2009年03月30日

未踏峰への挑戦

最近なんだか大きな大会の度に更新しているため、紹介やら宣伝のためのブログみたいになっていますが、今日も今日とて大会の宣伝でございます、げんなり。まぁげんなりとは言ったものの、「2013年WBCの存在が危ぶまれていましたー」なんてニュースもちらほらあっさり出されている現実を考えると、本当だったら大会の紹介をできるだけでもありがたい話なはずなのです、と思うしかありません。ただでさえ野球は吹きすさぶ向かい風をうえけているような有様にあるというのに、それに付け加え不況風まで吹かれてはたまったもんじゃないはず、それを考えたらこんな場末のブログの更新内容なんざ何が問題なのかって話でしょう。事実、今回紹介する第8回アジアカップも、本来ならば既に大会の紹介はおろか結果の報告をしていてもおかしくはないようなスケジュールなはずでした。五輪の無い今回のアジア選手権はアジアの3強が第二チームを送り込む可能性が高く、当初予定されていたホスト国であったフィリピンはこのチャンスにそれなりの意気込みを見せてはいたのです。



アジアカップってなぁに?アジア野球選手権?アジアシリーズ?ほえ?みたいな方の為に御説明しますと、アジアカップとは今回で八回目を迎える、アジア野球選手権の下位予選です。ここで勝ち抜いた数カ国がアジア選手権に進み、またそこで勝ち抜いた国々が次のアジア3強国とのリーグ戦を行ってアジアチャンピオンを決め、年によっては五輪やワールドカップの枠を決めるという形になっています。もちろんのこと日本はシード国ですので野球に親しみ深い人でもいまいちなじみがない大会だとは思いますが、ここ数年この大会の構成国となっている南アジアの国々にとってはかなりの激動の時代を迎える重要な大会となってきているのです。本来のホストフィリピンからしてみればSEAゲームスでタイの大エースキッサダーに負けたリベンジマッチの要素も強く、7月に札幌で行われるアジア選手権に向けて是が非でも主導権を握っておきたい大会でした。しかしながら経済情勢の悪化から融資を受けられなくなった大会本部はフィリピンでの開催を見送って、あろうことかライバルタイへ5月開催を譲ってしまいました。もちろんフィリピンはタイよか実力は上の国ですし、大会に代表を送り込むことは間違いないでしょうが、なんとも世知辛さが隠せません。



前回大会では出場を表明した国々が金銭面で代表を組織できず、日本から人が派遣されている国々もパタパタと出場断念。先ほど激動と言った事も、半分くらいにはこの大会の出場する面子が経済状況によってポコポコかわる変わるという事実も影響しており、もとよりこの大会、あまり景気のいい話が聞かれるものではありませんでしたが、今年は例年にも増してその傾向が強まりそうな予感を感じずにはいられません。IOCが競技決定時期をかえるという可能性が高まっており、決定前最大の大会がアジア野球選手権になりつつある今、IBAF的にもこの大会かなり失敗が許されないピースのひとつではあるのですが、開催自体なかなか予断を許さない状況になってきました。大会の開催を譲られたタイでは代表選手が数人引退が続きメンバーの交代を余儀なくされているようですし、トップ層がそうした状況下にある今では他の国々の状況は想像がつきません。アメリカ人コーチを迎えたイラン、公式に代表の情報を出している香港・パキスタン、日本人コーチが派遣されているミャンマー・スリランカあたりはまず参戦すると思いますが、ってそれだけ見たらいつもの面子って気もしますね。



順位に関してはロースターが発表されないとなんともいえないのですが、フィリピンの優位をいかにタイのバランスブレイカーキッサダーが崩すか、打がまとまっているパキスタン・香港がどの程度噛み合うかを加味すれば、フィリピン・タイとパキスタン・香港ってとこでしょうか。フィリピンはリーグが軌道に乗って3年目の真価が問われる大会ですが、昨年までの代表のメンバーを見ていると、中国代表以上にあんまりリーグ戦で新たな人材が出てきた感がありません。リーグ開幕前に終わらせられるはずの大会が、リーグ途中に大会がずれ込んでしまったことがどの程度影響するか、それを考えるとフィリピンの「絶対」も危うい気もします。とはいえタイも前述通り代表が入れ替わっているとの噂あり、パキスタンは国内リーグでの軍隊チームの調子がいいようですがとびぬけて云々とまでは言われていませんし、他のチームは時期がずれたことで代表派遣自体がてんやわんやのようです。難しいね、スタッツが見れない野球チームの分析って。

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2008年11月26日

ミリオンダラーベイビー

24日、インド初の大リーガーが誕生した、んだそうです。パイレーツが12日のトライウアウトで契約を決めた2選手で、左腕のリンク・シン選手20歳、右腕のディネシュ・パテル選手19歳のお二人。ふたりとも時速145キロを超える速球を持っているそうで、こんな人材がどこにいたのかと改めてMLBスカウト陣の腰の軽さには脱帽です。パイレーツは今月前半にも南アフリカのショートムフォ・ヌゴエペ選手を獲得していたそうですが、本当どうやって選手を探してきているのか謎で仕方がありません。またこの両選手の出自が本当に謎で、今年はじめまで本当に野球もやったことがない選手たちだったそうなのですが、どうもその前に昨年12月にインドで行われた約3万人参加の投球コンテストで優勝した、という背景があったそうです。



あれ?約三万人の投球コンテスト?まさか嫌な汗が、と思って調べたらこれ案の定でした。彼らインドのテレビ番組The Million Dollar Armの出身ですね。この番組実はアメリカのスポーツコンサルタント会社が一緒になって企画したものなんだそうで、内容は3万人の中で最も素晴らしい球を投げた人間だけが100万ドルをつかめると言うもので、日本で言うなら竹原さんに怒られるあの番組に近いのかもしれません。勝ち残ると10万ドルか100万ドルへの挑戦権、そしてアメリカでの半年のトレーニングとMLBトライアウト挑戦権が獲得できます。海外ってビッグブラザーといい、こういうリアルドキュメンタリー本当好きですねー。当初は「いやいやこれ冗談でしょ、そういうジョークでしょ」みたいなふうに考えていたのですが、まさか本当にこんな台詞を言うことになろうとは。「MLBさんがこんなやり方でインドと言うクリケット不沈艦から作られた大スターを発掘しようとしてますぜ!」まったくもって天晴れな話です。



ちなみにホームページで彼らの投球も見ることが出来ます。

http://www.themilliondollararm.com/

どうもホームページによれば12月に第二期が始まるようで、本当心のそこから「そういう切りくずし方があったとは」って思いになります、中国にはかなり積極的に動いていましたが、クリケット大国インドと言えど手薬煉引いていたわけではなかったんですねぇ…。といってインド本国の各種ニュースサイトでは音沙汰無しにかなり近いよう感じなのですが、ニュースでも何度か取り上げられているようですし、まぁそこはこれから金額に現実味が帯びてきてからに期待と言うことで。よくよく考えると、そうなったらインドのプロスポーツ選手としては一気に1・2を争う高級取りにもなりえるわけで、ちょっと意外なところから目が離せないニュースが降って湧いてきました。



ていうかこの番組のランキングさえちゃんと確認しておけば、次期インド出身マイナーリーガーとか将来のインド野球代表候補とか予想できるんじゃね?という事で、ついでに番組第一期のランキングも並べてみました、いまのところこんな感じになっています。名前、年齢、球速の順ですが、こうやってみると皆さん結構だしてますね。今回トップを取ったリンク・シン投手は陸上出身だそうですが、やっぱりクリケット出身者が多いような気がします。

 3 Manoj Shukla 17 86
 4 Mohammed Ali 22 85
 5 Sunny Rana 22 85
 6 Sandeep Singh 20 84
 7 Afshan Khan 20 84
 8 Ganesh Sayaji 19 84
 9 Ravinder Rana 23 84
10 Satish Kumar 23 83

そういや今年はフィリピン人の両親を持つEugene "Geno' Macalalag Espineliが純血フィリピン人として初のメジャー昇格を果たしましたが、MLBにアジア・ラテン勢が増えつつある現状、これは単にきっかけや予想されていた現実に過ぎないのかもしれません。トライアウトで獲得するかどうかは別として、王で儲かったヤンキースの土壌は決して二匹目のどじょうとは思われていないって事でどうか一つ。

posted by shoeless |00:10 | アジア野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年11月19日

