2009年03月09日

南アフリカ代表が勝ってたら

これ以前南アフリカ代表と話したさいにサインを頂いた服なんですが、ぱっと見ただけでも今回のWBCのメンバーがほとんどはいっていますよね…改めて考えたらかなりのお宝なんじゃないかしら。これもしWBCで南アフリカベスト4とか行けたらチャリティオークションにでも出した方がいいのかな。

って言ってる間にキューバに大敗してしまいましたか…。


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2008年04月07日

やけ酒飲み

台湾でであった韓国のカメラマンから聞いたのですが、五輪最終予選で韓国に2点差で敗れたドイツは試合終了後グラウンドから満足げな顔で引き上げていったんだそうです。別に皮肉やら笑い話やら立ちの悪い冗談、といったわけではなく今までのドイツからしてみれば韓国と言う強豪相手に善戦しただけでも結果としては史上初。まだまだ新興国扱いのドイツにとって、最終予選の舞台は立っていられただけでも誇らしい舞台だったという事でしょう。甲子園の土を拾える幸せじゃありませんが、そうまで思われる舞台なんて滅多にあるもんじゃありませんし。だからこそ勝者はその意思を尊重した行動規範を守るべきともいえます。特にドイツはイギリスが1000万に泣いて譲り受けた舞台、夢で見たかのような降って湧いたチャンスだったからこそ誇らしい舞台と思えた部分もありますし、欧州代表として欧州諸国に報いる戦いっぷりだったと感じることが出来たのかもしれません。競技人口はまだまだ発展途上な野球ですが、そこには物語があり、障害があり、誰しもが立てる舞台ではなくなっているのです。



そこへたどり着くだけでも困難であった事は、現実にギリギリでたどり着けなかった面子を見ているとよく分かります。1000万が捻出できずユーラシアの果てにたどり着けなかったイギリス、五輪競技のアジア開催で数十年に一度のアジア3強に絡める機会を成すすべなく失ったフィリピン、そして南アフリカという壁を今年も越える事が出来なかったナイジェリア。一体どのような道を辿って彼等は五輪一歩手前の舞台へたどり着けなかったのか、この中では五輪への可能性が最も低いと言われていたナイジェリアを軸に見てみると、野球という競技でその立場に立てていることがどれほどの障害に覆われているかを実感できるかもしれません。野球不毛の地と呼ばれるアフリカ大陸、その連盟には現在、トーゴ、ナイジェリア、カメルーン、ナミビア、ケニア、マリ、コートジボアール、ザンビア、モロッコ、リベリア、チュニジア、レソト、ブルキナファソ、ガーナ、ウガンダ、ジンバブエ、南アフリカの17国が加盟しています。もしかしたら非加盟団体がまだあるかもしれませんが、そうだとしても窓口を開けていない時点で一つ競争に負けているといえるでしょう。アフリカでは既に、連盟が設立できるか出来ないかがハードルとなり、ベスト16が決定されてしまいます。



さて野球連盟があれば次はアフリカ予選への参戦を表明、といきたいところなのですが、実際はここでもそうすんなりとはいきません。もともと北京五輪のアフリカ予選は夏に行われる予定だった第七回オールアフリカンゲームスというアフリカ競技大会の一競技として開催される予定だったのですが、急遽野球競技が行われないことが決定し、ぎりぎりのところまで来て独自で予選を開催しなければ参加する予選の存在さえおぼつかなくなってしまっていました。上の表にもあるとおり、アルジェリアは野球連盟すら存在しない国です、施設も無ければスタッフも用意できない、野球を開くにはあまりに高いハードルといわざるを得ません。そもそも北京五輪以降の存続が危ういなんていう状況に陥ったものをひらけと言うほうが酷だったと言う事もありましたが、過去三大会の開催国が南アフリカ、ナイジェリア、ジンバブエと言うアフリカ内の野球3強国だったという事を鑑みても、容易に想像できているべき事態だったとも言えました。野球の予選開催を奪い合い押し付けあっているアフリカ地区で、大元の参加大会の存在まで揺らいでしまった事態が参加国のやる気に影響が無かったと考えるのはあまりに無理な話。出ない国ももとから多かった地区ですのでオセアニア地区同様予選そのものを中止にする可能性もふつふつ、結局は南アフリカが開催することにはなりましたが、この間にも着実にいくつかの国はへたっていきました。



予選が開催できたとしても、根本的に解決できない問題もあります。出る予選がどうにかなったとしても出す代表チームが無い、もしくは代表チームが出せない、そんなケースです。例えばリベリアのようにここ最近まで内戦続きで野球どころじゃなかった国や、陸路で行くとどうしてもアフリカ中部の治安の悪い地域を通らざるを得なくなるアフリカ北部の国々等は代表チームが画策されていると言う話さえ聞いた事がありません。代表が作られているチームでさえ金銭的体力を考えれば出し辛い事は間違いなく、開催が決まった当初は南アフリカ、ジンバブエ、ナイジェリア以外は参加しない、あるいはまったく不明とさえ言われる始末。どこの大陸連盟もIBAFの監視の目がありその上にはIOCの目があるため、面子を守るために大会開催の面子集めには必死になっているのですが、それでも事態は好転しませんでした。相次ぐ辞退にアフリカ連盟は参加国への援助を決めて参加を促しましたが、それでも数チームの参加はとりつけられず。この時点で残っている各国の野球連盟にとってでさえ、アフリカ予選は試合前からぎりぎりの場での戦いとなっていました。



イギリスでさえ1000万の捻出を諦めて涙をのんだ舞台を、アフリカのチームに強く求めるのが難しいというのは、悲しいかな否定できません。政治混迷を極めるジンバブエを筆頭に、野球にお金をまわしてくれる政府などあるはずもなく、パスポートでさえ取得が困難であるとも聞きます。事実ウガンダはそうした事前の準備において時間がかかりすぎ間に合わなかったと言われていましたし、多くの国々もそれに似た形で予選から脱落していきました。お金が無い、このあたりは各国が予選開催を自国で望む理由でもあり、旅立つことさえ難しいといういい理由でしょう。ここの移動費であんまりお金がかかると勝っても本戦に進めない可能性が出てくる、西アフリカ予選の開催権を巡って争っていたのはナイジェリアとブルキナファソだったようですが、人材施設の面において圧倒的なリードを誇るナイジェリアに比べ、ブルキナファソ開催はあんまり現実的な案とは言えず、結局西アフリカ予選の開催権はナイジェリアにわたることとなりました。試合が始まる前までで既に多くが消えたアフリカ予選、それでも戦いはまだまだ終わりません。



各地での大波乱を越え最終的に西アフリカ予選に集まったのは、開催国ナイジェリア、トーゴ、ジンバブエ、ガーナ、ブルキナファソの五カ国。この予選で3国が勝ち抜け上位過半数が決定、地方予選で負け無しのナイジェリアももちろんのことトップ通過で南アフリカへのチケットを獲得し、波乱万丈だったアフリカ予選もようやくこれでアフリカ最終予選の参加国が出揃いました!とはまぁ残念ながらまだいきません。予選が二転三転したアフリカ内のスケジュールは複雑で、ウガンダのように参加表明に間に合わなかった、マリ・チュニジアのような音沙汰無しの国もあらわれ、ここへ来てもまだ野球以外の脱落者がどんどことでてきます。結局アフリカ最終予選の地南アフリカに無事にたどり着けたのは開催国アフリカを含め、ナイジェリア、カメルーン、ガーナ、レソト、ジンバブエの六カ国。本番前にもかかわらずまだまだ襲い掛かる荒波、さぞたまったもんじゃなかったことでしょう。



