2006年06月30日

揺るがないサッカー王国のマリーシア

「ブラジル! ガーナ! ブラジル! ガーナ!」

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ここはハノーファーのファンフェスト。
圧倒的にブラジルの国旗がはためく中で、ガーナの国旗もチラホラと見かけることができた。ガーナはチェコを蹴落として初出場で死のグループEを突破したアフリカ唯一の生き残りチームだ。スター王国ブラジルに対しても失うことのない声援は、彼らに対する期待の大きさを表していた。

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しかし…。

前半5分、カカのスルーパスからロナウドにW杯新記録となる15ゴール目を決められ先制を許す。その後はガーナが優勢に試合をすすめるが、ブラジルは一瞬のカウンターでアドリアーノが流し込んで追加点。そして後半39分には、交代で入ったリカルジーニョの浮き球パスをゼ・ロベルトが持ち込んで3点目。
試合を完全なものにした。


ガーナは負けてしまった。
試合後、「内容的にはガーナだった」と語るメディアもあった。たしかに相手陣内でより多くプレーしたのはガーナだったが、それは試合の内容の良し悪しを全て語るものなのだろうか?


ブラジルはすばらしいディフェンスを見せた。相手がポゼッションしていても少しも慌てることはなかった。外へ外へとパスの方向を限定し、危険なエリアには入り込ませなかった。たとえマークが遅れても、焦って飛び込んでかわされるような日本代表のようなことはしない。むしろブラジルのプレッシャーを受けながらパスを回していた、ガーナの方が焦っていたように見えた。シュートは多く打っていたが、外へ外へとパスの方向を流され、ほとんどのシュートは角度のないところから打たざるを得なかった。

早い段階で先制点を奪う、相手が攻めてきたらカウンターと、むしろガーナはブラジルの手のひらの上で転がされていたように思える。そしてそれを可能にしたのは、攻撃ばかりが目につくブラジルの落ち着いた守備だった。

ため息が出たのは3点目のシーン。
パスを回して時間を稼いでいたブラジルに観客からブーイングが始まった、その刹那だった。リカルジーニョにボールが渡ると突然前を向き、しかもそれを予想して走りこんでいたゼ・ロベルトに絶妙の浮き球パス。この時間帯、ゆったりとしたペースで試合は進んでいて得点の匂いは全くしなかった。僕だけでなく観客、そしてガーナの選手もそう思っていたに違いない。

しかしブラジルは違った。
ほんのわずかなゴールの匂いをかぎわけ、「ほーら引っかかった!」と言わんばかりに複数選手が突然スピードを上げてゴールを奪った。
「ブラジルは時間かせぎをしている」と油断していたガーナのディフェンス陣は、一瞬で置き去りにされてしまった。

これが1vs1のシーンならよくある話だ。ドリブルには緩急が必要である。相手のスキを突いて一気にスピードを上げて抜き去るのは基本的なドリブル技術である。しかしブラジルは、それを11vs11の試合でも同じように行うことができる。彼らにとっては、試合の流れさえも1vs1の駆け引きのようにコントロールできてしまうのだ。

僕はそのとき、ロナウジーニョらのテクニックに目を奪われがちなブラジルの本当の恐ろしさに寒気を覚えた。日本はこんなチームに勝とうとしていたのか…。


相手がどんなに優勢でも、憎らしいほど落ち着いている。
どんな状況にも動じることはない。
そして相手の心理のスキを突くことに驚くほど長けている。

ブラジルに勝つ方法はただ一つ。
90分間の試合中、ただの1秒さえも集中を切らさないこと。

恐ろしく大変な作業だが、どう考えてもそれ以外にはあり得ないのだ。

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☆ブラジルとガーナを支える小さなサポーター。
 国やサッカーを愛する気持ちに年齢は関係ない。


posted by shimikana |15:31 | コメント(0) |
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2006年06月29日

スタイルを貫いたスペインと、プライドを捨てた元王者

今大会の勝利チームを見ていて、全般的に思うことがひとつある。それは、
「サッカーとは、ディフェンスに始まるスポーツである」ということである。
守備に不安のあるチームは、例外なく姿を消していく。


