2007年10月21日
世界に先駆け一足早く、ハワイでウインターリーグがスタートしていました。今年のウインターリーグは9月29日から11月19日まで行われ、ちょうど今の時点で40試合のレギュラーシーズンの半分程度を消化したところ。日本からは阪神、ヤクルト、西武、日本ハム、ロッテ、オリックス、楽天の七球団が20選手を派遣し、日本ハムの宮本が防御率トップ、ロッテの古谷が最多勝をの位置をキープしています。ハワイウインターリーグなんて初耳だわ、という人の為に御説明しますと、ハワイウインターベースボールリーグ、略してHWBは、MLB・NPB・KBOの三国の野球プロリーグの若手選手派遣によって構成される、冬の間のみハワイで開かれる野球リーグです。ホノルル・シャークス、ウエストオアフ・ケインファイアーズ、ワイキキ・ビーチボーイズ、ノースショア・ホヌの4球団によって争われるペナントは現在ホヌが数ゲーム差でトップ。マイナー球団がなくなって野球の遠のいたハワイ市民にとって、今一番身近な野球リーグと言えるでしょう。
実は日本人にとっても意外となじみのあるリーグで、今までも多くの若い日本人選手達がこのリーグ参加をきっかけに、可能性を持て余さんばかりに飛躍を遂げています。イチローや松井稼、井口に田口岡島とメジャーリーガーも軒並み参戦経験アリ、昨年度の例で言うと有銘や能見なんかが参戦組。こうやって面子を見ていけば、「ハワイでの活躍は来期を占う」と縁起物扱いされている経緯や、日本プロがこのリーグへの選手派遣をどううけとめているだろうかが分かっていただけるでしょう。二軍の若い選手達にとってはハワイから既に来シーズンはスタートしているようなもんとも言えます。もちろん日本人だけでもなく、アレックス・オチョアにベニー、メジャー組もA.J.ピアジンスキーにトッド・ヘルトン、ジェイソン・ジアンビにデレック・リーとビッグネームがいっぱい。もっともーっと日本人に親しみやすいところで言うと、巨人にいたキャプラーとか阪神にいたスペンサーとかもこのリーグのOB選手です。あの、まぁ、なんていうか、ようは「ハワイにいてこんなレベルの野球が見れるんだ」という事だけ伝わればいいので、選手の経歴云々については、深い追求は、しま、せん。
アメリカ50州の一つハワイ州、アメリカ本土から遠く離れた地に野球が持ち込まれたのは今から150年ほど前だとされています。とは言え当時はまだアメリカ領ではなくイギリスとフランスによって領土抗争が激しかった頃、多くのアメリカ移民とともにハワイに持ち込まれた野球は、彼らを基盤に先住民へと伝わっていきました。そして1926年、今現在のモイリイリ球場前公園にホノルルスタジアムが建設されると、それを皮切りに多くの野球チームやリーグが創設されるように。続く1933年にはメジャーからベーブ・ルースやルー・ゲーリックが訪れ公開試合を開催、1960年にはハワイ初のプロ球団である3A球団ハワイ・アイランダーズが前述のホノルル・スタジアムをフランチャイズに発足。マイナーリーグ最高の人気と関心を持って支えられたアイランダースは、リーグの強豪として華々しい戦跡と多くのファンをハワイに残しました。ハワイの野球の歴史、それはほとんど寄り道の無い、非常にまっすぐな普及の歴史だったのです。
しかし1988年、遠征費がかかり過ぎることを理由にアイランダースが撤退すると、それからしばらくの間ハワイから観戦できる野球がなくなります。アメリカ50州の一つでありながら本土から一番の遠地であるハワイは、遠地であるがゆえにプロスポーツがフランチャイズできず、50州の一つであるがゆえに代表戦などに代表選手を派遣するという事がありません。単純に言えば、市場は有りながらアメリカ4大スポーツがなかなか参入しづらい地域であるということ。アイランダーズが去ってから5年、そうしたファンの需要に応える為作られたハワイ独自のプロスポーツリーグ、ようやくここまでたどりついた、それこそがハワイウインターリーグでした。他の国にあるような「自国出身のスター達だけで構成するウインターリーグ」はなかなか難しいため、オーナーであるデュエイン・クリスのもとリーグは日米韓三国による競演となって発足。三国のリーグにとっては冬の間の経験の舞台として、ハワイのファンにとっては生でプロスポーツを見る機会として、このリーグは誰からも愛される形で産声を上げました。
毎試合ほぼ数百人以上程度の観客を呼び、教育リーグとしても参加選手達が元のリーグで急成長。ハワイ内でも年々順調にその客足を伸ばし、島に根付いていったウインターリーグ。しかしいくら順調であると言っても、現実と言うのはそうそう甘くはありません。一試合数千人を越える程の興行もまんざらではない状態となったウインターリーグではありましたが、膨張する経費に財政上の問題をきたしリーグ運営が困難な状態に陥ってしまったのです。世界とハワイの夢を繋がんと作られたリーグにも、お金の問題は無情に降りかかります。資金繰りが限界となった1998年度はついに興行を行えず活動はストップ、満足な支援策が打ち出されるわけでもなく、ハワイからプロ野球は再び消えることとなりました。活動停止後もHWBはハワイのファンのため幾度となく活動復活の機会を探ってはいましたが、如何せんお金の問題となると無い袖は振りようがありません。結局戻ってこれたのは停止から8年もたった2006年、昨年度の秋のことでした。