ついに本戦、近年縮小傾向にある世界のスポーツ大会、野球においてはたった1枠であるアフリカ、万年アフリカの二位に甘んじるナイジェリアにとってはここまでようやくの気持ちでたどり着き、最後またしても大きな壁にぶつかります。アフリカ最強の国である南アフリカ、アフリカにおいて「五輪のための強化」という名目を唯一利用し独占している強国、ナイジェリアが五輪のためにという大義名分をもって野球を強化して欲しいのならば、何も持っていない実情の中で彼等という高すぎる壁を越えなくてはなりません。しかし乗り越えられないからこそ最大の壁、南アフリカはこの大会、全試合コールドでまったく敵を寄せ付けず最終予選通過を決めました。2位ナイジェリアであっても余裕の10点差勝利、またも、またしてもナイジェリアは形だけでも登りつめた五輪へ王手一手前で泣く羽目となりました。幾多の壁を乗り越えようやく肉薄した部分で対面しなければならない高すぎる壁、これが桁違いと言う奴かもしれません。今年もナイジェリアは南アフリカというアフリカの1を選出するために16のうちの一つとなって支える役となりました。



誰しもが立てる場ではない、本当の意味でのそうした野球における力の差は、むしろ彼等が南アフリカに勝てた時の事を想像してもらえば感じられるかもしれません。仮にナイジェリアが勝てたとしても台湾や中国への道をすんなりと用意できる経済的体力があるのかどうか、もっと言えば他の国々に地区予選を開催して交通費をケチれるような国内設備があるのかどうか、そもそもスポーツをしている余裕はそこまであるのかどうか。アフリカにおいて五輪予選の舞台に立つ難しさは目を背けられないリアルな障害に阻まれている事は、障害を乗り越えて勝ち上がってきた末に涙をのんだナイジェリアチームが奇しくも証明してくれています。その場に立てているだけで幸せと言うのは何も文面の上での比喩と言うだけではありません、国内情勢、用具不足、金銭面の問題、そして多くの問題を乗り越えたその先に待っているのは競技人口数十倍の国々との争いあい、書いているだけでもその舞台が気の遠くなりそうな高みにある事が分かります。



競技人口はまだまだ発展途上な野球も、ここ十数年でようやく多くの国が国際戦にお目見えするようになり血の入れ替えも見られるようになって来ました。ずっと格上であった人間も「負けるような競争相手があらわれた」という負けられる喜びを、ずっと格下であった人間も「書く上相手に負ける舞台までたどり着いた」という負けられる喜びを。こうやって考えてみれば負けて悔しいってだけでも、実は負けられるってのは中々高尚な話なのかもしれません。



と言う感じで毎日負けた傷と安酒を舐めています、ぺろぺろ、うわーしょっぱい。

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posted by shoeless |23:32 | アフリカ野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年03月30日

色気のある南アフリカ

特別企画 南アフリカ代表に聞いてみた

主に質問に答えてくださったのはメキシコ戦でも好投を見せた20歳MOSTERT JACOBUS投手。空港のベンチでだらーっとされていたところに馴れ馴れしく近寄ってきたアジア人に対し、快く対応してくれました。

日本選手権三洋対サントリー


真ん中のイケメンがMOSTERT JACOBUS君です。



Q
 お疲れ様でした、今回の大会はどうでしたか。

A
 ああ、あ~まぁ良かったんじゃないかな(悟れよというニュアンスで)


Q
 南アフリカではどのくらいの人が野球をやっているのですか。

A
 分かんないけど、そんなに多くないけど数万人ぐらいだったと思うよ。


注釈 事実数万人規模で行われており、一時期はドイツ並みの野球人口を抱えているといわれたこともあった。


Q
 あなたの国ではクリケットが盛んですよね、あなたはどうして野球を選んだんですか?

A
 あーうん、そう、クリケットとかラグビーとか、でも僕達は野球を愛してるからさ、うん。地域によって違うけど僕は昔から野球をしてたし。


注釈 南アフリカは主に海岸沿いで野球が行われるといわれている。ちなみに彼等のほとんどは今回の大会終わりでケープタウンに帰る予定だった。


Q
 あなたは南アフリカでプレーされているんですよね。

A
 南アフリカにはシニアトップリーグに15のチームがあって、今はそこでプレーしているよ。世代別にリーグがあって、僕はジュニア時代からプレーしていたから、ジュニア代表とかにも選ばれていたんだ。


Q
 代表暦はどれくらいですか。

A
 ジュニアも合わせれば今までほぼ全部出ているよ。WBCもでてたよ。


注釈 WBCの時点で高校生だった彼は30人ロースターには漏れたものの登録メンバーとしてアメリカの地を踏んでいる。


Q
 WBCには南アフリカ次回も出られるご予定ですか。

A
 そりゃもちろん。


Q
 南アフリカの代表は他のチームと比べてもんのすごい若い気がしますがなんか理由があったのですか。

A
 いや別に理由は知らないよ。ただ僕らはこれからWBCとかワールドカップとかでもっともっと強くなっていこうと今頑張っている最中なんだ、野球に期待しているんだ。


Q
 これからいい成績って期待できそうですか。

A
 うん。いずれは韓国とか日本とか倒せるように、ね。


Q
 誰かチーム内ですごい選手っていますか。

A
 知ってる?アメリカのルーキーリーグで野球やってるPHILLIPS ANTHONY?


注釈 アンソニー・フィリップスは16歳の時にマリナーズスカウトに誘われルーキーリーグでプレーしている代表の二塁手、弱冠18歳。プレーの素早さに定評がある、らしい。


Q
 もちろんMOSTERTさんもアメリカでプレーしたいですよね。

A
 したくないやつっているのか?


Q
 そういや南アフリカ野球協会ってホームページとかないですよね、僕たちが南アフリカのゲーム見たりすることってできますか?

A
 難しいと思うよー。


Q
 じゃあユニフォームとかってやっぱり入手は。

A
 君欲しいの?すげーな君!わざわざ日本から。ていうか全試合見てたんだよね?うわ初めてだよそういうの、ちょっと感激した。


Q
 …。

A
 だいたいアフリカじゃ違うけど、こういう国際大会で僕らの試合見に来てる人って身内か留学生達か野球見たい人たちで僕らのことそんな知ってる奴ってはじめてだよ。WBCのカナダ戦とか見てたんだよね?写真とか持ってる?メキシコ戦見てた?俺先発したの。これこれ!これ俺!


Q
 僕は変ですか。

A
 心配しなくていいよ。


Q
 なんか疲れてません?

A
 台中から空港まで経費の事もあってずっとバスで移動してきたの。すごい疲れた、買い物とか行きたくない、だから僕一人ここで待ってたんだよ。


Q
 戦った中ではどのチームが一番強いと感じましたか。

A
 台湾だね、一番強かった。特に張泰山、彼はすごいよ。後はやっぱりカナダかな。強かった。

 
20080318-01.JPG


Q
 南アフリカのプロフィールに関することが、たまにこの選手名鑑のように全員同じ身長体重でまとめられている事があるのですが、なんかの作戦ですか。

A
 え、なにこれ、なんで全員178センチなの。これどこで買った?台湾?おかしいってこれ、だって間違ってるもん、俺達知らなかったよこんなこと、どうなってんのこれ?誰がこんな風にしたの?監督知ってます?

