインの躍動感のある野球の押上げにも一役買っていたように見え、スモールベースボールで戦う道を選びつつあるスペインにとってはキーパーソンのような存在。

GALVAN AREVALO LESTHER        OF          R/R    10-04-1990

wct .444 09 4 0 0 0
foq .000 19 0 0 1 0

ベネズエラ出身選手といったものの野球を始めたのはスペインの、純スペイン産外野手。ミネソタツインズと契約し2006年に渡米したが、VSLではさっぱり打てず、五輪最終予選でも期待されていながら変化球につられて三振を繰り返してしまった。今季はMarlins Puerto Cruz所属していたが、スペインでも経験豊富なラテンプレイヤーたちの壁に阻まれ、ティーンエイジャーには苦悩の日々が続いている。若さと海外での実績を買われての代表選出だったはずだが、スペイン内で力を蓄える段階に留まったほうが身のためか。

LOPEZ NAVARRO VICTOR        3B          R/R    20-03-1986

wct .111 9 1 0 0 0
foq .000 5 0 0 1 0

MARLINS PUERTO CRUZのスタメンサード、代表では主に代打係。打率は残るタイプでないものの、国際戦においてはそこそこ長打も出る中距離ヒッター、ただ振りが鋭いのと反比例するように真芯から球が外れていく、因果。身体能力には光るものがあるが、何しろ守備がよろしくない。別に見ていて下手というわけではないが、改めて思い返してみると信じられないエラーや判断ミスが多く残ってしまっている。打撃にしろ守備にしろ振りぬく姿勢や捕りに行こうとする構えは果敢さの裏返しなはずなのだが、とはいえとっても博打な選手、主に起用する側にとって。

MENDEZ SOLANO PEDRO        OF          R/R    25-12-1975

foq .312 16 5 0 0 0

EL LLANOの先頭打者、国内リーグで好調を維持し続けて代表戦に舞い戻ったベテラン外野手。足が使えるて送りもできるが、実は別に取り立てて足を使った出塁ばかりしているタイプではない。代表入りしている理由は先ほどの足もあるが、多分逆らわずに外野へ球を運べる左打ちを期待されてのものじゃないかとにらんでいますがどうでしょう。今期は左との打率は5割超え、代表でも思えば左投手にばかりぶつけられていた気がします。スペインの犬伏、ちょっと違うか。

posted by shoeless |01:13 | 選手名鑑 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年01月22日

亡国のイージス

アジアシリーズが始まってから、リーグをアジアで統合していこうなんて話がまことしやかに囁かれはしていましたが、この間球界OBも否定的ではないなんて話を聞いて思わず口に出して「馬鹿な」と呟いてしまいました、完全に悪役の台詞。アジアでリーグ統合とかなんだそのアジアリーグアイスホッケー!と、アジア三カ国のリーグが一堂に会して夢の舞台を作りあげる!そんな舞台が野球に先行して行われているやなんてー!みたいな感じのアイスホッケーネタ、これからもちょいちょいはさんでいく予定です。もう開幕だから、みんな必死なのよアイスホッケーファン。



話を戻しますと、もとより球界OBには選手の米球界挑戦を応援しているタイプの人は多いそうですが、アジアでリーグをなんていう冒険心あふれる策にGOを出せる人がいるなんて初耳でした、どんな人がそんなこといってるんだと思ったら、なんでも俺が許さん豊田さんがテレビでそんな事を話されていたんだそうです。豊田泰光、2006年野球殿堂はもとより辛口な解説で知られる西部黄金時代の名プレイヤー、権力の有無は別として日本球界で発言力のある方の一人でだということは間違いないでしょう。最近の豊田さんはクライマックスシリーズを批判することを生業にしているほどのクライマックスシリーズ反対派ですので、もしかしたら価値の切り売りであるCSよか価値の統合であるアジアリーグを応援しているということなのかもしれません。まぁなんにしても、そしてどんな形であれ、責任ある人の口からそうした案が出されるのは面白い試みですし、ぜひぜひ期待させていただきたいところ。単なるおかしなファンの戯言という扱いであった時代と比べれば、本当によい意味でもわるい意味でも野球を取り巻く環境は変わったのでしょう。



世界をまたぐリーグや大会の開催案、インターネット上で語られる案はもちろんのことさまざまありますが、ざっと漁ってみると、基本的には「アジアか非メジャー圏の国々でかたまって」「MLBに対抗しうる国際普及率を持つ」リーグが想定されているような事が多い気がします。そうした背景にはもちろんMLB1強ではいけないという気持ちと、日本だけでMLBに対抗することは難しい現実、MLBの国際的普及活動に対する期待度の低さがあるのでしょう。それを解消するためにはMLBに負けない規模の主体でグローバルな団体を組織し、それらを軸にしてMLBを巻き込む形で海外への展開をしていかなくてはならない、確かに発言力を持った第二団体の存在が劇的な第一歩を踏み出す可能性は大いにあるんじゃないかと思います。しかし、残念ながら多分それらの存在への案のみでは、まだ動くに足りる気はしません。とくにグローバルなリーグを目指す、この語感が果てしなくまずい、マズイっていうかあえて知っていてその選択肢ならむしろマゾい。歴史が繰り返すのが必然ならば、我々はまたも歴史を黒く塗りつぶす羽目になりかねません。上から目線の批判などではなく現実に、1969年、アメリカにて、そしてここ日本において、世界の市場を狙うリーグ「グローバルリーグ」が誕生し、そして一年ももたずに燃え尽きていったのです。



このブログの閲覧者の皆さんがどんな年齢層なのかは想像もできませんが、まぁ男ばっかりのむさ苦しい構成になっていることはひしひしと感じられますが、それはもうしかたのないことなのですが、でもあきらめきれないことなのですが、そうなのですが、多分50代以上という方はかなり少ないはずでしょう。ですのでいくらスポーツナビのブログとはいえ、今となっては最早知っている人も存在していない「幻」扱いのリーグと言えるのかもしれません。彼らの基本理念は「非アメリカ圏である地域の市場を開拓し、アリーグ・ナリーグに対抗しうる世界第三のリーグになる」事、いまさらではありますが、もし彼らがこのリーグを成功させていたのなら、MLBも野球もいまよりもう少しだけ世界進出に積極的だったかもしれない球史のターニングポイントでした。いまやコアなファンでも知らず、資料でさえさっぱり残されてはいない、野球の世界化の夢を乗せて半年で消えていった流れ星、そんな国際野球最大の黒い歴史は1913年、アメリカ第三の野球リーグフェデラルリーグの設立からスタートします。



1900年代前半、当時より国内シェアの独占管理職の強かったアメリカの野球は、司法の目により守られ国民最大の娯楽の地位についていました。もちろん余剰の大きい市場には多くの有象無象が参入を目指しては来たのですが、2大リーグの壁に阻まれて基盤を崩せなかったのです。特にその大元となったこのフェデラルリーグは、保有選手の奪い合いの中で賠償を命じられての解散となり、アメリカ野球界の市場の閉鎖性を示す墓標として、後続たちの前に立ちはだかっていました。アメリカ国内からでは墓標が足止めをしている、それならばアメリカ国外から切り崩せばいいんじゃない、とメキシコからMLBを切り崩しにかかったのが1946年のホルヘ・パスケル率いるメキシカンリーグ。しかしメキシカンリーグも数年でMLBに体力負けし、その軍門に下ってしまいます。アメリカ国内からも国外からも墓標が、となったらじゃあ次は「世界各国でまとまれば対抗できるんじゃない」、簡単に考えればそうなんですが、まだ海外旅行も早々頻繁にできる時代ではない年代に、それは早々簡単に踏み出せる案ではありませんでした。しかし、世の中どこでも興行師というのはその生き様そのものがエンターテイナーです、1969年ついに各国からチームを集め野球リーグを作ろうと言い出す人物が現れます。その男の名はウォルター・ディルベック、不動産業を営むプロモーターの男。カリブを中心に声をかけていった彼ですが、現実的に誰しもがそんなことをしなかったのは、そこまでして進出したいほどの市場も野球プレー国もなかったからこそ、当然チーム集めに難航した彼の目が数少ない野球プレー国家日本に向くのも、不思議な話ではありませんでした。



しかし残念ながら、当時の日本のメディアの反応といえばこれまた冷ややかなものでした。世相もあったのでしょうが、なにより登場の仕方がかなりきな臭いものであったこともひとつの要因に挙げられるかと思います。1960年代、当時日本の野球界ではアマチュア側がプロ経験者の所属条件を厳しくした事に端を発するプロアマ抗争が起こり、無協定状態となった中で中日が日本生命の柳川福三を引き抜き事態は泥沼化、そこから30年の長きに渡るプロアマ断絶時代が始まっていました。後の世で柳川事件と呼ばれるこの事件が日本球界にもたらしたものは日本野球界の構造への不信感と大量の元プロ選手による職業難民だったのですが、付け入る隙のできた既存のリーグに、必要な人材資源がごろごろ転がっている状況は、確かにグローバルリーグにとってはうってつけの好機だったと言えるかもしれません。いくら選手の解雇した受け皿になったとはいえ、実質日本へ参入してくるリーグが日本の人材資源を持っていく事にプロ野球が拒否感を示すのは当然で、特に新聞各社がスポンサーである野球においては、各新聞の扱いはそれはそれは小さなものでした。ファンの反応もメディアのそれにしたがって「金をかけてやる草野球扱い」、突拍子もない案と得体の知れない資本に胡散臭さを感じていたというのも事実でしょう。当時の新聞を見返してみると、報道はなんと海外のスポーツの短信に数行という有様、開幕戦でさえその程度という寂しい扱いでした。



それでも選手たちにとってはプロで野球を続ける唯一のチャンスとあって、なかなか注目されていたリーグでした。2月23日のトライアウトにはプロアマ含めて90人の選手がつめかけ、この日は日本発の国際スポーツ集団「東京ドラゴンズ」の旗揚げ記念日となりました。監督には前年に引退したばかりの元ホームラン王森徹を据え、オールスター3回の矢ノ浦国満、元祖中南米の渡り鳥古賀英彦等も参加し、なんとか形にはなった東京ドラゴンズではありましたが、発足後もまだまだ雲行きは怪しいままの状態でした。フロリダでキャンプをはらしてもらえる手はずになってはいたのですが、いつまでたっても音沙汰なし。リーグは渡米後、ベネズエラのマラカイボで行われることにはなっていましたが、ちょうど1969年にゲリラへの恩赦が決定されるまでベネズエラ国内の情勢は決していいとは言えない状況にもありました。契約自体もあやふやな部分が多く、渡米前にも空中分解してしまいそうな可能性も噂されるほどだったのです。



リーグは5カ国、前出の東京ドラゴンズを含めて、アメリカのアラバマキャッツとニュージャージータイタンズ、ドミニカのドミニカシャークス、ベネズエラのベネズエラオイラーズ、プエルトリコのプエルトリコサンファンズという6球団で争われる予定にはなっていましたが、正直経営的にいえばいつどこが抜けてもおかしくない状態ではありました。それでもベネズエラにまではなんとか6球団全員無事に到着することができ、4月24日、グローバルリーグは全員そろって開幕戦で日の目を迎えることになります。当日カラカスに集まった観客は大入りの2万5千人、そしてホームオイラーズの相手に選ばれたチームこそ、我等が寄せ集め球団東京ドラゴンズでした。



オフシーズンも積極的にカリビアンリーグに参加したがる今のカリブ選手同様、条件が落ちても自国でプレーしたがるカリブの選手たちの愛郷精神は、1969年でも変わることがありません。米球界経験者たちも顔を見せていたベネズエラのチームは、まがりなりにも当時の日本が立てないフィールドに立っていた選手たちによる強豪チームでした。そんなベネズエラチームに対して東京ドラゴンズが立てた先発は元大洋の室井勝、しかしそこにはやはりまだ力の差があったということなのか、6回で6失点の大炎上をを喫し、打線もベネズエラ先発キンタナに完全に沈黙させられてしまい、結果は大惨敗。日本は歴史的一戦をさっくり黒星で飾ってしまいました。続く第二戦には逆に6回までに5点の大差をつける展開としましたが、7回に東洋大の千葉が追いつかれると、元大洋のリリーフ山田も勝ち越し点を許し7-8でまたもや敗北。まぁ日本にとっての渋いデビューはホームベネズエラにとっては華々しいデビューですので、リーグにとってこの勝利は盛り上がりの一助となり、ベネズエラの試合は一応の盛り上がりを見せだすようになりました。



しかしやはりというべきか、盛り上がったのはベネズエラぐらいというのも、また同時にリーグの実績に現れ始めていました。開幕から一応の集客数を保ってきたリーグではありましたが、給料が滞るようになると一ヶ月程度ですべてのチームは破産寸前の状態に陥り、リーグ自身もだましだまし続けてきた運営ができない事態へと急落します。道具が足りなくなり、ホテルが用意できなくなり、食事すら用意できなくなり。そうなると人間すばやいもので、観客がいの一番に逃げた後は、ドミニカ・プエルトリコの2チームが二ヶ月目には撤退し、それを見かねた興行師がお金を持ち逃げ、ついには発起人までが雲隠れし、残された選手たちは逃げるように大使館に保護されるしかありませんでした。国敗れ山河あり、兵どもが夢の跡、結局のところ日本チームに残されたものは7勝3敗1分けの成績と、たった4日分程度の給与だけ。MLBに対抗しようとたった一年で消滅したリーグは、野球で国外市場の開拓をしようとする危うさの教訓だけを残し、野球の歴史の奥深い場所でひっそり眠りにつく事となりました。MLBが国外に投資先を求め始める1990年代までの20年間、この失敗はいつでもひとつの笑い話としてその背後につきまとってきました。2シーズン目の休止が続くイスラエルリーグしかり、気候まで調整することはできなかったカナダリーグしかり、全身を足踏みさせてしまう事実として、今もまたその存在感を増しつつあります。