ハワイのファンのため、夢を掴むをスローガンに戻ってきたHWBを待っていたのは、いい意味で昔と変わらないファン達と悪い意味で昔と同じファン達でした。8年も時間をおいてしまったHWBの2006年度の観客動員数は、創生期よかよっぽど低い状態にまでおちこんでしまっていたのです。こうやって考えてみれば、リーグが停止していた8年はハワイの野球にとって初めてとなる「空白の時間」、初めて味わうリセットに近いものがあったかもしれません。今季は近隣の島々にも興行の範囲を広げ、活動を進めていくHWB。彼らにとってもハワイの野球にとっても、今年は新たに始まった二年目のような、まっさらなスタートの年と言えます。世界中から集う選手にとってもそれは同じ、ハワイはファンにも選手にも毎年スタートラインの役割を果たしてくれる、世界でも珍しい舞台です。夢が残っている事を理由に一度倒れたところから立ち上がったリーグの姿は、若い選手のような新たなスタートラインを求める選手達に似つかわしい姿なのかもしれません。
遠く離れた太平洋のど真ん中、世界の野球がクライマックスを迎える中でひっそりとスタートを切ったハワイウインターリーグ。ちょっと世界に目を向ければ、野球って本当一年中終わらない、まだまだ皆さんここからが本番です。
posted by shoeless |06:37 |
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2007年10月18日
「ありえないとはいえない」とか「これを励みに」とかといった何の足しにもならない情報を小出し小出しにし続けてきた星野JAPANが、ついに、ついに北京五輪アジア予選の最終代表選手達を発表しました。詳細はこちらからどうぞ。
http://www.japan-baseball.jp/nationalteam/2007/asia_player_final.html。
人生においてここまでおっさんに焦らされる時期が来るとは夢にも思いませんでしたが、そうやってじれったく思ファンがいたり代表選出に一喜一憂した選手達がいたのならば、それは星野監督が当初思い描いていた作戦通りの結果なのかもしれません。11月22日、23日にはオーストラリアとの代表親善試合も福岡yahooドームで組まれることとなり、野球日本代表もようやく代表らしい動きを見せてきました。何の確証も無いけど前回の大会から学んだのかもしれないと期待させるこの雰囲気。またこのオーストラリアと言う対戦相手の選択が憎たらしい話で、やはり前回の五輪で苦渋をぺろぺろさせられた経験がきいているのかもしれません。
アテネ五輪でのオーストラリア銀メダル、WBCでの韓国独走、ここ数回の大規模な国際戦において「格下とされてきた相手に足元をすくわれる」という事は日本に代表につきまとった一番の敵ともいえました。もちろんそこに敗因があったと一概に言えるわけでは無いのですが、事前のリサーチが甘かったことや気概で負けていたことは今でも否めません。本来なら短期間のリーグ戦において一番大切なことは「取れる勝ち星を落とさないこと」、そこを落としていたのならば、やはりそこには「驕り」や「侮り」があったのでしょう。それを受けての今回のオーストラリアとの親善試合や韓国台湾に対する執拗なリサーチと言うのならば、これはそのまま今回の日本代表が彼らを侮りがたい相手として認めていることにほかなりません。逆に世界からの視点で見れば、それはつまり野球強国である日本を脅かせる存在があらわれるほどに進歩をしてきたという事。長い長い時を経て、野球強豪国も格下の国々に目を向ける必要がある時代に来たのです。
久しぶりなんだし上手いこと「やったね!」的な終わりにしておけばいいのですが、まことに残念ながら、国際的に競り合う状況と言えば聞こえに反し、そこにはいくつかの難しさがあります。現実問題、多くの大会においてもトップ集団では実力が肉薄してきており、そこに今までに見ない国々が出てくることも多くなってはきました。しかしながら野球界全体で細部まで見たときはというと、上位陣での争いが比例して反映されているとはなかなか思えない状態が継続中。欧州におけるオランダやオセアニアにおけるオーストラリア、アフリカにおける南アフリカや南米におけるベネズエラのような、一国が圧倒的に強い状況。今現在世界では五輪に価値が置かれている野球ですので、メダルに一番近い強豪がどんどんと強くなり、その他の国がそこにお金を割くのを惜しむようになるという事、がそのままあてはまっているかどうかは知りませんが考えられなくも無い話でしょう。