アジアシリーズ2008決勝

統一 0-1 西武

今シーズンずっと勝利の女神に微笑まれ続けた西武VS土壇場で勝利の女神の腹筋を崩壊させるほどに笑われた統一。まさに勝利が場に漂っていた試合とはこのことで、最後の最後まで「もう西武の勝ちだよ今年は!」「もう統一の勝ち決まったわこれ!」みたいに浮かされたり沈められたりを続けられ、記念にとっておいたパンフレットが手の汗でしよしよになってしまいました、それほどの試合だったとわかっていただければ幸いです。スコアをご覧になっていただければわかるとおり、昨日の試合と打って変わって、まるでピアノ線で首をしめられているかのような苦しい試合展開に両チームは見るからにいやな汗を流していました、今はただ、この試合を戦い抜いた両チームに心から拍手をしたい気持ちでいっぱいです。この投手戦のトップを飾ったのはもちろん日本が誇るエース格にまで成長したエース涌井、しかしその内容といえば苦しいもので、初回からカウントを難しくした上に先頭打者ヒットを許すなど、いつホーム突入を許してもおかしくないようなぎりぎりのものでした。



初回から数えて3回にいたるまで毎回先頭打者の出塁を許し、その度に外野へ大飛球を飛ばされる展開、昨日ほどではありませんが統一打線も不利は鋭く、同じ3回無失点でも統一先発アルバラードよか苦しんでいた様にさえ見えたのです。しかし涌井は球が飛ばされて動揺するような、振りが鋭くて及び腰になるような、そんな投手ではありませんでした。4回、フライと三振で三者凡退を勝ち取ると、5回には3アウトすべてを空振り三振でもぎ取り、6回にはチャンスで注文どおりのゴロ2連発、いつかでるいつかでると思われていた統一の本塁打はでないままあっという間に6回が終了、7回に星野にバトンタッチし、結局西武のエースは一本のホームランも許すことはありませんでした。いい投手相手には一点勝負、足でとるかソロホームランでとるか、涌井の投球はそんな統一側に残された選択肢を文字通り見透かしたかのようなものだったように思えます。それができるから好投手、もしかしたら、かれじゃなくてスタメンマスクの銀仁朗がすごかったのかもしれませんが、まぁエースの顔を立てる形にしておいていいでしょう。



しかしながらその一方で統一先発のアルバラードも、張り合うようにして西武打線をしのぎきっていました。こういう場が煮詰まったときにこそ西武のお家芸足技でアルバラードの投球リズムを崩すべきなのでしょうが、中村、銀仁朗とあまり足の攻撃のイメージのない選手が立て続けに1塁にいたこともあって、前半はうまくゆすぶることができず淡白といっても仕方ない攻撃を強いられていました。6回のチャンスもこの試合調子が上がってこない中軸にぶつかって見逃し、両者ともに、本当にあと一歩の決定打がずっとでそうででない展開だったのです。こうなってくるとブルペンの枚数で勝負が決まってくる、そうなれば台所に不具合があった統一は西武に競り負けるはず、順当に考えればそうだったのでしょうが、やはり決勝という舞台は価値が違っていました。8回の統一のマウンドに上がったのは中1日のエースパン・ウエイルン、肩に不安を抱えていると言われ、WBCも控えるこの難しい時期に満を持しての登場、登場するだけで勝ち運や闘志をすいとるのが感じられた投手なんて、後にも先にもこの時のパン・ウエイルンぐらいしか覚えがありません。



8回表に大沼が暴投でピンチを招いていながら凌いでいたこともあって、少なくとも統一の応援席付近にいた方たちは、このまま延長戦、もしくは統一に一本が出る、そのように考えていたように思えます。実際パン・ウエイルンは9回裏の攻撃も三番平尾、四番中村を危なげなくフライニ切ってとり、あっという間にさよならのピンチを切り取っていました。ただ、何が勝利を左右しているかって、やはり後になってみなければわかりません。速さとパンチ力を兼ね備えた西武打線、その5番を打つ石井という打者の存在、そして彼へ与えてしまった四球。パン・ウエイルンが出てくるだけで見るからに勝ち運を吸い取る選手なら、石井は塁に出ただけで見た感じには分からないまでも勝ち運を吸い取れる選手でした。またこのパターンかとさえ思った2アウト1ストライク1塁の場面でしたが、佐藤が放った打球はショートを飛び越す左中間ツーベース、外野でまさかと感じる統一野手陣を目の前に石井はたった一本のヒットで三塁を回り、ホームへたどり着いてしまいました。多分場にいた人たち皆が同じく感じていることだとは思いますが、まるで不意をつかれたかのような一打でした。統一応援席付近の皆さんがもらった風船をしぼめる姿は、唖然という絵そのものすぎて、僕も唖然としました、みんな唖然としていたんじゃないかと思います。



あれだけの苦闘を乗り越えてきたのに、勝利はたった一本のヒットで決まってしまう。2008年度優勝は西武ライオンズ、西武はその名にふさわしく、そのほとんどにおいてほかのチームに比べて「野球が圧倒的に巧い」チームでした。走塁ひとつとっても、足の速さだけならそこまで変わらないのに、スライディングからの立ち上がりやリードのとり方、盗塁の見極め、なにもかもが徹底して「できている」チーム、勝って当然ではなく、しっかりと勝つようにしているチームだったように感じられました。だからこそ機会をうかがうことができ、日本シリーズにおいても最後まで戦いつくすことができた、ほかの国のチャンピオンと比較してもやはり勝っている事に納得がいくチームだったように思います。シリーズMVPはもちろんサヨナラヒットを放った佐藤、納得がいくついでですが、佐藤は試合後のインタビューの中でこんなことを話していました。「過去大会で日本勢が勝って来ている事は知っている」、そういう意識の中で打てる選手がいるからこそこの勝利があると思うと、ただただ脱帽するしかないです、海外サイトではGG佐藤と間違えられてたけど、お祝い代わりに僕が何とか訂正を入れておこうと思います。



2008年度アジアシリーズの優勝は西武ライオンズ、西武関係者の皆さんおめでとうございます。勝った皆さんも負けた皆さんも、本当に一年間お疲れ様でした。

posted by shoeless |16:59 | アジア野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年11月18日

アジアシリーズ2008三日目

西武 16-2 天津

スコアだけ見れば天津がめっためたにやられてしまった試合だったのですが、随所にうまさと荒さが出た試合でした。先発は天津が終盤にチームの原動力となったチェン・ウエイ、西武はここ数年中継ぎ登板が主戦場となっているシュウ・ミンチェ。チェンは初回から変化球を投げればストライクに嫌われ、内角に直球を投げれば死球と大乱調、これでは駄目と投球スタイルを変えた二回にはフライアウトをとりますが、4番中村にスリーランを打たれてしまい、結局2回5失点と第炎上を喫して降板してしまいました。2番目にあがったのは早くも二度目の登板となったエーススゥ・チャンロンでしたが、ボールで背中をするように隠して投げる彼の投球フォームはクイックに限界があり、四球でランナーを出せば盗塁にエラーとドつぼにはまって抜け出せずじまい。結局二人で13失点を喫してしまい試合はさっくりとコールド、おおまかに話せばこんな感じだったのですが、アジアシリーズ開始時とは負けの中身が違っている気がしました。単にできないから、というよりかは、やりたいことが噛み合わない敗北、というように見えたのです。



まず一つ分かりやすいところで言えば、その四球の多さと中身。全部で11個のフォアボールを与えている中国投手陣ですが、そのうちストレートのフォアボールは4つ、9人全員に四球を与えていることからも分かるとおり、そのほぼほとんどについて何故四球をだしてしまったのかが分からない場面ばかり見受けられました。四球以外においてもボール先行の投球が更なるボールを呼ぶ悪循環が続き、特に内角・高めへの直球、外角・低目への緩い球がことごとく外れる恐ろしい結果に。そこを盛り立てるはずの守備陣も、外野における球の処理や連携に乱れが見え、途中ショートのホウ・フォンリエンがバックハンドで捕った球をグラブトスでゲッツー崩しを狙ったなんてメジャー真っ青なプレーもあったのですが、そのプレーの連携失敗の結果が大量失点へつながったのを見ると、まさにそここそが「できるけれどもうまくつながっていない」現在の天津の現状の象徴だったように思えます。打撃は初回シュウの立ち上がりを狙って2点をあげましたが、2度の初球打ちの結果はうまく勢いにつながっているようには見えず、それもまた一つ天津の象徴といえば象徴だったのかもしれません。



西武は積極性が出始め、中国の投手陣の荒れる投球もあって、終始相手をコントロールするかのような狙いと結果が繋がっているように見える攻撃を繰り広げていました。投手陣が踏ん張ったこともあって、この勝利の時点で決勝は決まったようなもの、全てのプレーに言えることですが、西武は強いから勝ったのではなく巧いから勝ったのだということを、改めて思い知らされた試合でした。