グローバルリーグの存在は、野球で国外を目指せる勇ましい前例と目論見の甘さで夢破れた前例の典型であり、それがいかに難しいことであってもそれに挑戦せざるを得ない野球の状況をあらわした典型例といえるかもしれません。グローバルリーグは残念ながら、グローバルリーグという旗の下に集まった大勢の集まりであって、多くの人が作る共同体としてのグローバルリーグではありませんでした。だからこそ見通しが甘くなり、皆逃げ出せてしまえる。皆で作り上げたものでなくては真に自分たちのものにならないように、用意された舞台でやるのではなく、汗と血肉とリスクを分けあって作り上げた舞台でなければ強固で堅実な地盤は作れない、という感じでしょうか。グローバルリーグの敗因は、そうした点から言えば「仲間を作らなかった」ということにあります。日本やアメリカの球界の反応がまずそうですし、金の出し合いも受難続きだった、自分たちの舞台でない事にやる気を出せる人間など、そうそうお目にかかることはできません。与えられた舞台は、その定着に時間がかかるものなのです。



当時から比べて、野球を取り巻く現実は一変しました。国内の基盤が揺らぎ、MLBもNPBも仲間を探し始めていますし、オリンピックやIABFという存在が仲間を探すことのに非常に便利な環境を作り上げています。マニアックな情報もこういう風にやり取りができるようになったし、新しいリーグのアイディアでさえやり取りができるようになった、後はお互いに力を貸しあい歩み寄りあう一歩目が必要ですが、なかなかうまいようにはいっていません。押し付けにならないよう、それでいて相手を野球に引き込めるよう、相手の話を聞きあわなくてはならない。カリビアンシリーズ、アジアシリーズ、ヨーロッパリーグにイスラエルにオーストラリア、これから価値の統合を目指して歩み寄りを進めあう彼等は、これらの障壁を乗り越えて「与えられた舞台」ではない「みんなの舞台」を築く事ができるのでしょうか。



そういやこの関連だけどさ、アイスホッケー、アジアシリーズ、アジアの3国で絶賛開催中、お互い歩みよりあって国際リーグ運営に成功してんの、ちょっとねみんな見たほうがいいよ、こんな面白いのなかなかないから、うん、見ろよ。←こんな感じのが与えられた舞台です、わかりやすい。

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posted by shoeless |16:51 | 北米野球 | コメント(1) | トラックバック(0)
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2008年01月21日

ドイツ代表選手名鑑

選手名鑑第五弾、ドイツ編です。左が打、右が投です。正直ドイツに関しては日本の方が直接プレーされていらっしゃるので、連絡先とか分かるんならその方々にお伺いしたほうが良いに決まってますよね。このブログの存在価値は皆無。



ALMSTETTER MARTIN      RP           L/L    19-06-1979

07e 4.50 2.0 0-0
wct 9.52 5.2 0-1
foq 2.45 3.2 0-0

2000年にブンデスリーガにデビューし代表入り、2002年突如ハーラーダービーに突入し、一躍ドイツ代表のエース的存在となった分でスリーが南地区の強豪Regensburg Legionäreの大エース。欧州選手権のたびにドイツ最後の柱として登場し、主にリリーフとして大車輪の活躍を見せている。今季はハーラーには絡めなかったが、それでも42イニングを投げ防御率2点台、チームの柱として欧州クラブ杯にも出場した。一時はがっくり成績が下がったことがあったが、もともとヒットを数打たれないタイプの選手であるため、制球が生きれば復活も簡単だったご様子。代表でもチームでも左の本格派エースとして欠かせない存在となっている。

MARQUEZ R ENORBEL     SP           L/L    11-12-1974

07e 1.20 15.0 3-0
wct 3.21 14.0 0-2
foq 1.59 17.0 1-1

キューバ出身、そしてつい最近までキューバリーグでプレーしていたバリバリのカリビアンピッチャー。サンティアゴ在籍時はぱっとしない先発投手だったようだが、2004年にSolingen Alligatorsに移籍すると左のエースとしてばりばり投げ始め、いくつものタイトルに絡む投手となった。そして2007年ついにドイツ代表へお披露目となった欧州選手権で華々しい成績を残すと、ワールドカップではベネズエラ相手に立ちはだかりゲームを作り上げた。国内においても防御率は脅威の1点弱を守り続け、あっという間に登りつめてしまった感も無いことも無い。今や名実ともにドイツ代表のエースピッチャー。

HOFFSCHILD PHILIPP     RP           R/R    05-01-1984

07e 00.00 3.0 0-0
wct 10.78 1.2 0-0
foq 00.00 0.2 0-0

ドイツ代表の中継ぎエース的存在にのし上がった若手。20歳でブンデスリーガ一部デビューを果たすと好成績をマークし、代表デビューとなった2005欧州選手権においてリリーバーという位置を確保した。2008欧州カップにおいてもわずか1失点、国内においては防御率0点台と、欧州では最早手のつけられない選手となっている。とにかくガタイのいい選手で、覆いかぶさるようにして投げるパワーピッチングはやはり欧州では圧倒的強さを誇るように見える。ただしかし、ワールドカップでこんな結果になってしまった原因は、主にそんな彼でさえも蹴散らされるオランダさんの存在があったため。

HEILMANN EUGEN         SP           R/R    12-07-1981

07e 9.82 03.2 0-0
wct 6.89 15.2 0-2

Paderborn Untouchablesの大黒柱。デビュー当初から防御率0点台のピッチングとチーム内ではトップの稼働率を誇る投手だったが、今季は先発として登板しまくり、結果リーグトップの14勝を上げる大活躍を果たした。三振がよく取れる投手でもなければ、制球が人一倍すばらしいというわけでもないはずだったが、積み重ねた数はすさまじく、投手三冠も夢ではないほどの物で、たった一人3桁イニングを投げきっている。ちなみに投手としてのフィールディングもなかなかにうまいそうで、オールスターチームに名前も挙がるよう。代表においては先発の半ばとしての登板が期待されているが、過去2大会の結果がたたったか、最終予選には召集されなかった。

FRIES DIRK             RP           R/R    28-06-1979

07e 0.00 3.2 0-0
wct 0.00 2.2 1-0
foq 0.00 4.2 1-1

ドイツ代表のエリートリリーフピッチャー、といってもその座は一歩一歩踏みしめて上がってきた苦労人とも呼べる。1995年のジュニア時代からずっとドイツ代表を引っ張ってきたドイツ代表投手陣の顔のような存在で、最近は代表での仕事はもっぱらリリーフだが国内では先発が多い。欧州選手権の度に毎度代表で参加していたため、なんと次選ばれたら6度連続出場、そして多分選ばれるであろうところがこの選手の経験の厚みを物語っている。なんと言っても彼を支え続けてきたのはその類まれなる制球センスで、打たれる分打たせてとる投球を見せることが多い。今季はHaar Disciplesに移籍した年だったものの、チームがそこまで勝ちなれていないチームだけに渋い結果に終わった。

HEID MIRKO             RP           R/R    08-10-1976

07e 3.86 4.2 0-0
wct .750 4 3 0 1 0
     6.00 3.0 0-0
foq 2.25 4.2 0-0

Bonn Capitalsの投手で、ここ数年はスイングマン状態にあるベテラン、おそらく代表でも同様の活躍を期待されていると思われる。投手が駒不足のチームであるために今季もフル回転したが、実際のところここ3年は成績が右肩下がり、数が多い右の技巧派、そしてベテランだけに代表の座も確約されたものではなくなってきた。と言いたいところながら、この選手実は野手登録もされている通り打撃に定評もあって、ここ数大会は投手としてもゲームを作り続けている為、何かと駒不足に陥りやすい代表戦においては、便利な選手のエキスパートのような存在と言えるようにもなってきた。

HENKENJOHANN TIM       SP           R/R    03-09-1980

07e 04.09 11.0 1-1
foq 10.00 09.0 0-2

コーチからドイツ代表史上最も球が早い投手とお墨付きを受けた元マイナーリーガー。ドイツで野球を覚えてアメリカにわたると、2001年にミネソタツインズと契約、2001年には欧州選手権に初めての代表参加を果たした。見た目どおり、高身長から剛速球を繰り出す投手で、マイナーリーグ時代は三振も取れるが四球も尋常じゃない選手として扱われ、そしてコーチ陣の読みどおりそうした投球スタイルの無理がたたって肘を故障し、ドイツへ戻ることとなった。2008年にも肘の故障が再発し今季は出番が少なくなってしまったが、それでもなおドイツ代表で150キロ台に迫れる投手は彼だけ。役割がゆえに強豪に当てられることも多く、国際戦での成績は実はいまいちよろしくない。

GESSMAN RODNEY         RP           R/R    25-01-1987

07e 02.08 4.1 1-0
wct 16.92 2.2 0-0

実は日系選手なので日本代表への召集も可能、ハワイ生まれの元マイナーリーガー、簡単に言えば日本人とドイツ人がハワイで授かった愛息という事でございます。Regensburg Legionäreでの投球が見初められ、ツインズと契約、リリーフとしてGCLに参加していた。しかし2008年度肩が故障して五輪最終予選を見送る羽目になると、お呼びがかからなくなったかのようでドイツへ戻ることとなった。十代の頃から欧州杯、ジュニア選手権と代表に常時参加していた期待の若手だっただけに、ここでの故障はまだ浅くてよかったと見たほうがいいのか否か。

HUGHES ANDRE           SP           R/L    01-01-1985    

07e 06.35 11.1 0-0
wct 43.11 01.2 0-1
foq 01.80 15.0 0-1

まさしく今現在ブンデスリーガを代表するピッチャー。この若さにして4年連続で二桁勝利を挙げており、Solingen Alligatorsの大エースとして毎年のようにタイトル争いに絡んでいる本格派サウスポー、今季はついに防御率0点台も記録し、マイナーリーグ挑戦も秒読み段階となってきた感がある。といっても剛速球の投手ではなく、抜群の制球の良さとおちょくるような緩い球で打者を翻弄する老獪なタイプ。代表ではなかなかうまいこといかない時期が続いていたが、五輪最終予選ではカナダや台湾を苦しめるなど、その実力をついにものにした感があるだけに侮りがたい選手となった。よくよく考えると、ドイツの先発左多くね?

MOLLER MANUEL          SP           R/R    11-08-1983

07e 4.35 10.1 1-1
foq 6.74 02.2 0-0

Mainz Athleticsのエース、2000年ブンデスリーガデビューで2003年欧州選手権で代表にデビュー。こちらも若くして多くのタイトルに絡み続けているピッチャーで、とにかく毎年の事ながら投げるイニング数が半端なく酷使されている雰囲気をかもし出している。ブルペン事情の問題といえなくも無いが2006年に投手三冠を達成したと言われたときでさえ、投げたイニング数のトップを入れての三冠だったところが泣かせる、故に多分ドイツの中ではぶっちぎりの完投能力を誇るはず。代表では主に二番手三番手で格下相手にぶつけられることが多い投手だが、リリーフをケチろうという考えからなのなら余計に泣かせる。

HARTKOPF NILS         RP/IF           R/R    18-03-1986

wct 40.30 0.2 0-0

Mainz Athleticsもう一人の先発。投手事情がよろしくないチームなだけに先発投手としても奮闘を続けているが、代表では内野登録も考えられるとおり、実は野手としての能力も高く、内外野守れて打者としてもそれなりの成績を残している。投手としては三振も取れる正統派、野手としては完全な中距離バッター、どちらも選手候補の多い激戦区で、便利といえば便利だが難しい点といえなくもない。彼もまた若くからジュニア、そしてクラブとドイツ代表を引っ張り続ける次世代のエリートであるため、今後の伸び代に期待。

WINKLER MARKUS           RP           R/R    28-03-1981  

wct 7.71 4.2 0-0
foq 0.00 1.0 0-0

Heidenheim Heideköpfeの先発ピッチャー、代表ではリリーフでしか見たことが無いが、国内でもリリーフ登板はあるだけにそれが狙いか。制球もそこそこ良く、ブレーキの利いた変化球で三振も狙え、ランナーもあまりためない。が、毎年の事ながら球が軽く長打を出しやすいピッチャーで、一発病的な荒れ方をする不安を抱えているように思える。まだキャリアが長いわけではないが、計算しづらい投手になりつつあるのもまた事実、というのは上記二大会の成績の上下で分かっていただけるかも。

ANTWI BENEDIKT           RP           R/R    09-01-1989  

foq 3.37 2.2 0-0

Buchbinder Legionäreの三番手四番手ピッチャー。欧州ジュニア杯にて先発の軸として活躍し、飛び級で五輪最終予選ロースター入りを果たしたティーンエージャー。本格的に活躍し始めたのは今年が最初で、全体から見てもまずまずといっていい結果を残している。本当まだ出てきたばっかりの投手なんで、情報なんて欧州杯でぼこぼこにされたたことぐらいしかないんです。

CORNELSON JENS           RP           R/R    24-10-1983  

foq 136.36 0.1 0-0

Solingen Alligatorsの三番手投手、防御率1点台を記録し見事代表入りを果たした。まだまだ今季がはじめての通年活躍といっていいほやほやの若手で、規定の投球回数には足りていないものの奪三振数を伸ばしたことが結果につながったように見える。国内で結果を残してのフル代表デビューだった五輪最終予選ながら、慣れないストライクゾーンにさっぱり調子を崩したようで、失投、四球、ヒット、修羅のごとき韓国打線に情け無用の5失点を食らわせられ、ほろにがいどころではないデビューとなってしまった。これに懲りず、がんばってほしい、今かけられる言葉はその程度しかない。



GIENGER MARKUS         C           R/R    18-12-1981

07e .200 05 1 0 0 0
wct .300 12 3 0 0 0

多分知っている人もいるかも、西ドイツの鉄棒世界チャンピオン鉄人Eberhard Giengerのご子息様です。流石はサラブレッドと言ったところで、1997年にジュニア代表にデビューすると、シニア代表デビューとなった2001欧州選手権でも打ちまくり。この頃から手がつけられなくなっていき、その後2008年に至るまで幾度となく首位打者争いを繰り返し続けた天才バッター。大物打ちでもないし足が速いわけでもないがその選球眼は確かで、本職である捕手業でも守備もリードも堅実と才能が生かされている。長らくドイツ代表の常連であった選手ながら、2008年はがっくり打率を落とすこととなってしまった。立場的には代表の二番手捕手。