光あるところに影あり、ヨーロッパチャンピオンシップでのイタリアとオランダのごとく、上位が輝くにつれて下位が輝きを失っていく、強豪に近づこうとする後進国が光だとするならば成長のきっかけを掴みあぐねる後進国はまさに影です。どんなスポーツにでも多かれ少なかれこういう事はあるのでしょうが、野球は今現在五輪削除と復帰と言う問題の並みの狭間に揺られている競技です。五輪がなくなった今こそ強豪30以外の70国をたてていかなければならないのですが、悲しいかなそもそもメダルが狙えないと分かりきったレベルの競技に強化の策を立てるという事はありえないでしょう。こうした方向の先にあるのはラグビーやクリケットなど少ない数の熱狂的強豪国で争われるスポーツの体型ですが、大英帝国の領土とともに広がった二つのスポーツに対して野球はこれといった文化的後ろ盾を持ってはいません。運営するにも上位国でさえ人気の差が激しく、上記の二つのスポーツを追随するような状態になる事は簡単ではありません。五輪かメジャーの威光に頼るしかない現状では、この影はあまりに大きなものと言えます。
そのことを踏まえれば、今現在の段階で本当に目を向けられているべきなのは、追い上げて来ている国のその向こうの国々なはず。オセアニアで言えばオーストラリアのその向こう、海に浮かぶオセアニアの島々という事になります。そもそもスポーツではオーストラリアが人口で他を圧倒している地域であるため、オセアニアは「一国が強すぎて他が死ぬ」という傾向が顕著に出ている地域でもあります。今までもオーストラリアとの親善試合のような様相で行われてきた五輪予選ですが、今回の五輪予選に至ってはついに中止でオーストラリアスルーでの出場。歴史的に見てもさっぱり野球が伸びる気配の無い地域で、実際ほとんど野球はおこなわれていません。しかしそんな中でも本当に細々と行われている野球、ちょうどマニアがヨーロッパ予選で騒いでいるその裏、南国の島サモアでオセアニアの島々による野球の国際大会が行われていました。
8月30日から9月6日まで開かれた13回サウスパシフィックゲームズ、その名の通り南太平洋の国々による国際大会で、野球競技にはパラオ、サモア、アメリカンサモア、ニューカレドニア、フィジーの五つの国と地域が参加。ほとんどの国が代表としてアメリカ産まれやアメリカに関係のある選手を持ってきているのが興味深いところですが、狙いとしてはこの地域の下位の国々に野球での競争をもたらせれば、それで成功と言って差し支えなかったのかもしれません。結果は前評判どおり圧倒的強さでパラオが優勝、続いて大健闘のニューカレドニア、銅メダルにアメリカ領サモア、セミファイナルで負けたフィジーに、最下位は開催国サモア。サモアとしては初の自国開催の国際野球大会だったのにもかかわらずボコボコにやられ、多分不本意だったことでしょう。逆にニューカレドニアは前回大会でメダルを逃した事もあって、思いもひとしおだったかもしれません。
ただ少し気がかりだったのは参加チームの変遷、このサウスパシフィックゲームズは二年に一度の大会なのですが、今大会は前回大会の一位と三位が欠けていた大会でした。具体的に2005年のパラオ大会と2003年のフィジー大会の参加チームと順位を掲載すると
2005年
1グアム2パラオ3ミクロネシア4ニューカレドニア5北マリアナ諸島6ソロモン諸島
2003年
1グアム2アメリカンサモア3パラオ4ミクロネシア5ニューカレドニア6ソロモン諸島7フィジー
といった感じ。参加数が減っているというよりは、ほとんどの国が都合によって出たり出なかったりしているようです。金銭的理由なら新会長が出されている新プランにもあるようにこれから支援していく目処もありますが、先ほど語ったような単なるモチベーションの問題だと、この変遷の捉え方は大きく変わってきます。
このブログを書くにあたって、僕は以前自分で書いたオセアニア野球に関する日記を読み返していました。基本的に僕のブログは同じ話題をしつこい言い回しでしつこく繰り返し話すという水で薄めたシャンプーみたいなスタンスを取っていますので、今更読み返さなくとも書いてあることは同じ、長々と書いてあったにもかかわらず結局その日記も「この地域には競争が足りていない」という事が書いてあっただけでした。しかし大会が終わって思い返すのは、「競争」が起こるには「目指す目標」が必要なこと、そして競争があれば陰になる者がいること。オーストラリアと言う大国の影に隠れ、彼らにこの大会の先の舞台となる大会が無いと言うのならば、オセアニアの国々に競争が起こるには「この大会こそ目標とされる大会になる」か「目指すべきプロリーグがある」ことが必要となるではずでしょう。1地区大会とは言え、人によっては競技をやっている理由とならなければいけない大会で、人によっては実際にこれを目標にプレーを続けている、はずなのです。