SK 4-10 統一

アジアシリーズ史上最も白熱した戦いとなった試合、その要因となったのは失点率という国際大会ならではのルールでした。この試合が始まった時点で両チームの失点率は西武が0・3、統一が0・35、SKが0・18、西武としてはSKが打ち止まってしまうことだけが不安の種でしたが、2回SKのイ・ジンヨンによるソロホームランが放たれたことにより、ゲームは転がらざるを得ない流れへ突き動かされていきました。今からこうして思うと、この1点はSKの勝ちをほぼ決めてしまった大きな1点でした、もしかしたらそうした気持ちはSKの選手の中にもあったかもしれません、そして今からから考えてみれば統一の選手の中にもそういう意識はあったように思えました。打線の繋がりよりも長打を優先する、チェ・ビョンヨンにも球をよく見る姿勢を見せながら引っかかり続けていた統一打線でしたが、4回、練習でいい当たりを放っていた成果がついに発揮されます。中軸の選手たちが積極的な振りを見せて塁を埋めると、下位打線は逆に球を選びに選び、SK先発チェ・ビョンヨンはここで2ホームランを食らって5失点。この時点で失点率は0.33と0.4、SKは当初のリードをさっくり失ってしまいます。



そういやこの試合統一の先発はリン・ユエピンという投手だったのですが、台湾野球大好きな皆さんはお分かりの通り、彼は今シーズン終盤はクローザーとして活躍をしている投手でした。彼のスクランブル登板はその背景にハックマンという先発投手が故障した事があったのですが、シリーズ中さっぱりインターネットに繋いでいなかった情報弱者の僕はそんなこと知るわけがなく、知らない人は配られたパンフレットで先発をしている人だと考え納得、知ってる人はニュースで既に把握と、多分ドームの中で僕だけが彼の登板にうろたえていたのではないかと思います。そんなこんなで「統一投手陣クソヤベー状態なんじゃねぇのか…?」とは思っていたのですが、それとはさっぱり関係ないところでSKも統一投手陣に対しやべーと感じていたようで、この回から彼らは超絶なマシンガン継投作戦にはいっていきます。打てるか打てないかは打線の調子にもよるが、統一打線をこれ以上打たせないことだけなら難しくない、どちらが可能性が高いかと見ても、納得な選択でした。



SKのマシンガン継投は、結果的にSKサイドに数回の安心をもたらします。あからさまな一発狙いの統一打線にホームランは打たれますが、その甲斐あってなんとか打線を止めて絶望的な状況を凌ぎきると、その裏こつこつと隙をうかがっては奇襲のように追加点を決め、8回には4点目となる追加点を叩き込みました。このときのSKベンチや応援団の喜びようと言ったらなかったとそんな風に記憶しているのですが、それもそのはず、同じ負けでもこの時点でSKにとってこの試合は負けてもいい試合になっていました。この試合に仮にこのまま負けたとしても4-6で失点率が上回り決勝進出、とはいえこの試合統一は勝っているのですから9回の攻撃がありません、実質8回裏の攻撃が統一にとっては遠いに遠いラストチャンスだったのです。もちろんクローザーはそのことを見越してか7回から投げ続けていたチョン・デヒョン、更にこの回仮に打たれたとしても統一側に最早クローザーとして安心できる一枚がいなかったこともあり、応援する統一ファンの面々はどこかへにゃへにゃとなっていました。



前の回絶好のチャンスを積極的な振りと走塁で潰していた統一打線、もしチョン・デヒョン相手にそうした野球をそこであきらめてしまっていたら、それは統一が闘志を失ったことを意味する事になっていたかもしれません。徹底された長打の姿勢は、回数を重ねることによって初めて実る、いかにチョン・デヒョンと言えど突然の一発は防げない。8回、先頭バッターチェン・リエンホォンに初球をたたかれた彼は続くヤン・センに四球を与え、前打席も本塁打を放っているリィウ・フゥハオに、スリーランを食らいます。それは本当にあっという間の出来事で、ドーム内は相次ぐ上げ下げにざわめきを続けるばかりでした。ざわめく場内に続く9回、統一が送り込んできたピッチャーは明日の先発として予想されていたアルバラード、あっという間の出来事にSK打線は最後のチャンスを完全沈黙で見送り、試合は終わりました。まさに起死回生、土壇場で勝利をもぎとった統一は、文字通りSKから決勝を奪い取った結果で、試合はシリーズ史上最もドラマチックな幕切れとなりました。



ただ、不安な点が続々当たっているのは見逃せない終わりと言えるかもしれません。投手の枚数で有利にたっていたわけではなかった統一にとって、数日続いた投手の計算の狂いは致命的ともいえますし、打線が完全に大物打ちになってきているところも長打力で勝っている訳ではない西武相手にはむしろ弱点になりかねないポイントだともいえます。どうなってしまうのかさっぱり予想がつかない、好戦になることは間違いなさそうですが、何がどっちに転ぶのかさっぱり分かりません。僕に出来ることは、中央線で秋葉原まで戻って味噌汁屋でごはんをおかわりしまくる、それぐらいです。

posted by shoeless |22:56 | アジア野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年11月17日

アジアシリーズ2008二日目

SK 15-0 天津

スコア通りの試合過ぎてなんとも言うことが出来ませんが、表現の善し悪しは分からないもののまさに手玉に取られたといった感じの試合でした。立ち上がり2回はSKソン・ウンボムも天津チェン・ウエイもまずまずいい感じの出だしだったのですが、切れるカードの枚数がやはり天津とSKでは違っていた、ということかもしれません。下位打線の二人がカウントをかためないうちにヒットで出塁・タイムリーを決めると、9番パク・ジョンファンがチェンの緩い足元をついてのバントヒット。さっそくの攻勢に動揺したチェンは暴投してしまい、畳み掛けるように盗塁を許すとストレートの四球、投手交代へと追い込まれていきました。かわったリ・ズリアンも背負った走者の圧力に気圧され、甘く入った球を外野に運ばれる展開を繰り返し、前の二回が見る影もない7失点でゲームのあらかたの結末は決まりました。毎年のことですが、中国勢はどこか韓国勢に異様に弱い気がしてなりません。



どうにもこうにも投手陣は四球が多いこと、そして打線はカウントが悪くなってから振りが大きくなること、このあたりが繋がりの悪い打線の淡白さと苦しい投球を強いられる投手陣の原因のように思えます。天津と言う1球団でオールスターでの出場を続けてきたアジアシリーズとほぼ変わらない成績を残せていることは成長の証と言って差し支えないのでしょうが、どうしても「野球強国」と張り合うための一線を越えられないように見えて仕方がありません。逆に勝ったSKは試合内容的にも大会的にも勝ちが板についたところがあり、失点率の関係からもほぼ決勝進出が決定。打線にも満遍なくあたりが出て、第一線でとめられた打線もあたりが完全に戻ったように見えます。前評判が高かったSKではありますが、ここまで堂々とした戦いを見せられると恐ろしいものがあります。まぁまだまだ大番狂わせがあるのが国際戦、この試合でも感じたとおりSKは万能チームではありますが、決して全てが他球団より秀でたチームと言うわけでもないと言うところが難しいところ。弱点が無いのが弱点ってなんだそれは、西川先生が前にそんな事言ってたような気がしないでもない。



統一 1-2 西武
台湾のエースパン・ウエイルン、そして日本シリーズMVP岸の両投手のさすがとも言える投手戦でした、あれで打てないのはまぁ攻めるにゃ酷ってもんでしょう。統一打線は初回から目に見えて長打を狙う積極性を見せ付けており、2本のヒットがともにツーベースだったことやゴロの少なさ、唯一の得点が犠牲フライによるものだったというあたりの数字にも、そのあたりはよくよくでているんじゃないかと思います。しかしそこは流石若きエースといったところで、ホーム突入を許さない試合どころかスタンド突入を許さない絶妙な配球、力で押しても勝てるわけではないというところをありありと台湾のファンのかたがたに見せ付けちゃってくれていました、奪三振ショーと呼んでも差し支えない力投だったようにさえ思えます。一方のパン・ウエイルンも貫禄というところを見せつけた投球ではあったのですが、やはり完璧に抑え続けることはかなわず、下位打線に不意をつかれたような2点を決められてしまう悔しい敗戦。攻守ともに西武が一枚上手だった、勝因はそんなところかもしれません。



そういやなんにも関係ないですが、試合を見ていてふと、星野という投手がかなり統一側の視線を受けているような気がした事がありました。左のサイドで厳しいところがつける上に球種が多く、サイドに人材が多い韓国は別として、よくよく考えてみると台湾の選手たちは彼のような選手にお目にかかっているとは思えません。西武ベンチとしては左のヤン・セン、パン・ウションを殺すシチュエーショナルレフティ的な活躍を期待して送り込んだのでしょうが、あの反応を見るに、今後の国際大会で彼のような存在に面喰らう国々は多いのではないかという気がしました。決勝進出の分かれ目は失点率、西武はこの後対天津戦ですのでほぼ決勝は手中に収めた感じになりましたが、統一は脚を使った戦力でSKに分が悪く、大量得点をしなければ決勝に上がれなかったはずの試合だというのに、打線が本塁打から遠のかされた形になってしまいました。岸がすごいのか、統一が意識しているのか、WBCも近いだけにここでせめて好材料ぐらいは拾っておきたいところだと思うんですけど。