GUHRING SIMON          C-LF        R/R    14-07-1983

07e .313 32 10 0 3 3
wct .192 26 05 0 0 0
foq .167 24 04 0 2 0

ブンデスリーガの誇る化け物打者、打てる、守れる、走れる、しかもイケメン、これぞ本当の6ツールプレイヤー。かつてはアリゾナリーグでプレーもしていたが、そこそこという成績を残していたのにもかかわらず解雇されてしまった。その後オランダに渡るとADOで欧州最上級のレベルを体験、ちなみにこの時の相手方がスペインのエースManny Oliveraだったとか。欧州では最早オランダのデヨングと競ってもいいレベルの捕手ながら、欧州を出るとどことなく打棒に陰りが見え始め、現実中軸として納得のいく成績を残せてはいない。ただ、ドイツでは既に4割どころか打率5割なんてこともあり、規格外という言葉では済まされない選手となってきている。

HOWARD PHILIPP         2B/SS          R/R    10-09-1987

07e .000 8 0 0 1 0
wct .000 2 0 0 0 0
foq .200 5 1 0 1 0

10代のときから代表に参加しているレギュラー候補生。Buchbinder Legionäreの足業係として2006年にレギュラーに定着すると、今季はついにドイツネイティブ盗塁数トップとなった。なんといっても足の速さで代表参加ももちろんベンチに一枚代走役を置いておきたいからなのだろうが、ヒットも打てるし守備も荒いだけで下手というわけではなさそうだった、気がする。代表に同行した数大会ではまだまだ経験をつませるためという起用のようにも見えたが、順調すぎて不気味なほど順調に成長してきているサラブレッドなだけに、ベンチに置いておくための代表候補とは思えない。

GLASER LUDWIG         3B          R/R    19-12-1987

wct .111 09 1 0 1 0
foq .167 18 3 0 1 1

2008年度アリゾナリーグにてマイナーリーグデビューを果たした将来の中軸候補。選球眼もよく、そもそもの身体能力も高い、が、まだまだ荒削りで特に守備はかなりのファンタジスタなプレーを見せ、五輪最終予選では主にDHを任されていた。ジュニア時代から代表でプレーしている選手なのだが、その当時から波のあるプレー内容は変わらず、シニア代表では変化球でかわされてしまうこともあって自慢の打棒もいまだ活かせずにいる。Regensburg Legionäre出身のダイヤの原石だが、一皮向けるのに時間がかかりそうで、その分将来性は計り知れない、我慢の起用が続くはず。

FRANKE MICHAEL         C/1B          B/R    22-09-1981

07e .294 17 5 0 1 0
wct .250 12 3 0 0 0
foq .273 11 3 0 0 1

アリゾナリーグでプレー経験のあるかつてのマイナーリーガー。 現在はブンデスリーガPaderborn Untouchablesに在籍する主軸打者、代表では内野手だったがチームでは捕手の方がよっぽど多い。出戻りとなった2003年欧州選手権では控え捕手として代表初参戦、2004年からはドイツ国内でも打者ランキングの常連となっている選手、とドイツ代表にとってはまさに欠かせない選手となってきた感がある。なにより内野ならどこでも守る器用さに付け加えて足もそこそこ速く、もちろん打者としてもドイツ指折りなためDHに代打と仕事は多い。ここ数年は代表における少ない機会でもしっかり数字を残し、しっかりドイツ代表の隠し球的存在へとなった。ロン毛。


JANZEN ANDREAS         SS/3B          R/R    03-09-1983

07e .333 27 9 0 2 0
wct .071 14 1 0 1 0
foq .105 19 2 0 0 0

2000年デビューの、タジキスタン出身選手。かつては下部のリーグで投手もやっていたが、今はHeidenheim Heideköpfeに移籍して内野手に専念している。いい意味でも悪い意味でも得体が知れない選手で、ブンデスリーガ内においてもその成績の上下はすさまじく、選手像が非常につかみにくい。足も速く前述通り肩も強いが、実は守備もかなり荒いほうで、なにより積極さと比例してポロリも多く、慣れない守備位置や打順には気苦労がうかがえる。まだ代表デビュー自体4年目と非常に浅いほうだが順調に代表に顔を出し続けており、常連といって差し支えないはず。

SPEER JENDRICK         2B/SS          R/R    26-09-1980

07e .174 23 4 0 7 2
wct .174 23 4 0 2 0
foq .238 21 5 0 2 0

打順は2番で守備も要のセカンド、ジュニアも合わせて今年で代表10年目、ドイツ一筋の5ツールプレイヤー。一時期はメッツ移籍なんて言われたりもしたが、結局ドイツ代表のいぶし銀となった。めったに三振しない粘り強い打撃と素早さが特徴の選手で、代表戦においても打率は低めのまま安定し続けている。守備もなかなか俊敏で、内野なら大体経験がある、もっとも代表ではセンターラインにいることが多いが。一発長打を狙う選手が多いドイツ打線に奥行きを与えているキーパーソン。トップのLUTZ SASCHAとあわされば面倒くささは倍増。

WULF DOMINIK           P/3B           R/R    15-08-1982

07e .267 30 8 1 2 2
wct .174 23 4 0 5 1
foq .208 24 5 0 3 0

ドイツのスターウーフといったらこの人、代表では三番を打つ大砲。といって実は足も速いので長打率には目を見張るものがあり、ドイツ代表およびSolingen Alligatorsの打点兼得点製造機的な役割を担っている。ドイツ内では三冠王まで狙えるだけの逸材で、打撃タイトルに名前が絡まない日はないほどのバッターだが、国際戦においては欧州選手権を除いて圧倒的な成績を残せないでいる。投手登録をされてはいるが、クラブ内でも投手をやる機会はほとんど見られない。打撃ではスタンドにぶち込めて、守備では内野安打を許さない強肩、ドイツ代表でもっともアスリート気質な選手。

HEYMER JENS            1B          L/R    17-06-1978

07e .200 15 3 0 2 0
wct .167 18 3 1 1 0

パワフルな打撃でドイツ代表を牽引してきたベテラン野手、IBAFのサイトってたまーに生年月日間違ってたりしますが、彼は10代ではありません。Mannheim Tornados所属、豪快な打撃が持ち味の1塁手です。2000年代初期には長打に引きずられるようにして高い打率を誇っていたが、ここ2年は打率が3割を切り、衰えではないにせよどうも不調気味のように見える。もともと一塁ばかり専門に守っている選手のため枠の少ない代表では扱いづらく、打線においてなくてはならない左の大砲としてレギュラーの座を守ってきた。しかし2008年度のスランプにより五輪最終予選から姿を消し、長らく続いてきた代表への顔出しが途絶えてしまおうとしている。慢性的に左不足に悩まされることの多い欧州の代表なだけに、早いところの剛打復活が期待される。

LUTZ DONALD       1B/OF          R/L    06-02-1989

foq .250 20 5 1 2 0

ドイツ野球界の入来兄弟ことサッシャ兄弟の弟。2008年にレッズと契約したのを皮切りにプロスペクトとしてドイツフル代表にもデビューした。兄と根本的に違うのは、兄が速さと守備の堅実さで切り込むタイプなのに対し、彼は打撃と守備の豪快さで切り込むタイプなこと。GCLでは1塁かDHが主戦場となっていたようだが、早くも合格点といえる打撃成績をたたき出した。大物打ちらしいことだけあって、初の代表となった五輪最終予選では韓国のソンミンハンからホームランを放つ豪快なデビューを果たしている。次回の代表戦においては中軸を打つことも想像に難くない。

LAUTERBACH ALEXANDER    3B          R/R    20-06-1982

07e .333 6 2 0 1 0
foq .111 9 1 0 1 0

Buchbinder Legionäreが誇るホームランバッター。2008年は調子を崩して打率が下がったが、もともとそこまで打率が高くなるイメージの選手でもなく、たまたま悪い年だっただけなのかもしれない。かわりに今季は足でかき乱していたようだが、実際足もそこそこ速く、身体能力の高さは折り紙つき。惜しむらくといってはあれだが、あんまり四球を選びたがらない人のようで、代表戦においても振りは鋭いが、逆につられてしまうような場面も少なくない。内野手としても国内全体を見渡せばホットスポットの選手としてはうまいほうで、いざというときに守れる一発代打稼業が主戦場、になってしまったといったらいいのか、そこに居場所ができたといったらいいのか。

LUTZ SASCHA            CF          L/L    29-10-1983

07e .419 31 13 0 5 3
wct .160 25 04 0 2 2
foq .269 26 07 1 0 1

ドイツ代表の切り込み隊長、サッシャ兄弟の兄のほう。Mainz Athleticsにおいても核弾頭として活躍しており、代表では一発も放つだけの強さを備えている。実は代表暦自体はまだ上にある大会程度しかないが、他の国にしてみれば第一級の要注意選手といえる選手へ、あっという間に成り上がってしまった。何より足が速いため、塁に出せばうっとうしいことこの上なく、守備範囲もずいぶんと広い。その上状況によって打者としての役割をがらりとかえるだけのセンスも持ち合わせ、世界最終予選のスペイン戦では一点の欲しい状況で見事本塁打を放ち、チーム状況にあわせる器用さを見せ付けた。欧州予選のときは彼が打席に立つ度にドイツのファンがマラカスのような楽器をジャラジャラ鳴らすので、彼の打席は召還の儀式みたいになっていた。

HOPFENSPERGER KLAUS    OF          R/R    18-01-1981

07e .250 16 4 1 6 0
wct .125 16 2 0 1 0
foq .125 08 1 0 1 0

Buchbinder Legionäreの主砲にしてドイツ球界が誇る本塁打王、巨漢。それでいてめったに三振はしないし、果敢に次の塁を狙う脚力も見せ、打率・長打率ともにハイレベルな数字を残し続けている、欧州でも1・2を争う恐い大砲。2004年度一時打率が急落したが、スランプを脱してからは打率4割とかざらに打つようになってしまった。守備は取り立てて言い訳ではないがミスは少なく、代表ではポジションの被りやすいライト以外も守っている。ただプレースタイルもあってか力で押されてしまう代表戦ではご覧のとおりうまい結果は残せておらず、まだまだ受難の日々が続いている。

GRONAUER KAI           C-OF        R/R    28-11-1986

07e .296 27 8 1 5 0
wct .167 24 4 1 2 0
foq .250 24 6 0 1 0

十代の時からドイツ代表でレギュラーを張り続けているドイツ最強バッター、4番。2008年にはメッツと契約してGCLに参戦し、控え捕手としてながら3割を超える打率をたたき出している。捕手としては強肩な上ミスも少なく、バッターとしては一発が多く本人も狙っている姿勢を微塵も隠そうとしない、そして典型的な捕手のように見えて実は足も速い、欧州全土を見回しても図抜けた存在と言える。代表戦でも数字は落ちるがしっかりと数字を残してきており、仮にドイツがWBCに参加するとしても彼が中軸にいる可能性は限りなく高いように思える。

GRUBER ROBERT          RF          R/R    05-04-1982

07e .321 28 9 1 2 0
wct .125 08 1 0 0 1
foq .000 07 0 0 1 0

Heidenheim Heideköpfeのアベレージヒッター。デビュー当初は足が速く盗塁を果敢に狙う選手だったが、チーム事情の変化か徐々に長打を放ち始め、今現在は高い打率と出塁率で勝負している選手のように見える。まだまだ若い選手ながら代表の常連となってきつつあり、欧州選手権ではレギュラーを張った上にチームのけん引役ともいえる成績を残した。マイナーリーガーの招集との兼ね合いもあって代表における役割はいまだ定まっているとは言いがたいが、強健俊足の外野手で長打も狙えるとあって代表の枠だけならもはや磐石と言ってもいい。肩が強いのでチームでは投手もたまーにやるが、代表ではまぁないだろうと思われるレベル。

posted by shoeless |18:23 | 選手名鑑 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年01月17日

パナマ代表選手名鑑

Rafael Eduardo Medina De Leon          SP           R/R    15-02-1975

wct 0.00 7.0 1-0

パナマナショナルチーム常連にして2003年ワールドカップ銀メダルの立役者となったベテラン投手。1992年ヤンキースと契約してアメリカにわたると、1998年メジャーデビュー。デビュー当時はマーリンズで先発として期待されたが、その後メジャーの舞台から姿を消した、が、2003年ワールドカップに登場すると流石のお力でパナマを決勝に導く快挙を成し遂げた。まず、でかい、巨体からかぶさるように投げるその様は、まさしく投げる山。一家揃って野球大好きで、兄弟で野球選手となっている。

Abraham Atencio Castillo          SP           L/L   16-02-1969

wct 3.00 6.0 1-0
amc 5.23 10.1 1-1

遅咲きのベテランと言っては失礼ながら、パナマ代表随一の大ベテラン。2005年ワールドカップにてキューバ・ニカラグア戦に登板し、五輪アメリカ予選、ワールドカップとラテンの国々に幾度となく立ちはだかってきた現役のパナマ先発陣の一角。国内リーグにおいても一線を隠す成績を残し続けており、カリブ諸国にばかり強いというわけではないはずだが、なんなんだ。

Ramon Ramiro Ramirez Camejo          P           L/L    25-02-1977

wct 11.59 4.2 0-1

HERRERAのエース的存在の投手、パナマ代表においてもエースと呼ぶべき左腕。2007年時では防御率0点台を記録しており、2008年は調子を崩して代表入りを逃したようだが、それでも2点台には抑えきっているだけにお見事といったところ。先発投手陣の中でも制球に優れている方だが、自滅をしないというだけでは勝てないというのが国際戦の常だった。技巧派、そしてベテランと呼んで差し支えない投手で国際戦の実績も豊富、更にはWBC経験もある選手。結果を残せるサウスポーというだけで代表の座は確約されたようなものといえ、次回WBCの選出もほぼ確実と言っていい数少ないプレイヤー。

Miguel Angel Gomez Martinez        SP           R/R    31-05-1974

wct 1.35 6.2 0-1
amc 4.26 12.2 1-0

BOCAS DEL TOROのエースにして、先発からリリーフと大車輪の働きを見せるパナマの実質的な投手陣の柱。10台のときにアメリカでプロ生活を始め、Aでそこそこの成績を残していたものの数年で解雇。ところが2001年ワールドカップにて当時の台湾のプリンスチャンズージャに迫る働きを見せると、2003年に台湾・兄弟へと移籍を果たした。先発とは銘打ってあるものの、代表ではクローザーの仕事も多い。もともとマイナー時代は突発炎上型の選手だったようだが、今現在でもその成績に波がある癖は直っていないようで、WBCにおいては初のノーヒットノーランをアシストする防御率45点台を記録した。ちなみに台湾時代の登録名は馬丁尼。