監
 知らない。なにこれ、なんでこんな風なの。


Q
 ところで何でオーストラリアの帽子被ってるんですか?(一枚目の写真参照)

A
 僕らはファンなんだ、オーストラリアの。強かったよ。


Q
 ところであそこで荷物番している人って。

A
 うん、うちの四番のWILLENBURG BRETTだよ。


注釈 WILLENBURG BRETTは類まれなる打撃センスで、各種国際大会で主軸を打つことが多い南アフリカ最強バッターにして守備の要のショート。日本で言えば福留あたりが荷物番していると言っても過言ではない。


Q
 南アフリカってどんなチームですか。

A
 これから強くなるチーム。


Q
 また今度はWBCの時にアメリカで会いましょう。

A
 また会おう。



以上です。どうにも若い選手が多いチームなだけあって、よくわからない変な人ではありましたが、初めて自分達のファンといえる人間の登場を歓迎してもらえているようでした。しかし一番気が乗っていたのはむしろ若手というよかチームのまとめ役にして唯一の左腕JEFFRIES GAVIN、始終鼻歌を歌っていの一番のサインをくれました、なんというイメージどおりの陽気なアフリカン。

というわけでこれより下は僕が球場で撮った南アフリカ代表の写真を載せておきたいと思います。色気のある南アフリカ特集。



打って守れるショート 23 WILLENBURG BRETT

20080316 岐阜といえば・・ゴリサンド!



基本的に仕事はクリーンナップの後 15 RAY GAVIN

20080316 仙台サポさんたちの一番人気は、飛騨和牛串焼き?



打てるバーグ二人目 58 LIEBENBERG WILLIAM

20080316 みんなこの日を待っていた



後日写真を追加します。


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posted by shoeless |23:24 | アフリカ野球 | コメント(9) | トラックバック(0)
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2007年10月20日

黒い王様

残すところイングランドと南アフリカの決勝戦のみとなったラグビーワールドカップ、開催地のフランス内では大統領の離婚問題だとか交通関係の大規模ストライキだとか絵的には楽しくない事件も含めて盛り上がっているようですが、ここイングランドでも一次リーグボッコボコにやられた南アフリカとのリベンジマッチとあって更なる盛り上がりを見せています。これぞまさに留学をイングランドに決めたうまみ、多くのスポーツの強豪国であり中心地である場所でより現場に近いファン達にお話が聞ける、インターネットで情報が入りやすくなったこの時代と言えどスポーツファンにとっちゃ涎でろでろもんの環境です。残念ながら日本代表チームは既に敗退をしている大会ですが、日本じゃ普段出来ない普段見られない話も溢れかえっているこの場にめぐり合わせられた事は、手放しで喜んじゃってもかまわない事でしょう。今は出来るだけ気を落ちつけて、寝ながら果報を待つのみです。わーい。やっほー。



といって現実にここイングランドのファンが何を話しているかと言うと「フットボールの代表は駄目だな、ラグビーを見習ったほうがいい」という話がほとんど。僕たち日本人からするとラグビーもサッカーも世界で1、2を争うイングランドが何を贅沢言うかとも思うのですが、やっぱり世界中どこでも人間の本質は一緒、人間はどこまでも不足を感じ続ける生き物なのでしょう、まだまだ戦力が足りないと思う巨人のフロントみたいな。まぁそういう事が分かったのもちゃんと現場まで来て体験しているから、昔の人が「百聞は一見にしかず」といったのも頷けます。何か話をするときはやはり現地に行って生の情報を見てみないとリアリティにかける。いくら世界がワールドでワードなウェブにつながれても、結局情報は発信する人間がいない限り得られない、携帯は持ってても鳴らない、世の中ってそう考えるとまだまだ原始的です。



こんなこと言っておいてあれなのですが、基本的にこのブログの情報は海外のサイトやブログから引っ張ってきた情報、そしてニュースや資料をもとにしているため、自分でも言ってて不安になるときがある程度の信憑性によって書かれています。もちろんほとんどが公式にアナウンスされている信憑性の高いソースを選んでいますのでまったくもって間違っているという事は無いはずなのですが、自分の目で見ていないことを強く言い切る人間もなかなかいないでしょう。結果、このブログの日記は「らしいよ」とか「だそうですよ」とか弱気なことこの上ない台詞が羅列されるはめに、もともとソースがネット上にさえあまりない国際野球ですから弱気度は加速していきます。やる人間が少ないのだから発信する人間はもっと少ない、ちゃんとしている情報はもっともっと少ない。信じるものはよー、足元すくわれるってのが俺の信条なんだよー、マドハンドAB。



ある程度公式に知られた話以外はしないほうがよいってのは当たり前の話ですので今更あーだこーだ言うわけでは無いのですが、そうしてあやふやな情報を保留保留と続けてきた事は、今になって現在進行形で少し困った状況を作り出しています。国際野球というジャンル自体とんでもないニッチ産業であるというのは皆さん肌で感じてくださっているといいのですが、そんな中でもたった二つだけ一般人受けしそうな話題が五輪とWBCの話題、普通に考えて需要があるのならこうした話題を供給していった方がいいはずでしょう、事実このブログでも北京五輪関連の話は幾度となく扱ってきました。しかし、どんどん需要に媚びていこうよ!といきたいところなのですが、実際はそうはいきません。困ったことに五輪の話題でありながらまったく信憑性のある情報が無い地区が存在してしまっています。アフリカ地区、この地区に関する情報がまったくはいってこないのです。



野球不毛の大陸であるアフリカ、国際競争力があると言われている国は南アフリカ程度で野球ではほぼ名が聞かれない国々がひしめき合っている地域です。もともとネット設備が他地域に比べて揃っている地域でもないため、情報がはいってこないと言うのはある程度仕方なくもあるのですが、それにしたってこの地区の情報はあやふやなままと言えます。まず第一にアフリカ最終予選に関する情報なのですが、春の段階でアルジェリアで行われるとされていた大会はいつの間にか南アフリカに変更されており、7月開催だったはずの大会もいつのまにか12月に延期されてしまっています。もう流石に変わることは無いはずでしょうが、正直僕の希望的観測と言われると反論が出来ません、ブログでおおっぴらに書くと後でやーいやーいロボット超人と言われる可能性も無くは無いでしょう、この情報を前提にして話を進めるのはあまりにリスキーと言えます。



まぁ時期や場所なんてどこでもたいした変わりないじゃん、と言って話を進めることもできなくはありませんが、第二に参加するであろう国がさっぱり掴めていません。参加するであろう国と言うのは地域ごとに行われる予選の状況によってある程度はつかめてくるものなのですが、何よりこの大元である地域予選の情報がさっぱりはいってこないのです。どれだけの地域に分かれて予選大会があるのか、というかその大会はいつやっているのか、そもそもそんな大会があるのか、全てが謎に包まれています。かろうじて分かっている事は西アフリカ大会はナイジェリアで行われるであろうという事ぐらい、といってまたこのナイジェリアも癖の強い国で、いつまでたってもうんともすんとも言いません、本来なら夏にあるはずの大会だと言うのに、です。これは言い悪いと言うよりかは、民族性の問題なのかもしれません。ま、なるようになるんでしょう。