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2008年11月14日

アジアシリーズ2008初日

アジアシリーズ初日の総括です。といってさらっと始められるほどには、今回は見られる人はかなり限られしまいましたが。残念ながら今年は地上波放送はありませんが、まぁ今までのアジアシリーズの視聴率平均を考えれば10%程度に収まってしまうでしょうから、無理に放送しろとは言いづらいところでしょう。放送が無いことを悲しむより、一人でも多くの方が放送が復活するように球場へ赴いたり、Jスポーツさんの放送を見てくださることを望みます。野球だって1スポーツ、存在することが当たり前ではなくなってきたここ数年、ましてやまだまだ始まって間もない大会なのですから、ファンが支えていくなんて気概があってもあながち笑い話ではないと思います。

っていう話を飯田圭織のファンをしていた人に言われました、応援するアイドルほぼ全員が妊娠することで同じアイドルファンにめっぽう嫌われているらしいですが、アイドルを発掘しては養うレベルまで金を注ぎ込むその情熱に、正直ぐうの音も出ませんでした。他者これ皆教師と呼ぶ、人間何から学ぶか分からないもんですね。



天津 4-7 統一

すわ歴史的瞬間のお目見えか、というところでしたが天津は勝てる試合を失ってしまいました、残念。ただ負けたとは言え本当に勝てる試合だった惜しい試合でした、っていうくだりを実は去年も同じように書いた訳なんですが、今年は正直言って惜しいどころか試合終盤までまともに目を開けてられないくらい緊迫した試合でした。天津先発は五輪代表からは外れたものの実質今年の顔となったスゥ・チャンロン、彼の今季の内容から言って彼が初戦に立つ事は予想されていましたが、二番手であがった元中日のルゥ・ジエンガンの登場は意外の一言。今までの傾向から西武に当てられるかなと思っていた矢先のロングリリーフでしたが、やはりこの試合、天津にとってみれば五輪の勝利投手ルゥ・ジエンガンを送り込んででも勝ちたかった試合だったということなのかもしれません。逆に統一もここでアルヴァラードという先発の一枚をきってしまい、残り2試合を勝っても決勝での勝ちの目はかなり薄くなったような気がします、統一にとってはいかに省エネで乗り切るかが課題であったはずのゲームなだけに「試合意義」だけ考えれば両者痛みわけというところでしょうか。



試合が動いたのは2回の天津の攻撃、統一先発リン・ジォンフォンは速球とチェンジアップで打者をかわすのが持ち味の好投手でしたが、ボールだけで言えば天津が見たことのないものではなく、直球で圧倒される前に盗塁をしかけるなど、逆にそれを逆手に取ったかのようなプレーで3点を先取していました。多分ですが、天津はかなり早い段階でリン・ジォンフォンの投球にあるていどのあたりをつけていたのかもしれません。はじまってから三回で彼らは4つの見逃し三振を喫していますが、その一方でリードが安定する3回まで彼らはかなりの球数をリン・ジォンフォンに投げさせていました。しかし4回を過ぎると初球勝負等積極的な振りが多くなり、押せ押せムードは強くなってもいました。今日の天津はどうしてもヒット数で下位打線が功労者と言わざるを得ませんが、序盤の好ゲームの演出についてはまず間違いなく上位打線もきっちり仕事を果たせていたと思います。統一打線は全体的に慣れない球に苦戦していたように見え、力技がしっかり通じる相手であったこととリリーフに失敗したリ・ジィアチアンに助けられた感もなくもない形だったのが残念でしたが、おおむね全選手調子を狂わされた訳でもない様なのでまぁ終わりよければ全てよしなんじゃないかと思います。



ただ試合前統一の選手たちは東京ドームの感想を「ボールがよく飛ぶ」と言っていたようですが、確かにこの試合内容を振り返ってみるとどこか不自然なほど統一の選手たちの打球は打ち上げられていました。結果的に今日は「いつでも思えば点が取れる」事実を長打のみで実践できたからよかったのですが、もし統一の選手たちが今日の手ごたえを悪い形で残してしまうと、ご一行様を地獄にご案内してゆうべはおたのしみでしたね的な話にもなりえるかもしれません。



西武 3-4 SK

なにをもって油断とし、なにをもって余裕とするのかは、難しい話です。昨年までの日本チームは事実飛車角落ちで勝ってきていますし、それで勝ってしまえるのならば無理に全力を出せというのは難しい話であることも事実で、逆に本気を出させるためには砂をつけさせてみろと言うことさえ出来ます。アジアシリーズは実質4試合分の先発を確保すればそれで足りますし、怪我の選手を無理に出すのには危険がともないかねません、そこまでは確かに「余裕」と判断してもおかしくないと思います。ただ現実問題として、負けてしまえばそれは余裕ではなく単なる準備不足、自業自得、油断にほかなりません。いくら王者西武とはいえ、ここまで削り落とした状態でSK相手に勝てる可能性は低いのではないかとは思っていましたが、この負けは明らかに失態による負けではなく、力負けと呼んで差し支えの無い敗戦でした。特にレギュラーシーズンあれだけスピードと長打で押していた西武が、まったく足を生かせず長打もほとんどお目にかかれなかった事は、もう少し危惧されてもいい内容だったんじゃないかと感じます。



SK先発のキム・グァンヒョンは韓国シリーズでもいまいち調子が見劣りする状態でしたが、もう第一戦に先発させてしまった以上決勝も彼に託すしかなく、西武にとっては彼を打ち崩したことこそ今日一番の収穫と言えそうです、が、それ以上にリリーフ陣が素晴らしく、西武は惜しみなく戦力を注ぎ込まれる側ですので、どっちに転んでもあんまりおいしい収穫だったようには思えません。むしろ打撃の面で打たれちゃいけなかった3番イ・ジェウォン4番パク・ジェホンにホームランを配給しちゃってどうしようって感じなのですが、だが待ってほしい、逆にこんな段階でボンボコホームランが出るほうがおかしいじゃないのか、って気もしました。もともとどこからでも点が取れる打線が今年のSKの売りだったはずなのですが、今日は五輪で散々注目された足を絡めたプレーはなりを潜め、全体的に野球が大きくなっているイメージを受けたのです。これが統一と同じ「東京ドーム効果」だと言い切ることはしませんが、このままそれを好調とうけとめてSKが打ち続けると、決勝にタイミングはずしの専門家涌井を予定している西武相手に完全に沈黙させられる恐れがあります。



ただそれもこれも全てベースとして「西武がシーズン通りの戦い」を出来る事が存在していてこそ成り立つ話。今日はSKの正捕手パク・キョンワンが途中からの様子見の出場に止まりましたが、あの分なら決勝では必ずキムグァンヒョンとパクキョンワンのバッテリーと合い見える事になり、若い左腕が復調することさえ考えられます。もし西武がこのまま先発投手の出来に頼り続ける野球をしてしまうと…、ついに皆が恐れていた韓国の新聞の一面が「列島成敗!」になる日が、来てしまうかもしれません。西武の敗戦については終わっちゃったらもう文句は言えないし、外野である僕らに物を申す権利はたいしてありませんが、「仮にファウルがホームランになっちゃったりして」負けても、数字の上では負けでカウントされちゃいますし、もっと目先の勝利にこだわる必死な感じを見せてもいいんじゃないかなって気もしました。勝たなくてもいい試合はあっても勝たなくていい勝負は存在しない、うまい言葉だと思います。



渡辺監督は試合後あの判定について苦いコメントを出しておられましたが、あれで西武のテンションががっくりきたというのなら、勝てる試合を負けさせられたと言う意味で、西武の立たされた場所は我々が想像するよりはるかにきつい場なのかもしれません。障害がバネになるから強豪、この敗戦が西武の闘志を呼び起こすものになってくれると信じています。

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2008年11月04日

統一記

11月2日、統一ライオンズが台湾シリーズを制覇し、今季の台湾リーグの全日程が終了しました。北京五輪での歴史的中国敗戦、張泰山のドーピング疑惑、八百長問題で球団が解散、思えば2008年の台湾野球は常にその背に影を抱えながらのシーズンだったような気がします。それでもなお人気球団兄弟の歴史的なシリーズ進出とあって歴代最高の観客数をたたき出し満員御礼となった台湾シリーズ、台湾の人々の野球に対する見方が醒めてはしまっていないかどうかは、僕というよかむしろ台湾の野球ファン自身が心配だったところでしょう。結果はまさに激闘の末真の強豪を歩み始めた統一が4勝3敗で台湾王者となりましたが、彼らが強豪になったという実感は、彼らが果たしたに連覇という偉業よりもむしろ負けた兄弟の側に見ることが出来ました。挑発行為に熱くなったファン、表彰台で悔し涙を流し続けた兄弟MVP王金勇、その戦いが彼らにとって怒ったり泣いたり喜べたりするものならば、これに勝る勝利の証明はないってもんだと思います。