Alberto Antonio Acosta Molinar          SP           R/R    25-08-1975

wct 1.80 5.0 0-1
amc 3.18 5.2 0-0

元々マイナーでそこそこの成績を残していた選手だったが、怪我でマイナーを首にされたピッチャー。彼に代表されるように、パナマのエリートプレイヤーたちのそのほとんどは、DSL、あるいはGCLを経てマイナーへあがっていく、彼の場合はそこで怪我をしたため国内に留まった。ワールドカップにおいてはホスト台湾打線をかわす投球で見事に抑え続ける好投。台湾リーグは国際試合で自分たちが苦戦した国の選手たちをとることがあるため、そうなれば今のところ彼はそのトップに位置する存在か。

Gilberto Enrique Mendez Fernandez          RP           R/R    15-11-1974

wct 7.73 2.1 0-0
amc 4.91 7.1 0-1

現LOS SANTOSの二番手投手。国内においては防御率1点台をたたき出すも、国際戦においては最低限の結果という程度の苦戦を強いられている。140そこそこの速球とスライダーを武器にと、よく言えば王道、悪く言えば特徴の少ない選手。国内リーグにおいて通用する戦い方が国際戦でうまくいかないのを見るあたり、国際戦で通用するには本格派としての競り合いで勝てていないということかもしれない。

Elpidio Elia Pinto Chavez         P           R/R    14-06-1971

wct 1.59 5.2 0-0

PANAMA METROのエースピッチャー、と言いたいところながら、2008年ふがいない成績に落ち込んでしまったベテラン投手。ベテランらしくコントロールが良い投手で、ワールドカップでもそうした強みを存分に見せ付けたが、どうも球が飛びやすい、あるいは長打を狙われやすい選手のようで、今季の成績はそれが祟ってしまったかもしれない。世代交代が進む中において、一度代表選出が途切れてしまうと復帰は絶望的状況かも。

Jorge Cortez        RP           R/R    04-09-1972

2003年にレッズのマイナーで3Aまでいった、かつてのマイナーリーガー、現在はPANAMA METROに所属するピッチャー。WBCにも選出された投手だが出番に恵まれず、2007年のWCでは出番無しの隠れキャラ的存在に。その当時と比べ国内リーグでの成績は復調したため、今後また代表に選出される可能性は十分にある。ただベテランもベテランなだけに、そろそろコーチ職も見え隠れ。

Rodrigo Rubiel Tello Sandoval          SP           R/R    14-05-1979

wct 10.78 1.2 0-0
amc 3.09 11.2 1-1

2008年チェコ最強リーグBrnoに在籍しているパナマ代表の先発の二番手三番手。アメリカ大陸を出るといまいちピリッとせず、ワールドカップではぼこぼこにされ、欧州杯ではネットゥーノに打ち込まれた。それでもチーム内では先発の柱としてチェコ代表級の選手たちとプレー、欧州を知る数少ないカリブ選手としても、欧州と南米を繋ぐ実力把握としても見逃せない選手と言える。主に僕が。

Angel Antonio Cuan

amc 4.05 6.2 0-0

2007年シーズンはCHIRIQUIにてよせつけない投球、2008年は少し崩れはしたけれど、それでも代表で先発の枠を守るピッチャー。



César Ivan Quintero Martinez          C           R/R    19-03-1981

amc .577 26 15 1 1 2

かつてはピッツバーグパイレーツのマイナーリーガーであったパナマのレギュラー捕手、現在はCHIRIQUIの主砲としてパナマで打棒をいかんなく発揮しているが、実は国際戦にもめっぽう強い。北京五輪アメリカ予選でも4割をたたき出し、ワールドカップ予選に当たるアメリカカップでは6割に迫る打率を残して、キューバを差し置きベストナインに選出された。四球も選べて長打も打てる、4番候補の一人と見て間違いは無いが、大物打ち捕手の宿命なのか、あんまり足は速くない、らしい。エラー数も少なく、まさに代表レギュラー。

Nelson Gabriel Robledo Acosta          C           R/R    14-06-1984

wct .222 9 2 0 0 0

今年で8年目を迎えるロッキーズ傘下所属マイナーリーガー、打撃が強いほうではなかった上に、長いプロ生活で手足に故障を抱えてしまっていた。しかし故障明けの2007年、なぜか復活どころか打撃開眼し過去最高打率をたたき出すと、そのままの勢いで代表のレギュラーキャッチャーをワールドカップにて獲得した。どんどんやせている気がするが、なんか関係あるのか。

Sergio Arauz Villareal         C           R/R    14-08-1977

wct .286 7 5 0 1 0

CHIRIQUI所属、どうも内野を守っていらっしゃるご様子。完全にCésar Quinteroに役を食われてしまった形になってしまった。パナマにも「若手をマイナーに送り込んで代表戦やリーグに呼び戻す」そんな構図が出来上がってきているということを身をもって証明する形になってしまった。長打力もありエラーも少ないベテランながら、一躍不遇のみに。

Sherman Omar Obando Gaynor          IF           R/R    23-01-1970

wct .368 19 7 1 3 0

皆さんご存知、日本ハムの看板男ことシャーマン・オバンドーその人。大ベテランとなった今もBOCAS DEL TOROの主軸打者として安定した成績を残し続け、長らくパナマ代表を支え続けてきたホームランバッターとなっている。今なおその打棒は衰えておらず、国際戦においてもその打撃は脅威の一言、アメリカ大陸予選でも打率は4割を超えているのだからもうなんにも言うことはありません。ただやはりもともとのタイプの関係や年齢のこともあって、代表ではほぼ指名打者の位置に居座っている。同チームにジャーマン・オバンドーも在籍してて、紛らわしい。

Angel Aristides Chavez Castro          SS           R/R    22-07-1981

wct .125 13 2 0 2 0

もしかしたらご存知の方も多いかもしれない、正真正銘のメジャーリーガー。1998年にジャイアンツと契約すると2005年には3Aまで駆け上がってメジャーの舞台を踏んだ。大味なプレイヤーで器用というタイプではないが、内野の守備経験が豊富で一発も期待できる。

Audes Leopoldo De Leon Flores          IF           R/L    26-06-1978

wct .500 18 9 0 2 0
amc .125 24 3 0 3 0

1998年プロ参加以来、パナマ代表の顔とも呼べるほどに多くの大会で結果を残してきたパナマアマチュア球界の雄。とにかくワールドカップでよく打つ人で、全ての大会で3割5分を超える打率をたたき出し、ワールドカップベストナイン候補常連にもなっている。オリンピック予選もよく打っていただけにアメリカズカップでのブレーキは意外だったが、結果的にワールドカップ出場も逃してしまったためになかなかにくい話に。国内においてもとんでもなくよく打てるおっさんで、HERRERA所属の長距離打者。

Valentino Thales Arce Valdes        IF           R/R    07-06-1985

wct .143 7 1 0 0 0

BOCAS DEL TORO所属、2007年度のレギュラーシーズン4割達成打者。天才的な打棒を持ちながら四球が少ないあたり、イチローと同系統の信念がある選手なのか。足もそこそこ速く盗塁も視野に入れられるため、代表チームにおいても切り込み隊長的存在になるはずの選手。初めての代表戦では躓いたものの、代表常連の座は決まったも同然の国内リーグ成績を残している。

Roberto Gutiérrez        2B           R/R    03-03-1981

amc .143 12 2 1 4 0

1998年ドミニカサマーリーグに参加、2002年にインターコンチに呼ばれて結果を残すと、2003年についにプロから本格的にお呼びがかかった。ただ呼ばれたのは2003年1シーズンで解散に追い込まれたカナダプロリーグのKelowna Heat、ここでも身体能力を生かした大物打ちを発揮し主砲のような働きを見せたが、2004年には国内に戻ることに。アメリカ地区予選でここ二大会まったく当たっておらず、荒削りさが魅力でもある選手だけにセカンドレギュラーが怪しくなりつつある。

Javier Castillo        3B/SS           R/R    29-08-1983

amc .313 16 5 1 0 0

今年で7年目のマイナーリーガー、ドミニカサマーリーグから着々と駒を進めていき、3Aを経験するにまでいたった期待の若手。いい意味で言えば何でもできる選手、悪く言えば突出したところのない選手で、三塁を狙いやすい足と一発もでるっちゃでる長打力、270後半程度の打率を守る。ただ守備面においては不安が大きく、足も速くて肩もいい選手ではあるが、はじめた当初はかなり印象的なエラーが多かったようで、サードを重点的に守るようになったのはショートでは「やらかし」が多すぎたからとかそんな話も。

Manuel O. Rodriguez          1B/OF           R/L    06-01-1985

amc .286 21 6 0 2 0

ルーキーリーグからようやくA昇格となった、ダイヤの原石。根っからの長距離打者のようで長打率はぐんぐん上がるが、出塁率はずーっと低調氏が続いている、選ばないのか選べないのかは不明。守備もうまいほうではないようで、まさに将来の大砲候補といったところ、思い切りがいいのが一番の売り物。WBCにも参加経験があるが主軸としてのデビューは今回が初めて、さっそく結果を残しているあたりは流石に将来の主軸候補という可能性を感じさせた。今度こそ、オバンドーを休まさせてあげる選手の登場となるはず。

Yoni Javier Lasso Rodriguez         IF           R/R    22-11-1984

wct .231 13 3 0 1 0

2006年までレッズのAクラスに所属していたユーティリティプレイヤー。内野全体を守れる上にそつなくこなせるためWBCにも選出されたが、ルーキーリーグにおいて打率が低迷、足を絡めることも出来ず長打も影を潜め、攻撃面で非力な弱点を露呈してしまっていた。当時から選球眼が良いと言われていたようで、その点では日本的な野球に向いている選手、あるいはベンチにおいておきたい選手と言える。

Avelino Asprilla Padilla          IF           R/R    01-01-1981

wct .154 13 2 0 0 0
amc .235 17 4 0 0 0

PANAMA METRO所属の主軸打者、といっても役割だけ見ればチャンスメイカー系統の選手。打率は3割にのせられるセンスを持つが、走れるほうでも本塁打をがつがつ打てるほうでもない。守備もそれなりと、5ツールプレイヤーであることに間違いは無く、パナマ代表でもレギュラー格と呼んで差し支えない選手の一人といえる。ワールドカップでは大物を狙いにいく態度を潜めていたが、逆にそうした堅実さの足元をすくわれるかのようにうまくいかず。

Abraham Aguilar          IF           R/R    18-09-1984

amc .313 16 5 1 1 1

マイナーリーガー、パナマエリート群の例に漏れずドミニカサマーリーグ出身。なかなかアリゾナやGCL、ドミニカといったところから抜け出せずにいる。体格で圧倒されがちな選手なだけに打率や出塁で勝負したいところながら、どちらもうまくはいっていないよう。しかしアメリカズカップでは初参加にして格の違いを見せつけるなど、代表においては生き残りの道が見えてきた。しかし国内LOS SANTOSにおいては今季急ブレーキで打率は2割前半と低迷、足が速い選手なだけに心配ということは無いだろうけれど。

Freddy Eladio Herrera Cheng          CF           R/R    17-12-1973

wct .333 09 3 0 1 0
amc .160 25 4 0 4 1

パナマの切りこみ隊長といえばこの方、天才的なミート力と俊足で二塁打を量産する、パナマクリーンナップの一角。所属チームVERAGUASにおいては桁違いの長打力も発揮しており、パナマリーグの中でもいまや頭一つ抜けた存在。異常なまでに国際戦に強く、過去のワールドカップ・インターコンチと華々しい成績を残してきた大ベテラン。だが、なぜかは分からないが、どこか中南米で打てない印象があり、パンアメリカンゲーム、アメリカ予選、アメリカズカップと微妙な成績が続いている。

Earl Rene Agnoly Thompson          OF           R/R    18-11-1975

wct .294 17 5 0 1 0
amc .273 22 6 0 5 0

4年間のマイナーリーグ経験の後パナマ代表に定着し、代表の看板ともなった選手。1998年ワールドカップ予選で打率5割のデビューを果たすと2002年のインターコンチで馬鹿あたりを残した。しかしカウンターパンチのように翌年ドーピングテストに引っかかって2年間の出場停止を言い渡され、カナダリーグでのプレーを経て2005年ワールドカップに復帰。汚名返上となる打率3割をたたき出した。主に1塁とレフトを守り、足は速いもののその守備は堅実、足に引っ張られる形で長打もよく見せ、WBCにも選出された。LOS SANTOSの3番打者。

Jonathan Joel Vega Real          OF           R/R    02-03-1979

wct .263 19 5 0 0 1
amc .286 07 2 0 1 0

VERAGUASもう一人の主砲、チーム内では本塁打を打てる打者ながら、代表においては安定した打率を残せる方が着目される成績。アメリカズカップにて10代からマイナーでプレーしている選手たちが代表へと参加するようになり、そのあおりを食らう形でベンチに。当たり外れの大きくない打者らしいので、むしろ代打的な役回りのほうが恐ろしい選手となる、のか。

Jaen Jaime

amc .333 21 7 0 1 0

LOS SANTOSの牽引役、とはいったものの実際のところ二年連続で打率は2割5分、長打が打てるわけでもなく足もそこそこと、ここ数年は決してぱっとした選手ではなかった。しかし初となった代表戦においてこの華々しい成績、今現在パナマ代表にとって一番のラッキーボーイ的存在。

Crilo Cumberbatch          OF           R/R    17-07-1986

amc .333 21 7 0 3 0

2004年度から主にAクラスを戦場としている若手外野手。生来の選球眼がいいのか打率に一割近く出塁率をのせられるが、あんまり長打が期待できる選手ではないよう。初参加の代表戦では3割を楽に超え、パナマがマイナーに送り込んでいた10代選手たちの中でも頭ひとつ抜けた結果を残した。ほかの外野手レギュラーがすでに30半ばにさしかかろうとしているベテランぞろいなだけに、今後は否が応でもレギュラーが確約された立場にあるといってもいいのか。