まったく全貌がつかめないそんなアフリカ野球で、6月、ウガンダと言う国が北京五輪アフリカ予選を戦っていました。アフリカのちょうど中央に位置するウガンダは2600万人の人口を抱える国家で、旧イギリス領の国の一つです。それなりの規模の国ながらお世辞にも治安はいいとは言えません、70年代のイディ・アミンによる独裁、そして粛清などは2006年に映画化されたりするほどに大規模だったと一時は騒がれていました。1978年のタンザニア侵攻、1985年のクーデターとつい最近まで内政はがたがたの状態。今現在は大掛かりな動きが見られる訳ではありませんが、いまだ反政府武装組織「神の抵抗軍」との摩擦の火種はくすぶりは続けており、財政、治安の両面からスポーツの足を引っ張る問題を抱えています。



情報はまったく無いアフリカの野球ですが、あえて順位をつけるなら南アフリカを頂点としてその下にナイジェリアやジンバブエがいるといったような構図をしていると思います。簡単に言うとウガンダの位置づけはアフリカの中でもあまり高いとは言えないという事。野球人口も三桁ようやくと言った程度で多くなく、生い立ちもアフリカに野球連盟が作り急がれた1995年組とまだ幼く、何より費用面で苦しんでいるという話も多く聞かれます、参加するだけでも辛いと言うのが実際のところじゃないでしょうか。6月に行われたのはアフリカ大陸予選と言う名目のケニアとの試合、ウガンダはこの試合で同じ1995年生まれのケニアに圧勝し、成長の違いを見せつけ次のステージへの切符を手にしました。



こうして改めて考えてみると、ウガンダの野球の確かな情報を聞くのなんて2004年以来かもしれません。2004年、ウガンダから12人の野球少年少女達が来日したことがありました。今のウガンダの代表メンバーにはかなり若い選手も参加していると聞きますので、もしかしたらあの時のメンバーの中の子達ももうすぐナショナルチームを目指せる時期に来ているかもしれません。日本の協力団体のはからいによって日本を訪れた当時のウガンダの子供達は、報道の中でどでかいマリンスタジアムに目を輝かせ、異国で見た夢を胸に抱き帰って行きました。あれから3年、夏に行われたヨーロッパトライアウトにもウガンダの選手が参加し、ナショナルチームは日本人の小田島裕一氏が指導、数年ぶりの五輪とともにウガンダの野球が日本からみえる位置に近づいてきました。



南アフリカ一強であろうと極東で言われていたアフリカの野球も10年の時を経て、段々と一概にそうとも言えないような状況になってきたのかもしれません。便りが無いのがいい知らせ、未知だからこそ夢の抱きようがある。日程がコロコロと変わるアフリカ予選も時期が差し迫り、10月26日のナイジェリア開催西アフリカ予選、12月17日の南アフリカ開催アフリカ最終予選と段々確かな情報が入ってくるようになりました。情報の途切れる霞がかかっていたアフリカ野球も、ついにその霧が晴れようとしています。親父が出ないことを祈って女の子に電話かけると同様、一昔だったらアフリカの野球なんて存在自体知りようが無いのが当たり前だったはずなのに。昔当たり前だった状況に我慢できなくなっているのもまた、人間が不足を感じ続けるという本質なのかもしれません。



便りが無いのは元気な証拠、身を立て名を上げ安否を示せ。はたしてアフリカ諸国は王者南アフリカにボッコボコにやられた歴史のリベンジははたせるのか。一昔前じゃ聞けない話が溢れかえっているこの場にめぐり合わせられた事は、手放しで喜んじゃってもかまわない事でしょう。今は出来るだけ気を落ちつけて、寝ながら果報を待つのみです。わーい。やっほー。



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2007年08月17日

跪き手をついて

テキトーに始めてテキトーに続けてきたテキトーなブログがついに閉鎖までおおよそ後半分を迎えました、おめでたい話です。実はこのブログの閉鎖は設立当初から時期が決められていて、この日記でようやくそれが半分に到達したのです。なにぶんテキトーな気持ちで作ったブログなので閉鎖時期もテキトーで、「世界にある野球してる国ぜーんぶ紹介したらおーわろ」ぐらいのノリで決めてしまっていました。まぁ皆さん御存知の通りIBAFの加盟国は全部で112もあって今も増加されるかもとか言っている数字です、今ならそんなこと野球小僧にでもやらしとけよとか言ってほっぽりだすのですが、決めた当時はそれがこんなドルアーガの塔みたいな苦行だとは思ってもいませんでした。その上最初のうちは「みんな知りたがるかな…?」と思ってこれ見よがしにつけだしたカウントダウンも華麗にスルー、この話題に触れると俺まですべると言わんばかりにスルー、消極的なクラスの委員選びのような圧迫感、もう今でさえ語りだすのが苦しいほどの静けさです。あれ?僕の机が無いよ?



しかしまぁなんとかだましだまし田舎のカルピスのような製法で少ない情報を薄め、ついに半分まで持ってくることに成功しました、これもひとえに全部僕の頑張りです、ありがとう、ごめんなさい。そしてこちらが僕の厚顔無恥さの結晶である、このブログで「一つの日記で重点的に紹介した国」の一覧です。

カナダ、アメリカ、メキシコ、グアテマラ、キューバ、蘭領アルバ、バハマ、蘭領アンティル諸島、米領アンティル諸島、ドミニカ、プエルトリコ、ニカラグア、コスタリカ、パナマ、ベネズエラ、コロンビア、ブラジル、ペルー、チリ、オーストラリア、パラオ、米領サモア、グアム、韓国、北朝鮮、台湾、中国、香港、シンガポール、フィリピン、インドネシア、インド、パキスタン、モンゴル、タイ、ミャンマー、イラン、イスラエル、ロシア、チェコ、ルーマニア、クロアチア、オーストリア、ドイツ、サンマリノ、フランス、イタリア、ギリシャ、オランダ、スペイン、イギリス、アイルランド、ガーナ、南アフリカ、ジンバブエ

いやーよくもやぁやったもんですね、しかしまだこれで半分というのだからやっぱり世界は広いですね。



さて、律儀な方なら多分もうここまでで「何を言っているんだこいつは」とお気づきになっていただけているはずでしょう、まぁ僕の言ってることはいつも何こいつという風情なのですが、それを言うとこれまでのブログ全てが無に帰るのでなしです、この話の中に一つあきらかにおかしい場所があります。はい、答えは最初にIBAF加盟国が112と言っているのにもかかわらず上に書かれている国名は全部で55国しかない、半分に到達していないという事、正解者に拍手、よくできました、よくできました。実際数えていただくと分かりますが何度数えたって55しかないはずです、55ではニ倍しても110、半分に届いていません。もちろん今はこうして語っているのですからちゃんと気付いているのですが、カウントダウンを始めた当初はこの間違いに気付いていませんでした。そしてこの間違いには、深い理由があったのです。



1990年代、五輪参加を境に各地に作られるようになったIBAF加盟野球連盟は、当初の爆発的な増加は見られないものの今もなおその数を伸ばしていっています。今現在の総数は4つの準加盟国を除いて全部で112、アフリカからオセアニアにいたるまで、一応の事は世界中にプレイヤーを有しているのです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E9%87%8E%E7%90%83%E9%80%A3%E7%9B%9F