根本的なことを言えば、アジア大会でもその考え方に変わりはありません。台湾も韓国も中国もフィリピンもタイも、みんな後が無いという気持ちでこここそが最終目標と言う気持ちできているはず、一国として最初から次の舞台があるものと考えている国は無いはずでしょう。それも全て、このアジアに強豪日本が君臨しているからこそ、そしてその背中を追っているからこそ。
相手をなめてたら辛酸をなめてたなんてなりたく無いのなら、侮っちゃいけない覚悟の相手だってやっぱり気付くべきだったって事ですって。
posted by shoeless |20:59 |
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2007年08月02日
お砂糖、スパイス、素敵なものいーっぱい。全部混ぜたらめっちゃ面白いブログが出来る…はずだったのですが、なんだこの有様は。8月からはまた態度を改めて誠意大将軍という体でやっていかなければなりません、ちなみに砂糖は野球持ち上げでスパイスは国内野球批判で素敵なものは僕の愚痴です、うわー渋い。少しでも8月から頑張っていくためには話題を探さなければいけないのですが、都合のいい事に7月から9月にかけては国際試合が少ない野球とは言え、世界のあちらこちらで大会が胸焼けしそうなほどに目白押し、アジアのプロ野球もMLBも時期的には大詰めですしすごい局地的ですが話題に困らない季節です、まぁ結局あったらあったで話し先には困る話題なんですけど。規模の大小はありますが地域別に色々な大会が行われ、普通ではお目にかかれないような地域と言うのも見ることが出来る、このブログとしても遅れを取り戻すためどんどんこの流れを追っていかなければいけないところでしょう。
何より今年は五輪を来年に控える年ですので、より一層地域別での大会が注目されます。アメリカ予選はとっくに終わってしまっているのですが、これから冬にかけてヨーロッパ予選、アジア予選、アフリカ予選、とわんさかわんさか。野球なんてやっていないと言われるアフリカや東欧あたりの国も地区レベルの大会ではしっかりと参加、流石は五輪の予選切符を地区レベルでの野球を追いかける上でもうこれ以上の大会はありませんので、どう考えたってこれらの大会を見逃すことはできません。ただしかしそれが貴重だと言うのはつまりそれが見られないような例もあるからこそ、さとう玉緒さんのヌードは今脱がないからこそ貴重なんだっていうみたいなもんでしょう、それはつまり五輪予選と言うレベルでも地区予選が見られない地域もあるという事です。今回で言えば、オセアニア地区がそれに当たります。北京五輪では、オセアニア地区は地区予選大会さえ行われないのです。
オセアニア地区は五輪予選を行わずオーストラリアを地区の代表として選出する、そう発表されたのが今年の3月のことでした。話の流れ上説明から入りますと、オセアニアは地区全体を見ればオーストラリアと一つの大陸とそれを囲むように小さな島々が連なっている地域で、世界的に見ても人口は少なくスポーツで行っても人口比からいってオーストラリア一極集中の地区です、確かに結果から言えばオセアニアのスポーツの結果はオーストラリアが勝者になるというのが当然の地区と言えます。一つ以前の例を出してあげますと、アテネの時のオセアニア地区予選はほぼオーストラリアとグアムの親善試合のような形でオーストラリアの大勝利、シドニーの時はオーストラリアが開催国だったこともあってほぼグアムとアメリカンサモアの親善試合。そうした結果が丸見えの状況を考えれば、予選をなくしますというのも仕方ないって言えば仕方ないことであるのかもしれません。
五輪予選でも状況の見ることの出来ないオセアニア地区の野球、彼らの意思とは無関係に隠蔽されてしまっているその外観どおり、野球の中ではアフリカに並ぶほど発展していない地区と呼ばれています。まずそもそもオーストラリアを含めて10国しかIBAFに加盟をしていないという認知の低さ、そして何より致命的なのは国際試合がさっぱり行われていないという競争の低さでしょう。施設の面でもなかなか整ってはおらず、でその上海が国々を分かつ地域です、そして人口の少なさ、他の地域と比べて随分とスポーツをやる上で不利なことが多いことも確かでしょう。しかしそんな閉ざされた地域でもプレーをしている人間たちがいるならそこに優劣が生まれます。素人目から見て暫定一位はアメリカの準州と言う事もあってメジャーリーガーを輩出するに至ったリーダーのグアム、そして二位が日本アメリカと野球国に関係深い歴史を持つキュートなパラオがあげられます。これ以下の順位となるとどこも非常に活動の規模が小さいため、優劣をつけることは容易ではありませんが、しいてあげるならタフだぜ、なアメリカンサモアという地域が上げられるのではないかと思います。
