2007年10月26日

金的問題と角田発言

K-1競技統括プロデューサーである角田信朗氏が、
香港大会後に自身の日記において金的問題について触れられていました。
細かくは以下を参照して下さい。
角田信朗ウェブサイト > dialy > 8/5の記事
これを読んだとき、確かに角田氏の言ってることは
間違ってないと思いつつも、どこか違和感を感じたんですよ。
それで、何故今頃この話題を引っ張り出してくるのかというと、
この違和感の正体が先日の 内藤 VS 亀田 戦でわかったからです。

この試合において、亀田擁護派は試合後に
「内藤は亀田の圧力に押されてまともなボクシングができなかった」
などという意見を出しています。
まず、これについてよく考えてみます。
例えば亀田の頭をグローブで押さえつけるなど、
確かに内藤もボクシングらしくない動きをしているのは事実。
では、何故そうしなければならなかったのか。
極端な亀田信者とでもいうような人たちでない限り、これは自明ですよね。
即ち、カット狙いのバッティングを警戒していたからです。
要するに、この試合において内藤が
まともなボクシングをすることができなかった理由は、
相手が反則攻撃をしてくることを前提に戦っていたからということ。
これが重要なポイントなのです。

これを頭に置いた上で、上記の角田氏の発言について考えてみましょう。
この発言の根幹には、「金的を喰らう方も悪い」という考えがあります。
彼の日記にあるように、勝負師、武道家としてならこれは間違いなく正しい。
喧嘩で最初に狙われるのは目と金的ですから、
これを防御できない武道家は、武道家としては失格でしょう。
しかし、あくまで競技としてのリング上でも
これをそのまま適用することができるかと言えば、そうでもありません。

例えば、先日行われた開幕戦におけるホンマンがモーに与えた金的ダウン。
あれを見て、選手はどう感じるでしょうか。
恐らくは、
「ホンマンと戦う際には金的に気をつけないとヤバイ」
と警戒するでしょう。
ここで、冒頭に挙げた内藤の例を思い出してみて下さい。
内藤は亀田の反則を警戒していたので、
まともなボクシングをすることができませんでした。
同様に、次にホンマンと戦う選手(バンナ)がホンマンの金的を警戒し、
その分だけ戦い方が制限されるということは想像に難くありません。
このことから何が言えるのかというと、
モー戦での金的が故意か否かとか、
次のバンナ戦で金的を打つか撃たないかということに関わらず、
相手が警戒することで結局ホンマンは有利に立てるということです。
要するに、対戦相手に対して
「アイツは反則をしてくるかもしれない」
と思わせることに成功した時点で、その選手は優位に立てるという訳。
ひょっとしたらホンマンは、
決勝トーナメントでのバンナ戦で前蹴り(金的)を打つと見せかけて
パンチで顔面を狙う、なんてことをするかもしれません。

加えて、ありとあらゆる格闘技において、
その競技としてのレベルの高さを維持する役割を持っているのがルールです。
ミルコは総合に専念したことにより立ち技のみでの技術が低下し、
スパーリングでボンヤスキーにボコボコにされた、という情報がありますし、
内藤も反則を念頭に置いて戦った故に、「ボクシング」ができませんでした。
このように、ルール外のことを相手がやってくるということを前提にして
試合をすると、必然的に競技としてのレベルまでも下がってしまいます。

つまり「金的を喰らう方も悪い」という考え方は、
突き詰めるとK-1(及び、リング状で行われる格闘技)の競技性を否定し、
そのレベルを低下させる危険性を孕んでいるということです。

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posted by 臣桜花 |21:10 | K-1 | コメント(16) | トラックバック(0)
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