上のアドレスはwikiの国際野球連盟についてのページで、加盟国を参照することが出来ます。見てもらえば分かると思うのですが、112の数があるとは言え、そのほとんどの国は1980年代後半から1990年代後半の10年の間に加盟している非常に「野球の歴史の浅い国」です。その始められた年代が表すとおり通り、野球は世界で本格的に始まってまだ十数年程度しかたっていない「若い」スポーツ、世界のほとんどの国は今ようやく野球を知りつつあるといった段階と言ってもいいでしょう。ほぼほとんどの世界でもうこれ以上減りようが無いっていう事もありますが、最近では2005年度にも加盟国が増え、野球は今現在も確かに成長を遂げていっています。



どんどんと新たな国が増えていくリスト、僕もこのブログを更新するにあたって、このwikiの加盟国の表と見合わせながら更新した国を削っていっていました。wikiを参考に加盟国の内訳を見ていきますと、アジア21、アフリカ16、南北アメリカ27、オセアニア10、ヨーロッパ37の合計111国が参加している事になります。総参加国112のうちやはり大票田のヨーロッパで野球がさかんで無いのは痛いのかもしれません。ってあれ、何、魔法?



夢を壊すようで申し訳ありませんが、魔法でもなんでもなく、僕がカウントダウンを1間違えた理由はこのwikipediaが間違っていたという事にありました。参加国数は全部で112と言っているにもかかわらず下のリストは全部で111国しかのっていない、どこか一カ国足りていないのです。おそらくでしかありませんが、この表が間違ってしまった背景には、この世で唯一日本語でIBAF加盟国を書き出している全日本野球会議のサイトが国と地域に関するデータを2002年で止めてしまっている事があるんじゃないかと思われます。参照にして参照にしないでください「http://www.japan-baseball.jp/worldbaseball/」。そうやって考えてみると2002年以降に増やされた参加国がこの表から抜け落ちている可能性が高いはず、そうして調べてみた結果、このリストから抜け落ちていた国はやはり2005年参加の新しい国でした。忘れられた国、その国こそ今最も幼い野球の地、ブルキナファソです。



あまり名前が聞かれる国では無いのでピンと来ない方もいらっしゃるかもしれません、ブルキナファソは西アフリカの内陸に位置する国で、1960年にフランスから独立を果たした国です。人口は1300万人で豊かな大地の農業国家として知られています。スポーツは他のアフリカ諸国と同じく「スポーツといえばサッカー」といった感じが強く、そのつながりでいけば昔サッカー日本代表監督をしていたトルシエがその名を世に知らしめたのがこのブルキナファソでの監督実績でした、白い呪術師という彼の聞いたことも無い愛称はブルキナファソでつけられていたんだそうです。なんとかブルキナファソと日本を近づけようと思ったのですが、残念ながらどうも無理そうです、追えば追うほどブルキナファソが離れていっているような気さえします。ブルキナファソ、日本との距離を考えると忘れてしまったというのも仕方ないところもあるのかもしれません。



遠い遠い国ブルキナファソ、そんなブルキナファソに野球連盟が出来たのは今から二年前の事でした。五輪から削除されたこの時期に加盟してくるというのは不思議な話ですが、2005年度になって急に野球・ソフトボール連盟を設立しそのままの勢いでIBAFに加盟したブルキナファソは、設立したその年に全国大会を開き、野球をやっている国として最低限の環境である連盟と全国大会の二つを整えてきました。当初は西アフリカ予選を開くことが目的だったようですが、結局国際試合に耐えうる球場の建設とまでなると難しかったのか今年の西アフリカ予選開催は見送り、そのかわりちゃんと代表は送ってくるようで、今大会はブルキナファソにとって初の、そしてもしかすると最後の五輪参加大会となります。彼らが参加する西アフリカ予選と言うのはコートジボワールとかナイジェリアなどがいる地区、あまりレベルが高いとも言えない地区ですが総勢数百名のゼロからの出発にとっては十分に高い壁でしょう。



野球先進国が五輪からの削除で苦しむ中、僕の目から見ればゼロから野球をはじめる人たちがいるというのは俄かには信じがたい話でした。アフリカはそのほぼ全土で政府はサッカーにしか金を使わないとさえ言われており、これから先が見えない野球で今から連盟を設立しようという動きになる理由は、正直言って全然ありません。他の国から干渉を受けて連盟を設立しようとしただとか移民が多い国だとかとも思えません、とすれば集められた子供達や連盟の人間たち、そしてプレイヤーはブルキナファソのネイティブの人たちという事になります。野球なんてみんな知っているとは思えない、野球をやろうとする原因が分からない、そんな地域で自ずから野球を立ち上げたブルキナファソの人たち、一体何が彼らをIBAF加盟まで突き動かしたと言うのでしょうか。



今までいくつもの国をブログで取り扱ってはきましたが、ブルキナファソはそのどれと照らしあわせても異常でした。尻に火がついたわけでも、誰かが大規模な協力をしているわけでもありません、本当に野球を始めようとする理由もきっかけすらも見当たらなかったのです。いつものようにテキトーにこじつけておこうと思ったのですが、あんまりにもテキトーになりすぎて語尾が全部「じゃねーの」なりそうでそれさえもできませんでした。上手いこと奇麗事で終わらせられてその上ちゃんとした理由になってて…考えれども考えれどもつかないオチ、しかし面倒くさくなってテキトーな気持ちでテキトーに考えたところ、意外と簡単にいい感じの答えがひねり出されました。最近少し忘れ気味になっていましたが、そりゃもちろんのこと目新しい競技「野球」が単純に面白かったんでしょう。



ブルキナファソに限らず、世界にはどんな地域でも野球をやっている人間は、野球を選択してくれた人たちは存在します、そんな彼らに光が差さないからこそ、野球は外から見ると非常に歪に見える時があります。そんな彼らに少しでも日が当たらんと思い続けてようやく半分、そして折り返し地点についてようやくこのブログも本格的な部分へ乗り出してきました。本当に少人数で必死に野球を守り続けている国、ここからはもうネット上にさえたいしてソースの無いレベルの話です。ご覧ください、これが今回のブルキナファソを除いた残りの56国、野球不毛の地と遠い異国からその存在を無いものにされた人々が野球を行っている国々です。

ウズベキスタン、カザフスタン、スリランカ、トルコ、ブルネイ、マレーシア、ウガンダ、カメルーン、ケニア、コートジボアール、ザンビア、チュニジア、トーゴ、ナイジェリア、ナミビア、マリ、モロッコ、リベリア、レソト王国、アルゼンチン、イギリス領バージン諸島、エクアドル、エルサルバドル、ジャマイカ、トリニダード・トバゴ、ボリビア、ホンジュラス、クック諸島、西サモア、ニュージーランド、パプアニューギニア、フィジー、ミクロネシア連邦、アルメニア、ウクライナ、エストニア、キプロス、グルジア、スイス、スウェーデン、スロバキア、スロベニア、セルビア・モンテネグロ、デンマーク、ノルウェー、ハンガリー、フィンランド、ブルガリア、ベラルーシ、ベルギー、ポーランド、ポルトガル、マルタ、モルドバ、リトアニア