アメリカンサモア、バージン諸島やグアムと並ぶアメリカの準州の一つで、単純に言うとサモアと言う地域の東半分を称しています。といって他の二つの地域と比べると人口が二分の一程度で、それにつけくわえて他の二つの地域よか野球が盛んであるとは言えませんし言われていません。アメリカンサモアで人気のスポーツといえばバレーやラグビー、プレー人口も他の地区よか比率的に多いとは言え人数的には多くありません、頻繁に派遣される代表でもないため総評としては「荒い」という見方を多く聞きます。よくこの地区の野球は一線級のオーストラリアが同好会程度の他国にとりまかれているという表現をされますが、それは選手個々の実力や人口の少なさからというよりは、上記のようにもともと代表自体あまり積極的に成長させようとしているわけではないという部分が要因となっているのでしょう。野球云々というよりは、野球を取り巻く環境が同好会のような気軽でゆるりとした雰囲気を求めているのかもしれません。
かつては「サモアの怪人」として恐れられた日本ハムソレイタなんかがアメリカでもサモア出身で活躍した野球選手として有名でしたが、今現在と言うよか今となっては彼はサモアにとって最初で最後のサモア人メジャーリーガー。今現在組まれるであろうアメリカンサモア代表もアメリカ本国出身選手が非常に多く入ってくると見られ、アメリカンサモア自体の野球選手はまだ同地区のオーストラリアに一矢報いられるレベルとは言えません。体格的にはラグビーなどで有名な恵まれた体躯を持つサモア人ですが、同じ準州のグアムには人口面でも野球連盟の活動の度合いでも差をつけられてしまっており、90年代以降公に姿を見せないにも関わらず「落ち目」と言われ続けているパラオにも未だに追いつけていないのが現状。もちろん第一大会らしい大会がそこまで開かれていないのですから順位のつけようや、ましてや順位の変動なんて起こりうるはずがないのですが、それも含めてこの地区には「競争」が足りていないのです。
競争は普通その集団の中で実力が拮抗しているときにのみ起こる現象です、飛びぬけて強いところがあって確実に敵わないと分かりきっているのなら人は競争しようなんて考えないでしょう、レベルが高かろうが低かろうがとりあえず同程度でさえあれば外観盛り上がりが演出できるのです。その良い例が今のヨーロッパでしょう、チェコと言う新たな勢力の台頭でヨーロッパはオランダ・イタリアとそれに追従する者達というそれまでの形が壊されることとなりました、まだ現在進行形の段階であるため結論は出せませんが、外観から見ればとりあえず競争を生み出すことには成功しています。力を試す機会は意外にも多く用意されている欧州、しかしうってかわってオセアニアの国々ではそうは行きません。まず最初の段階で競争が行われる舞台が無い、そして競争が行われ始めるきっかけがない。競争は必ずそこに切磋琢磨を生みます、逆に言ってその場が停滞と言う雰囲気に満ちているのならば、そこには確実に競争が足りていないのです。
競争はかならず第二集団から生まれます、ヨーロッパで言えばイタリアやオランダの後のチェコやスペイン、アジアで言えば日本と韓国の後の台湾、カリブで言えばドミニカとプエルトリコの後のベネズエラ。上位二国同士の長期に渡るにらみ合いはどこまで言っても結局「対決」、勝利を三つ以上で争われてようやくそれを競争と呼びます。対決はその場を占有し、その後の停滞を招く傾向があります。オセアニア地区で言えば第二集団に噛み付ける力を持った三番手に当たるのは、アメリカンサモア以外にいません。ということはつまり、アメリカンサモア以外に今オセアニアに競争を持ち込める地域は存在しない、そういう事なのでしょう。アメリカの一部と言う事をアドバンテージとして野球で他のオセアニアの国に対し強みをもっているアメリカンサモアではありますが、正直それはそのままでは確実にグアムに噛み付けないという事の絶望の証でもあり、オセアニア地区の野球がそんな彼らでも上位国に噛み付ける位置に立てるようなもので、結局のところやはり競争を持ち込めるのは彼らしかいない、という希望の証でもあります。
五輪予選を見送ったオセアニアの国々、IBAFもこの地区の認知度向上は一つの課題として捉えているようで、それを埋め合わせするかのようにオセアニア競技大会に野球競技を参加させてきました。優勝候補国はパラオとアメリカンサモア、オセアニアの野球でついにインターネット上でソースとして提示できるような競争が行われます。ロースターも颯爽と組まれ、代表が代表らしくなってきました。もう間違っても同好会などとは言えません、立派な国家代表です。アメリカンサモア、勝ってオセアニアに競争と順位変動を生み出すことが出来るのでしょうか、負けて他の国が競争を生み出していく肥やしとなってしまうのでしょうか。まぁアメリカンサモアの面子は、そうやすやすと負けるほど安くは無いはずでしょう。
来月にはみーんな救われる、サンキュー!アメリカンサモア!