当初ここまでシリーズがもつれると思う人が少なかった事実どおり、統一と兄弟の戦力の差はいかんともしがたい開きがありました。そもそも強豪である統一に対し、兄弟は長年弱小呼ばわりされ続けてきたチーム、レギュラーシーズンの対戦成績だけを見ても正直兄弟は一部の勝ち目もなかったように思えます。プレーオフでも若い選手たちが集中力を切らさずに来たことが勝因となったこともあって、単なる戦力の比較では想像が難しいところでした。兄弟が唯一付け込める隙があるとすれば、枚数が減った上に去年よりかは恐ろしさが減った先発陣。メッツに移籍したフィゲロアの分を海克曼に任せるのは難しいところですし、とは言っても艾瓦多がかわれるかといえばそうでもなく、エース潘威倫も肩の調子は滅法よくありませんでした。対する兄弟の外国人トリオ廖于誠、小林亮寛、丹尼が彼らに勝るというか兄弟を抑えきる可能性も高い訳ではありませんでしたが、ブルペンや小技の応酬をとれるかと考えれば、やはり道は一つしかなかったんじゃないでしょうか。



目の前にある試合が勝たなければいけない試合だということを知る、そういった意味で台湾シリーズ第一戦目は兄弟にとって素晴らしい女装台となりました。もともと兄弟という人気球団は、この台湾球界のごたごたの中にあって、唯一一段上から物事を見れたような球団でした。その上長らく遠のく勝利から「負けなれた若手選手」ばかりが残るようになり、若い選手たちの球団でありながらどこか緊張感が無いようにも見られていたほどでした。ここまで全部台湾人が言っていた愚痴なのですが、確かに今年の兄弟と昨年の兄弟を見比べればなんとなく理解できる話かもしれません。傍目から見ていてどうしようもない判断ミスであっても頻発する、ピンチはただただ過ぎ去るのを待つ、そんな不のオーラ漂う兄弟は確かにこの台湾シリーズには見受けられませんでした。本来なら大量失点の幕開けであった4回途中のピンチを乗り切り、相手のエラーや疲労も見逃さず9回まで一切攻撃に手を抜かない。王者統一を圧倒しきった初戦での勝利は、精神的にではなく実質的に兄弟にとって有利な状況の保障となっていました。



しかし統一も、そんな相手をかわし続けてきたからこそ強豪の道を歩み始めたチームです。続く第二戦ではもとより相性がいいとされていた兄弟先発小林亮寛の立ち上がりを攻め立て初回3得点。そんな統一の気迫にあせったかのように兄弟4番彭政閔が足を痛めて4回途中退場すると、強大な印は昨日の気迫が嘘かのようにミスも続発。結局エース潘威倫が8回まで投げてクローザー林岳平につなぎ、一点差で統一が接線をしのぎきります。両者どちらかがひるんだところで勝負ありの戦いは徐々に意地の張り合いへと姿を変えていき、続く第三戦は兄弟先発丹尼が頭への死球で一発退場、対する統一の先発艾瓦多も制球定まらず死球連発で炎上と大荒れ模様になりながらも、両者不気味なほどに平静を保つ大接戦を披露。結局、負傷でなお意地の出場を果たした彭政閔が兄弟にいい意味でのボルテージ上昇をもたらし、軍配は兄弟に上がることとなりましたが、本当最後まで何が試合を決定付ける要素となるのか分からない試合となりました。



第四戦はそんな兄弟の緊張感を逆手に取るようにして、統一先発海克曼がのらりくらりと兄弟打線を翻弄、柔よく剛を制すで統一の完封勝利。ここで一旦はまた落ち着いたかのように見えた試合でしたが、ここでかわされた意地は両者失ってしまったというわけではありませんでした。続く第五戦、最終回まで荒れ模様となった試合に勝利を手にした統一林岳平がガッツポーズをし、海克曼がそれにともなってとった態度がかなり兄弟側にはカチンときたようで、試合後暴動規模の大乱闘が発生してしまいます。その間林岳平は去り際ファンに向けて首を切る挑発をしてしまったために乱闘の火はファンにまで飛び火、選手皆が帰ってなお統一のバスを囲んだり選手通用口を封鎖しようとしたりしていたようで意地の張り合いは良くない方向にまで及ぼうとしていました。ただ、こんな最悪な乱闘行為ではありますが、それは選手にとってもファンにとっても、台湾シリーズがまさに負けられない戦い、我を忘れて戦わざるを得ない試合になっているといういい証拠でもありました。



第六戦、そんなファンの憤りに応え、前評判を吹き飛ばして兄弟は小林亮寛が6回を無失点の快投。彼の気迫はまさに兄弟、そして統一の意地の代弁だったといえるでしょう。土壇場で持ちこたえた兄弟、ついに追い込みきった統一。第七戦は統一先発海克曼、兄弟は買嘉瑞。後は常勝で負けを許されない統一と弱小扱いでもう負けられない兄弟の意地、どちらが勝っているのかというレベルの話でしたが、負けられないのはやはり常勝の球団のほうでした。先発海克曼は粘る兄弟打線の意地を一つ一つ切り裂いていくかのように反撃の芽を潰し、チャンスらしいチャンスさえも作らせずに兄弟を完封、こうして統一は再び台湾王者に輝き、二度目のアジアシリーズへ駒を進めることとなりました。勝った統一も負けた兄弟も「勝敗が決したこと」について、体は分かっていながら頭は分かっていないような呆然とした態度を見せていましたが、まさに死闘の後と言う絶景だったように思えます。こんなことを書いてしまうと他の試合で言葉が軽くなるようで恐ろしいですが、心のそこから、近年稀に見る素晴らしい野球でした。



荒れ狂う波に飲まれる寸前にまで追い込まれた台湾野球、そしてそれを代表する責務を負った台湾王者統一ライオンズ、ついに彼らはアジアの頂点を決める舞台アジアシリーズへと駒を進めました。これが台湾の野球の新たな一歩となるのか、例年とは背負っている敗者達の重みが違うだけに、アジアシリーズも負けに甘んじられる大会ではなくなりました。遅ればせながら統一ファンの皆さん優勝おめでとうございます。そしてようこそいらっしゃいませ、マンションの家賃分で駐車場しか借りられない、そんなメガロポリス、夢の都東京へ!

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2008年11月02日

デスクリムゾン

10月31日、SKワイバーンズがトゥサンベアーズを4勝1敗で破り韓国シリーズを制覇、昨年度に続く二連覇をもって今季の韓国プロ野球リーグの日程の全てが終了しました。昨年度の荒れた韓国シリーズからの因縁のような顔合わせであるトゥサン、準プレーオフ進出に湧き上がった人気球団であり弱小球団であるロッテ、振り返ってみると決して穏やかなだけのシリーズではなかったのですが、結果的には彼らの勝利をもって勝つべきものが順当に勝ち上がったシリーズで終わったような気がします。今シーズンの最終戦となったシリーズ第五戦の9回2死満塁、トゥサンはこのチャンスを逃したことによって自らの負けを決定付けたのですが、実はシリーズを通してみても幾度と無くチャンスをつくり、それを潰していました。最後までなぜ負けたのかが後付でさえ語るのに忍びないような、数字の良し悪しが勝敗に直結しているわけではないとかテキトーな事言っちゃっても仕方がないような、メンタル面に訴えかけるしかないような、今年の韓国はそんなことを思わせるシーズンでした。



SK対トゥサン。昨年の韓国シリーズにて死球を初めとするきな臭い流れにもつれ込んだ両チーム、同じ顔合わせになった事もあってトゥサンのキーマンでもあるキムドンジュがシリーズ直前に「自制しなければならない」というコメントを出す程の不穏なムードが漂っていました。彼のコメントの真意は分かりませんが、戦力面でかなり差に開きがあるトゥサンにとっては確かに嫌な顔合わせではあったはずでしょう。その前の準プレーオフにおいて、ファンが熱狂的なことで知られるロッテがサムスンの前に敗戦、猛り狂ったファンが暴動寸前まで興奮し、ロッテナインもその不穏な空気に飲み込まていったという実例もあります。そもそも両チームともに足でプレッシャーを与えるタイプの打線ながら、戦力差、特に投手力でトゥサンは不安を抱えており、彼らにとってシリーズが長期化していいことなど何一つとしてありませんでした。昨年同様試合の期間が開いている事もあり、興奮して意地になることが差を埋めるたしにはならなかった経験は、彼らに重くのしかかっているように見えました。