はうわー、目が合っただけで心臓がフットーしそうなそうそうたる面子だよー。これだけの面子が揃っているのなら、まだまだ先は長そう。これでまだ半分も残っていると言うのですから世界はやっぱり広いですね。



さて、律儀な方なら多分もうここまでで「何を言っているんだこいつは」とお気づきになっていただけているはずでしょう、まぁ僕の言ってることはいつも何こいつという風情なのですが、それを言うとこれまでのブログ全てが無に帰るのでなしです、この話の中に一つあきらかにおかしい場所があります。はい答えは最初に全部で112国と言っておきながら、残りの国としてあげた国の数が55個しかない、半分に到達していないということです。どこが一国足りていないのかは、言うと野暮になってしまうことですのでここでは伏せておきます。



それとはなんにも関係ない話なんですけど、皆さんもううすうす感ずいていらっしゃるとは思いますが、ぶっちゃけて言うとこのブログの閉鎖のオチは、112国のうち最後に残った日本を「この世界には日本と言う野球国がありまして…」とかいってネガティブなこと並べ立てて愚痴った後、ポジティブなオチをつけて終わると言うものです。「ぼくの野球を守って~!」とか最後にとってつけたように言って終わり、そして2とかダブルゼータとかつけて翌日には復活。

しまった!終わり良ければすべて良しのはずが!終わり方を最初にテキトーに決めたために遡及効ですべてテキトーになってしまっている!

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posted by shoeless |22:36 | アフリカ野球 | コメント(5) | トラックバック(0)
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2007年06月06日

すくいきれないもの

IBAF等のサイトで世界の野球普及状況を見て見ますと、予想しているよりか多くの国々に「形式上」野球が普及しているのだということが分かります、全加盟国数は112、とりあえず世界に野球は存在することは存在しているのでしょう。形式上と銘打ったのは、もちろん野球連盟が存在している事と野球の普及が密接に関係しているとする事に無理があるからなのですが、とりあえず我々の予想以上に世界で広く野球が行われているという事は確かです。しかし、形式上一応広まっているからこそ、逆に真の野球空白地がより一層際立つことになってしまっているというのもまた確かといえます。よくヨーロッパは野球不毛の地だと言われますが、さっきも書いたとおりヨーロッパは野球が不毛という訳ではありません。真に野球不毛の地はアフリカ大陸に広がっています。



アフリカ大陸には50の国が存在していますが、野球プレー国というより野球連盟が存在している国でさえたった16国しかありません。その中でもこれは活動しているよね、仲間にしてもスミスって名前じゃなさそうだよねっていうレベルですでにそのまた半分の5~7国、またまたその中でもちゃんと活発な活動が行われていることを認められるレベルとなると南アフリカ1国しか見当たりません。アフリカ内の野球連盟のいくつかはほぼ休止に近い状態で、大陸全土を見渡しても野球が可能なスタジアムと呼べるレベルの設備は一桁程度しかありません、五輪の投票でも反対に票を入れた国の多くはアフリカからであると見られています。アフリカは野球にとってその今後を左右するアキレス腱ともなっているのです。



五輪憲章によればオリンピックに競技が採用されるには「オリンピアード競技大会のプログラムに含めることができるのは、男性によっては、少なくとも75か国、4大陸で、女性によっては、少なくとも40か国3大陸で広くおこなわれている競技のみとする」とされています。かつて野球が五輪競技となったとき、オリンピック委員会でロビイスト活動をしていたかつてのIBAFの面々は、野球がはいってきたことすらなかったアフリカの広大な大地に頭を抱えていました。そこでとった方法が各地の稀有な野球好きの人達と結託してとりあえず野球連盟を作り上げてしまうという方法でした、比率で言えば必要な数はその三分の一、つまり15~17、今現在アフリカに存在している連盟の数とほぼ同数です。公開競技から本競技となった1992年より、野球はその地位を確立すべくアフリカに年を追うごとに野球連盟を作り上げていきました。



野球連盟があることを理由に五輪憲章で言うところの普及と言い張ってきた五輪野球、しかし普通に考えてやっぱりそれは無理があったようで、結局2012年の五輪から野球ははずされることになりました。額面どおりに憲章を読むのならば、野球は本来なら五輪にあるはずのない競技だったという事。20年前の仕事を守り通せなかった野球が削除されて得たものは、アフリカ地区に道を開くことが無い限り野球の本格的恒久的な五輪復帰は無いという、分かりきっていたはずの教訓だけでした。僕は以前これからの野球発展の鍵は中国にあるといいましたが、五輪復活の鍵があるとすればそれはここアフリカにあります。アフリカの野球を盛り立てる事こそが五輪野球再考の王道、近道なんて存在しないのです。



じゃあさっそくがっつり普及活動を始めなくっちゃ!とはいったものの実際のところ今現在アフリカ野球活動を根本から支えているのは日本人の民間団体、彼らの功績はもう数値にすることすら出来ない大きなものとなりましたが、もちろんできる事には限りがあるのも確かです。MLBも視察をしたりクリニックを開いたりとアフリカ市場に興味を示して入るのですが、具体的に普及活動を推し進めているかというとそこまでというほかありません。なかなか政府も動いてくれない野球事業、連盟も形骸化しがちなアフリカの野球連盟、そんな逆境の中、徐々にながらその結果が目に見えるようになってきた国もあります。それがジンバブエという国です。



ジンバブエは十数年前までは野球で名前が聞かれるはずなどまったく無い国でした。そもそも政治的な混乱から人種間の対立が激しく治安だってよくないジンバブエ、正直なところ野球やっている余裕なんか無いというのが本音でしょう。更に言えばアフリカ国内の野球は南アフリカの一強という面があり、それに張り合うことなどできようもないという事実が現実として重く存在していました。南アフリカが一強、そしてそれに続くと言っていいのかどうか分からないレベルでナイジェリアやジンバブエが存在している、そういう構造ができあがっていたのです。今現在も海外に人材が流出し続けるジンバブエ、そんなジンバブエが各種スポーツに金を使わないのは仕方の無いことともいえました。



しかしそんな逆境の中にあって、ここ数年でジンバブエは野球の面で大きな進歩を遂げました。青年海外協力隊の人達によって鍛えられた代表チームは前回のオリンピック予選に当たるアフリカンゲームにおいて強豪南アフリカ相手に好ゲームをできるまでに成長、全体でも三位につけてきました。彼らの成長はジンバブエだけに影響を与える話ではありません、彼らが強くなったことによって、アフリカの野球にはようやく「競争」が生まれるようになったのです。そして何より大きかったのが、ジンバブエ野球代表が強くなったおかげで、彼らの中から「プロ野球選手」を輩出できたことにありました。ジンバブエ初のプロ野球選手、彼こそ四国アイランドリーグ香川オリーブガイナーズ所属、シェパード・シバンダその人です。



シェパードは21歳、190センチを超える巨体で大物打ちのパワーヒッターです。今年で二年目、打率こそ.059と低迷はしていますがたった一本のヒットはホームランと、その片鱗を見せ付けています。まだまだ若くこれからNPBに指名される可能性も十分にある選手、ジンバブエにとってもジンバブエで野球の普及を行ってきた人々にとっても彼の存在は大きなの希望と言えました。世界中の野球後進国がこぞって代表の強化に力を入れるのは、もちろん自国チームが国際試合で争うためという事もありますが、何より若い才能をMLB傘下のリーグなどへ輩出しプロとして名をはせてもらうためでもあります。多くの甘い言葉より、たった一人の実例が物を言う世界であることを皆分かっているのです。