残り3
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2007年06月25日
この世に野球が人気があるというような国は両手に数えられるようなほどしかない、という話を以前した覚えがあるのですが、目を大昔に向けてみると意外とその数は多くなります。例えばフィリピンなどはアメリカ統治時代にはぶっちぎりのナンバーワン人気を誇っていた国でしたし、今現在野球で見かけないカリブの国々も大昔はメジャーリーガーを輩出したり出来ていました。南アフリカやヨーロッパでも大昔と比べれば今現在は陰、中国でさえ文革の前にはそれなりに野球を出来ていた頃があったのです。現代と過去に細かな違いはあれど、それと比べれば今現在が衰退しきった状態というのは、嘘ではありません。
今現在野球が一番レベルで人気な国というと、まずこの国日本、王国キューバ、そしてお隣台湾、ベネズエラ、ドミニカ、ニカラグア、バスケと競合しつつあるプエルトリコと言ったところ。アンティル諸島も中核キュラソー島だけ見れば野球人気なのかもしれませんが、全島揃って一番なのといわれると見当がつきませんし、韓国も国内リーグの人気如何で競技の人気の優劣が決まっているとは思えません。さて、ここまで話したことは前にも話したことがある話ですし、皆さんも「てめーに言われなくたって知ってるよ」という気持ちでいっぱいであろうはずですのでとっとと本題に入りますが、実は野球人気国はまだこれだけではないのです。
といって「アメリカでも全然大人気だし」とか言い出そうとか言う訳ではなく、本当に上に上げたような野球でよく名前が聞かれる国々以外に野球が一番人気を争えているような国があるのです。海外領土とかじゃ無く国でですよ、答えは帛琉です、もう少し分かりやすくかくとベラウです、もういい加減しつこいですね、南国の島国パラオです。
パラオは人口が二万程度の小さな島国で、1994年に国連の信託統治から独立したまだまだとても幼い国といえます。1880年代にスペイン領になったパラオはその後ドイツに売却、第一次大戦のおりに日本軍によって占領され、その後はアメリカによる信託統治が続いていました。日本では親日国として知られているパラオですが、確かに日本の影響が大きかった事もあってか野球が盛んになり、その後また野球国であるアメリカがきたことも手伝って、今なお野球は盛んに続けられています。マリンスポーツ、そして野球・ソフトを筆頭とするアメリカ発祥スポーツといったところと言われています。
パラオ国内の野球はというと、16州に分かれている行政区域それぞれに一つづつクラブチームが置かれたリーグ戦が行われており、パラオ・メジャーリーグなんて名前がつけられています。ナイターがある日なんかには多くのお客さんも訪れるそうで、人口二万人の島国という事を考えればこれはなかなか立派な状況といえるでしょう。ちなみにパラオには今もいくつも日本統治時代のなごりが残っていて、建物や文化などに色々な日本を感じることが出来るのですが、パラオにある野球場には朝日フィールドという名前がつけられていたりします。
国内では意外とにぎやかに行われているこのパラオ、しかしながら体外的な部分に目を向けるとうまくいっていないというよりか、まずパラオ代表なんて見ることがありません。そもそも人口の面であまりにも不利なオセアニアの国々はなかなかスポーツの場でみかけられないのですが、そんな中でもパラオは出てくることはありません、オセアニア地区でスポーツとなるとオーストラリアとの差がですぎてしまうからという事もあるのでしょうが、それにしたって見たことさえありません。
99年に創立以来表に出た国際試合、そう思ってパラオが国際試合をしたという記録を調べてみたのですが、オーストラリアとの親善試合でボコボコにされたという記録しか見つかりませんでした。パラオの野球は、そうした部分とはまた違った時間が流れているのでしょう。大規模であったりレベルが高いというわけでもありませんが、そういうしがらみから逃れた野球がそこにはあります。パラオに昔の日本人のよさが今もちりばめられて残されているように、パラオには昔の日本の野球の名残があのときの時間に近い状態で流れているのです。
しかし、そんな島国もここへきての「野球国際化を急ぐ」流れには逆らうことは出来ず、国際試合への道が大きく開かれることとなりました。今年九月、サモアで行われるオセアニアの島々の大会にパラオも参加をすることになったのです。あまり野球の認識の高くないオセアニアの国々、ここでそれなりの大会を開くというのは急務でもありました。参加国はサモア、フィジー、アメリカンサモア、ニューカレドニア、そしてパラオの五国、この面子で行けばパラオの優勝も無いわけではありません。
http://www.sportingpulse.com/assoc_page.cgi?c=2-3549-0-0-0