【2006 ドイツW杯 決勝トーナメント1回戦】
スペインvsフランス

会場となったハノーファーの街は、多くのスペイン人サポーターでごった返していた。フランスはドイツの隣国であるにも関わらず、まだ大軍が押し寄せるような事態にはなっていないようだ。このサポーター数の違いは、両国の代表チームへの期待値があらわれているのだろう。

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francesup

この2つのチームは、パスワークの非常に優れた芸術的なフットボールを得意とする。その美しいサッカーは、相手のディフェンスをあざわらい、常にゴールへとせまることができる。唯一の違いは、フランスにはジダンという絶対的存在がいることだろうか。
(ただしフランスは決定力に欠け、最後まで苦労をさせられたが)

そのためこの試合の見所は、
「中盤のポゼッション合戦」になると予想されていた。

ところが…。

試合が始まってみると、フランスには大きな変更点があった。
ジダンのポジションが高い。グループリーグでは中盤のやや下がり目の位置でゲームメイクをしていた彼が、今日は司令塔というよりFWに近い、1.5列目の位置にポジションを取っていた。

そしてフランスは、ボールを奪ってもほとんど横にパスをつながず、ロングボールでディフェンスの裏へボールを放り込み続けた。そしてサイドバックは全く攻め上がらず、堅く自陣スペースを埋めつづけることに没頭した。

そこに「世界の司令塔:ジダン」はいなかった。
逆にスペースへ走りこんでボールの受け手になり、ピッチには「ストライカー:ジダン」が生まれていた。

これは意外な展開だった。
フランスは得意の芸術的フットボールを捨て、スペースを埋められると弱いスペインに対応した「リアクションサッカー」に徹したのだ。

W杯元王者フランスが、無冠のスペイン相手にまるでアジアの小さな国々のようなサッカーをするとは…。もはや試合展開は誰にも予想することが出来なくなった。


前半28分にスペインのPKで先制されたフランスは同41分、ビエラとのワンツーで抜け出したリベリーが、カシージャスをかわして同点に追いつく。得意なパス回しなど微塵もない、奪ったボールを少ないタッチ数で縦へ運び、ゴールを決めた。

そしてこう着状態となった後半は、双方とも慎重な試合運びにならざるを得なかった。次の1点を取ったほうが勝つ、それを理解していたからだ。

「先に動いたらやられる」
さながらCIAの諜報活動のような緊迫感の中で、互いに得点の気配は完全に消えていった。

しかしそんなときにモノを言うのが、セットプレーである。
高さのある選手をそろえるフランスは、こう着状態の中でも得点できる自信があったのだ。後半38分アンリが得たFKを、ビエラが頭で押し込んでフランスは逆転に成功した。
さらに後半ロスタイムには、雪崩のように攻めかかるスペインにカウンターを浴びせ、将軍ジダンによる決定的な3点目が蹴りこまれた。

少ないタッチでスピーディにゴール、セットプレーで追加点、相手が焦ってバランスを崩したところにダメ押し。

なんと、終わってみればまるでフランスが描いたシナリオのようなの試合ではないか。『経験』というパラメータが、これほど分かりやすく表現された試合も珍しい。


ジダン「我々は今夜、信じられないくらい飢えた状態で試合に臨んだ。」

-勝利への飢え-。
2002年W杯・2004年欧州選手権の惨敗、そして今大会グループリーグでの苦戦は、元王者フランスのプライドを捨てさせ、美しさよりもがむしゃらに勝利を目指すチームへとまとめあげた。

スペインは何もできなかった。
華麗なパスワークを見せるものの、横へ展開するパスのみではフランスのディフェンスをおびやかすには至らなかった。そんなこう着状態を打開すべく投入された、ホアキンとルイス・ガルシアの個人技をもってしても、気迫みなぎるフランスを崩すことは出来なかった。


グループリーグを3戦全勝、圧倒的なスコアで勝ち進んだ絶好調スペイン。
グループリーグは1勝2分、ギリギリのスコアで辛くも残った絶不調フランス。

おそらくフランスがグループリーグ同様のサッカーをしていたら、スペインが勝つのは間違いなかっただろう。

しかしあえて自分たちのスタイルを捨て、ディフェンシブな速攻スタイルのサッカーにも適応することができる。そんなフランスの引き出しの多さが、この勝利の最大の要因だったのではないだろうか。