ジンバブエで熱意ある人々が活動してきた最大の成果とは、ジンバブエに野球場をつくったことでも、ジンバブエの代表を強くしたことでも、シェパードというプロ選手を生み出した事という事でもなく、シェパードという野球好きを生み出せたことにありました。決してお金があったわけでも大規模な活動が出来たわけでもないながら、ジンバブエには代表を送り出すシステムと球場が形となって残り、その熱意はシェパードに伝わるという形で残りました。彼は四国リーグに渡る際「四国リーグで野球を勉強し、国で子供達に野球を教えたい」というコメントを残しています。野球の普及とは、こういう熱意ある現地の人を一人でも多く産みだし、そこに野球を存続させていくことにあります。



今年の7月、アルジェリアにて北京五輪のアフリカ予選が行われます。アテネで見せたアフリカ野球発展のきっかけ、北京ではそれを具現化することができるでしょうか。多くの日本人達がアフリカで行ってきた行為こそが効果的なことだったと、世界に認めさせられるような大会に出来るでしょうか。

今は波乱のためにも自分のためにも、シェパードには素振りを続けていてもらいたいです。四国の皆さんはぜひシェパードを見に行ってあげてください、この世にたった一人しかいないジンバブエのプロ野球選手、そして多分たった一人であろう四国アイランドリーグからの五輪予選出場者がそこで白球を追いかけてますから。

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posted by shoeless |11:06 | アフリカ野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年04月26日

太平洋は狭すぎる

今年の冬、イチローでおなじみのシアトルマリナーズがドラフト外契約が可能な海外選手との契約で南アフリカ出身のアンソニー・フィリップス選手を含む12人の選手と契約を交わしました。マリナーズは過去にもまだ評価が曖昧であった頃の日本のスタープレイヤー達を受け入れており、そんな背景を考えれば他の球団より来るもの拒まずの志向が強いのかもしれません、僕らがDSで脳年齢をはかりたいと思うたびにマリナーズが海外から選手をとりいれる仕組み。南アフリカ出身の選手はマイナーリーグに今現在も数人在籍していますが、今回のアンソニー君はオーストラリアのメジャーリーグアカデミーに在籍していた言わば野球特待生。16歳という年齢で青田刈りになったことから分かるとおり、この年齢にして180cmの75kgとこれからの成長のことを考えれば天性のアスリート体型の持ち主で、他の競技でも満遍なく目を見張る活躍を見せるまさに天才です。今までスタープレイヤーというほどのプレイヤーに恵まれていなかった南アフリカにとっては期待の超新星といったところでしょう。



そうしてこの若いプレイヤーを通して南アフリカという国を考えてみると、改めて南アフリカという国は不思議な国です。まず第一にイギリス連邦の傘下にあった国なので当然クリケット・ラグビー・サッカーが人気スポーツなのですが、何故か野球もそこそこに人気があること、ブログとしては願ったり叶ったりなのですが不思議で不思議でしようがありません。国内プレイヤー数は数万人、歴史も何故だか100年程あります。スタープレイヤーがいたわけでも野球の大流行があったわけでも野球大国が近くにあったわけでも無いのにある程度のシェアを保ち続けている、深く考えても理由が見当たらない、本当存在自体がほぼ奇跡、ロマンスの上に成り立っている野球文化。そんなこと言い出したら「奇跡や、これがメークミラクルや」とか言ってお茶を濁しそうなのでこのあたりで止めておきますが、成り立ちそのものが不思議な野球文化と言うのも珍しい話です。



かといって人々が野球に対して強い意志を持っているのかといえばそんなこともなく、メジャーリーグへの選手の輩出数も今現在でもせいぜいマイナーリーグに10人未満、ですから特段秀でたプレイヤーがいるわけでないのですが、これまた何故か最近は国際試合で好調な成績を残し、他の国よか状況はいい部類に入れる程度に追い風が吹いています。WBCでも毎試合10失点ながらその相手の内訳は見れば納得のメジャーリーガーオールスターを揃えるアメリカ・メキシコ・カナダ、その上カナダ戦では2点差までつめより試合を作ることができているのだからただもんじゃありません。じゃあ南アフリカは強いのか!もうなんなんだよ!と言うとWBC自体もアフリカ地区からの代表確保選出の気配を漂わせており、まったくなんとも言えません。先ほど例に出したマイナーリーガーの選手たちもその多くはAAに埋もれてしまっています。それなりのハードがありながら国を挙げて進歩していこうという気配があるわけでない、国の人々も野球に対し熱意をもっているわけでもない、南アフリカの野球は「維持」と言う空気に包まれているように見えます。



南アフリカはご承知の通り長年にわたってアパルトヘイトという人種差別政策を行ってきた国で、その悪しき歴史は政策が無くなった今も確実に残っています。スポーツも関係のない話ではなく、長年にわたってスポーツの癖に夢も希望も無いという無価値に近い状況が続いてきました。ようやく本来の価値を発揮することが出来るようになった今、南アフリカがスポーツに求めているのは国民というくくりで心を一つに出来る国家代表選手たちの成長と活躍、そして青少年育成の場としての不公平無く共通の夢を目指せる環境です。しかしながら前述の通り根強く残る人種間の格差、そして地域間の格差はそのまま野球での格差にもつながっているように見受けられます。MLBも野球発展の芽がある南アフリカに度々の野球道具などの支援を行っていますが実際のところうまくいっているとは思えません、道具だけあったところで生かすノウハウが無い場所は衰退するばかり、南アフリカの野球はそれなりの規模を有していながら実際のところは一部の人間たちの物にとどまっているのです。



これは貧富の格差が大きい地域や発展途上国に普及に行った人々が皆口をそろえて言う言葉ですが、そこには現地の人たちに野球をする理由など無いという事が大きな障害になっている現実があるのでしょう。子供たちに夢を見させられるのがスポーツ、奇麗事を言えばそうですが、現実に保身だけでも必死な人々がお金にもならない野球をやってくれるのかと言うと甚だ難しく、そのスポーツのために何かあった時に泥をかぶったりしてくれるかと言うと決して楽観的に話せるような話ではありません。南アフリカにとってもそれはそのまま当てはまります。南アフリカには野球をやる理由と、理由になるような夢あふれるスター選手、そしてそれを生み出そうとする流れがどうしても見受けられないのです。南アフリカの野球の発展が遅れている理由が「発展理由に欠けたため」だとするならば、アンソニー君の存在はどん詰まり気味だった南アフリカに急速な発展の可能性を与える千載一遇のチャンスと言えるのではないでしょうか。



目標となるスタープレイヤーが生まれることで、その後についてスタープレイヤーの生まれる環境が生まれる、順序が逆の結果オーライな気もしますが、そういうところが南アフリカの不思議たる所以なのかもしれません。維持なんてコーラックぐらいオブラートに包んで言ったけれど、維持とは必死になって自分の居場所を守った結果、今現在の状況では維持というよか「停滞」、もしくは「保留」の方が近いといっても暴言ではありません。保留の先に発展が待ち構えている可能性なんてどんだけ気分のいい日でも高くは予想できない難問のはずです。スポーツとはまた違ったところの問題が足枷となっている今、事態が好転に向かうには弱冠16の少年の成功が不可欠となってしまっています。

多くの人たちが懸命に守り続けている南アフリカの野球、16歳の少年が振り回すバットにしては託されたものが大きすぎます、いくらバットの重量の上限が規則で決められていないからってそんなところをルールの裏かいたって一国の期待は重すぎる。

ほらー!なんか話題としても重くなっちゃったじゃないかよー!