切羽詰ってから動き出したような急激な流れに今、パラオが長年続けてきたような野球も対面しています。五輪を追われた野球の急いだ国際化の波は、静かに野球を続けてきていた南洋の島国まで押し寄せてきました。何が変わって何が変わらないのか、時代の変わり目はどちらに転んでも面白いです。
posted by shoeless |16:01 |
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2007年03月21日
昨年の秋頃、常夏の島グアムの新聞にでかでかと野球の記事が載せられ、連日のように紙面を占めんとの勢いで報道されていたそうです。グアムはアメリカ領であるため野球・アメリカンフットボールなどの人気が高い島ですが、連日のように報道されるほど紙上で踊ってくれるようなスター選手は輩出していませんでした、人口十万人程度の島では人材が足りなかったのです。そんなグアムで野球が連日報道されている…!つまりは、昨年秋ついに!グアムを地元に持つ野球選手ジョン・ハッティングがトロント・ブルージェイズにてメジャーデビューを果たし、グアムから初めてのメジャーリーガーが誕生していたのです!lolばんざーい。
マイナーリーガーまではいたものの長きに渡ってグアムとメジャーリーグの間には大きな壁がありました、そんな壁を破るスーパースターの誕生はグアムにとって喜ばしい事だったのでしょう。彼のメジャーデビューも上々で、チーム事情で代打出場が主ながらも打率は.333のハイアベレージを残し、毎日グアムの新聞記者達の飯の種を提供しつづけて毎日グアムを盛り上げたよう。日本に生まれた身では分からない感覚もありますがグアムの人達にとって、アメリカ本国で地元の選手が活躍してくれるというのは何か思い入れがあるのかも知れません。
ジョン・ハッティングは27歳で右投げ両打ちの三塁手、ブルージェイズの三塁はパワーヒッターグロスが守っており打線自体も補強によって厚みが三割増し、今年も代打の切り札が主な職場になるでしょうがまだ年齢が中堅レベルでのびしろがあります。もし仮に数合わせのために自治領からWBC出場国を出すという事になれば、メジャーに一矢報いるだけの力は持っているんじゃ無いでしょうか。端から見ればまたこの野球オタク勝手な妄言をはいて…というようにも見えますが、グアム代表はオーストラリア代表相手にスコアを大幅には開かせなかった実力の持ち主達、色々理由はあるでしょうがあながち無い話でもないのです。
そうした妄想をちんたらと垂れ流す通り、先日オセアニアは野球五輪の予選を辞退してオーストラリアが出場する事となったというお話をしましたが、グアムは決して野球が弱かったり不毛な地域ではありません。むしろ世界中から選手のトレーニングを受け入れスポーツの施設だけ見れば他の追随を許さない程の設備を持っている地域、人口は少ないですがそんじょそこらのチームよりは野球に慣れ親しんでいる選手も多くいます。そんなグアムが野球から撤退しているのならば、これはもう「敵わない」と思っているか「やる価値がない」と思っているとしか考えられません。
グアム島内で野球が盛り上がる兆しを見せる一方で野球が世界から孤立していく兆しを見せている、野球がMLBの傘の下や国内に閉じこもろうとする閉塞感をどうしようもなく感じてしまいます。確かに野球の国際化は話題的に進んでいるように見えますが、周りの土台を作るのを無視した独り歩きに見えなくもありません。これが生みの苦しみなのでしょうか、ただ単に迷走しているだけなのでしょうか、この路線は正しいのでしょうか、そもそも僕が悩んで意味があるのでしょうか、あーわかんねー、lolおてあげー。
posted by shoeless |23:45 |
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2007年03月17日
ロンドンオリンピックから野球削除が決定されて久しく、それから毎日のように各地の野球関係者は「野球衰退しちゃうよ!野球どーすんのこれ!?どーすんの!」とあたふたやってきました。あたふたしてはいましたが、でてきたカードは静観・会議・プラス思考くらいだったようで今の所これといった芳しい成果は何もあげられていません。オリンピックのパッケージは真に世界に通じるブランド、オリンピックが無くなるという事はアスリートにとって夢が無くなるに近いところがあります、そんな事になったら野球が衰退する!と皆あたふた見守っていましたが「いやな予感」はあたりかけてきているようです。
オセアニア野球連盟が北京五輪オセアニア予選の中止を決定し、北京五輪へのオーストラリア出場を決定しました、裏を返せば他国が野球五輪代表を放棄したのです。オセアニア野球はスポーツに力を入れているオーストラリアと趣味程度の他の島々とで構成されており、地区予選は実質親善試合のような状態。野球が盛んに行われているのもアメリカ領であるグアムとアメリカンサモアぐらい、そもそも他の島国は人口が圧倒的に低いので、代表戦でオーストラリアが敗れるような大番狂わせが起きるような事は確かに有り得ないのかもしれませんが、プレーヤーの可能性を閉ざすような道は避けなければいけません。ロンドンオリンピックでの削除がそのまま影響してオセアニア地区予選が中止になったと考えるのは勘繰りすぎなのかもしれませんが、野球の振興を進めるための野球連盟が「プレーする事に意義がある」スポーツの建前を否定するような事をするのは、どうしても野球へのネガティブなイメージがぬぐえないのです。