そして7/1準々決勝は、1998年決勝と同カード。
ブラジルvsフランスである。

現王者ブラジルに対し、元王者フランスがどんな引き出しを見せるのか。

眠れない夜はまだまだつづく。


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試合後、掲げていた旗をかたづけるサポーターを見るのは辛いことだ…。スペインという国は、カタルーニャ地方が国家として独立を求めているように地方色がとても強い。しかしそれでも国の応援にこれだけのサポーターが駆けつけたのは、スペインがずっと良いサッカーを見せてきたからなのだろう。それだけにこの段階での敗退は非常に惜しい。


posted by shimikana |16:24 | コメント(0) |
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2006年06月24日

ドイツに学ぶ、個人責任フットボール

ジェフ千葉のオシムを初めとする外国人監督は、口をそろえてこう言う。
「日本人はプレーに責任を取りたがらない」


ドイツには、連帯責任という考え方は存在しない。

ドイツ生活の中では、
「~をください」と頼んだとき、「今は担当者がいないから、あした来てくれ」と平気で言われることがある。日本ならば、同じ組織の一員として誰かが代わりに業務を担当するところだろう。しかしドイツにはそれがない。他人の責任を自分が代わりに取ろうという考え方が存在しないのだ。

あるときミュンヘンで列車トラブルがあって、フランクフルトに到着する列車が遅れた。僕はフランクフルトの駅員に文句を言った。しかし、
「列車は遅れます。後は知りません。私がトラブルを起こしたわけじゃないですから。」
と、彼らは絶対に謝らない。日本ならば開口一番、「申し訳ありません」と平謝りする場面だ。
会社の中でも外でも、ドイツでは全てが個人ベースの責任で動いている。


面白いことに、この考え方はドイツのサッカースタイルにも表れている。ドイツ代表は決して美しいサッカーをするわけではないが、局所における対人プレーの強さは他の国にはないものを持っている。そして、1vs1に弱い選手がスタメンを勝ち取ることはまずあり得ない。

あるドイツのクラブチームのセレクションでは、とにかく1vs1や2vs2を数日間にわたってひたすら行わせ、それを見て合格選手を決定するという。外的要因に左右されがちなゲーム形式のセレクションに比べ、選手の個人能力をより確かに判定することができる。


こういった「1vs1」を重視するサッカーは、何もドイツだけのことではない。例えばブラジルのように、1vs1の局面で強さを発揮するチームは他にもある。しかしドイツの面白い所は、それが個人責任という考え方からきているところなのだ。

たとえば日本代表のディフェンダーが1vs1に負けてゴールを許してしまったとき、余程の軽率なミスでなければ、その1vs1の状況を招いてしまった中盤や監督のディフェンス戦術などにも批判は分散し、最後に止められなかったディフェンダー1人が責められることは少ないだろう。

ところがドイツは違う。同じ状況でも、ディフェンダー1人に責任が集中するのだ。結果が出なければ監督を責め、ゴールが奪えなければFWを責め、チャンスを作れなければMFを責め、失点すればGKやDFを責める。ドイツでは、常に責任を所在を明らかにするのだ。


自分が1vs1に負ければ、チームメイトに迷惑がかかってしまう。
だから1vs1に強くならなくてはならない。

その個人の責任感こそが、ゲルマン魂の強さの根源なのではないだろうか。たとえ抜かれそうになっても、激しいスライディングで自らの体を投げ出す闘志はその責任感が生んでいるのだ。


若いユース選手のうちから個人責任のメンタリティーを教育されてきた、現在のドイツ代表選手たち。彼らから日本人が学ぶことは余りに大きい。

欧州ではドイツ人をたとえてこんなことを言う。
「子供を育てるなら、ドイツ人がいい」と。



☆ドイツ代表、グループリーグ突破の夜より。
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posted by 清水英斗 |10:38 | コメント(0) |
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