Carlos Munos          C           R/R    16-10-1979

amc .158 19 3 0 0 0

LOS SANTOSの四番打者、2008年度は当たり年だったようで、ホームランの数が昨年の2本から6本に上昇、もともと四球もよく選ぶほうだったが、結果として本数だけが伸びた形となった。パナマでも1・2を争う大物打ちの捕手で、2005インターコンチでは銅メダルに貢献、WBCにも選出されている代表の常連捕手。もちろん勢いのままにアメリカズカップにも代表入りしたが、結果は自慢の長打が生かせずじまいに終わってしまった。最近の流動が激しいパナマ代表捕手の座だけに、再び代表の日の目を浴びる日に期待。

Mauris Lupadier

amc .111 9 1 0 3 0

CHIRIQUI所属の安打製造機。本塁打が多いわけではないが、四球が選べて走塁が速いと、数字上では国内リーグでもぶっちぎりの才能を誇る選手。この選手が選出されている事を鑑みるに、パナマの代表の選出基準は、一芸に秀でている選手よりかはすべてにおいて不可が無い選手という感じになっているのか。

posted by shoeless |11:49 | 選手名鑑 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年01月10日

イタリア代表選手名鑑

はい、先日のオランダ代表に続いて今回はイタリア代表の選手名鑑です。僕個人の主観しかはいっていないのはお許しください。2007年から2008年度までの大きな大会しか数に入れてないためWBC代表ははいっていません。修正が入らないようなら、いずれはみんなが書き込めるwikiを作っていきたいと思っています。フィリピン代表のことならこの世に俺の右に出るものはいないとか、俺はスウェーデン代表の尻を追っかけることに生涯を費やしている、みたいな猛者がいましたら、是非ご一報を。



PATRONE, SANDY E.       SP           R/R    12-07-1983

07e 1.93 4.2 0-0
wct 7.95 5.2 0-1

ドミニカ出身、野球選手としての父の遺伝子を受け継いだ、二代続いてイタリア代表となった親子鷹。2003年ワールドカップが代表初出場で、国内リーグにおいても毎年防御率3点のラインをいったりきたりする安定感を保っていたが、2007年防御率一点台を記録し欧州選手権でも好投、しかし当のイタリアが敗れると2008年は防御率5点台寸前を記録して、王者リミニの投手崩壊、そして没落の筆頭のような選手となってしまった。どうも制球の触れ幅が大きい選手らしく、計算がきかなくなっている。



D'ANGELO, MATTEO        SP           R/R    17-03-1988

07e 1.35 6.2 1-0
wct 5.41 4.1 0-0

イタリアベースボールアカデミーの秘蔵っ子。ジュニア選手権でエースとして活躍した後、2006年、ティーンエイジャーにしてセリエA防御率1点台デビューを果たしたイタリアの次期エース。その勢いのまま2007年もボローニャにて快進撃を続け、欧州選手権においても苦しみながらではありながら防御率一点台で勝利投手となった。ワールドカップにおいてはアメリカを抑え切った先発投手となり、今季は欧州野球エリートの専用ロードNAIAリーグ参加も決定、イタリアの復活を目指す次の世代達の筆頭と言える。



RICHETTI, CARLO M.      SP           R/R    23-08-1983

07e 0.00 8.0 1-0

今季ネットゥーノをイタリアシリーズへと導いたチームの勝ち頭。アンチオ所属時は先発ではなかったがネットゥーノに来て真価が発揮された感もある。なにより制球がよく大崩れしない為年々と防御率はよくなっていっており、今年はついに2.22で9-1という地点にまで到達、三振もイニング毎にとれるようになり、勝ち運の無さそうな感じも払拭された。ヒットが出にくいのに加えて長打を抑えられるようになり、制球以外の分も克服。今後急激にスランプに陥らない限りは、代表の先発の二番手三番手的な位置をキープしそう。



DE SANTIS, RICCARDO     SP           R/R    04-01-1980   
 
07e 2.57 7.0 1-0

グロッセートの先発の柱を長くつとめてきているピッチャー、1997年デビューで、2000年代前半にはいつもハーラーダービーに絡む成績を残していたが、今季は怪我のためか4試合で一勝のみ。それでも防御率はやはり一点台とイタリア内での立ち居地はさすがに高い。四球の数や三振数など、イタリア内では珍しく一定の数値を守り続けているし、イタリアの中ではかなり計算がしやすい投手の一人、のはず。



CARRARA, GIOVANNI       SP           R/R    04-03-1968

07e 0.00 7.0 0-0

見覚えのある人もいるかもしれません、そうです、元西武のベネズエラ人投手、ジョバンニ・カラーラその人です。夏はイタリアネットゥーノにて大黒柱をつとめ、冬はベネズエラアラグアにてカリビアンシリーズに出場。WBCにはベネズエラ代表として参加し、メジャー経験もある大投手。皆さんも何故イタリア代表なんだよってお思いでしょうが、みーんなそう思っていたようで、昨年オランダに文句をつけられました。しかし、ベネズエラ五輪協会が彼の出生を証明したため、今では立派なイタリア代表選手に。メジャーでは中継ぎながら、イタリアでは今なお先発の軸となりうる存在。



FERRARI, ANTHONY MICHAEL      P           L/L    22-06-1978

wct 6.02 3.0 0-1

グロッセートの中継ぎピッチャー。ロングリリーフをあまりしないセットアッパー的ピッチャーだが、実はこれと言って防御率がいい訳でもなく、どちらかと言えば三者凡退は珍しい側に入る投手。生まれはアメリカで、代表への参加は専門にリリーフピッチャーを行っている投手が必要だったからでは、と思えなくもない。欧州クラブカップではグロッセートの抑えとして一試合に登板したが、無失点には切り抜けたもののかなり荒れたご様子だった。



FIORE, JAMES ANTHONY      SP           R/R    12-10-1971

wct 0.75 12.0 1-0

彼を覚えているようでしたら、正直こんな選手名鑑見ている必要は無いと思います。ミネソタツインズやタンパベイデビルレイズに所属していた投手で、WBCにもイタリア代表として出場、2007年にはlanewベアーズのセットアッパーとしてアジアシリーズにて日本ハム相手にも投球を披露する大ベテラン。もちろんワールドカップでもその実力は健在で、2試合に先発して防御率は1点以下。その時見た限りではメジャーで戦った直球はいまだ衰えを知らず、といった感じでした。カットボール、多分スライダーとチェンジアップか何か、と素人目に見ても球種が幅広い。



OBERTO AMOROSO, ORLANDO JUNIOR      SP           L/L    12-12-1982

wct 0.00 6.0 1-0

ベネズエラ出身のパワーピッチャーで、もともとはベネズエラサマーシーズンに参加していた。どうも2002年にはベネズエラ代表としてインターコンチに参加していたらしい。しかしその後イタリアグロッセートに移籍すると、2006年インターコンチではイタリア代表としてプレーし、国内リーグでも完全試合を達成するなどイタリアの先発陣のトップに躍り出た。しかし今季は5試合に出て防御率6点台と完全に低迷、怪我かもしれないが、来年のWBCまでに間に合うか。



NORRITO, GIUSEPPE       P           R/R    04-08-1982

07e 13.50 2.0 0-1

2004年ドジャーズのドラフト48位指名、ルーキーリーグ暮らしを経て今季は遂にAAAまで到達した先発中継ぎピッチャー。高校大学とアメリカで抜群の成績を残しており、マイナーリーグでもその評価は上々。そしてついにイタリア代表にて戦いの火蓋が期って落とされた…矢先の欧州選手権での炎上だった。スペイン戦において先発したものの1一回で4失点を計上の悪夢。マイナーリーガーとしてWBCに参加するのは間違いないが、デビューがデビューだけに今後の参加は危ぶまれてきた。



DI ROMA, CRISTOPHER     RP           R/R    09-09-1980

07e 0.00 3.0 0-0
wct 9.81 3,2 0-1

イタリアもう一人の抑え投手、アメリカの大学野球で仕込んだ大きなカーブで三振の山とは言わないものの丘ぐらい簡単に築き上げる。パルマにおいては頼れるリリーフとして2005年から投げ始め、代表参加暦もそう長くはない。大学野球選手権、インターコンチ、欧州選手権と駒を進めてきたものの、初の大規模な大会となったワールドカップでは台湾相手に強豪の壁にぶつかってしまった形に。それが理由とは言わないが、今季はリミニに移籍したものの防御率が悪化、負けもかさんで2009年はそうそうに復活を志す年となった。



MILANO, FABIO           RP           L/L    02-08-1977

07e 0.00 3.0 0-0

名前はミラノだけどミラノ出身ではないリリーフピッチャー。防御率はスランプに陥った2005年を除き圧巻の一言で、今季もボローニャのレギュラーシーズン快進撃を目に見えた形で支えた守護神。体は大きいが緻密な制球も見せ、奪三振率もそこそこ高い。なにせ左のリリーフの枚数が多いわけではないイタリアなので、今後も重宝されることうけあい。



CORRADINI, ROBERTO      P           R/R    23-09-1978

07e 09.64 4.2 0-1
wct 10.39 4.1 0-1

パルマにおいて前でも後でも投げて大車輪の働きをし続けてきている便利屋ピッチャー。しかし2004年の登場から徐々に防御率に陰りが見え始めており、今季はチームの不調も相まって5点台。四球を極力出さない投球スタイルが魅力ながら、どうも歯車の調子が合わないよう。ここ2大会は不調と言っても仕方の無い打たれっぷりで、国際戦で遠慮ゼロの日本アマ打線に打たれたワールドカップは仕方が無いにしろ、欧州選手権での働きは歴史的敗退を喫してしまった敗因の一つに数えられるようになってしまった。球の使い方で結果ががらりと変わる対応の投手なだけに、ここが底だと信じたい。



MAESTRI, ALESSANDRO     RP           R/R    01-06-1985

07e 2.25 4.0 0-0
wct 7.36 3.2 0-0

現役マイナーリーガーにしてイタリアの抑えの切り札。2005年にサンマリノを首位争いへ導くと、シカゴカブスからお声がかかり、所属アカデミー初の育成成功選手となった。マイナーで一年目のシーズンから結果を残すとリーグオールスターにも選出されるようになり、名実共にイタリアの守護神として欧州選手権でも防御率2.25の好リリーフを記録。純正イタリア人選手としては初のメジャーリーガーへの期待がかかる一番手として、今後もリリーフ職となるはず。150キロに迫る直球に曲がり幅の大きいスライダーをあわせた投球が身の上で、オランダにファンミルがいるならイタリアにはマエストリがいる、といったところ。



PEZZULO, CARLOS A.      P           L/L    18-10-1982

07e 0.00 2.1 0-0

ネットゥーノのリリーフピッチャー。昨年は防御率1点台、一昨年は2点台前半、今季も2点台をキープとリリーフとしては手のつけられない投手になってしまった。セリエA1にデビューして以来大崩れすることもなく手のつけられない成績を残しているのでなんともいえないが、実績を伴ってより厄介になったのは確か。チームでの使われ方同様、抑えではなく嫌なカードとしての中継ぎに徹している感じもまた通好み。役割だけ見れば少し前の岩瀬のような扱いかも。



CILLO, CODY DANIEL     RP           R/R    03-04-1984

wct 1.50 6.0 1-0

アメリカ出身でマイナーリーグ、独立リーグを渡り歩いた若手。高校大学時代と目立った成績を残してフロリダマリーンズに拾われるとそこそこの成績を残していたが、独立リーグ移籍やトレードを経て、イタリアへとたどり着いた。イタリアゴード加入後は、先発の柱として働き、大学野球選手権で開花、ついにはワールドカップにおいてアメリカを打ち下す立役者に。まだ代表経験は浅い上に若いが、同じく若くしてマイナー経験を持つマエストリと共に、今後イタリアにおいてリリーフの要となっていくであろう投手。140中盤の速球にスライダー、お手本のよう。



PANERATI, LUCA        RP           R/R    03-04-1984

wct 0.00 4.2 0-0

2006年デビューのほやほやの新星にして将来のスター候補。2007年、セリエA2ながら防御率1点台を記録し、その年のジュニア選手権代表に選ばれると、勢いそのままにワールドカップにも初出場で無失点。その活躍っぷりにMLBのスカウト陣が目をつけないわけが無く、大会終了と同時にシンナティレッズが彼に接触し、スプリングトレーニングへの参加や高校卒業等の条件を盛り込んだ契約が成立した模様。今季はルーキーリーグにてプロ初登板を経験し、2009年WBC出場はほぼ確実と言えなくも無い。



SALSI, MATTIA         RP           L/L    03-04-1977

wct 5.07 5.1 0-0

今季で代表参加10年目となるベテランピッチャー。イタリア代表の中でもリリーフ専門の投手として先駆けのような存在で、WBCをはじめ各種大会に顔を出し続けている投手陣の中心にあたるか。コロンビアでプロリーグも経験し、ラテンの野球も体得している荒武者。クローザーとして長いキャリアを持っているが、ここ2年はちょっと心配な数字になっている。若いクローザーが台頭してきているイタリアにおいて、むしろ彼の仕事は増えてきているはず、WBCではまたも彼に頼む事となりそう。




BERTAGNON, RICCARDO        C          R/R    02-10-1984

wct .200 5 1 0 1 0

ワールドカップの二番手捕手、実はチームにおいても二番手捕手的存在。2005年にパルマでデビューして以来、代表においては大学野球選手権、国内においては強豪パルマの捕手として代表への道を歩んできた。今回のワールドカップは初めてとも言える大きい大会で、世代交代が叫ばれるイタリアの捕手陣において、若手では一つ頭が抜けた存在となった。捕手としては身軽で足もそこそこ速い。



PARISI, VICENT J        C           R/R    07-02-1978

07e .235 17 4 0 1 0

ネットゥーノレギュラーキャッチャー、今年打線の好調さに引きずられる形で破壊力のある打線の一角を支えたが、自身も三割を打ちチームの打点王となった。もともとはサンマリノで捕手をしていたベテランだが、ここまで打率があがってくるとは意外という感じの成績を残していただけに、こういう形で日の目を見るようになったことは拍手。