オセアニア地区は野球の歴史が非常に新しく、野球連盟が出来たのも1995年が最古、野球が盛んな地域もグアムかアメリカンサモアといったアメリカの息のかかった場所しかありません。ポジティブに言えば可能性の塊みたいな受け止め方もできますが、オセアニアの国々と言うのはそのほとんどが非常に領土の狭い島国、力量の差は激しく代表戦に多くは望めないのです。人口の多いニュージーランドはクリケットとソフトボールの強国であり、人材の競合が激しく今後飛躍的にのびる可能性が高いとは言えません。
アスリート達がどういう環境でもその力を成長させようと努力しつづけるのは、わかりやすい目標があるからこそモチベーションを保てる部分が強くあります。スポーツに積極的に力を入れる国が多いのもスポーツの成功は国の威信に関わるからであり、その威信は世界に通じる大会によって裏付けされていなければ力を入れる意味がありません。市場としても小規模で、人口が多い訳でもなく、有望なアスリートが生まれやすい環境がある訳でもない、今後MLBが進出をねらってくる可能性も低いでしょう。オリンピックで野球が削除される事は野球後進地区にとっては野球から「プレーする意味」という根源を奪いさってしまう事と同義、生まれて短いオセアニアで野球が静かになっていく事は他の地区で起こる事態のモデルなのかもしれないのです。
一進一退を繰り返しながらすこしずつ世界に広がってきたベースボール、一退の後の一進がなかなか始まりません。
posted by shoeless |23:49 |
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2007年02月06日
オーストラリア野球に暗雲が立ち込めている。アテネ五輪では強豪日本から大金星の銀メダルを獲得する好成績を収めたものの、今回の北京大会はメダルどころか本選さえ危ぶまれている状態。それはすべて、予選選考のシステムが変わった事に起因している。
以前の大会のシステムならば本選出場枠はアメリカ2枠アジア2枠ヨーロッパ2枠アフリカオセアニア枠1開催国枠1だったところ、北京大会からはアメリカ2枠アジア1枠ヨーロッパ1枠最終予選3枠開催国枠1と変更されてしまった。野球が盛んではないアメリカ枠以外の地域は安定した枠の確保数が少なくなり、最終予選と呼ばれる強豪同士の削りあいに回されてしまう事となったのだ、アメリカ以外の地域は割を食った感じだ。
今までの大会ならばオセアニア選手権と言うグアムとオーストラリアの親善試合みたいな大会を経て、アフリカ一位のチームと試合をし勝った方がオリンピック本選を出場を果たしていた。アフリカは野球がそこまで発達しているわけがない、ほぼオーストラリアの独壇場で本選出場を決められる状況であったというのに今ではアメリカやアジアの強豪とたった3枠を争わねばならなくなってしまったのだから胃に穴もあくだろう。
そういえば前回アテネ五輪の際に野球が盛んな訳では無いオーストラリアの新聞に大きく報じられた事があった、ちなみに報じられたのは中日ファンなら胃に穴があくかもしれないオーストラリアの野犬ディンゴことデイブ・ニルソン。彼いわくオーストラリアが野球で日本に勝ったのはアイスホッケーでロシアに勝つような出来事で、オーストラリア野球にとっては記念碑的勝利らしい、日本の野球ファンにしても胃酸過多記念日だったって事を教えてあげたい。まぁ日本ではあんまり日本への勝利の価値は認識されていないみたいが、他の野球プレー国にとってはそれはそれは大層な話なようだ。
前回大会オーストラリアは日本野球を研究するために日本プロ野球の情報を探し尽くし、ついには日本のエース松坂の弱点を探し出した。オーストラリア代表はマイナーリーグや独立リーグ、国外リーグで活躍する選手達が多くをしめている、国内プロリーグもあることはあるがプロを自称していると見られている段階、それだけに国際舞台で他国を潰す事は本気と見える。オーストラリア野球界がとってきた有望選手を海外リーグに派遣して育てる方式はここにきて日の目を見ている、第一級の選手だけ見れば強豪国とひけをとらないレベルに達していると言えるだろう、オーストラリアは野球強豪国として次のステップに入る段階にきた。
北京五輪を勝ち抜いて、国内関係者や国外関係者にアテネ五輪がフロックでは無い事を見せ付けてやってください。でもそんな事されたら日本はたまったもんじゃない、胃に穴があく、ほどほどに見せ付けてやってください。
posted by shoeless |23:29 |
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