昨年と同じパターンに入らない事こそトゥサンが勝つ一つの方法だった、しかしそれはアイディアとしては残念ながら退廃的なものでしかありませんでした。まず昨年より明らかに数字が落ちたトゥサン先発陣ランデル・キムソンウ・イヘチョン。特にこのシリーズ、SKに強いとされるランデルが昨年のリオスの役割を果たさなければ勝利が見えてきませんでしたが、そのランデルでさえ今シーズンは目に付くように荒れる事が多く、絶対に計算できる投手という訳ではありませんでした。逆にSKは韓国のエースにまでのし上がった奪三振王キムグァンヒョンが7戦のうち3つは投げるとされ、そのまわりもチェビョンヨン・レイボーン・ソンウンボムが固めると、トゥサン先発陣が若干見劣りするといっても仕方の無い布陣。初戦は試合間隔があいた事もあってランデルで勝ちがとれる可能性は高かったので、2戦3戦でキムソンウ・イヘチョンが好投してくれる可能性がそのまま勝敗となる、とシリーズ前の僕の予想はこんな感じでした。



ありがたい事にと言っていいのかどうか、初戦からその予想は当たっていきます。まず初戦SK先発キムグァンヒョンがイジョンウク、オジェウォンの1・2番に死球を与えると、そのまま制球がいまいちぴりっとせず失点を積み重ね。一方のランデルは粘り強い投球でSK打線をしのぎきり、初戦の役割であったブルペンを休ませての勝利をもぎとりました。しかし続く第二戦、徐々にトゥサンが抱えていた不安が姿を見せ始めます。初回キムソンウがワイルドピッチも絡んでの2失点を喫すると、4回には相手のミスもあって同点に、しかし5回にはパクチェサンに再び勝ち越し打を打たれてそのまま敗戦。数字だけ見れば両者よく打ってよく投げた試合であったのですが、トゥサンにとってはなかなかに渋い試合のように感じられました。そもそも戦力面で圧倒されている感のあるトゥサン、先発で肩を並べられない分リリーフで取り返したいところですが、実は左に対して投げる投手がおらず、弱点が露骨に露呈している武器に頼らざるを得ない状況とも言われていました。その上投手を支える守備もサードキムドンジュが腕に怪我を抱えており、代わりの選手をうまく組み合わせられるほど豊富なわけではありません。



キムドンジュはこの試合サードでミスを連発し慣れないファーストへ、しかし代わりに入ったオジェウォンが急な交代にこれまたミスを連発。一方のブルペン陣も3番手イムテフンが昨日から好調のSK三番キムジェヒョンに本塁打を浴び、短期決戦で一番作ってはいけないはずのお祭り男をプロデュースするのに一役買っていました。一方のSKも下位打線が結果を残せず毎回のチャンスを潰しはしていたのですが、不思議と勝利はもぎ取る得体の知れない強さ。なにより昨日の敗戦で相手のエースキムグァンヒョンを潰した結果であったはずのトゥサンのはずが、蓋を開けてみれば自分たちの3番キムヒョンスに完全にブレーキをかけられていた、そんな事もまたトゥサンにとっての不安が一つ露呈したことに他なりません。同じ苦戦でも不安が露呈している訳ではないとでも言えばいいのでしょうか、回を重ねるごとにトゥサンの頑張りが勝利に直結せずSKの失敗が敗北に直結しない構造が作られていっていたようにも思えます。



続く第三戦、SKはトゥサン先発サウスポーイヘチョンに対し好調キムジェヒョンを崩されないようにとの考えから好調男をベンチスタートさせるしたたかさを見せてのスタート。前日のキムソンウ同様イヘチョンもSKレイボーン相手の好投を繰り広げ、チェスンファンなんて伏兵の一発も出るなど傍から見れば優勝球団の戦いのようにも見えましたが、終わってみればこの日も予定通りさっくり敗戦。全体や数字で見れば決して負け戦をしているわけではないトゥサンながら、SKはかわった直後のイジェウの初球をホームランにして勝ち越し、幾度と無くピンチを作りながら9回の1死満塁の場面では3番キムヒョンス相手にゲッツー等々ここぞという場面すべてでミスや不安要素を一切見逃されませんでした。なぜ負けるのか、なぜ勝っているのか、結果を見てもなお薄氷の上を歩いて勝った試合にしか見えない、それが分からないまま結果は予定通りの2勝。続く第四戦はランデルをたてる絶対に勝たなくてはならないゲームでしたが、この日もトゥサンは見えない何かに阻まれて、チャンスを作っては凡退を繰り返し、敗戦を喫してしまいました。



もしトゥサンファンの方がいらっしゃったなら大変失礼なことなのでしょうが、第四戦が終わった時点で勝負の行方は八割方決していたように感じられていました。悪いわけではない、その証拠に得点圏まではいつでも進める、しかしながらそこからホームへは見えない何かによって絶対に到達できない。勝つ可能性があるとするなら、当時崩し気味だったソウルの天候が試合と一緒に悪い流れを流し去ってくれることぐらいでしたが、試合が始まってみればそれを拒むかのように青空が広がっていました。SK先発キムグァンヒョン、トゥサン先発キムソンウで始まった試合は、両投手が踏ん張り6回を終わってゼロ行進という投手戦へとなっていました。その内訳を見ればどっからどう見たってホームが近い攻撃を続けていたのはトゥサンだったのですが、そうした洪長官溢れる攻撃に一番恐怖心を抱いていたのは、多分トゥサンナインだったんじゃないかと思います。



7回フォアボールとデッドボールで一死満塁のチャンスを迎えたSK、ここで8番パクキョンワンは三遊間へボテボテのごろを放ちこのチャンスを潰しました。しかし、まさにこの場面こそSKがホームを踏めてトゥサンがホームを踏めない差が凝縮されていた場面でした。彼のはなったあたりを処理したのは、腕に不安を抱えながらサードを守り続けていたキムドンジュ、たったそれだけの差であったというのにもかかわらずキムドンジュのグラブからボールは零れ落ち、SKはその間に勝ち越し点を上げることとなったのです。一方のトゥサンも、もちろんのこと最終回へ向けて猛攻を見せます。8回には無死1・2塁のチャンスを演出し、5番ホンソンフンが左中間を破る痛烈な当たり、だったはずがチョドンファが滑り込みキャッチ、それでも続くオジェウォンがレフト前、と思いきやパクチェサンがダイビングキャッチ、ユジェウンが粘りに粘った結果、空振り三振。もうこの時点でこの後の結末を予想できた人も少なくは無かったはずでしょう、次も必ずチャンスを作ってもホームには届かない。そして2死満塁の場面を想定したとき、その打席に立つのは絶不調に追い込まれていたキムヒョンスとなっていました。



9回、チェスンファンがフォアボールで出塁すると、キムジェホが内野安打、イジョンウクレフト前ヒットで満塁、そしてコヨンミンが倒れ、場面は想像通り首位打者キムヒョンスに回ってきました。結果はピッチャー前ゴロ、ダブルプレー、敗戦。こうして2008年シーズン韓国リーグ優勝はSKの手に渡り結末を迎えました。トゥサンが持っていなかったものをSKが持っていた、そりゃもちろん首位のSKはトゥサンが持ち得ない多大な戦力を持っているはずなのですが、このシリーズはどこかそれとはまた別の何かがSKを勝利へいざなったかのように見えるシリーズでした。それが何かが分からないからこそ、野球を知る人たちは皆、時に馬鹿馬鹿しくなる程に数字とにらめっこを繰り返しているのですが、ここまであからさまにそれを見せ付けられるとオカルトめいた言葉の一つや二つそりゃ止める訳にはいきません。これでついに連覇、長らく新興球団扱いされてきたSKも、名実ともに強豪チームへとのし上がりました。数字で計りえない「常勝と呼ばれる球団たちが常勝と呼ばれる所以」がSKに見え隠れしているというのならば、彼らは今韓国で最も勝ち方を知っているチームに他ならないことになります。



勝者のめぐり合わせに導かれるように、韓国からは常勝球団へと仲間入りを果たしたSKワイバーンズがアジアシリーズへ駒を進めました。遅ればせながらSKファンの皆さん、優勝おめでとうございます、東京へいらっしゃいませ。