DE CAMARGO, LUIS RICARDO SERAFIN        C          R/R    20-09-1976

wct .133 15 2 0 3 1

ブラジル出身、かつては日本のアマ球界でもプレーしていたそうですが詳細不明。2005年度までブラジルナショナルチームで野球をしていた選手で、セリエAに移籍後はイタリア代表として初の大会がワールドカップとなった。セリエA2時代から打率は低く、今季はリミニに所属して打率.217。イタリアというよかリミニが捕手というポジションに求めている仕事がよくわかる。足も速いプレーヤーでもなく、攻撃面に関しては他の捕手に秀でているわけではないが、キャリアと安定感のある守備は控え捕手として最適。



LIDDI, ALEX             1B          R/R    14-08-1988

07e .471 17 8 0 0 1
wct .240 25 6 1 1 0

MLBが欧州アカデミーにて発掘し、シアトルマリナーズと契約した若き主軸候補。マイナーリーグで苦戦しつつも成績を伸ばし、10台の若さにしてイタリア代表レギュラーの座を掴んだ。今季もWisconsin Timber Rattlersでプレーし、チームのレギュラーサードとしてプレー。MLBが好みとする傾向にある、アスリート体型のプレイヤーなので、5ツールプレイヤーとしての片鱗は徐々に見せつつある。なにより本塁打が打てるバッターとしての素質が欧州であるイタリアにとっては打線にメリハリをつける。



DALLOSPEDALE, DAVIDE    2B          R/R    12-09-1977

07e .385 26 10 0 2 3
wct .174 23 04 0 2 1

イタリア代表ではもっぱら二番を打つ切り込み隊長補佐。地味な役回りながら、そのキャリアは派手で、ジュニア選手権において4割を打ったその後欧州選手権、インターコンチで活躍と花道を歩み続けてきた。足が速く守備も安定感があり、WBCにも控え的な役回りとして参加。通常の代表においても、リードオフマンサントラと組んで足でかき回す戦い方は、かなり効果的な戦略の一つとなってきている。長打力に関しては足で埋め合わせしている部分が大きく、これだけのキャリアを持ちながら、いまだ国内リーグにおいても本塁打が見られない。



MAZZANTI, GIUSEPPE      3B          R/R    05-04-1983

072 .522 23 12 0 3 0
wct .095 22 02 0 2 0

ネットゥーノの誇る本塁打王、今季打率は4割をかすめるなど絶好調。かつてはマリナーズに誘われマイナーリーグも経験したが、あまりに荒削りで当たれば飛べど当たらない選手だった。しかしイタリアリーグ復帰後は打率も戻り、戻るどころか伸び始め、2007年は.350、そして今年のこの結果と一時期のスランプを脱しつつある。イタリア打線の中では守備もうまく、当たれば飛ぶという意味では桁違いに恐ろしいバッター。しかしやはりどこかもろいプレースタイルであるのも確かで、当たらなかったワールドカップでの成績は散々に終わっている。



SANTORA, JACK A.        SS          L/R    06-10-1976

07e .222 18 4 1 6 1
wct .292 24 7 0 2 1

一番で、出塁・盗塁のコンボを決める、イタリアの切り込み隊長。大学野球ではワールドシリーズにまで出場し高いアベレージを記録した野球エリートで、ダイヤモンドバックスに19位でドラフト指名されている。その後はAAとAAAをいったりきたりしていたが、2006年選手としての契約を拒まれ、同時期WBCに参加していた流れでセリエAリミニに加入。国内リーグにおいてもいまだ高い成績を残せているわけではないが、代表での一つのパーツとして参加を続けている。欧州選手権ではその高い出塁への意識を、ワールドカップでは足によるプレッシャーを見せつけ、一番としてのいやらしさを発揮した。



LA FERA, SETH           SS          R/R    28-09-1975

07e .000 1 0 0 0 0

シドニー、アテネと続いて代表入りしてきたベテランショート、基本的には内野の控え、かつてはパルマでもプレーしていたアメリカ出身選手。今期もサンマリノにて3割近い打率を残し、結果的には優勝の立役者となった。長く代表に参加し過去二回の五輪でも世界の強豪との試合に参加しているが、五輪に出場できなかったのはやはり世代交代の時期に来たからなのか。



DE BIASE,MAXIMILIANO    IF          R/R    19-11-1974

07e .417 24 10 1 1 0
wct .520 25 13 1 1 1

イタリアの中軸と言えばこの人。今季はちょっと成績が落ちちゃったけれど、打点製造機はいまだ健在の2007年ベストヒッター。もともとはアルゼンチンの生まれで、アルゼンチンのトッププレイヤーだったが、2003年セリエA2にてプレーを開始。めきめき力をつけてセリエA1に乗り込むと、すぐさま代表に声がかかり、クラブ選手権や欧州選手権、インターコンチと並み居る強豪を抑え指名打者の代表格とも言える存在へとのし上がった。打率がいいこともそうだが、何より国際大会にて大崩れした経験が今まで一度としてなく、初のワールドカップではフロックでないどころか脅威の一言の成績を記録。手のつけようがなくなってきた。



MAZZUCA, JOSEPH S.      IF          R/R    21-05-1981

07e .333 9 3 0 3 0
wct .200 5 1 0 0 0

マイナーリーガー出戻り組、三振しない粘りと一打で塁を稼ぐ俊足が魅力のボローニャのリードオフマン。国内リーグでは主にセカンドを守るが、守備位置に関しては大分融通がきくようで、欧州選手権、ワールドカップと二大会連続でベンチ入りし、代打代走守備固めと出番を待ち続けて奮闘した。レギュラーを狙える位置につけてはいるものの、選手の個性としてベンチに一人はいてもらいたいタイプ。



BUCCHERI, JAMES F.R.    CF          R/R    12-11-1968

07e .235 17 4 0 5 2

ホームランバッター揃いのサンマリノ打線が誇る核弾頭。果敢な盗塁で相手投手を揺さぶり、打って出る意識も高いため打率も高い水準をキープしている。それでいてホームランも出るほうで、欧州選手権ではサントラと並びイタリアの野球戦略の幅を大いに広げたプレイヤーとなった。リーグ戦においては四球を選ばない性質なのかとも思われたが、欧州選手権では選びに選んで5四球とTPOをわきまえて野球を行う対応力の高さも発揮。足を生かした守備範囲の広さも魅力のひとつ。



ZILERI, LEONARDO    OF          R/R    03-04-1984

wct .111 9 1 0 0 0

高いアベレージと長打力を誇るイタリアオールスター外野手の一人。ジュニア選手権で打率4割を記録して、そのままセリエA1にデビュー、2007年3割を超える打率を残すと今年もその調子は続き、一躍イタリアの代表へと顔を見せる選手になった。しかしもちろんのことまだまだ国際舞台の経験は少なく、ワールドカップにおいても打率は低迷。国際舞台に出たとき肩が強い選手という訳でもないが、足も速いため守備範囲も広く、5ツールプレイヤーとしての資質は十分に備えている。後はなんとかして大きい大会で結果を残せば、おのずとこわいプレイヤーになるはず。



AVAGNINA, LORENZO       OF          L/L    14-11-1980

07e .455 11 5 0 1 1
wct .300 10 3 0 2 0

以前はセリエA2で外野手兼投手をしていたが、チームをA2に送り込んだりインターコンチで活躍したりと名を上げ、2008年名門グロッセートに移籍を果たした苦労人。国内でもそんなに打率が高い選手ではないが、初出場のインターコンチから続き、欧州選手権、ワールドカップ、ヨーロピアンカップと強豪相手に大活躍を果たしている。中距離打者で一発も見込め、足もそんなに遅くはない、本人には気の毒ながらベンチに一人は常に置いておきたいタイプの選手。



CHAPELLI, LAIDEL        LF          R/R    14-11-1971

07e .320 25 8 1 3 1
wct .125 16 2 0 0 0

10年間キューバナショナルリーグでプレーし、俊足巧打でならすベテラン中堅手。イタリア人の奥さんを見つけてイタリアに移住した後、居住先をかえながら2007年、一時参加していたパルマへと復帰した。身体能力が高く、俊足に加えて振りも鋭いため、おのずと長打率もそこそこ高い。どうも移住してからずっと居住先を転々としているようで、今年もいないと思ったらセリエBに移籍していたとの事。元キューバ代表Loidel Chapellíの双子の兄弟なんですって。



CHIARINI, MARIO         RF          R/R    07-01-1981   

07e .320 25 8 0 0 0
wct .261 23 6 2 2 1

ワールドカップ4番にして元マイナーリーガー。強豪リミニの主軸、そしてイタリア代表の主軸としてイタリア野球界をリードし続けてきた長距離打砲。インターコンチやワールドカップである程度の成績を残すと、ワールドカップでは遂に4番の座が指定席扱いとなった。かつては内野を守るユーティリティー的扱いの選手だったが、今では高い出塁率と長打率を誇る強肩外野手、今でも内野を守れるだけの身軽さを備えている、ように見える。むしろ本塁打うんぬんよりか、.250以上の打率をどんな大会でも見込める安定感のほうがイタリアにとっては強みとなっているんじゃないかとも思ったり。



LOLLIO, GINO JOVANI         OF          R/R    28-12-1980

wct .300 10 3 0 1 0

アメリカ出身の長距離打砲。高校大学となかなかの成績を残したもののドラフトに引っかからず、野球を続けるために2004年単身イタリアゴートへ渡りセリエA2の本塁打王を獲得。その後レッジオエミリアに加入するとセリエA1への道が開かれ、2006年、強豪グロッセートへ移籍。パンチ力もあって足も速いため長打率も高いが、2007年度は打撃不振ながらワールドカップ代表に選ばれて物議を、表面上ではないところでかもした。それでもやはりイタリアが喉から手が出るほど揃えたいホームランが打てる打者、ワールドカップでも結果を残している。

posted by shoeless |17:06 | 選手名鑑 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年01月06日

オランダ代表選手名鑑

実はこっそり進めていた日本語版国際野球選手名鑑製作の簡単版が一部できあがりましたので、出来上がった国のみ更改してみたいと思います。と言って一国だけですけど、日本語版オランダ代表選手名鑑です。成績は左から順に投手は防御率、投球回、勝敗。野手は打率、打数、ヒット数、本塁打、四球、盗塁となっています。大会名は07eが欧州選手権、wctがワールドカップ、olmが北京五輪です。僕の主観がおおいに入った選手名鑑ですので、適当で嘘偽りがあるかもしれませんが、これから様子を見て随時修正更新してみたりしたいと思っています。

なんにも関係ない話だけどさ、野球小僧の世界野球選手名鑑、ほとんど日本人選手の名鑑じゃね?



投手

MARTIS, SHAIRON         SP           R/R    30-03-1987    

07e 0.82 11.0 1-0
olm 6.75 10.2 0-2

キュラソー島出身、2008年、遂に念願のメジャーデビューを果たしたオランダ代表の大黒柱。ワシントンナショナルズにて先発を任され、5試合で防御率5.66の1勝3敗、来年度はメジャー定着も期待される正真正銘のプロスペクト。16の時にジャイアンツと契約しマイナーで輝かしい成績を残すと、WBCにおいてはパナマ相手に大会史上初のノーヒッターも達成し、オランダ人投手としては異常なまでの輝かしいキャリアを歩みつつある。150に届く剛速球に140近く見えるスライダー、エースと呼んで差し支えない黄金の若手。


BERGMAN, DAVID          SP           R/R    16-08-1981    

07e 01.38 13.0 2-0
wct 05.69 12.2 1-1
olm 12.60 05.0 0-1

オランダの野球王国ハーレムの生んだ、オランダ製エースピッチャー。パイオニアーズからキンヘイムにうつると、欧州で独裁体制を築くほどの成績をあげ押しも押されぬ大エースに、そしてあのキューバ喰いをなしとげた。今季はハーラーダービーには絡めなかったものの防御率で第二位につけ存在感は衰えず。ただどこか大一番で打たれ弱い部分があるのも確かで、WBC、五輪と国際戦の成績は意外としょっぱい。スライダー中心の投球では国際戦では限界があるか。


SMIT, ALEXANDER          SP           R/R    02-10-1985  

olm 8.44 10.2 0-2

2007年、シンシナティレッズの40人ロースターに名前を載せ、日本の欧州野球ファンにこれでもかと言うぐらいに奉り上げられたオランダの若き豪腕エース。微妙な位置のスリークウォーターから、140後半の速球とスライダー、チェンジアップを投げる正統派。五輪でも韓国、日本にぶつけられる等、代表内での彼の信頼はうなぎのぼりにたかくなっている。ワールドジュニア、インターコンチ、ハーレムを経てミネソタツインズと契約。マイナー生活は続くが、この年にしてメジャー、そして五輪やWBCを経験している投手は多くない。


BOYD, LEON              SP           R/R    30-08-1983    

07e 0.93 09.2 2-0
wct 2.55 17.2 1-0
olm 2.70 06.2 1-0

カナダ生まれの剛速球投手。ベルギーで野球をしていたところをオランダリーグの人に気付かれた変り種で、くしくもそのお披露目式はインターコンチでの日本戦だった。その経歴ゆえに、彗星のごとく現れたほぼ救世主のような存在で、いつの間にやらオランダ先発陣の一角に収まってしまった印象しかない。今季は10勝でハーラー2位。コルデマンが来年今季のペースで続けられるとは予想しづらいため、そうなると一気にオランダの時期エースの座は確定と言ってもいい立場にあるのか。


CORDEMANS, ROBBIE       SP           R/R    31-10-1974   

07e 0.00 07.0 1-0
wct 3.48 10.1 0-1
olm 4.70 07.2 0-0

なんと代表初参加は1995年、キンヘイム最強時代を作り上げたベテランピッチャー。米国大学リーグ参加時にはその中でも目立った成績を残しており、タイミングさえ合っていたらメジャーで投げていてもおかしくない投手。欧州では防御率3点を割った事が無く、その評価は国際的にも高い。2007年シーズンには台湾・統一に所属していたが、3-4に4.50は、外国人にとくに厳しい台湾リーグでは結果が残せたうちに入れてもらえなかった。球種がチェンジアップ程度しかないと言うものの奪三振の数はぶっちぎり、彼の老獪な投球スタイルが伺える。