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posted by shoeless |00:09 | アフリカ野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年04月04日

ようこそ千尋の谷へ

先月の22日にマリーンズが、親会社であるロッテと関係の深いガーナに対し野球道具1500点の寄付を行ったそうです。1500なんていう数は個人活動ならば夢のまた夢みたいな支援、道具を集めるのに金がかかると言われ敬遠されるスポーツである野球、ガーナの少年達には思ってもみなかったビッグプレゼントだったんじゃないでしょうか。



式典に出席したエース清水直行も「野球の底辺の拡大、もっと野球が発展して欲しいという選手全員の願いから、物資だけれど何かできればと思いました。野球が世界のNO.1スポーツとなるように、各国ともに野球のレベルアップを図ってもらって、昨年から始まったWBCをもっと素晴らしい大会にしたいです。」とコメント。ロッテは今後もこうした活動を続けていくそうで、ガーナの野球が飛躍的に良くなる光が見えてきました。



そもそも現在ガーナで行われている野球の源流となったのは日本のバラエティ番組の「ガーナで野球代表を作ろう」という企画、最初はそんな程度の数十人で始まったガーナ野球ですが途中断絶もありながら四桁をこえるプレイヤー数を誇るスポーツへと成長をしてきました。今年はメジャーリーグからメッツ幹部団も訪れ将来の発展を約束、徐々に徐々にながら野球への道が開けてきたところへの更なる追い風、ガーナ野球に尽力する方々はやっと流してきた汗で土地が肥えてきたような思いでしょう。



大きな部分で目立つ動きばかりに注目が集まることは仕方のない事なのでしょうが、今現在ガーナに支援できるような野球を維持させつづけてきたのは彼等アマチュアの協力隊。道具が足りないのなら作る技術を教える、金が無いのならスポンサーを探す努力を伝える、野球以外でも足りないものの多い国であるガーナでは野球連盟がうまく機能しない事もしばしばあったほど。これをきっかけにして大きな動きを讃えると同時に、ガーナ野球にここまでの風を呼び寄せる基盤を作った支援者達の小さいながらしたたかな動きの事にも目を向けられるきっかけになって欲しいところです。



駐日ガーナ大使もおっしゃっていた様にガーナは人口における幼年~若年層の比率が高い国で、確かにそれは野球のような後発スポーツが普及するチャンスが多い事に繋がっています。数々ある国の中でもスポーツに大金がまわる大国とは違って野球市場の拡大に乗り出しやすい国の部類に入るのでしょう、経済面でも一時の混乱を脱し比較的安定を保っており、売却先市場としての魅力も欠けません。しかしその見方を変えれば、それはそのまま金を使えば野球が普及するというレベルでは無いという事とも受け取れます。




数々の国で野球支援の名目で野球道具を贈りそのままほったらかした状況になっているという事実、ガーナの野球もまだまだやっと火が燻り始めたばかり。今回の道具の進呈も、これで終わるのではなくこれからまた違った形の支援が続けられてこそ報われる投資です。支援者達が忍耐強く守ってきたガーナ野球、ここから先の発展を望むのならば次は野球に利益を受けている人達が忍耐強く攻める必要なのです。

ガーナ野球に火がつくまでもうあと数歩の我慢の時間が始まりました。

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posted by shoeless |00:40 | アフリカ野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2007年02月14日

メッツ、ガーナへ行く

二月のはじまり、ニューヨークヤンキースの幹部団が中国本土を狙いにいっていた裏で、ニューヨークメッツのオマー・ミナヤGMや、殿堂入りの大打者デーブ・ウィンフィールドらが、野球の普及を目的としたガーナへの旅に出発していた。ヤンキースが中国ならメッツはアフリカ、なかなかチームのスタイルが両者ともにでていて面白い。一行は現地に4日滞在してベースボールクリニックやミニキャンプを開いた後、野球道具の寄附等を行い帰国、一人残ったパドレス幹部でもあるウィンフィールドは三週間で四国をまわりフィラリア病の対策や野球の視察を行うそうだ。



今年も7500万人の観客動員数を叩きだし、おまけに三年連続増加と過去最高動員数を記録してまさに野球全盛期の波にのるメジャーリーグベースボール、オフには年俸もバブル状態で景気のいい話がてんこもりだ。スポーツの住み分けがうまく行われているアメリカスポーツ界では夏のスポーツベースボール冬のスポーツアメフトの地位はほぼ盤石、一億総うかれでもおかしくないのだがそこはしたたかなメジャーリーグ幹部団、心配は一つでも潰しておかなければ気が済まないらしい。絶頂にあるメジャーリーグの心底事、それは強いてあげるのならば黒人の野球離れにある。



スポーツの住み分けが進んでいるアメリカスポーツ界ではあるが、顧客の住み分けはできても選手の人材については住み分けする事はできない、良い才能の争奪戦はプロスポーツの宿命だ。しかしながら、メジャーの屋台骨を長く支え続けて来た黒人の層の中で、少しながら野球離れが見え始めているのだという。というよりか黒人達の中でバスケやアメフトを行う選手が増えてきている、昨今ならサッカーの層もある、すらりと背が高い選手はバスケへ行きガタイのいい選手はアメフトに行き、黒人層での野球の選手のシェアが圧迫されているという訳だ。



もちろんメジャーリーグはたくさんの打開策を打ち出している、野球の経済効果を使ったダウンタウンの復興計画、選手を囲い込むベースボールアカデミーの設立、新たな黒人スター選手の発掘、どれも期待は高い。だがそれらはどれもアメリカ本土の対策、アフリカでのサッカー人気やプエルトリコでのバスケ人気など、欧州サッカーやNBAバスケに海外に先手を打たれてしまった感は否めないだろう。だからこそメッツは、新たな人材供給の先として広大なアフリカ大陸に目をつけたのだ。



ヤンキースは中国からメジャーリーガーがでるのもそう遠い話ではないと言ったが、メッツも野球選手市場としてのアフリカに強い興味を持っているよう、ガーナからメジャーリーガーがでるのもそう遠い話ではないだろう。ガーナの野球のレベルはお世辞にも高いとは言いにくい、日本からの海外協力隊によってえっちらおっちら支えられてきた状態だ、アフリカの中でもチャンピオンは難しい。野球協会もうまく機能しない、そんなガーナ野球にメッツは何を見出だしたのだろうか、ミナヤGMはガーナに目をつけた理由をこう語っている。

「ワールドカップのアメリカ×ガーナの試合でガーナの選手を見た時、これならいけると思った」

なんて夢のある話なんだ!



という話をさっき台所でガーナミルクチョコレートかけらをひろって、急に思い出した、そうだバレンタインにチョコレートとか言って書いてやろうと思ってたんだ!バレンタインなのに何にもなさすぎて、危うく忘れて中村ノリの話をするところだった!

なんて夢のない話なんだ!

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posted by shoeless |23:20 | アフリカ野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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