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2008年10月11日

負ける為に生まれた球団

北京五輪の予選トーナメントでのアメリカ戦前日、決勝トーナメントでキューバと当たれば分が悪いと話題になっていたとき、負けるために試合をする馬鹿はいないという批判があったのを最近思い出しました。それは勝負なんだから至極もっともな話なんですが、ただ何をもって勝敗を決めるかで「勝ち負け」の意味は大きく変わってくるため、一概にイエスとは言いがたいと、そのときは思っていました。今でこそ韓国とあたっていても勢いがあっただろうと言う事はできますが、王者キューバとわざわざかち合う事にメリットがないと今さえ思いますし、五輪の勝ち負けは全体でメダルを獲得したかどうかで決めなければならないものでしょう。かつてクライマックスシリーズでマリーンズのエース清水がホークス松中相手に初戦徹底した内角攻めをするなんて場面がありました、その後の試合マリーンズは松中への攻めを徹底した外角攻めに切り替えてクライマックスシリーズを切り抜けたのですが、それもまた一つ、うまい勝負の捨て方だったように思えます。しかしだからといって世の中に負けることを宿命付けられてきた球団がいたなんて、想像もできませんでした。台湾でまた、八百長が発覚したのです、しかも今回は、球団ぐるみで。



今回八百長の舞台となったのは昨シーズンよりCPBLに参加していた米迪亜ティー・レックス。報道によれば球団ぐるみで野球賭博と八百長を行っていた疑いが浮上たらしく、検察当局が8日、詐欺や賭博などの容疑で施建新・オーナーや選手、コーチ、球団職員ら計14人を事情聴取。うち施オーナーら6人を身柄拘束したそうです。長らく続く八百長の問題により球団の経営が赤字続きの台湾、昨年誠泰が球団運営から手を引き、球団運営に関わる企業選別にかなり厳しい声があがっていただけに、今回の事件は一部の識者にとっては予想できた事件と言えるかもしれません。球団が暴力団の資金で運営されていたことも明らかとなり、親会社であるカーナビゲーションメーカーの賽亜数位科技にはオーナーが役員としていなかった等、かなりの不鮮明な経営実態が明らかに。彼らは球団関係者やコーチ、選手らを金銭やレギュラー確約等の接待で懐柔し、故意の失策や四球でゲームを操作していたと見られており、検察は7月の時点で本格捜査に乗り出していたそう。暴力団が弱みに付け込む形で生まれた球団が米迪亜ティー・レックス、彼らは負けることを目的として生まれた、初めての球団となりました。



確かに、台湾の野球は、設立当初から賭博と切っても切れない関係にありました。野球そのものと言うよりかは、台湾で行われる興行として野球はうってつけの存在だったと言えるかもしれません。賭博に対する制限が厳しい台湾、そこに初めて設立されたスポーツのプロリーグであるCPBL、注目度の高さもあって、そこへ暴力団の資本が張り込んでくるのは最初から予期できた事でした。かつては球場の中に一人は野球場に似つかわしくない黒服のお兄さんが立ってるなんて言われ、CPBLの躍進とともに賭博への需要も増加、そうなってくればもっと別のところで儲けたいと思う人間が出てくるのも仕方がないっちゃ仕方がない話なのでしょう。マフィアによる八百長が最初に露見したのは1997年、またこの発覚の仕方がすさまじいもので、人気球団兄弟エレファンツ監督呉復連がホテルの部屋に拉致監禁され、自由業の方にピストルの銃口を口の中につっこまれるというショッキングな露見の仕方でした。もちろんこの事件の直後台湾の球界は未曾有の混乱に陥り、芋づる式に多くの関係者の八百長が見つかると、多くのファンは球場を去っていきました。



いくつかの球団は解散となり、リーグは混乱のさなか分裂、そんな事態にますますファンはさめていきましたが、それでもなお八百長の火種は手を変え品を変えリーグに付け入る隙をうかがい続けていました。小説「夜光虫」の中で馳星周先生は当時の台湾野球の八百長をテーマとした物語を書き綴っていますが、現実は小説より奇なりとはまさにこういうことを言うのでしょう。八百長の問題で黒道と接触していた外国人選手は不審な死を遂げ、選手の中には野球選手としての道を断たれた人間もいる、八百長も単純な介入の仕方からリーグ運営そのものへ介入しようとするまで、最早野球というゲームの一つのルールといった様相でした。台湾の野球選手だって、もともと八百長がしたいなんて選手がいるわけではありません。給料が少なくレギュラーを取れない層を狙って八百長を持ちかけているということもそうですが、そもそも話を持ちかけられた時点でイエス以外の選択肢は、チームから抹殺されてこの世からも抹殺されるしかありえない、誰一人として、最初っから断れないのです。



根本的な問題を解決するために、CPBLはクリーンな体質と選手そのものの環境を整えるためリーグの整備に邁進してはいました。しかしそのたびに八百長は顔を出し、彼らの出鼻をくじいてきました。今年で19年目になる台湾リーグながら、その間八百長の関連で謝罪した会見は既に二桁超え、2005年には致命的とさえ言われた二軍での八百長問題が発覚し、台湾のファンにとって八百長はいたちごっこというよりか泥沼での殴りあいといったほうがいいような問題にさえなっていました。それでも、それでもなおCPBLはクリーンな体質を目指し、球界からそうした流れを根絶しようと動いていました、動いてはいたのですが、黒道のかたがたのお考えは彼らのそれを数倍上回っていました。CPBLに付け入る隙がないのならば、球団自体を手に入れて八百長を行わせてやればいい。ちょうど昨今の八百長問題のあおりを受けて誠泰が球団運営から手を引くといっていた、そんな運命のめぐり合わせで生まれてしまったのが米迪亜ティー・レックスでした。



奇襲ともいえるこの手にCPBLは面食らって入るようですが、ファンからしてみればかねてより叫ばれていた球団運営の企業選別の甘さの露呈にかわりないだけに、彼らの野球に対する目は更に厳しいものとなりつつあります。ここ最近先日の五輪での中国戦、そしてワールドカップでの敗戦が響き、野球に対してかなり厳しい世論となってきていただけに、これから始まるプレーオフやアジアシリーズに向けてファンが何らかの行動で拒否を示しそうな気配が漂ってきました。この流れをうけてCPBLは球団の運営を即刻停止、彼等のレギュラーシーズン残り2試合を中止としましたが、プレーオフに関わらないのが最後の救いといった程度の処置にしかなっていません。台湾のファンにとって不運なのは、これが野球の問題というよりかは台湾の社会が抱える暗部の問題、ということでしょう。かつてバスケットリーグが休止に追い込まれ、CPBLも運営停止に陥りかけていたとき、野球を救ったのは「台湾にプロスポーツを」と願ったファンの肝いりでした。彼らの熱意が経済界の面子と野球好きで知られる陳水扁を動かし、CPBLはその経営を保ったとさえ言われています。しかし今回の事件でわかったのは、台湾にプロスポーツがある限り、どう体制を変えようとも賭博はその寄生先を求め続けるという皮肉な結果でした。



台湾の野球界は今回の事件を受け、激しい批判を浴びています。まだ、激しい批判があるのならば、そのうちは大丈夫でしょう。しかし今回既に、見られてはいけなかったはずの醒めた兆候は見られ始めました。「またか」と言う声です。台湾のファンは怒るのをやめて、あきれつつあります。



何を勝ち負けとするかは、人によってその尺度が違います。いくら試合で負けようとも興行として儲かれば勝ちでしょうし、いくら球団経営で負けようとも賭博で勝ちがついたならそれは確かに勝ちと見ることもできます。さてでは、台湾のファンにとって台湾の野球の勝利とは一体何なのでしょうか。目の前にある勝利が勝利と感じられなくなったとき、いかなる勝利をもってきても言われる言葉は決まっています。

「だって本当は勝利じゃないんでしょ」

皆さんの目指している勝利は、本当の意味で勝利と言えるものでしょうか。

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2008年05月13日

ラストプレーヤー

ここ最近ゲームをめっきりやらなくなり「老けたな…」なんて思っていたのですが、買ってからあまり手をつけていなかったハーツオブアイアン2というゲームを再開してからむしろ老けかねないほどにがっつりのめりこんでしまい、もう更新する心が折れてしまいそうです。ハーツオブアイアンはスウェーデンのパラドックス社から出されている第二次世界大戦のシュミレーションゲームで、もともと細かな歴史検証で定評のある製品を多く手がけている会社ではありましたが、ことこの作品に関しては第二次世界大戦から冷戦という激動の時代を扱っていることもあって、まさに電子ドラッグと言わざるを得ないようなつくりとなっています。第二次世界大戦はよく勢力圏の争いという意味で「持たざる国」日本・ドイツ・イタリアの枢軸国と「持てる国」イギリス・フランス・アメリカの連合国の対比と言われますが、確かにゲーム内と言えど英仏の勢力図は広大で、閉鎖された市場の拡大のみが生き残りのチャンスである事は明白。結果悲しい事に、枢軸国でゲームをはじめればゲーム内ではいかに植民地を切り取るかが作戦となります。起こってしまった過去を否定はできませんが、それがゲーム内でさえ拒否できないというのは悲しく思えて仕方がありません。