SULBARAN, JUANCARLOS       SP            R/R    09-11-1989

olm 3.86 4.2 0-1

キュラソー出身のピッチャー、2004年のカリビアンユースプレイヤーで最も期待された投手で、2006年にアメリカの高校野球に参加するとメキメキ成長、防御率1.40の11勝無敗でレッズのドラフトに引っかかった。2008年にはワールドポートへ代表として招集され、そこでキューバ相手にまさかの7回一失点を成し遂げ、ティーンエイジャーにして五輪代表入り。五輪でもまずまずの結果で、正直、今後最も伸びが期待されるオランダ人選手であると思う。


BERKENBOSCH, KENNETH     P           R/R    17-03-1985   

07e 0.00 07.0 1-0
wct 0.00 10.1 2-0

今季は10勝でハーラー二位。17の時にマリーンズへ渡った時は肩の滅法強い外野手だったが、オランダに戻ってきた時には球速のやたら速い投手となっていた。コンバートからいまだ時間が経っていないためか、球自体よりもコースが甘い場合が多く、マイナーでは一発病持ち扱いされていた。ちなみに今季は76イニング投げてホームラン無し。オランダに戻ってからは打ってよし守ってよしの二刀流選手として重宝され、代表に選ばれるようになったが、WBCは登録されるも出場しておらず、大きい大会で結果を残したのは今回のワールドカップが初めてだった。


MARKWELL, DIEGOMAR      P           R/L    08-08-1980    

07e 0.00 05.2 0-0
wct 3.65 12.1 1-0
olm 4.76 05.2 0-0

アンドリュージョーンズのいとこってのは嘘か真か、キュラソー出身投手としてオランダリーグの顔とも呼べる存在となった投手。7年間トロント傘下のマイナーでプレーしたものの思うように結果が伸びず、スプリングトレーニングでの40ロースター入りなどのチャンスもありながら逃していた。しかしそこに選ばれた才能は本物で、オランダリーグに移ると国際戦でも成績を残せるように安定してきた。マイナーリーグ時代一番注目を浴びたのは、チームメイトにお金を盗まれた時だったった噂もあるけれど、本当なのか。


VAN MIL, LOEK       RP           R/R    15-09-1984

wct 0.71 12.2 0-0

オランダリーグHCAWで投げていたところをツインズに見初められ、マイナーリーグへと渡った準オランダ産ピッチャー。まだデビュー自体が2005年とあって代表経験には乏しいものの、2007年のワールドカップではクローザーとして防御率1点台以下を記録、なかなか埋まらずにいたオランダの絶対的クローザーの座に今最も近い投手となった。150キロに迫る速球にスライダー、チェンジアップを織り交ぜる力押しの投球が身の上ながら、2008年五輪は初の故障によって辞退。肩に負担をかかりやすいタイプの投手だけに、オランダの至宝は今後球団から制約がらめにされる戦いを強いられそう。


STUIFBERGEN, NICKY      RP           R/R    06-09-1980  

07e 0.00 2.0 1-0
wct 4.50 2.0 0-0

マイナーリーガーTom Stuifbergenのお兄様。国内でもリリーフピッチャーとして21試合に登板している専門職。2005年の欧州選手権での代表デビューを皮切りに、2006年にはWBCでカリブの強豪相手に投げ、ハーレム、インターコンチと幾度と無くオランダの窮地を救ってきた。中継ぎは先発投手が変わってすることの多い代表戦だけに、彼やファンカンペンのような選手が欧州で出てきてくれていることは、彼等の野球が単なるアマチュア野球とは違ってきている事のいい証拠になっている、はず。


VAN DRIEL, BERRY     RP           R/R    26-12-1983

wct 0.00 1.0 0-0

かつては内野手としてプレーしていたネプチューンズピッチャー。変更当初は野手としても投手としてもそこそこといった結果に甘んじていたが、2007年突如成績が安定し代表入り。今季もリリーフとして19試合に登板しているが、リリーフの層もマイナー組の存在によって奪い合いが激化しており、代表の椅子を維持することが難しい雲行きになってきた。


KAMPEN VAN, MICHIEL     RP           R/R    23-01-1976    

07e 0.00 3.1 0-0
wct 9.02 4.0 1-1
olm 0.00 1.1 0-0

オランダ代表のセットアッパー、国内リーグにおいても11セーブで守護神。妹のJudith van Kampenはネバダ大学のソフトボール選手で、彼の家は兄妹で五輪に出場したオランダ一の野球一家となった。アメリカの大学で投げていた経験からセットアッパーとしての彼の生き方が決まり、NAIAワールドシリーズにもクローザーとして出場を果たしている。1999年の欧州選手権以来代表でもリリーフの切り札的存在として働き、オランダリリーフ陣では一番経験豊富な選手となった。身体をきゅっと折りたたむような投球フォームは、日本戦においても面食らった人が多いように感じられた。


DRAIJER, DOROTHEUS      RP           R/R    30-09-1973    

07e 13.50 1.1 0-0
wct 10.11 2.2 0-0
olm 05.40 1.2 0-0

もはや1998年から数えて代表暦10年目の大ベテラン。国内リーグではまだまだ現役ながら、ここ三大会は見せ場無し。何故か衰えたと言うよか急に崩れた印象があるが、きのせいかしら。パイオニアーズとオランダ代表を背負ってきたベテランも次のWBCが見納めか。


JANSEN, DUKO            RP           R/R    26-08-1980    

07e 00.00 2.0 0-0
wct 16.17 1.2 0-0

キンヘイムのリリーフ専門ピッチャー。オランダ国内では安定した防御率を誇っている投手ながら、欧州以外の選手を相手にすると一気に弱気になってしまう。特にワールドカップは過去二回、防御率50点台、怪我で出場できずと鬼門にしており今回はむしろいい出来だった。大柄でかぶさるように投げる。人がすっごいよさそう。


WALSAMA, PIM            RP           R/R    03-02-1987 

olm 13.50 4.0 0-0

ネプチューンズの中継ぎ投手。オランダリーグ内での若手の筆頭としてMLB欧州アカデミーやアメリカ留学を経験し、ハーレムに呼ばれた。成績がオランダ内でずば抜けているわけではないが、そのキャリアと若さから、幹部団にオリンピック代表として招集されている。個人的には、オランダリーグが育てようと考えている次の世代の投手の筆頭のようにも見え、今後も世界の舞台を経験させるために大きな大会で見られる顔になっていくんじゃないかと思うのですがいかが。




野手

JONG DE, SIDNEY         C           R/R    14-04-1979  

07e .333 24 08 0
wct .314 35 11 1 2 0
olm .105 19 02 1 1 0

WBCの野球カードでも特別扱い、名実共にオランダの誇るスター選手となったレギュラーキャッチャー。今季も6本で本塁打王、長打率もぶっちぎりで高く五輪でも四番を打ったオランダの主砲。と言いたい所ながら、あんまり国際戦でそういった長打が良く見られるわけではなく、狙っているのかそういう特性なのか、むしろ世界の舞台においてはクラッチヒッターとしての性格のほうが強く見られる。WBCでは4割を超える打率を残し、ワールドカップでも強豪相手にまったく調子を落とさない。世界でも良投手ぞろいのオランダにあって、彼等の活躍の裏に彼の存在があるのは言うまでも無いが、実はけっこうミスも多い。


SMEETS, TJERK           C           R/R    03-06-1980  

07e .200 5 1 0
wct .500 6 3 1 0 0
olm .000 4 0 0 0 0

2003年度ワールドポート本塁打王、2007年度12ホーマーのぶっちぎりの本塁打王、球が飛べば率もついてくるオランダ第二の捕手。打撃に比べ守備は安定感ばっちりで、キンヘイムの捕手として欧州最高の投手陣を引っ張ってきた。どうしてもデヨングのバックアップと言うイメージを拭えないが、彼のような一発屋がベンチに残っているというカードは、オランダにとって彼が攻守にわたって最後の切り札となりつつあるという意味でもある。


MEEUWIS, MARTYN           C           B/R    14-07-1982  

wct .300 10 3 0 2 0
olm .500 02 1 0 0 0

2008年度打率三位、長打も打てるオランダ捕手系列の仲間入りを果たした代表の控え捕手。ここ二年で急激に打てるようになり、他の代表選手の怪我も手伝って代表入りを果たした後、ポジションを奪った。ワールドカップにて台湾を破る立役者となったのもこの人、オランダは捕手に人材が偏ってきている感がある。ただ打てはするが、飛びぬけて肩が良い訳でも守備が堅実なわけでもないのが難しいところ。


DECASTER, YURENDELL     1B/3B          R/R    26-09-1979   

07e .483 29 14 1
olm .167 24 04 0 1 0

カリブの海とマイナーリーグを渡り歩くオランダの主砲、キュラソー島出身。ドミニカンリーグにてデビルレイズに見初められた後、ベネズエラリーグに渡りプレー、いつの間にやらカリブに長く居座って優秀選手にまでなってしまった。ワシントンナショナルズAAAに所属し今季もカリブ行きとまさにカリブの風物詩。プレーとしては決してあがらない打率同様の荒々しいプレーが魅力。身体能力の高さでオランダの主軸に欠かせない人物で、でかい図体に見えて結構足も速いアスリート体質。守備も意外と上手く、彼が内野の多くと外野を守れることはオランダの打線の一つの強みとなっている。欧州で怖いバッターの一人であることは間違いない。


ROOI, VINCE             1B/3B          R/R    13-12-1981 

07e .000 07 00 0
wct .324 37 12 1 5 0

元エクスポズマイナーのホームランバッター、今はオランダキンヘイムの中距離バッター。7年間のマイナー暮らしで機会を与えられなくなり、オランダリーグへと渡った。キンヘイムで結果を残すとそのまま代表入りのコースを歩むが、はまればでかいバッティング通り結果の出があやふやで、ワールドポートで大当たり、欧州選手権でまさかのノーヒット、ワールドカップで滅多打ち、五輪にはいない、と、見ている分に面白い選手ではある。


ADRIANA, SHARNOL        IF          R/R    13-11-1970    

07e .400 25 10 1
wct .316 38 12 1 4 2
olm .217 23 05 1 1 0

七つの海を股にかけるオランダの安打製造機、主にDHが主戦場。キュラソー島出身で、振りの鋭さは欧州随一。トロントブルージェイズに引っかかった後オーストラリアリーグ、メキシカンリーグと舞台を変えて結果を残し、オランダ国内リーグにも参加している。韓国オールスターのホームランダービーにも参加していたりしたらしいと、以前消息過多状態。守備位置も明確に定まっておらず、打順もこれといって確たるものが無いが、なにしろ身体のやわらかさもあってどれもそつなくこなせてしまう、オランダを代表する起用貧乏。キャプテン扱いをよくされているが、それは彼の働きと人格両方が柔軟だからなんじゃないか。


DUURSMA, MICHAEL        SS/2B          R/R    26-02-1978    

07e .143 21 3 0
wct .143 07 1 0 0 0
olm .091 22 2 0 1 0

パイオニアーズの牛若丸こと、オランダ代表一番の守備を誇る遊撃手。同球団の捕手マークと共に、オランダ野球界の入来兄弟的ポジション、言ってみただけ。NCAAのディビジョン1にて活躍していた頃はスター級の働きを見せ、オランダ代表入りを果たしている。見てのとおり打撃は非力としか言いようが無いほど最近調子が悪く、それにひっぱられるようにして守備にも単純なエラーが見られるようになってきた。大丈夫なのか。一方捕手のマークは今季デヨングを押しのけて首位打者、もっと大丈夫なのか。


SLUIJTER, JEROEN      SS/2B           R/R  02-04-1975

olm .167 6 1 0 0 0

守備の安定感としては現在オランダナンバー2といって差し支えないベテラン内野手、バッティングは正遊撃手ダースマよりさえない。現在アメリカに渡っていった選手達と比べても遜色の無いフィールディングで、長きに渡って「オランダがのびてきている」という土台となったオランダ代表。オリンピックはチームメイトの怪我により降って湧いたかのような舞台となったが、最早オランダ代表の生き字引的立場となっているため、その影響計り知れない。ちなみに、本業はロッテルダムにあるデザイン会社の社員。


LEGITO, RAYLINOE        3B/SS          R/R    26-07-1978   

07e .423 26 11 4
wct .310 42 13 0 5 0
olm .067 15 01 0 1 0

キュラソー出身、ネプチューンズの中核をキングセールと共に支えるヒットメイカー。1999年ドジャーズ名義でドミニカンリーグに参加したのをきっかけにしてオランダリーグへ移籍、同年続いたワールドポート、ヨーロッパ選手権、インターコンチの三大会に代表として出場しまずまずの成績を残して代表に定着した。体格はでっかいが、足も速く、守備もサード、ショートとそつなくこなせるため、代表では便利屋的働きも見せる。打って守れるオランダの曲者、だが、別に渋い働きをする選手ではない。


STATIA, HAINLEY         SS          B/R    19-01-1986    

07e .429 35 15 1
wct .156 45 07 0 1 0

キュラソー島出身、エンジェルスが抱えるプロスペクトで2004年のドラフトにてマイナーリーグに参加している。ルーキーリーグながら高い評価を受けており、特にショートとしての積極的で安定した守備姿勢は年齢にそぐわぬ業物、打撃も出塁率が高いシュアなバッティングを見せており、ダースマにかわるSSレギュラー扱いとなってきた。しかしスタメン確約で行われるはずだった五輪を怪我で欠場し、細身で小柄なシュアな体格が軽快であると同時に脆いと言う印象にもとれてしまった。怪我だったほうがいいのやら、怪我と言う嘘で休んだと考えたほうがいいのやら、複雑。


KOOLEN, ROEL         IF          B/R    20-04-1982    

wct .267 30 8 0 0 2
olm .133 15 2 0 0 0

ジュニア時代からオランダ代表を引っ張ってきた、次世代のリードオフマン的存在。球が上がらない癖があるためか、足で稼ぐように長打を放つプレーが目立つ。オランダ内野陣も徐々に世代交代の波がきはじめているため、同じショートのダースマを上回りたい所ながら、その守備はいまだ荒い。それでも常勝キンヘイムのショートとして、ポジション別の打率はリーグトップ。国際戦で打の結果を残さなくては、まだまだ控えに甘んじることになりそう。