1900年代前半とは、世界にとっては列強による勢力の拡大合戦の時代でした。旧イギリス連邦の国々を見ればかつてそこで栄華を極めた大英帝国の影響をありありと感じる事ができますし、アジアであっても香港マカオなどからは強くヨーロッパの影響が見つけられます。その影響の度合いをスポーツから見てみても、今日世界中にサッカーをもちこんだのは彼等の植民地政策と言われていますし、同じサッカーが人気な国々でもクリケットと言うイギリスのアイデンティティースポーツを境目にしてくっきり色分けされている事も多く、それが確かに「文化圏の陣取り合戦」であったことを窺わせる現実にぶちあたります。かつてスペインの支配下にあったキューバではアメリカンスポーツ野球に対し統制令が出され、多くの野球選手が同じく植民地であったモロッコに送られたなんて事もありました。たかだかスポーツと言えど一文化、そう考えてもらえれば、無理にこじつけたっぽいこの流れがそれっぽく見えるのではないかと思います。



もちろん第一集団であったヨーロッパ・英仏が飛び抜けていただけで、他の地域の国であるアメリカや日本も例外ではありません。アメリカは植民地政策に消極的であった事もありますが、経済の一部であったカリブの国々には漏れなく野球が広がっていますし、フィリピンや太平洋諸国にも彼等の影響は見てとれます。日本の影響下では現在の台湾・韓国がまさにそれでしょう、そうして広がった地域の規模を考えると野球もまた一つの「植民地政策によって広がった文化」なのだと言ってもいいのかもしれません。しかし当たり前の話ですが、これは単にそこに現実の原因を求めやすいというだけの話であって、間違っても「スポーツの普及=文化圏の拡大の結果」と言い切れるものではなく、多数の例外が存在しています。イギリスの支配下にあったながらもクリケットのシェアを野球に喰われたニカラグア、グラウンド確保の問題から人気球技トップがバスケットの香港等がまさにそれ。むしろ時代背景を鑑みるに、彼等が何故それを選ばなかったのかという事にこそ、スポーツの普及の根幹とも言える理由が見つけられるはずでしょう。何故野球をしていないのか、このブログの原点に立ち返りアメリカ・日本の影響下にありながら野球が普及しなかった地域をさがすと、世界に大体2地域見つける事ができます。一つはずーっと内戦やってて野球なんかしようがなかったアフリカの国リベリア。そしてもう一方が、現中国北東部、旧満州です。



満州国、中国的に偽満州と呼ばれるこの地での日本の影響力の発現は、1895年下関条約にて遼東半島が日本に割譲された事から幕を開けています。アジア植民地争いの主戦場となった中国、当時眠れる獅子と呼ばれ欧州列強から食い尽くされていた清の存在は、日本にとって自分の家に燃え移り兼ねない対岸の火事であり、生き残りをかけた最後の選択肢でした。日清戦争を経て遼東に大陸への足場を築いた日本でしたが、やはり列強に存在を危険視される形で三国干渉を受け権利を返還、ここで対立を深めた事もあって日露戦争へと進むと、これに勝利し1905年のポーツマス条約にて後の満州鉄道である東清鉄道を獲得します。1930年にこの鉄道を巡っての争いにより満州事変が起こると、日本軍は瞬く間に中国東北部を制圧しこの地に満州国を建国、もちろん国際社会の評判はあまりよくなく、皆さんご存知の通りこの後日本はそのまま国連脱退・世界大戦と未曾有の泥沼に駒を進めていきます。まぁ賛否両論ある分野ですしここで語るべき話ではないので大まかな説明で終わっておきますが、野球のお話にもこうした歴史の上の話がいくつか関わってきていますので、興味のある方はむしろもっと真面目なブログを読んだ方がわかりやすいかもしれません。



例えば、あまり知られていない事ですが、満州国の国技がサッカーと定められていたと言う事は、皆さんご存知だったでしょうか。もちろん調査を重ねて下された判断と言われていたようですが、当時の満州でサッカーが随分と行われていたとは聞きませんし、後に結成された代表チームの面子でも分かる通りスポーツにおいてもイニシアチブがあったのは日本人。では何故当時日本人に訴求力のあまりなかったサッカーが国技に選ばれたのかと言うと、やはり1番に日本が満州の成立を国際社会に訴えたがっていたという時代背景にぶちあたります。FIFAへの加入は国連を見放した日本にとっては最善の満州国アピール、といって前述通りあまりいい結果にはならなかったのですが、スポーツと言えど満州をとりまく激動の時代に影響を受けざるを得なかったという事でしょう。世界から認められなかった満州国の存続期間は日本敗戦までの実質たったの10年、その中である程度活動が認められる、となれば自ずと満州で行われていた野球が遼東半島のものだった事も分かってきます。



日本の植民地経営を語る上で、後藤心平という欠かせない人物がいます。彼は台湾にて交通網を発達させて近代化を促した当時の日本都市開発の第一人者と呼ばれた人物で、満州へは台湾での実績を引っ提げてやってきていました。彼の植民地経営は後の阪急的手法という「鉄道会社が都市を開発経営する」形に大変近く、東清鉄道改め満州鉄道の総裁となった彼のもと遼東は満州鉄道と一体で急速な発展を遂げたです。特に満州では多くの事業が独占的におこなわされていた事もあり、満州鉄道株式会社はかなり手広く事業を行っていました。映画配給や調査会社、物質の取引、そしてそんな中の一つとして、戦中満州地域で野球人気の中心に立ち続けた「満州野球倶楽部」は生まれました。満州に渡った野球選手の受け皿となったこの倶楽部は超のつく強豪チームで、社会人野球が好きな方ならばご存知の通り、後の都市対抗の第一回優勝チームにも輝く程。時を同じくして作られた満州実業団とともに、定期的に開かれた実満定期戦は弩級のイベントだったと、当時の話からは垣間見られます。



もちろん日本のプロ組織でさえまだ始まってまもない頃でしたから、その頃の多くの日本人の例に漏れず、彼等野球人にとっても広がる満州の大地はフロンティアでした。幻のプロ野球組織と言われる天勝野球団もその相手に満州を選んでいますし、NPBも1940年には満州全土を転戦するリーグ戦を開催し大きな成果をおさめています。当時の都市対抗での満州勢躍進ともあいまって、日本の野球界にとっても満州の野球は重要なパートだったのです。しかしどうしても日本人のスポーツである感じは否めずにいましたし、1940年という時代はまさに当の日本人の立場が揺らぎはじめてきた頃。この頃から日本は戦火に身を焼かれはじめ、国民生活、ひいては野球にもその影が落ちはじめていました。満州リーグ戦はその試合環境を見るとかなりの貧打戦となっていますが、これはこの時使われていたボールが質が悪い物だったからと言われています。もっと直接的なところで言えばNPBは翌年の満州興業を断念していますし、都市対抗も満州勢はこの頃から出場を断念しています。満州の野球は常に日本の戦局と背中あわせの中で行われていたのです。



満州国にとっての決定打になったのは、ソ連の対日参戦でした。不可侵条約を締結していた日ソ国境の軍隊だけではソビエト軍の侵攻を食い止める事はできず、ソ連に面していた満州は参戦後あっという間に彼等に占領されます。ソビエト統治後の混乱と時を同じくして満州における日本人管理社会の秩序は崩壊、ソビエト統治中に一度実満戦は復活しましたが、少なからず恨みをかっていた日本人達のスポーツ野球がそんな動乱の世に長続きできない事は目に見えたものだったようにも思えます。戦後満州一の興業士であった小泉が話をまとめて復活した事もありましたが、続く帰国事業により日本人という担い手の多くが満州からいなくなり野球の空洞化は激化。日本という重しが消えた後の中国では国共内戦がはじまりますが、日本軍の残した資産を狙った共産党指導者毛沢東により旧満州地域は早々に日本色が薄れていき、後の文化大革命によって表面上とどめをさされる形で終焉を迎えました。



旧満州で最後の実満戦が行われてから既に半世紀、時代はうつりかわり中国においても中国人の手で野球が行われる時代が訪れました。またその一方で、大連では在中日本人の方々による野球リーグが発足し、かつてとはまた違った野球がそこで行われています。スポーツは誰のものであってもいけない、IBAFは野球を「担い手を選ぶスポーツ」から「誰しもが遊ぶべき競技」へかわっていってほしい、それが野球の国際化だ、というようなニュアンスの発言をたびたび行っていますが、そうした彼らの考え方は歴史の中の長いスパンで見ると、よりいっそう浮き立ちます。遠い昔からの一歩一歩が今いる立ち居地を決めているのですから、野球もその身に歴史を刻みつけている。歴史的背景だの文化のせめぎ間の、こういう糞長い上につまらない薀蓄で説明の手に負えない文化となった時こそ、野球の国際化が終わる時、なのかもしれません。

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posted by shoeless |00:35 | アジア野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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