MONTE,  HARVEY       OF          L/L    08-10-1981   

07e .000 8 0 0

マイナーリーグ出戻り組。ネプチューンズを経て代表入りし、2001年のワールドポート、ワールドカップと三割を超える打率をたたき出した。その成果もあってシアトルマリナーズと契約を結ぶがうまく結果を残せず、今はオランダリーグと代表にてマイナー復帰のために頑張っている。ハーレム、ワールドポート、欧州選手権とその成績は落差が激しいが、ここ数大会は悲しい結果に終わっている事が、上記の通り多い。国内リーグにおいては2007年復活とも呼べるシーズンを送ったが、今季はまた打率が三割をきってしまい代表落ち。バッティング通り人生も浮き沈みが激しい。


KLOOSTER VAN'T, DIRK    OF          L/L    23-04-1976   

07e .308 13 04 0
wct .324 37 12 1 3 0
olm .333 12 04 0 1 0

長きに渡ってオランダリーグの一線を走り続けるベテラン外野手。1998年ワールドカップにて打率4割のデビューを果たすと、シドニーでは三割五分、2001年ワールドポートでも四割と、まさに当時のオランダの打線の核であった。なにしろ国際戦でよく打つ人で、ワールドカップでは過去三大会平均三割五分を超えており、その成績はキューバのウルティアに迫る勢いだった。国内リーグにおいても代表においてもいまだ衰えを知らず今季もパイオニアーズで.330、足が速い選手ではないがまだまだ伸びしろを見せている。


BALENTINA, RANDOLF      C/OF          R/R    08-08-1971  

07e .313 16 5 0

過去三大会のオリンピック、そして四度のワールドカップ、そのすべてにおいて打の中核となったオランダの黄金碑。キュラソー島出身のオランダ代表選手として1992年からオランダリーグ及び代表に参加し、数々のチーム記録を打ち立ててきた。選手としての彼は失策が少なく、またリードオフマンとして果敢な走塁を見せ、三振が異常なまでに少ない。しかし2008年、彼の名前は突如アクティブプレイヤーの一覧から失われた。彼の豪華な成績は2007年を境に途切れている。最後の最後までトップをひた走り続けたオランイェを見れる国際大会はもうないかもしれない。


HALMAN, GREGORY         OF          R/R    26-08-1987    

07e .357 14 5 0
wct .214 14 3 0 2 1

父親がアルバ出身で、一家揃ってアスリートと言う家系に生まれたサラブレッド。本人はハーレム出身。そんな背景もあってか4ヶ国語を操るグローバルな人物に育ち、キンヘイムを経て多数の誘いの中シアトルマリナーズへと移籍している。ボンボコ振り回す選手として名を知られ、長打率は高いが打率は不安定と言うカラーができてしまっている。しかし荒削りながらその輝きの片鱗は見せており、プロスペクトとしての順位もリーグの10指に入るほどとなってきた。


ROMBLEY, DANNY          OF          R/R    26-11-1979 

07e .417 24 10 0
olm .188 16 03 0 1 0

キンヘイム重量打線を支える一角の元マイナーリーガー。ハーレムやワールドカップを経て、今は亡きエクスポズと契約し6年のマイナーリーグ生活を送ったが、国際戦でそこそこの成績を出せるのに対し、マイナーリーグでは打率が伸び悩んだ。その後も国際戦ではボコスカ、マイナーリーグではそこそこという生活を続けていた後、マイナーからオランダリーグキンヘイムへ移籍。しかし今度は国際戦においてマイナーリーガーと対決する機会が増えたためか、国際戦でも打ち鈍り始めた。打って走れる強肩選手で、2007年度には首位打者も獲得している。


BERNADINA, ROGEARVIN    OF          L/L    12-06-1984   

07e .632 19 12 2
wct .357 14 05 0 3 2

8年目にしてナショナルズにてメジャー昇格を成し遂げた、キュラソー出身の中核打者。助っ人としてオランダリーグにも参加していたが、いくらAAA級選手とはいえ数大会のみの参加で圧倒的ポテンシャルを見せつけて、表彰までされるに至った。メジャー一年目のシーズンにして打率は.211、しかし右に滅法弱く左に対してやけに強い傾向がでつつあり、生き残る道筋も見えてきている。ただ故障の噂もあるだけに、今後は両チーム気を使いあって使うことになりそう。


ENGELHARDT, BRYAN      OF          R/R   10-01-1982

wct .258 31 8 2 6 0
olm .278 18 5 2 3 0

あらゆる大会で崩れることなく結果を出し続けてきた天才型バッターにしてチームの若き主砲。オランダリーグを主戦場としている打者としては一二を争う結果を残しているバッターで、なによりその「本塁打のうちそこねがヒット」という一発狙いのプレースタイルは、五輪においても他国の脅威となった。飛ばすだけならメジャー級。


IESENIA, PERCY      IF          R/R  25-10-1976

olm .300 10 3 1 0 0

ネプチューンズからADOのベテラン、打率も出塁率もずば抜けて高いわけではないが、打点を稼ぎ出してくれる男。ハーレム大会の顔とも呼べる。五輪では少ない打数とは言え流石経験豊富と呼べる成績を残した。国内リーグでもバリバリの働きを見せており、元祖オランダの5ツールプレイヤーといえる様な選手。最近は中々代表で顔を見られないが、守備位置が一塁以外は危ういという関係もあって、主軸候補の多い一塁三塁上の彼は非常に使い辛い、のだと思う。


KINGSALE, EUGENE      OF          B/R  20-08-1976

olm .059 17 1 0 0 0

アルバ出身メジャーリーガーの先駆者的存在である、天才バッター。19歳にしてオリオールズでメジャーの試合に出場すると、その後はメジャーでもよく見られるプレイヤーの仲間入りを果たしている。シュアなバッティングと攻撃的な走塁が魅力だが、守備がとっても安定感が無く、いつの間にかマイナーリーグ暮らしに陥り、2003年には解雇。しかしその後もオランダネプチューンズでプレーを続け、オランダリーグのレベルを押し上げた張本人ともいえる打者となった。最近は怪我がちで、五輪には何とか間に合わせたものの、結果は散々に。

posted by shoeless |00:22 | 選手名鑑 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年01月01日

おまけ集

このページは見つけた人おめでとう用のおまけページ、各エントリのタイトルの元ネタ集です。基本的にエントリの内容の地位やひっかけで選んでいます、是非何からネタを持ってきているのか予想してみてください。名作ぞろいなので是非一度お試し下さい。

・戦いすんで日が暮れて
「戦いすんで日が暮れて」
佐藤愛子の直木賞受賞作、エンターテイメント色が強い、ような、気がした。

・サウンド・オブ・オリンピック
「サウンド・オブ・ミュージック」
作詞オスカー・ハマースタイン2世・作曲コンビリチャード・ロジャースのブロードウェイミュージカル。ナチス政権下のドイツとオーストリアを描いた名作、同名の映画も有名、二次大戦つながり。

・管理人はかく語りき
「ツァラトゥストラはかく語りき」
フリードリヒ・ニーチェ作、なんの理由もございません。

・2008年スリランカの旅
「2001年宇宙の旅」
アーサー・C・クラークとスタンリー・キューブリックによるSF小説・映画。クラーク氏はスリランカ在住。

・冬季リーグナビゲーター
「動画ファイルナビゲーター」
通称動ナビ、エロ動画サイトの重鎮。情報量も需要量も莫大。

・カリビアンアットコム
「カリビアンドットコム」
こちらもエロ動画サイト界の有名どころ。

・畏れ慄いて
「畏れ慄いて」
アメリー・ノートン作、日本の会社の不条理を描いた欧州のベストセラー。ベルギーつながり。

・鋼鉄の処女
「アイアン・メイデン」
イギリスのヘヴィメタバンド。

・暫
「暫」
中村明石と初代團十郎合作、歌舞伎十八番でもっとも有名な荒事作品。理由はしばらく更新していなかったから。

・耳をすませばから
「耳をすませば」
柊あおい作の漫画、スタジオジブリが映画化。テープが擦り切れるまで見た、物語が始まる予感。

・黒い王様
「ラストキング・オブ・スコットランド」
ジャイルズ・フォーデン作、ウガンダで独裁を行っていたイディ・アミンの生涯を記した。ウガンダつながり。

・矢弾尽き果て
「セガガガマーチ」
セガ作成のドリームキャストゲーム「セガガガ」テーマソング。矢弾尽き果て友も去りて、当時のセガの状況を考えると泣ける。

・天国にいちばん近い島
「天国にいちばん近い島」
森村桂作の旅行記、ニューカレドニアつながり。

・誰が為に鐘は鳴る
「誰がために鐘は鳴る」
アーネスト・ヘミングウェイ作の長編小説。題名自体はイギリスの詩人ジョン・ダンの説教の一説。鐘つながり。

・創造は生命
「セガガガマーチ」
セガ作成のドリームキャストゲーム「セガガガ」テーマソング。セガの社是。

・青靴下のイスラエリ
「長くつ下のピッピ」
アストリッド・リンドグレーンの童話、ミュージカルとしても有名。

・我々の愛する地
「ジャマイカ、我々の愛する地」
ジャマイカの国歌、ジャマイカつながり。ジャマイカが舞台の小説がまったく思いつかなかった結果こうなりました。

・跪き手をついて
「カウントダウン」
coccoの名曲。跪き手をついてあたしに謝りなさい、ヘヘー。

・おおきく振りかぶって
「おおきく振りかぶって」
ひぐちアサ作の野球漫画。緻密な戦略や心理描写とナイーブなカワメン達が女の子に大人気、あやかりたかった結果。

・愛されるよりも愛したい
「愛されるより 愛したい」
KinKi Kidsの2枚目のシングルの題名。マジで。

・ビルマの竪琴
「ビルマの竪琴」
竹山道雄作の児童文学、市川崑監督の映画が有名。ビルマ、現在のミャンマーが舞台つながり。

・夏を連れてきた人
「め組の人」
ラッツ&スターの名曲「め組の人」より。いなせだね。

・君の為でも死ねない
「きみのためなら死ねる」
二葉亭四迷がI love youを訳した時に使ったと言われる台詞「君のためなら死ねる」が臭すぎたので。同名のゲームのほうが有名、ヌヌネノヌヌネノ。

・大人の階段のぼる
「想い出がいっぱい」
H2Oの名曲「想い出がいっぱい」より、君は僕のシンデレラさ。

・大いなる奥地
「大いなる奥地:小径」
ブラジルの作家ジョアン・ギマランエス・ローザによる小説「大いなる奥地:小径」より。

・アルジュナは味を求める
「アルジュナは愛を求める」
インドネシアの作家ユディスティラ・ANM・マサルディが自国を舞台に書いた小説アルジュナ三部作「アルジュナは愛を求める」より。

・28番目の競技
「32番目の男」
MLBオールスターにおいてファン選出による最後のオールスター選出をさしていわれる言葉「32番目の男」から。

・虎穴に入らずんば
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
後漢の軍人班超が匈奴との争いの際に部下に言ったとされる言葉「虎穴に入らずんば虎子を得ず」から。

・100の愛のソネット
「100の愛のソネット」
チリの詩人パブロ・ネルーダが奥さんに対し送った南米で最も有名な詩集の題名から。

・俺は待ってるぜ! 
「オレハマッテルゼ」
2006年に高松宮記念を制した競走馬オレハマッテルゼから。

・夢にまで見たような世界は
「Rolling days」
YUIさんの歌Rolling daysから。

・老兵はまだ去らず
「Old soldiers never die they just fade away」
ダグラス・マッカーサー退任時の有名な台詞Old soldiers never die they just fade awayから。

・呼ばれて飛び出て   
ジャジャジャジャーン。

・雨にも負けず
「雨ニモマケズ」
宮沢賢治の詩集補遺詩篇の雨ニモマケズから。

・欲せよ、さらば与えられん
イエス・キリストの有名なお言葉のもじり。

・私を野球に連れてって
「Take me out to the ball game」
MLB公式戦の七回時に歌われる歌「Take me out to the ball game」から。同名のミュージカルも有名。

・僕にその手を汚せというの
「タクティスオウガ」
クエストから発売のスーパーファミコンゲーム「タクティスオウガ」から。
 
・すくいきれないもの
「タクティスオウガ」
クエストから発売のスーパーファミコンゲーム「タクティスオウガ」から。
  
・シンデレラは酔わせない
カクテル「シンデレラ」がノンアルコールカクテルだから。
   
・百戦危うからず
「孫子」
中国 春秋時代の兵法書「孫子」の敵を知り、己を知れば百戦危うからずという言葉から。

・月はどっちに出ている
「月はどっちに出ている」
崔洋一監督のフィリピンを舞台にした映画の題名。
 
・負けないでもう少し
「負けないで」
ZARDのシングル「負けないで」から。この時期にボーカルであった坂井さんが転落事故にあいました。
  
・存在の耐えられない軽さ  
「存在の耐えられない軽さ 」
ミラン・クンデラのチェコを題材とした小説の題名。

・清く正しく美しく   
宝塚歌劇団の標語。
    
・春の夜の夢の如し   
「平家物語」
平家物語のはいり、驕れる者も久しからずに続く言葉。

・おイタしちゃやーよ
「オースティンパワーズ」   
英国の映画オースティンパワーズ主人公オースティンの決め台詞。

・エディなら行くね!  
「エディ・ウドゥ・ゴー」
ハワイの伝説のサーファーエディ・アイカウがどんな波にも立ち向かう様から流行ったといわれる言葉。日本でも書籍化。

・さぁ手を取り合って  
「タクティスオウガ」
クエスト製作のスーパーファミコンゲーム「タクティスオウガ」から。

・原石は砕けやしない
「ジョジョの奇妙な冒険」
荒木飛呂彦原作の漫画「ジョジョの奇妙な冒険」第四部タイトル「ダイヤモンドは砕けない」から。

・金のたましいだからね 
ゲームポケットモンスターの定番の台詞「おじさんのきんのたまだからね!」から。

・星になった中年
「星になった少年」
タイを舞台にした柳楽優弥主演映画「星になった少年」から。
  
・しかしMPが足りない
メテオ、しかしMPがたりない。

・その時歴史が動いた 
「その時歴史が動いた」
NHK製作の歴史番組「その時歴史が動いた」から。

・プリティアワー
 「プリティーリーグ」
かつてアメリカに存在した女子プロ野球を題材にした映画「プリティーリーグ」から。ゲームのドキドキプリティリーグのほうじゃない。

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posted by shoeless |01:05 | 特別企画 | コメント(0) | トラックバック(0)
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